恋に恋するお年頃

■ショートシナリオ&プロモート


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月22日〜04月27日

リプレイ公開日:2007年04月25日

●オープニング

「もう我慢できんっ! あの我侭娘には頭にきた!」
 壮年男性が、ギルドのカウンターに拳を振り下ろす。ギルド職員は思わず目の前に振り下ろさせた拳と男性の顔とを見比べた。
「うちの娘を連れ戻してくれ!」
「‥‥えと、ですね、順を追って事情を説明していただかないと…‥」
「娘が家出した。最近この街に来た冒険者に恋して、冒険者街に行っちまったんだ」
 声を荒げる男を見上げ、職員は軽く嘆息を漏らした。
「‥‥そうはいわれましても、恋愛問題は当人間、そしてそのご家族内で解決していただいた方が‥‥」
「それができねぇから頼みに来てるんだろ!」
 再びドンとカウンターに拳を叩きつける男。
「娘はまだ10歳なんだ」
「‥‥‥」
 どうやら込み入った事情があるらしい。


 メイディアの冒険者街に程近いところにある小さな食堂兼酒場は、近くに住む冒険者や住民達にはそれなりの人気を得ている。主人は無愛想だが料理の味は悪くない。そして店に花を添えるのが、手伝いをする看板娘ミレイア。
 ただし彼女には困った癖があり‥‥まぁそれも含めて常連客達は彼女を酒場の花と認めているのだが。
「娘はな、どうやら冒険者の嫁になるのが夢らしいんだ」
 男―――その店の主人はカウンターに肘を突いて事情を語る。
「まだ子供だから、夢を持つことは悪いとはいわねぇ。ただ―――」
 ミレイアは初めて酒場を訪れる青年冒険者には、必ず運命を感じるらしい。つまり、若い男性冒険者ならば誰でもいいようなのだ。

「貴方は私の運命の人ですわっ!」

 店の手伝いそっちのけで初めて訪れた客を口説き始める少女を肴にして酒を煽るのが、常連客の楽しみの一つになっているという。
 子供の言う事だ。大抵言われた方も冗談だと思ってやんわりかわして終わり、なのだが。
「今回は違った‥‥と」
 口を挟むギルド職員に、主人は大きく頷いた。
「その冒険者は娘の最初の言葉にはさすがに困惑したようだったが、その後もうちに来るごとに律儀に娘の話し相手をしてくれる良い青年だった」
 ラーダという名の青年は生来の優しさからミレイアを無碍には出来なかったのか、だがそれが彼女を勘違いさせる原因になったのは間違いない。
「娘は五日前、そいつの家に家出していったんだ」

 ―――押しかけ女房?

 そんな言葉がギルド職員の頭の中をよぎった。
「もちろん俺は娘を連れ戻しに行ったさ。だが誰に似たのか頑固で、人様の家だというのに勝手に鍵を閉めて出て来やがらねぇ。仕方なくその日は帰ったんだが‥‥次の晩だったか、娘が眠った隙にラーダが店に来て言ったんだ。『力づくで連れ戻してもきっとまた同じことを繰り返すだろうから、何とか説得して彼女自ら家に帰るようにしたい』とな」
 奴の意見には俺も同感だ、また同じことを繰り返されたらたまったもんじゃない、と主人は頷く。
 だが一向に彼女は戻らず時間ばかりが経過していることから、彼の説得が通じていないのが解る。
 ミレイアは朝と夕方市場に買い物に出る以外は常にラーダの家にいて、嬉々として家事をこなしているらしい。彼も彼女を家に置いたまま下手に外出するわけにもいかず、困っていることだろう。
 彼女はまだ10歳。相手は出会って間もない青年。しかも今回の行動は相手の気持ちも都合も考えていない、ただの彼女の我侭に過ぎない。
「店での出来事は大目に見てきたが、人様の迷惑になっているなら何とかしなけりゃならねぇ。だが俺の説得じゃあ駄目らしい」
「‥‥わかりました。恋に恋する少女を説得してお宅に帰して欲しい、ということですね?」
 ギルド職員は甲斐甲斐しく働く少女の姿を思い浮かべて微笑ましい気持ちになりながら、書類の制作を始めた。
 自分にも、お嫁さんが欲しいなぁ‥‥と心の内で呟きつつ。

●今回の参加者

 ea0356 レフェツィア・セヴェナ(22歳・♀・クレリック・エルフ・フランク王国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea3443 ギーン・コーイン(31歳・♂・ナイト・ドワーフ・ノルマン王国)
 eb8962 カロ・カイリ・コートン(34歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)

●リプレイ本文

●ターゲットは?
 早朝、肩までの茶色の髪を揺らしながら少女が家から出てきた。
「彼女がミレイアさんでしょう」
 ルイス・マリスカル(ea3063)が仲間に確認をする。彼らはミレイアの顔を知る為、ラーダの家から彼女が出てくるのを待っていた。
「そんなに聞き分けの無い嬢ちゃんには見えんのじゃが」
 ギーン・コーイン(ea3443)が呟く。件の我侭娘は一見普通の素直そうな少女に見える。
「家の手伝いをよくなさる、家族思いのお嬢さんなんでしょうね‥‥些か、暴走気味というだけで」
「子はいずれ親から自立するもんじゃが、親を心配させちゃあ、いかんじゃろうて」
「じゃ、あたしは今のうちにラーダに会ってくるぜよ」
 ルイスとギーンの会話を耳にしつつ、ラーダ同伴での説得を狙うカロ・カイリ・コートン(eb8962)は身を潜めていた路地から出る。
「恋に恋するお年頃か‥‥分からぬでは無い。あたしも覚えあるぜよ」
 当時の自分を思い出しながら。
「人を好きになることはいいことだから、それをやめろとは言うつもりはないけどね。さて、僕達は彼女を追いかけようよ」
 レフェツィア・セヴェナ(ea0356)に促され、ルイスとギーンも路地から出る。一度見失ってから改めて探すより、後をつけた方が早い。
 皆、彼女を否定したいわけではない。ただちょっと間違っている方向性を正してあげたいのだ。それは一致していた。

●男達の説得
「ミレイアさんですね?」
「そう‥‥だけど」
 ゆっくりと近づいてきた男性に突然声をかけられ、ミレイアは食材の入った籠をぎゅ、と抱きしめた。上品そうな長い金髪の男性と、茶色い髪の人のよさそうなドワーフの男性。どうして自分の名前を知っているのだろう?
「ああ、警戒しないで下さい。私達は冒険者で、貴女の父君の依頼を受けているのです。つまり今回の我らの『冒険』の目的、それは貴女なのですよ」
「えっ」
 ルイスの言葉にミレイアの表情が明らかに変わる。冒険者の妻になりたいという彼女だ。自分が冒険の当事者であるとなれば気にならぬわけが無い。
「親御さんはギルドに依頼を持ち込んでくるほど、悩みつめているようじゃ。少しわしらの話を聞いてくれんかね?」
 ギーンの言葉にミレイアは一瞬躊躇った様子を見せたが惹かれるものがあったのだろう、頷いてみせた。
「少しなら話を聞いてあげる。あっちへ行きましょう」
 口調だけは一人前だが忘れてはいけない、彼女はまだ10歳の子供だ。
 案内されたのは小さな広場。丁度良い段差を見つけてミレイアは腰を掛け、籠を脇に置く。
「貴女のラーダさんを思う熱意、それは素晴らしいかと。‥‥ただ」
 彼女を威圧する形にならぬよう、ルイスは視線の高さをミレイアに合わせて尋ねる。
「冒険者の仕事は何か、おわかりですか?」
「そ、そんなの決まっているじゃない! 冒険でしょ!」
 何を馬鹿な事を聞くのよ、とばかりの彼女の返答に、ルイスは満足気に頷く。
「それがお分かりなら良いのです。では少しご自身の行動を省みてみましょうか?」
「うむ。嬢ちゃんも沢山の冒険者を目にして来とるだろうからわかるだろうが、冒険者は名を商売にしているところがあるからのう」
 ギーンも彼女の全てを否定するのではなく、認めた上で過ちを気づかせるようにと言葉を選んでいく。
「事実はどうであれ知らぬ者が見たら、嬢ちゃんの好きなダンナが年端も行かぬ嬢ちゃんを連れ込んだと勘違いする可能性がある。それでダンナに悪評が立つかもしれん」
「ラーダは悪くないよ!」
 今まで考えもしなかったのだろう、ミレイアは突きつけられた事実に衝撃を受けたようだ。
「実際はそうでも、残念ながら誤解を招く可能性があるのは事実じゃよ」
「それにラーダさんは貴女が家にいるので心配で冒険に出られない、つまりお仕事が出来ない状態でしょう?」
「ラーダは私のせいでお仕事が出来ないの?」
 ルイスの言葉に彼女は首を傾げる。その瞳は不安に揺れていた。
「まぁ、そういうことじゃな」
「今の貴女では『冒険者の妻』としては及第点を得られません。彼への思いが本気であるならばこそ、一旦家へ戻って冒険者の花嫁修業をなされたらどうですか?」
 問題の先送りかもしれない。けれど彼女が大人になっても思いが変わらぬのならば、再び彼を追い求めればいいとルイスは思う。
「人生長いんじゃ。なぁに、『ほんとのほんとに運命の人』ならば数年待ったくらいでどうにかなるもんでもあるまい」
 今まで通り酒場で会う事も出来るじゃろ、とギーンは彼女を励ますようにぽんぽんと肩を叩いた。
「では、私達はそろそろ失礼しますね」
「そうじゃな。またな、嬢ちゃん」
 二人は人込みにまぎれてこちらの様子を窺っていたレフェツィアに目配せし、ミレイアから離れた。

●女の説得
 一人残されたミレイアは、最初の強気もどこへやら。少し落ち込んでいるようだ。そんな彼女の前にレフェツィアは笑顔で顔を出した。
「ミレイアちゃん、僕も少しお話していいかな?」
「貴女も、父さんに頼まれて? お説教ならもうお腹いっぱいよ」
 先の二人の接触から想像できたのだろう。拗ねたように彼女は言う。レフェツィアは「うん、そうだよ」と言いミレイアの隣に腰を下ろした。銀色のポニーテールが揺れる。
「でも、お説教じゃないかな。好きな人のために何かしてあげたいっていう気持ちはよくわかるよ。僕だってそうだし」
「お姉さんも?」
 自分に同意する彼女が意外だったのだろう。ミレイアは目を輝かせてレフェツィアの次の言葉を待つ。
「うん。だから恋の先輩として一つ大切なことを教えてあげるよ」
 レフェツィアはミレイアの瞳を見つめて言葉を続けた。
「恋はね、独りよがりじゃダメなんだよ。相手がどう思ってるのか考えないと」
「なんだ、やっぱりお説教じゃない」
「お説教だと感じるのは、自分の悪かった所に気がつくことができたってことだよ」
 よかったね、とレフェツィアは笑顔を向けた。が、ミレイアはぷいと彼女から顔を反らしてしまう。
「そんなに焦る必要はないんだよ。本当に真剣に思っているならその想いは通じるはずだよ。勢いも大切だけど、考えることも必要なんじゃないかな?」
「そんなことわかってる! 私だって今考えてるんだもん!!」
 突然叫んだかと思うと、彼女はレフェツィアが止める間もなく広場から走り出てしまう。その後姿は見る間に人並みに飲まれていった。
「ふむ、失敗かね?」
 離れて様子を窺っていたギーンとルイスがレフェツィアの側へと寄って来る。
「ううん、ちゃんとわかってくれたみたい。多分、後一押しだと思うんだけど」
「素直に自分の否を認めるのは、大人でも難しいですからね。彼女は頑固のようですし」
 頑固は間違いなく父親に似たのだろうが。思っても誰も口には出さない。
「忘れ物届けに行こうか。途中でカロさんとも合流できるだろうし」
 レフェツィアの視線の先にはミレイアの抱えていた籠が。
 三人は忘れ物配達も兼ねて冒険者街へと向かった。

●姉御の説得
「誰よ、その女は!」
 カロはラーダを伴い、ミレイアの説得へ向かう途中だった。その時前方から対象が走り寄ってきたかと思うと、一言目がこれである。
「ラーダも私が冒険者のお嫁さん失格だと思ってたのね?」
 カロは示威も兼ねてあえて実践的な装備を選んでいた。だから一目で彼女が冒険者であるとミレイアにもわかったのだ。
「あの‥‥」
 展開に戸惑うラーダを手で制し、カロはずいとミレイアの前へ出る。下手に彼に口を出されるとややこしくなりそうだ。彼はその場にいるだけでいい。
「ぬしゃ、そも、『冒険者』ちうのがどう言うモンだと思うちょる」
 最初こそ興奮していたミレイアだが、カロの威圧感に言葉を返すことも動くことも出来ない。
「大方、華やかな英雄物語やらに参ってるクチじゃろうが…。そんなモンは表の話ぜよ」
 カロはミレイアを見据えたまま、躊躇いなく左目の眼帯を外した。
「!?」
「お前さんに面白おかしく冒険譚を語ってくれる店の常連とて、表に見えないだけ、出さないだけで、多くの傷を持っちゅう」
 冒険者の裏の一面を突きつけられたミレイアはその場にへなへなと座り込んだ。それでいい、とカロは思う。元々自分は冒険者の裏舞台、常に付きまとう危険を教えるつもりだったのだから。
「それを言わないのは子供のお前さんに、過酷な世界を見せぬ心遣いよ」
「私は‥‥」
 ミレイアは細かく震えている。それを見てカロは彼女の言葉を封じるように、決定的な言葉を口にした。
「お前さんはラーダが好きなのではない。『冒険者の嫁になりたい自分が』好きなのであろう」
 皆が思っていたこと。ラーダが口に出来なかったこと。それをあえてカロは口にした。
「それが悪いとは言わぬ、子供はそう言うものじゃ。あたしもそうだった。それじゃき、今はまだ早い‥‥と言うのじゃ」
「私、迷惑かけているだけだったんだ‥‥」
 ミレイアは涙をぽろぽろ零し始める。
「子供はいつか大人になるものじゃ。急いで大人になる必要は無いぞ」
 籠を届けにきた三人は離れた所から様子を見ていたが、そろそろ頃合と判断してカロ達の前へ姿を現した。
「これからの色々な出会いから学ぶこともあると思いますし」
「自分の過ちを認められたミレイアちゃんならきっと素敵な女性になれるよ」
 ギーン、ルイス、レフェツィアを順に見やり、ミレイアは最後にラーダに視線を固定した。
「迷惑かけてごめんね、ラーダ。私家に帰る。それで、いい女になる為に頑張る!」
「もっと良く考えて、本当に心の底の底から『この男の嫁になりたい!』と思うた者の所に行け」
 カロの言葉にミレイアは頷く。そして、笑む。
「みんな、ありがとう」
 彼女の笑顔と決心に、ラーダも安心して微笑を浮かべることができた。

 かくして冒険者達のおかげで自分の過ちを認めることのできた少女は、大人への階段を一歩昇ったのだった。