【硝子の翼】降り注ぐ死の恐怖に
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月07日〜09月12日
リプレイ公開日:2009年09月18日
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●オープニング
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異変が起こったのはリンデン侯爵領西端のデオ砦だった。
この砦には兵士はナイトが約80名、鎧騎士が約20名配置されている。その他にサボりがちな鍛冶師が一名と、その見習いが一名。ゴーレム機器はグライダー8機、オルトロス2機、モナルコス4機が配備されている。
以前強化訓練を行ったことで兵士達の士気も上がり、その腕もあがったはずだ。
だが。
「デオ砦の責任者が死亡した、だと‥‥!?」
リンデン侯爵邸で職務についていたイーリスは、その報告を受けて思わず羊皮紙の束を取り落とした。この伝令は馬を乗り継いでアイリスまで来たという。とすればこの報告は数日前の事。
そして次の報告は、近くの町からシフール便で届いた。
『下級騎士数人が我が物顔で砦内を支配し始めている。至急指揮官を送られたし』
この言葉で思い出すのが、以前階級づけで文句を言っていた若者達だ。仲間を裏切って生贄を捧げれば望みを叶えてもらえるなどといっていたか。だが彼らはアイリスに送られた後、厳重に処罰されて騎士の位を剥奪された。デオ砦に戻ったとしても、再び騎士として振舞うのは難しいだろう。
「とすれば、別の兵士達か?」
イーリスは戸惑う。しばらく行かない間に兵士達の中にまた不穏な分子が混ざったのか。
また、炎の王が何かしたのだろうか――。
最後の報告は、デオ砦から飛んできたグライダーだった。
慣れない飛行で疲れ果てたのか、その若い鎧騎士はぐったり倒れながらも現状を訴えた。
「責任者が謎の死を遂げた後‥‥アルロ・ブロカを中心とした約7名の騎士達が、反乱を起こしました‥‥。位の高い指揮官や隊長から順に、見せしめの様に処刑していくのです‥‥」
逆らえば次はその者の命はない、そう宣言した彼らは、次々と上級騎士達を殺していっているのだという。その殺害方法は様々で、場合によっては人型ゴーレムを使用することもあるようだ。
「‥‥我々下級騎士は、自分たちが殺されないようにするのが精一杯で‥‥お世話になった指揮官や隊長たちが殺されていくのを見ていることしか出来ず‥‥」
「よく、報告してくれた」
イーリスは騎士の手を取って、そして強く握った。
すでに10人以上の騎士が殺害されているという。指揮権のある者から順に殺害していくことで、砦の指揮権を奪おうとしているのか、それとも――。
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「責任者の謎の死‥‥誰も殺害できる状況ではなかったという。だが、誰もが手を出せない状況も覆せる存在を我々は知っている――カオスの魔物だ」
中でも炎の王の今までの行動から考えるに、責任者殺害の対価として生贄を求めている――そうは考えられないだろうか。
「こうしている間にも、砦の兵士達は殺害されていくだろう。急ぎ、それを止めなくてはならない」
アルロ・ブロカらは人を殺害するのにゴーレムを使用することもあるという。ゴーレムは――そのように使うものではない。彼らは心までも病んでしまったというのか。
「アルロ・ブロカらの暴挙を止めるのに手を貸して欲しい」
今更説得で心動かす者達とも思えない。最悪の場合は全員捕縛といかなくても構わない。歴戦の冒険者と比べれば彼らの実力は、微々たる物ではあるが。
「ゴーレムは必要か? 必要ならばフロートシップで運ぼう」
イーリスは冒険者ギルドのカウンターで、小さくため息をついた。
●リプレイ本文
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通常デオ砦には騎士、鎧騎士が合わせて約100程、そして鍛冶師と見習いの2名が常駐している。その中で犯人兵は7名。すでに処刑されてしまったのが十数名。となれば多く見積もっても仲間に出来そうな兵士は80名弱。実際はもっと少ないかもしれない。だがその数が少しでも減らぬうちに、何とか砦を奪回せねばならなかった。
相手は砦にあるゴーレムを使用して来る可能性がある。故に作戦はゴーレムがゴーレムを引きつけている間に無事な人たちの救出、逃走に使われそうなグライダーの奪取という二面作戦となった。
ゴーレムを運ぶ為、そして処刑で失われる命を可能な限り押さえるため、現地へはフロートシップで赴く。途中までとはいえフロートシップなりゴーレムなりが近づけば、敵に気取られる可能性は高いだろう。
「七人の下級騎士程度に砦が占拠されたというのはおかしな話だな」
「そうですよね。たかが七人で反乱が出来るものでしょうか。支援している者がいてもおかしくないです」
砦へ向かうフロートシップの中、風烈(ea1587)とベアトリーセ・メーベルト(ec1201)が頷きあう。
「私も同感です。魅了か何かの特殊能力を使える存在もいるかもしれません」
「炎の王が絡んでいないとも言い切れませんね」
ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)に雀尾煉淡(ec0844)が続ければ、ルイス・マリスカル(ea3063)は考えるように顎に手を当てて。
「炎の王本人が出て来る可能性は低いと思いますが、関与に関してはありえるとは思います」
「部下のカオスの魔物はいるかもな」
そのつもりで動こう、烈が提案したところで様子を見に行っていたイーリスが操縦室から戻ってきた。
「間もなく目的地だ。各自準備を」
「それでは皆さん、近寄ってください。念の為に」
煉淡に声をかけられ、一同は彼に近づく。超越レベルのグッドラックとレジストデビルが一同を包み込んだ。
「ベアトリーセさん、これを持っていってください」
格納庫へ向かう途中、ルエラが魔法瓶を取り出してベアトリーセに差し出した。中身は岩塩とサクラの蜂蜜を湯に溶かしたもので、水分・栄養補給用として彼女が用意したものだった。
「ありがとう。使わせてもらうわね」
魔法瓶を手に取り、ベアトリーセは微笑んだ。
●
フロートシップから降り立ったヴァルキュリアとオルトロスが一歩一歩大地を踏みしめるようにして砦へと向かう。果たして砦からは接近しているゴーレムが見えているだろうか。そして何か対策をして来るだろうか。
砦のものではないゴーレムが砦に向かって進軍するなど、尋常な事ではない事くらい砦の兵士達もわかるはずだ。自らが悪い事をしているという自覚があれば、自分達を捕らえに来た者達だと思うはずだ。それならば、出て来るはず――。
ベアトリーセとルエラは制御胞の中からしっかり砦を見つめ、そして歩を進める。
すると――
『来ましたね』
『はい』
前方から姿を現したのはオルトロスが二機。
『それでは、時間稼ぎと行きましょう』
二人はその場で、二機のゴーレムが近づいて来るのを待ち構えた。
アルロ・ブロカら七人が全て鎧騎士だというわけではない。ただでさえこの砦には約20名しか鎧騎士はおらず、すでに死亡してる十数名の中に鎧騎士が含まれている可能性も高い。わざと、こちらの挑発に仲間内全ての鎧騎士でゴーレムに乗って来るとも限らない。
結果、ゴーレムに乗って砦の外に出たのは2名。それでも十分といえば十分だった。その隙に潜入班は砦の中へと入る。今なら敵の目は外に向いているはずだ――あれが陽動だと見抜かれていなければ。
インビジビリティリングで姿を隠し、スタッフofセントバードで空から進入したルイスは、そのまま砦内の工房へと向かっていた。この砦には訪れたことがある。工房の場所はその時の記憶が頼りだ。
「あ‥‥」
鍛冶師見習いの少年が声を上げた。その隣にはやる気がなさそうに座り込んでいる鍛冶師の姿がある。
「外の騒ぎ、あなたたちぃ〜?」
30代くらいの鍛冶師は間延びした声でそう問う。どうやらあのオルトロス二機を出撃させる為に、突然色々と準備させられたらしい。
「反乱の鎮圧に参りました。反乱に加わっている者達の情報や居場所、処刑待ちの騎士達の監禁場所がわかったら教えてください」
「処刑待ちの騎士は‥‥いません」
ルイスの言葉に少年が、震える声で告げる。
「外にゴーレムの姿が発見された時に、処刑される予定じゃなかった人たちもみんな、鍛錬広場へ連れて行かれました‥‥処刑は、早められてもう始まっているんです」
「!」
「どうせ捕まるのならぁ、少しでも多くの命を道連れにしようってぇ‥‥」
あたしたちはゴーレムの整備が出来るから殺されるとしたら最後の方だろうけど、と鍛冶師は呟く。いつも整備をサボっているだらしない女性のはずだったが、さすがの事態に顔色が良くない。
「今の所、近くにカオスの魔物の反応はありません。あと‥‥ここに来るまでに兵士達に出会わなかったのですが‥‥」
ペガサスを駆って侵入した煉淡が工房に駆け込んで来る。ルイスは今聞いた話をかいつまんで話して聞かせ。
「アルロ達がグライダーで逃げないように、できればグライダーだけ先に脱出させたいのですが残っている鎧騎士達はどこにいますか?」
「いないよぅ」
「‥‥え?」
煉淡の問いに答えた鍛冶師の言葉に、ルイスと煉淡は一瞬固まった。
「この間、グライダーが一機なくなってた事に気づいてぇ‥‥一人、鎧騎士が逃げたって解ってからぁ、奴らは残ってた鎧騎士全部処刑しちゃった。元々残りは少なかったけどねぇ‥‥」
なくなった一機とは恐らくアイリスへ伝令に飛んだ鎧騎士の事だろう。
「時間がないようですね。烈さんとイーリスさんが他の兵士達を蜂起させる為に動いているはずですが、私達も急ぎましょう」
「はい。そうだ‥‥念の為にグライダーが飛び立てないように細工をしておいて貰えませんか?」
煉淡の言葉に鍛冶師はけだるそうに彼女を見上げて。
「もしぃ、グライダーを動かせって脅されたらぁ、命を懸けてでも屈するなってことぉ?」
彼女の言葉に見習いがびくり、と身体を震わせた。煉淡は首を振って。
「念の為、です。彼らがこちらへ逃げ込まないように私達が努力します。それに万が一あなたたちを殺してしまったら、どちらにしろ彼らは脱出できなくなる。違いますか?」
鍛冶師が黙ったのを承諾ととって、ルイスと煉淡は兵士達が集まっているという広場へと急いだ。
「何だ‥‥これは」
宿泊施設や食堂などに兵士達がいないと思ったら、広場に人垣が出来ていた。だが彼らの表情は冴えない。それもそのはずだ、広場の真ん中では次々に同僚が処刑されている。次に誰が選ばれるかは、アルロ次第。兵士達は、その光景を強制的に見せられているのだ。
「イーリスさん、後ろの方の兵士から順に声をかけていこう。さすがに五人では数十人の兵士全てには目が行き届かないはずだ」
「わかった」
烈とイーリスは手分けをし、人垣の後ろにいる兵士達に声をかけていく。驚きの声を上げようとする兵士に静かにするようにと手振りで示し、まずは全ての出入り口を塞ぐように頼む。
「今ならまだ間に合うかもしれない! 生贄を捧げよう! まだ足りないか!」
広場の中央ではアルロと思しき青年が声を上げていた。その手に持った斧にはべっとりと血がついている。見るからに血糊で切れ味が悪くなっているが、そんなことどうでもよいのだろう。最悪、その重さで頭を潰せばいい。
「一体何故これだけの人数がいて、たった七人を取り押さえないんだ?」
不思議に思った烈が近くにいた兵士の腕を掴む。その兵士は恐怖に打ち震えながらも小さな声で。
「最初は、そうしようって声が上がっていて‥‥実際実行に移した人達もいました。でも、アルロ達は何か見えない力で守られているようで‥‥彼が手を出していないのに、次々と彼らに害を加えようとした人達が死んで‥‥」
まず最初に責任者の原因不明の死がある。そして見えない力に守られたような首謀者達。恐らくそれはカオスの魔物の力を借りたのだろう。四六時中姿を消したカオスの魔物が張り付いているとは思えないから、その一度だけだったのかもしれない。けれども得体の知れぬ力に対する恐怖を植えつけるには十分だったはずだ。
「わかった、もう大丈夫だ」
烈はぽんとその兵士の肩に手を置き、そして安心させようと試みる。その時廊下を通ってルイスと煉淡が広場へと到着した。互いに目配せをしあい、意思の疎通を図る。
相手は五人。こちらはイーリスを含め四人。数の上での不利を覆すには、やはりこの場に残っている兵士達を味方につけるしかない。
「俺達が先にアルロ達に攻撃を仕掛ける。それで以前のようなことが起こらないことを確認してからで構わない、やつらを取り押さえるのに協力してくれ」
「これ以上、仲間が殺されるのを黙って見過ごせますか?」
烈とルイスの言葉に近くにいた兵士達は情けない表情を見合わせる。だが、このままではいずれ自分達も殺される。だとしたら一矢報いておきたいというところだ。彼らも騎士の端くれである。
冒険者達の意思が次々に伝言されていく。広場では次の処刑者がアルロの前に引き出されていた。
「それでは、始めましょう」
煉淡が高速詠唱でコアギュレイトを唱える。
斧を振り上げたアルロの動きが、兵士を押さえつけていた反逆者の動きが、それを楽しそうに眺めていた男の歪に笑った表情が、止まった。
それが――合図。
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ガツン、とルエラのヴァルキュリアが構えた盾が、敵のオルトロスの振り下ろした剣を受け止める。
『ルケーレ!』
そのまま繰り出されたコンバットオプションによって装甲を一部破壊されたオルトロスがバランスを崩す。
『格の違いを見せ付けてやりましょう』
ベアトリーセが滑らかな動きでオルトロスを動かし、向かってきたもう一体の攻撃をかわして反撃を叩き込む。ガツンと鈍い手ごたえがある。下級騎士と聞いていた通り、実力はそれほどではないようだ。機体の性能も満足に引き出せていないのかもしれない。
『足止めにもなりませんね』
実力の差は明らかだ。だが彼らはそれでもオルトロスを動かして攻撃を仕掛けて来る。
『諦めが悪いですね。何が彼らをここまで動かしているのでしょう』
ベアトリーセにもルエラにもそれは解らない。だが思ったよりも早くゴーレム同士の対決は決着が着きそうだった。
カシャガシャ‥‥ドスン‥‥。
操縦者はともかく、傷つき破壊された機体が先に悲鳴をあげた。地に縫いとめられたように動けなくなったオルトロスを見下ろしたベアトリーセとルエラは、操縦者を拘束すべくそれぞれゴーレムから下りることにした。
「!?」
振り上げた斧が止まった。死を覚悟した兵士が、ゆっくりと目を開ける。その頃にはすでに飛び出したルイスがバーストアタックでアルロの手にしていた斧を破壊していた。烈はスタンアタックを残りの反乱兵に打ちこみ、イーリスは剣を鞘に収めたまま反乱兵の鳩尾に叩き込んだ。
「皆さん、今です!」
煉淡の叫び声に、恐る恐る様子を覗っていた兵士達が拳を握る。アルロ達は一方的にやられるがままで手足も出ない。それがわかったということは兵士達の安堵を呼び、そして押さえ込まれていた怒りを爆発させた。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
誰かが叫び声を上げた。それに呼応するようにして広場を取り囲んでいた兵士達がアルロ達に掴みかかる。
今までに、そして今日この場所で処刑された仲間達への思いを抱いて涙を浮かべる者達もいた。怒りの拳を抑えきれぬもの達もいた。
事情を聞く為にも彼らを殺すことは避けたい。仲間を殺された兵士達は不公平だと思うかもしれないが、復讐に復讐を重ねさせることは避けたかった。
首都でしかとした処罰が下されるだろうから、と兵士達を何とかなだめ、反乱兵5名を捕縛することに成功したのである。
「どうやらもう終わりのようですよ」
砦の方から飛び来るペガサスの姿をみとめて、ベアトリーセは足元を見た。
「もっとも、聞こえないでしょうけど」
その足の下にはスタンガンで気絶させた反乱兵が一人。
「眠っていられるのも今だけですね。これから事情聴取が待っていますから」
ルエラもスタンアタックで気絶させて拘束した兵士を見やった。
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アルロ・ブロカら七人の反乱軍の動機は、怒りさえ覚えるほどシンプルなものだった。
自分達の能力が正しく評価されていない――自分達はもっと上位に位置するべきだ、そんな不満。
だからまずは責任者を消すことを願った。そして、砦の中での自分達の地位の確立を願った。
呼び声に答えたのは端正な顔をした金髪の男性だったという。その男性がよからぬ者である事は薄々想像していたが、それよりも欲求のほうが勝った。
対価として膨大な数の生贄を求められたが、おかしいとも思わなかったという。感覚が麻痺してしまっていたのだろう。
そうして築いたつかの間の地位、それで彼らは満足だったのだろうか。
沢山の命を奪って――。
こうした心の隙間に漬け込むのがカオスの魔物なのだろう。だが、あまりにも――。
彼らの証言から、彼らに協力した男というのは炎の王である可能性が高いと思われる。
恐らくあの魔物はこの一連の出来事も楽しく見守っていたのだろう。
リンデンを蝕む魔物は、まだ余裕で遊んでいるようだ――。