【水霊祭】舟に揺られて愛を囁いて

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 32 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月01日〜09月06日

リプレイ公開日:2009年09月10日

●オープニング

 八月――暑い。
 こんな暑い時期は舟遊びの季節だ。それに伴い、各地で水を称える水霊祭が開かれる。
 海辺、川辺に住まない限り、滅多に水泳の習慣が無いこの世界でも、水浴びや水遊びは存在する。舟遊びというとやはり裕福層の遊びというイメージがあるが、この村では近くの森に小さな湖があるということで、8月になると櫂つきの小さな船がいくつも湖に浮かべられる。通常夜間は危険なので使用は昼間に限られるが、水霊祭の夜は別だ。
 村から湖までの道のりに点々とランタンの明かりがともされ、ランタン持参で船に乗ることができる。食料や酒の持ち込みも許可されるから、恋人同士や友人同士で船に乗り、涼をとりながら水面にたゆたう炎の影を眺める。ランタンだけの明かりがぼうっと船に乗る者を照らし出して、実に良い雰囲気だ。炎が顔を照らすから、多少赤らめた頬も相手に気づかれずにすむかもしれない。いつ頃からか、水霊祭の夜に湖で口付けを交わした恋人同士は水精霊の祝福を受けて、末永く睦まじく過ごすことができるという噂がたった。
 同時に友人同士で杯を交わせば、その友情は何があっても壊れぬ確かなものになるといわれている。

 もちろん祭りは恋人達、友人達が湖で過ごすだけのものではない。村では祭の常として料理と酒が供され、無礼講として村人や旅人入り混じって夜遅くまで宴会が開かれる。そして夜更かしを許された子供達は集められ、水の大切さを大人から言い聞かせられる。

 今年もこの村で水霊祭が行われる。今年は舟遊びや村での宴会のほかに、祈りの舞が追加されたという。
 少女から女性までが集まり、薄布を水の流れに見立ててゆらゆら揺らしながら音楽にあわせて舞う。水精霊への、感謝を込めて。
 飛び入りでの演奏者も歓迎するという。
 興味がある者は行ってみてはどうだろうか。

●今回の参加者

 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea3475 キース・レッド(37歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea3625 利賀桐 真琴(30歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 eb4637 門見 雨霧(35歳・♂・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
 eb8378 布津 香哉(30歳・♂・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
 ec5159 村雨 紫狼(32歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文


 昨年ギルドにて参加者を募った効果はあったようで、今年この湖にはそこそこの客でにぎわっていた。用意された舟が足りなくなるほどではないが、湖にはそれなりに船が浮かんでいる――どれもカップルばかりだが。
 今年湖を訪れた冒険者達も男女の組み合わせが多かったのだから、まあそういう事なのだろう。
「布津君。舟に乗る前に少しだけいいかね?」
 マーメイドのディアネイラと共に訪れた布津香哉(eb8378)を呼び止めたのはキース・レッド(ea3475)だ。彼はディアネイラが人魚である事を知っている。そしてそれ故に、人間形態の今は水に弱いということも。
「何かな?」
「今回は水霊祭、湖を初め至る所で濡れる危険性がある。君たちも十分に気を付けているだろうが、何かあったらすぐに僕を呼んでくれ」
 互いに干渉するのは野暮だと知りつつも、それでも心配のあまり口を出さずにはいられなかったキースは、インビジティリングをディアネイラに差し出した。
「万が一には姿を消して欲しい。姿を消した間、エリィともども君たちの保護に回ろう」
 勿論自分達の出番がなければそれが一番いい、とキースは言って。
「わかった。気を使ってくれて有難う」
 良識ある者もいるが、彼女達マーメイドが珍しいのは事実。祭の人ごみで人の口の端に上れば、どうなるかは想像できる。
「エリィも、協力してくれるね?」
「‥‥はい」
 キースに問われ、エリヴィラも頷いてみせた。ディアネイラはリングを指に嵌めると、ぺこりと頭を下げた。
「さあ、僕達も行こうか」
 舟に向かう香哉達の後姿を見て、エリヴィラの狂化対策にとランタンと油を手にしたキースは彼女の手を取って。
「はい」
 その手に通うまごう事なき暖かさを感じながら、二人は歩き出した。



「つかさ〜、この前の何とか島ってののバカンスでも見かけたけど。うーん‥‥先輩達のラブラブ相手の巨乳率、ちょっち高くね?」
「「ねー?」」
 湖に繰り出した村雨紫狼(ec5159)は舟の淵に凭れるようにして、辺りを見回す。確かにけしからん乳の人もいるが‥‥。
「ま〜みんなスゲー美人だし。ミレイアたんの微乳も捨てがたいとも思うけどな。んでも俺のヨメには負けるけどな〜って、あんま先輩たちのヨメ談義してもしゃあねーしな」
 嫁談義というよりは乳談義になっている気がするが、まあいいかと舟に一緒に乗っているシルフのふーかたんとミスラのよーこたんを見た。相手は精霊だが紫狼にとっては大切な家族。妻である。
「ま、誰も聞いてねーから。ふーかとよーこに言っておくよ」
 辺りを見回しても皆それぞれ同伴者との世界に浸っている。誰も、彼の呟きを拾う者はいない。彼の妻たち以外は。
「なあ‥‥もし、俺が急に消えたらさ。二人とも、悲しいか?」
 ぽつり、漏らされた言葉は不安を帯びていて。それが解るのか、二人は紫狼の顔を覗きこんで「きえる?」と首を傾げた。
「ってまあ難しいことは考えられないんだよな? まあ俺もムズい事は考えられねーけどな、一緒だ。でもまあ聞いてくれ」
 二人に心配をかけぬように笑って。紫狼は続ける。
「‥‥俺、別の世界から無理やり連れてこられたんだぜ。この世界が俺を用なしって判断したらさ‥‥また急に帰っちまうかも知れねーんだ。くっそ、こんなムチャクチャな話があってたまるかよ‥‥!!」
 どんっ‥‥舟底に打ち付けた拳が痛い。でもそれよりも、いつかまた予告もなしに世界を渡ってしまうのではないかという不安のほうが強い。大切な物が、できたから。
「俺は、どんなに他の連中が呆れようが笑おうが、お前らのことは胸を張って家族だって言ってやる。男がプロポーズしたんだぞ、誰が何と言おうが二人は俺の嫁だぜ! 愛してるぜ、二人とも!!」
 両手で二人を抱きしめて、そして順番にキス‥‥末永く睦まじく過ごすことができますように、と。



「ディアス坊ちゃん、気をつけてくだせぇ」
「真ん中にいれば大丈夫だよね?」
 利賀桐真琴(ea3625)に連れ出されたディアスは、舟の真ん中に座って光を映す水面を見つめていた。少し‥‥元気になったように思える。
「お誘い、有難うございます。ディアスもいい気分転換になったみたいです」
 ディアスを挟んで真琴の向かいから声が上がった。そこに座るのはセーファス。いつもの様に優しい微笑を浮かべて、彼女を見つめる。
 つかの間の休息。侯爵領に戻ればまだ色々と問題は残っている。だから、今このひと時だけは緩やかに過したくて。
「いえ‥‥セーファス様とディアス坊ちゃんの気分転換になったなら、嬉しいでやす」
 パシャパシャ‥‥ディアスが水面に手を伸ばして水を弾く音が響いた。
 近くて、遠い距離。
 近づきたいけど、近づけなくて。
「いつも、苦労をかけてすいません」
 彼の優しい言葉が真琴の胸を打つ。傍に居られればそれだけでいい、そう思うようにしようと決めたはずなのに。
 手を、伸ばしたくなってしまうではないか――。



「こんな穏やかな祭りを楽しめるなんて、地獄の大地で死闘を繰り広げたあの瞬間が嘘のようだよ‥‥しかし、二度とあんな戦いは御免被るがね」
「そうですね‥‥あの戦いは大変でした」
 こうして平和な時間に身をおいていると、生きて地獄から戻れた事、その素晴らしさを感じることが出来る。舟に乗ったキースとエリヴィラは、真ん中にランタンを置いてゆっくり流れるその時間を楽しんでいた。
「エリィ‥‥未だリンデンは混乱から立ち直っていない。不幸も数え切れない。君の雇い主の状況と、地獄の戦いの長期化から言い出せなかった申し出がもう一つ、ある」
「なんで、しょう‥‥?」
 リンデンは仮の雇い主。ハーフエルフであることがばれる前にいずれは去らなくてはいけない場所だが、それでも今は大切な居場所だ。
 エリヴィラは小さく首を傾げる。すると長い銀の髪がさらり、音を立てて肩から流れ落ちた。
「プロポーズの次‥‥結婚式だ」
「けっこん、しき‥‥?」
 強い視線で見つめられて紡がれたその言葉に、エリヴィラは目を丸くして。それは、自分に一番遠い言葉だと思っていたから。
「来月は君と僕の誕生日、日取りを来月にしたい。急な申し出に君も戸惑うだろうが、考えておいて欲しい」
「え、あの、その‥‥」
「嫌か?」
「そうではなく、て‥‥」
 確かに急な事で驚いたが、嫌というのとは違う。よもや拒否されるとは思ってはいないが、キースは彼女が言葉を選ぶのをじっと待った。
「ありがとう、ございます‥‥」
 その言葉と共に返されたのは、笑顔。
 彼女の笑顔が見られることは、彼にとって幸せの一つだ。



「浴衣、似合ってるよ」
 ゆらゆらと微かに揺れる船の上で、香哉は目の前の彼女の姿に目を細めた。こういう時じゃないと着れないからと自身も太陽柄の浴衣を着ている。
「こういうの初めてで‥‥少し動き辛いですけど、香哉さんが喜んでくれるなら、私も嬉しいです」
 枝垂桜柄の浴衣に結い上げた長い髪。その髪には夏藤の簪が輝いていて。普段とはまた違った彼女の装いに、香哉は目を細める。思わず見とれてしまう。
 こうしていると人間だとかマーメイドとかは本当に些細な問題の様に思える。
「夜の舟遊び。水霊祭の夜に湖で口付けを交わした恋人同士は水精霊の祝福を受けて、末永く睦まじく過ごすことができるというのか‥‥まあ、今でも十分仲睦まじいと我ながら思うのだが、2人の思い出作りにはいいかもね」
 そういって、水しぶきを立てないように舟を揺らさないようにと香哉は慎重に移動して。彼女に顔を近づける。ディアネイラはゆっくりと瞳を閉じて、その甘い口付けを受け止めた。


 グラスに注いだお酒を少しずつ呑みながら、他愛もない話をする。フィディエルのルゥチェーイはそれを邪魔しないようにと、少し離れたところでその様子を見守っているようだった。
「もう時期この暑さが過ぎて秋か‥‥そういや、去年まいた種どうなってんだろ? 一応自分で誓いを立てたことは守れてると思うからきっと芽が出てるとは思うんだけど」
「種ですか‥‥?」
 不思議そうに問う彼女に、香哉はとある村のお祭の説明をして。楽しそうです、と彼女が告げたものだから――
「今度は一緒に約束の苗でも植えに行こうかな?」
 微笑んで、彼女の手を取った。
 その手を離さない、と誓うように。



 村で貰った食べ物を手にしながら湖への道を歩くのは、ルイス・マリスカル(ea3063)とその妻ミレイア。ルイスは開いている片手で彼女の肩を抱き、歩く。
「この前、何かをしたいとおっしゃっていましたが」
「うん」
 ミレイアはルイスの横顔を見上げて、その言葉の続きを待つ。
「夫婦だから何をする、というものでもなく。夫婦なら何をしてても夫婦でないかと」
「‥‥うん」
 それはわかるのだけれど、でもやっぱり妻としては何かしてあげたい、それが彼女の心なのかもしれない。だがそれもルイスはお見通しだ。優しく彼女を見下ろして、続ける。
「戦いに身をおく身としては、ミレイアとともに平穏な時を過ごすことは何よりも癒されますし。かわいい妻のお願いを聞くというのも、夫として楽しいひと時。多少のわがままもいっていたらけるなら、むしろ歓迎といったところ。ミレイアだけいい思いをしている、ということは決してないです」
「本当?」
「嘘は言いません」
 自分が夫として頼られたいのと同じく、妻として夫に頼られたい気持ちなのだろうことは判るが、可愛くて料理も家事も上手な妻に、それ以上望むものを考えるのも難しいというもの――そう告げて困った表情を作れば、彼女は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、今度一緒に模様替えをして!」
「模様替え、ですか?」
「うん。新しいカーテン、新しいテーブルクロス、新しい家具の配置を二人で考えるの」
 どうやら今のままでは間借りしているような気がするらしい‥‥なるほど。
「気にせずミレイアの好きなように変えてくださって構わないですよ? 勿論大きな家具の移動は私がやりますが」
「私一人で考えたんじゃ意味がないでしょ?」
 二人の家なのだから、二人で考えたいの。
 勿論、断る理由はなく――ルイスは頷いた。それが彼女の希望ならば、喜んで答えよう、と。


「私が冒険に出ている間、家で一人で待つのは寂しいでしょう」
「んー‥‥それは愚問」
 舟に乗って、串に刺して焼いた鶏肉を口にしながら二人は談笑を続ける。ルイスがぽつりと零した問いにミレイアが、彼の口に肉を押し込めた。
 彼が冒険に出ている間、帰ろうと思えば帰れる距離に彼女の実家はある。だが彼女は実家に帰るのはあくまで店の手伝い、「仕事」としてであり、夜は家に戻っているようだった。一人は危ないから実家に泊まってきても、と言っても、それだけは断固として譲らない。いつ彼が帰ってきてもいいように、一番におかえりを言いたいから、家にいたい、と。
「確かに心配だよ。怪我してないかな、とかいつ帰ってくるのかな、とか。寂しいのは当たり前だし。でも、ルイスが冒険に出ている間『帰る場所』を守るのが私の役目だから」
 ルイスが冒険者という危険と隣り合わせの職業である以上、不安は常について回るだろう。だが彼女はそれを承知で彼と結婚したのだ。
「帰ってくるって信じてるから」
「貴女の想いが、私の力になります――」
 縋るように近寄ってきたミレイアを強く抱きしめ、ルイスはその耳元で囁く。
 彼女は泣かない。けれどもその心にあるのが前向きな気持ちだけではないという事を、解っているから。
 頬に伝う彼女の髪を除けるようにして、大きな手でその柔らかい頬に触れる。
 ゆっくりと重ねた唇は、水精霊の加護を願って――。



 水が苦手な猫のリリィが服に爪を立てるのを優しく引き剥がし、ユリディスはそれを抱えた。そして差し出された門見雨霧(eb4637)の手を取って、舟に乗り込む。
 通常ならばリリィは置いてくるのだが、どうしてもつれてきて欲しいと雨霧に言われたため、今日は同伴している。
 酒の注がれたクリスタルグラスをカツンとぶつけて乾杯をしてから、口をつける。水面に光るランタンの灯りが、幻想的な雰囲気を作り出していた。
(「これだけでも綺麗な景色だが、更に綺麗だと感じるのは、傍に綺麗で、とかも愛おしい人が居るからなのかもね」)
 ちら、雨霧はグラスから顔を上げて正面に座るユリディスを見たりして。なぁに? と妖艶に微笑まれれば、少しばかり心拍数が上がる。雨霧は懐に手を入れて、そして金色の指輪を取り出す。指輪の内側には、彼とユリディスの名が刻んであった。
「ユリディスさん、左手だしてくれるかな?」
「なぁに?」
 ゆっくり差し出された白い指を手に取り、その薬指に指輪を近づけて。
「丁度いい機会だから、リリィを証人‥‥というか証猫として誓うよ」
 そして視線を、真っ直ぐに彼女の青い瞳に向けて。
「えーと、不変的な金の様に、現在だけではなく未来でも変わる事無く、ユリディスさんを愛することを誓います。それで、その、つまり、ただの恋人としてでなく、結婚を前提に付き合ってくれませんか?」
 最初の告白の時も恥ずかしかったが、これはこれでだいぶ恥ずかしい。知り合いにばれたらからかわれるんだろうなぁと思いつつも、視線だけはずらさずに。彼女には、どきどきしているのがばれていそうだけど。
「嵌めて、くれる?」
 くす、笑みを浮かべてユリディスは一言。そして。
「私でいいの?」
「ユリディスさんがいいんです」
 間をおかず返された雨霧の言葉に、彼女は一瞬止まり、そして――花の様に微笑んだ。
「‥‥嬉しいわ」
 それは今までに見た彼女の微笑とは、随分と違うもので。まるで少女のようだ、と雨霧は息を呑む。だが次の瞬間彼女の表情はいつもの妖艶な笑みに戻っていて。見間違いだったのかな、なんて思ったりもして。
 ゆっくりと、金の指輪を彼女の指に嵌める。そして、その手の甲にキスを落とした。
「ほら、女王さまには手の甲へのキスが定番ですしね」
 恥ずかしさからか、問われてもいないのに冗談が口を突いて出る。
「あら、手にだけ?」
 そう言われるのが何となく解っていた気がする。だから、覚悟を決めて雨霧は体重をずらした。
 キシ‥‥
 舟が小さく揺れる。遠慮したのだろうか、びくり、ユリディスの膝の上のリリィが身体を震わせてその膝から降りた。

 ――重なった二人の影が、水面に映し出された――。