●リプレイ本文
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地球人調香師の計画したブライダルフェアには、思ったより人が集まった。ブライダルフェアやモニターという単語がわからない人も多かったが、それはそれ。とりあえず試供品を試して結婚式の真似事が出来る、そう理解して置けば問題ないだろう。
案内された商人の屋敷はそこそこ広く、まず通されたのは礼服とドレスが所狭しと並べられた部屋だった。
ドレスに関しては地球人のアイデアを採用されて作られたものが多いらしく、こちらの世界ではあまり見かけないようなデザインのものも沢山あった。
「淡い淡いピンクのふわっとしたこっちのドレスを着てみたいの」
祈りの儀式のついでに今回の催しに足を運んだのだというミフティア・カレンズ(ea0214)は、アトランティスに来るのは初めてである。ジ・アースにはないデザインのドレスを見つけ、目が輝く。勿論部屋には純白のドレスだけでなくカラードレスも揃っており、目移りしてしまう。
「デザインはこっちがいいけど、色はやっぱりピンクがいいの」
そんな彼女が選んだのは、胸元がV字にカットされ、膝丈のスカートは中に何重にもレースが使われており、ふんわりと広がった可愛いドレス。
「共布でリボンをつくりやしょう。もっとかわいく見えやすよ」
利賀桐真琴(ea3625)が慣れた手つきで共布をリボンへと仕立てていく。そのリボンは肩ストラップの付け根辺りに左右結ばれ、よりドレスのキュートさをアピールしていた。ドレスを決めたミフティアは、試着室へと移動していく。
「こういうのは性に合わないんだが‥‥」
といいつつもしっかり妻の横に寄り添っているのはセイル・ファースト(eb8642)。ジ・アースでリリー・ストーム(ea9927)と二年前に式を挙げたという彼。リリーによれば二人は新婚に負けぬラブラブ夫婦であるらしい。
奥様リリーは何着も並んだ純白のウエディングドレスを食い入るように見ていた。二年前の式、本当の式の時は用意してもらったドレスの胸のサイズが合わないことが判明し、急遽インドゥーラの衣装を使って式を挙げた。だがやはり女として、いつもより派手な純白のウエディングドレスにあこがれるというもの。
「折角この世界に来たのですから、ここでしか味わえない、異世界の流行を取り入れた衣装がいいですわね」
リリーが選んだのは、スカートの前面は膝より少し長い丈で後ろに行くに従って裾が長くなっていくというデザインのもの。どことなく大人っぽさが漂っている。
「それでは着替えてきますわね」
「ああ」
また後で、と軽く口付けを交わし、リリーとセイルはそれぞれ試着室へと向かった。
「双樹、恥ずかしがらないでいいからね」
アシュレー・ウォルサム(ea0244)は空いている一室を借り、鳳双樹(eb8121)と共にそこにこもっていた。別にやましい事をしているわけではない。アシュレーが双樹をコーディネートしているだけだ。
必要なものはアシュレーが全て持参した。レースを基調としたロイヤルホワイトを着せて、炎を象った黄金製の豪華な首飾りブリーシンガメンを正面から首の後ろに手を回すようにしてつけてあげる。チェリーピアスをつけてあげるとき、彼女の耳が真っ赤である事に気がついて、ふーっと耳元に息を吹きかけてみたりなんかして。
「ひゃっ!?」
びくんっと反応した双樹が可愛くて、アシュレーはにっこり微笑む。
「はい、動かないでね〜」
自分でやっといてそれはちょっと酷い話だが、仕方があるまい。だってすごい可愛いんだもん。アシュレーは彼女の髪を梳り、そして銀の髪留めをつける。
「出来上がったよ。立ってみて」
彼に促されて立ち上がった双樹は、辺津鏡に映る自分の姿を見て目を見開いた。
「これ、私‥‥ですか?」
「‥‥‥‥うん、すっごい綺麗だよ、双樹。思わず惚れ直しちゃった」
つ、と鏡からアシュレーに視線を移すと、彼の熱っぽい視線が双樹の全身を縛り付ける。
「‥‥アシュレーさん‥‥」
ベッドの上に投げ出された辺津鏡には、二人が唇と唇を合わせている姿が映りこんでいた。
「できましたらこのような色のドレスをお願いします」
土御門焔(ec4427)は持参したクラースヌイを見せて、深紅のドレスを希望する。
「今探しますね〜!」
美芳野ひなた(ea1856)が小さい身体を素早く動かして、ドレスの海に入っていく。
暫く待つと、その手には何着かの赤いドレスが抱かれていた。
「こっちのデザインは可愛い系ですね〜。でも土御門さんならこっちのセクシーなのがいいかもです〜」
「そうですね」
焔は顎に手を当てて少し考えるようにし、そして。
「これにしますね」
手に取ったのは身体のラインがぴったりとでる、マーメイドラインのドレスだ。
「これは背中にボタンがあるタイプですね〜。着付け手伝います〜!」
「お願いします」
ひなたと焔も女性用控え室へと向かった。
「あなたもそろそろ着替えてきたら〜?」
「あ、そうでやすね」
一通り女性陣はドレスを選んだようで、サイズの調整なども済んでいた。ヘアメイクする相手を待っている長曽我部宗近(ec5186)に声をかけられ、真琴はふと自分の準備をしていなかった事に気がつく。
残ったドレスの中から、自分の理想に近いものを選んだ。選んだのは、純白のウエディングドレス。たとえ本番がないとしても、このひと時だけは彼の花嫁でいたいから――。
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「はぁ〜い、『石月ちゃんの知り合いの美容師』ことムネムネよ〜ん☆」
「‥‥‥」
思い切りウインクして見せた宗近に、蓮は言葉を出せない。いや、間違っていないから否定できないけど、過去の悪夢を思い出すと何となく肯定もしたくないというところか。
「‥‥まあ、他にも美容師数人連れてきているけどね?」
女性の着替えに時間がかかるのは、いつの時代どこの世界でも同じもので。宗近と蓮はまず先に支度の整った男性陣を相手にしていた。
「石月君、去年の聖夜祭以来だね‥‥大丈夫だ、今日は女装させないから」
「当然だ。会うたびに女装させられてたまるか」
笑いながら言うキース・レッド(ea3475)に不機嫌そうに返し、蓮は香水を渡す。
「サムシングブルーだったな、チキュウでは花嫁が蒼い品物を身に付けるそうじゃないか」
「まあ、身につけるのはブルーだけじゃないけどね」
「彼女が蒼空を飾る月ならば、僕は月を翳る暗雲を吹き払う疾風となろう‥‥」
蓮は丁重に返したが、キースの思考は何処か遠くに飛んで行っている様だった。これでは肝心の感想を聞けやしないと小さくため息をつく。
今回は香水と香油のモニターが一番の目的だったはずなのだが、その感想を聞けそうにない冒険者が多くてちょっと困っている。
(「結婚式か‥‥俺とディアネイラが挙げるとしたら、やっぱりマーメイドの長老達に認められてだよなー」)
正装した布津香哉(eb8378)は愛しのマーメイドが支度を終えるのを待ちながら、ため息をついた。決して無理な事ではないが、二人の結婚までの道のりは果てしなく遠く思える。
(「ちょっと馬鹿な迷信信じてマーメイドを狩った奴らを恨みたい気分だぜ」)
だがもしそれがなかったら、二人は出会えていなかったのかもしれない――そう考えると、複雑な気分だ。
「っしゃ! ウェディングコスか〜やっぱ女の子ってそういうの好きだしな」
愛しの精霊達の支度が整うのを待っているのは村雨紫狼(ec5159)。相手はシルフとミスラだが、紫狼にとっては大切な大切な家族であり恋人でもある。
「つか無理だろ石月さんさ〜、いい加減地球の常識が通じないって割り切れよ」
「まあある程度は割り切れている‥‥と思うけどさ」
でもやっぱり元になるのは長年過ごしてきた地球の常識である。
「ふう‥‥猫背にならないように心がけないとね〜」
礼服に身を包んだ門見雨霧(eb4637)は姿勢を伸ばしてみる。そしてポケットチーフにつけた香油の匂いをかいで、蓮を招きよせる。
「これも良いけど、新郎のが別にあっても良いかも」
「漸く普通に感想言ってくれる人に出会えたよ。参考にしとく」
その隣で幼妻を待つルイス・マリスカル(ea3063)も小さく手を挙げた。
「いいものだとは思いますが、結婚式に使うなら、ジャスミンとかローズの華やかな香りを押さえて。清楚な感じで纏めたほうがいいような気がします」
「うん。建設的な意見、ありがとう。なんだか涙が出てくるよ」
ルイスの言葉に大げさに目頭を押さえる蓮。どうやらそれだけ意見をもらえてないという事だろう。まあ催しはまだまだこれからだ。今後に期待だ。
「はぁ〜い。新婦様方の準備が整ったわよ〜」
着替えが終わった新婦控え室に行っていた宗近が、新郎たちに声をかける。ひなたの用意したパイやクッキー、お茶などの並んでいる庭でのご対面となるようだ。
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「ユリディスさん、思っていた通り綺麗だよ」
雨霧より貰ったペールブロッサムを身につけ、髪をアップにしたユリディス・ジルベールは頭に宝石のティアラを乗せ、姫というより女王の貫禄だ。うなじに伸びた後れ毛がセクシーである。
「そう? 改めて言われると照れるわ」
くす、と笑ったユリディスを、雨霧は正面から見つめなおして。
「惚れ直すというより、益々惚れたという感じかな。っというより『また恋から始まりそう』かな」
「上手なのね」
揶揄するように言うユリディスに対して、雨霧は大真面目だ。その手をすっと取り、庭の真ん中へエスコートしながら尋ねる。
「ユリディスさんはどんな結婚式がしたい?」
「‥‥ずいぶんといきなりね」
少し驚いたようにした後、ユリディスは考えるように小首を傾げた。
「大きな式でなくてもいいわ。だって、恥ずかしいじゃない?」
彼女の意外な言葉に雨霧は目を見開いて、そして笑った。
「ま、俺の場合は隣にユリディスさんさえ居てくれるだけで幸せですしね」
その言葉にユリディスは雨霧の手を優しく握り返し、エリカさん辺りに聞かれたらからかわれるわよ、と柔らかく笑った。
蒼を基調にしたウエディングドレスに、月を模した銀のブローチをつけたエリヴィラ・セシナが出てくると、キースが急いで彼女の手を取りに行った。
「君の意思は良くわかった。地獄だろうと僕はどこまでも、君を守る。でも今くらいは、戦いを忘れよう」
「‥‥‥そうですね」
忘れるならば、初めから口にしないで居てくれればよかったのに――自分の選択が彼に心配をかけていることが解っていたから、エリヴィラは少し悲しげに微笑む。
ハーフエルフ故にその耳を隠すためにおろされた髪はそのままだが、マリアヴェールと呼ばれるヴェールからもれる銀色の髪が、陽精霊の光に煌く。
「綺麗だ‥‥だが出来るなら、戦いの終わった時に見たかったよ。でもその時は必ず来る‥‥僕達で、必ず」
「‥‥もう、今は戦いの事は忘れるのではなかったのですか?」
「む、そうだったな‥‥」
エリヴィラに苦笑を返され、キースは自分の言動が矛盾している事に気がついた。
戦いが終わった暁には、本当の花嫁の君を抱きしめよう――。
「エリヴィラさん、お久しぶりです」
と、そのとき声をかけてきたのは双樹。しっかりとアシュレーの腕に手を回し、その頬は少し紅潮している。
「双樹さん‥‥お久しぶりです」
小さく微笑み、エリヴィラも挨拶を返した。
「そうだ、これ、お願いできるかな?」
アシュレーはポケットを探り、デジタルカメラを取り出す。操作方法をエリヴィラに教え、そして後ろから双樹を抱きしめた。
「え、あ、あの‥‥」
「ほら、あそこを見て」
慌てる双樹だったが、アシュレーに示されたとおりにカメラを見やる。
「それでは、取りますね」
カシャ。
甘い甘いラブラブな空気が、切り取られてカメラの中へと残った。
「いつか‥‥もう一度着てみたいです‥‥」
ぽつり、漏らされた双樹の言葉。アシュレーは聞こえない振りをしながらもそれを聞き逃しはしなかった。
双樹の視線は大事な友達であり憧れでもあるセイル・リリー夫妻へと注がれている。結婚時から変わらない仲睦まじさが羨ましい。
「双樹、今は俺だけを見て」
アシュレーはくい、と彼女の視線を自分に向けさせた。
そのセイル・リリー夫妻はというと、すでに庭の隅の木陰に陣取っていた。どうも近寄りがたい雰囲気である。
セイルは白いウエディングドレスを身につけたリリーの手を取る。
「あなた♪ とっても素敵ですわよ‥‥私の方はどうかしら?」
地球製の黒いスーツに身を包んだセイルをみて瞳を緩め、リリーはセイルに近づく。
「‥‥綺麗だよ、リリー。他の誰よりも‥‥」
ぐいっと己が胸に妻を抱き寄せ、セイルは耳元で囁く。そっと首筋に顔を寄せて、香水の匂いをかぐ。
「香りの方はどうかしら?」
「‥‥リリーの甘い匂いがする‥‥」
「まぁ‥‥」
セイルは眩しそうにリリーを眺めてからお姫様抱っこをし、そしてそのまま木の向こう側――人目のない方へと進んでいく。
そこから先は――記録係も気を利かせて自重します。
「石月の旦那」
ドレスに身を包んで蓮を追いかけてきたのは真琴。その後ろからゆっくりと正装したセーファス・レイ・リンデンがついてくる。
「この香水でやすが、幸せの香りとしてはなるべく仄かな方が味わいも深いのでは?」
「意見有難う。さっきやっぱり似たようなことを言われたんだ。ちょっと考えてみる」
ほら、お連れさんが待ってるよと言われて振り返る真琴。そう、今は彼女にとって夢のような時間。
「たとえ、嘘や演技だとしてもセーファス様の花嫁になれる事は、あたいはとても嬉しいでやす」
「真琴さんには、辛い思いをさせますね‥‥」
「いえ、そんな顔しないでくだせぇ!」
セーファスを困らせるつもりで言ったわけではない。彼とて立場や家のしがらみというものがある。真琴はそれを十分わかっている。だからこそ。
「あたいは、あなたと添い遂げる資格はありやせん‥‥ですが、生涯あなたの味方でいる事は此処に誓いやす」
背伸びした真琴に合わせるようにしてセーファスは少し屈んでみせ、そして親愛のキスをその頬に受けた。
「香水ほとんどつけないけど、フルーツみたいな甘い美味しそうな香りが好きなの」
「ふぅん? それならパフュームofフレッシュがいいかもね」
テーブルに並べられたお菓子を手にとってもぐもぐしているミフティアに、蓮は小瓶を手渡す。
「後でお礼として皆にも配る予定だけど」
「でもね、このブライドも素敵! しっとりと優しい香りがする‥‥ちょっと落ち着いた気分になれそう」
「そういってもらえると僕も嬉しいよ」
無邪気に笑うミフティアに、蓮も珍しく笑みを浮かべて見せた。
「ね、これをつけて踊ったら、一緒に香りもふわりと舞うんだろうな‥‥こんな風に」
くるりと一回点したミフティアからは、ふわりと花の香りが漂ってきて。
「きっと社交界で目を引くに違いないよ」
やっぱり実際につけてもらって褒めてもらえれば、作り手としては嬉しい事この上ない。
「村雨さん〜お二人の着付け、できましたよ〜」
「おお、マイスィートエンジェル! いやああふううっ! やっぱ二人は俺のヨメだっぜ〜〜〜!」
ひなたにつれられてきた精霊のふーかたんとよーこたんを見て、紫狼は大興奮だ。携帯電話のカメラ機能でばしばし激写しまくる。
「かわいいなぁ〜」
「かわい?」
「かわい?」
紫狼の言葉尻を真似るその姿も勿論可愛い。
「むひゃあ、鼻血がとまらねェ‥‥まさに萌えの宝石箱や〜」
「鼻血、出たら応急手当しますから呼んでくださいね」
「おう、ありがとうよ、忍者ちゃん!」
喜んでもらえてよかった、と思いを胸に抱き、ひなたは中央のテーブルをみやる。お菓子が減っているようだ。新しいものを用意しなければ。
「ディアネイラ、綺麗だなー」
はにかむようにして香哉の前に現れたマーメイドのディアネイラは、裾が長くて広がったオーソドックスなウエディングドレスを着用していた。いいかげん足で歩くのにも慣れてきたのか、以前の様にドレスの裾を踏む事はないようだ。
「ま、過去を振り返るより2人で手を取り合って前に進むほうがいいか。いつかきっと認められて結婚したいもんだな」
「け、結婚‥‥」
その言葉に、ディアネイラの頬が真っ赤に染まる。
異種族婚はアトランティスでは禁忌。そうだとわかっていても、彼を愛してしまったのだから仕方がない。
「そうですね、出来たら素敵‥‥」
マーメイドが陸でずっと過ごすには色々な障害が伴う。けれども二人で一緒ならば乗り越えられると信じたい。
「んー、それにしてもウエディングドレス姿のディアネイラはダントツの一番だよな」
「え、あ、そ‥‥そんな」
手袋をはめた手を両頬に手を当てて首を振るディアネイラ。
まー、他の男どもも自分の嫁が一番だと思ってるに違いないが、とは思ったけれど口に出さないでおこうと決めた香哉である。
「‥‥これを僕が着てどうするの?」
「ご判断はお任せします」
焔から差し出されたロイヤルキルト。その意味を図りかねている蓮。こういう男にはストレートに言わねば伝わらないぞ。
「まあ、じゃあそれは後で。ところで香りはどうだった?」
こういうところが、女心がわからない研究者肌だというのだ。それでも焔は慣れているので素直に感想を述べる。
「私のいたジ・アースでは香りは炊いて身につけるものでしたので、これは便利ですね。香りも何か花に囲まれているようで素敵です」
「僕のいた地球でも、昔は香りは焚きしめるもので今もその文化はあるよ。でも香水はそうだね、手頃さもある。外出先で香りが消えてしまったときにすぐに付け替えられるし、マスキングといって他の香りにかぶせて匂いを消す方法もある。それに‥‥」
延々と続きそうな蓮のうんちくを、のんびりと聞き続ける焔であった。
「はい、小さなお姫様のお届けよ。若いだけあって、お肌ぷりぷりしてたわ〜羨ましい」
宗近に連れられて来たミレイア・ブラーシュはショート丈のウエディングドレスを着ていた。
「ちょっと子供っぽいかな? ロングのほうが大人っぽく見えるかなって思ったんだけど」
「式までにどちらにするか決めればいいと思いますよ」
手を差し出し、彼女が手を乗せたのを見計らってエスコートするルイス。宗近に頼んで二台のデジタルカメラに二人の姿を写してもらい、一台は彼女へ。もう一台――以前ミレイアがルイスに上げた方は、彼がしっかりとしまう。
「ところで、最近様子がおかしかったですが、何かあったのですか?」
「え、あ、あれは‥‥ただびっくりしただけ」
「びっくり?」
首を傾げるルイスに、ミレイアはぴっと指をさして。
「だって帰ってきたらいきなり髭と髪の毛がないんだもん!」
「‥‥なるほど」
ルイスは依頼の際に変装の為に髭を剃り、髪を切ったのだ。確かに突然帰ってきた夫の容貌ががらっと変わっていては、驚くのは当たり前。
「お仕事で必要だったんでしょ? 別に怒ったり、事前に相談しろとか言うつもりはないんだけど。とにかく、びっくりした」
「それは‥‥申し訳ないことをしました」
ルイスは苦笑。なるほど、そういうわけだったか。
「どんなに外見が変わっても、嫌いになる事なんてないけど、本当にびっくりしたんだからね?」
「すいません。これで許してくれますか?」
口元に笑みを浮かべ、ルイスはそっとミレイアの首筋に口付けをした。うなじにつけられた香水が、ふんわりと彼の鼻腔をくすぐった。
「天界の婚礼装束は、俺達のイギリスやノルマンの物と似てるな」
伊達正和(ea0489)がぽつりと感想を漏らす。その隣には少々恥ずかしげなシャクティ・シッダールタ(ea5989)が立っている。彼女は何か決心したように、口を開いた。
「皆さんの前で誓いたい事があります」
庭中に通る声に、何事かと一同の視線が集まった。シャクティはぐっと手を握り、息を吸う。
「わたくしは正和さんと婚約をいたしたく思います」
その発言に会場がざわつく。大胆にも異種族婚発言だ。だがシャクティの声は揺るがない。
「異種族婚という禁忌、何より愛しい殿方の子を身篭れない後ろめたさ‥‥。正和さんが毎夜わたくしの身も心も深く愛して下さるほど、わたくしは日々泣きはらしておりました‥‥」
そんなシャクティを、正和はだまって見つめていた。下手に口を出すよりも、見守る事が愛であるように。
「ですが、わたくしも覚悟を決めました! 正和さん‥‥わたくしは、貴方の為になら仏門も捨てられます!! こんな醜い大女なんて、貴方の人生の重荷にしかならないと判っていても‥‥。貴方を愛しています‥‥!!」
「シャクティ‥‥」
正和はシャクティを優しく抱きしめ、そして――その唇に自らの唇を合わせる。
「‥‥愛してるよ」
それは、誓いのキスのようだった。
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「ちょっとまてぇぇぇぇ!」
「大人しくしないと‥‥どうなっても知らんぞ、あぁ?」
庭で甘い雰囲気が繰り広げられている中。宗近に引きずられて更衣室に入った蓮は叫び声をあげていた。だが、それぞれ色々な事に夢中なほかの参加者達は、まったくそれに気がつかない。
「またこのパターンか‥‥」
蓮のため息交じりの声が、悲しげに漂って行った。
「はい、花嫁一人追加よ〜♪」
程なくして、やや肩幅の広い一人の花嫁が、庭に放逐された。その花嫁は、何処か魂の抜けた表情をしていたそうな。
そんなこんなで、参加者にはお礼に既存の香水を配布した蓮だったが、研究は進んだのかどうか‥‥。
以後の彼の新作に期待するしかない。