●リプレイ本文
●仲間達のひと時
ホールに料理はすでに整えられていて、バイキング形式で自由に食べられるようだった。そこかしこに飾られたロゼの花を模した蔓薔薇の造花は意外に精巧で、可愛らしい花で人々を誘惑する。食べ物が置かれている場所だというだけあって、その香りは控えめに設定されていた。(御なじみの、石月蓮の香水が香り付けとして使用されているらしい)
地獄の戦いに共に赴いた同胞達の集まりとして、【チーム・ゲッター】の四人はテーブルを囲んでいた。それぞれ自分の好きな料理、食べられる料理、そして飲み物を自ら給仕する形だが、それもまた良い。
「さて、まずは生き延びた事を共に祝おう‥‥いや、あの戦いに勝利も敗北もないさ」
コップに手を伸ばし、アマツ・オオトリ(ea1842)が静かにに告げる。
「ふん‥‥思えば地獄の戦いは上手く行きすぎた。あの幾重もある地獄の階層を軽々突破して、あっという間に敵の本丸に攻め込んだ。強敵が控えていたとは言え‥‥あまりにも誰かの作為を感じる。まるで、正邪の戦いを演出したがった誰かがな…俺たちもルシファーたちも、利用されただけかも知れん」
「んもーケイったら難しく考えすぎですってばっ。折角なんですから〜!」
微妙に浮かない表情の巴渓(ea0167)の言葉にクリシュナ・パラハ(ea1850)が苦笑を零す。思えばこの友は功労者リストに載るのが嫌だとかでごねていたんだとか。
「同じ志で戦う人間に上位も下位もあるかってまあ、いつもの調子で。んで、最後の最後でチーム結成! いや〜意外と活躍するもんですよね」
「ふーん、色々在ったんだねー」
クリシュナから経緯を聞き、チュールはテーブルに腰をかけたままぷらんと脚を揺らした。
「ですから、何故に菩薩様や弥勒様はご降臨されなかったのでしょう‥‥。どうしてこう、天使さんとか悪魔神さんとか伴天連教ちっくなのが何ともですわねぇ」
こちらはシャクティ・シッダールタ(ea5989)。すでになんだかぶつぶつ険しい顔で呟いている。
「正直、敵役が横文字のお名前の方ばかりで違和感がありましたわ。仏教徒は肩身が狭いですわねぇ。御仏がご降臨されれば、あんな悪魔神さんなんか一撃で滅せましたのに」
酔ってるのか? いや、彼女は酒は飲まないはずだが。
「うーん、でもそういうときこそシャクティとかの仏教徒の人達が、自分の心にいる仏様とかを忘れずに大事にして、仏様の代わりに頑張る必要があるんじゃないかなぁ。文句を言う前に、ね」
「御仏はわたくしの活躍、ご覧になってくださったでしょうか」
「こちらにも都合があるんだから、愚痴言うなーって言ったりして」
にこーっと冗談めかすチュール。シャクティも息をついて。
「愚痴っぽくなってしまいましたね。折角の席に申し訳ないですわ」
そしてジュースの入った杯を手にした。
「共に戦い抜いた仲間らと共に。今この時だけは戦いを忘れよう」
「リンデン領、ジェト、子爵領、スコット領‥‥まだまだ、戦いは終わらん。これからも、地獄に付き合ってもらうぜダチ公ども!!」
アマツと渓の指揮で、グラスがカツンと軽くぶつけられる。そして皆、一口。
「ぷはー。働いた後の一服はいいもんっスね〜」
「いやしかしだ、あの瘴気満ちる地獄の炊き出しの味気ない事よ! 補給部隊も苦心しておったのは存じておるがな‥‥粗食に慣れておるつもりだったが、あれは不味かった!」
クリシュナは酒に舌鼓を打ち、アマツは用意された料理を暖かいうちに、と口に運んだ。
「いまこうして、暖かい料理が食せるのも命あっての事よ。うむ、ここメイディアは港町だけあって魚が美味い」
「ケイ様、アマツさん、クリシュナさん。何だかよく分からない内に終わっちゃいましたわね。お酒や肉に魚は食べられませんが、今はゆっくり英気を養いましょう」
「ああ。ケイ、シャクティ。私にはまだ討たねばならぬ敵がおる。チーム解散とはいかぬぞ。クリシュナも力を貸して欲しい。さあ、その為には喰わねばな!」
シャクティにアマツが皆をねぎらい、そしてまた力を貸して欲しいと願う。
長き戦いを共にしてきた仲間たちにとって、その答えは聞くまでもないことだった。
●男達のひと時
外はしとしとと雨が降り続いていた。レインコートとゴム長靴で水避け武装をした少女と、一人の男性がホールへと入ってきた。布津香哉(eb8378)とマーメイドのディアネイラだ。
ディアネイラは脚が濡れると下半身が魚に戻ってしまうため、雨の日の外出は殆ど避けて通るしかなかったのだが、こうして連れ出してもらえると嬉しくて胸が高鳴る。
「雨が多いとディアネイラは外に出るのも大変だしね。暫く外に出れなかった気分転換に」
「‥‥うれしい、です」
入り口でレインコートと長靴を注意して脱ぎ、そして互いに水気を拭き合う。そんな些細な事さえも、二人にとっては嬉しい。
ディアネイラはシンプルな水色のドレスに、以前香哉から貰ったクローバーのネックレスと純潔の花をつけていた。香哉はそんな彼女の姿を見て、しっかりプレゼントを持っていてくれたんだと嬉しく思う。
「ダンスは相変わらず下手だけど」
流れてくる音楽はスローテンポなワルツだ。これなら香哉でも何とかなりそうだった。
「俺のお姫様、一曲お相手願えますか?」
差し出された手に白い指を重ね、ディアネイラは花がほころぶように微笑んで。
「はい‥‥私の王子様」
二人は音楽に合わせてゆっくりと進み出た。
ステップはそう煩雑なものではない。前に踊ったときの事を身体が覚えている。だから、踊りながらゆっくり言葉を交わす余裕があった。
「雨の日は憂鬱だと思っていたけど。君と一緒にダンスしながら時間を過ごせるなら、こういう雨の日もいいかなって思うよ」
「そうですね‥‥私は香哉さんと一緒にいられるなら、どんな日でも楽しいと思いますよ」
返された言葉に胸が締め付けられて。ディアネイラには大手を振って帰れる故郷というものがない。陸では香哉だけが頼みである。
彼女を守れるのは自分しかいない――そう感じた彼はきゅっと彼女の腰を引き寄せて。緊張と使命感を悟られぬようにして。
「あ、そうだ。今度さ。ピクニックにでも行かないか。俺もこっちにきてまだ見てない所とかたくさんあるしさ。君と2人で一緒の思い出作りたいしね」
にっこりと微笑んで、二人の「これから」の話を切り出した。
「うわー、なにこれー、凄いっ!!」
「お気に召していただけましたか?」
妻の歓声に満足げに微笑むのはルイス・マリスカル(ea3063)だ。妻であるミレイア・ブラーシュはどうやら結婚式前に新婚旅行というのに違和感があったらしいので、こうして改めて新婚旅行気分に浸ってもらえればと連れ出したのだが。喜んでもらえたのなら、来た甲斐があるというもの。
「可愛いお花がいっぱい! あ、こっちの道の向こうは何? ああ、客室ね。客室もお花でいっぱいなのかなぁ」
「そのようですね。造花なのが残念ですが。荷物を置いたらホールへ向かいましょう」
うきうきと部屋の中を見て回るミレイアに見つからないようにこっそりと、ルイスは荷物から包みを取り出した。そして。
「ミレイア」
「ん?」
ひらり、ワンピースの裾を翻らせて振り向いた彼女に、シルクのドレスとショールを差し出す。
「え‥‥え? わざわざもって来てくれたの?」
「少し過ぎましたが、誕生日プレゼントにと思いまして」
「わぁい、嬉しい♪」
ドレスを身体に当ててくるんと回るミレイア。どうやらお気に召してもらえたらしい。
「他に欲しいものがあれば、買ってプレゼントしますが」
「う〜ん、今すぐじゃなくていいんだけど、欲しいものはあるよ」
「何ですか?」
「赤ちゃん!」
自信たっぷりに言われたその言葉に、ルイスは思わず目を丸くした。いやはや、どう対応するべきか。
「でも暫くは、ルイスともっとらぶらぶしたいから、赤ちゃんが出来たら私、やきもち焼いちゃったりして駄目かも」
女の子は耳年魔というか母性へ本能の発達が豊かなのか、彼女はユズリハの館などで子供の面倒を見ることが多かったからなのか――とりあえず一青年としては、客室でそんな大胆発言されると、その、困る。
「わかりました。とりあえず今は二人で時を過しましょう。ミレイア、着替えたらホールへ行きましょう。先ほどチュールさんの姿を見かけたので‥‥」
「あ」
その言葉で、ワンピースを脱ぎかけたミレイアの動きが止まる。
「結婚式に呼ぶの、忘れてた‥‥」
どうやらルイスだけでなく彼女も、だったらしい。
ホールでは先に到着した面々が少しずつ出来上がっていた。
「ま、ともかくっス。チューちゃん、秋になったらどっかいい温泉とか見つけてくれると嬉しいよね〜。瘴気に当たってると肌荒れするんスよねぇ」
「温泉なら、リンデンで蓮が試作のつくってたじゃん〜。アレ、本格営業してもらえばいいんじゃないかな〜」
クリシュナとチュールは若干お酒が入った体で会話を続けている。
「‥‥機嫌悪い、と思う?」
「とりなしはお願いします」
シルクのドレスに身を包んだミレイアは、夫に任されてゆっくりとチュールに近寄って。そして。
「チュールっ! ごめんっ、結婚式に呼べなくって!」
ミレイアの言葉にくるりと振り返ったチュールの目は、酔いが回ったのか据わっていた。
「どーせどーせあたしなんて、友人の数にも入らないよねー‥‥ちっこいシフールだもん、わすれちゃったよね〜」
ああ、やっぱり怒っている。しかも酔いのせいで悪化している気がする。
「幸せなお二人さんは〜どうぞラブラブしてくださいな〜」
「もう、怒らないでよ〜。今度家に遊びにきてね!」
とりあえずこれ以上言ってもムダかもしれないと思ったミレイアは、そうそうに引き上げることにした。ルイスも仕方ないですね、と苦笑する。
「それではご要望どおり、仲良くしますか?」
「うん!」
差し出された手を、ミレイアは自信満々にとって、そして微笑んだ。
(「隣にミレイアがいてゆっくり時を過ごせるなら、それ以上望むことはありますまい」)
二人の指には世界でただ一対の、素敵な結婚指輪が輝いていた。
「エの国にしか咲かない不思議な植物か〜。例え造花でも興味深いね」
「そうね。確かに珍しいわ。でも」
ホールのそこかしこに飾られた造花を眺めている門見雨霧(eb4637)の後ろから、少しご機嫌斜めな声が聞こえた。
「パートナーを放って置いてあまり熱中しないでね? それとも私より、花のほうが綺麗?」
胸元と背中の大胆に開いたドレスを身につけ、髪を高く結い上げたユリディス・ジルベールがそこに立っている。
「まさか。綺麗なユリディスさんを放って置くのはもったいないと思っていたところだよ」
今日のユリディスはいつにもまして妖艶で、そしてなんだか迫力が感じられる。
「でも踊る前にちょっとだけ」
雨霧は手近な燭台を引き寄せ、その蝋燭の芯に細工をし始めた。金属粉や骨粉を混ぜるのだ。そして火をつけると――
「――綺麗ね」
炎色反応によって、炎の色が変わって見えた。
こんな時くらい研究心や探究心は置いておいて自分だけを見てほしいと思うものだけれど、それを口に出すほどユリディスは子供ではなく。素直に彼の行動を許容し、そして綺麗だと感じたものは綺麗だと告げる。彼の持つ、子供のような探究心と研究心は彼の持ち味だし、なによりゴーレムニストとしては必要不可欠なものだと彼女にはわかっていた。きっと、それは同じ道を進み行くユリディスにしかわからない。
「さて、お待たせしました。一緒にダンスを踊っていただけますか? 折角のドレス姿がもったいないですし」
「あら、それだけ?」
差し出された手と雨霧の顔を見比べ、ユリディスが悪戯っぽく微笑む。
「もちろん、好きな人と一度くらいは一緒に踊ってみたいですしね」
その答えに満足したのか、ユリディスは雨霧の手を取ってホール真ん中へと進み出る。
(「‥‥社交ダンスなんてやってみたことないけど、楽しんだもの勝ちだよね、うん」)
意気込みとは裏腹におぼつかない雨霧の足取りを見て、ユリディスは口元に笑みを浮かべる。そして更に身体を密着させて、その耳元で囁いた。
「私がリードするから。それにあわせて動いて頂戴。足を踏んでも大目に見てあげる」
彼女の甘い吐息が耳から伝わって、持ち込んだお酒はまだ飲んでいないはずなのに、ダンスに集中できなくなった気がする雨霧であった。
●密室で大切な人と
「喰いモンいっぱいもらってきたぜー!」
両手に持ったお皿いっぱいに料理を載せてきた村雨紫狼(ec5159)は、客室の一つに入って扉を閉めた。そこには彼の最愛の妻達、シルフのふーかたんとミスラのよーこたんが待っていた。
「くいもん、くいもん」
言葉尻を真似てしまう精霊たち。ちょっとこの言葉遣いはまずい。紫狼の言葉遣いをそのまままねているのであるが、女の子の使う言葉ではない。
「ふう‥‥ロゼの花かー‥‥」
椅子に座った紫狼は、テーブルの上やベッドの上で香水の甘い香りを放っているロゼの花を見た。彼にとってその花の名前は、一人の女の子と重なる。
「今、俺ってば子爵領でこの花とおんなじ名前の女の子を助けて戦ってるからな〜。その子を助けて戦ってるうちにさ、ミスト何とかって竜に会っちまったし」
紫狼の独り言を、ふーかたんとよーこたんは彼の両脇に座って静かに聞いていた。
「‥‥子爵の変態野郎め〜、今月の20日に決闘やるなんて挑戦状送ってきやがったしな。ルシ何とかって大魔神はやっつけたってさ、まだバトルバトルの毎日‥‥。うへぇ、シャレんなんねーや」
危険な依頼には大切な二人は連れて行けない。二人は家で留守番しててもらわねばならない。いくら二人の安全を守るためだとはいえ、二人と離れるのは紫狼だって寂しいし、二人だって寂しいはずだ。
(「今ぐらいはさ、俺を慕って付いて来てくれるふーかとよーこをたっぷり甘えさせてやんなきゃな!」)
ぎゅっ。
両手を伸ばし、二人を抱きしめる。
「ぎゅー♪」
「ぎゅー♪」
嬉しいのか、二人も紫狼に身体をくっつけるようにして。
(「しかし密室に幼女二人を連れ込んでるんだよなぁ〜。つ、つくづく日本じゃなくて良かったぜ!!」)
そんなことを考えつつ、紫狼はふーかたんに顔を近づけ――。
そして自分にもと彼の服の裾を引くよーこたんにも――。
別の客室で。窓際の椅子に腰をかけたエリヴィラ・セシナの傍に立ったキース・レッド(ea3475)は、思いの丈を語っていた。
「あの苛烈な地獄の戦いを生き延びられたのも全て、この精霊招きに込められた君の歌があったからだ。ありがとう‥‥本当に、君に巡り合えた奇跡を感謝したい」
地獄での戦いが終わったら、一度ゆっくり過そうと、決めていた。
「まあ‥‥君を想うあまり周りがまた見えなくなっていたのは反省してるよ。アナイン・シーには、あとで謝っておかないといけないな‥‥」
自分の言動を振り返ると、恥ずかしい部分がないと言うのは嘘だ。だが、しっかりと反省はしている。いい大人なのだから、しっかりしなさい――そんなアナイン・シーの声が聞こえてくるようだった。
「‥‥エリィ」
「‥‥はい」
彼女と向かい合うように椅子に座ったキースは、腕を組んで、そして彼女を見つめる。
「まだ世界は混沌に満ちている。異種族との交わりも禁忌のままだ。それでも僕は、君を愛している。今なら、素直に君に伝えられる」
そう、一つの大きな戦いを終えた、今なら――
「君に許してもらえるならば。これからも君と共に歩んで生きたい‥‥君に結婚を、申し込みたい」
差し出されたのは細く糸のように仕上げた銀をより合わせて作った「優雅なる白銀」という名の指輪。その銀色は彼女の銀糸ととてもよく合うと思う。
「いつ‥‥言ってくださるのかな、と思っていました。今までは、気持ちばかりが先走っておられたようですから」
くす、とエリヴィラは微笑んで。
「きっと‥‥私はあなたの隣で時を過してゆくのでしょう‥‥。あなたからはその時の推移がゆったりと見えることでしょう。‥‥自分だけ老いていく恐怖、先に死ぬかもしれないという恐怖、家族と共に迫害されるかもしれないという恐怖。あなたは――それと戦う覚悟をお持ちなのですね?」
極端に寿命の違うものたちが添い遂げるとはそういうことだ。自分だけ老いていく恐怖、先に死ぬ恐怖が一番に来る。だがそれがもし、相手を置いていってしまう恐怖に変わったのならば――独りよがりの愛ではなくなるのだろう。
「もしも子供が生まれたとしたら、人間の子供だろう。僕と子供だけなら、普通の人間の家族に見えるだろう。けれども僕は、エリィ、君と一緒に家族を作りたい。君も家族も、守ってみせる。だから――」
永遠など、ないけれど。
いつかきっと、この人も子供も先に逝ってしまうのかもしれないけれど。
それでも――‥‥‥。
エリヴィラはゆっくりと、自分の左手を差し出した。それは、諾の意。今度は彼女が覚悟をする番だ。
壊れ物に触るかのようにゆっくり丁寧に、キースは彼女の薬指に指を嵌めていく。
それは誰にも邪魔されない、誓いの儀式だった。
●ロゼの花の香りに包まれて
「う〜みんならぶらぶしやがって〜」
チュールは飲みすぎで、ホールの長椅子でつぶれていた。自分にロマンスなんて舞い降りてこないと思っている彼女は、密かにゴーレム工房辺りから発せられるラブラブ光線には気づいていないようだった。
本物には敵わないだろうけれど、飾られた造花たちは誇り高くそこにあり、そして冒険者達の余暇を見守っていた。