【硝子の翼】摘み取られる命を助けよ
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:5 G 47 C
参加人数:5人
サポート参加人数:1人
冒険期間:02月25日〜03月03日
リプレイ公開日:2009年03月06日
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●オープニング
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デオ砦ではまた人死にが出ていた。事故とも自殺ともつかない状況で。
死んだのはやはり頭角を現したばかりの騎士や鎧騎士。
自殺をする理由など無いと皆口々に言うが、だとすれば事故なのか、他殺なのか。
砦は重苦しい空気に包まれ、兵士達は不安に駆られる日々を送っていた。
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「夜、ふと目を覚ますと、石の中の蝶が羽ばたいていた」
イーリスは語る。だがその羽ばたきはすぐに弱くなり、おさまってしまったので追う術も無かったのだとか。
「何かいたのは間違いないだろうと思ったのだが、確かめる前にアイリスへの帰還命令が出たのでな」
先日アイリスの侯爵邸で氷漬けにされていた侯爵が発見され、そして一命を取り留めた。病気を装って家族やイーリスを遠ざけたのは侯爵にすりかわっていた黒衣の復讐者(仮名)らしく、黒衣の復讐者は冒険者たちに痛手を与えて逃げたのだという。
家族を遠ざけたのは本物の侯爵との違いを見破られない為。イーリスを遠ざけたのは石の中の蝶を持つ彼女がいては都合が悪かったのではないかというのが推論だ。
「もう一つ気になる点があるとすれば、夫が纏めた資料についてだ」
イーリスの亡き夫が纏めたというカオスの魔物に関する資料、それが見つからないことについてだ。やはり魔物が処分してしまったのだろうか?
「‥‥‥なあ、魔物が侯爵様に成り代わってアイリスにいたのだとしたら、領の西にあるデオ砦付近の町や村に現れた魔物らしき『綺麗な人』は一体何者なんだろうか」
まさか―― 一体でも厄介な上級のカオスの魔物がもう一体いるとでも――?
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砦内は異様な空気に包まれている。事件が続いて動揺している兵士たちも多い。
そこで提案されたのが、侯爵子息セーファスによる視察だ。
その準備としてイーリスは先にデオ砦へと行く事になった。兵士達の指揮を取る為だ。
冒険者達への依頼は非常にアバウトな物で、気になるところを自分なりの方法で調べて欲しいという物だった。
ちなみに依頼期間の4日目にセーファスの視察がある。兵士たちは己のいいところを見せようと必死になるだろう。この僻地から、すこしでも待遇のいい海側へ移りたい者もいるはずだ。
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「気に入らないな」
「ああ、アイリスからきてるあの女騎士ですか」
その相談は砦内の喧騒にまぎれて静かに行なわれていた。
「いなくなってせいせいしたと思ったら‥‥どうせ今度の視察もあの女が手柄を独り占めするんだろ?」
「じゃあ、決行ですか?」
「ああ。ただやるんじゃなくて、痛めつけてからにするのもいいかもな」
――不穏な、相談。
●リプレイ本文
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ずらっと馬車内に広げられたスクロール。そこには片端からカオスの魔物の情報が記されていた。記しているのは風烈(ea1587)。出がけに雀尾煉淡(ec0844)からしいれた、黒衣の復讐者と名乗る魔物と対峙した時の事も書かれている。悪魔法のみならず黒魔法を使ってきたこと、一瞬で密室から逃亡した事、そして魅了なのか言霊なのか、仲間が操られてしまった事も。
「そもそも黒衣の復讐者を名乗る魔物と、こちら側に出てきている魔物は同じなのだろうか?」
「あの魔物は我々の前で瞬間移動したでやす。あの能力を使うならば、侯爵家とデオ砦を行ったり来たりしてても不思議はないでやす」
利賀桐真琴(ea3625)の言葉にうぅんと唸る烈。こちら側を混乱に陥れている魔物の姿が分からないからなんともいえないところだ。いや、姿が分かったとしても魔物はその外見を自由に変えられる。だとすれば同一か否か、簡単な方法では見極める事はできないだろう。
「フォーノリッヂの結果が出ました」
スクロールを使って未来視を行なっていた土御門焔(ec4427)が声を上げる。それにしたがってルイス・マリスカル(ea3063)も皆の側に寄ってきた。
「まずは『イーリス』と指定した結果ですが‥‥何者かに拘束されて暴行を受けた挙句、殺害されるような姿が見えました」
「――っ。俺達が到着する前にそういう事態に陥っていない事を祈るまでだ」
烈が悔しげに唇を噛み、拳を握り締める。
「次に『セーファス』ですが、こちらは砦の兵士達に熱烈歓迎される姿が見えました。特に危険性はなさそうです」
それを聞いて胸を撫で下ろすのは真琴だ。フォーノリッヂで見える未来は確実な物ではないと分かっていても、悪い未来が見えないことに安堵するのは当たり前だ。
「最後に、『黒衣の復讐者を名乗る魔物』ですが、指定語句が曖昧すぎるのか、見えませんでした」
「まあ気にする事ありますまい。見えれば重畳、位ですから」
うなだれた焔をルイスが慰める。
いかんせん、黒衣の復讐者(偽名)の本名が分からないとやりにくいのは事実。もしかしたらそれを踏んで、奴は偽名を使っていたのかもしれない。
「そろそろ砦が見えてきたでやす」
真琴が馬車から顔を出してデオ砦を見た。
果てさてそこで渦巻いている怨念とは――。
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「以前『害意』の反応とカオスの魔物の反応があったのは、イーリスさんご自身が一番ご存知だと思います。ですからこれをお貸しします」
ルイスが差し出したのは不思議な水瓶。敵意を持つ者が近くに寄ると高い音を立てて知らせてくれる。
「イーリスさんの最近の出世振りを妬ましく感じている者がいるかもしれないから、できるだけ一人に成らないようにしてください」
「ん‥‥? 兵士達の死因はねたみによる他殺であると?」
烈の言葉にイーリスが首を傾げると、真琴が続けた。
「事件は他殺とみとくべきかと‥‥言霊を使う魔物化した者か、複数犯でもあるのやもしれやせん」
「私たちは兵士達に混ざって、情報を集めます。イーリスさんも気をつけてくださいね」
焔の言葉に頷き、それぞれが砦内を歩き始めた。
「せいがでやすね。あたいも混ぜてもらえやせんか?」
「お、冒険者の鎧騎士だな。じゃあゴーレムの戦闘訓練を手伝ってくれるか?」
真琴は己の技能を生かして鎧騎士の部隊へともぐりこんだ。
「最近は不吉な事件が続いているといいやすが‥‥」
「そうだねぇ、折角いい筋してると思ったんだがな、残念だ」
それは亡くなった兵士たちのことだろう。真琴が声をかけたベテラン兵士は、惜しい人を亡くした、と目頭を押さえる。
「大きい声じゃいえねぇでやすが、砦内では他殺の線も出ているとか。そんなに恨みを買うような人たちだったんでやすか?」
「いやぁ、確かに付き合いが良いって程じゃなかったが、誘えば応じるし、それなりに人付き合いも無難にこなしている奴だったぞ。ただ、毎日居残りで努力をしたおかげか、急に頭角を現したもんでな、そういう意味では恨みを買ってたかもしれない」
どこの世界にもいるものだ。自らは努力せず、他人の力を羨む輩が。
「それは誰だか分かりやすか?」
「いや、少なからず誰でも心の中に持っているものじゃないか? ここに配備されているゴーレム機器は限られている。有事の際は優秀な者から割り当てられていくのが当然だし、働きが認められれば海側への転属話も出てくるかもしれないからな」
「そうでやすねぇ‥‥」
ベテラン兵士の言う事も最もだった。真琴はそのままゴーレム隊の演習へと加わった。
兵士と共に食事を取りながらふと思い出したかのように口を開くのはルイス。
「こういうことを聞くのは気が引けるのですが、亡くなった方の他に現在飛びぬけて力のある方をお教えいただけませんか?」
「そうですね‥‥騎士で言えばラルフ、アーグ、レッカス。鎧騎士ならマルとセツリあたりですかね」
真面目そうな騎士はルイスの質問にも真剣に答えてくれた。だがそれを耳に挟んだ集団が、彼らに鋭い瞳を向けている。
「けっ。どうせ落ちこぼれの俺らなんて名前が挙がらないだろうよ」
「そ、そんなこと‥‥ジュル達だって頑張って練習に参加すればいずれ‥‥」
「そもそも隊長でもなんでもないお前が優秀な人材をピックアップするなんざおこがましいんだよ!」
ジュルと呼ばれた柄の悪い男達が立ち上がり、ルイスたちのテーブルへと迫ってくる。そしてジュルが真面目そうな騎士の胸倉を掴もうとしたとき、ルイスがその腕を掴んだ。
「弱い犬ほどよく吠えるといいます。隊長だけでなく一般兵士からも頑張っていると称されたいならば、それ相応の努力をすべきではありませんか?」
ルイスの言い分は正しい。だからこそジュルたちはつかまれた腕を振り解いてケッ、と悪態をついた。
「あの女みたいな事いいやがる。偉そうに」
あの女、とはイーリスの事だろうか?
ルイスから気になる集団がいると報告を受けた焔は、ジュルという青年を筆頭にした集団をこっそりつけていた。リヴィールエネミーのスクロールを使ってみるが、反応はない。それもそのはずこの魔法は「自分に敵意を持つ人物」に反応する魔法だ。
だが事前情報があったため、この集団が怪しい事は分かっている。焔は何とか隠れたまま近寄って、達人レベルのリシーブメモリーを試みる。だがまだ熟練度が低い為、中々発動しない。それでも何度か繰り返して発動した魔法は、ジュルの記憶を奪った。
『あの女、セーファス様の視察に出られないようにしてやる』
それが彼の、今一番強い思いのようだった。
「イーリスさん、砦詰めになっている間、部隊の編成とかしませんでしたか?」
「勿論、隊長と協議して能力別に分けたりしたが」
それで不満が出たのだろうか。元々この砦に配置されている者達は左遷に近かった。だがそれもだんだんと改善の兆しを見せているはずである。少なくとも、以前の様な完全に兵士の墓場状態ではない。
「もしかしたら、侯爵家から直接来ているイーリスさんの指示に従いたくない人とか、イーリスさんが若くして侯爵家直々に命令を受けている事なんかが、気に入らない人がいるのかもしれない」
「‥‥ふむ」
亡くなった者達の遺体を調べながら、烈が言う。確かにそれはありそうだった。
「‥‥‥多分イーリスさん達も調べただろうけど、暴行の跡がある」
「‥‥‥‥ああ」
低い声でイーリスが頷く。
「自殺に見せかけた他殺、と判断して問題な――危ない!」
ひゅんっ!
砦の外れで遺体を見ていたイーリスを、矢が狙っていた。射手の姿は木々に隠れて見えないが、水瓶が甲高い音を立てていることから練習中に謝って射ったというワケではなさそうだ。こんなところで練習している人もいないだろうが。
「大丈夫か」
「‥‥ああ、大丈夫、だが」
見下ろす形になったイーリスの無事を確かめ、烈は安堵の溜息をつく。だがイーリスはいつもの表情と一転して頬を朱に染めて。
「‥‥その、どいてくれると、助かる」
矢から逃れる為に勢いあまって烈はイーリスを押し倒してしまっていた。何となく、気まずい空気が流れる。
「すまない」
男性の様に振舞っていても、やはり女性なのだとそのか細い体を抱いた烈は感じていた。
●
セーファスの視察前日。
石の中の蝶の反応はない。
カオスの魔物は出てきていないのか。
怖いのはカオスの魔物か、それとも人間か――
「イーリス先輩。ちょっと相談があるんすけどって、なんすか、その甲高い音は」
丁度夕食を終えた後だった。イーリスに近づいてきた男、ジュルが不思議な水瓶の甲高い音に眉をしかめる。申し訳ないことに、食堂にいる時から水瓶は鳴っていたのでイーリスは別の意味で注目を集めていた。
「別棟の武器倉庫の点検がうまくいっていないらしくて、ぜひ先輩に見てもらいたいんすけど」
「‥‥‥わかった」
イーリスとてこの男が自分に悪意を持っていると聞いていた。だからといって正当な理由を持ち出されて断るわけにもいかず。
「ルイス殿、これを預かってはくれぬか」
既に敵意あるものが判明してしまった今、水瓶は元の持ち主に返し。
「私は点検をしてから自室へ戻る。『先に休んででいてくれ』」
冒険者たちに告げるイーリス。だがその言葉が額面どおりでないことを四人は理解している。下手に冒険者達を同行させて警戒されるよりは、こっそり後をついていった方が効果的だ。
そしてイーリスが案内されたのは、武器倉庫の一つ――ただし、空っぽの。
「中に入れ!」
中にはジュルの仲間が数人、ランプの明かりに下卑た笑いを浮かべて立っていた。ジュルはイーリスを押し入れると、扉を閉める。そして。
「きにいらねぇんだよ。侯爵家の騎士様だかなんだかしらねぇが、ここにはここの流儀ってもんがある。引っ掻き回されたらたまんねぇ」
「自分達より上に取り立てられる者がいるも気に食わない、と言ったところですか」
どっかーん!
バーストアタックで破壊された壁の向こうにいるのはルイスと烈。烈は素早くイーリスと敵たちの間に入り、守る体制をとる。
「へっ。俺達には成功を約束してくれた奴がいるんだ。気に食わない奴に復讐をする、仲間を裏切る。そうすればいずれ力を与えてもらえるんだぜ?」
「けれども今は、無力なのでやしょう?」
「だから、こうして大人数で一人をなぶろうとするのですね」
ルイスの後ろから顔を出したのは真琴と焔だ。
「外道にかける情けだけは持ち合わせていなくてな」
素早く烈がジュルに拳を振るう。とりあえずここにいる奴らを戦闘不能にして独房にでも放り込んでおくべきだ。明日のセーファスの視察にこんな奴らを出すわけには行かない。
「くそっ!」
他の男がジュルを助けようと動く。だがその動きは素早く動いたルイスと真琴に制され。
「大人しくしていてください」
後方にいる敵には、焔が高速詠唱スリープで眠りへといざなった。
「‥‥申し訳ない」
「いくらリンデンの兵士のした事といっても、イーリスさんが謝る必要はない」
立ち上がって烈に告げるイーリスは、心底疲れたような顔をしていた。
「成功を約束してくれたという者の話を詳しく聞かせてもらおうか」
だが一瞬で表情を戻し、イーリスは拘束された者達に問う。だが簡単に口を割ってくれるはずはなかった。
「土御門殿」
「はい」
真琴の言葉に焔が歩み出る。リシーブメモリーを使うのだ。
『ウェーブのかかった長い金髪の男』
『生贄の準備も出来ている』
『暗殺を頼むつもり‥‥』
焔の伝えた言葉。それは同じ部分もあるが、微妙に彼らが握っている黒衣の復讐者を名乗る魔物とは異なっていて。
「‥‥やはり別の魔物が暗躍しているという事でしょうか」
ルイスが顎に手を当てて考え込む。
ともあれ相手が動いてこなければどうしようもないのが現状だ。後手に回ってしまうのも仕方がない。
「せめてセーファスの坊ちゃんの視察だけは無事に終わらせやしょう」
真琴の言葉に一同、頷いた。
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セーファスの視察は滞りなくすみ、前日に監禁した問題の兵士数人はアイリスへ送られることとなった。そこでの方が厳重に閉じ込められるだけでなく、『何かあったとき』に対処しやすいからだ。
何かあったとき――それはその魔物らしき物が姿を現すときなのだろうか――。