【混沌の叡智】――終焉――

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月14日〜06月19日

リプレイ公開日:2009年06月25日

●オープニング

●公子の目論見
「瘴気‥‥ですか」
 かりそめの屋敷の中で銀髪の青年は呟いた。背に梟の羽根が沢山ついた外套を纏ったまま、大きな椅子に深く腰掛ける。
 この地では先生と呼ばれている彼――ストラスは、先日一旦地獄へ帰ったときに上司が口にしていた事柄について考えていた。

 ――地獄の瘴気が増している。だがその増し方は一種異常の様に見える。

「さて‥‥私もここで遊んでばかりは居られなくなりましたね」
 地獄での戦いは激化し、ムルキベルの配下たる彼もそろそろ地獄へと戻ろうと考えていたところだ。上司の口にしていた懸念も気にはなるが、この地で遊んでいた際に出会った冒険者達と何らかの決着をつけなくてはなるまい、そう考えている。
「招待状を書くとしますか‥‥。ああ、ムルキベル様への手土産も用意しなくてはなりませんね。レーイ一人じゃ味気なさ過ぎる」
 ちら、と彼が視線を動かした先には、氷付けにされたメイドの姿があった。
「運ぶ用意をしてください」
 彼がしっかりと通る声で告げると部屋の扉が開き、数人のメイドが入室してきた。そしてそのまま、氷付けのレーイを運び出す。
「招待状はやはりアプト語で書くべきでしょうかね‥‥」
 ストラスは机に向き直り、広げた羊皮紙に手を置いて羽根ペンを手に取った。


●招待状
「おかしい、な」
 ここ数日、パラの占い師リューンの姿を見た者が居ない。ミレイアは心配になって隣近所や実家の酒場の常連に訪ねたが、誰一人としてリューンの姿を見たものは居なかった。
 次に彼女はリューンの家へ向かった。窓は閉められており、留守なのか寝ているだけなのか判別つけづらかった。
「リューン! いないの!?」
 ドンドンドン‥‥扉を叩いて呼びかける。耳を扉に貼り付けるようにして中の気配を感じ取ろうとする。だが身じろぎする音はおろか、人の気配すら感じられない。
「‥‥リューン?」
 なんだか嫌な予感がして、ミレイアは扉を押した。鍵はかけられていなかった。ゆっくりと、内側に扉を押し込んでいく――部屋の中は真っ暗だった。
 窓の隙間から差し込む明かりを頼りにしてなんとか窓に辿り着き、木の窓を開ける。光が、室内を照らした。
(「特に争ったような様子は‥‥ない、けど‥‥?」)
 きょろ、と室内を見渡したミレイアは、テーブルの上に奇妙なものを見かけた。
「手紙‥‥?」
 それは丸められ、リボンで止められた羊皮紙だった。リボンに何か文字が書き込まれている。
(「えっと‥‥」)
 それは最近アプト語を学び始めたミレイアにも、何とか読める簡単な文法で書かれていた。

「『生にしがみつく、愚かにも素敵な人間達へ』‥‥!?」
 リューンがこんな事を書くはずがない。こんな事を書く相手に心当たりは――ひとりだけある。
「まさかっ」
 ミレイアは急いでリボンを解き、中に目を走らせた。

 実に素敵な答えをくれた冒険者達へ。
 御覧なさい。これは私からの招待状です。
 暗闇に紛れる私。対してあなた方はどこでこれを読んでいるでしょうか?
 減らず口はこのくらいにして。
 お望みどおり、あなた方を私の自宅へ招待します。
 いつでもお迎えできるよう、部下共に歓迎の準備を整えておきます。
 では、お会いできるのを楽しみにしています。

「‥‥まさか、リューンは地獄へ連れて行かれちゃったの?」
 そこに思い至り、ミレイアははっと顔を上げる。そしてその手紙を持ったまま駆け出した。目指すはルーツィアの家とドロテア嬢に恋をしていた男の家。そして、『先生』の家。

 ――どちらの家にも同じ手紙が残されており、二人とも行方不明だということはすぐに知れた。
 先生の家は、まるで元々誰も居なかったかのようにもぬけの空だった。


●見えぬ手口、募る不安
「約束どおり招待状を出してきたというわけですね‥‥几帳面というか何というか」
 招待状を見せられて、支倉純也は苦笑とため息を漏らした。
「これって、決着をつけましょうってことだよね?」
「そうでしょうね。己の有利な場所で‥‥。ですがメイディア内で決着をつけようとしなかったのはこちらも一緒ですから」
 ミレイアの言葉に純也が微妙な顔をした。こちらの手を相手に知られていないのはいいが、相手の手もわからないのである。
「館には沢山魔物がいるんでしょう? 大丈夫かなぁ」
 ミレイアは心配そうにカウンターにもたれかかる。
「ストラスはデビルですから、正確には配下もデビルでしょうね。館のデビル排除には別に人を募って行ってもらいますので、こちらの部隊はストラスと直接対決してもらうことになるでしょう」
「‥‥あの人って強いんでしょう?」
「強い、でしょうね‥‥。噂によれば、26の軍団を指揮する公子の一人だそうですから」
「‥‥‥」
「心配しなくてもきっと、大丈夫ですよ」
 純也はぽん、とミレイアの頭の上に手を乗せて微笑む。
「冒険者達なら、きっと」
 敵地に乗り込む――その大変さは彼らが一番良く知っているだろう。
 敵の強さは不明だ。だが相手が決着を望むなら、それに応じるのが筋というものだろう。

●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1587 風 烈(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 ec1201 ベアトリーセ・メーベルト(28歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)

●リプレイ本文


 地獄にある広い屋敷の三階。
 その部屋は三階の左半分を利用して作られた大きな部屋だった。明らかに他の部屋とは趣が違うからして、ここがストラスのいる部屋に間違いはないだろう。自然、集まった冒険者達の心拍が上がる。恐怖ゆえではなく、恐らく緊張ゆえに。
 レジストデビルやレジストマジック、オーラ系統などの補助魔法を掛けられる者はあらかじめその準備を済ませた。イリア・アドミナル(ea2564)のペガサスは扉をくぐる事が出来ず、外で待機することになってしまったがいたし方あるまい。
「さて、せっかくのお招きだ。紳士としては優雅にいこうじゃないか」
「『生にしがみつく、愚かにも素敵な人間達へ』まぁ、彼らしいというか、律儀なデビル‥‥」
 アシュレー・ウォルサム(ea0244)は襟元を正し、ベアトリーセ・メーベルト(ec1201)は招待状に結ばれていたリボンに書かれていた文句を思い出していた。
「先生との直接対決。答えを胸に、決着をつけましょう」
 イリアがキッと扉を睨みつけ、ルイス・マリスカル(ea3063)が扉の前に立ち、皆を見回した。
 一階二階はともかく三階に上がってから敵の姿を見ていない。という事は「迎え入れられる」準備がされているのだろうと解釈し、招待状をもらった以上きちんとノックをして入室したほうが良いのかと思ったのだ。普通のデビル相手にはあまり考えられないことだが、この奥に待つ者は少し変わり者だ。

 コンコンッ

 乾いたノックの音の後に、入室を促す落ち着いた声が聞こえた。
 その声には、まるでこれから命のやり取りをしようという気配など、まったく感じられなかった。



「やれやれ‥‥スーさん、人質なんてダサい手まで使って俺たちと遊んでくれるとはな。惚れるぜ、そういう律義者はな!」
「お約束でしたからね」
 巴渓(ea0167)の叫びに部屋の主――ストラスは大きな椅子に腰掛けたまま、涼しい顔で答える。風烈(ea1587)とレインフォルス・フォルナード(ea7641)が黙ったまま明らかに警戒しているのを、彼は気にしていないようだった。
「先生、お久しぶりです。私の答えは、人とデビルは見えぬ領域に別れて暮らすべき者、互いの領域を踏み込めば命の奪い合いになるのでしょう。故に先に招待された方を救う為に、戦わねばなりません」
「改めまして、私はメイの騎士ベアトリーセです。こういう形、場所でお会いするのは初めてですよね。参考までに戦闘経験は? 例え戦闘経験がなく、読書だけで叩き込んだ戦術が全て頭の中に叩き込まれていても驚きませんよ」
 決意を言葉として表したイリアに対して、ベアトリーセは真剣だが揶揄するように告げた。ストラスは喉の奥で笑って。
「それは‥‥自身で確かめてみるのが一番早いでしょう?」
 左手に握った杖をつ、と動かしかける。戦闘開始か――そう思われたところをイリアの言葉が寸でで止めた。
「その前に一つ質問を。この戦いは領域の境が無くなり、互いの侵攻になりました。領域の門番、マルバスは自らをカオスと名乗り、争いを激化し瘴気を増す事を願っていますが、ムルキベル殿は瘴気を良い物とは考えていない。ムルキベル殿の懸念される瘴気とは何でしょうか」
「この瘴気の異常、そっちも感知し切れているのかな〜」
 彼女と同じくアシュレーが言葉にするのも瘴気についてだ。ただし彼の場合は茶飲み話でもするかのように。
「アンタたち、一体何を隠してる? ‥‥地獄に何のトラブルが起きた?」
 更に浴びせられた渓の詰問に、ストラスは笑みを浮かべた。地獄の戦いでのムルキベルの言動が伝わっているのだろう、誰しも瘴気の異常について知りたがっているようだった。
「問われて大人しく話すと思いますか? 今は地獄の講義の時間ではありませんし。ああ、私を倒せたら教えてあげましょう、なんて無粋な事は言いませんよ。多勢に無勢なのは目に見えていますからね」
「‥‥」
 からかわれているのか、他に意図があるのか――冒険者達がじっとストラスの様子を覗うように押し黙る。すると彼は目を細めて口を開いた。
「ただし、目の付け所は良い。一つだけ教えてあげましょう。私を倒したら、それこそ境界の王の思うつぼですよ?」
 マルバス、ではなく境界の王という呼称を使ったストラス。それの意味するところはやはりマルバスはカオスの魔物だという事か。では――思うつぼとはどういう意味か?
(「心理作戦の一つでしょうか」)
 だがそれにしては稚拙すぎる、とルイスは思った。きっと彼とて、その一言を鵜呑みにして冒険者達が攻撃の手を緩めるとは思ってはいまい。
「アンタの首級が欲しいだけのイノシシだと勘違いすんな、フクロウ博士さんよ!」
「そうですね。首級だけでなく情報もほしい『賢くて貪欲な』生き物ですよね」
 確かにこの部屋にはスクロールや本の類が沢山積まれている。仮にも地獄の軍団を率いる公子。ここにある情報は人類にとっては貴重なものであるかもしれない。
 それを欲する心を見透かされたか、はたまた――
(「挑発、か?」)
 だが、何のために?
 烈は自身の中に浮かんだ言葉に自問する。だが、答えは出ない。
「では、最後の遊びを始めましょうか?」
 ストラスが立ち上がり、何かを唱えた。その瞬間彼の掌から黒い炎か飛び出す。その炎が狙ったのはレインフォルスだ。
「っ‥‥!」
 レインフォルスが炎を受けたのが始まりだった。アシュレーが素早く弓に矢を番え、ルイスがイリアを庇うように前に出る。烈が、走り出した。部屋の中央に躍り出て、あらかじめ灯しておいたランタンにホーリーガーリックとソロモンの護符を入れる。それらが燃え上がる匂いにピクリ、ストラスが眉を動かした。
「ただで遊ばせてはもらえないようですね。1対7とは随分とまた‥‥」
 その呟きさえ意に介さないといった様子でイリアがウィンドレスのスクロールを手に念じる。渓はレインフォルスにポーションを投げた。
「先生、いきますよ?」
 ベアトリーセが剣を手に間合いを詰める。だがストラスは寸でのところでそれをかわし、マントを翻らせた。そのまま唱えられた魔法は、後方のイリアを狙う。だが射線をふさいだルイスによってそれは阻まれた。
 COを駆使したアシュレーの矢が、ストラスの肩口につき刺さる。だが二度目は彼を傷つけることはなかった。もう一度、と奮われたベアトリーセの剣は彼のわき腹を掠めたが、恐らく次は同じ武器では攻撃が効かぬだろう。
 ポーションを飲んで回復したレインフォルスが前に出ると同時に、ベアトリーセは武器を変更するために下がる。いくら部屋が広いとはいえ、ストラスに直接攻撃できる場所は限られているのだ。前衛が全員殺到しては、彼に届く攻撃も届かない。
 レインフォルスの刃を受けたストラスに、烈が迫る。武道家特有の間合いだ。懐に入ってしまえば長物は使いにくく――
「――!?」
 烈の爪がストラスの身体に食い込む。だがそのお返しとばかりに突き出されたストラスの右手には、鋭い爪が装着されていて、烈の胸板を引っかく。
「格闘、だと?」
 同じく接近する機会を覗っていた渓が、それを見て呟いた。どう考えても武より智と思えるストラスが、かなりのレベルの格闘技術も有している事がわかったからだ。
「知っていますか? 梟の爪は猛禽類と同じく鋭いのですよ?」
 おそらく冒険者達が部屋に入る前にしたのと同じく、ストラスも事前にいくつかの魔法を自身に掛けておいたのだろう。そのせいもあってか、動きはそれほど鈍っていないように思える。
 アシュレーが矢を変えて素早くストラスを狙う。渓が接近して拳を振るう。彼女は足元から発生した炎に包まれたものの――攻撃は当たりはした。だが二度目は効かない。さて、どうする?
 イリアがアグラベイションのスクロールを取り出す手を止めて、慌ててウォーターボムで吹き上がった炎を消火する。この室内は引火しやすいものが多い。大切な資料がなくなるだけではなく、煙と炎に巻かれては冒険者達とて不利になるからだ。
 冒険者達による畳み掛けるような一方的な攻撃――に思えたが、それもそう長く続くものではない。効かなくなった武器を取り替える間、切れたレジストマジックを掛けなおす間、回復アイテムを使う間、そのような隙が必ず存在する。ストラスはそれらを的確に見極めて攻撃をしてきた。
 だがしかし、冒険者達も対策なしで来ている訳ではない。一部の者が持つ武器の威力はとてつもなく高く、一撃当たればストラスに深い傷を負わせたし、耐久度の上がっている者の中にはちょっとやそっとのことでは傷がつかない者もいる。
 それでも――ストラスは楽しそうに戦っていた。
(「何故、笑っているのでしょうね――?」)
 すでに一つの仮説を持っているルイスは、炎の槍から持ち替えた雷公鞭を振るった。ストラスの反撃が彼の服を切り裂いた。
「‥‥忌々しいな」
 戦闘中、ぽそり、呟かれたのは自身の身体を的確に狙うアシュレーの矢に対して。彼の矢は、ストラスも避けることは出来ないでいた。エボリューションで耐性はつけているものの、ダメージが蓄積していくのは確か。
 代えの武器を用意していなかった者は、打つ手が無くなっている。冒険者達の攻撃の手数は減ったが、傷をを受けていくストラスが不利になっているのも確か。
 長期戦で不利になるのは果たしてどちらか――ストラスのエボリューションはまだ解けない。初級レベルのグララビティーキャノンや専門レベルのローリンググラビディーでは大したダメージを受けない。
 ストラスは何度目かになる炎を呼ぶ。爪を振るう。だが当たりこそすれ、それでダメージを与えられる相手も限られていた。

 戦闘は、一種膠着状態に陥ったかのように見えた――だが。

「善意に見える行動の中に罠を潜め、結果を笑いながら鑑賞する。お前のやり方と比べれば代償に魂を要求する方がまだましだ。悪魔と分かってなお取引をするやつが悪いのだからな」
 より多く威力の高い武器を用意していた烈とアシュレーの攻撃に、ストラスはとうとう膝を突いた。そのまま部屋の窓際の壁に寄りかかり、降参だ、とでも言うように両手を上げる。
「さすがに‥‥効いたな。いい加減、私も限界のようだ」
 冒険者と距離を保ちストラスはため息を漏らす。
「負けを認めるのか?」
 レインフォルスの問いに、ストラスはトレードマークともいえる梟の羽根のついた外套を冒険者達に投げた。
「あまり無様な姿は見せたくないものでね‥‥。遺品だ。もって行くがいい」
「スーさん、次はお互い、仕事抜きで酒でも飲もうぜ!」
「面白い人間だ」
 渓の言葉にストラスは、口元をゆがめる。それが心からの笑いなのか、嘲笑なのかはわからない。
「左の壷にいくつかスクロールが入っている。もっていくといい」
「いいのですか?」
 ストラスが示したのは部屋の隅にある大きな壷。確かにその中からはいくつかのスクロールが顔を覗かせていた。
 ベアトリーセやアシュレー、イリアらがそちらへと歩み寄る。
「他にも文献を持ち帰っても?」
 そういえば仲間達の中には、情報をほしがっている者が居た。ルイスが代表して尋ねると「好きにするがいい」と低い答えが返ってきた。
「‥‥‥」
 がくり、疲れ果てたかのように頭を垂れたストラスを、烈とレインフォルスはじっと見つめていた。彼の表情は覗えないが、動く気配もないようだ。
「達人レベルのスクロールですか‥‥さすがですね」
 後方で、イリアの感心したような声が聞こえる。
「先生、そういえば私からも質問が‥‥」
 スクロールを手にベアトリーセが振り返ったとき。

 ストラスの身体が赤い光に包まれて。

「伏せろ!」

 反射的に烈が叫んだ。

 その後は――、一瞬。

 握られた杖の辺りから放たれた火球が、狭い室内で行き場をなくしたかのように膨張し――彼らの視界は赤に包まれた。

 ドォォォォォォォォンッ!!!

 耳をつんざくような激しい爆音と、肌を焼く炎が冒険者達を襲う。
 部屋の窓が、扉が爆発で吹き飛んだ。
 室内にある書物は勿論炎を助長するよい燃料となり、部屋をなめるように炎が広がった。
 一部床が抜け、階下に落ちた者達もいる。
 何が起こったのか彼らが把握するまで、暫く時間がかかった。



「‥‥先生は元から、資料を渡すつもりなんてなかったのでしょうね‥‥」
 痛む身体を何とか起こしながら、イリアが呟いた。
 恐らく彼が行ったのは、通常詠唱を行うための時間稼ぎ。
 己の身を焼いてでも、彼らに情報を渡すのは信に反すると判断したのだろうか。
「スクロールは無事だったが、スーさんは逝っちまった、か」
 渓が、一部朽ちた館を見回す。だがそこにストラスの姿はなかった。
「これが落ちてた」
 代わりに烈が見つけたのは、ストラスの所持していた杖と、手にはめられていた爪。
 デビルは死ぬと遺体は残らない。ストラスの姿が見えないということはそういうことなのだろうか。
「死んだ‥‥か」
 レインフォルスの呟きに、ルイスは小さくため息をついた。
「生と死にこだわった方でありますが。魔として永遠に続く生の中で、書を読み重ねても。死の概念への理解は得られぬものなのかもしれませんね。もしかしたら、死を識るために招待状など書いたのでしょうか」
 今となっては真実は、ストラスにしかわからない――。
「聞いてみたかったのですけどね、『人とはなんぞや?』って」
 ベアトリーセがストラスが最後に座っていた辺りを見やる。彼だったら、一体なんと答えただろうか。
「しかし、これでこの件は一件落着か。事前にしっかり人質を助け出せて、良かったぜ」
 渓が伸びをして、半壊した館を見つめる。もし人質救出が上手く行っていなかったら、人質達も、救出班もこの爆発に巻き込まれていた可能性が高い。

 炎を纏うデビル、ムルキベルの誇り高き部下、ストラスは――炎に抱かれて消えた。

「一件落着‥‥?」
 ぽつり呟いたアシュレーは、顎に手を当ててストラスとの戦闘を思い出していた。

「でも、何で『本体の力』を使わなかったんだろう? 使ってなかったよね?」

「――‥‥‥」
 その言葉に、冒険者達の背筋を冷たいものが走りぬけた気がした。

 真実は――炎の中。