●リプレイ本文
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ラスタ少年はハーフエルフである。それは皆が導き出した推論。
少年自身が父親は人間であると言っているし、少年の母親が歌っていたという子守唄が、エルフをあらわしているからだ。
皆で用意した馬車に乗り、目的地を目指す。その段階で少年はフードを取って自らハーフエルフである事を明かした。
「お父さんに会えなかったのは残念だけれど」
事前に父親にも話を聞きたかったクライフ・デニーロ(ea2606)だったが、一週間前に亡くなりましたといわれてしまえばそれも仕方なく。だが父親が亡くなったという事情を聞いてみれば、父親が死の間際に森の場所を教えたのであろうと納得できた。
「子守唄を、教えてもらえますか?」
「はい」
隣に座ったエヴァリィ・スゥ(ea8851)の問いにラスタは頷き、そして息を吸い込んでからゆっくりと音を紡ぐ。エヴァリィは確実に演奏できるようにとその歌を覚えるのに集中した。
「むーん‥‥辛い話じゃのう‥‥」
御者を務めながらトンプソン・コンテンダー(ec4986)がぽろり、心情を吐露する。騎士としての立場があるが、それはそれ、これはこれだ。立場上おおっぴらに異種族間の恋愛を肯定できはしないが、建前だけで世の中は回っていないことを彼は知っている。
「これでは切ないぞなよ、ほんに」
礼節を尽くし、仲間の皆の考えが相手方に伝わるよう努力しようと決めていた。
「世間的に異種族でっていうのは禁止されてるし、白の教えでも禁止だってされているけどね」
ラスタの歌を背景にして、彼に聞こえぬように口を開いたのは白のクレリック、レフェツィア・セヴェナ(ea0356)。
「僕自身は本当に好きならそういうの関係ないって思ってる。そういうこと言うから変わってるとか言われちゃうんだけど」
「エルフは知識欲が高い分、知識の範囲外の存在へは排他的傾向が強く、かなり気難しいんですよね。なまじ同族相手の交渉だと、知能が高い分かーなーりー面倒な相手なのがねぇ」
クリシュナ・パラハ(ea1850)がふぅ、とため息をついた。
例の子守唄はエルフの嗜好が表れている。『森の民』などエルフ以外言わないだろう。たまたまエルフの里に紛れ込んだ旅芸人か何かが、お世話になったエルフの娘と恋に落ちた――そして子供が出来たのがばれて追い出されたのではないか。さすがに少年の手前露骨に言いはしないが、そんなところだろうと踏んでいる。
「追い出されたという話も集落の長の血筋であるなど、やむ負えない事情で別れる事になりラスタ君を気遣ってつかれた父親たちの嘘なんじゃないかと思いますね」
クライフが告げる。同時に曲が、終わった。
「僕の推測が間違っていなければお母さんは君の事を今でも想っている」
その言葉に、少年の瞳に光が差した。クライフが続ける。
「だからこそ会って伝える時には、まぁ少なからず種族的な問題はあっただろうけど‥‥森の外でどの様に感じどの様に暮らし今過ごしているのか聞かせてあげらると喜ぶんじゃないかなと僕は信じているんだ」
「親子の情愛に、種族の別はありません。きっと逢わせてみせるっス!」
クリシュナがぐっと拳を握り締めた。少年は初めて子供らしい笑顔を見せて、にこり、と笑った。
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肝心の森の外に到着する頃にはエヴァリィは子守唄を覚え終えていた。彼女は馬車の奥に隠れる。エヴァリィはハーフエルフだ。接近してきたよそ者に少年以外のハーフエルフが居ては交渉がマイナスになるだろう、そう考えての事だった。
他の仲間たちは順に馬車を降りる。少年を庇うようにして森に足を踏み入れたとき、シュンッと風を切るような音が聞こえた。
トスットスッ‥‥二本の矢が先頭に居たレフェツィアの足近くの地面へと刺さる。ふと顔を上げると、数メートル先の木の上に弓を構えたエルフの姿があった。
「何用か?」
「ここから先は我々エルフの集落。用がなければ森への立ち入りは遠慮願いたい」
「あの、旅の途中なんだけど休憩させてもらえないかな?」
2人のエルフに向かってレフェツィアが声を張り上げる。2人のエルフ達は一同をじろっと見回し、そして。
「我々は外界との接触を良しとせず、できるだけ接触を断って暮らしている。里を混乱に陥れないための措置だ。理解していただきたい」
冷たく言い放たれた言葉。だがこの台詞で一つ解った事がある。
「かつて、混乱に陥った事があったような言い草ですね」
ぼそり、クライフが呟いた言葉に、2人のエルフが反応した。だが言葉は発さず、一同をじっと見つめるだけだ。
おそらく、このままでは話が進まないだろう。2人のエルフ達は外界からの侵入者をがんとして入れようとはしないだろうし、こちらもこの二人を納得させて里に入れてもらうような言い分を持っていない。だとしたら。
「私達はこの子の母親を探しに来ました。一目でいいんです。あわせてやってはもらえませんか?」
「母親?」
クリシュナの言葉にエルフ達はいぶかしげな瞳を向ける。
「里で生まれた子供は全て里で育ってる。母親など‥‥」
「!!」
二人のエルフが口を開いたとき、ラスタがおもむろにフードを取った。エルフの二人と比べると短い耳。だが人間と比べると長い耳がそこにある。
「ハーフエルフ!」
「あの時の‥‥リーネの子供か!」
「覚えがあるようじゃのう‥‥」
トンプソンの言葉に、2人のエルフが「忘れるものか」と呟いた。
「里を混乱させた原因だ! あの時人間の男なんて助けなければ‥‥」
「予想通りっスね‥‥」
自分達の予想が当たった事を知って、クリシュナは小さくため息をついた。そして。
「一目でいいんです。リーネさんとやらに会わせて貰えませんか?」
「僕達もエルフだから気持ちは解るけど‥‥でも子供は望まれて生まれてくるものだって僕は信じたい。産んだことを後悔なんてしてるはずないもん」
レフェツィアは語りかける。クライフとトンプソンは説得をクリシュナとレフェツィアに任せる事にした。2人とも、エルフだからだ。
「里に入れてもらえなくても構いません。遠巻きにでも構わないです。一目でいいんです」
「リーネさんに、息子さんが来ていると伝えてもらえないかな? 自分の子を本当に嫌いになれる親もいないと思うの。だから会ってくれると嬉しいんだけど」
2人の女性の言葉に、エルフの男性達は厳しい顔で顔を見合わせて。2人のエルフは家庭を持っているだろうか、子供は居るだろうか。外見からそれは判断できない。だが、子供だった時期があることは確かだ。親に大切にされていた時期はあるはずだ。
どこからか竪琴の音が響いてくる。エヴァリィが爪弾く竪琴だ。
その耳慣れた旋律に2人のエルフの顔色が変わる。
良い子よ眠れ 森の梢に抱かれて
良い子よ眠れ 葉の囁きを聞いて
我ら森の民 暖かき森の恵みを身に受け
さあ眠れや眠れ 私の可愛い良い子よ
「これはっ‥‥」
そこに流れたのは子守唄。エヴァリィがラスタから教えてもらった、恐らくこの里で歌い継がれている子守唄。
夢を見よ夢を 未来を小さな手に握り
夢を見よ夢を 側にいる温もりを確かに
我ら森の民 大地の恵みに感謝を忘れず
さあ眠れや眠れ 小さな私の良い子よ
自分に子供がおらずとも、自分が歌ってもらった経験はあるはずだ。その時のことを思い出させれば、情に触れられれば、何とかなるかもしれない。
「この子を里に受け入れてほしいとまでは言いません。こっそりリーネさんを呼んできてもらう、それだけでも構わないです」
クライフがぽん、とラスタの肩を叩く。少年はじっ、と2人のエルフを見つめていた。
「リーネは‥‥あの時泣いていたよな」
「‥‥そう、だな」
「リーネさんがどうしても会いたくないっていうならそれでもいいんだ。それが解れば」
レフェツィアのその言葉は、母親が子供を愛していると信じているからこそ。ラスタが逢いにきたとわかれば、絶対会いたがると信じているからこそ。
「ここでこのままずっと平行線‥‥というわけにもいかぬじゃろう。お2人にも立場があることは重々承知じゃが。大事にはせず、こっそりリーネさんに伝えてくれるだけでよいのじゃが‥‥」
相手の立場も考えた上でトンプソンが促す。
確かにこのままでは埒が明かないし、一行を里に入れるわけにもいかないと考えている二人のエルフは仕方がないとため息をついて頷いた。
「リーネに伝えてみる。だが彼女が会わないと言ったら、素直に帰るんだな?」
「有難うございます、約束します」
男の念押しに、クライフが代表して頷いた。
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子守唄は繰り返され続けていた。エヴァリィが歌い続けているのだ。
見張りとして一人残ったエルフの男が、所在なげに弓を弄んでいた。
「ラスタ君、疲れてない? 大丈夫?」
「大丈夫、です」
レフェツィアの言葉に、ラスタは小さく頷いた。その小さな頭を撫でてやると、彼がとても緊張しているのが伝わってくるようだった。
「興奮しすぎて狂化せんようにな」
トンプソンが告げる。ここで狂化されて暴れられたら、全てが水の泡だ。ただでさえ見張りのエルフはハーフエルフであるラスタを快く思っては居ない。特にこういった隔絶された世界ではそういった偏見も強い。
「信じて待ちましょう」
クリシュナが、もう一人の男が消えて行った先を見やる。その木々の先に里はあるのだろう。
信じるのは、10年以上を経ても消えぬ母親の愛情。
エヴァリィは歌い続ける。恐らく無理矢理子供を奪われてしまっただろう母親の、その心にこの子守唄が響くように。赤子を抱いて子守唄を歌ったときの、その気持ちを思い出してもらえるように。
ガサッガサガサッ‥‥!
草を踏み分けるような音がだんだんと近くなってきて、誰もが顔を上げた。
「リーネ! 待て! 一人で行くな!」
先ほど里へ戻った男の声が聞こえる。
「リーネ!」
見張りをしていた男が、驚愕の表情でそちらを見た。息を切らせて飛び出てきたのは、線の細いエルフの女性。木漏れ日に輝く金色の髪が、ラスタとそっくりだ。
「‥‥私の、赤ちゃん?」
距離を保ったまま立ち止まり、呆然と成長したわが子を見つめるリーネ。それは問いというよりも確認に近いのだろう、きっと、本能では解っているのだ。けれどもまさか逢えるなんて思っていなくて、成長したその姿を見て、驚きが彼女を支配しているに違いない。
「ほら、行くといいよ」
クライフがぽん、とラスタの背中を叩いた。少年は迷うように一同を見回して、皆がゆっくり頷くのを見ると、恐る恐る足を踏み出した。見張りの男達はここまで来てしまえば邪魔するつもりもないようで、その光景を見守っている。
「‥‥おかあ、さん」
少年のその言葉で、リーネの瞳に涙があふれた。
「僕を生んでくれて‥‥ありがとう」
「っ‥‥!」
ラスタが近づいてくるのを待つのももどかしいというように、リーネは少年を掻き抱いた。そして、その名を呼び続ける。
「やっぱり、母親の愛は時間がたっても消えるものじゃないよね」
よかった、とレフェツィアが胸をなでおろす。
少年がこの里で暮らしていくことは難しいかもしれない。また母親と離れ離れに暮らさなくてはならないかもしれない。
だがこの逢瀬が、少年と母親にとって重大な意味を持つ事は、確かであった。