【混沌の叡智】――未来――

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月18日〜04月23日

リプレイ公開日:2009年04月25日

●オープニング


 冒険者街近くにある食堂兼酒場の看板娘ミレイア・ブラーシュは今でもたびたび実家の手伝いをしている。
 パラの占い師リューンはその種族的特徴もあいまってよく少年と間違われるが、立派な三十路だ。性格は気が弱く人見知りがちだが、占いの腕はそれなり。時折ミレイアの実家の店の一角を借りたり街頭で低価格で占いをしてあげては、人々に喜ばれていた。
 ――だが
「おかしすぎる」
 ここのところリューンが姿を現さなくなっただけでなく、噂によれば。
「お金持ち相手に高価格で占いをして、その上その占い結果に合わせて宝石を売りつけるって‥‥」
 確かに占いでいい結果が出たときは「この宝石を身につけていればもっと運気が良くなります」とか言えばいい。悪い結果が出たときは「この宝石があなたを守ってくれます」とでも言えばいいだろう。
「こんな方法、リューンらしくない」
 そうなのだ。確かにそうすれば収入は上がるだろう。だがそんなやり方彼らしくない。だから。
「リューン!」
「あ‥‥ミレイア。久しぶりだね」
 貴族街へ行こうとしているリューンを、ミレイアは待ち伏せした。彼は占いの道具が入っているだろう袋の他に、箱を持っていた。おそらく宝石が入っているのだろう。心なしかしゃべり方も以前のものより堂々としてきている。
「久しぶり、じゃないでしょ! どういうこと? いつからお金儲けに走るようになったの!?」
 ミレイアがかみつかんばかりに吠え立てれば、彼は困った顔をして見せた。
「別にお金儲けに走っているわけじゃ‥‥。ただ先生に教わった知識を利用して、人々により良いアドバイスをしているだけだよ」
「先生?」
「僕に占星術のことや宝石のことを教えてくれるんだ。宝石にも色々な言葉があってね、色々なパワーがあるんだ。先生は本当に色々と知ってて、宝石の仕入れも――」

 どんっ!

 目を輝かせて語るリューンを前にして、ミレイアは横にあった木箱を思い切り蹴飛ばした。
「私をその『先生』とやらのところにつれていって」



 その屋敷は少し前まで空き家だった。掃除が行き届いていないのか、庭など雑草が生え放題だったが、とりあえず中はそれなりに綺麗にしているらしい――リューンに案内されて先生の家を訪ねたミレイアはつぶさに屋敷内を見回した。何人か使用人もいるようだが、なんというか、全体的に不気味な家だと思った。
「リューン君‥‥今日は一人ではないのですね。お連れさんは可愛いお嬢さんですね」
 書斎の椅子に腰掛けてこっちを向いているのは、学者風の男性だった。結構しっかりとした、貴族のような服装をしている。飾りに刻まれているのは梟だろうか。年齢は二十代後半‥‥いや、三十代だろうか、良くわからない。唯一つだけわかるのは――
「(‥‥なんだか、怖い‥‥)」
 出会ったら文句を言ってやろうとしていたミレイアだったが、その声も出なかった。勧められるままに応接セットに腰をかける。正面に座った『先生』の顔は何だか青白く、背中を冷たいものが駆け上がっていく気がした。
 使用人風の女性がお茶を入れてくれたが、手をつける気にはなれなかった。それどころか、先生の顔をじっと見ることさえ出来ない。
「おや、照れ屋さんなのでしょうかね?」
「ミレイア、いつもの元気はどうしたの?」
(「リューンは‥‥どうして平気なんだろう)」
 表しようのない『いやな感じ』がミレイアを包む。
「リュ、リューンを利用してお金儲けをするのはやめて‥‥!」
 やっとのことでそれだけ搾り出すと、先生は驚いたように大きく目を見開いて。
「私は別にお金儲けのために彼に知識を授けているわけではありませんよ」
「でもっ‥‥結果的には変わらないでしょうっ‥‥」
 貴族相手の占い料金、その上知識をひけらかして言葉巧みに売りつけた宝石の代金。儲かっていることは想像に難くない。
「私は、彼がもっと人々を幸せにしてあげたいと望むから知識を与えているというのに心外ですね」
「リューンが変わっちゃったのは、あなたのせい、でしょう?」
「私が干渉をやめれば、彼は元に戻ると?」
 余裕の表情で笑う先生に、ミレイアは唇をかんで頷いた。
「それでは、この洞窟に眠っている宝石を取ってこれたら、私は手を引きましょう」
 くす、と口元に笑みを浮かべた先生が取り出したのは一枚の地図。
「中にはモンスターがいます。勿論お嬢さん一人でとは言いません。冒険者を連れて行くといいでしょう。それと」
 先生は言葉を切って。
「答えも一緒に持ってきてください。『あなたにとって、未来とは何であるか』」
 その瞳は冷たくて。
 ミレイアは震える身体を無理やり動かして、その屋敷を飛び出した。

●洞窟地図
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│壁∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴壁入│
└──────────────┘
∴/道
入/入り口
★/宝石
壁は場所によっては壊せます
1マスの通路は大人一人が通れるくらいです(大きな武器を振るうのは大変です)
罠の有無は現在不明
モンスターがいるらしい‥‥が

●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1587 風 烈(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 eb8475 フィオレンティナ・ロンロン(29歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)
 ec1201 ベアトリーセ・メーベルト(28歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)

●リプレイ本文


 その洞窟は自然に出来たものなのだろうか。もしかしたら元々は自然に出来たものでも、いつだか宝石の見つかる鉱山として掘り進められたのかもしれない。それならば路があるのも頷ける。今はもう人の入る事のない洞窟なのだろう。入り口には蔦が垂れ下がっていた。
「ミレイアが言う通りの特徴なら‥‥『先生』はやっぱり良くない存在だと思う」
「この洞窟にある宝石を利用してリューンに金儲けさせようとしてるような気がしますよ」
 薄暗い洞窟の中を覗くようにしながらフィオレンティナ・ロンロン(eb8475)とベアトリーセ・メーベルト(ec1201)が言葉を交わす。
「ミレイアの言う『先生』の話とディーテ砦で聞いたストラスという高位デビルの特徴に一致する点が多い。先生と使用人がデビルであると仮定して動こう」
「怪しい点が多いからな。注意してしすぎる事はあるまい」
「デビル‥‥」
 風烈(ea1587)とレインフォルス・フォルナード(ea7641)のやり取りを聞いてミレイアが不安げに呟いた。アトランティス人の彼女には馴染みのない言葉だが、カオスの魔物と似たようなものだと言われれば何となく納得して。
「ミレイア、これを持っていてください」
 そんな彼女の前にすっと出されたのは泰山府君の呪符。
「もしもの時に身代わりになってくれる呪符です」
 夫であるルイス・マリスカル(ea3063)に差し出された符を受け取って、ミレイアはそれを丁寧に懐にしまった。
(「次はミレイアが狙われたり‥‥考えすぎかな」)
 その様子を横目で見ていたフィオレンティナは、胸中に去来した思いを振り払うように小さく頭を振る。
(「面白ぇじゃねぇか。博識の上級妖魔ストラス、とまあ仲間どもは浮き足立っちまってる。でも別に先生の正体が何だろうが、俺たち人間も妖魔と同じ穴のムジナよ」)
 一人皆と離れた所に立っている巴渓(ea0167)は洞窟突入前に推論を交わしている仲間達を黙って見ていた。だがお喋りがひと段落ついたと見ると、口を開く。
「さて、おつかいはしてこなきゃならん。ミレイアのダチだしな。どうみても、俺たちを値踏みする為のセコい茶番だがなぁ」
「そうだね。地図があって、何があるかも判っていて、その上で取って来いって言うのはワタシ達を試そうとしているのかな? それでも、リューンを連れ戻す為に何とかしなくっちゃね」
「私、足手まといになっちゃうと思うけど、お願いしますっ!」
 勢い良く頭を下げたミレイア。フィオレンティナは彼女に聖なるエチゴヤ親父のお守りを握らせ、笑んだ。
「大丈夫、ミレイアの事はきちんと守るよ!」
 それは口には出さなくとも皆の思いだった。



 渓とフィオレンティナがランタンに明かりを灯す。ベアトリーセの持ってきたブロッケンシールドにこめられたアッシュエージェンシーを使うために灰を作り出す必要があったのだが、問題は何を燃やすか。誰も燃やすものを用意してなかったのだが、幸い洞窟入り口で枯れ落ちていた蔦や葉を使用して用意する事が出来た。保存食の入っていた袋にその灰をつめる。燃やすものが見つからなかったら、衣服を一枚ずつ脱いで燃やして灰を作る‥‥なんて事になったかもしれない。
「地図に意図的に書いていない事もあるかもしれない。途中の部屋も見ていこう」
「ああ。俺が殿で右手通路からの襲撃に備える」
 烈の意見に異論を唱えるものはいない。事前の相談で全ての部屋を調べてから目的の部屋へ進む事に決まっていた。
「では、まず身代わりを呼び出しますね」
 ベアトリーセがブロッケンシールドと灰から身代わりを呼び出す。
「この路を進んでください」
 命じるのは入り口を入ってまっすぐ進み、突き当りを左に曲がった所にある部屋までの先行。身代わりに続いて烈、手回し発電ライトを持ったルイスが続く。
 ごくり、と誰かが唾を飲んだ。まっすぐ進んでいく身代わりは突き当たりに差し掛かると――

 ゴウッ!

 横合い――左側の空き部屋だ――から飛んできた火の玉を受け、身代わりは灰に還る。
「!」
 身構えた烈の懐に、2m近い巨体が入り込んできた。スタッキングだ――そう思った時には敵の爪が彼の喉笛を狙っていた。だがその動きは烈にとっては見切るに容易く。狭い通路ながら上手く身をかわして避ける。
「烈さん、大丈夫ですか?」
 後ろにいたルイスが、避けられて体勢を崩した敵に剣を突きつける。その敵は火を放つ者に似ていたが、先生がデビルなのだとしたらこの敵もカオスの魔物ではなくデビルなのかもしれなかった。
「後ろからも来たな」
 入り口から右手に進む通路からも敵が出現していた。レインフォルスはその攻撃を避けたが、その隙に対していた敵の後ろにいた炎を預かる者――こちらも似たデビルかもしれない――がふいごから放った炎が斜めに飛び、フィオレンティナを直撃した。
「あっ‥‥つぅっ!」
「大丈夫か!?」
 斜めから拳を叩き込む渓の声に頷いて、フィオレンティナは薬を飲み干す。何があってもしっかりミレイアを守ると決めていたのだ。これくらいで音を上げるわけにはいかない。
「代わりに前に出ます!」
 ベアトリーセがフィオレンティナとミレイアを後ろに下げて、反対側の斜めから敵の出てきた通路に攻撃を仕掛ける。あちらは一本道故に前面に出るのは一体。だがこちらは横に長い通路に布陣している関係で、前面に敵を据えているレインフォルスだけでなく斜め向かいからも攻撃する事が出来た。
「相手が狭い通路を進んで出てきてくれたのは好都合ですが」
 空き部屋から出てきた敵二体を倒したルイスが呟いた。存外、狭い通路での戦闘は面倒だ。詰まってしまって手を出す事はおろか、戦況を見ることさえも困難だ。
「とりあえずこの先の部屋にもう敵はいなかった。特に仕掛けもないようだ。そっちの戦況は?」
「もうすぐ決着がつきそうだよっ」
 後方からかけられる烈の声に、フィオレンティナが前方を注視しながら答えた。その通り、しばし後にそちらの戦闘も沈静した。



 運良く敵の方から細い路を進んできてくれた事で、とりあえず落とし穴のような罠はないだろうと推測できた。それでも皆でブロッケンシールドを順に使い、身代わりを立てて慎重に進んだ。あっけないといえるほど仕掛けはなかったのだが、あえて言うなら各部屋に潜んでたカオスの魔物だかデビルだかが仕掛けの一部だろうか。薬やアイテムなどで傷を癒し、各個撃破をして対処する。狭い場所で不利なのはこちらだけではないのだ。
 一部屋一部屋順に調べていく事で後方からの不意打ちを避け、時間をかけて目的の部屋へと辿り着いた一行。そこには薄汚れた木箱が一つ置いてあるたけだった。
 果物を入れておく箱の半分ほどしかないその木箱は長らく放置されていたにしては傷みが少なく、外面の汚れは古く見せるために付け加えられたものだろうかと思わせる。
「念の為、身代わりに手にとらせましょう」
 ベアトリーセの提案を拒否する者はいなかった。消えた身代わりを再び召喚し、木箱を開けさせる。
「石、か?」
 ひょいと覗いた渓が見たものは成人男性の握り拳ほどもある大きな石だった。曇っていて透明度は低い。だが他にこの部屋に宝石らしきものは見つからなかった。
「わざわざ冒険者に取りに行かせるってことは、力量を見る為だとは思ったが」
「手に取ったら何かあるのかも?」
 烈とフィオレンティナの言葉を聞いたレインフォルスは身代わりを傷つけて一度壊し、そして新たに召喚する。そして石を手に取るように命じたが――何も起こりはしなかった。
「『宝石を取って来い』といった以上、これが宝石なのでしょう。相手はデビルですから、何を持っていてもおかしくありません」
「これは宝石の原石かもしれませんね。このような大きなものが宝石だとしたら、非常に高価な物ではないでしょうか」
 ベアトリーセが身代わりから宝石を受け取り、ルイスがそれを観察する。ミレイアが後ろからきゅ、とルイスの服の裾を握った。
「‥‥なんか嫌な感じがする」
「そうだな、こんなでかい宝石だったら奪い合いがあってもおかしくねぇ。第一悪魔の持ち物だからな」
 けっ、と渓が忌まわしそうに言葉を吐いた。もしかしたら悪魔達は、この原石を巡って人が殺しあうのを楽しく見ていたりするのかもしれない。
「早く届けてしまいましょう」
 ミレイアの頭をきゅ、と抱きしめてルイスが呟いた。



 案内された先生の屋敷はミレイアの印象通り、不気味な気配がした。烈とベアトリーセの持った石の中の蝶は、これでもかというほど羽ばたいていた。
 使用人に案内され、広間へと入る。誰も、警戒を解いてはいなかった。
「戻ってきましたか。ご苦労様でした」
 椅子に座った先生は薄く笑みを浮かべて一同に椅子を勧める。だが冒険者は誰も座ろうとしなかった。なんとなく先生の威圧に負けたミレイアだけが腰を下ろす。
(「大丈夫、何かされそうになっても守るから」)
 フィオレンティナに囁かれ、ミレイアは小さく頷いた。ちなみに今日はリューンの姿は屋敷になかった。もしかしたら占いに出かけているのかもしれない。
「宝石を持ってきました。輝いてはいませんが」
 ベアトリーセが布に包んだ宝石をテーブルの上へと置いた。はらりと姿を見せた宝石は、やはり輝いてはいない。だが先生はそれを見て満足そうに頷いた。
「なぜこの石をわざわざ取りに行かせたのですか?」
「なぜ? 面白くはなかったですか?」
「‥‥」
 飄々としたその受け答えに、じっと彼を観察する一同。研磨された宝石ならば一瞬で瞳を奪われるかもしれない。それも規格外の大きさだ。だがこのままではまだただの石だ。
「宝石に詳しい先生にこれを鑑定して欲しいのですが」
 ベアトリーセが差し出したのは聖遺物箱。デビルがおいそれと簡単に触れるものではない。
「レーイ、その箱を受け取りなさい」
 先生が椅子の後ろに立ったメイドに声をかける瞬間、黒い靄のような物に包まれた。
(「魔法!?」)
 警戒した一同だったが、攻撃が来る気配はない。レーイと呼ばれたメイドはベアトリーセからその箱を受け取り、先生の前に捧げた。
「これは素敵な魔法の箱ですね。それなりの値打ちがあるでしょう。大切にしたほうがいいと思いますよ」
 先生は自らその箱に触れない。まるでそれが自らに害をなす物だとでも知っているように。
 屋敷の使用人は全部デビルの変身だと思っていたが、そうでもないようである。少なくともレーイと呼ばれたメイドは箱に触る事が出来た。
「茶番はもういいですか? 私の与えた問いへの答えは持ってきましたか?」
 未来とは何か――理由は分からないが、その答えをこの男は求めている。
(「お待ちかねの青臭い青年の主張タイムか」)
 渓は後方で腕を組み、仲間の答えに耳を傾ける。
「俺の思う未来は、この箱の中身だ」
 烈はベアトリーセに返された聖遺物箱を指した。
「中身を推測できたとしても開けて中身を確かめない限り分からない点が、その時が来なければ分からない未来と同じだ。例え中に絶望しかなくても、それを知らなければ足掻けるものだ」
「ワタシにとっての未来とは、護るべきモノ。未来は与えられるモノじゃない。ワタシ達が作り出すモノなの」
 フィオレンティナはキッと先生を睨み据えるようにして言い切った。
「未来とは何か。あらゆる可能性ということかな。病に倒れるかもしれない。結婚をしているかもしれない。俺は諦める事はしない。諦めるという事は可能性を捨てる事になるからな」
「道は前にしかない、ならば前に進め。道の先には山もあるかもしれないけど、迂回路に気がつくこともあるかもしれない。この依頼を受けたこと自体がもう既に未来へと繋がっているんですよ」
 レインフォルスとベアトリーセの答えを、先生は興味深そうに聞いて。
「未来とは人の行いによって築かれるもの。人の行いによって変えうるもの、でしょうか。占いも地図のように、人に未来への導きを与えるものですが。宝石などの力で行いに関わらぬ幸福を約束するものではなく。幸せを目指して行動する後押しとなるものではないでしょうか」
 ルイスの後半の言葉は、本当ならばリューンに宛てたかったものだ。
「わ、私はっ‥‥未来はこの石みたいに、努力で姿を変えられるものだと思う‥‥」
 ミレイアが指したのは、洞窟から取ってきた宝石の原石。そして最後に渓が口を開いた。
「で、俺の番だ。未来ってのは、ただの妄想だよ。誰もが確たる言葉にしたい、すがりたい。だから宝石も売れちまう。仲間もぺラペラくさいセリフが出てきちまう。夢を見なきゃ生きられねぇのさ。人も、妖魔もな。それでもよ」
 言葉を切った渓に、先生は小さく首をめぐらせて。
「お互い譲れねぇんなら、戦うしかねぇのさ。勝ち取った先の世界が、俺たちの未来だ。言葉はただの言葉でしかねぇ。神なんてチンケなクソ野郎に、俺たちも妖魔も踊らされてるだけだがな。まあ、あんまり人間を買いかぶんな先生さんよ、面映い」
「ははははははははははっ!」
 渓が言葉を切ったと同時に先生の哄笑が部屋に響いた。レーイとミレイアが、驚いてびくりと身体を震わせた。咄嗟にフィオレンティナとルイスがミレイアを庇うように位置取る。
「実に心地よい音が聞こえます。なんという不協和音でしょう」
「不協‥‥和音?」
 烈が呟いた。先生は皆で一つの答えを出すのではなくそれぞれの答えを持ってくるようにといっていたという。ならばそれぞれの答えが違う事は、マイナスにはならないはずだ。
「あなた方は完全に仲間たちを信頼しきってはいないでしょう? 聞こえますよ、一部から‥‥ギシギシとした不協和音が」
「‥‥」
「私には実に心地良い音ですが、あなた方の中ではどうでしょうね? 決して心地の良いものではないはずですよ」
 互いに顔を見合わせる冒険者達に「それでも」と先生は続けて。
「私は人間のそんな所も大好きですから‥‥今日の所は私の負けという事にしておきましょう。私からはこれ以上リューン君に声をかけません」
「じゃあっ!」
 喜んで立ち上がりかけたミレイアを、先生は鋭い瞳で見つめた。
「ですがリューン君から私に声をかけてきた場合は別です。彼が私を必要とするならば、私は彼に知識を授けましょう」
 リューンがこの場にいたら、説得を試みる事は出来たかもしれない。だがそれを見越して先生が誘導したのかは分からないが、彼はこの屋敷にいなかった。
「良い暇潰しになりました。予想外の音楽も聞けたことですし‥‥さて、お帰りはあちらですよ」
 メイドがご丁寧に扉を開け放つ。
 依頼は果たした。だがどこか釈然としない思いが、冒険者達の心には残った。