●リプレイ本文
●アマツ・オオトリ(ea1842)の場合
「最初に言っておく! 2月14日は、私の誕生日だ。馬連隊なにがしという面妖な天界の風俗など知らん。まあ、理由付けて楽しむのも悪くはないさ」
一応断りを入れたアマツさん。でも悪くないというなら、一緒に行きましょう?
彼女が向かったのはリンデン侯爵領です。面会を申し入れた相手はセーファス・レイ・リンデンさん。いそがしいでしょうが、かれは快く面会を許可してくれました。
「どうかしましたか?」
「(‥‥この優しい子息のことよ。気丈に振舞っておろうがな、内心は不安で満ち満ちておろう)」
「?」
黙って自分をみつめるアマツさんを不思議に思い、セーファスさんは彼女をじっと見つめます。
「まもなくそなたを癒してくれる者が参ろう、大切にするが良い。ふふふ、期待しておるぞ。来年には珠のような世継ぎが見られそうだな!」
「世継ぎ‥‥ですか」
彼女の言葉にセーファスさんは、複雑そうな表情を返したのでした。
その後彼女が向かったのは、とある少年が保護されている村。焼き菓子と花束を買い求め、少年に面会を求める。
「お姉ちゃん、来てくれたんだね!」
ディータ少年は無邪気にアマツに駆け寄り、手土産の焼き菓子を喜んで友達と分け合う。アマツは二つ残った焼き菓子を手に、そのままとある森の奥へと向かった。
そこで彼女を待っていたのは二つの墓。どちらも簡素なものだけれど、並んでいるのは不幸な恋人達。愛を貫いたが為に起きた不幸。
「‥‥クルト氏よ、もしかしたらディアーナはそなたの元には逝けぬかも知れん。
それでもいつか、再び巡りあえるならば。笑って彼女を迎えて欲しい」
供えた焼き菓子はその隣に眠る少女と二人で。少女の魂は精霊界へと上れないかもしれないけれど、いつかきっと、二人が幸せに暮らせることを祈って。
「残った焼き菓子ひとつ‥‥バレンタインとやらは女が想う殿方に贈るのだろう?」
アマツさんはそのまま海へと赴きました。そして――
ひゅんっ!
海に、その焼き菓子を投げて。
「私が想う殿方には、もう逢えぬ。あの殿方の真心を裏切った私に、会う資格はないさ‥‥」
それでも、と言葉を紡いで。
「(愛を求める者たちを護る為に我が刀、闇へと突き立てる事はできよう。私は、それだけでいい)」
彼女は海の向こうに何を見ているのでしょう。
その瞳は物悲しげに、そして、強い瞳で――。
●水無月茜(ec4666)の場合
茜さんは気合を入れています。
「バレンタインちょっと過ぎデーになっちゃいますけど、それはそれです! よーし、がんばるぞー! えいえいおー!!」
茜さんは地球人なので、バレンタインにはちょっとした思い入れがあるようです。
とある場所で作ってきたハート型チョコレートを、渡したいと願う相手がいました。でも一人じゃ緊張しちゃうから。
「チュールさん、お願いします、ついてきてください!」
「それはいいんだけどさ〜‥‥あの男はやめた方が」
チュールさんとは碧の羽根妖精さんで、茜さんがチョコを渡したい相手とも仲がいいのです。だから、彼女は言ったのですが。
「それでも、後悔はしたくないんです、この想いを伝えないまま、帰りたくないから」
「そこまでの決意があるのならいいけど、傷ついても責任は持たないよ?」
珍しく厳しいチュールさん。何か知っているのでしょうか。
それでもいいとチュールさんと一緒に冒険者ギルドへと向かいました。ギルドの隅で彼のお仕事が終わるのを待ちます。こうしてみると、ギルドの職員件冒険者というのも結構大変なお仕事だということが良くわかります。なぜ彼が二足の草鞋をはいているのか、それは茜さんにはわかりません。
「あの、支倉さん!」
彼の休憩時間、茜さんは思い切って声を掛けました。お相手は黒髪黒瞳のジャパン人、支倉純也さんです。純也さんはいつもの柔らかい笑顔を浮かべ、こちらへ近づいてきてくれました。
「茜さん。どうなさったのですか?」
「あの、これをっ!」
茜さんが差し出したのは、綺麗にラッピングされたハート型チョコレート。純也さんはそれを見て、なんだかわかった様子。だって彼もバレンタインイベントにかかわっていたのですから。
「これは――」
「その、ですね‥‥去年クリスマスパーティでエスコートして頂いていてから気になっていて‥‥」
うつむきがちに告げる茜さん。俯いていたから、茜さんには純也さんの表情は見えません。その、少し複雑そうな悲しげな表情が。
「ああ‥‥私にまで義理立てしていただいて、大変申し訳ないです。ありがとうございますね」
「え、あの、その‥‥」
違う、そう言おうとした茜さんの瞳に、今まで見たことのない純也さんの顔が映りました。茜さんは思わず言葉を飲み込みます。
「‥‥少し、故郷においてきた恋人を思い出しましてね。バレンタインの浸透していないジャパンにおいて、それでも何とかして私の為にと輸入モノのチョコレートを贈ってくれたのですよ」
遠くに残してきた恋人。その瞳を見るに、彼が彼女をまだ想っているだろう事は伺える。
「支倉さん――」
「月道も繋がったことですし‥‥一段落したら会いに行くのもいいかもしれないですね」
にっこりといつもの柔和な笑顔で。
「茜さん、ありがとうございますね」
そういわれてしまえば、茜さんは返す言葉を持っていなかったのです。
少し、ほろ苦いバレンタインになりました。
●利賀桐真琴(ea3625)さんの場合
リンデン侯爵家を訪れた真琴さんは、セーファスさんの母親、ティアレア夫人と面会していました。夫人はちょっと事件で傷を負って療養中なのです。
「傷の療養の為に湯治はいかがでやすか? 集団浴場が苦手でも、このような湯着をつくりやしたから、これを着たまま入っていただけやす」
それはいいわね、入ってみたいわと夫人は笑顔を浮かべた後、何か相談事があるのではなくて? と優しく微笑みました。
「あたいは‥‥セーファス様より年上で‥‥身分も生まれた国も違いやす、こんなあたいがあの方を想って良いんでやしょうか‥‥?」
「‥‥‥想うだけなら身分も国境関係ないわ。ただ、それが侯爵夫人になるとなると別。侯爵夫人は想いだけでは勤まらない。だから、セーファスは貴方に必要以上に触れないでしょう?」
真琴さんが思い返してみれば、セーファスさんは抱きしめる、頬にキスをする以上のことはしません。それは――
「この国では冒険者が特別な位置にあるけれど、それども侯爵夫人になれるかどうかは怪しいわ。私は平民だったけれど後妻だし、跡取りになるセーファスもいた。だから許されたってこと」
そうです、今の侯爵夫人は平民出の後妻なのです。前の侯爵夫人はしっかりとしたメイ人で、身分を持った人でした。
「それは、あたいが正妻になれなかった時の為を思ってセーファス様は‥‥」
「侯爵家の跡取りとなれば、想いだけで簡単に伴侶を決められないわ。あの子は優しいから‥‥貴方を大切に思っているから、貴方を傷つけたくないのでしょう」
ティアレアさんの言葉が、真琴さんの心に、深く突き刺さりました。同時にセーファスさんの気遣いも、真琴さんの心に触れました。
真琴さんは侯爵家の中庭で、セーファスさんと会いました。まだ少し寒いけれど、身を寄せ合っていればあたたかいのです。
「困った事があれば、なんでも相談してくくだせぇ」
真琴さんの言葉に、セーファスさんは優しい顔で彼女を見つめます。
「できれば最も簡単な方策ではなく、決断した事を最も誇れる方策を選択して下せぇ。ホントに微力でやすが‥‥あたいにできる事なら何でも協力致しやす‥‥、いや、協力させて下せぇ」
「真琴さんはそのままで十分ですよ。十分私の力になってくれます」
ひゅう‥‥冷たい風が駆け抜けたので、セーファスさんは自然な動作で真琴さんを胸に抱きました。真琴さんはセーファスさんの体温を感じてどきどきしてしまいます。
「あたいは‥‥チビだし、子供っぽくないでやすかね‥‥? あなたは‥‥きっとこれからもっと輝く素敵な御方になれやす‥‥あたいは本当にそんなあなたの隣に一緒に居て良い女でやすか?」
見上げられた真琴さんの瞳を受け、セーファスさんは一瞬困ったような表情を見せました。それは真琴さんの気持ちに困っているわけではなく――
「セーファス様」
静かに真琴が瞳を閉じる。その行動が欲する意味はわかっているけれど――けれども彼女を傷つけないためには、セーファスはその頬に優しく手を触れ、開いている頬に口付けをすることしかできないのだった――。