【混沌の叡智】――招待――

■イベントシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 83 C

参加人数:17人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月14日〜06月14日

リプレイ公開日:2009年06月24日

●オープニング

●公子の目論見
「瘴気‥‥ですか」
 かりそめの屋敷の中で銀髪の青年は呟いた。背に梟の羽根が沢山ついた外套を纏ったまま、大きな椅子に深く腰掛ける。
 この地では先生と呼ばれている彼――ストラスは、先日一旦地獄へ帰ったときに上司が口にしていた事柄について考えていた。

 ――地獄の瘴気が増している。だがその増し方は一種異常の様に見える。

「さて‥‥私もここで遊んでばかりは居られなくなりましたね」
 地獄での戦いは激化し、ムルキベルの配下たる彼もそろそろ地獄へと戻ろうと考えていたところだ。上司の口にしていた懸念も気にはなるが、この地で遊んでいた際に出会った冒険者達と何らかの決着をつけなくてはなるまい、そう考えている。
「招待状を書くとしますか‥‥。ああ、ムルキベル様への手土産も用意しなくてはなりませんね。レーイ一人じゃ味気なさ過ぎる」
 ちら、と彼が視線を動かした先には、氷付けにされたメイドの姿があった。
「運ぶ用意をしてください」
 彼がしっかりと通る声で告げると部屋の扉が開き、数人のメイドが入室してきた。そしてそのまま、氷付けのレーイを運び出す。
「招待状はやはりアプト語で書くべきでしょうかね‥‥」
 ストラスは机に向き直り、広げた羊皮紙に手を置いて羽根ペンを手に取った。


●招待状
「おかしい、な」
 ここ数日、パラの占い師リューンの姿を見た者が居ない。ミレイアは心配になって隣近所や実家の酒場の常連に訪ねたが、誰一人としてリューンの姿を見たものは居なかった。
 次に彼女はリューンの家へ向かった。窓は閉められており、留守なのか寝ているだけなのか判別つけづらかった。
「リューン! いないの!?」
 ドンドンドン‥‥扉を叩いて呼びかける。耳を扉に貼り付けるようにして中の気配を感じ取ろうとする。だが身じろぎする音はおろか、人の気配すら感じられない。
「‥‥リューン?」
 なんだか嫌な予感がして、ミレイアは扉を押した。鍵はかけられていなかった。ゆっくりと、内側に扉を押し込んでいく――部屋の中は真っ暗だった。
 窓の隙間から差し込む明かりを頼りにしてなんとか窓に辿り着き、木の窓を開ける。光が、室内を照らした。
(「特に争ったような様子は‥‥ない、けど‥‥?」)
 きょろ、と室内を見渡したミレイアは、テーブルの上に奇妙なものを見かけた。
「手紙‥‥?」
 それは丸められ、リボンで止められた羊皮紙だった。リボンに何か文字が書き込まれている。
(「えっと‥‥」)
 それは最近アプト語を学び始めたミレイアにも、何とか読める簡単な文法で書かれていた。

「『生にしがみつく、愚かにも素敵な人間達へ』‥‥!?」
 リューンがこんな事を書くはずがない。こんな事を書く相手に心当たりは――ひとりだけある。
「まさかっ」
 ミレイアは急いでリボンを解き、中に目を走らせた。

 実に素敵な答えをくれた冒険者達へ。
 御覧なさい。これは私からの招待状です。
 暗闇に紛れる私。対してあなた方はどこでこれを読んでいるでしょうか?
 減らず口はこのくらいにして。
 お望みどおり、あなた方を私の自宅へ招待します。
 いつでもお迎えできるよう、部下共に歓迎の準備を整えておきます。
 では、お会いできるのを楽しみにしています。

「‥‥まさか、リューンは地獄へ連れて行かれちゃったの?」
 そこに思い至り、ミレイアははっと顔を上げる。そしてその手紙を持ったまま駆け出した。目指すはルーツィアの家とドロテア嬢に恋をしていた男の家。そして、『先生』の家。

 ――どちらの家にも同じ手紙が残されており、二人とも行方不明だということはすぐに知れた。
 先生の家は、まるで元々誰も居なかったかのようにもぬけの空だった。

●今回の参加者

巴 渓(ea0167)/ ディーネ・ノート(ea1542)/ 風 烈(ea1587)/ ルイス・マリスカル(ea3063)/ オラース・カノーヴァ(ea3486)/ ファング・ダイモス(ea7482)/ レインフォルス・フォルナード(ea7641)/ フォーレ・ネーヴ(eb2093)/ クロック・ランベリー(eb3776)/ 門見 雨霧(eb4637)/ ルスト・リカルム(eb4750)/ スレイン・イルーザ(eb7880)/ セイル・ファースト(eb8642)/ 導 蛍石(eb9949)/ 鳳 美夕(ec0583)/ 雀尾 煉淡(ec0844)/ ベアトリーセ・メーベルト(ec1201

●リプレイ本文


 その館は地獄の中に泰然と立っていて、三階建ての左右に長い屋敷は貴族の屋敷を思わせた。
 ――いや、ストラス自体地獄の公子ということだから、貴族の屋敷で問題はないのかもしれないが。
「前回、花束を先生に渡して意思確認したけど、さすがムルキベルの部下だけあり、忠誠度がバアルの部下とは違いますね。礼節や知性は持ち合わせて行きましょう。招待ですからね」
 館を見上げてベアトリーセ・メーベルト(ec1201)が確認するように呟く。そう、今回は色々な意味で「招待」なのだ。
「対ストラスさんの皆を無事にエスコートして送り届けないとね〜。そのためにも邪魔者の排除を頑張るぞ〜」
 門見雨霧(eb4637)が星天弓を握り締めて気合を入れた。今回この部隊の目的は館にいるデビルを少しでも多く減らす事と、人質となっている人間の救出。ストラスと直接対峙するのは別の部隊の担当だ。この部隊の中にも、そのままストラスと対峙する者達も何名かいる。
「屋敷の外にデビルの姿は見えないが。一応紳士的に招待状を渡して入館すべきかな?」
 オラース・カノーヴァ(ea3486)が辺りを見回し、そして預かってきた懐の招待状を取り出す。
「入る前に準備をしよう」
 風烈(ea1587)を初めとしたオーラ使い達がオーラの付与を。フレイムエリベイションやレジストデビル、グッドラックを使えるもの達は皆にそれを付与して回る。魔力を惜しんではいられない。ここはいわば敵の本拠地。中にはどれだけの敵が居るのかわからないのだから、念には念を入れて準備をするに越したことはない。
「出来るだけ私に近づいてください。レジストデビルをかけます」
 相手がデビルとわかっているこの場において、導蛍石(eb9949)の提案はありがたかった。
「効果は一時間です。注意してください」
 戦いがどのくらいの時間に及ぶかわからない。だが一時間、それだけでも十分だ。
 一同は緊張した面持ちで館の入り口に近づく。

 コンコン――オーラスが代表してノックをすると、両開きの扉が内側へとゆっくり開いた。



「いらっしゃいませ」
 屋敷に入るといわゆるメイドが二人、一同を出迎えた。この二人がデビルの変身である事は間違いない。緊張が走る。
「主の『地獄へおいで』というメッセージを受け取っていただき、ありがとうございます」
 メイドが妖艶に笑う。その笑顔には何か含みがあるようで。
「『地獄へおいで』?」
 スレイン・イルーザ(eb7880)が招待状を借り受け、眺める。アプト語で書かれたそれを良く見ると――隠されていたメッセージが明らかになった。

 実に素敵な答えをくれた冒険者達へ。
 御覧なさい。これは私からの招待状です。
 暗闇に紛れる私。対してあなた方はどこでこれを読んでいるでしょうか?
 減らず口はこのくらいにして。
 お望みどおり、あなた方を私の自宅へ招待します。
 いつでもお迎えできるよう、部下共に歓迎の準備を整えておきます。
 では、お会いできるのを楽しみにしています。

 この文章の一文字目を縦に読んでいくと、『じごくへおいで』――すなわち『地獄へおいで』となるのだ。
「さすがといいますか、いやらしいといいますか」
 コメントに困ったようにルイス・マリスカル(ea3063)が苦笑して見せた。メイドはそんな冒険者達の様子を楽しそうに眺めた後、つ、とエントランスの真ん中まであとずさる。
「私達はお客様に精一杯の『おもてなし』をするように申し付かっています」
 メイド二人の変身が、だんだんと解けていく――
「いらっしゃいませ、お客様。それではどうぞ、お楽しみください」
 メイドの姿が黒い肌に黒い翼を持ち、頭に六本の角を生やしたデビルの姿へと変わっていく。そして放たれたのは黒炎。咄嗟に反応した雀尾煉淡(ec0844)の高速詠唱ホーリーフィールドで炎は防がれ、それが開戦の合図となった。
「さて‥‥折角のご招待だ。存分に行かせてもらうぜ!」
 オーラパワーを付与したセイル・ファースト(eb8642)が一気にメイドだったもの――カホルというデビルの一体へと迫る。カホルはその動きを見切ることが出来ず、スマッシュEXの重い一撃をまともに受けて、後方にある正面階段へと激突した。激しい音を立てて倒れこんだカホルの身体は酷く痙攣しており、それが致命傷に近いものである事は明らかだった。
「左右に分かれるにも、この二体を倒してからではないとダメそうですね」
 ファング・ダイモス(ea7482)が無傷のカホルに向けてスマッシュEXを放つ。その力は素晴らしく激しく、吹き飛ばされたカホルは一撃で無に還った。
「さて、やっちゃうよー!」
 弱っているカホルに対してディーネ・ノート(ea1542)がウォーターボムを、ルスト・リカルム(eb4750)がホーリーを放つ。
「これでどうだ?」
 レインフォルス・フォルナード(ea7641)にクロック・ランベリー(eb3776)の攻撃が容赦なく命中し、カホルを苦しめる。カホルは反撃を試みるものの瀕死の身体で繰り出される攻撃は避けるのに容易く、冒険者達を傷つけることは出来ない。
 ゆえに、程なくエントランスは静けさを取り戻した。
「なんか気にならねーか?」
 後衛の守りについていた巴渓(ea0167)がぽつり、漏らす。
「静か過ぎます‥‥ね」
 鳳美夕(ec0583)がそれに答えた。
 その通り、静か過ぎるのだ。エントランスで戦闘を行ったことで、屋敷内にはある程度『おもてなし』が開始されたことが知れ渡っているだろう。なのに、正面階段からも左右の廊下からも他のデビルが出てくる気配はなかった。
「‥‥でも、気配はするよ」
 フォーレ・ネーヴ(eb2093)が左側の廊下を覗き込んで聞き耳をたてる。ということは、敵は近寄ってくるのを待っているということだろうか。
「上等だ。行ってやろうじゃねーか!」
 渓が拳を握り締めた。オーラスが小さく頷く。
「予定通り、左右に分かれよう」
 事前に決めてあった者達はそれぞれ廊下を左右に別れ、決めていなかった者達は人数が均等になるようにと分かれる。
 ここからが、本番だった。



 廊下右側――万が一廊下の先から敵が出てきても対応できるようにと前衛が廊下をふさぎ、その間にフォーレが扉の様子を探る。そこはいわゆる使用人たちの住居のようであり、扉には鍵がかかっていなかった。
「中でお行儀良く待ち伏せているんでしょうかね」
「その可能性もあるかも」
 ベアトリーセの言葉に答えるフォーレ。行儀良く待ち伏せているデビル‥‥なんとも言いがたいが。
「それじゃあ一気に突入すればいいか?」
 スレインの言葉にフォーレはうーんと唸り。
「ここも向かいの扉も鍵はかかっていないし、物理的な罠は見つからないけど、念のために耐久力の高い人が先頭で突入したほうがいいと思う」
 これだけの人数が一つの部屋の入り口に殺到というわけにもいかないので、廊下の両脇にある部屋を2つ同時に攻略する事にした。それぞれセイルとルイスが先頭を買って出た。他の者はすぐに突入できるよう、そして援護を出来るように後に控える。
「それでは、開けます」
「ああ、こっちも」
 ルイスとセイルが意を決して扉を開けた。部屋の中には――誰の姿もない。
「からっぽ?」
「そんなはずはありません。ディティクトアンデッドには近くに反応がありますから」
 ディーネの言葉を探査中だった煉淡が否定する。ならば奥に隠れているという事か。
「何の意味が‥‥ああ、なるほど。リカバーの用意はしておきますのでとりあえず踏み込んでください」
 ルストは何か思い当たったのか、そんな事を言い出す。
「なるほどな」
「ふむ‥‥」
 セイルとルイスもそれぞれ思い当たったのか、頷いて足を一歩、室内に踏み入れる。

 バリバリバリッ!

 その瞬間、雷撃が二人の身体を貫いた。ライトニングトラップだ。
「ケケケケ‥‥」
 罠が発動するのを見て、それ見たことかと家具の陰から姿を現してきたのはインプ達。決して強いとはいえぬ下級デビルだ。それを補うためにトラップが設置されていたのかもしれないが――
「まあ、このくらいかすり傷だな」
「何のことはありませんね」
 セイルにもルイスにも大きなダメージを与える事は出来ないでいた。それどころか、トラップが解除された事を機に、冒険者たちの方が早く動いた。スレインやベアトリーセたち前衛が素早く突入して驚いているようなインプたちに切りかかり、煉淡やディーネ、ルストは後方からの支援。フォーレは廊下で引き続き警戒を行う。
「ケケ‥‥ケ?」
 個体によっては自らが攻撃されたと認識する間もなく消える者達もいた。熟練の冒険者達にとって、低級なインプなどいくら集まっても脅威ではない。だが一体一体潰していくには矢張り手間がかかる。
「捨て駒なのでしょうね。やたら数が多いのは嫌がらせかな」
 剣を振りぬきながらベアトリーセが呟いた。こちらの体力とて無尽蔵にあるわけではない。それを見越しての布陣なのだろうか。そして、こちらが人質の居場所を知らぬ以上、部屋を全てしらみつぶしに当たっていくしかない。すべての部屋がこのような状況だとしたら、骨が折れるというものだ。
「大した『おもてなし』だな。全力で徹底的にということか」
 使える手駒全てを使って徹底的に――そんなストラスの思惑が垣間見えたような気がしていた。



 右側の廊下を進んだ者達は、まずは1階に設けられた大きなホールに行き当たった。そこで待っていたのは、ホールの中心に立てられた氷像の周りに群がる低級デビル達。数の暴力とも言えるその攻撃を何とかやり過ごしながら、一同はどんどん部屋の中へと入って行った。
 回復アイテムを駆使し、なんとかデビル達をやっつけたはいいが、一つの問題が浮かぶ。
「こんなに早く人質が見つかるなんて‥‥ちょっと予想外だね」
 美夕の言葉に皆同感だった。
 アイスコフィンで固められたその彫像の中には、ドロテア嬢に思いを寄せていた男性が閉じ込められている。
「ニュートラルマジックで解除する事はできますが‥‥」
「彼を連れてこの後の部屋を回るのは、足手まといだろう」
 蛍石がすぐにニュートラルマジックをかけなかったのは、オーラスの漏らした懸念を感じていたからだ。彼を氷の棺から解き放つのは簡単だが、そうすると守る必要が出てくる。一人でこの屋敷から、地獄から脱出しろなど無理な話だ。
 このまま氷の棺に閉じこめておけば、少なくとも命の危険は殆どないだろう。だが彼らがここを後にした後、中央階段から敵が現れて氷像に何かしないとも限らない。
 連れて行くか、おいて行くか――これが終盤であったら選択肢は一つだろう。人質救助も目的の一つだ。だが序盤であり、まだまだ先には沢山の敵が待っているだろうということが、彼らの判断を迷わせる。
「魔法を解除してくれ。俺が背負う」
「でも‥‥」
「露払いも大事だが、まずは人質救助が最優先だ」
 言い切ったのは渓。雨霧の戸惑いの声にもその意思は変わることはない。
「それではニュートラルマジックをかけます。‥‥彼を守ってくださいね」
「言われるまでもねぇよ」
 蛍石の身体が白く光り――男を覆う氷が解けた。


「ここは台所のようだな」
「中に反応があります」
 烈が軽く木戸を叩いた。蛍石はディテクトアンデッドの探査結果から、この部屋にもデビルがいることを確認している。
「開けます」
 ファングが思い切り扉を開ける――すると、そこは霧で充満していた。視界が酷く悪い。
「クルードがいるのかもしれない」
 烈は自らの知識を漁り、霧を吐き出すネズミに似たデビルのことを思い出していた。だがこの霧による不利益も、経験を積んだ冒険者達にはそれほど障害とはならない。
 突然霧の中から現れて牙で噛み付こうとしたその攻撃を烈はさっと避けて、反撃を叩き込む。それを追う様にしてオーラスの剣がクルードを切り裂く。ファングにレインフォルス、クロックも霧の中に突入し、殲滅を開始した。時折家財が壊れる音がしたが、さすがに家財の安全を気遣っている暇などない。
「うーん。さすがにこの中に矢を打ち込むのはね〜」
 霧の中、乱戦となっている台所。そこに下手に矢を打ち込んでは味方に当たる恐れがある。雨霧がどうすべきか迷った時――
「前からきやがったぜ!」
 気絶している男を背負った渓が声を上げた。とっさに美夕が渓を庇うように立ち、蛍石も前へ出る。雨霧は弓に矢を番え、蛍石のホーリーと共に駆け寄って来るデビルへと放った。
 ギャ、という醜い悲鳴が上がる。だがおよそ五体のそのデビルは動きを止めず、こちらへと迫ってくる。
「守ってみせるよ‥‥」
 美夕がオーラシールドを手に、更に前へ出た。振りかぶられた爪をシールドで受け止め、反対の手に装備した小太刀を突き刺す。その横をすり抜けて他のメンバーに迫ろうとする敵には、蛍石のホーリーと雨霧の矢が牽制をしていた。
「おい、そっちに余裕が出来たらこっちも手伝ってくれ。敵が現れた!」
 渓が霧の充満する台所へと声をかける。霧が最初よりも薄くなってきたように見えるのは、クルードが減った証拠かもしれない。
「わかった」
 いち早く呼び声に気づいたクロックが飛び出し、美夕の隣に並んでオーラパワーを付与した刀を振るう。廊下の幅を考えると三人並んで武器を振りかざすのはきつい。美夕とクロックを前衛として、後方から蛍石と雨霧が攻撃をする。それで何とか一体ずつ、数を減らしていく事に成功した。



 デビルとの戦闘も何度目になるだろうか。
 左側の階段を昇るまでに何部屋かで戦闘をし、その都度そこにいた敵たちは殲滅してきた。昇り階段の近くに差し掛かったところで、フォーレが警戒を呼びかけた。故にきちんと隊列を組み、階段へと臨んだ。
 階段では今までの「待ち」の姿勢が嘘の様に、上から多数のデビルが降ってきた。階段の幅はそれほど広いわけではない。戦うとすれば二人並ぶのが限界だ。最前列の二人以外で直接攻撃以外の手段を持たぬ者は、何もすることが出来ないでいた。反対に、後方のデビルは余裕綽々と魔法を唱えだし、こちらへと向けて攻撃を放つ。耐久度の高い前衛は下級デビルの放つ初級レベルの攻撃の威力などかすり傷にもならないものだったが、後衛は違う。出来る限り敵の詠唱が完成する前に妨害したかった。
 その時役に立ったのがディーネのウォーターボムやルスト、煉淡のホーリー。そしてフォーレの縄ひょう。彼らは最前列の二人が目の前の敵に攻撃している間、後方の敵が魔法を唱えるのを妨害するに徹した。
 一体、また一体と敵が消えていく。そのごとに一段、また一段と階段を昇っていく冒険者達。
 いくらデビル側の数が多いといえども冒険者側に致命的なダメージを与えられなければ情況は変わらない。たとえダメージを与えたとしてもすぐに回復されてしまうこの状況では、デビル達に勝ち目がないのは明らかだった。
 程なくして左階段を制圧した一行は、二階へと上がる。
 二階は廊下の左右に同じような扉が沢山並んでいた。どうやら客間の類らしい。一つ一つあけて行くのは骨が折れそうだが、そうしていくしかないのも事実。
 何度目になるか、セイルが注意深く扉を開けた。すると突然目の前に現れた巨体、突きつけられる爪――スタッキングか! ――そう理解したときには反射的に手が動いていた。セイルと同時にルイスも横から槍を突き刺した。苦悶の表情を見せたその悪魔ネルガルは、高速詠唱で何かを唱えた――瞬間、火の玉が廊下に現れ、膨張して爆発を起こした。
「きゃっ!」
「くっ‥‥!」
 威力こそ大したことはなかったが、その衝撃は冒険者達を巻き込んだ。皆、腕で顔を覆うようにし、反射的に爆発から身を守る。続けざまに後方から火の玉が飛び出し、再び彼らを襲った。後方にもう一体ネルガルがいたのだ。
 セイルとルイスが追い詰めたネルガルを、後方から煉淡とディーネが魔法で攻撃する。その姿が消えたのを見て、ベアトリーセとスレインが部屋の中へと乗り込んでもう一体のネルガルへと斬りかかった。
「リューンさんがいます!」
 斬りかかりつつもさっと室内に目を通したベアトリーセは、パラの青年をベッドの上に見つけて声を上げた。どうやら眠り込んでいるようだ。やや顔色が悪い。
 ネルガルが抑えられている間にルストがベッドの傍へと走りこみ、そしてホーリーフィールドを展開した。このネルガルがまた魔法を使っても、守れるように。
「これで、終わりだな」
 ベアトリーセ、ルイス、セイルの集中攻撃を受けたネルガルに、スレインが容赦なく止めを刺す。ネルガルが消えるのと同時に、十センチほどの白い珠が床を転がった。
「デスハートン、かな?」
 足元に転がってきたそれをフォーレは大事に拾い上げ、ベッドの傍へと歩み寄る。そして眠っているリューンの口元に近づけると、白い珠はすっと吸い込まれていった。
「眠っているだけのようですね」
 煉淡が念のためリカバーをかける。
「リューンさん、リューンさん」
 ルイスが呼びかけてその身体を揺すると、リューンはゆっくりと目を開いた。


 その後、数部屋隣のデビルを倒した一行が見つけたのは、氷の棺に囚われた女性だった。
「この人、宝石の時のメイドさんね。聖遺物箱に悪魔は触るのに抵抗が必要だから、彼女は人間よ」
 ストラスに聖遺物箱を渡そうとしたベアトリーセが断言する。
「そういえばあの時、ストラスは何か魔法を使ったようでしたね。もしかしてフォースコマンドだったのでしょうか」
 そう、ルイスの言う通り、あの時ストラスは魔法を使った。同時に放たれたのは「箱を受け取れ」という命令。と考えれば、その予測は間違いないだろう。
「それではニュートラルマジックをかけますね」
 煉淡の手により氷の棺から解き放たれたメイド――レーイはぐったりとその身体を預けた。



 右側を行くもの達も、階段では同様の目にあっていた。ただしこちらは遠距離攻撃の可能なメンバーが少なかったため、左階段よりも少しばかり苦労する事になった。よって階段を昇れたのは左側よりも遅い。
 二階の廊下には、扉が等間隔に幾つか並んでいた。だが一人部屋というには少し扉の間隔が広い。
 カタン‥‥
 そのうち一つから、小さな音が聞こえた。ディティクトアンデッドの反応は、勿論ある。
「この部屋から‥‥だね」
 美夕が呟いた。
「誘いか?」
「だとしても、部屋に入らないわけには行かない」
 レインフォルスとクロックが扉の向こうを見ようとでもするかのようにじっと、そちらを見た。
「注意して開けよう」
 烈がドアノブに手をかけてゆっくりと開く――シュンッ!
 同時に何かが飛び出してきて、刃物が空を切り裂く独特の音がした。それを避けた烈は、反射的に反撃しそうになった手をぎりぎりのところで止める。不意打ちに備える心構えが功を奏した。
「ルーツィアさんだ!」
 そう、刃物を手に飛び出してきたのは、人質とされたルーツィアだった。彼女は執拗に烈を狙う。
「操られているのか?」
「かもしれません。中にデビルがいるのかも‥‥」
 オーラスが部屋の中を覗く。だがそれらしい姿は見えない。ファングはミレイアに結んでもらった祈紐をルーツィアに渡そうと試みながら声を出した。
「中には誰もいないようだが」
「でも、反応はあります。入ってすぐ右側に、2メートルほどの」
 蛍石の指示に従い、オーラスがその辺りを切りつけると、それまで姿を消していたのだろう、背中に鷹のような翼を生やした犬が姿を現した。オーラスと美夕、レインフォルスにクロックは室内に入り、犬と対峙する。
「ルーツィアさんは何で烈さんばかりを狙うんだろう?」
 雨霧が不思議そうに呟いた。確かに彼女は、烈だけを執拗に狙っている。烈はその攻撃を軽々避けているが、反撃に転じられずに困っているようだった。
「ルーツィアさん、あなたのことを待っている人たちがいるんです、正気に戻ってください!」
 ファングが、ルーツィアのナイフを握っていないほうの手をとり、祈紐を握らせる。すると‥‥僅かにだが、ルーツィアの動きが止まったように見えた。
「っ‥‥!」
 その隙を見逃さず、烈がスタンアタックを叩き込む。
 果たしてルーツィアは、意識を失い、がくりと烈に身体を預けた。
「‥‥言霊とかかな。『扉を開けた者を攻撃しろ』とか」
 雨霧が念のためにと彼女の腕に手錠をはめながら呟く。そして落ちたナイフを拾った。
「あっちに加勢する。頼んだぞ」
 烈はそれを確認すると、室内へと飛び込む。
 室内では犬型デビルとの戦闘が繰り広げられていた。鋭い牙は美夕やクロックを傷つける。だが蛍石のリカバーですぐに傷は癒されていった。犬は言霊を放ったようだったが、事前に掛けなおされたレジストデビルのおかげか、かかる者はいなかった。
 傷を負わせつつも、犬の方が明らかに傷が増えていく。
 最後の抵抗のように振り上げられた爪はオーラスにかわされ、彼の武器によって犬は沈黙した。



 人質を四人救出したが、まだあけていない部屋はいくつかあった。出来るだけ館のデビルを減らすのもこの部隊の役目だからして、人質四人を一箇所に集めて聖なる釘を打ち込み、念のために護衛をつける。その上で残りの者がその他の部屋を回った。
 二階の全ての部屋を回って帰ってきた者達の手には、いくつかのスクロールが握られていた。
「一応、これで全ての部屋を回ったことになるね」
「それじゃ、四人は頼んだぜ?」
 ディーネの言葉に渓が一同を見回す。
 烈、ルイス、渓、レインフォルス、ベアトリーセはこのまま他の者と合流し、三階へと上がる――ストラスと直接対決をするために。
「ああ、任せておけ」
 男を背負い、セイルが告げる。ファングはルーツィアを抱き上げ、雨霧はリューンに肩を貸し、オーラスがレーイを抱き上げた。
「もう下は大丈夫だと思うけど‥‥念には念を入れて行こうね」
 フォーレや美夕など、四人を連れていない身軽な者達が先頭を行く事にする。
「探索は続けますね」
 蛍石はディティクトアンデッドの反応に注意を払う。
「それでは皆さん、お気をつけてください」
「こちらは任せてください」
 煉淡と、煙草をくわえたルストの言葉に、三階へ上がる五人はゆっくりと頷いた。
 彼らならきっと、四人を無事にメイディアに届けてくれると信じて。
 彼らならきっと、ストラスを倒してくれると信じて。
 互いに信頼を寄せ、そして、一同は別れた。

 終焉には着実に――近づきつつある。