【混沌の叡智】――生死――

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 32 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月01日〜05月06日

リプレイ公開日:2009年05月10日

●オープニング


 ルーツィア・ベッカーは疲れていた。
 病気で寝たきりになった夫の看病に、文字通り精根尽き果てて心身ともにつかれきっていた。
 加え、細々とした蓄えも底をつきかけていた。夫の看病をしながらできる仕事は限られている。それほど収入があるものではない。
 文字通り、生きているのがやっとだった。
「あっ‥‥」
 なけなしの金で薬草を買い求めた帰り、ルーツィアは眩暈を覚えて路地裏に倒れこんだ。自らの食事を削っているせいか、近頃こういうことは多かった。
「大丈夫ですか? 酷くお疲れのようですが」
 ふと、声と共に手が差し出された。首をめぐらして見ると、視線の先には上品そうな青年がいた。きっと高いのだろう、その衣服には素敵な鳥の羽があしらわれていた。
「‥‥ありがとうございます」
 それに比べて自分の格好はなんとみずぼらしいのだろう。ルーツィアは惨めな気持ちで一杯だった。青年の手を取り、立ち上がる。倒れた拍子に薬草を路地にばら撒いてしまった事に気づき、ふらつきながらそれを拾った。
「これは、治療の薬草ですね。どなたかご病気ですか?」
 薬草を拾うのを手伝ってくれる青年に、ルーツィアは自らの置かれた状態をぽつりぽつりと語って聞かせた。
 別に施しがほしかったわけではない。同情が欲しかっただけではない。誰かに、聞いて欲しかっただけなのだ。聞いてもらえれば、少し軽くなるような気がしたのだ。
「私はこの薬草と同じ効能を持つ薬草が自生している場所を知っていますよ」
「えっ‥‥」
 青年の言葉に、思わずルーツィアは顔を上げた。自生。誰のものでもないならば、手に入れるのにお金はかからない。
「お願いします。その場所を、教えてくれませんか?」
 藁にも縋る思いで懇願するルーツィア。青年は「いいですよ」とふっと笑って。
 ただ一つ気をつけてください、といって続けた。

 ――葉が三叉に分かれている物と二又に分かれているものがあります。良く似ているのですが間違えないでください。片方は猛毒ですから――。



「おばさーん、お母さんからの差し入れ、もって来たよー!」
 酒場の娘ミレイアは、母のお使いでパンとキッシュとワインの入った籠を手にしてとある家を訪れていた。そこに住んでいるのはベッカー夫妻。旦那さんが病で倒れて、奥さんのルーツィアが一人で看病している。ミレイアの母はそんな彼女に同情し、時折差し入れをしていた。
「‥‥ああ、ミレイアちゃん。今あの人眠ったところだから、静かにね」
「あ、ごめんなさい」
 ミレイアは声のトーンを落として、そーっと家に足を踏み入れる。北向きのこの家は薄暗く、少々かび臭い臭いがした。これでは治る病気も治らないかもしれない。だが引っ越すお金もない、家があるだけましな生活をしているのだとミレイアは知っている。
「いつも悪いね‥‥御代は‥‥」
「いいのいいの。毎日これてるわけじゃないし、お母さんの好意だから受け取って」
 昼間なのに薄暗い室内だろうか、いつもよりルーツィアの顔色が暗く見えた。いつもより疲れているようだった。
「何かあったの? 私でできる事があったら‥‥」
 ミレイアの申し出に、ルーツィアは薄く笑んで。
「気持ちはありがたいけどね‥‥か弱いミレイアちゃんにモンスターのいる草原に行ってくれなんて頼めないよ」
「草原? なんで?」
 不思議そうに首を傾げるミレイアに、ルーツィアは訥々と事情を語って聞かせた。
 お金が底をつきかけている事、夫の治療に使える薬草が自生している草原があるという事、その草原には大きな人喰樹と毒カビのモンスターが出現するという事。
「薬草を沢山取ってくれれば、自生地を教えてくれた人が買い取ってくれるっていうんだけどね‥‥」
「じゃあ、冒険者に頼めばいいんじゃない? モンスター退治は力になれないけど、薬草取りなら私も手伝えるし!」
「でも、ギルドに依頼をするお金もないのよ‥‥」
「そこは任せておいて! 私が何とかするよ!」
 ミレイアはぽんっと胸を叩いて、微笑んでみせた。
「ほんと、ありがとねぇ、ミレイアちゃん‥‥それじゃあこれだけは気をつけておくれ。草原には三叉と二又の、良く似た二種類の薬草が生えているんだってさ。その二又のほうを取ってきておくれ」
「わかった、二又ね!」
「あと、買い取ってくれる方はね、学者さんらしくてね、研究の為に意見を聞きたいというんだよ」
「意見?」
 首をかしげるミレイアに、真剣な顔でルーツィアは頷いて。
「『生と死とは何か』って。‥‥私には難しくてね、答えられそうにないんだよ」
「生と死って‥‥うん、難しいね。それも冒険者に相談してみるよ」
 任せておいて、と冒険者ギルドへ向かうミレイアの背中を、ルーツィアはじっと‥‥じっと見ていた。

●今回の参加者

 ea1587 風 烈(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)

●リプレイ本文


 冒険者三人とミレイアは、薬草を取るために草原へと向かっていた。
「ルーツィアさんはどのような方なのですか?」
 イリア・アドミナル(ea2564)の問いにミレイアはちょっとばかし首を傾げて考えた。
「うーん、昔はすごい元気のいい、明るい人だったよ。いたずらっ子をどやしたり、自分の子じゃなくてもしっかりしかるタイプ」
「もしかしてミレイアもしかられた事が?」
 夫、ルイス・マリスカル(ea3063)の言葉にミレイアは曖昧に「あはははは」と笑って誤魔化した。どうやら図星らしい。
「お子さんは?」
「いないよ。赤ちゃんの時に亡くなっちゃったんだって」
「それで旦那さんも病気か‥‥心が弱くなるのもわかる気がするな」
 風烈(ea1587)がぽつりと呟く。子供を失い、頼りになる夫も病で臥せった今、彼女を襲うのは苦しみばかり。
「でも、それではやはり心配です」
 イリアは考えるようにして呟いた。他の二人は口を開かない。ミレイアは何となく彼女の言葉の先を察して。
「うん‥‥心配だよね」
 彼女が看病に疲れて自殺を図るために猛毒の薬草を取りに生かせたのではないか――彼らはそう考えていた。もしそうならば、止めなくてはならない、と。


 草原に辿り着くと、人喰樹はすぐに見分けがついた。草原の真ん中に立つようにして、ぽつんと一体だけ大きな樹が立っている。その根元を中心に、カビモンスターが住み着いているようだった。
「あ、これだよね、二又の薬草!」
 モンスターからまだ遠く離れた場所で、ミレイアがしゃがみこむ。そこには二又の薬草と三叉の薬草の両方が生えていた。ルーツィアの希望は二又だったが‥‥。
「これは‥‥」
 薬草知識豊富なイリアが両方の葉をじっと眺める。そして、大きなため息をついた。
「どうですか?」
 ルイスも烈も後ろから覗き込み、報告を待つ。
「やはり‥‥二又の方が毒草です。三叉のほうは滋養強壮によく効く薬草です」
 その言葉にはぁ、とため息をつく一同。ミレイアの手は小さく震えていた。
「‥‥じゃあ、おばさんは誰かを殺させるために薬草を取ってこさせようとしたの?」
「単に間違えただけという可能性もある」
 慰めになるかはわからないが。確かに烈の言う可能性もないとはいえない。
「とりあえず、二又と三叉、分けて採取していきましょう。薬草の知識を授けた方が買い取るのが、どちらだかわかりませんし」
「そうですね‥‥混ぜないように注意しましょう」
「これからも取りに来るとしたら、あの樹は厄介だな」
 ルイス、イリア、烈は丘の真ん中を見つめる。大きな人喰樹は、その枝を伸ばして攻撃してくるだろう。
「ミレイアは安全な場所で待機していてください」
 まず退治を済ませて後顧の憂いを断とうと考えたルイスの言葉に、ミレイアは頷き、後方でぷちぷちと薬草を摘んでいることにした。
「ルーツィアさんが一人で採取にこれるようになれば、少しは救いになるだろう」
 冒険者達はモンスターに向き直る――。



 毒カビの上げる毒の胞子と人喰樹の鞭のような枝に多少苦戦したものの、程なく退治は終わって。さすがに毒カビの側の薬草を取ろうとは思わなかったが、その毒もそのうち自然が中和してくれるかもしれない。とりあえずなるべくモンスターがいた場所から遠いところから薬草を摘んでいく。
「二又と三叉、混ぜてしまわないようにお願いします」
「わかった」
 イリアの呼びかけに頷き、烈もルイスも薬草を摘んでは袋に入れていく。ミレイアは半分べそをかいていた。
「おばさん、死にたいのかなぁ?」
「‥‥‥‥」
 例えそうだとしても、肯定できない。肯定してしまっては、なんだか苦しくなる気がして。イリアはミレイアの頭をそっとなでた。
「あまり摘みすぎてもルーツィアさんが今後摘む分をなくしてしまいます。このくらいにしておきましょう」
 袋の口を閉め、ルイスが立ち上がる。それにあわせてイリアも烈もミレイアも、立ち上がって衣服についた土を払った。



「ルーツィアさん、いますか?」
 メイディアに戻ってきた一行は、ルーツィアの家を訪ねた。薬草を買い取ってくれる学者の所在がわからない以上、彼女の家を訪ねるしかなかったからだ。
「ああ‥‥無事に戻ってきてくれたんだね。ありがとう。それで‥‥薬草は?」
 ルーツィアは話に聞いていた通り、ずいぶんとやつれているようだった。目は落ち窪み、顔色が悪い。精神状態も良くないようで、声にも覇気が感じられない。
「薬草は取ってきましたが、そのままお渡しするわけには行きません」
「‥‥え?」
 ルイスの言葉に驚きの声を上げるルーツィア。ミレイアは彼の前で泣きそうになりながら彼女を見上げていた。
「二又の薬草は毒草です。間違えたのならいいんです。でも、そうでないなら‥‥」
 ルーツィアの顔色を覗うようにイリアが見つめる。そう、間違えただけならいい。だが――。
「‥‥‥‥‥‥‥‥。ああ、そうだねぇ、間違えてしまったみたいだよ」
 彼女は、何処か疲れたような笑みを浮かべて。「うん、間違えたみたいだよ」と何度か繰り返した。
「薬草は両方取ってきた。その学者に沢山買い取ってもらえるように」
「! それじゃあ私から渡しておくから、薬草を預けてくれないかい?」
 烈の言葉にルーツィアの疲れた瞳に光が灯った。だがそれを彼らは見逃さない。やはり、彼女は‥‥。
「ルーツィアさん、あなたは毒による死を望んでいますね?」
 鋭いイリアの言葉にびくり、肩を震わせるルーツィア。それでもイリアは続ける。思いとどまってほしいから。
「未来は変えられ、貴方と共に生き、助けたいと望む人がいる。貴方を助けたいと思う人の思いを受け止め、共に助け合って生きれば、辛い思いから解放され、きっと明日に希望が見出せます。生きる事を諦めないで下さい」
「これを。病に効く不思議な石だ」
 烈は赤き愛の石を取り出し、彼女に手渡す。そう、彼女を心配して、助けてくれる人はいるのだ。
「――っ‥‥」
 ルーツィアは床に崩れ落ち、そして涙を零した。
「違う、違うんだよ‥‥」
 何度も、何度も首を振る。
「私は‥‥薬草だと自分を騙して、毒草を旦那に飲ませようとしたんだよ‥‥」
「!!」
 その告白に、ミレイアがきゅっとルイスの手を握った。
 看病疲れは、かつては愛したであろう夫を過失に見せかけて殺害するというところまで彼女を追い詰めていて。
「‥‥‥」
 一同には言葉も無い。ルーツィアが自殺したら、残された夫がどうなるかなど考えれば明らかだったが、それでも直接的に手を下そうとしているとまでは考えていなかった。
「それは‥‥そういう選択肢を与えた学者に問題があるな」
 烈が小さくため息をついて。もし彼女が学者と出会った時に示されたのが、正しい薬草の情報だけだったならば。彼女は病気の夫を支えていく事を選んだだろう。だが実際は、違った。彼女に示された選択肢は、巧妙に隠されてはいたが二つ。間違わないようにと念を押すようにして、毒草を選択する余地も与えられていたのだ。
 もし冒険者達が、ルーツィアが故意に毒草を取ってきてほしいと頼んだ事に気がつかなかったら?
「その学者さんを呼んでくれませんか。薬草を買い取ってほしいから、と」
「問いの答えも伝えなくてはなりませんから。後は私達に話をさせてください」
 イリアとルイスに言われ、ルーツィアは涙を拭いて立ち上がった。



「やあ、またお会いできるとは思いませんでしたよ。そちらのお嬢さんは初めてですね」
 数刻の後に現れたのは、そう、以前占い師リューンが「先生」と呼んでいた男。地獄で動きを見せているムルキベルの配下、ストラスに酷似した男。限りなくかの悪魔に近いと思われるが、本人に確証を取ったわけではないので今回は「学者」か「先生」と呼ぶべきなのだろう。
「選択肢を与えたふりをして誘導するのはどうかと思うが。教えるのなら占いでも良かったわけだが」
「占いよりも実際にお金や生活の足しになるものが彼女には必要だと思ったから、薬草の情報を与えたまでですよ」
 烈の言葉に学者は柔らかく笑んだ。
「もし、僕達が毒草に気づかなかったら? 先生、貴方の思い通りになっていたというわけですね?」
「私の思い通り? 私には未来を見通す力はありませんよ。あくまで私は、彼女に助言をしただけです」
 それが善意からかと問われれば、怪しいものだが。
「約束どおり、すぐに治療に必要な分以外は買い取りましょう。その前に、問いの答えを」
 なぜ先生がこのように人を試すような答えを求めるのかは解らない。人の中に何かを見出そうとしているのか――それは彼のみぞ知る。
「あなたは学者の方とのこと、ひととおり研究されているのでしょうし。定義がどうのより、直感的に答えた方が良いですかね」
 一番最初にルイスが口を開いた。
「私としては。人は定命のものであり、死があるからこそ。自分が納得し、終を迎えるため。私が人生に納得して逝ったのだ、と遺す人に哀しみを残さぬため。生きている時間を価値あるものにせんと頑張っている。といったところでしょうか」
 ぎゅ、とミレイアが自分の手を強く握るのがルイスにはわかった。彼女は何を思ったのだろう、それを優しく握り返して。
「生とは、未来の可能性についての選択肢を選び続けること。死とは、選択肢が選べなくなる人生の終着点」
「なるほど、今回の状況にもよく合った答えだ」
 烈の答えには、何がおかしいのか先生はくつくつと笑いを零した。
「生は始まり、死は終わり。生と言う白紙に対して、自分の物語を描くのが人生なら、物語が楽しい者は生きる事に執着し、辛い者は終わりを望む」
「ルーツィア夫人は終わりを望んだ。なのにあなた方がその選択肢を奪った。そうとは考えられませんか?」
 先生の言葉に、イリアは「まだ僕の答えは終わっていません」と告げて続ける。
「しかし、その思いも全ては生きてこそで有り、死と言う終わりを迎えれば、悔いも未練も何も出来なくなる、故に死は恐ろしく、生きている事は、それ自体が素晴らしい」
 先生、イリアは厳しい声で呼びかけた。
「貴方は何を描くつもりですか?」
「――そうですね‥‥」
 先生はしばし考えるそぶりを見せた。マントにつけた梟の羽根がふぁさ‥‥と揺れる。
「ちょっとした仕掛けで簡単に変わる、人間の生き様――ですかね」
 美しい悪魔は、ふ、と笑みを浮かべてそう言った。



「辛くてもいつかはいいことがあります。死んでしまっては、全てが終わってしまいます。だから、生きてください」
 先生が帰った後、イリアはルーツィアに懇願するように告げた。
 この場で先生と戦闘に持ち込んでも、被害が出るだけで勝ち目が無い。そう判断した冒険者達は、下手に彼を刺激せずに丁重にお帰り願った。しっかりと、薬草は引き取ってもらって。
「このお金で暫くは楽に暮らせるだろう」
 解っていて見てみぬ振りが出来ぬと考えた烈は、先生から受け取ったお金にこっそり自前のお金を混入させてルーツィアに手渡す。
「ありがとう、ございます‥‥」
 涙ながらにお金を受け取り、ルーツィアは何度も頭を下げた。
「モンスターは全て退治してきましたから、一人でも薬草採取にいけるはずです」
「はい‥‥これからはそうします」
 ルイスが告げるとミレイアが「私もできるだけ様子を見に来るから!」と声を上げた。

 先生の目的は何だったのだろう。
 ルーツィアが毒草を使って自分か夫の命を奪う事、それが目的だったとしか思えない。
 だとすれば、冒険者達の機転で少なくとも2人の人間の命が救われたことになる。たとえ、彼女にとって生きる事が苦しみであったとしても――。


「ミレイア」
「ん?」
 冒険者ギルドで貰った報酬を手にし、ルイスは妻に声をかけた。今回の報酬はルーツィアに代わりミレイアのポケットマネーから出ている。ギルドに所属している以上報酬を貰うのは当然の事だが、さすがに妻からお金を貰って仕事をするのは何か違う。
「これを家計の足しにして、また良い事に使ってください」
 ルイスは報酬と同額のお金が入った袋をミレイアに手渡す。彼の意図を察したミレイアは、ん、と頷いてそれを受け取った。
「私はどんなに苦しくても、自分から死を選んだりしたくないな‥‥」
 一種の夫婦の果てを見て何か思ったのだろう。少女の呟きが、風にのって流れていった。
 この率直な意見を先生が聞いたら、果たしてどんな顔をしただろうか。