【黙示録】月の乙女に乞うものは――

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月02日〜06月07日

リプレイ公開日:2009年06月11日

●オープニング

 月精霊が瞬いていた。メイディアの夜。
 だが、エリヴィラ・セシナの歌に惹かれて集まってきた精霊たちは、何処か落ち着きがなかった。
 やはり、地獄で戦いが続いているからだろうか。
「‥‥アナイン・シー」
 エリヴィラは窓辺に腰をかけて彼女の歌に耳を傾けていた月精霊に声をかけた。なぁに、と彼女は妖艶な仕草で髪を書き上げ、エリヴィラを見た。
「私は‥‥地獄へ行こうと思います‥‥」
「!」
 突然歌姫から紡がれた言葉に、アナイン・シーはぴくりと眉を動かした。そして。
「正気? あなたはただでさえカオスの魔物に狙われているというのに」
「‥‥それでも、私にも出来ることがあるのだと‥‥。戦闘の役に立てなくても、歌で人々を力づけたり‥‥」
「‥‥‥」
 アナイン・シーはエリヴィラの歌が好きだ。彼女の歌が喪われるのが惜しいといって、人々に力を貸してくれている気まぐれな月精霊。そんな彼女が危険の多い地獄に行きたいという願いを聞き遂げてくれるだろうか。
「私も‥‥少しでも役に、たちたいのです‥‥。皆が命をかけているのに、守られているだけでは‥‥」
「それは、私の性格をわかった上で言ってるわね?」
「え‥‥」
 アナイン・シーの思わぬ言葉に絶句するのはエリヴィラだった。彼女はそんなエリヴィラを見て、続ける。
「あなたの歌がなくなるのはいや。私が黙ってあなただけを行かせるとおもって?」
「それは‥‥アナイン・シーが力を貸してくれれば、ありがたい‥‥ですが」
 直接矢面に立ってもらおうというわけではない。ムーンフィールドで救護所を守ったり、メロディーで人々を鼓舞したり、テレパシーで伝令をしたり‥‥月精霊である彼女ができる事は主に補助活動が多いかもしれない。だがそれとてとても大事な役目だ。
「自分が行くといえば、私がついてくると思った?」
「そんな事‥‥ないです」
 アナイン・シーの言葉にエリヴィラは思い切りかぶりをふって。
 もちろん、そんな下心はなかった。だが自分を慕ってくれている彼女に何も言わずに出かけるのは礼を欠いていると思っただけだ。
「いいわ。私も一緒に行ってあげる」
「え‥‥」
「ただし、条件があるわ」
 条件‥‥とエリヴィラは口の中で小さく呟いた。
「私を動かすだけの理由と、私を有効に利用する方法、それを持ってきて私を説得してみなさい」
 ふふ‥‥アナイン・シーは笑った。

●今回の参加者

 ea1587 風 烈(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea3475 キース・レッド(37歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb8121 鳳 双樹(24歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb8378 布津 香哉(30歳・♂・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
 ec4666 水無月 茜(25歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文


 やっかいなツンデレ――とりあえずアナイン・シーに対して一部の者はそんな認識を持っていた。ちなみにツンデレとは地球風に言うと、普段はツンツンしていてるけど、好きな人の前ではたまにデレデレするとかなんとかそういうことらしい。記録係には地球の文化は良くわからないのだが。
(「ふう‥‥正直、天界的に言えばツンデレなんだろうがな。平時なら笑って済ますが、今回の言動如何では‥‥アナイン・シーの人格を疑わせてもらうぞ。付いて来る口実を、僕らに乞わせる事で作り出す気だと言うのなら‥‥。絶対に使う事の無いだろう罵りが、口から出るかも知れない。遊びでやっているんじゃない‥‥!」)
 一人熱く燃えているのはキース・レッド(ea3475)だ。だが彼はちょっと勘違いをしている。別にアナイン・シーは遊びでやっていると思っているわけではなく。むしろそんな風に思っていたら今まで善意で差し出されてきた彼女の手、それを全て「気まぐれ」と彼は疑うのだろうか?
 親身になってカオスの魔物の襲来を予見して告げたり、地獄に祈りを届かせるために力を使ったのも、全て彼女自身の為に行われたことだというのか?
 他の精霊達が黙視を決め込む中、積極的に人に介入しようとする彼女の行動が信頼できぬのなら、彼は勘違いを元に一時の感情を爆発させるべきではない。それこそ彼女の真意を理解できぬ者に、彼女をののしる資格など――ない。
(「うーむ、心配だから同行すると素直に言えない性格なのか。エリヴィラさんに、自分を同行させようと意図していたのかとつい口にしてしまい。気に病ませてしまったことに気付いて、咄嗟に別の理由があれば同行すると切り替えたとか。そんなところですかねぇ‥‥とにかく、難儀な方ですね」)
(「今回の件はエリヴィラさんの事が心配であり、ついていく理由が欲しくてアナイン・シーが言い出した事のように思えるが、聞いた所で素直に答えるとは思えないな」)
 ルイス・マリスカル(ea3063)や風烈(ea1587)の方がまだ正しい推測をしている。
 良く考えてみれば解らないだろうか。彼女の難儀な性格に隠れてしまって見えにくくなっているが、彼女は高位精霊。その彼女が動く――地獄の戦いに手を貸すには、やはりそれなりの理由と建前が居るのだ。今まではメイディア国内で済んでいたからこそ、嘘とも本当ともつかない「エリヴィラの歌が喪われるのが惜しいから」で通っていたが、これが地獄における人と魔物との戦いになればそうはいかない。
 地獄へ行くの? じゃあ手を貸しましょう、と二つ返事では済まないところが、彼女の立場というわけだ。自身の気まぐれで済まされる範疇を超えた――それが今回の地獄行きの一件なのだろう。


 そんな彼女はリンデン幻想楽団のエリヴィラに与えられた部屋で、相変わらず窓枠に座っていた。
「侍の鳳・双樹です。よろしくお願いしますね」
 近寄ってきた鳳双樹(eb8121)に真っ直ぐな挨拶をされ、妖艶な笑みでそれを返す。
「アナイン・シー様とエリヴィラさんには以前お姉ちゃんと一緒にお目にかかっていますが、大勢の内の一人ですし会話もあまりできなかったので改めて自己紹介させて頂きますね」
「あ‥‥エリヴィラです。よろしくお願いいたします‥‥」
 双樹の丁寧な挨拶に、エリヴィラも深々と頭を下げた。
「お聞きした所、精霊さんも聞き惚れる程の素敵なお歌を歌われるとか‥‥機会がありましたら私も是非聞いてみたいです」
「え、あ、そんな‥‥それでは、機会があったら‥‥」
 双樹の思わぬ言葉に、エリヴィラは頬を染めた。
「さて、本題の前に」
 同じくアナイン・シーに近づいてきたのは布津香哉(eb8378)だ。傍にはフィディエルと月のエレメンタラーフェアリーをつれている。
「いつぞやのケロちゃん退治の時に、養えと預けられた月のエレメンタラーフェアリーのナヴァルーニイは、俺の家族の一員としてしっかりと育ててるぜ。預けてくれてありがとな。今までお礼を言う機会がなかったから言わせて貰います。ちょうど良かったぜ」
「あら、律儀なのね。そういうところ、嫌いじゃないわよ」
 可愛がってもらっているようね――可愛い服を着せられたナヴァルーニイを見て、アナイン・シーは微笑んだ。
「あの‥‥本当に地獄って場所に行く気なんですか、エリヴィラさん?」
 遠慮がちにエリヴィラに尋ねたのは同じく幻想楽団の水無月茜(ec4666)だ。エリヴィラは頷き、はいそのつもりです、と答える。その答えに茜は、少しばかり表情を曇らせて。
「私もずっと、地獄の戦いでは腕の立つ皆さんに守られてきました。いつもの依頼だってそうですよ、誰かを盾にしてる事をとっても悔しく思ってます。でも、ただ守られてるんじゃないです。戦いは苦手でも、私は歌で皆さんを元気付けてきたんです!」
 胸に手を当てて、茜は訴える。自分にできる事、最善の事をしていれば、決して守られているだけなんかじゃない、と。
「戦う以外のことでも誰かを守る事が出来るから‥‥一方的に守られているなんて、自分を卑下しないで下さい。エリヴィラさん、自信を持ってください。みんな、エリヴィラさんの歌に励まされてるんですよ!」
「‥‥それなら、私はもっと沢山の人を励ましたい、です。沢山の人の力になりたいから‥‥地獄へ行きます」
 目を細め、そしてエリヴィラは笑んだ。
 その答えを耳にしたキースが、悔しげな表情を浮かべた。彼女はああ見えて強情な女だから、恋人の覚悟を無碍にする気はない。だが心配は残る。それに――
「‥‥なんで最初に僕へ相談してくれなかったんだ‥‥」
 搾り出すように告げられたその言葉に、エリヴィラは困ったように首を傾げて。
「‥‥一番に相談したら、一番に反対されると思ったんです‥‥私を大切に思ってくれるあなただからこそ」
「だが、守られているというのは間違いだ。守られているのは、むしろ僕らの方だ。その歌声に、折れそうになった心を何度、救われたか。君は、僕が死なせない。僕も、君を残して死なない。この魂に賭けて約束する」
「‥‥はい。そうですね」
 エリヴィラは、微笑んだ。



「答えは用意してきた?」
 ひと段落ついたと見て、アナイン・シーは一同を部屋のいたるところに座らせた。それはエリヴィラのベッドの上だったり、持ち込んだ椅子だったり、鏡台の前だったり様々だったが。
「あなたを動かす理由は、地獄の局面を動かすためのきっかけと他の高位精霊の助力を得ることの呼び水とするため。人に力を貸す精霊がいる、または力を借りる事ができるという事を示せるだけで、十分に意味があると思われる」
 烈がしかとした声で言い放つ。見方を変えれば精霊の力にずいぶんと頼るように見えるが、このくらいでないと彼女が動く大義名分にはならないだろうと踏んでいる。
「とりあえず、好きな人が心配だ。その気持ちだけで同行する充分な理由になると思いますが」
 前置きとしてさらっと恥ずかしい事を流したのはルイス。彼はそのまま続ける。
「今までは、祈りや精霊の力を儀式で地獄に送り届け、魔の力を弱めていたけれど。現在、地獄での活動として、人の祈りが大きな力となっているように、予想ではあるが、上位精霊のアナイン・シーが地獄へ赴き直接精霊の力を用いれば、大きく魔の力を弱められると思われること。また、カオスの魔物について多くの知識があるアナイン・シーならば。より効果的に、祈りや精霊の力で魔を封じる方法を見い出せるのではと期待されること。私からはこの二つですね」
 続けてやや不満げにキースが口を開いた。
「あなたの動く理由は‥‥言うまでもないんじゃないか? こんな素晴しい歌が響く世界を、失いたくは無いはずだ。それは世界の調和を担う、混沌の対極に位置する精霊の使命のはずだよ。まあ、貴女の思惑はどうあれだ。貴女も僕らも皆、エリィの歌が好きなんだ」
「動く理由はもちろん、みんなエリヴィラさんのことが大好きだからです! アナイン・シーさんだって、歌が勿体無いからなんて言ってますけど、本当にそれだけですか? 大切なお友達を放っておくような薄情なアナイン・シーさんじゃないですよね?」
 キースと茜の言葉にアナイン・シーは苦笑を見せる。そもそも彼女の変わらないスタンスで素直に地獄へいけるならば、こんな依頼必要ないのだ。
「彼女の歌が好き、それは否定しないけれど。事態は私の嗜好だけで動ける範疇を超えているのよ」
 今までは「エリヴィラの歌が喪われるのが惜しいから」という大義名分を抱えて協力してきた彼女だったが、さすがに地獄の戦いにまで介入するとなるとそんな自身の我儘な理由だけでは動けない、そういうことなのだろう。
「以前お会いした依頼では祈りの力でデビルを撃退しよう、という内容。つまりアナイン・シー様もデビルをどうにかしたいと思っているのですよね?」
「まあ、何かと邪魔な相手だしね」
 双樹の言葉にアナイン・シーは髪をかきあげて。
「であれば地獄にきて頂く方が効果的ではないでしょうか? 地獄は戦いの現場、これでも地獄で戦う一隊【TN支援し隊】の代表を勤める身、そこが来て頂くには苛烈で凄惨な場所なのは身に染みています」
 彼女の言葉には、現場に立つ者の重みがある。アナイン・シーも彼女の言葉の続きを待った。
「‥‥でも、そこはデビルを倒し皆を助けたい為に集まった人達の祈りの最先端でもあります。それは綺麗な想いばかりではないけれど‥‥でも皆が大切な何かを守りたいが為に自分の意思で集まり闘っている場所でもあります。それはもし地獄でもあの時のように祈りを力に変える事ができるのでしたら、先にも言ったようにそこに集う人達の願いを力にする事もできるのではないでしょうか?」
「なるほど、ね」
 双樹は想いを願いに変える力、それを求めているのだ。アナイン・シーは別段気分を害した様子はない。むしろやや納得気味である。
「やっぱり吟遊詩人を守る精霊だっていうしさ、エリヴィラさんやその他の歌や音楽を愛する者が、地獄で悪魔の手に落ちないように見守るとか。今もゲヘナの丘を狙ってるうろちょろしてるエキドナや他の魔物を倒す、とかそんな動機じゃダメなのかな?」
 香哉がさらっと言う。うろうろしている魔物たちは、精霊達にとっては不快な存在だ。だとすれば自分達が不快に思っているその敵を何とかするために、という生存理由にも関わる事情なら動けるのではなかろうか。
「わかったわ。そして、具体的に私に何が出来ると思うの?」
「人と精霊の橋渡しを頼む」
 烈の言葉に、アナイン・シーは少しだけ目を見開いた。意外、だったのかもしれない。
「人と精霊の間で考え方やよって立つものの違いから問題が起きた時に相談にのってくれないか。顔見知りで、信頼でき、精霊の側に立って理由を答えてくれるのはアナイン・シーしかあてがなく、頼む事ができないうえに他に代わりがきかない。また、問題を未然に防ぐために助言を仰いだり、問題が起こった理由などを聞ける相手がいる事はとても心強い」
「なるほど‥‥」
「アナイン・シー、君の有効な利用法は、その魔法を生かした伝達や敵撹乱をだと思うよ。地獄の戦いもチーム間での連携が高まってきたが、まだ連絡網が弱いからね」
「それは私も担当して感じた事なんですが、伝令役が全然足らないんです。空も飛べますし、テレパシーでの伝達をして頂ければ、神出鬼没な敵の皆さんの早期発見につながりますしね」
 キースと茜は伝令の面での補助を、と願った。ルイスと双樹は先ほどの言葉にアナイン・シーの有効な利用法も織り込み済みだ。
「確実に地獄でも月の精霊力を行使できるように精霊界との道を繋げて貰うとか。地獄で祈るもの、勝利を願い舞うもの等の思いの力をより高めるとか?」
 香哉の願いは少し高い。だが想いが戦いの重要なポイントになっている以上、外せないのは事実。
「そうね‥‥私が地獄へ行ったとしても、積極的に戦うのはあなた達冒険者よ? 私はただ、小さな助力をするだけ。戦局を動かすほどの大きな干渉はできないわ。それでもよければ、エリヴィラと一緒に力を貸すことも出来るでしょう」
「それでも、十分です!」
「アナイン・シーさんが居てくれるというだけで、違うと思いますから」
 茜や双樹がこくこくと何度も頷く。
「難儀な人だな」
「本当だよ」
 烈と香哉は、本人に聞こえないところで小さく呟いた。
「アナイン・シー」
「なあに?」
 エリヴィラが余所見をしているうちに、ルイスは反対側に回って小声で彼女に耳打ちをする。
「ただ単に護られるというのはエリヴィラさんは負担に思うでしょう。だからメロディーの際に合唱する、戦闘での攻防を分担するというように、一方的に助力や保護をするというのではなく、互いに協力・連携するように気遣ってはいただけないでしょうか?」
「そうね。あの子を思いつめさせたくはないし。考えておくわ」
 頷いたアナイン・シーとは離れたところで、キースは胃を抑えていた。
「う‥‥胃が痛い」
 だがその心痛は、自らが過分に背負い込みすぎているからではなかろうか?


 こうして冒険者達に乞われたという「大義名分」が出来上がった事で、アナイン・シーは地獄へ赴き、いくばくかの助力をする事ができる事になった。
 エリヴィラと共に後方での援護が主になるだろうが、彼女の援護は地獄での戦いにおいて、いくらかの効果を及ぼすことだろう。