冷たき令嬢の館
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月07日〜06月12日
リプレイ公開日:2007年06月10日
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●オープニング
●折檻
地下の暗い部屋に鞭打つ音が非情に響く。
「ねぇシリウス、どうしてあのシフールを逃がしたのかしら?」
バシッ‥‥ルルディアの振り上げた鞭が、両腕を拘束されたシリウスの背中に食い込む。その背には真新しい傷跡と古い傷跡とが混在していた。
ルルディアはそれがいくらお気に入りの相手でも容赦はしない。自分を裏切る者は許さない。
「‥‥‥」
「わたくしへの裏切り行為だとわかっていて?」
ルルディアは冷たい瞳で鞭を振り下ろし続けるが、シリウスは唇を硬く引き結び、呻き声すら上げなかった。彼女に鞭打たれるのはこれが初めてではない。
「脅迫状の犯人が動く隙を作るためにわたくしの側を離れたのは解ったわ。でもシフールを閉じ込めておいた部屋の鍵を持つ人物は限られているのよ」
もし自力で逃げられるのだとしたら、もっと早く逃げていたはずでしょう? と彼女は冷酷な声で告げる。
「わたくしは別に貴方を苛めたいわけではないの。貴方を愛しているからこそ、真実を知りたいのよ?」
「‥‥‥」
しかしシリウスは何度鞭打たれようとも硬く目を閉じ、唇を引き結んで声を発しようとはしない。
「もういいわ。もう暫くここで反省していて頂戴」
飽きたのか、ルルディアは鞭を投げ捨てて部屋を出た。そこへ近寄ってきたのは見張りの兵士。
「お嬢様、昨晩シリウスがうわ言で女性の名を‥‥」
「なんですって!?」
彼女は眦を吊り上げ、兵士に詰め寄る。
「確か『レーシア』とか」
「‥‥それが結婚を約束したという女なのね。もう忘れたとわたくしには言ったくせに」
ガリ、とルルディアは悔しそうに親指の爪を噛み締めた。
「その女を捜して連れて来なさい。シリウスには内密に探し出すのよ!」
●想い確かめて
少女は自分の手に戻ってきた櫛を大切そうに胸に抱いた。
「‥‥ありがとう、チュール」
「いや、礼を言われるような事してないし。むしろあたしの方が謝らないといけないとゆーか」
碧の羽のシフールが困った顔で傍らの少女、レーシアを見やる。
「でも彼の気持ちを確かめてきてくれたのだから、やっぱりお礼を言うのは私」
レーシアは嬉しそうに柔らかい微笑を浮かべる。チュールは照れくさくなってつい顔を反らした。
「あたしとしては、その櫛を自分のものにできなくて残念だけどね!」
ほんのりと朱に染まったチュールの頬を見て、レーシアは目を細める。
「これで安心して彼に会いに行く事ができます」
「え!? まさか屋敷に堂々と行く気!? それはやめた方がいい!」
てっきり彼の想いが解ったら安心して村に帰るだろうと思い込んでいたチュールは今のレーシアの言葉に文字通り飛び上がって驚いた。
「だってあのお嬢、私がシリウスに会いにきたって知ったら『わたくしのシリウスに近づく女は許しませんわ!』とかいっちゃって、ぎゅーっと私を捕まえて閉じこめたくらいだよ?」
「それでも一目でも彼に会ってからでないと、村には帰らないと決めたのです」
にっこりと柔らかい笑顔だが、彼女のその瞳には強い意志が宿っている。しかしルルディアの恐ろしさを知っているチュールとしては彼女を止めぬわけにはいかない。
「ダメ、ぜーったいダメ! お嬢は自分の思い通りにならない私兵をお仕置きする専用の部屋を持っているって噂だし、あんたがシリウスの恋人だなんてわかったら絶対殺されちゃうよ!」
チュールは必死にレーシアの袖を引っ張り、引止めに掛かる。
「待っているだけじゃ駄目だと、やっと解ったから」
レーシアは鞄から古びた髪飾りを取り出し、チュールの前に差し出した。
「母が祖母から譲り受けた髪飾りです。代々受け継がれ、大切にされてきたものよ」
「うわぁ!!」
『想いを込めて大切にされてきた』髪飾りの魅力に思わず飛びつくチュール。
「すごい、これ皆に大切にされてきたんだねぇ‥‥輝いて見えるよ」
『想いの籠ったもの』の大好きなチュールは瞳を輝かせ、髪飾りに魅入っている。
「ねぇレーシア、これもらっても――」
チュールが我に返って振り向いた時には、そこにはレーシアの姿は無かった。
●飛び込んできた贄
「お嬢様、マルダス様から先日のお詫びにと贈り物が届いておりますが‥‥」
執事の持ってきた大きな箱を一瞥し、ルルディアは思い切りそれを叩き落した。
「私の機嫌が他の女みたいに物で取れるなんて思わないで欲しいわね!」
(「マルダスの馬鹿‥‥私が本当に欲しいのは――」)
ルルディアは爪を噛み、恨めしげに床に落ちた箱を見つめる。
「あと、シリウスに会いたいというお客さまが見えていますが」
「‥‥シリウスに?」
その来客の名を聞き、ルルディアの表情が陰湿な笑みに変わる。
「とりあえず客間にお通しして、丁重に閉じ込めて置いて頂戴。わたくしが『お相手』するから」
「かしこまりました。お嬢様はどうなさるので?」
礼をしておずおずと尋ねた執事にルルディアはくすっと笑って答えた。
「シリウスをお仕置き部屋から出して、屋敷ではなく宿舎の自室での謹慎を命じるわ」
執事の開けた扉をくぐり地下へ向かおうとしたルルディアは足を止め、念を押す。
「くれぐれも来客の事、シリウスには知られないようになさい」
●生死
「たいへん大変たいへーん!」
碧の羽のシフールが文字通りギルドへ飛び込んできた。
「お願い、レーシアを助けて! このままじゃきっと殺されちゃう!!」
物騒な事を言い出すシフールを落ち着かせ、職員は何とか話を聞きだした。
彼女の、シリウスとレーシアとの出会いから、ルルディアのバースディパーティの日にあった出来事までをつぶさに。
1階
←使用人部屋 →厨房その他
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┃階階階∴■∴∴∴バルコニー∴∴∴∴■∴■●┃
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┃∴∴∴∴■∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴■∴■厨┃
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┃∴∴∴∴■∴∴∴∴大広間∴∴∴∴∴■∴■房┃
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┃正面玄関∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴┃
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■‥壁
▲‥鍵のかかってない扉・窓
●‥勝手口
階‥2階への階段 (裏に地下への階段有)
地下
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┃階∴∴∴∴■∴∴∴■∴∴∴■∴∴∴■∴∴∴┃
┃∴∴∴∴∴■∴空∴■∴空∴■∴レ∴■∴∴∴┃
┃∴∴∴∴∴■∴∴∴■∴∴∴■∴∴∴■∴∴∴┃
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┃∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴■∴仕∴┃
┃■▲■■■∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴△∴置∴┃
┃∴∴∴∴□∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴■∴き∴┃
┃見張り∴■■■▲■■■▲■■■▲■■∴部∴┃
┃∴部屋∴■■∴∴∴■∴∴∴■∴∴∴■∴屋∴┃
┃∴∴∴∴■■∴空∴■∴空∴■∴空∴■∴∴∴┃
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■‥壁
△‥鍵の掛かっている扉
▲‥鍵のかかってない扉
□‥監視用の窓
階‥1階への階段
空‥空室
レ‥レーシア
●リプレイ本文
●彼を訪ねて
それはとても静かな夜のことだった。
時間的に敷地内の殆どの人々が寝静まっているから、だけではなく――なんともいえぬ静かな夜だ。
(さて‥‥)
シリウスとの接触の為に私兵の宿舎に潜り込んだアリオス・エルスリード(ea0439)は、どの部屋から確かめていこうか、と廊下の左右に並ぶ扉を見比べた。入り口に近い箇所の扉配置はかなり間隔が空いている――おそらく大部屋の扉だろう。シリウスは『金色のシリウス』と称され、常にルルディア嬢の側に置かれるほど厚遇されている。ということは大部屋ではなく個室を与えられている可能性が高い。
戸が閉まっていても男達のいびきや歯軋りが響く‥‥そんな中アリオスは足音を殺しつつ進む。現在は廊下に人気はないがいつ人が出てくるとも限らないので気をぬくことは出来ない。
(恐らくこの先を曲がった辺りが個室――)
間もなく右へと折れる突き当たりに掛かろうとしたアリオスの耳に、ガチャリと扉の開く音が響く。廊下右奥の部屋から誰かが出てきたようだ。
(間に合うか――)
咄嗟にアリオスはインビジブルのスクロールを開いて念じる。
危機一髪。寝ぼけて足取りのおぼつかないその私兵が曲がり角を曲がる前に、彼の姿は見えなくなった。
●侵入、そして救出
厨房内部の扉を細く開けて廊下の様子を窺う。その時突然耳に飛び込んできた声にびくりと肩を震わせ、フォーレ・ネーヴ(eb2093)は音を立てぬように再び扉を閉めた。その扉に耳をつけ、廊下から聞こえてくる声に耳を澄ます。
「あー、うんうん、そうそう、そうだよなー」
ぼそぼそと聞こえてくる声は一人分。
「って一人で喋ってても、夜の見回りはこえーよ‥‥」
どうやら見回りは一人らしい。彼は厨房の中の気配に気づくことなく玄関方面へと歩いていく。耳を澄ますとその足音はだんだんと遠のき、階段を上がっていった。どうやら2階の見回りに向かったらしい。
「見回りは行っちゃったよ。今のうちにレーシアねーちゃんの所へ急ごう」
「ええ、レーシアさんの身の安全を一番に優先するためにも、急ぎましょう」
フォーレの言葉にカレン・シュタット(ea4426)が頷いた。出来る限り屋敷の人物と接触せずに彼女を救出するのが良策だ。勝手口から侵入していた一同に緊張が走る。
「なんでも、勝手口から若いお兄さんが『奥さん、米屋ですっ!』というのが地球では昼間の挨拶だそうですよ?」
「どこでそんな情報を仕入れたのでござるか‥‥」
ベアトリーセ・メーベルト(ec1201)が呟いた言葉に思わず山野田吾作(ea2019)が苦笑をもらす。その会話のおかげで多少緊張の解けた四人は、フォーレの案内で深夜の邸内を地下へと目指して歩き始めた。
「見張り、ご苦労様です。お疲れかと思い差し入れのワインを持ってきました」
新入りの見張りを装い、田吾作が言葉遣いに注意をしながら見張り部屋へと入る。その手にはカレンの用意したワインが。
「あぁ? もうそんな時間かー‥‥差し入れとは気が利くじゃねーか」
入り口に背を向けるように座っていた見張りが振り返る。既に酔いは回っているようで、その顔は赤みを帯び、視線はふらふらと安定していなかった。部屋中に漂う酒類の匂い。足元に転がっている容器の数を見るに、既にかなり飲んでいるのだろう。
「では、これもどうぞ」
差し出されたワインに遠慮なく口をつけていく見張り。このまま酔い潰れてくれるのが一番いいのだが‥‥。
「うぃー‥‥ねみぃ、宿舎に戻るのもめんどーだ。後は任せたー」
果たして見張りは睡眠欲に逆らわず、机に突っ伏すようにしていびきをかき始めた。念の為少しの間をあけてから田吾作は鍵を探す。
「これでござるな」
一体この見張りはどれだけ怠慢なのだろう。目的の鍵束は床に散らばった空容器の間に埋もれるようにして落ちていた。
(‥‥どうしてこんな事になったのかしら‥‥)
レーシアは牢の冷たい壁に寄りかかりながらぼうっと考える。やはりチュールの言う通り、自分の行動は迂闊すぎたのだろうか――そんなことを考えていると、不意に声をかけられて驚くことになった。
「レーシアねーちゃん‥‥だよね?」
牢を覗き込む少女、フォーレを見たレーシアは「え、ええ‥‥」と小声で返答すると緊張で身体を硬くした。フォーレの後ろから数人の男女が現れたからだ。
「余り警戒しないでくれると助かります。拙者達は貴女を助けに参りました」
田吾作は小声で呟き、鍵束の鍵を一つ一つ鍵穴にはめていく。三つ目の鍵でカチリ、と小さな音を立てて牢の鍵は開いた。
「チュールさんに頼まれたのです〜。レーシアさんのことは話に聞いているので、お会いしてみたかったのですよ〜。怪我は有りませんか?」
静かに開かれた牢の扉を潜り、彼女に手を差し出してベアトリーセは尋ねる。彼女はチュールの名を聞いて少し安心したのだろう、その手に手を重ねた。
「‥‥ここに入れられたときに突き飛ばされて足を捻っただけですので‥‥ところで、チュールが頼んだとは一体‥‥?」
ベアトリーセに支えられて牢から出たレーシアは四人の顔を順に見渡す。彼女にしては牢に入れられたことからしてわからないことだらけなのだろう。ただ、素直に愛する人に会いに来ただけなのだから。
「疑問に思うのは解りますが、今はあなたがここから脱出するのが第一です。きちんとお話しますから、とりあえずここよりも安全な場所へ」
「そうでござるな。拙者は見張りをお仕置き部屋へ運ぶことにするでござる」
カレンの提案に田吾作も同意し、廊下を見張り部屋へと戻る。見張りのいびきは地下に響くほどになっていた。これならば多少動かしたとしても目を覚ますことはないだろう。むしろお仕置き部屋に閉じこめた方が、1階へいびきが聞こえて人に聞きつけられるという危険を回避しやすいかもしれない。
「あ、鍵はきちんと扉の前に置いて下さいね〜」
ベアトリーセに念を押され、田吾作は振り返って頷く。朝になって本物の交代が来た時に眠った見張りを見つけてもらわねば困るからだ。
「それが終わったら厨房まで戻ろうね。アリオスにーちゃんが宿舎の方で上手くやってくれているといいんだけど」
フォーレは厨房で合流予定のアリオスのことを思い浮かべた。彼は首尾よくシリウスと接触できただろうか。
●胸騒ぎの夜
個室を一部屋一部屋確かめていくしかなかったため多少時間が掛かってしまったが、アリオスは漸くシリウスの部屋を見つけることが出来ていた。彼は窓辺に椅子を引いて腰を掛け、胸騒ぎでもするのか、窓から月精霊の輝きを眺めていた。
「シリウス」
「!?」
アリオスの呼びかけに彼は過剰に驚き、椅子を蹴り倒すようにして立ち上がった。アリオスの侵入能力が勝っていたのかシリウスが全く別のところに意識を飛ばしていたのか、彼は名を呼ばれて初めてアリオスの侵入に気づき、目を見開いて驚いた。
「‥‥お前は、この間の‥‥」
「ああ。今日は別件でな。しかも急を要する話だ‥‥落ち着いて聞いて欲しい」
シリウスの性格からしてここで騒ぎ出す心配はないだろうが、アリオスは彼の様子を窺いつつ事情を語り始めた。
レーシアがシリウスに逢いに館を訪れ、ルルディアによって捕らわれた事。チュールに依頼されて仲間達が彼女を牢から救出している最中だと言う事。シリウスに会わなければレーシアも納得しないであろうから、逢うだけでもしてほしいと言う事。
シリウスはアリオスの言葉を最後まで聞き、頷いた。その瞳はなんとも形容しがたい想いの色に染まっていた。
●三年越しの再会
「少しはましになったかな?」
厨房の椅子にレーシアを座らせてその足に応急手当を施し、フォーレは問う。彼女は「ありがとうございます」と深々と頭を下げた。
彼女を助けに来る事になった経緯、それにルルディアの性格を語って聞かせた一行だったがやはりレーシアの意志は固く、一目でもシリウスに会わねば帰らぬ、とのことだった。ただし万が一仲間がシリウスの連れ出しに失敗した場合は大人しく一行と共に脱出する、という条件には納得させた。後はアリオスが合流するのを待つのみ。
時の流れが異様に遅く感じる。
「‥‥待たせた」
静かに開いた勝手口の扉から、アリオスが姿を見せた。皆の視線が彼の背後に集まる。そう、彼に続いて姿を見せたのは――
「‥‥シリ、ウス‥‥本当に?」
「レーシア、か‥‥」
互いの姿を認め、レーシアとシリウスは静かに瞳を交し合う。三年ぶりの再会。記憶に残る互いの姿とは大分変化しているかもしれないが、その想いは変わることなく。
「‥‥!」
足首の痛みなど忘れ去ったかのようにレーシアはシリウスに駆け寄り、そして抱きついた。シリウスはそれを拒む様子はないが‥‥
「何故、こんな事をした‥‥?」
「「!?」」
責めるといった口調ではない。だがその問いはあまりにも。
「シリウスさん、その言い方はちょっと酷いと思います」
「レーシアさんは、あなたに会いたくてここまで来たのは明らかですよ」
ベアトリーセとカレンがレーシアを庇うように告げた。助け舟を出すようにアリオスが口を開く。
「シリウスは彼女の身を心配しているのだろう。それを上手く表せないだけで」
「いいんです‥‥押しかけてしまった私が悪いのですよ、ね‥‥? 彼を信じて待てなかったのですから‥‥。こうして皆さんにご迷惑をかけてしまいましたし‥‥」
一行とシリウスを見比べ、非を被ろうとするレーシア。その姿はあまりにも健気で、フォーレの口から思わず言葉が零れ出る。
「ねぇ、このまま二人で逃げちゃうっていうのは、駄目なの?」
「‥‥それは‥‥」
彼女の言葉に表情を険しくしたシリウスに、田吾作がゆっくりと諭すように言う。
「同じ男として、約定を守るべきと言うお気持ちは分かりまする。しかし‥‥もう宜しいのではありませぬか?」
「‥‥‥」
「何も、『金色のシリウス』としての名声ばかりが『成功』ではありますまい」
やんわりとした、だが説得力のある田吾作の言葉に、シリウスは何かを決意したかのようにレーシアを見つめた。
「‥‥もう少しだけ、待ってくれないか? このまま俺が逃亡したら、お嬢は追っ手を差し向けるだろう。お嬢に納得して貰い、その上で屋敷を辞する‥‥その方法を探すと約束するから」
「‥‥三年、待ちました‥‥。こうしてあなたに逢えたのだから、あと少し待つくらい‥‥何ともありません」
微笑を浮かべたレーシア。だがその微笑には寂しさも宿っていて。無理をしているのは誰から見ても明らかで。
「だが、このままレーシアが逃亡してしまえば、ルルディアはシリウスを絶対に手放さなくなるのではないか?」
「いや‥‥『レーシアが館に来た事を、捕らわれている事を知らない』俺が彼女を助け出す事などできるはずがない。もしお前達が明らかに『侵入者がいた』と解る痕跡を残してきたのならば、屋敷の警備が強化されるくらいはあるだろうが‥‥お前達の特定に至ることもあるまい」
アリオスの疑問に答えたシリウスは、だから――と言葉を続けて五人に深く頭を下げた。
「‥‥レーシアを頼む」
たとえ彼女の救出が目的でなかったとしても、彼が頭を下げてまで切に願うそれを拒否する事など出来るはずはない。五人はゆっくりと頷いた。
「では、レーシアさんには念のためにサイレンスをかけさせていただきますね。暫くの間喋る事や聞く事が出来なくなりますが、敷地から出るまでの辛抱です」
カレンが詠唱を始める。その間にフォーレとアリオスは勝手口の外の様子を窺い、脱出ルートの確保に努めた。
「行きましょう、レーシアさん」
ベアトリーセに背中を押され、レーシアは勝手口の扉を潜る。
「‥‥すまない」
その背中にかけられたシリウスの呟きは、一行には聞き取る事が出来たがサイレンスが掛かっているレーシアには聞こえることはない。
だが彼女はまるでその言葉が聞こえたかのように振り返り、シリウスに向かって微笑を浮かべた。「大丈夫ですよ」とでも告げるように。
その笑顔を見た五人の心にも切なさがこみ上げてくる。
「人の心とは斯様に難しきものか‥‥」
田吾作の呟きが静かな夜に流れる。
毎夜空に姿を現す月精霊の輝きが、一行の姿を静かに照らし続けていた。