●リプレイ本文
小さな村の、水精霊を祀るお祭。それでも近隣の村などからそれなりに人は駆けつけていて。村の真ん中に作られた簡易舞台からは絶え間なく音楽が流れ続けていた。舞を舞う女性達が、薄く長い布を使って入れ替わり立ち代り踊り続けている。
「このまえの海、楽しかったな〜。おいらも、こういう依頼なら大歓迎だよ」
きょろきょろと珍しそうに辺りを見回しつつ村を歩くのはレラ(ec5649)だ。舞台袖で布を貸し出している女性に声をかけると、快く貸してくれた。それは絹の様に上等の布ではないけれど、この日のために女達が祈りを込めて織った布である。幅は50cm位で長さは3m程。これを肩や腕にかけたりしてひらひらさせて踊るのだ。
「お祭大好きっ。はぁいっ、私も勿論踊ります♪」
手を上げて舞台袖に近づいたのはミフティア・カレンズ(ea0214)。先日購入したビキニ水着がお気に召したようで今日も着込んでいるが、さすがに地球の品に免疫のない小さな村では驚かれてしまうだろうと、上に天女の羽衣を羽織ってシルエットが見える感じに調節している。
「一応おいらもカムイの巫女なんだよ。修行サボってたんで、あんまり上手くないけどね」
「上手い下手より心が大事だと思うの。だから大丈夫だよ。一緒に踊ろう!」
ミフティアはレラの手を取り、そして舞台に上がる。舞台で緩やかに踊っていた村の女性たちは、二人のために道をあけてくれた。
「こんな感じ、かな?」
ミフティアが羽衣を水の様に揺らめかせて、ゆったりふんわりと風に乗せる。
「わぁ、何だか楽しそうだね〜」
レラもみようみまねで借りた布を動かして。
水の上に浮かんで、ゆらゆらゆらゆら。
漂う私は、水の精霊。
ミフティアは舞台付近に溜められた水を踏んで、そして蹴り上げる。キラキラとランタンの灯りに照らし出された水滴が、宝石の様に辺りに舞い散った。
(「水霊か〜‥‥故郷の蝦夷も、もうしばらくすれば冬支度になるかな」)
ふと、レラは故郷に思いを馳せる。こっちの人は冬はまだ早いと思うかもしれないが、蝦夷の冬の厳しさは半端ではなく、まだ温かいうちから冬越しの準備をするのだという。
「おいらの故郷は、雨より雪が降ってることが多いもん。夏が短い分、こっちの夏の暑さには参ったよ〜」
それでもこうして水辺の祭は、涼をとるのにいいね、と笑って。
故郷の冬支度が無事に済みますように、と祈りながらレラは舞い続けた。
「ジルベールの姐さん!」
「‥‥あら、冴子さん?」
舞台を端で眺めていたユリディス・ジルベールに声をかけたのは鷹栖冴子(ec5196)だった。どうやらユリディスが一人になるのを待っていたらしい。ちなみに彼女の同行者である恋人は「食べ物をもらって来るね」といって席を外している。
「珍しいわね、一人?」
「工房で、ジルベールの姐さんがこの祭に来るって聞いたからね。ちょっと報告があってね」
「ああ、という事は」
察したような様子のユリディスに、冴子は胸を張って頷いてみせた。
「ああ、あたいもゴーレムニストになったよ」
「おめでとう」
二人、微笑みあって。
自らの手で育てた生徒がゴーレムニストになるというのはユリディスにとっても嬉しいものだ。
「ただここから先が」
「長いんだろ?」
覚悟の上さ、と冴子は笑った。
「ところで、サドルバックはどうなったんだい? アレから話、きかないけど」
「あら‥‥? 知らなかった? 実験も終えて工房長の許可を得ているから、量産されているわよ」
「なんだって?」
サドルバックとはフロートシップから歩兵戦力を迅速に降ろす為のゴーレム機器である。一時期冒険者達が集められて新規開発が行われていた。
「ということは、申請すれば実戦投入も出来るって事かい?」
「そういうこと」
何だ知らなかったよ、と笑う冴子の横でユリディスは「壊さないように使って頂戴ね」と笑った。
「あら、わたくしだってたまには一人で過ごすこともございますわよ」
一体誰に言っているのか、彼女はシャクティ・シッダールタ(ea5989)。
(「愛しい殿方や、頼もしい友人のみなさんとの時間も大切。でも一人の時間だって欲しいのです」)
心の中で語り、子供たちが集まる界隈に顔を出す。
「救世の一念、破邪の一撃を以って仏弟子の務めを果たしてきました。荒ぶる己自身を、静かに見つめ直す事も立派な修行ですわ」
村人には難しい言い回しでありいまいち伝わってはいないようだったが、とりあえず子供に水の大切さと恐ろしさについての説法をしにきたということは伝わったようで。
「水というものはわたくしたちが生きていくに欠かせないもの。大切なものですわ。お料理に、お洗濯に、行水に‥‥様々なところで使いますわね。それに一番大切なのは飲み水ですわ。水を飲まなければわたくしたちは生きていけません」
布教ではないので、御仏に関わる部分は精霊に置き換えて話を進める。水の必要性、水精霊達への感謝、そして水の恐怖へと話は進んでいく。
「とはいえ水は常に私達の味方というわけではございません。大雨で地盤を緩ませたり、川を増水させたりして時にはわたくしたちの生活をも脅かします。それは、何故でしょうか」
シャクティの言葉に、子供達はじっと聞き入っている。いくつか手が上がったのを見て、シャクティは順に彼らの話を聞いていった。
(「うふふ‥‥愛しい殿方の子は身篭れませんが、それでも。稚児らの笑顔こそ、あの地獄界の大乱で得た誠の宝ですわ」)
子供たちと対話をしながら、シャクティは幸せを噛み締めていた。
「すごい、おいしそう!」
踊ってお腹がすいたのか、ミフティアは料理を配っている界隈にきていた。そして目を奪われているのは白いふわふわしたものの乗ったケーキ。配っている女性によれば、以前村に立ち寄った地球出身の旅人から教えてもらった「クリーム」というものを作ってみたのだという。砂糖は高価なため蜂蜜を代用してあるが、それで十分。
「うわぁ、ふわふわで甘い〜♪」
ぱくり、甘さ控えめのケーキを口にしてみれば広がるのはクリームのふんわりとした食感。クリームは舌の上で溶けて、その甘さを口内に広げる。
「どうしよう、凄く幸せ〜」
満面の笑みでケーキをほお張るミフティアを見たその女性も、嬉しそうに微笑んでいた。
(「チキュウやジ・アースという天界のことまでは存じあげんがの。ひとまず、メイの国の民がジゴクとやらにこれ以上巻き込まれんのじゃ」)
メイの鎧騎士として万が一のために、と会場警備をしていたトンプソン・コンテンダー(ec4986)は、飲食場所で目を光らせていた。悪い酒に飲まれて喧嘩が起きそうになっていれば、それを仲裁して。
そんな彼の目に入ったのは、薄着のまま背もたれのない椅子に座って食事をしている少女の姿。その後に不穏な影が見える。
「むむ?」
若い男二人が、食べ物に夢中になっている彼女のお尻に手を伸ばして――
「何をしているのかいの」
「「‥‥!」」
がしっ。男達の手が少女のお尻に触れる寸前でトンプソンは両手でその手を押さえた。そして捻り上げる。
「祭で気分が高揚しているからといって、こういうのはいただけないぞぃ」
「すいません、つい‥‥」
男達は自警団に突き出されては叶わないと、慌てて頭を下げて逃げていく。
「おじさん、ありがとう!」
漸く事態を把握した少女、ミフティアは、振り返ってトンプソンに微笑んだ。
「これでも民の事を第一に考えとるんよ。ゴーレム乗るだけで礼儀が追いついておらん蛮勇者と見なされては困るんじゃ。騎士、という称号は伊達じゃないぞい」
礼は不要じゃというトンプソンを、ミフティアは自身の隣に座らせて。お礼にお酒をおごらせて、と。
「んまあ‥‥ちょーっとぐらい酒をたしなんでも、ええかのぉ」
そういえば喉が乾いていた。少しくらいなら、罰は当たるまい。
「おし、二人共プリティー!」
村の子供達の混ざって踊る嫁たち――ミスラとシルフを携帯電話の写真機能で撮影するのは村雨紫狼(ec5159)。それは――ただ、二人がかわいいからだけではない。
楽しそうに踊る二人を横目に見ながら、紫狼が歩いていくのは近くの木の下。その気に寄りかかって、上を見上げる。
「‥‥アっちゃんってどう? 親しみを込めて」
「‥‥またお仕置きされたいの?」
よばれてこっそり木の上で祭を眺めていたのは、月精霊アナイン・シー。
「って怒るんなって、シワ増えんぞ〜!」
「一言余計なのよ」
彼女がいつもの様に派手に怒らないのは一般人に見つからないためか、それとも紫狼の心中を慮っているからか。
「まあ冗談は置いといてさ」
紫狼も今日ばかりはそれ以上冗談を続けず、木に寄りかかった。
「なあオバはん。俺たち地球人てさ、いつまたこの世界から追い出されるか分かんねー。地獄のルシ何とか大魔神も倒したしさ、世の中が平和ってのになるんだ‥‥。俺たち、もう用済みかも知れねー」
「らしくないわね、弱気になるなんて」
紫狼の視線の先には楽しそうに踊る二人の精霊の姿。
それは、地球人なら誰でももつ不安なのかもしれない。突然異世界に現れたのだから、帰る時も突然――十分ありえる。
けれどもこちらの世界で大切なものが出来てしまっていたら?
それは恐怖にも等しい。
「頼む! もし俺がこの世界から消えちまったら、ふーかとよーこを頼む!!」
拳を握り締めて頭を下げる紫狼。アナイン・シーはそんな彼を木の上から静かに見下ろして。
「アンタしか頼れねーんだ、アナイン・シーさん!」
はじめてきちんと呼ばれた名前も、こんな話の時でなければもっと嬉しかったのに、と。
「‥‥わかったわ、万が一の時は責任を持ちましょう」
その視線は幸せそうな二人の精霊へと向いていて。
精霊と人間の「結婚」。彼女はそれに諸手を上げて賛成する事はできない。けれども紫狼の思いは伝わって来るから。大切にされている二人が幸せそうだから。だから、少しでも彼らの力になれれば、と。
「んー、二人して浴衣着て歩いてるとなんか夏祭りに来てるみたいだな」
「夏祭り、ですか?」
隣を歩く布津香哉(eb8378)の言葉に、浴衣姿のマーメイド、ディアネイラは首を傾げて。
「これでいろんな屋台とか出てたり、花火とか上がればより一層雰囲気が出ていいんだけど‥‥」
「花火‥‥?」
しかし当の彼は、どうやら思考の海に落ちてしまったようで。ディアネイラはそんな彼の横顔を眺めながら、静かに佇んでいた。
(「‥‥いかんせん火薬が発展ない魔法の世界だしな。でも、頑張れば綿飴位は作れそうな気がするが、機械的には単純な機工だし、あー、いっそのこと、あ、やべ、大事なディアネイラが側にいるのに何考えに没頭してんだ」)
香哉の意識が戻ってきたのは暫くしてからで。
「ごめん、ディアネイラ」
必死に謝る彼に、彼女はくすくすと笑ってみせた。
「考え事をしている香哉さんを見ていたから、退屈はしませんでしたよ」
「え、俺そんなに変な顔してたか?」
「そういう意味ではなくて」
くすくすくす、堪えきれぬ笑いを漏らす彼女はとても可愛くて。思わずその肩に手を回す。
「そういえばディアネイラの好きな食べ物や苦手な食べ物って? 魚は食べないんだっけ」
「そうですね‥‥海の中に住んでいたときには、海草などを食べてました。陸に上がってから色々なものを食べましたけれど、お野菜が好きですね。あとは‥‥辛い物は苦手です」
その答えを聞いて、確かに海の中で暮らしていれば辛い食べ物とは無縁かもしれないと思う香哉。
「じゃあ、趣味とかは?」
「歌を歌ったり、綺麗な貝殻を集めたりとかしていましたけれど――」
ディアネイラが言葉を切る。そう、それは海に住んでいた頃の事。陸上がってからは‥‥。
「お花を見るのが好きです。切るのは可哀想なので、見るだけで‥‥。後は、編み物に挑戦してみようと思います‥‥」
初めてなので、多分今から始めないと間に合わないと思いますけど。それを聞いて、今年の冬はちょっぴり期待してもいいのかなと思った香哉であった。
「折角ですので、舞うのもよいかと」
どうしよう――妻ミレイアが迷っているようだったので、ルイス・マリスカル(ea3063)は軽く背中を押してみる。年に一度の事だから、後悔しない為にもやりたいことはやっておいたほうがいい。
「じゃあ、私も布借りてくるね!」
舞台に走っていく彼女の姿を見送って、ルイスは手の中のフルートを見た。彼女の伴奏につくのも一緒に参加したという思い出になりそうでよいのだが、やはり妻が舞っている時はその姿を瞳に収めたくもある。逡巡した結果、前半は見る側に回ることにした。
舞といっても決められた形ではなく、比較的自由に舞ってよいようで。ゆったりとしたテンポの音楽にあわせて、今も数人の女性が踊っている。
そこに布を手にして現れたミレイアは、最初こそ苦戦していたものの、何とかひらりひらりと布を振っている。慣れぬ布振りに、布の行方に意識が集中しているのだろう、視線は布を追いかけてばかりだが、そんなところも可愛く感じるのは贔屓目だろうか。
暫く妻の舞を堪能した後、ルイスは奏者側に場所を移してフルートに口をつけた。玲瓏な音が演奏に加わる。
演奏しながらちら、と妻を見れば、先ほどまで彼がいたところに彼がいないからか、不安そうな表情できょろきょろと視線を動かしていた。声をかけて安心させてあげた方がいいのか、迷いはしたが暫くして音を辿ったのか、彼女の視線が彼を捉えた。
心から安心したように微笑む彼女。ルイスも瞳を細めてそれに返して。
「もう、ルイスったら、いなくなっちゃうから迷子になっちゃったかと心配したよ!」
踊り終えて戻ってきた彼女の、そんな言葉に隠れた不安を感じ取って、彼は彼女の肩を抱いた。
「宴会に参加させてもらって、暫くしたら舟遊びに出かけましょう」
ワインを手にして、二人は宴会を開いている者達の輪へと入り込んだ。
酒はミレイアのほうが強いだろうから、つぶれないようにしようと心の中で決めて。
エヴァリィ・スゥ(ea8851)は赤いフードを被ったまま、ずっと演奏に終始していた。村の有志が集まっての演奏だ、飛びぬけて上手い者はいない。だから己の技術が突出しないように、目立ちすぎないようにと気を使って。
沢山の人が舞台に上がり、順に踊りを披露していく。長丁場になるものだから、観客を飽きさせるわけにはいかないと単調になり過ぎないように気を使った。
(「さて、彼女に伝えるべき事は済ませた。‥‥さすがに、鼓動が収まらないな。強大なモンスターと対峙するよりキツイもんだな、やはり」)
湖から戻ってきたキース・レッド(ea3475)は、隣を歩くエリヴィラを見て。彼女が平然としているものだから、余計に気恥ずかしくなる。
(「今更ながら、さらりとミレイア君に言ってのけたルイス君の肝の太さが羨ましいよ。まあ、もしくは村雨君の愚直過ぎる愛情表現も見習ってみ‥‥るのは危険だな、色々と」)
ないものねだりをしながらも、彼女が隣にいる幸せを噛み締めて。
「エリィ、飲み物手もどうだい?」
「はい、休憩いたしましょう」
手近な椅子に腰をかけ、近くの女性からお酒を貰って二人で乾杯。舞台の方から音楽が聞こえる。
乾いた喉に程よく、アルコールが染み込んで行った。
「そうだね、もし君が良ければ、歌を披露してみないか?」
「‥‥え?」
「さすがに僕には雀雄君の様な作詞の才がないから、君の自由に歌ってごらんエリィ」
キースに促され、多少戸惑った様子のエリヴィラだったが、最終的に承諾をして演奏者達の輪に加わった。エヴァリィと打ち合わせをし、旋律を決める。突然の事だから長い歌ではないけれど、気持ちを込めて。
♪〜水の流れる夜に花咲きて 揺れるは愛の光の姿
夏の夜空に瞬く星の 見守る精霊 無数の輝き
ゆったりと、舞にあうような曲調でエヴァリィが演奏し、エリヴィラが歌う。キースはその光景を眩しそうに見つめていた。
♪〜あなたの加護を 私達に
あなたの恵みを 私達に
感謝の言葉 尽くせぬほどに
私達はあなたと 添い遂げる
水精霊と人の関わりを歌った歌。
それは夜空に響き渡り、感謝の歌として水精霊へと奉じられた。