●リプレイ本文
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伊達正和(ea0489)とシャクティ・シッダールタ(ea5989)の結婚式は異種族婚ということでこっそりと行われることになった。正和の希望でジ・アースのジーザス教と地球のキリスト教を模した式を行う。ただしここアトランティスでジーザス教の司祭は数少なく、また見つけることが出来ても人間とジャイアントという異種族の婚姻の式を執り行ってもらうのは無理だろうという事で、消去法で蓮が神父役を務めることとなった。
彼らを祝福するために、友人のクリシュナ・パラハ(ea1850)、美芳野ひなた(ea1856)、エヴァリィ・スゥ(ea8851)、村雨紫狼(ec5159)、そして巴渓が集まっていた。皆正和とシャクティを祝福するために訪れたが、紫狼には他にも目的があったりする。まあそれはおいおい触れるとしよう。
まずは会場の準備から。会場としてはメイディア郊外にある一軒の空き家を使用することになった。蓮が手配したものだが、諸々の理由から本当の持ち主は皆に知らされていない。
「よし、買出し行ってくるぜ! 必要なもの教えてくれ!」
「ひなたも一緒にいきます〜。やっぱり食材は自分の目で見ておきたいですし〜」
紫狼とひなた、そしてご祝儀という名義でスポンサーとなる渓が市場へと向かうことになった。その間にクリシュナは別のカップルの結婚式の時に購入しておいた絵の具を使用して、会場の飾り付けを作成する。足りない分は買出し組が戻ってきてからだ。
「バージンロード用の布は用意しておいたから」
「では、敷きます」
蓮が足元に転がる紅色の筒を指した。それはバージンロード用の絨毯。エヴァリィが率先して筒に手を当て、くるくると転がしてそれを広げた。
「‥‥つーかね。わたくしも真面目に婚活しなきゃな〜と」
クリシュナが大きな布に「正和さん、シャクティさん結婚おめでとう!」とアプト語で書き、空いたスペースにデフォルメされた新郎新婦を描きながら呟く。
(「いや〜好きな人はいるんですけどねェ、朴念仁なんだよなぁもう」)
どうやら彼女自身に幸せが訪れるのは、まだ先のようである。
「巨人族ゆえ布代も馬鹿にならないとは思いますが‥‥」
「そんな事気にしないでいいんです。自分のウエディングドレスなんてこだわらないのがヘンですよ」
「そうですか?」
空き部屋で黄色の布を身体に巻きつけたシャクティが、ひなたの言葉に遠慮がちに呟く。
「女の子の憧れ、一生に何度着るかも分からない大切な衣装ですよ。しかも大親友のシャクティさんです。もうどんどん注文をつけて下さいね!」
蓮の用意した何着かのウエディングドレスではサイズが合わなかったため、市場で購入してきた布をひなたがドレスに仕立てることになったのだ。ウエディングドレスといえば純白。だがシャクティが黄色を強く希望したため、そのドレスは黄色い布で作られる。一口に黄色といっても色々ある。薄い黄色から濃い黄色、渋い黄色‥‥それらを上手くあわせて作るのは、作り手のセンスが肝要だ。
ドレスを一から作り上げる都合上、さすがに一日で料理の準備とドレス作成の両方は出来ない。とりあえず今日はひなたがドレス作成、クリシュナとエヴァリィと紫狼が会場を整えて、式はドレスが出来上がり次第という事になった。
会場は新婦の希望でテーブルクロスも飾られた花も、壁に飾られたリボンも全て黄色で統一されていて、まるで春の野にいるようだった。
「これなら喜んでもらえるでしょうか」
「絶対大丈夫っすよ!」
エヴァリィの小さな呟きに、クリシュナは親指を突き出すようにして笑ってみせた。
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一同は結婚式が終わるまで、この空き家の部屋を使うことが許されていた。
その夜、夜を徹してウエディングドレスを作るひなたの部屋の扉を叩く音がして、彼女は小さく返事をした。するとそーっと開かれた扉の向こうにいたのは、腕に白い布と布で作られたコサージュをいくつか抱いた紫狼だった。
「どうかしたんですか〜?」
針を動かす手を止めてひなたが尋ねると、紫狼は遠慮がちに部屋に足を踏み入れて。
「忍者ちゃんにお願いがあるんだけど」
そう告げた。その表情は酷く真剣で、そして今ははいつも大事に連れている精霊二人の姿はなかった。
「なんですか〜?」
「これでドレスを2着作ってくれねーかな? サイズは、人間の子供くらいで。そのドレスを作り終わったらでいいからさ」
「別にいいですけど‥‥ああ、なるほど、そういうことですね。だったらお任せください!」
ちょっと考えて、そして誰に着せるのか思い当たったひなたはにっこり笑んで、その布を受け取った。他の皆が正和とシャクティの式の話で盛り上がっていたために言い出せなかったのだが、実は彼にも結婚式を挙げたい相手がいる。もちろん、二人の式を祝いたいという気持ちも持ち合わせてはいるが。
「他の皆には内緒で頼む。三人でこっそりするつもりだからよ」
「わかりました〜」
快諾を得られてほっと胸をなでおろした紫狼は退室し、愛しい二人の眠る部屋へと足を向けた。
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「出会って恋に落ちて、離れてまた再会して。今回ついに結婚式だな」
ホールの扉の前で、礼服に身を包んだ正和が隣に立つシャクティを見上げる。黄色いドレスに身を包み、髪に黄色の花飾りをつけ、ブーケも黄色い花で纏めたシャクティは、彼とであった当時を思い出すかのように遠い目をして。
「伊達様。貴方と出逢ってもう四年以上経ちましたね。初めての依頼で右も左も分からないわたくしに、優しく手を差し伸べてくれたのが貴方でした」
「シャクティはあの時と変わらず、そして誰よりも何よりも美しいよ♪」
それが正和の心からの想い。シャクティは思わず赤らんだ頬をブーケで隠した。
「ところで、何で黄色なんだ?」
ウエディングドレスといえば白と聞いていた正和が不思議そうに尋ねる。するとシャクティは片手でドレスをつまんで微笑んだ。
「ほら、黄色って眺めてるだけで幸せになりませんか? わたくし、子供の頃から黄色が好きだったんです」
「そうか。シャクティが好きな色なら、きっと俺も好きになれるな」
その答えを聞いた正和が微笑み返したとき、ホール内からエヴァリィの演奏する荘厳な音楽が聞こえてきた。竪琴で奏でられるその旋律は、二人を手招きしている。
「無理を言って神前式にしていただきましたが‥‥石月さんはお怒りにならないでしょうか」
「今更中止にするなんてさすがに言わないと思うけど。ほら」
正和が差し出した手にシャクティはゆっくりと手を乗せる。
実は新婦希望の神前式になるまでにひと悶着あったのだ。
『依頼内容はきちんと確認して、納得して参加したんだよね?』
神前式希望だと告げられた時、蓮は瞳を鋭くしてそう言った。依頼書には『式は宗教的からみのない人前式形式で行う事が決定事項』と記載してあったはずだ。衣装の好みや誓いの言葉などはしっかりと決めて置くようにといったが、式の形式については他のカップルとの優劣差をつけないために事前に決められていた。しっかり依頼書に書かれていた事項を守らないと言われては、蓮が怒るのも無理はない。皆が納得して来ているのに一組だけ特別扱いは出来ない、だったら他でやるか別の機会に個別に依頼でもしてくれ――そうも言われた。
『御仏の思し召しが、わたくしと伊達様を出会わせて下さったんです。異種族婚という苦難の道を歩む事になりますが、怖れるものはございません。この想いこそ、御仏に捧げるべきものですわ』
シャクティの語りも説得には繋がらない。少なからずどのカップルも何がしかの導きや運命を感じているはずだからだ。他の者も納得している依頼書の事項を個人の我儘で破る――それが良くないことだというのは蓮にも十分解っているし、依頼人としても困るものだった。
彼が最終的に折れたのは、式の予定が迫っているからだった。今更どうしようもないかと思ったからであり、「次はないと思ってね(勿論次の結婚式という意味ではない)」としっかり釘を刺し、何とか他のカップルを説得した。
というわけで、正和とシャクティは開かれた扉からホールへと歩みいれ、司祭役である蓮の待つ祭壇の元へとバージンロードを歩み始める事が出来たのである。
エヴァリィが竪琴を奏でながら、紫狼にクリシュナにひなたが拍手をしながら二人を迎える。ゆっくりと二人で歩み行くヴァージンロード。これから二人が共に歩み行くその道。
本当の道は、子を設けられぬ異種族婚という辛い道かもしれない。だが二人の心が折れなければ、幸せの道はいつまでも続くだろう。
「――誓いますか?」
「誓います」
正和がしっかりと神に誓いを述べる。
「御仏に誓います。この身、この魂が朽ち果てるその時まで。わたくしは伊達様と共に生きてゆきます。生まれ変わり、姿が変わっても。わたくしは何度でも伊達様と巡りあい、添い遂げてみせます」
シャクティは仏に誓う。この時点で正直かみ合っていないので、少しばかり蓮は苦笑して見せた。追う様に、正和は仏にも誓った。
ジ・アースなどでは基本的に信仰は一つであり、多数信仰を持つのは認められることではない。加えて他の信仰の者との婚姻も基本的に禁忌だ。蓮のいた地球ではその辺は緩いが、例えば教会で式を挙げるには形だけでも礼拝に参加する必要がある場所もある。つまり今回は異例中の異例だが、異種族婚に抵抗を持っていない蓮の仕切る式だからこそ、許されるのかもしれない。
「それでは、指輪の交換を」
リングピローに乗せられているのは二つの金の指輪。正和が用意したものだ。蓮も今回の催しにあわせて指輪を用意していたが、そちらは受け取りはしたものの彼らは自分達で用意した指輪を使用する事を選んだ。
正和がシャクティの左手を取って、その薬指に金の指輪を嵌める。シャクティもお返しに正和の手を取る。二人の指に嵌められた金色の指輪は、窓から差し込んで来る陽精霊の光を受けてキラリ、輝いた。
「それでは誓いの口付けを」
促され、シャクティが少しかがんだ。正和はその頬に手を当て、そして――ぎゅっと抱擁。
「君を、永遠に愛しぬくよ」
突然の事にシャクティが事態を把握する間もなく、彼の唇がシャクティの唇を塞ぐ。何度も交わしてきた彼との口付け。だが今は、まるで初めて唇を合わせた時のような新鮮さを感じる。
ぶわっ‥‥!
突然、花吹雪が舞った。それは、新郎新婦にだけ見える幻影。
エヴァリィの発したイリュージョンが、二人に花吹雪と世界中から祝福される幻影を見せていた。現実でそうなる事は叶わないが、せめてこの時だけでも――祝福を。
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「伊達さんとシャクティさん。ご結婚おめでとうございます!」
クリシュナの音頭でささやかなパーティが開始された。ひなたが腕を振るった魚料理に肉料理、野菜料理にそしてウエディングケーキ。貴重な砂糖も惜しまず使ってある。
「伊達さん、シャクティさん、ご結婚おめでとうございます☆ 江戸で出会ってからもう4年なんですね‥‥ほんと、月日が経つのは早いなぁ」
料理を取り分けながら、ひなたが在りし日を振り返る。そしてちょこっと自分の胸元を見たりして。
「‥‥でも、全然ひなたって成長してないんですよね」
どこが、と指摘してしまうと悲しくなりそうなのでそこは深く触れず。
「う〜ひなたも素敵な男性と巡り合いたいです。ひなただってもう20歳の大人なんですよ!」
「わたくしだって結婚したいですよー!」
ひなたに合わせてクリシュナも羨ましげにシャクティを見る。彼女はといえば正和に「新婚旅行はどこに行こうか?」と言われて迷っているようだった。
エヴァリィは最後まで異種族婚を良く思わない者の妨害が入らないようにと気を張っていたが、その心配は杞憂に終わった。1組ずつ別々に式を挙げるという企画上、あまり当人達が他のカップルと出会うことがなかった。特に異種族婚という事で蓮も配慮していたが、他のカップルも自分達の事で精一杯だったようである。
「やっぱさ、好きあってラブっちまえばそれでいーじゃん。スゲー年の差婚でも、異種族婚でもバッチOKって奴だしさ!」
紫狼がフォークを握り締めながら力強く笑った。
「皆様、本当に有難うございます」
シャクティが頭を下げる。正和も、同じく頭を下げた。
「皆、力を貸してくれてありがとう」
友達というのは本当にありがたいものだと、彼は心から感謝をしていた。
「それじゃあお祝いに、わたくしの炎技をお見せいたしましょう!」
クリシュナが皆を庭へと促す。
会場には、笑顔と祝福の声が溢れていた。
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その夜――皆が寝静まった後で、ホールへと向かう人影があった。
「ねぇ」
「!?」
突然声をかけられ、その人影――紫狼はびくりと身体を震わせる。
「あ、石月さんじゃん。驚かすなよー」
彼の隣には、白いウエディングドレスを着たシルフのふーかたんとミスラのよーこたんが付き添っている。
「邪魔をするつもりはないんだけど。これ、用意したから」
「貰っていいのか?」
蓮は紫狼の手にそれを握らせるようにして。そして頑張ってね、と告げて背を向けた。紫狼の手の中には【太陽の百合】という名のシルバーリンクが3つ残された。百合の装飾のついたシルバーリングで、太陽に見立てられたダイアモンドが一つ埋め込まれている。
「それじゃ、やるか!」
紫狼はホールに足を踏み入れ、まだ片付けられていない祭壇の前についた。そしてよーこたんとふーかたんをじっと見つめる。
(「ロリ婚で異種族婚で重婚だぞ、参ったかこのやろー」)
心中で悪態をつきながらも、その気持ちは硬い。彼にとって二人はペットではない。大切な家族なのだ。
紫狼とて異世界人だ。だがそれは、生まれと育ちがちょっと違うだけ。地球に帰る時のことを考えると、気分が暗くなる。二人を置き去りにしてしまうのではないかと。こちらの世界に来た時の様にそれが突然起こるのだとしたら、二人に何も告げられないのではないかと。自分がいなくなった後、二人はどうするのだろうかと。
「悩んでいても仕方ねーな」
ぶんっと頭を振り、悪い考えを追い払う。そして彼は、二人と視線を合わせるようにしてかがんだ。
「ふーかたん。よーこたん。俺と、本当の家族になろうぜ‥‥」
夜のホールに響いた宣誓。彼女達の小さな指に指輪を嵌めて。
そして――紫狼はきゅっと、二人を抱きしめた。
窓の外の月精霊は、黙したままでいつまでも三人を照らしていた――。