【硝子の翼】舞い散るは裏切りの翼

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:5人

サポート参加人数:1人

冒険期間:04月13日〜04月18日

リプレイ公開日:2009年04月22日

●オープニング


 その屋敷は一人で住むには広すぎる。
 久々に帰った家の中を見渡して、イーリス・オークレールはため息をついた。
 夫が生きていた頃は使用人も雇っていたが、今は家へ帰ることも少なくなったため、すべて解雇してしまっていた。
 しん‥‥静けさが染みていく。
 未亡人になった時、まだ若いのだからと再婚を勧められた。けれどもその時は夫の死と自らのトラウマのせいでそれどころではなかった。
 では、今は?
 トラウマを乗り越え、夫の死を乗り越えた今は?
「私はリンデンに剣を捧げた騎士――」
 自分に言い聞かせるように呟く。
 寝室の窓を開け、空気を入れ替えようと窓を開けた時――

 バサッ

「!?」
 鳥ではない。何か大きなものが窓を覆い――気がついたときにはその顔が自分の顔の目の前にあった。
 窓枠に足をかけていたのは端正な男性の姿をした「何か」。その背には翼が広がっていて。ウェーブのかかった髪は風の余韻に流れていた。
「清廉で忠誠心篤い君に問おう」
 男は驚愕で固まっているイーリスに鋭い視線をぶつけ、そして口を開く。
 否、イーリスが動けないのは驚愕からだけではない。その男の持つ威圧感に気おされているのだ。
「その手を主君の血で汚す勇気はあるか?」
「!?」
 まっすぐに問われたのは裏切りの誘い。勿論是と答えられるわけもなく。
「私は侯爵様に忠誠を誓っている!」
 威圧感を跳ね除けるようにして大声を出したつもりだが、カラカラに乾いた喉からは搾り出したような細い声しかでず。目の前の男はそれを見て「くっくっ」と笑い、そして。
「つまらぬのぅ。予想通り過ぎて」

 ――手に持った短剣を、イーリスの目の前で横に引いた。

「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!」
 血飛沫と叫び声が静寂を引き裂き、非日常を呼び起こす――。

 その男の周りには、揺らぐ炎が見えた。


「‥‥というわけなんです。イーリスが襲われました」
「それは‥‥」
 冒険者ギルドの一室。セーファス・レイ・リンデンと対面した支倉純也がため息をついた。
「幸い発見が早かったため大事には至りませんでしたが‥‥直接的に裏切りを勧めてきた男とは何者なのでしょうか」
「少なくとも‥‥人間では‥‥」
 ないでしょう、というのは二人とも同じ見解だ。
「それと関係があるかはわかりませんが、以前デオ砦でイーリスを襲った者達の故郷の村で、死亡者が多数出たそうです」
「それは‥‥恐獣でも出た、わけではありませんよね」
 純也の言葉にセーファスは頷く。
「原因は不明です。沢山の者が突然亡くなったと聞いています。私はあまり詳しくはないのですが、もしかしたら魔法の類かもしれません」
 人を突然死に至らしめる魔法――。
「捕らえた者たちはカオスの魔物に裏切りのための力を借りると共に、生贄を差し出すことにしていたそうです。その生贄が今回の死亡事件に絡んでいるかもしれません」
「ということはその村に行けば何か手がかりが?」
「20人以上の人が亡くなったので‥‥話が出来る状況かはわかりませんが、もしかしたら近くにカオスの魔物がいるかもしれませんね」
 セーファスは苦笑する。自身の追っている「黒翼の復讐者」だけでなく、別の強大なカオスの魔物が出現したかもしれないのだ。
「イーリスさんに話を聞くことは‥‥」
「できます。そもそもなぜ彼女が狙われたのかはわかりませんが‥‥しかも相手は彼女にしっかりと止めを刺さなかった」
「‥‥警告?」
 そうだ、自分はこんな簡単に侯爵家に縁の深い者達を傷つけることができる、そんな警告?
「イーリスを襲った敵がいきなり目の前に姿をさらすとは考えがたいですが、それでも問題の村を調べる必要はあるでしょう。何か手がかりが得られるかもしれません」
 なんとしてでも手がかりを得たい――それはそんなセーファスの心の裏返しだった。

●今回の参加者

 ea1587 風 烈(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea3625 利賀桐 真琴(30歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 eb9949 導 蛍石(29歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)

●サポート参加者

シャリーア・フォルテライズ(eb4248

●リプレイ本文


 イーリスが休んでいるという部屋は、アイリスにある侯爵邸のすぐ側にある兵舎だった。事件のあった自宅に重傷人を一人でおいておくわけにもいかない、けれども侯爵家の部屋を賜るのは分が過ぎるとイーリスが頑なに拒否をしたため、兵舎の中でも良い個室が治療室として与えられていた。
「イーリスさん、お邪魔しますね」
 ルイス・マリスカル(ea3063)が扉の向こうに声をかけると、程なく「ああ」と承諾の声が返ってきた。ゆっくりと扉を開けると、白いシーツの上にイーリスが横たわっていた。その瞳は天井を眺めているようで、どこか魂が抜けてしまったようだ。
 夜着からみえる胸元と首筋に巻かれた包帯が目に痛々しい。
「落ち込んでるようだな」
「そう見えるか」
 入室した風烈(ea1587)の言葉にイーリスは漸く視線を冒険者達に移し、そして寂しげに笑った。
「生きているだけで十分誇れるさ。1対1では精竜金貨章持つ英雄でも分が悪いしな」
「騎士として、威圧されて動けなかった自分が情けない‥‥」
 烈が慰めるも、責任感の強いイーリスはやはり自分が情けなくて仕方がないのだろう。
 そんなイーリスを、ふと暖かい魔力が包んだ。それまで沈んでいた気持ちが、だんだんと浮上していくのが分かる。
「次は傷の方を見ましょう」
 メンタルリカバーを施した導蛍石(eb9949)は笑み、イーリスに触れる。そして発動されたのはリカバー。その高レベルの魔力は彼女の身体を巡り、そして癒していく。
「回復魔法の奇跡‥‥か」
 はらり‥‥解かれた包帯の下には、あったはずの傷がなくなっていた。
「感謝する。これで私も動ける」
「いえ、もう暫くお休みになっていたほうがいいと思います」
 傷が治ったと分かるや否やベッドに立てかけた剣を取ろうとしたイーリスを蛍石が止める。
「今回は俺達が現地に向かう」
 後ろの方で壁に寄りかかって彼女を見ていたレインフォルス・フォルナード(ea7641)も短く言った。
「イーリスのお嬢には情報提供をお願いしたいでやす」
 利賀桐真琴(ea3625)も暗にもう少し休んだほうが‥‥といっている。イーリスは小さくため息をつきわかった、と告げた。
「セーファス様と我々は黒翼の復讐者という金の長い髪に赤い瞳の男を探していやす。イーリスのお嬢を襲った奴は、そんな容貌ではありやせんでしたか?」
「黒翼の復讐者‥‥」
 真琴の質問にイーリスは顎に手を当てて首を傾げる。事件当時は室内が暗かった事もあり、明かりは月精霊の輝きに頼るだけだった。その中でも印象的だったのは――
「金の長い髪と碧の瞳、そして背中の翼――その美貌はまるで、メイディアの教会で見た『天使』の絵のようだった」
「天使、ですか‥‥」
 ルイスが考えるようにして呟く。するとレインフォルスが何かに気がついたかのように口を開いた。
「髪型は?」
「ん? 確か‥‥金の髪は波打っていたと思うが」
「違う」
「‥‥違うでやすね」
 レインフォルスや真琴が相対した黒翼の復讐者も端正な顔立ちをしていたが、髪は金色のストレートだった。
「やはり違う魔物か。厄介だな」
 黒翼の復讐者だけでも厄介なのに、どうやら復讐者と同格かそれ以上の敵が出てきてしまったようだ。
「‥‥カオス八王って奴が出てきたんでやすかね?」
「だとしたら、イーリスさんが生きているのは奇跡に近いな。そうだ、これをお守り代わりに」
 真琴の不穏な呟きに答えた烈は懐から一枚の符を取り出した。
「私に、か?」
「一度だけだが身を守ってくれる呪符だ」
 泰山府君の呪符をイーリスは素直に受け取り、そして微笑んで礼を述べた。


 ルイスはセブンリーグブーツで、蛍石はペガサスで。烈はシャリーア・フォルテライズの駆るグライダーに、そして真琴のグライダーにはレインフォルスが乗る事になった。セーファスはイーリスが心配だから、アイリスに残るという。
「セーファス様、どうか焦らねぇように」
 真琴はセーファスの意外に骨ばった手を握りしめ、願う。
「さらったって事はディアスの坊ちゃんをすぐに殺すつもりは無ぇ筈、救出のチャンスは必ずありやす」
「ええ、そうですね。ですから真琴さんも気負いすぎないように」
 セーファスは優しく微笑みを返し、一同を見送った。
「一応、念のために」
 ルイスは不思議な水瓶と石の中の蝶に注意していた。どちらも探査範囲がそれほど広いわけではないが、姿を変えたり隠したりして出てくる敵相手には、あったほうが助かる。烈も石の中の蝶を注視し、そして蛍石は何度も唱えなおして漸く成功した超越レベルのデティクトアンデッドを発動させつつ、ヤーヴェルの実を飲み込んでいた。


 村の外にグライダーを着陸させ、烈はオーラ魔法を唱えた。蛍石は仲間の間を回って、皆にレジストデビルを付与する。
「村の中は、静かだな‥‥」
 レインフォルスの声に村の中を見てみれば、確かに入り口付近はしんとしていた。一度に沢山の人が謎の死を遂げたら、そりゃあ皆得体の知れぬ恐怖に襲われる事だろう。なんらおかしい事ではない。
「村の奥のほうで、何か‥‥」
 真琴が背伸びをして奥の光景を見ようとする。どうやら無事だった男達が集まって何かをしているようだった。
「行ってみましょう」
 村に入らない事には埒が明かないと、ルイスが先陣を切る。一同はそれに続いた。
 村の中へ入っていくと、人がいないわけではないことが分かった。女子供は窓を開けて、家の中から男達の作業の様子を伺っているようだった。一同に気づいて、慌てて窓を閉める家も少なくはない。
「さすがに女子供は話しが聞ける状態じゃないようだな」
 烈のは村全体を見回す。恐らくこの村は人口百人にも満たない小さな村なのだろう。そのうち20人以上がいきなり亡くなったとしたら――
「――あ」
 男達の作業場にだいぶ近づいたとき、蛍石が声を上げた。彼らが何をしているのは気がついたのだ。
「お墓を‥‥」
 そう、村人達は穴を掘っていた。恐らく村の奥のそこが共同墓地なのだろう。その掘っても掘っても終わらないという悪夢に、だいぶ参っているようだった。
「手伝わせてもらえませんか。僧侶です」
 蛍石の申し出に村人達は驚いたようだが、きちんとこちらの世界の作法に従いますというと手伝いを許してくれた。蛍石は作業に当たっている人々、そして遺族と思われる人々にメンタルリカバーをかけていく。これで少しは聞き込みがしやすくなったはずだ。
「こんな時に申し訳ないがいくつか確認したい事がある」
 烈は中でも指揮をとっていた男に声をかけ、数人の名前を挙げた。するとその男だけでなく、周りで穴掘りに従事していた者達の間に奇妙なざわめきが広がった。
「私達は被害の拡大を防ぐためにきました。知っている事があればお教えください」
 ルイスの言葉で周りはいっそう騒がしくなり――蛍石が思わずもう一度メンタルリカバーをかけ、そして真琴が息を吸い込んだとき、代表の男が口を開いた。
「死んだやつらはみんなそいつらの家族か、特に親しかった奴だよ」
「原因はわからねぇ。最初は流行り病かとも思ったが、それらしい兆候もなく、突然ぱたり、だったからな」
「‥‥血縁者以外も生贄に捧げられるということか? やっかいな」

「知恵や力を受け取ったら、その対価を払うのは当然の事だと思うが」
「「!?」」

 突然聞こえてきた声に一同は弾かれたかのように顔を上げた。そして声の出所を探しながら、石の中の蝶とデティクトアンデッドの結果を確認する。蝶は激しく羽ばたいているし、デティクトアンデッドには大きな反応がある。が、不思議な水瓶は反応していなかった。
「あの上だ」
 レインフォルスが一本の木を指し、そして走り出る。一同もそれを追った。
「逃げるつもりはまだないがな」

「――天‥‥使‥‥?」

 誰かが思わず口にした。
 そう、その木の上に優雅に腰をかけていたのは天使とみまごうほどの美貌の男性。同時に、すさまじい威圧感が一同を襲う。男性は、何かをしたわけではないのに。
「黒翼の復讐者と呼べばいいのか?」
 威圧に耐えるようにして烈が尋ねると、男性は口の端を吊り上げて。
「彼もよくやってくれているが、私は彼ほど行動的ではないな」
「こ、これだけの人を殺しといてなにをっ!」
 真琴の叫びにも、男は目を丸くして。
「これは正当な対価だ。私の手助けを望んだ者は、それなりの対価を支払わなくてはならぬ」
 レインフォルスやルイスが武器を抜いたのを見ても男性は余裕の表情だ。
「私を殺すか? 私を殺せばここの村人達も――そしてお前達の仲間の何人かも道連れぞ?」
「それはどういう意味ですか」
 こんなに近寄っているのに不思議な水瓶は鳴っていない。この男性がまだ一行に敵意を持っていないという事だろう。攻撃を加えれば、さすがに別だろうが。
 蛍石の問いに、男性は答えない。
「今日は様子を身に来ただけ。お前達が引くのならば、私も黙って帰ろう」
「‥‥‥」
 即断は出来なかった。だがこの男からはとてつもない威圧感を感じる。黒翼の復讐者と対峙した事のある者には、彼の比ではないことが容易に分かっただろう。
「村人達の目もありますし‥‥」
「ああ。ここで戦ったら巻き込んでしまうな」
 ルイスと烈は小さく相談を交わした。方法は違うとはいえ戦いをはじめれば巻き込んでしまうのは必至。相手が静かにお帰りくださるというのならば、帰ってもらったほうがよいだろう。
「相談はまとまったかい?」
「私達は、今は手を出しません」
 ルイスがきっぱりと言い放った。その後に真琴が続ける。
「名前くらい名乗っていってくだせぇ」
「名?」
 マントをばさりとはためかせた男性は何がおかしいのか、ふっと笑って。
「部下達は私を、炎の王と呼ぶ」
 その声をきっかけに男の姿は木の上から掻き消えた。探査アイテムや魔法にも引っかからない事から、恐らく転移移動したのだと思われた。
「炎の王‥‥」
「まさか、本当にカオス八王の一人‥‥?」
 威圧感から開放された一同ははーっと息をつき、そして暫くして気づく。
 自分達の判断が、村を救ったのだという事に。