祈りに感謝を あなたたちに休息を

■イベントシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 66 C

参加人数:15人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月14日〜08月14日

リプレイ公開日:2009年08月26日

●オープニング

●地獄での戦いを終えて
 地獄の勢力との戦いは、ルシファーの再封印という形でひとまず終局をみせた。
 まだまだ各地で蠢くデビルやカオスの魔物などは沢山いる。だが先頃のような大戦に繋がる事はないだろう。
 冒険者達にもしばしの休息を――といきたいところなのだが、そうもいっていられない。各地での復興や、変わらず現れ続ける敵たちとの戦いはまだ続いているのだ。
 それでもきっと、自分達ならば何とかしてしまえるだろう――そう感じるのは、地獄での大きな戦いを乗り越えてきたからかもしれない。


「アナイン・シー‥‥色々とありがとう、ございました」
 リンデン侯爵領、主都アイリスにあるリンデン幻想楽団宿舎の自室にて、歌姫エリヴィラ・セシナは窓辺に座る月精霊アナイン・シーを見た。
 アナイン・シーは「エリヴィラの歌声が失われるのが惜しいから」というなんとも自分本位な理由ではあったが、事あるごとに地獄での戦いやカオスの魔物の襲来の対処に手を貸してくれた。何度も付き合っている冒険者達からは、言うことはアレだが素直になれないだけで、本当は優しい性格なのではないかと思われているようだった。
「いいのよ。気にしなくて。私は私がしたいからあなたを守るように動く、私が居たいからあなたの傍に居る、ただそれだけなのだから」
「けれども今までケルベロスにぶつける力を‥‥集めたり、カオスの魔物の襲来を‥‥教えてくれたり、エキドナと戦いに祈りの力を集めてくれたり‥‥祈りに来た冒険者達に大切な精霊を預けたり‥‥。最後は、私と一緒に‥‥地獄まで来てくれて‥‥」
 そう、アナイン・シーはエリヴィラの願いを聞いて(勿論一筋縄ではいかなかったのだが)、地獄まで同道した。万魔殿での戦いでは精霊にも祈るという祈りの場に姿を現し、冒険者と共に祈った。その記憶はまだ新しい。
「別に、感謝されるようなことをした覚えはないわ。ただ、乗りかかった船だっただけよ」
「‥‥素直じゃ、ないですね‥‥」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
 くす、微笑んだエリヴィラに、彼女は妖艶な笑みを返して。
「私はアトランティスの精霊だから、あなたのいたジ・アースに在るような『神様への祈り』というものは解らないわ。けれども祈りの力、想いの力は時に魔をも退ける――それが証明されたわね」
 アトランティスの精霊であるアナイン・シーに対して、エリヴィラはロシアの出身だ。神への信仰心というものも多少は持ち合わせている。
「冒険者の皆さんや‥‥各地で結ばれた『祈紐』にも、随分助けられましたよね‥‥」
 エリヴィラは結び目を作って形作られたその紐を手に取り、そして眺める。戦いのさなかにも持ち続けていたせいで多少薄汚れてしまったが、こめられた祈りと想いは薄れていない。
「このリンデンでも‥‥少しずつ、広まり始めていますし」
 元々は聖別された印として形作られたこの祈紐。アトランティスに「聖別」という概念は広まってはいないが、それでも強大なカオスの魔物の脅威に晒されているこの地において、何か力を持つのではないかと冒険者の勧めでリンデンの騎士、イーリス・オークレールなどが中心となって布教活動を続けていた。
「黒翼の復讐者や炎の王に対してどこまで効果を発揮するかわからないけどね」
「‥‥相変わらずですね」
 アナイン・シーの物言いに、エリヴィラは笑ってみせた。決して祈紐の力を侮っているわけではないと解っているから。これが彼女のいつもの物言いなのだ。祈りの力、歌や踊りなどの力、想いの力が時には敵を貫く刃となることは、誰よりもアナイン・シー自身が知っているはずだった。でなければ、数度に渡って祈りの儀式など開いたりはすまい。
「私だけでなく、祈紐にも感謝しないとね」
「‥‥そうですね。あと、地獄での祈りに応えてくださった、ヴァルキューレ様にも」
 通称風の澄む島――メイディアの東にある島、クラウジウス島に住むヴァルキューレは滅多なことではその島を動かない。実際、ジェト奪還についてきて欲しいと冒険者達が頼んだ時は断られたくらいだ。それがあの戦いにおいて地獄まで足を運んでくれたのだ。
「それでは、クラウジウス島へ参りましょう‥‥もちろん、アナイン・シーも共に」
 エリヴィラは手を合わせ、小さく小首を傾げた。
 冒険者にささやかな休息を。
 精霊に感謝の宴を。
 身を守ってくれた祈りと想いの結晶に――感謝と安らぎを。
 無人島において、ささやかなる感謝の儀を。


●旅程
 朝、メイディアからゴーレムシップでクラウジウス島へ。昼前には着きます。
 島北部の砦には、今はメイから派遣された兵士が駐屯していますので、島南部の砂浜と海で過ごします。
 陽精霊が輝いているうちはキャンプファイアーの準備や食事の準備、海や砂浜で遊んだりなど自由に過しましょう。
 月精霊が輝き始めたら、キャンプファイアーを点火。持ち寄った祈紐を、感謝の気持ちをこめて火にくべましょう。人々の祈りは煙となって、空を伝って各国に届くことでしょう。
 普段は島中央の切り立った山にいるヴァルキューレと、同行したアナイン・シー、他にも感謝したい相手がいれば感謝を込めて祈りを捧げたり、歌を歌ったり、演奏したり、踊ったり、ラブラブしたりとお好きにお過ごしください。
 翌日の夕方、帰還します。


●物販
 各所からの口利きで派遣された地球グッズ販売商人が同行しています。ささやかなるバカンスにて使用したい物品であれば売ってくれます(一人1品まで。お金は5〜15Gご用意ください)
 シュノーケル、ゴムボート、フィッシングロッドセット、ドルフィンボート、バナナボート、水中眼鏡、ビキニ水着、海パン、ワンピース水着、ビーチボール、ビニール製浮輪、ウエットスーツ。

●今回の参加者

巴 渓(ea0167)/ ミフティア・カレンズ(ea0214)/ アシュレー・ウォルサム(ea0244)/ 美芳野 ひなた(ea1856)/ ルイス・マリスカル(ea3063)/ キース・レッド(ea3475)/ 門見 雨霧(eb4637)/ 鳳 双樹(eb8121)/ サクラ・フリューゲル(eb8317)/ 布津 香哉(eb8378)/ 雀尾 煉淡(ec0844)/ シファ・ジェンマ(ec4322)/ 村雨 紫狼(ec5159)/ ソペリエ・メハイエ(ec5570)/ レラ(ec5649

●リプレイ本文

●着
 冒険者達を乗せたゴーレムシップは東へと海を渡り、予定通り昼前にはクラウジウス島へと到着した。早速砂浜に降り立った冒険者達は、めいめい目的の行動を取るために散る。
 メイの市場で食材を購入してきた美芳野ひなた(ea1856)、シファ・ジェンマ(ec4322)、ルイス・マリスカル(ea3063)は食材をゴーレムシップから降ろし、海パンの上から鉄人のエプロンを纏ったアシュレー・ウォルサム(ea0244)もそれを手伝う。
「ミレイア、食事の準備をお願いいたしますね」
「うん。精霊様が近くに居るのって緊張するけど‥‥がんばる!」
 夫ルイスの言葉に答え、ミレイア・ブラーシュも簡易調理場となった岩陰へと移動をした。ソペリエ・メハイエ(ec5570)もクリエイトハンドで食材提供をし、食材は十分のようだったがそれでも期待されるのは釣り組の吊り上げる魚だ。
「っしゃ! 夏だ! 水着だ!! いうううぅ海だぅぇあコゥるゥぁアあーーーーっ!!!」
 海に向かって盛大に叫んでいる村雨紫狼(ec5159)は商人からフィッシングロッドを購入し、ゴールドフレークを撒く。同じくフィッシングロッドを購入した雀尾煉淡(ec0844)も近くの岩場に腰を下ろしたが、「あまり大きな声を出すと魚が逃げてしまいますよ」と微笑んで。
「素潜りして、アワビやらサザエでも獲って来るとするか!」
 巴渓(ea0167)が勢い良く海へと飛び込む。
「テントとか持ってこなかったからその分ちゃんとお手伝いしたいんだけど‥‥何をすればいいかな?」
「じゃあ、ひなたと一緒にカマドを作ってもらえますか?」
 手持ち無沙汰のように調理組を覗き込んだレラ(ec5649)に、ひなたが組みかけていたカマドを示す。一人で全てやれば楽だが、こういう時は皆で一緒に作業をするのも楽しいものだ。
「何を作りましょうか」
「基本はやっぱりバーベキューかなって」
 食材を前にして悩むシファの横で、アシュレーは肉や野菜を手際よく切り分けていく。バーベキューは準備が簡単な上に大人数で食べるのに向いているからありがたい。アシュレーとしてはさくっと準備を済ませて彼女と遊びたいようではあるが。
「ひなたは海草サラダやシーフードパスタ、野菜スープなんてどうかなって思ってます」
「勿論取れたての食材そのまま食べるのも、アリだよね?」
 ひなたの言葉にレラが目を輝かせる。勿論です、とひなたは笑って。
「お魚釣れるといいね〜。そのまま焼き魚もいいけど、身をほぐしてスープにしたりとか〜」
「お肉と野菜の炒め物も、大量に作るのにはよさそうですね」
 ミレイアとシファがそれぞれ食材を見ながら案を出し合う。大人数では在るが、その分手も多いから立派な食事が取れそうだ。
「組み立てはこんな感じでいいでしょうか?」
「途中で倒れないように注意しないとなりませんね。まだまだ木材は必要そうですね」
 キャンプファイアーの準備をしていたソペリエとルイスが海岸奥の森を見やり、そして。
「そういえばアナイン・シーはいらっしゃいましたが、ヴァルキューレはまだですか?」
「‥‥そういえば誰も呼びに行くと言ってませんでしたね」
 けれどもこの賑やかさを聞きつければ、何事かと現れてくれるかもしれない。もし姿を見せなければ、島中央にある山頂へアナイン・シー自身が呼びに行く事だろう。
 そのアナイン・シーはというと、ゴーレムシップを降りたところにエリヴィラと共に居て、キース・レッド(ea3475)と何か話し込んでいるようだった。
「本当に、すまないと思っている‥‥僕も、彼女の事ばかり考えていて貴女の立場を考えていなかった」
「わかってくれればいいのよ」
「地獄の戦いにまで加勢して頂いて‥‥感謝してもしきれない」
 頭を下げんばかりの勢いのキースに、彼女はふ、と笑って。
「あれは私がしたくてした事だから。でも感謝してくれるというならば、喜んでその気持ちをいただいておくわ」
 物言いはいつもの通りのようだ。キースは笑って、そして願いがあると告げた。
「ここでは彼女と‥‥エリィとのんびり過させてもらえないか?」
「別に構わないわよ。私は感謝されるので忙しいから好きにしたら?」
 こんな物言いしか出来ない不器用な精霊だとわかっているから、キースは「ありがとう」と礼を述べ、そしてエリヴィラへと向き直った。
「行こうか」
「‥‥はい」
 差し出された手を取り、二人は浜辺へと歩みだす。
「‥‥一体何の騒ぎかと思えば」
「丁度よかったわ、呼びに行かなきゃと思ってたの。私だけ感謝されるっていうのも捨てがたかったのだけど、さすがにあなたのお膝元でそういうのもね?」
 一陣の風が砂を巻き上げる。ふわり、降り立ったのは白銀の戦乙女ヴァルキューレ。その姿を認めた冒険者達が、一様に彼女達に近づいてくる。
「アナイン・シー様、ヴァルキューレ様、お越し頂きありがとうございました」
「儀式で顔をあわせた事もありましたが‥‥改めて御挨拶致します」
 揃って頭を下げたのは、鳳双樹(eb8121)とサクラ・フリューゲル(eb8317)。双樹はドルフィンボート片手に、サクラはワンピース水着を着用している。
「わざわざ礼など‥‥我は正義の為の戦いに力を貸したまで」
 当然の事だと言い切るヴァルキューレに、それでもお礼がしたいんです、と二人は食い下がる。
「アナイン・シー様、儀式の時に頂いたアイテムのおかげで、雲母ちゃんがフィディエルになったんです」
「あらほんと。あなたの愛とお世話で無事に成長したのね。おめでとう」
 嬉しそうに微笑む双樹の横で、雲母も微笑んでいた。
「ヴァルキューレ、地獄で力を貸してくれて有難うございます」
 その姿を認めて駆け寄ってきたソペリエにも、彼女は当然のことをしたまでだと言い切る。
「あら、私には感謝の言葉は?」
「あ、勿論感謝しております、アナイン・シー」
 揶揄するように告げられて、慌てて付け加えたように言うソペリエ。いつもならばアナイン・シーの鋭いツッコミが入るところだが、今日は彼女も機嫌がいいようだ。
「ヴァルキューレ!」
 調理場から走ってきたシファは、半ば泣きそうな顔をしてヴァルキューレに頭を下げた。
「お預かりしていたジニールを、恐らくジェトで失ってしまいました。私のいたらなさで一緒にいられなくなった事は申し訳なく思ってます。もしいつか再び会える日があれば直接謝り、助けてくれた事への感謝を致したく存じます」
「そうか、彼は精霊界へ還ったか‥‥。だがそなたは少し混乱しているようだな、彼が還ったのはジェトではなくもっと西での事だろう。ウィルあたりか」
 だがアトランティスである事には間違いない、とヴァルキューレは頷き、そして。
「いずれまた、縁があれば出会えることだろう。あまり気に病まないことだ」
 彼女がシファを責める事はなかった。
「アナイン・シー、ヴァルキューレ」
 そこへ現れたのはバケツに数匹の魚を入れた煉淡。釣りはそこそこ成功しているようである。
「助力を心から感謝いたします。感謝の印にこれをお受け取りいただければ」
 彼が差し出したのは月光の指輪と風精の指輪。2柱の精霊はそれを受け取って。
「その気持ち、頂いておこう」
「ありがとうね」
 ヴァルキューレに至ってはもう当然のことをしたまでだと言い張るのはやめたようだ。というより、漸くこの来訪の趣旨を悟ったという事だろう。
「よっしゃー! 大漁だぜー!」
 嫁でもあるシルフとミスラを連れ立って走ってきたのは紫狼。どうやら大漁のようで、この分なら食事に新鮮な魚が並びそうだ。
「アナ何とかのオバさんもさ、水着着んの? いーじゃんいーじゃん俺見てー!」
「アナイン・シーよ。いい加減覚えて頂戴」
 ちょっと眉根を寄せたアナイン・シーも「まあ着てみてもいいわね」と笑んで。ヴァルキューレにも勧めたが、真面目な彼女は固辞した。
「俺もマイ嫁ズも家から着てきたぜー!! つか俺たち、結婚したぜオバはん」
「オバはんとかいい続けていると、またお仕置きするわよ。というか‥‥結婚、ねぇ」
 アナイン・シーとヴァルキューレは顔を見合わせた後、ちらりとよーこたんとふーかたんを見て。
「まあ‥‥大切にしてもらえるというのに水を差すつもりはない」
「そうね。本人達も嬉しそうだから」
 紫狼に愛されて可愛がられて嬉しそうにしている二精霊を見て、うるさい事は言わないことにしたようだ。
「よし、こっちも大漁だ。海藻もとったぜ! ところで精霊の姐さん達、酒はいけるクチかい?」
 海から上がった渓の両手は戦利品でふさがっていて。それでも通りがかりに尋ねる事は忘れない。
「あまり飲まないけれど飲めないというわけじゃないわよ」
「よし、じゃあ夜は酒盛りだ!」
 賑やかな夜になりそうである。


●それぞれの――
 一方、ユリディス・ジルベールを誘うついでにゴーレム工房の皆にも声をかけた門見雨霧(eb4637)。彼に呼ばれて同行したのはゴーレムニストのエリカと彼女のお目付け役のアステール・プロコピウスだ。とりあえず声をかけたのは「ついで」だとは口が裂けてもいえない。けれども彼らも鉄製ゴーレムシップの航行実験を兼ねての同行だというから、お互い様かもしれなかった。
「工房の皆が多忙にも関わらず、万全な状態のゴーレムを準備してくれたから戦え、無事に戻ってこれたしね」
「そうよ、感謝しなさい」
(「‥‥ま、一番感謝しているのはユリディスさんにだけどね」)
 なんて口に出したらエリカにはたかれそうなので、それは心の中にしまっておく。程なくして彼らは猫のクロをユリディスに預けて、再び航行実験へと戻ったので彼らは抜け出すまでもなく二人きりとなった。二人が気を利かせてくれたのかどうかは、わからない。
「たまにはノンビリと、いろいろと話をしてみたいなと思って」
 岩場で釣り糸を垂れる雨霧の横で、ビキニ水着に身を包んだユリディスは岩場に腰掛けて。きっとエリカに水着姿を見られたら、けしからん乳だとか何とかいわれるに違いないと思いながら。
「何か聞きたいことでもあるの?」
「そりゃああるよ。よく考えたら、情けないことに俺って、ユリディスさんの誕生日だとか出身だとか知らないんだよね〜」
 膝の上で丸くなったクロを撫でて、ユリディスは「そんな事」と妖艶に笑んで。
「誕生日は4月17日。出身はメイディアよ」
「ユリディスさんが子供の頃って、どんな感じだったんだろ〜? やっぱり、行動力のある可憐な子供だったのかな?」
「知識を吸収するのが好きな子供だったわ。必死で勉強をして、比較的若い年齢でゴーレムニストとして認められたけれど、気がつけば私はゴーレム以外のことを殆ど学んでなかったの。良いゴーレムニストとして国の為に働くには、もっと幅広い知識が必要だと思ったから、工房の許可を得て数年旅の教師としてメイ国内を渡り歩いていたの」
 ユリディスはゴーレムニスト学園が設立された時、自分を首都に連れ戻す為に現れた冒険者達に語った事を再び語る。あれからだいぶ時が流れた。数人のゴーレムニストを輩出した彼女は、何を思うのだろうか。
「今思えば、あなたに出逢う為にゴーレムニストになったのかもしれないわね――なんて言ったほうがいい?」
 くす、とからかうような笑みを交えながら零された言葉に、雨霧も笑って。
「それはユリディスさんらしくないかも」
 平和な、時間が流れる。


「ヴァルキューレ、以前は島を解放するのに力を貸してくれて有難う」
 あの時のお礼をいってなかった、と布津香哉(eb8378)は横に立つマーメイドのディアネイラと共に頭を下げる。
「あら、私には感謝の言葉は?」
「あ、アナイン・シーにもお礼は言いますよ」
「何そのついでみたいなのは」
 小さく、笑みが漏れる。言葉が全てではないと知っている彼女達だからこそ、そんなやり取りも楽しめるのかもしれない。
「俺自身はバカンス目的で島に来たわけじゃないから‥‥この辺で失礼します」
 香哉は二精霊に別れを告げ、ディアネイラの手を引いて人の少ない端の岩場へと向かう。彼らの後ろをフィディエルのルゥチェーイと月のエレメンタラーフェアリーのナヴァルーニイがついて来ていた。
「辛い事を思い出させてごめん。でも、鎮魂の祈りをしたかったんだ」
 香哉の故郷の地球では、お盆に墓参りをする習慣がある。それと似たようなものだとディアネイラに説明をして。
 彼が祈るのは、海で眠るネスを初めとした、バの息のかかったマッドサイエンティストの実験の犠牲者達マーメイド。
「‥‥大丈夫です。ネス達も、忘れずにこうして祈ってもらえることを喜ぶと思います」
 香哉が静かに目を閉じたのを見て、ディアネイラも同じように黙祷する。波が岩にぶつかってはじける音が耳に響く。海を楽しんでいる他の冒険者達の声は、酷く遠くに聞こえた。
「いつの日か人魚と人が蟠りを解いて共に歩めるように俺達で頑張ろう」
「はい」
 陸に上がった人魚姫は、愛しい王子様の瞳を覗いてしっかりと頷いた。
「ルゥ、悪いがこの花、ネス達が眠る場所に届けてくれるかい?」
 香哉が用意してきた花束を、ルゥチェーイが受け取り頷く。そして海の中へと入った。実験が行われていた砦は島の北側。水の精霊である彼女が、その場所まで泳いでいくのを二人はずっとずっと見つめていた。


「綺麗だろうなとは思っていたけれど」
 二人きりの浜辺で水着姿になったエリヴィラを、キースは眩しそうに眺めた。
「水着は‥‥着たことないので少し恥ずかしいですね。似合ってますか‥‥?」
「そりゃあ‥‥うん、綺麗だよ。けれど」
 言葉を切ったキースに、エリヴィラは小さく首を傾げて。
「他の男に見せたくないのが本音かな」
 苦笑と共に紡がれたその言葉を聞いて、エリヴィラははにかんで笑った。
「ヴァルキューレ様がいらしたみたいですけれど‥‥お礼を言いに行かなくていいのですか?」
 キースはジニールを託してもらった礼と、地獄での助力を感謝するといっていた。だからエリヴィラは尋ねたのだが。
「後にするよ。今は他の冒険者たちと話しているみたいだしね。それに――折角君と二人きりなんだ。もう少し堪能させてほしい」
 好きなだけどうぞ、とエリヴィラがくるっと回って見せると、腰の部分についたリボンがふわり、潮風に乗って流れた。


「わ‥‥どれにしよう‥‥」
 白地にオレンジの花柄、リボンつきで下がフリルのミニスカートになっている水着を着込んだミフティア・カレンズ(ea0214)は、貸してくれるという地球産アイテムの前で迷っていた。散々迷った挙句に借り受けたのはドルフィンボートと青い半透明のビーチボール。膨らましてボートに乗って、そして思う。
「凄いよね、水着って人魚になったみたい!」
「確かに、そうですね」
「うちの雫にも水着を持ってきてあげればよかったかな」
 一緒に海に入ったサクラや双樹と共に、水を掛け合ったりふよふよと波に揺られてみたりして。
 暫くするとキャッキャッと明るい声が響く海を見ていたアシュレーが、双樹を呼んだので、彼女は一度陸に上がった。
「食事の準備が済んだから、双樹と楽しもうと思って」
 アシュレーはデジタルカメラで記念撮影をした後、浮き輪をビート板代わりにして二人で波間へと繰り出す。
「わわ、バランスをとるのが難しいですね」
「大丈夫。もしバランスを崩したら支えてあげるから」
 すっと腰に回された手に、少し身体を硬くする双樹。だが耳元で「海の中は誰にも見られていないよ」と言われてしまったので、その身体を彼に預ける。
 少し大きな波に二人揺られて、顔にかかった飛沫に笑いあって。


「何かご要望はありますか?」
 キャンプファイアーの準備を終えたルイスは、食事の準備を終えたミレイアに尋ねる。支えてくれる妻への感謝として付き合うつもりだったが、彼女は困ったような表情をしている。
「いつも支えてもらっているのは同じ! だから私ばっかりいい思いするのはずるいよ!」
 彼にも何か要望を言って欲しい、そういうことらしい。
「いつもいつもルイスは私のことをちゃんと考えてくれるから。だからたまには私にも何かさせて!」
「毎日支えていただいているだけで十分ですよ?」
「なら、私もそれで十分」
 ぷぅ、と小さく頬を膨らませた妻を見て、思わず笑みを漏らすルイスであった。


「いや〜あっついね〜、蝦夷生まれのおいらにはしんどい季節だよ〜!」
 手伝いを終えたレラは、連れてきたキムンカムイと共に海へと入っていた。着ている物を全部脱いでしまったが――うん、きっと誰も見ていないってことで。
「うひゃあ〜〜〜気持ちいい〜。キムンカムイも気持ちいい?」
 波間から顔を出しながら尋ねるが、当のキムンカムイは知らん顔して泳いでいる。どうやら意思疎通をするにはもう少し絆を深める必要がありそうだった。


「みなさーん、ごはんにしますよー!!」
 ひなたの声が浜辺に響き渡る。潮風に混じって、食欲をそそる匂いが浜辺に満ちていた。遊ばずにずっと食事の準備をしていたひなたや下準備をしてくれた者達、食材を獲ってくれた者達に感謝しつつ、それぞれが好みの料理で舌鼓を打つのだった。


●感謝の――
 月精霊が輝き始める頃。
 キャンプファイアーに炎が灯された。
 浜辺の真ん中で燃える大きな炎に、それぞれが祈紐を投じていく。
 煙となった想いが、感謝の心が空を伝って各国へ届きますように、と。
(「正直、祈紐を企画した奴らの熱意を無駄にしたくない。その為に協力したんだ。神の愛だ絆だなんざ、クソほども信じちゃいねぇ。そういうもんは口に出した瞬間に意味が無くなるもんさ」)
 心の中で呟いた渓は、手にした祈紐をもう一度握り締め、そして炎の中へと投げ込んだ。
(「だから俺は、この紐を信じて戦った全ての仲間たちの心意気に感謝して祈るよ。ありがとうな」)
「俺は、日頃支えてくれる嫁たちにマジで感謝!!」
 紫狼は自分の両脇に座った嫁達を、両手でぎゅっと抱きしめて。一緒に居られる事の幸せを噛み締める。
(「祈紐だけでなく、これまで助力してくれた全ての存在達に感謝を」)
 紐を火にくべ、シファは静かに祈る。
 同じくこれまでの戦いで助力してくれた精霊や天使など多くの存在に感謝をするのはソペリエ。祈紐を投じ、十字を切る。
「いと高きところの精霊達と天使達、大いなる主の栄光よ。地に平和をもたらす栄光よ。貴方がたの偉大なる栄光のもとに感謝を捧げます」
 神聖騎士らしい朗々とした声が、夜の浜辺に響いた。
「紐さん、ずっとひなたたちを守ってくれてありがとうです」
「ジゴクって場所じゃ、おいらなんて全然役に立たなかった。でも祈り紐には助けてもらったよ。ちゃんと供養しなきゃ。ホント、こんなちっちゃい道具なのにスゴイよね!」
 ひなたとレラも、感謝の言葉を述べる。
 それが煙となり、天に還るのを見送って感謝の念をこめたルイスは、笛を取り出し奏で始めた。精霊への感謝として演奏する彼の隣には、微笑みながら彼を見つめる妻の姿があった。
「ふふ、近くにいるから双樹の体温を感じるね」
 妖精の竪琴を爪弾くアシュレーに、浜辺に座った双樹は寄り添うようにして体重を預ける。触れ合った部分から互いの熱が感じ取れた。
「支えになってくれた祈紐と、‥‥ユリディスさんに感謝」
 紐を炎にくべた雨霧を、隣に立ったユリディスが「馬鹿ね」と小さく笑った。
「‥‥精霊さん達と仲良くしていきたいです」
 サクラは炎を見つめるエリヴィラの隣に立ち、自らの考えを語って聞かせた。パリで精霊達と交流すべく、彼女は自身で依頼を出しているという。だから、精霊招きの歌姫と呼ばれるエリヴィラに憧れていた、と。精霊達との共存を実践するこの国は、とても素晴らしいと。
「‥‥私は‥‥憧れていただけるほど、立派ではないですよ」
 くすぐったそうに笑むエリヴィラの横で、キースと煉淡が彼女の狂化を防ぐべくランタンを掲げていた。
「賛辞は素直に受け取ってもいいと思うな」
「アナイン・シーに似てしまいますよ?」
 キースと煉淡の言葉に、思わず笑みがこぼれる。当のアナイン・シーに聞かれていないか、辺りを見回したりして。
「‥‥よければ一曲聴いてくださいませんか?」
 エリヴィラの前で言うのは勇気がいるけれど、思い切って告げたサクラに「勿論」と彼女は穏やかに笑って見せた。
 サクラの歌声が響く中、ミフティアがエリヴィラの隣に移動してその袖を引く。
「あのね、感謝の気持ちをめいっぱい込めて踊ろうと思うんだけど‥‥エリヴィラさんの歌に合わせて踊ってみたかったけど‥‥駄目かな?」
「私の歌でいいのですか?」
 その申し出に、逆にエリヴィラが目を丸くして。
「うん、是非お願い!」
「よければ、一緒に歌ってみたいです」
 一曲終えたサクラも、その会話に加わって。すると傍で黙って聞いていた煉淡が、待っていましたとばかりに「よろしければ」と歌詞の書かれた羊皮紙とローレライの竪琴を取り出した。いつもエリヴィラに歌詞を提供してきた彼だ。今回もぬかりはない。
「じゃあ‥‥私とサクラさんで歌って、ミフティアさんが踊るということで‥‥」
 良いですか、と首を傾げるエリヴィラに、二人は大きく頷いた。
 煉淡が竪琴を爪弾く。それにあわせて水着のままのミフティアが羽衣とビーチボールを小道具に初めのステップを踏む。
 サクラとエリヴィラが大きく息を吸い込み、歌詞を紡いだ。

 ♪〜月が私達の家路を眩く照らすように
 風が私達の背をおしてくれるように

 ビーチボールを祈りや大事なものに見立てて、ミフティアはふわんと投げては受け取る。決して落さずに、片手に乗せたまま器用に動いて。

 ♪〜平和が私達と共にあるよう
 見守って下さるすべての存在に
 私達は感謝と祈りを捧げます

 二重の歌声に乗せて高く、伸びやかに跳んだミフティアは、着地と同時にビーチボールをぎゅっと抱きしめる。大切な、大切なもの。

 ♪〜貴方がたと出会えた僥倖に
 貴方がたと共にある奇跡に

(「神様も、精霊さんも、頑張った皆も、ありがとう、お疲れ様」)
 祈りを込めてミフティアが舞う。
 サクラとエリヴィラが歌う。
 煉淡にあわせるようにルイスとアシュレーが音を重ねる。
「来た、みたい」
 口元に妖艶な笑みを浮かべたまま、アナイン・シーが呟いた。
「そうだな」
 隣に座ったヴァルキューレも、つ――と空を見上げて。

 初めはキャンプファイアーの火の粉が飛んだのかと思った。
 次に、空に浮かぶ月精霊の輝きかと思った。
 けれども、そのどちらとも違った。
 様々な色をしたその光は空ではなく、空中に浮かんでいた。
 ちいさな光が、沢山。
「エレメンタラーフェアリー!?」
 誰かがその名を呼んだ。
 光はまるでそれを肯定するかのように明滅して、そして浜辺上空をふわりふわりと飛び回る。
 無数の、精霊達。
 歌と、祈りに惹かれてやってきた彼らは――ありがとう、と呟いているように聞こえた。

 その幻想的な風景を、忘れる事は出来ないだろう。
 浜辺の上空に浮かび上がる精霊達。
 ありがとう、ありがとう――それは誰の声か。
 人の声か、精霊の声か――はたまた、また別の存在の声か。

 この空の下、祈りに――感謝を。