●リプレイ本文
●
「儀式の準備を始めましょう」
集まった冒険者達を見て月精霊アナイン・シーは言った。
冒険者達は大まかに二組に分かれる。この場に残って儀式に参加する組と、月道を通った先――地獄でカオスの魔物を排除する組と。
「蓮、沙羅。お前達はここに残って祈りを」
双海一刃(ea3947)の様につれてきた精霊達をこの場に残して地獄へと赴く者もいる。
「シャインも皆の無事を祈ってください」
ファング・ダイモス(ea7482)がミスラの男の子に告げると、彼はくるりと回ってお辞儀をして見せた。
「さぁ二人とも、汚名返上ですわ。しっかり言うことを聞いて、お勤めしてきてくださいましね」
セラフィマ・レオーノフ(eb2554)は月妖精二体の背中をぽんと叩く。その声は優しさと意思がこもっていた。
「根は優しい良い人だから、俺がいない間はよく言うことを聞くように。失礼がないようにな」
「根は優しいって何よ」
月妖精の銀兎にかける風烈(ea1587)の言葉をしっかり聞きとめて、アナイン・シーは視線を投げかける。そのままの意味だ、と答えれば他意がないならいいのとそっぽを向かれてしまった。照れているのだろうか。
「華輪、月兎、わかってるな?」
伊藤登志樹(eb4077)の言葉にルーナと月妖精はぶんぶんと首を振って頷いた。言うこと聞かないと怖いおしおきが待っているのかもしれない。
「ベアトリクスさん、ベリーゼくん、よろしくお願いしますよ」
自身の名前から名づけたというシルフとミスラの頭に手を当ててベアトリーセ・メーベルト(ec1201)が優しく言う。二体とも嬉しそうに笑って。
自らは地獄へ赴くことを決めていたが、最後まで思案顔だったのはルイス・マリスカル(ea3063)だ。本当に彼女をつれてきてよかったのかと今になって思う。
「どうしたの?」
彼女ミレイアと共に挑めれば心強く、頼めば力を貸してくれることはわかっていた。けれども望まぬ戦いには巻く込みたくなく。きちんとこの依頼の持つ意味と危険性について話した上で彼女自身の希望でつれてきたのだが、幼さの残るその顔を見ると少しだけ不安が残る。
「何でもありません。共にカオスに立ち向かいましょう」
「うん!」
勿論一般人である彼女を地獄へつれていくわけにはいかない。彼女はミスラのソレル、ウンディーネのナルキッソスと共に祈りに参加してもらう。
「地獄へと続く月道の先にカオスの魔物が待っているはずだわ。月道を開くということはあちらから敵がこちらへ来るということも可能ということ。心して挑んで頂戴」
祈りの力、歌声、それらがエキドナへダメージを与える力となる。だが地獄で戦うことを選んだからといって何の役にも立たないというわけではない。エキドナに直接ダメージを与えに行くわけではないが、月道を守ること、その先にいる祈りに励む仲間たちを守って道を切り開くことが祈りの力を増幅させるという。
「祈りが力になる‥‥」
誰かが呟いた。だがここはそういう世界。人間の祈りと精霊の力、それらが融合して強大なパワーとなるのだ。
「こっちで皆と歌ってようかとも思ったんだけど、僕は下手っぴだしね。うちのコたちは、ここに連れてくるにはやんちゃすぎるし。だから通り道の掃除をやってくるよ。さってと、ガンバって通り道を空けてこようか」
楽器を鳴らしながら言うエイジス・レーヴァティン(ea9907)の言葉に皆が頷き、そして約半分の冒険者が月道を通って地獄へと出発した。
●
「仲間を信頼して。あなた達はただただ力を強めるのに集中するのよ」
中心にいるアナイン・シーに、冒険者達の連れてきた精霊たちが近づいていく。
「いい? 祈るのよ。わかった?」
小さなフェアリーから子供サイズの精霊にまでそう言い聞かせているアナイン・シーの姿はまるで母親のようだった。
「前に妖精だった子がこんなに大きくなりました。きっともっと祈りの役に立てるはず」
リュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)の言葉にアナイン・シーは満足げに頷いた。彼女達の様に共にすごしてきた時間、絆、そして多少のアイテムがあれば精霊は成長する。
「スズナ、一生懸命祈って。おかーさんもそばにいるからね」
きゅっと抱きしめられたシルフは嬉しそうに笑んだ後、手を振ってアナイン・シーの側へと飛んでいった。
「あれからきちんとしつけてきたつもりではあるのですが‥‥」
エルマ・リジア(ea9311)の視線の先には水の妖精クレメンタインと月の妖精ジェラルドの姿があった。しっかり言い聞かせられたのか、跪いて祈るような体勢をとっている。
「今のうちにアナイン・シーの姉御にお尋ねしたいことが‥‥」
「真琴さん」
駆け出しそうになった利賀桐真琴(ea3625)の手をとって制したのはセーファス。彼は真剣な瞳で彼女を見つめて口を開いた。
「それは今この場に本当にふさわしい質問ですか?」
「‥‥」
この場は地獄にいるエキドナに対してダメージを与えるために祈りをささげる場。アナイン・シーに聞きたいことがあるのはわかるが、個人的な質問はあの厳しい月の上級精霊は許すまい。
「‥‥そうでやした。とめてくださりありがとうございやした」
真琴はセーファスの手をぎゅっと握り返した。
「侍の鳳双樹です。よろしくお願いしますね」
「パラディン候補生、鳳美夕だよ。よろしくね」
姉妹で参加した鳳双樹(eb8121)と鳳美夕(ec0583)は礼儀正しく挨拶をした後、祈る対象が違うがいいのだろうか、と尋ねた。パラディン候補生の美夕は阿修羅神に、双樹はインドゥーラに帰依しているわけではないが、阿修羅神と精霊に祈りをささげるつもりだった。
「セーラ様や精霊に祈る人が多いと思うので不自然かもしれないけど、私自身セーラ様や、精霊様に畏敬の念はあるつもりだし阿修羅神様はそういった方々と仲が悪い事もなく世界の為に戦う神様だから大丈夫と思ってます」
しっかりとした意思を持った彼女に、肝心なのは「祈る」という心であり、対象は違っても構わないとアナイン・シーは告げた。
「祈りと想いで世界が救えるならこんなに優しいことはないですよね!」
微笑む双樹にリル・リル(ea1585)が待ちきれないというように「戦いだけが力じゃないしふ〜♪」と竪琴をぽろんと弾き鳴らした。
「水のウィザード、リスティア・レノンと申します。よろしくお願いしますね。」
「白の神聖騎士、サクラ・フリューゲルですわ。どうぞよしなに‥‥」
「フィオレンティナ・ロンロンだよ、初めまして」
リスティア・レノン(eb9226)、サクラ・フリューゲル(eb8317)、フィオレンティナ・ロンロン(eb8475)が次々と挨拶をしていく。
「ワタシとフェイの祈りの力が少しでも役に立てればって思うよ。皆で力を合わせてエキドナをゲヘナから追い出してやろうね!」
フィオレンティナの言葉に頷く一同。そう、皆守りたいものがある。
雀尾煉淡(ec0844)とケンイチ・ヤマモト(ea0760)が紡いだ音を合図とし、儀式は始まった。
●
シュンッ――
地獄内の澱んだ空気を一番最初に切り裂いたのは、グリフォンのレェオーネに騎乗したシルビア・オルテーンシア(eb8174)の魔弓「夜の夢」から放たれたホーリーアローだった。その聖なる矢は冒険者達の到着を察知して近寄ろうとするカオスの魔物を的確に射抜いた。
「来ます! 気をつけてください!」
シルビアの叫びに各々武器を取り、構える。ペガサスのグラナトゥムにレジストデビルを付与させたルエラ・ファールヴァルト(eb4199)は一気に射程を詰め、チャージング+ポイントアタックで魔物達に突撃した。
「祈りの力の通り道を拓く!」
グリフォンのグレコに騎乗したオラース・カノーヴァ(ea3486)もまた、ホーリーランスを構えてチャージング+スマッシュで近づきつつある敵を打ち据える。
「数が多いな‥‥」
呟きつつもレインフォルス・フォルナード(ea7641)は飛行部隊の打ちもらしたカオスの魔物を斬りつけていく。
カオスの魔物の中にはスタッキングで急接近してきたり、魔法を操ったり、姿を消したりと厄介な攻撃をしてくるものもいた。それらの攻撃は前衛を抜けて後衛へと及ぶ。
「‥‥‥」
最後衛――月道の真ん前に位置どった月下部有里(eb4494)は祈りをささげていた。残念ながら地獄へ入ってから敵が現れるまで一時間は待ってくれなかった。期待しているレミエラの効果を発動させるにはまだ時間がかかる。
「長期戦になりそうだな」
オーラエリベイションを自身に付与した烈が近づいてきたカオスの魔物と対峙する。確かこの魔物は霧を操るはずだ。だとしたら視界を阻まれる前に退治しておいたほうがいい。
上空からはシルビアやルエラ、オーラスらが攻撃を続けていた。だが彼らだけでは対処できない数のカオスの魔物が前衛へと迫ってくる。
「きゃあっ!」
炎に包まれたセラフィマが叫び声をあげる。一拍の後に、炎を放った目の前のカオスの魔物にオーラパワーの付与された槍を突き刺すが、その傷は浅くはない。
「離れてください!」
叫ぶと同時にファングが武器を振り上げた。その声に応じて左右に散開したのは仲間達のみ。それを確認すると彼はスマッシュEX+ソードボンバーで目の前の敵を蹴散らす。文字通りレベルの低いカオスの魔物たちは一掃され、彼の正面はただ地獄の大地のみが広がっていた。
だがそれも一瞬のこと。横から奥から魔物達がわらわらと再び押し寄せてくる。
「‥‥きりがない」
「元より殲滅が目的ではありません。我々の役目は祈りの道を切り開くと同時に、祈っている仲間たちを守ること」
黒きシフールを狙って攻撃をしかけた一刃の呟きを拾ったルイスがスマッシュで止めを刺して答える。
「そう、だな」
彼らも互いに大切な者を祈りの場に残してきている。ここを抜かれて月道を通られるわけにはいかなかった。
「‥‥‥」
殺意を覚えることで狂化したエイジスは、スマッシュEXを使って敵の中へと飛び込んでいた。狂化中の彼は戦闘マシーンと化す。今の彼の働きもまさにその状態で、次々とカオスの魔物を消滅させていった。
「さすがにあそこまで突出することは出来ませんけれど」
ベアトリーセがエイジスを見て呟いた。だが彼女には彼女の仕事がある。後衛へと抜けようとする素早い魔物に対してフェイントアタックで確実に攻撃を当てていく。
それでも敵の数は多い。後衛へ抜けてきたものにはネフリティス・イーペイロス(ec4440)が高速詠唱でグラビディーキャノンとローリンググラビティーを続けて唱えることで転ばせ、そしてそこに登志樹がファイアーボムを打ち込んでいた。
「一時間、持ちそうにないわね」
有里は祈りを中断し、高速詠唱でライトニングサンダーボルトを唱えた。その範囲はレミエラの力を借りて広がっている。
群がってきているのはどれも下級のカオスの魔物のようだったが、中には魔法やコンバットオプションを使用する手ごわいものもいる。数に押されることで負傷者も出始めていた。薬で治療して凌ぐも、攻撃の手を休めるわけにはいかない。
彼らの使命は敵を後ろに通さぬこと。そして祈りの通る道を切り開くことなのだから。
●
場は音楽と祈りに満ちはじめていた。
「それでは、蛇魔マに一撃食らわせましょうか!」
リュシエンヌの言う「蛇魔マ」とは魔物のママの略、つまりエキドナの事らしい。そんな彼女が爪弾くのは竪琴。紡ぐのは玲瓏なる歌声。
冬の如く苦しき刻は来たれども
過ぎ行けば 春は訪れよう
迷う無かれ 我ら皆ともにあり
友と並び立ち 共に歩め 共に進め
あふれる命の恵みに祈らん
愛しき人を 愛しき世界を 護れるよう
静かに始められたその旋律は段々と力強く、月道を通って地獄で戦っているもの達を勇気付けるような歌。
「いっぱい演奏しまくるよ〜♪」
リルが手にした竪琴の名は和(なごみ)。空間に静かに溶け込むように、緩やかで優しい曲を紡ぐ。時折弦を強く弾くのは、神聖な雰囲気をかもし出すため。
彼女が紡ぐのはゲヘナの丘の犠牲者に捧げる鎮魂歌。悲しき魂を、叫びを、絶望を、丸ごと包み込んで浄化できるように。亡き者達を救いへと導いて、今在る命が希望を抱いて進み出せるように。
それに合わせて鎮魂の歌を歌うのはサクラ。迷わずセーラ様の御許にいけますようにと思いを込めて。歌いながら彼女は舞う。剣を手に、死者を慰めるように。
「(音楽は楽しいね〜♪ 沢山の音と音を繋ぎ合わせたら、ステキな曲に変わっていくんだよ〜。この儀式も同じかな〜? 沢山のステキな想いを繋ぎ合わせて出来た力は、あの丘を変えてくれるかな〜?)」
リルはチラ、と月道の方を見やる。そして祈りを捧げている仲間たちを見る。きっと、祈りは届くと信じて。
曲調が変わった。
明るくなった曲には『私達は死者の分まで生きていく。決してデビルに屈することなく未来を作っていく』というメッセージがこめられている。サクラの紡ぐ歌詞もそのようなものだ。彼女の周りでミスラのよーちゃん、陽の妖精であるひーちゃんが舞った。
ケンイチがローレライの竪琴を爪弾きながら紡ぐのは優しい歌。傷ついた者を癒すような、恐怖に怯えるような者を優しく包むような歌。伸びやかなその歌声に、妖精たちが羽を振るわせる。
「精霊様、精霊様、私たちが手を取り合っていける為ならば私の力も存分にお使いくださいませ‥‥」
リスティアの祈りは優しい。皆が幸せに過ごせるように、共に祈りに臨んだ精霊たちが少しでも力になれるように、と。
「ディアネイラ‥‥」
愛しき人魚姫と手を取り合った布津香哉(eb8378)は祈る。
「(ディアネイラと一緒にいられるだけで心強くなれる。そして、この笑顔を曇らせないようにしたいとも思う。祈りが力となるなら、愛するものがいるこの世界をカオスにこれ以上汚されないように俺は祈ろう)」
その思いは言葉にしなくとも、祈りとなって届くはず。ふと隣を見ると、彼女と目が合った。にこり、彼女の笑顔がその証だ。
「‥‥阿修羅様、私達に力を‥‥」
美夕は阿修羅神に祈りを捧げていた。正式な神職ではないけど武士だった頃の礼儀作法をもって、自分も更なるデビルの戦いに阿修羅様に仕える者として戦うと誓いを込めて祈る。
隣で祈りを捧げるのは妹の双樹。阿修羅神と精霊に祈りを捧げる。
「(お姉ちゃんや大事な人がこれ以上傷つかないように)」
その祈りが届くように。その思いが悪しき者達を殲滅してくれるように。
「(地獄へ行っている皆が無事に帰ってこられますように)」
エルマはこうしている今も地獄で戦いを続けている仲間たちを守ろうと、祈りを捧げていた。彼らはとても危ない場所に行っている。その無事を祈ることが彼らの盾になるよう。一人一人、その顔を思い浮かべて。
「どうか無事で‥‥精霊や妖精たちが、帰りをまっています‥‥」
「‥‥‥」
真琴はセーファスと手を取り合い、目を閉じて祈りを捧げていた。リンデン侯爵家が幸せとなることを心から、祈る。
「あなたの優しさはいつもあたいの心を温かくして頂いてやす。今はただそれだけで嬉しいでやすよ。ただ、あたいはあなたにならたとえ傷つけられてもかまいやせん。たとえおそばに居られなくなっても‥‥あたいはあなたを想っておりやす」
小さく呟かれたその言葉にセーファスは儚げな微笑を返し、そして彼女の頭をゆっくりとなでた。
「(護りたいもモノが沢山あるんだ。だから絶対に負けられない)」
フィオレンティナは風の妖精を肩の上に乗せて一心に祈っていた。
メイの国に、世界に、善き風が吹くように。
この善き風が悪しきモノ全てを浄化するように。
「(さて、さすがに先走った発言は控えないとな)」
こわ〜い月のお姉さんに睨まれたらかなわない、とキース・レッド(ea3475)は儀式を背にして祈りを捧げていた。未来を。全てのものの未来を祈り、同時に儀式の場の警戒を強める。
そう、警戒をしていた。だから彼は気がついた。この場にそぐわない、殺気に。
「カオスの魔物か!」
地獄から月道を通ってきたのではない。おそらく元からメイの国にいた魔物であろう。その姿は何度か見たことのある低級の魔物だった。彼は武器を手にし、振り返る。同時に迎撃体制を取ったのはフィオレンティナと煉淡だった。
エリヴィラの歌を竪琴で支援していた煉淡は一時演奏を止め、高速詠唱でホーリーフィールドを展開する。
夜空を越え空の彼方に
朝焼け滲み私達を照らす
エリヴィラの歌は続いていた。敵襲に気がついたアナイン・シーが彼らに檄を飛ばす。
「なんとしてでも守りなさい!」
ここにはか弱い妖精たちもいる。祈りに集中している者たちもいる。手を出させるわけにはいかなかった。
胸を叩く鼓動に合わせ
皆の願い紡ぎ謳おう
散りばめられた祈りの欠片
重ねゆけば世界は目覚め行く
キースが、フィオレンティナが武器を振るう。煉淡が高速詠唱ブラックホーリーでそれを援護していた。他の者は心配そうに一瞬そちらを見たが、そもそも攻撃の根本たる祈りの力が不足しては儀式は失敗してしまう。故に祈りを続けた。
疾れ私達の旋律よ
祈りの楽を
絆を奏で
響き渡れどこまでも
明日の空へ
見果てぬ地へと
負った傷を薬で癒しながらも防戦に回る彼ら。地獄ではもっと激しい戦いが続いているはずだ。祈りの力が満ちるまで耐えてしまえばこちらの勝ち。攻めてきたカオスの魔物はそれほど多くはない。だがこちらには今は祈りに力を注いでいるが、それなりの戦力がある。
キラ――
アナイン・シーが、その周りの精霊や妖精たちが発光し始めた。最高潮は、近い。
月道を通った向こう、地獄で戦っている仲間たちは――。
●
「最初に比べてだいぶ数が減ったとは思いますけれど」
シルビアが最後の一本の矢を番えた。さすがに敵の本拠地とあって後から後から敵が出てくる。もうその敵がデビルなのかカオスの魔物なのかさえも良くわからない。外見から区別がつきづらいのだから仕方がない。だがそんなことはどうでも良かった。彼らの役目は――。
「何‥‥? 月道から力が‥‥」
ひざを突いた有里は背後から力を感じ、振り返った。その向こうから何だか力を感じる。負の力の満ちたこの地とは異質の力、を。
「――近いみたいよ。急いで!」
彼女の声を聞いた一同が持てる力の全てを持って魔物の討伐にかかる。すでに傷を負っている者も多い。だが終わりがちかい、となれば最後の力を振り絞るのみ。
「うぉぉぉぉぉぉ!」
誰のものかわからない叫び声が、剣戟の音が戦場を支配する。
猛攻により一瞬、『道』ができた。
キラ――
光が、満ちる。
光の奔流が、ゲヘナの丘を目指して迸る。
地獄で戦っている者たちも、その光を目にして一瞬、祈った。
無事に祈りが届きますようにと。
カオスの魔物たちも、一瞬その光のあまりの眩しさに視界を封じられたようだった。だが不思議と光は、冒険者達の目を覆うようなことはしなかった。
それが、正と邪の違いか。
しん――
光が収まった後、不思議な静寂が、場を支配した。
「もうここには用はない。撤退だ!」
一瞬早く我に返ったオーラスが叫んだ。一同もそれに倣い、その場を離れることにした。
「ぐ‥‥おのれ、精霊と人間どもめ‥‥」
ゲヘナの丘。光の奔流によって苦しめられたエキドナは、怨嗟のごとき言葉を口にし、苦しげに胸元を押さえていた――。