【硝子の翼】子供ノ楽園
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月08日〜05月13日
リプレイ公開日:2009年05月16日
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●オープニング
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リンデン侯爵家仕えの騎士の一人が、休暇をとって故郷の村へ帰郷した。久し振りの帰郷、さぞかし両親も喜んでくれるだろうと、奮発して土産を用意した。天界人の作ったという香水もその一つだ。母が喜ぶ顔が見たい。
「‥‥‥?」
村に一歩足を踏み入れた騎士は、違和感を感じた。何かが、おかしい。
村の真ん中の広場で子供達が遊んでいる――非常に和やかな光景だ。
何がおかしいのだろう、騎士は辺りを見回す。
そうだ、大人の姿が見えないのだ。
開いた窓から、家事をする婦人たちの姿も見えない。
村はずれの畑も静かだ。
いつも、子供達が遊んでいるのを笑顔で眺めている老人の姿もない。
「あ、お兄ちゃんお帰りなさい」
騎士の帰還に気がついた子供が遊びの手を止めて彼を見上げた。
「お兄ちゃんは、私達の邪魔、しないよね?」
にこ‥‥少女は子供らしからぬ凄惨な笑みを浮かべた。
気がつけば、遊んでいた子供達がじっと、値踏みするように騎士を見ていた。
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「その騎士が調べたところ、村の大人という大人が全ていなくなっていたという」
冒険者ギルドに現れたイーリスが、渋面で語る。炎の王にやられた傷は、魔法のおかげか完治したようだった。
「まあ大人と子供の区別をどこでつけるかというのが問題になるが、村に残っていたのは最高で15歳の子供だという。その騎士は明らかに異常だと感じ、侯爵家に通報した」
「子供達は大人たちの行方について、なんと言っているのです?」
支倉純也が問うと、更にイーリスは表情を厳しくして。
「『うるさいと、お兄ちゃんも天使さんに連れてかれちゃうよ?』と言ったそうだ」
「天使‥‥」
それはアトランティスにおいて一般的な言葉ではない。宗教の根付いていないこの地では、天使や悪魔や神という概念がないのだ。しかし教会で話を聞いた者やジ・アースや地球より訪れた者には通じる。
「子供達が天使の意味を知って使っているとは思えない。ただの呼称だろうが‥‥」
ひっかかるのだ。
天使の様に美しい、カオスの魔物を見たことがある故に。
「取り急ぎ、この大人たちの失踪事件について調べてもらいたい。子供達に接するにも、色々注意が必要だろう。子供達の気に触れば、一切口をきいてもらえない可能性さえある」
子供は無邪気だが、その分残酷でもある。大人の階段を上り始めている年齢の者達は、その上知恵もついている。子供だからといって侮ると危険だ。
「子供達の機嫌を損ねると『天使』が現れるというならば‥‥あえてそれを逆手に取るという手もあるが」
それなりの覚悟が必要だろう、イーリスはそう告げた。
●リプレイ本文
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その村は一種異様な様相を呈していた。
住んでいるのが子供だけだからというわけではない。いや、子供しか居ないからだろう。
一度にか徐々にかわからぬが、5・60人もの大人が消えてしまったのだ。それまでそれだけの大人が維持してきた村を、30人の、それも幼児や乳児を含む子供達がそれまでと同じ状態で維持できるかと聞かれれば、否。ゆえに導き出される現状の想像は容易い。
「‥‥」
フライングブルームで村に先に着いた伊藤登志樹(eb4077)は、自分の想像が外れていなかった事を知った。
(「大人がいない状況で衣食住を維持できるわけない。まぁ、人間やめてなければの話なんだが‥‥」)
食事は備蓄で何とかしているのだろうか。だが掃除や洗濯までには完全に手が届いていないらしく、それだけでだいぶ村が荒廃したような印象を受ける。
「なあ、ここらにいい釣り場ないか?」
「お兄ちゃん誰? 旅人さん?」
寄ってきた男の子達は誰も皆汚れたままの服装で、そして登志樹来訪に何か期待する所でもあるのか、疲れたような表情の中に一種希望のようなものを見出して近寄ってきた。
(「だが、その期待には応えてやんねぇ」)
「これはサッカーボールとトランプといってだな、こうやって遊ぶんだ。これをやるから交換条件として釣り場を教えてくれねえか?」
「わぁ、面白い。これくれるのー?」
集まった少年達はこぞっておもちゃを手にし、楽しそうにしている。そして登志樹に村の裏手の川を教えてくれた。
「あの‥‥」
「ん?」
「な、なんでもないです‥‥」
遠慮がちに声をかけてきた子供が居たが、登志樹はそれ以上干渉をするつもりは無い。彼の考える『子供に厳しくない大人』とは面倒をみない者だ。彼はそのまま子供達に教えてもらった釣り場へと移動していく。
「しっかりご飯の準備しなさいよ。お腹がすいたわ」
そんな少女の声が響いた。彼女がリーダー格なのだろうか?
「こんにちは」
「なぁに、お姉さん」
「旅をしていたのですけど、この村で少し休憩させてもらえませんか? 一緒にケーキを食べましょう」
続いて村に入ったのはベアトリーセ・メーベルト(ec1201) 。可愛い格好をしてケーキとぬいぐるみを手にしていれば、何処かのお嬢さんにも見える。
「ケーキ?」
その10歳ほどの少女は魅惑的な誘いに乗ってきて。食事の支度をしていた年嵩の少女達に包丁を持ってこさせてケーキを切り分ける。まず自分で食べて、そして物欲しげにしている小さな子供達に分け与えた。
「可愛いぬいぐるみもありますよ」
ベアトリーセがシフールのぬいぐるみを取り出したとき、村の奥で泣き声が上がった。その泣き声は次第に伝播し、数人の纏まった泣き声へと変化を遂げて行った。
「っ‥‥!」
少女は表情を固くして立ち上がり、泣き声の原因に向かって走り出す。暫くするとバシバシという何かを叩く音と、悲鳴の様に重なる泣き声。
「うるさいわね! ぴーぴー泣くんじゃないわよ!」
「ままぁ、ぱぱぁ〜」
「ママもパパももういないの! ここは私達しか居ないんだから! お姉ちゃん達に今ご飯作らせているから静かに待っていなさい!」
苛立ちのこもった少女の怒鳴り声が聞こえた。ベアトリーセの側に残った子供達は、まるで自分達が怒られているかのようにびくびくしている。
「香り袋でお手玉しよっか」
ベアトリーセは怯える子供達ににっこりと微笑んだ。
風烈(ea1587)は依頼帰りに立ち寄った冒険者を装って村へ入っていた。
「少し休みたいんだが、宿屋はあるか?」
「あ‥‥宿屋のおじさん達、今は居ないんです」
「いない、と」
村の奥で泣き声と怒声が聞こえた。子供はそれにびくっと怯えたように反応し、目を伏せる。
「すごい泣き声だけど、あれは?」
狂ったように泣き叫ぶ子供達の声と、甲高い怒鳴り声。怒鳴り声と叩くような音が泣き声に拍車をかけ、悪循環になっている。
「な、なんでもない、です‥‥」
まるで本当のことを言ったら自分もぶたれる‥‥目の前の子供はそんな風に怯えているようだった。烈はテレパシーリングを発動させる。
『いいか、この会話は俺と君にしか聞こえない。視線は合わせなくていい。心の中で思ってくれれば通じる』
『え‥‥』
『他の子供にはばれない。だから話してくれないか。なぜこんな事になっているのか』
慎重に選ばれた烈の言葉に少年は視線を少しさまよわせ、近くに居る子供達に変化が無いのを見てから視線を下げた。そして。
『‥‥リアちゃんがお父さんとお母さんに怒られて泣いてたら、天使様が現れてお父さんとお母さんを消してくれたっていうんだ。それからは、リアちゃんの言う事を聞けば、邪魔な大人を消してもらえるってことになって‥‥』
最初こそ、大人からの束縛を逃れられると子供達は盛り上がったという。だが、大人の手助けのない生活は円滑に進まないということはすぐに明らかになる。そこでリアという少女は大人とも子供ともつかない15歳前後の子供達を残し、大人の代わりをさせている――使えるうちは『子供』として置いておいて、邪魔になったら『大人』として消せばいいと思っているようだった。
『でも、特に小さい子はああやってお父さんとお母さんを求めて泣く事が多くなって、そうするとリアちゃんは叩いて怒るんだ‥‥』
『なるほど』
脅しと恐怖で子供達を支配しているのだ。そんな均衡は長く持つはずは無い。
『君は天使を見たことは?』
『あるよ、遠くからだけど。金の髪を波打たせた綺麗な人だったよ』
――波打つ金の髪。炎の王か。
●
「もうすっかり皆子供らは魔物に変えられてた‥‥とかでなきゃいーんでやすが」
「話を聞いていると、恐ろしいな。少女の笑みとか」
村の外で利賀桐真琴(ea3625)とレインフォルス・フォルナード(ea7641)は様子を見ていた。
「子供達が自ら間違いに気づくのが最良と思いますが。『天使』がどう動くか、ですね」
わずかに聞こえてくる泣き声に眉を顰めながら、ルイス・マリスカル(ea3063)が呟く。
「食事とか洗濯はどうするのだろうか」
「今は年長者がやっていたとしても、さすがに全ての大人の代わりは出来ないでしょうし‥‥」
子供の楽園はもろい硝子で出来たようなもの。今はいいが、そのうち誰かが大人となる時が来る。仲間が長じた順に『次の大人』として消していくのか。
「居なくなった大人の事を探してたら、子供は遊んでくれないとか怒ったりしやすかね?」
お菓子の入ったバスケットを持った真琴がどうしようかと首を傾げる。
「とりあえず行ってみやす」
真琴はバスケットを抱えて村の中へと入った。
「こんにちは。お菓子食べやせんか?」
「お姉ちゃんは何でここに来たの?」
「えっと‥‥」
いらいらした様子で村の奥から戻った来た10歳位の少女が、他の子供が近づく前に真琴を見咎める。理由を考えてなかった真琴は、言葉に詰まって。
「おかしいと思ってたのよ。今日に限って大人が沢山くるんだもの。お兄ちゃんを帰すんじゃなかった。私達の邪魔をしにきたんでしょう?」
「邪魔‥‥でやすか。そう見えるかもしれねぇが、ちょっと違いやすね」
真琴は少女に遠慮してか近寄ってこない子供達に自分から近づいて、そしてお菓子を配る。
「も、モンスターだ!」
「!?」
その時村の東側から子供の声が上がった。土御門焔(ec4427)がファンタズムで魔物の幻影を作ったのだ。幻影は動かせないが、子供達を怯えさせるのには十分。
「リアねーちゃん、何とかしてよ、こわいよぅ!」
駆け寄ってきた子供達が、少女――リアにしがみつく。騒ぎに気がついてこちらに来た子供達も、悲鳴を上げて遠くから魔物を見守る。焔は隠れたまま子供達の心をリシーブメモリーと心読みのティアラで読み取っていく。皆恐怖に打ち震えていたが、中の一人だけ、リアという少女は『天使様を呼べばいい』と思っているようだった。もし『天使』と契約した者が居るとしたら、彼女に間違いは無いだろう。
「おねーちゃんたちも、大人なら何とかしてよっ!」
子供達の縋り先は目に見えて大人だとわかるベアトリーセや真琴にも及んだ。騒ぎを聞きつけてやってきた烈にも同じ。
「私に出来るのは一緒に遊ぶ事だけ。モンスターを倒す事は出来ないのですよ」
悲しそうに演技をするベアトリーセに子供達は「そんなぁ」と泣き出し。
「リアねーちゃん、天使様は助けてくれないの?」
「‥‥っ」
リアは迷っているのだろう見知らぬ大人の前で天使を呼ぶことを。天使は願いを叶える代償をほしがる。今度は何を上げたらよいのか。
ザッ!
その時、モンスターの前に2人の男性が現れた。レインフォルスとルイスだ。武器を構え、そして幻影のモンスターに斬りかかる。幻影が時間切れで薄れ始めているタイミングを狙って出てきたのだ。遠くから見れば彼らがモンスターを倒したように見えただろう。
「わぁぁぁぁっ!」
子供達の歓声が上がる。そんな中でリアだけが忌々しそうに爪を噛んでいた。
「わかりましたか? 衣食住そして、モンスターから村を守るのが大人の仕事なんです。‥‥そして子供の仕事、天使さんへの願い事、お姉さんなんとなくわかる気がするよ当ててみようか?」
――うるさい大人は消えちゃえ――最初はそんな軽い気持ちだったのだろう。
「子供は遊んで学んでばかりでなく、大人に怒られるのも仕事なんですよ、危険なこと、善悪の判断、まだまだみんなが知らなくちゃいけないことが沢山あるんです。それでも大人は子供を守り、子供は守られて成長していくものなんですよ」
「子供達だけじゃ生活が成り立たない事、解ってきたところじゃないでやすか?」
「うるさい!」
ベアトリーセと真琴の言葉に、リアは顔を真っ赤にして。
その時、釣り場に行ったはずの登志樹が村に入ってきた。
「龍晶球に反応があった。だんだん近づいてくる」
「!」
その言葉に一同は警戒をあらわにした。どの方向からくるのかは解らないが――。
「天使様天使様、私をいじめる嫌な大人を消しちゃって!」
リアが叫んだ。登志樹の持つ龍晶球への反応がだんだん近くなる。そして。
ふわっと風が舞い、リアの隣に突然姿を現したのは――以前も出会った炎の王。美しい金色の髪を靡かせた、天使のような魔物。姿を消して飛んできたのだろうか、子供達の目には突然姿を現したように見えて。
「今日は配下をつれていないようですね」
こっそりとパーストを繰り返していた焔が口を開いた。彼女は炎の王が配下の魔物を使って大人達を殺し、または連れ去って行った光景を見ている。
「天使様、この大人達が私をいじめるんです!」
リアは半ば意固地になって天使に縋る。子供達だけの生活など、すでに成り立たなくなっていることは十分気づいているだろうに。
「子供だけでは生活ができない。他の子供達はそれに気がついているようだが」
縋る背中にレインフォルスが声をかけると、リアの肩がびくっとゆれた。
「ふむ‥‥。良く会うな」
炎の王が上げた第一声。その声だけで場の空気が震えた。
「私はこの子の願いを叶えた。その対価に他の大人の命を貰った。ただそれだけだ」
「大人を全部殺したのか」
烈の問いに子供達が息を飲む。
「契約の確認をさせてください。邪魔な大人を消す対価に村の大人の命を奪った、違いますか?」
ベアトリーセの言葉に、炎の王はしばし考えるようにして。
「最初はこの子の両親を消した。その対価に村人数人を貰った。次にこの子が消してあげると約束したという子供の両親を消した。その対価に村人数人を貰った。わかるかね?」
つまり契約は一度ではなく、複数回にわたって行われていたということだ。
「今回は戦わず退きますので、大人を引き渡しては貰えないでしょうか?」
「――大人を返すには、新たに契約を結ぶ事になる。対価が必要だ」
炎の王は自分に縋るリアを見て、そして子供達を見て。
「おとーさんとおかーさんを返して!」
「リア姉ちゃんに叩かれるのは嫌だよぅ」
「おかあさーん‥‥」
子供達の怒号と泣き声が合唱の様になってリアを攻め立てる。彼女は両手を耳に当ててうずくまるようにして、そして搾り出すように告げた。
「天使様、大人を、返してください‥‥」
彼女自身薄々実感していたのだろう。子供達をなんとか恐怖で押さえ込んではいたが、それがもう効かなくなってしまった。溜まりに溜まったものが、リアを突き刺す。
「気づいた時には手遅れだが、痛い目を見なければ目は覚めぬか」
烈が呟いた。その痛い目に、彼女はあっている。そして多分――代償はもっと痛い。
「では、契約を。代償は貰っていく」
「待ってくれやす!」
マントを翻して浮遊しようとした炎の王を、真琴は呼び止めた。
「炎の王は通称でやしょう。あなたのお名前はナンと仰るので? さては、怠惰を司るって魔王アスタロトだとか?」
「アスタロト? それは悪魔の名前ではなかったか。我は誇り高きカオスの魔物。名は炎の王だ」
「炎の王の座にあり、天使の如く端麗なるもの。封印された無価値の公爵ベリアルが思い浮かびますね」
真琴の言葉を一蹴した炎の王は、ルイスの発言に面白そうに耳を傾けた。
「デビルとカオスの魔物が異なるとの話。その一方で、アリオーシュに酷似した黒翼の復讐者の存在。ジ・アースのデビルと同等の姿と力を持ちつつ。カオスの力によって形作られた分け身的な存在が、カオスの魔物なのでしょうか」
「面白い事を考える者もいたものだ」
「で、ベリアルが封印されてもこちらの炎の王は健在。蝿の王は二身の合一で力を増してる、と」
炎の王は続いた言葉にも、余裕の笑顔で。否定も肯定もしない。むしろそれが答えのようだった。
「講釈は終わりでよいか? ならば後ほど大人達を運ばせよう」
炎の王と戦うつもりはない、それは皆の総意。浮かび上がり、そして姿を消した『天使』を皆で見つめて。
「お父さんとお母さん、帰ってくるんだよね!」
子供達は晴れやかな笑顔を浮かべて喜んでいた。
だが数刻の後。
人間に姿を変えたカオスの魔物によって次々と運ばれてきた村の大人達は、全て沈黙していた。
それが炎の王の求めた、「大人を返すこと」に対する代償だった――。