〜月の雫〜遠き日の約束は今もここに
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月04日〜02月09日
リプレイ公開日:2009年02月13日
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●オープニング
●老紳士の想い
チュール・リヒテンヴァイスはいつものように街中を物色していた。彼女の趣味というかライフワークは「大事にされて想いの篭ったもの」を集める事。今日の探索は貴族街。
「うーん、何かいいものないかな〜」
小さな身体をふよふよさせてきょろきょろ。
「あっ!」
目に留まったのは一人の男性のポケットからはみでているハンカチーフ。何度も丁寧に洗濯を重ねたであろうことが見て取れる。絹を使っているのだろう、それでも上品な雰囲気は失っていない。
「あぶなっ!」
男性のポケットからはらりとハンカチが落ちるのを、慌てて飛び寄って防ぐ。
「え?」
驚いたように、自分のポケットにくっつくシフールを見た男性は、白髪交じりの老紳士だった。よくみれば結構いい格好をしている。貴族までは行かないが、貴族に仕える執事かその辺だろうか。
「おじいさん、こんなところで何してるの?」
「いや、それは私の台詞なんだが」
確かに。人のハンカチを手に何をしているのかと。
「あはははは」
気まずさに耐えるように作り笑いをして、チュールは事情を話した。すると老紳士はハンカチを引き抜いて改めてチュールに差し出して。
「これは差し上げましょう。その代わり、私の願いを一つ聞き届けてくれませんか?」
それはとある貴族の屋敷の門前での出来事。老紳士が見上げた先には、一つの窓があった。
●老婦人の想い
コンコン
木戸を外から叩く。二階の窓の外から。明らかに不審者なんだが。それでもチュールは叩く。あの紳士と約束してしまったから。
「どなた‥‥?」
かすれた女性の声と共にゆっくりと窓が開かれた。そして現れたのは線の細い、寝巻き姿の老婦人。
「あたしチュール。あそこにいるおじいさんに伝言を頼まれたんだけど」
窓枠に座ったチュールの言葉に老婦人はふらつきながら窓の外を覗く。部屋中に薬草のにおいが満ちていた。どうやらこの老婦人は病気らしい。
「え‥‥バルドゥル!?」
老婦人が門前の老人を見て口元を押さえる。どうやら二人は知り合いのようだ。
「『約束通り、月の雫をとりに行こう』ってさ」
「‥‥‥」
チュールの言葉に夫人は瞳に涙を浮かべながらも、それでも悲しそうに口を引き結んで。
「妖精さん、ご覧の通り私は病気で‥‥もうこの部屋から出ることすら叶わないの。だから、私の代わりにあなたが、あの人と一緒に約束を果たしてくれないかしら?」
●妨げるもの
「というわけなんだけどね〜」
「それで、『月の雫』とやらを取りに行ったんですか?」
冒険者ギルド。チュールは支倉純也のカウンターの前で先日の話しをしていた。
「それがさー。月の雫って言うのは二人が箱に入れて隠した真珠の指輪の事らしいんだけど、海辺にある洞窟に隠されているんだよ。昼間の1時から2時ごろまでの1時間だけ、潮が引いて入れるようになるんだけど‥‥不思議と、入口付近までは潮が引かないの。だから洞窟の入口までは小船を使っていかないといけないんだよ。でも」
「でも?」
「でっかい海蛇みたいなのが出てさ‥‥あたしが早めにそれを見つけたから、海に出る前、つまり被害にあわないですんだんだけど」
「海蛇‥‥リバードラゴンですかね?」
純也は顎に手をあてて考えるようにした後、一つの名前を口にした。名前からして強そうだが。
「主に川に生息しているドラゴンらしいですよ。海でも見かけることがあるとか。竜族の中では比較的大人しい部類にはいるらしいですけど」
「『竜族の中では』でしょ‥‥」
チュールがげっそりとしたように机に突っ伏す。洞窟の入口付近まで船を出すにあたり、危険な事に変わりはないのだ。
「3匹もいたよ」
「それはおじいさんを連れて行くのは危険ですねぇ」
「洞窟は小さいから、入ってよく探せば箱は見つかると思うって言うんだ。まあ何十年も前のことだから、あれだけど‥‥」
そもそもどうして指輪を隠す事になったのか。聞いて見れば老婦人は貴族の娘だったが家が破産寸前になり、見習い執事だった老人との仲を引き裂かれて別の貴族へ嫁ぐ事になったのだという。老婦人も貴族の娘としてそれを受け入れたが、でもやはり老人への想いを捨てるのは大変で、最後に、と二人で出かけたその洞窟に想いと母から譲り受けた指輪をしまったのだという。いつか、自由になれたら二人で取りに来ようと約束をして。
老婦人の嫁いだ貴族も亡くなり、互いに老いた今、今なら許されるだろうと老人は約束を果たしに訪れたが、運命は皮肉で――老婦人は病に侵されていて、部屋から出ることもままならないのだという。
「ハンカチを貰ったからだけじゃなよ。だってこのままだと悲しいじゃん! 数十年前の恋を叶えてあげたいよ‥‥だって、今ならきっと、二人は手を取り合うことが許されるんだよ?」
チュールは訴える。
老人は月の雫を手にしてでなければ彼女の屋敷へは足を踏み入れないと決めているらしい。きっと、今日も門のところで、いつ開くか分からない窓を見つめているのだろう――。
●リプレイ本文
●
洞窟の入口から潮が引く1時間前、昼の12時ごろに海岸に到着した一同は、チュールの指示により問題の洞窟を遠くから眺めていた。そう、洞窟自体はそんなに離れているというわけではない。自然に出来た、崖に続く感じの洞窟。今はぽっかり上部だけが穴が開いていて、まだ入れそうな状況ではなかった。
洞窟までは暫く遠浅が続いているようにも見えたが、老人の話によれば突然深くなる部分があるらしいから油断は禁物。
「リバードラゴンとはどういったものなのか」
風烈(ea1587)が海岸で山海経を開く。そこに乗っていたのは「青い鱗をした巨大な海蛇の様な姿をしており、頭はあまりよくない。大きさは2.5m程で首の横に棘のあるひれが大きく張り出している。主に川に生息しているが海で見かけることもある」という内容だった。
「説得に応じてくれますかな」
時折波間にみせるその姿を見て、ルイス・マリスカル(ea3063)が呟く。一応供物として魚を各種持ってきたが、知能があまり高くないということは交渉が通じないかもしれない。
「やってみるしかないだろう」
烈とルイスがボートに乗り、波間でこちらの様子を伺っているリバードラゴンへと近づく。相手がこちらを認識する前に烈はテレパシーリングを使ってそのうちの一匹に話しかける。
『食べ物を渡すから、船を通して欲しい』
できるだけ平易に、用件のみを伝える。すると返ってきたのは
『‥‥タベモノ‥‥ホシイ』
『ならば、船の安全を約束してほしい。少しの間だけだ、頼む』
『‥‥‥アマリ、戦イ、好マナイ‥‥約束、スル』
「ルイスさん、頼む」
交渉成立。ルイスは烈からの合図を受けて、シーバスとパーチを撒いた。するとそれに群がる三匹のドラゴン。
「あまり知能は高くないようだったが、交渉は成立したようだね」
その様子を見て操船に徹していたキース・レッド(ea3475)が呟いた。訓練された犬程度の知能しかないといっても相手は竜だ。約束は守ってくれるに違いない。
「‥‥うーん。正直彼ら精霊やドラゴンは自身に純粋すぎる。何より人間の善悪などは超越している存在だ」
「それでも、竜と精霊を祀るこの地にて、竜を殺す事は少し躊躇われますし」
キースの言葉に、ペガサスに乗った雀尾煉淡(ec0844)が答える。
だとすれば今の様に上手く交渉がまとまった事を喜んで、竜が約束を守ってくれるうちに件の洞窟まで進むのがよさそうだった。
「戦わないで済むならそれに越した事は無い、な」
レインフォルス・フォルナード(ea7641)は船上から、だんだんと水位が減って姿を現している洞窟の入口を見やった。
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予定より交渉がすんなり行ったこともあって、件の洞窟には入口が全て姿を見せる前に到着する事が出来た。まだ数センチ水はたまっているが、なんとか足場は確保できる感じだ。ただボートをどこに係留して置くかが問題で。漸くロープを結ぶのに丁度いい岩を見つけた頃には、入口の足場の水も殆ど引いていた。
「水が引いたとはいえ普段は水の中に入っている岩場だ。滑らないように注意をしないとね」
「明かりを出しますので、使ってください」
キースが洞窟を覗き込み、煉淡がライトのスクロールでその中を照らし出す。
波に埋没する洞窟だけあって、潮の匂いがきつい。所々海草や苔むしていて、油断するとつるっといってしまいそうだった。
「依頼人に聞いたところでは、小箱は強度を重視して鉄の正方形の箱にしたそうだ。場所は洞窟奥の一段高くなっている所に祀るようにおいたと言っているがもうかなり昔の事だ」
「鉄ならさび付いている可能性もあるな」
あまり広くない洞窟の中をゆっくりと順に進みながら烈が言うと、懸念の一つをレインフォルスが上げた。
「今も一番高くなっている所にあるとは限りませんね。波に攫われて、くぼみなどに陥っている可能性も」
ルイスは連れてきたミスラにライトの魔法をお願いし、岩と岩の間、海水の溜まったくぼみなどを重点的に見る。
「雀尾さん、念の為にデティクトライフフォースをお願いしてもいいかな?」
狭い洞窟だ。男五人で結構いっぱいな感じもするが、何か出ないとも限らない。烈の依頼を受けて煉淡がデティクトライフフォースを発動。探索を開始する。
「そうですね、特に洞窟内に怪しい反応は」
「ないならないと言うことが分かればいいんだ。ありがとう」
「しかし‥‥見つからないな」
恐らく依頼人がおいたという高くなっている部分は確認できた。だがそこには何も無い。キースはきょろきょろと辺りを見渡す。鉄製という事だから銀色の、そう銀色の箱を探せば――
「これではないのか?」
レインフォルスの低い声に一同が振り返れば、彼の手に乗せられているのは赤錆で覆われた汚い小箱。だがこの赤錆が、鉄が潮にやられた結果だとしたら。
「開けてみましょう」
ルイスが金具に手をかける。だが通常のやり方では開きそうに無かった。
「これでやってみよう」
烈がラムクロウの爪を隙間へと引っ掛け、力を入れる。
ギギギ‥‥と嫌な音がして赤錆がこぼれたものの、なんとか箱は隙間を開けて。後は指を入れて広げてしまえば簡単だった。
「これが月の雫ですか」
煉淡がライトの光を当てるときらり、真珠は煌いて。リングと台座部分はシルバーなのだろうか、年月の経過で黒ずんでいるが、恐らく手入れをすれば当時の綺麗な姿を思い出すことが出来るだろう。
「手に入れたとなれば急いで戻ろう。そろそろ水位が戻ってきた」
キースの声に各々足元を見れば、確かに水かさが増してきている。一同は箱を懐に仕舞い、ボートとペガサスに乗り込んだ。
●
砂浜に戻るまでもリバードラゴンは大人しく辺りを漂っているだけだった。なんとなくもっと餌をくれって思われている気がしたが、これ以上は手持ちが無いので仕方あるまい。
焚き火を起こし、濡れた部分を暖める。老人達の元へ向かう前に、きちんと乾かしていきたかった。なんとなく、二人の思いを届けるにはきちんとした格好で行きたくて。
焚き火を囲み、それぞれが想いを馳せる。
時が許さなかったとはいえ何十年も相手を待ち続けるという強さ。
そして、時が訪れても約束の物が無ければお屋敷に一歩も足を踏み入れるわけには行かないという心の堅さ。
「きっと、ここで自分の思いに妥協することは、今まで過ごしてきた数十年に妥協する事になってしまうと思ったのでしょう」
刀剣の手入れの応用で指輪を磨いていたルイスが呟く。
「執事とお嬢様、その関係にはもう縛られる必要が無いから尋ねてきたのでしょうに‥‥」
「けじめというやつだな」
煉淡とレインフォルスも磨かれていく指輪を眺めて。
「男のけじめだ。その気持も分かる」
キースが溜息をついた。
だがこれで二人を隔てるものは本当になくなるのだ。
「ご婦人の容態が悪化する前に、届けに行こう」
烈の言葉に否と答える者はいなかった。
●
チュールに案内されて婦人の屋敷に到着すると、相変わらず門のところで依頼人は開かない窓を見上げていた。
「月の雫とはこれですよね?」
「ああ、これだ‥‥間違いない」
ルイスが差し出した指輪を手に抱いて、老人は何度も何度も礼を言った。その横を、医師と看護士らしき者が駆け抜けていく。屋敷に招き入れられる姿も確認できたが、どうやらとても急いでいるようだった。
「ご婦人の容態が急変したのだろうか」
「!」
キースの言葉にはじかれるように老人は屋敷の入口に駆け寄った。もう彼を躊躇わせるものは何も無いのだから。
「奥様にお目通りをっ」
老人の言葉に使用人は頷き、彼を中へと入れた。恐らく婦人から話を聞いていたのだろう。だが冒険者達はその後を追うことは出来なかった。追わない方がいい気がしたのだ。
「これで二人の止まっていた時間は動き出すか」
「‥‥‥残された時間は少ないみたいだけれどね〜‥‥」
ふわふわと飛翔し、木戸の向こうで交わされるやり取りを聞いていたチュールは、老婦人の命がそう長くないであろう事を直感していた。
「それでも彼らにとっては何十年越しの恋が実るわけですから。きっと、幸せですよ」
煉淡が優しくいい、
「問題は時間の長さではないだろう」
レインフォルスが毅然として言い放てば、チュールにも納得が出来て。
「うん、そうだね。あの二人はやっと幸せになれたのだから――」
「暗い顔は似合いませんよ」
ルイスも、そして他の四人もゆっくりと、木戸の閉まった窓を見上げた。
今頃月の雫は、老人の手によって老婦人の指に嵌められているに違いない。
数十年のときを経て、元あるべきところへと――。