【硝子の翼】菩提樹を破滅へと導く調べ

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月12日〜10月17日

リプレイ公開日:2009年11月19日

●オープニング


「敗れおったか‥‥」
 リンデン侯爵領の何処か。薄暗いその居室に蝋燭の明かりだけが揺らめく。波打つ長い金髪を炎に反射させて、男は掌で水色の球体を弄んだ。
「エレメンタラーオーヴ、か‥‥」
 その球体の中には妖精が泳いでいる。先日は彼の部下がこれを手にしていた。
 くっくっくっ、と男は笑う。このエレメンタラーオーヴに恐れるべき力が無い事は知っている。いや、本来の姿を映し出してしまうというという力はあるが、それとて抗う事が出来ぬわけではない。確実に抗えるというわけではないが。
「しかし黒翼よ‥‥よく考えたもの」
 彼の部下は奪取した「水鏡の円盤」をすぐさま破壊して、「エレメンタラーオーヴ」だけを取り出した。「エレメンタラーオーヴ」のみとなったそれはもう、「水鏡の円盤」ではない。
「まあこれを我が使う必要はあるまい‥‥さて」
 ばさり、マントと長い髪を翻らせて、男は立ち上がる。
「仕上げにかかるか」
 石造りの床にコツコツと音を立てて、男は部屋を出て行った。



 リンデン侯爵領の南方、ステライド領とリンデン侯爵領を区切るギルデン川に近い位置にジナラという名の町がある。町というよりは村に近い小さな町で、特に目立った産業もなく、目立った問題もなく――つまり、何も無い平穏な町である。
 近くにヤナとテミスという2つの村があり、そちらとの交流はよくあるようだった。


 その日主都アイリスの入り口で保護された少女は、そのジナラから来たと言った。17、8歳位のその少女は服も薄汚れ、履いている靴は履きつぶれているという有様だった。酷く猜疑的になっているようで、保護した人にも事情を語らずただ「侯爵様に会わせてください」と呟き続けるのみだったという。だがさすがにいきなり現れた娘が侯爵との面会を望んでも実現するはずはなく、少女は侯爵邸の前で面会を訴え続け、兵士達を困らせた。
 騒ぎを聞いたイーリスが応対に出たが、思い切り頬を叩かれた。その時に尖っていた爪で頬に赤い傷をつけられたが、「侯爵様に危害を加える可能性のある者を侯爵家内に入れるわけにはいかない」というイーリスの弁に納得したのか、彼女はリッツァと名乗りジナラ町からやってきたと告げた。
 ジナラ町――そう告げられてもイーリスはどこの事だかすぐに思い出すことが出来なかった。それくらい目立たない町だったのである。だが少女の次の言葉でイーリスは固まった。
「町の人は全員殺されました」
「‥‥全員?」
「はい。ヤナ村からホメロスが遊びに来たその晩に全滅しました」
 ホメロスというのはヤナ村から、村で作った野菜を売りに来る男の名であるという。
「何故途中の町や村に助けを請わなかった?」
 途中、いくらでも助けを請う機会はあったはずだ。場所によってはシフール便を使ってもっと早く情報が伝わったかもしれない。けれども少女は首を振って。
「誰も信じられなかったんです。怖かったんです」
 そう告げて涙を零した。


 リッツァの身柄は一旦兵舎で保護し、事件の概要はイーリスの口から侯爵へと伝えられた。
 侯爵は事実調査の為に至急ジナラ町とそしてヤナ村、テミス村に調査隊を送った。だが、数日経っても彼らは一人も戻って来る事は無かったのである。
 事態を深刻なものとして認識した侯爵は、冒険者ギルドへと依頼を出す事にした。



「現地はどうなっているのかわからない。だがリッツァ殿の証言によれば、少なくともジナラ町の人々は全て死亡しているとみていいだろう」
 冒険者ギルドにてイーリスが告げる。その顔には影が下りていた。小さいとはいえ一つの町の人々を死に至らしめた原因は――想像すると溜息をつきたくもなる。
「リッツァ殿は今、兵舎で保護しているが‥‥案内などで同行させることもできる。この判断は冒険者達に任せたい」
「‥‥ジナラ町、ヤナ村、テミス村の現状調査ということですね。現地に何かある可能性は――」
「もちろん、頭に入れておいて欲しい」
 支倉純也の言葉に、イーリスは重々しく頷く。純也は彼女の言葉を受けて、何か考えるように顎に手を当てた。
「どうした、支倉殿」
「いえ‥‥少し、疑問に感じた事があっただけで‥‥」
「何かあるなら、いってみてくれ。手がかりになるかもしれない」
 イーリスの真剣な言葉に、彼はそれでは、と頷いた。
「ジナラ町の人々が全滅したのだとしたら、どうしてその少女だけは無事だったのでしょう?」
「――確かに」
 純也の言葉を、彼女は強く噛み締めた。
 ギルド内の雑踏が、遠くに聞こえる。
 一体何が起こっているのだろうか。

●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1587 風 烈(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea3625 利賀桐 真琴(30歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 eb9949 導 蛍石(29歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec0844 雀尾 煉淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


「それではよろしくお願いします」
「はい、わかりました。私は不測の事態に備え、残ります」
 アイリスを出て村と町の調査へと向かう雀尾煉淡(ec0844)の言葉に、導蛍石(eb9949)が頷いた。二人はリッツァを保護している場所の近くでデティクトアンデッドを使用していた。するとある意味予想通り、彼女の付近で反応が見られたのである。これを蛍石は、彼女がカオスの魔物による化身かカオスの魔物に憑依されているのだと予想した。術に彼女が反応した場合の『処置』は煉淡と相談済みだ。
「リッツァのお嬢を疑いたくはありやせんが‥‥」
 同じくアイリスに残る利賀桐真琴(ea3625)は心に傷を負っていると思われる彼女を元気付ける算段を整えてある。全面的に信じているわけではないが、やはりはなから疑ってかかりたくはないものだった。
「それでは行って参ります」
「ま、後は頼んだ」
 イーリスと共に調査に赴くルイス・マリスカル(ea3063)と巴渓(ea0167)が見送る二人に挨拶をし、馬車へと乗り込んだ。
「あちらも何が起こるのかわかりませんが、こちらも注意が必要です。頑張りましょう」
「わかっていやす。侯爵家の人々や街の人々を危険にさらすわけにはいきやせん」
 馬車の遠ざかっていく姿をその轍の音と共に見送り、二人はリッツァの保護されている兵舎へと向かった。



「リッツァさんが過剰に人を疑い、怯える様子から推測すると。カオスの魔物に操られ、村人同士殺し合いとかさせられたのでしょうか」
「しかし彼女の付近から、デティクトアンデッドの反応を確認しました。イーリスさんは確か石の中の蝶をお持ちでしたよね?」
 がたがたと揺れる馬車内で、寄りかかって座ったルイスと煉淡の言葉。イーリスは困ったように自分の指にはめられた石の中の蝶を見やった。
「すまぬ。私も常に指輪を注視しているわけにも行かぬのでな‥‥見てはいなかった。だが不審な出来事が起こった以上、それに関与していると思われる彼女の近くでこそ確認するべきだった。一度確認してしまって、違えばそれですむのだから」
 彼女は悔しげに唇を噛んで。リッツァの付近からカオスの魔物の反応がある以上、侯爵家にいれず侯爵に会わせなかったという判断は結果的には正しいものだったが、もう一歩手を加えていれば冒険者達に有益な情報を渡せたのだ。
「いえ、あまりご自分を責めることのなきよう。幸い保護中に彼女が何か行動を起こしたという事ではないようですし、今回は手も打ってありますから」
 ルイスの優しい言葉にイーリスは小さく頷き、そしてもう一度指に止まった蝶に目を移した。
「ふん‥‥炎の王とやらが絡んでいるのかね。全く働き者の妖魔だな。地獄の魔王が倒れようが関係なしか‥‥」
 馬車の乗降口付近に陣取った渓はそこから外を眺めながら呟く。通ってきた道が後ろへ後ろへと流れていく。
「まず普通に考えて、全滅した村からのこのこ生きて戻る。そんな状況はまず有り得ん。その小娘が言霊で操られているか、或いは妖魔の化身か」
「現地にも罠を張って待ち受けている可能性が高いですね‥‥注意しましょう」
 村や町が全滅したという話。それに加えて調査として送った兵士達も帰ってこないという。三箇所に送った兵士がすべて帰ってこないのならば、やはり何かあったと考えるのが順当だろう。煉淡はデティクトアンデッドで注意を行いながら、地図を見る。
「一番近いのはテミス村ですね」
「本当に何もない、何もないゆえに平穏さが保たれている‥‥そんな村だったはずだ」
 地図を指したルイスの指を見たイーリスが、若い者はアイリスに出稼ぎに来たりもしているらしいと付け加える。
「何か手がかりが残されていればいいのですが」
「手がかりどころか大物が出てくるかもな。悪趣味な招待に応じてやるぜ」
 呟く煉淡をよそに、渓は気合を入れているようだった。



「何かあったんですか?」
「いえ、念の為のおまじないだと思ってください」
 リッツァの保護されている兵舎に詰める兵士達や侯爵邸に勤める者達、勿論侯爵一家も含めて蛍石は超越レベルのレジストデビルを付与して歩いた。勿論兵舎付近の住民や自身と真琴にも付与を忘れない。ただ冒険者が施術して歩く事は常の事ではない。中にはこの行為によって不安を煽られる者達もいた。何か起こっているのか――その不安は募る。それを何とかいいくるめて、蛍石と真琴は彼女が保護されているという兵舎の二階へと向かった。
 真琴は侯爵家に寄った際に水鏡の円盤は見つかったのかと尋ねたが、残念ながらいまだにその所在は明らかになっていないとの事だった。見つかっていれば円盤も調べたかったのだが、仕方がない。黒翼の復讐者を倒した後日、その付近を捜索させたようだったが、それらしいものは見つからなかったのだという。
「失礼します。気分はいかがですか?」
「はじめまして、イーリスのお嬢からリッツァのお嬢の事を頼まれてやってきやした」
 蛍石と真琴は彼女を怯えさせないように柔らかい調子で彼女の部屋の扉を開ける。彼女は窓のそばに怯えるように座り込んでいた。
「安心してください。魔法を使いますが、あなたを落ち着かせるためのもので、あなたを害するものではありません」
 蛍石はそう断り、メンタルリカバーを発動させる。
「水でも飲んで少し落ち着きましょう。見ててください、手品ですよ」
 続いて唱えるのはクリエイトハンド。するとその場に出現したのは食料と水。カップに注がれた水を、リッツァは目を見開いて見つめていた。
「一緒に食べようと思いやして、色々と料理の腕をふるってみやした。お嬢の好き嫌いがわからなかったので、色々な種類を作りすぎたようで」
 苦笑した真琴が押し出したのは色々な皿の乗ったワゴン。
「どうぞ」
 蛍石にカップを差し出されたリッツァ。だがカップと彼の顔を交互に眺めるばかりでなかなか手に取ろうとしない。そこで察した真琴がカップを取って中の水を一口。
「毒なんて入っていないでやすよ。料理も同じです」
 水を飲んでもなんでもない真琴を見て安心したのか、リッツァは漸くカップを手にとって傾けた。こくん、喉が震え、そして小さくため息をつく彼女。こぼしてしまった口の端を手の甲でふき取って、そして小さく「ありがとう」と呟いた。
 カオスの魔物による憑依か――? 疑われていたが、憑依している魔物が出てくる気配はない。蛍石は素早くデティクトアンデッドを唱える。

 反応はまだ、すぐ近くにあった。



「! 反応がありました!」
 煉淡が声を上げたのは、テミス村まであと少しというところだった。あと少しで村影も見えてくるだろう、だが反応は村より手前。
「だんだん近づいています」
 その声にルイスも渓も馬車から外を見て辺りを伺う。煉淡はレジストデビルとグッドラックを付与して戦いに備えた。
「あれですかね」
 指を指して声を上げたのはルイス。右前方の茂みから、醜い小鬼らしきものが飛び出してきたのだ。その小鬼は馬車に気づいて慌てて茂みの中へと戻ったが、時すでに遅し。冒険者達は馬車を止め、茂みへと突撃する。
「ちょろちょろ逃げて手間かけさせんな。てめえらの親玉は何処だ?」
 渓は続けざまに拳を叩き込むも、小鬼達はぎゃーぎゃーと叫んで逃げ回り、質問に答える様子はない。果敢にも爪を振るったり何らかの魔法を使ってくる小鬼もいたが、所詮は下級のカオスの魔物の攻撃。歴戦の猛者である冒険者達はそれを軽くかわしていく。煉淡の張ったホーリーフィールドにはじかれて転んだ小鬼は、ルイスの一撃でその存在を消されていった。
「数は多いですが、下級の魔物ばかりのようですね」
 彼らにしてみれば見慣れた下級の魔物ばかりだ。どこかに強敵が潜んでいないか注意はしているが、その気配はない。ペガサスに騎乗した煉淡のホーリーが、小鬼を打ち抜く。
「足止めにしては‥‥」
「弱すぎるな」
 訝しげに呟いたイーリスの言葉を引き継いで、渓が拳を叩き込んだ。程なく最後の一匹が霧散する。
「煉淡さん、他に反応‥‥」
 ルイスが上空の煉淡に質問を投げかけて、途中で言葉を切った。彼が何かを発見したかのように、空中で馬首をめぐらせたからだ。
「何かあったようですね」
 程なく一同を呼ぶ煉淡の声が響き渡った。


「‥‥これは、どういうことでしょうか」
 テミス村に到着したルイスは、顎に手を当てて考え込むような体勢をとった。
 テミス村到着前に下級の魔物と対峙した一行は、魔物達がいた付近でいくつかの遺体を発見していた。それは身につけたものからしてリンデン侯爵家から派遣された兵士のものであると判明した。煉淡がパーストのスクロールを使用するも見えるのは一週間前まで。すでに遺体となった兵士達の周りを守るかのように小鬼たちがうろついている様子しか見えなかった。
「一杯食わされたっつーことか? それともこれ、全部ズゥンビか?」
 渓が己の視界に入っている光景を眺めて、訝しげに呟く。
「デティクトアンデッドに反応はありませんね」
 煉淡が調査結果を口にすると、イーリスも首を傾げた。
「‥‥全滅したのではなかったのか?」
 そう、彼らの目の前に広がっているのはのどかな村の生活の一場面。よそからの来客が珍しいのか、人々の視線が刺さる。
「お客さん達、冒険者かね? こんな何もない村に用かね?」
「‥‥すいません、この村で何か変わったことはありませんでしたか?」
 さすがに「全滅したと聞いたのですが」とは切り出せず、ルイスは遠まわしに尋ねる。すると応対している老人はおかしそうに笑って。
「変わったこと? お前さん達が来たことかねぇ」
 その笑顔に嘘偽りはないように見えた。



「何をするの!」
 突然発光した蛍石を見て、リッツァは怯えたように立ち上がった。蛍石はニュートラルマジックを施したのだ。だがリッツァの姿に変化は見られない。
「すいません」
「大丈夫でやすよ、落ち着いてくだせぇ」
 蛍石は謝罪の言葉を口にしたものの、警戒は解かない。こんなに近くでカオスの魔物の反応があるのに、警戒を解けという方が無理だ。勿論真琴も蛍石がむやみに魔法を使ったのではないとわかっている。だから警戒しつつもリッツァを慰めるように手を取って、そして小皿へとその手を導いた。
「世の中は『こんな筈ではなかった』って事ばかりでやす。だからみんな隣の誰かと手を取り合いガンバってかなきゃ生きてけねぇ。あんたが手を振り払いてぇならあたいは手を握ってくれるまで何度も手を伸ばしまくりやす。それだけの事でさぁ」
「何で‥‥今日出会ったばかりの私に? 私が可哀想だから?」
 リッツァがから揚げを一つ口にしたのを見て、真琴は微笑む。優しい、慈愛の笑顔だ。
「可哀想とかそういう問題ではなく、あたい自身がお嬢と仲良くしたいと思ったからでやす」
 その笑顔を、リッツァは不思議そうに見つめて。そして、スカートのポケットをまさぐった。
「じゃあ、お礼にこれをあげるわ」
「?」
 突然の彼女の言葉の意味が良くわからず真琴は首を傾げる。蛍石は警戒をいっそう強め、表情を硬くした。

「返そうと思って部下に持ってこさせたのだけれど、侯爵には会わせて貰えそうにないから」

 ころん‥‥思わず出した真琴の手の上に乗せられたのは、水色の玉。中に泳いでいるのは妖精――
「これはっ!」
 ばっと真琴が顔を上げたとき、それまで前にあったリッツァの姿はなかった。蛍石が悔しそうに唇を噛む。コアギュレイトをかけるタイミングが難しく、彼女が消えるほうが早かったのだ。視認できていない相手を捕縛することはできない。
「反応はまだ近くにあります!」
「人間の真似事も、そこそこ楽しかった」
 部屋の何処からか聞こえてきたのは、少女の声ではなく男性の声――二人の間に緊張が高まっていく。



 次に訪れたヤナ村も、テミス村と同じ様子だった。村の近くに兵士達の遺体と下級魔物が存在し、村の様子には変わったところは見られない。全滅したと聞いていた村人達も、皆生きているのだ。
「ホメロスも生きてたな」
「リッツァさんをご存知のようでした」
 ジナラ町へと馬車を進めながら、渓とルイスが呟く。もうすでに、他の二箇所と同じく下級魔物を発見して退治し、兵士達の遺体も発見している。
「これまでの二箇所と同じならば、ジナラ町の人々も生きているということになりますが‥‥」
 煉淡の魔法に反応はない。それどころか馬車を止めると町の方角から子供達の楽しそうな声が聞こえてくるではないか。
「やっぱりだまされたか」
「すいません、こちらにリッツァさんという女性がいらっしゃると聞いたのですが」
 舌打ちする渓の横でルイスが紳士的に尋ねると、町の入り口にいた女性は大声でリッツァの名を呼び、そして手招きして見せた。
 駆け寄ってきたのは一人の少女。イーリスが「あっ」と声を上げた。
「私に何か御用ですか?」
「あなたがリッツァさんですね? イーリスさん、間違いありませんか?」
 煉淡の問いにまずリッツァが頷き、そしてイーリスが「間違いない」と呟く。
 そこにいたのはアイリスにいるはずのリッツァにそっくりの少女だった。いや、こちらが本物だろうか。
「くそっ‥‥あっちに残った二人が危ないかっ」
 渓が急いで馬車に戻ろうとするものの、アイリスまでは距離もある。すぐに戻れるはずはなく。
 本物のリッツァは冒険者達の様子に、怪訝そうに首を傾げていた。



「やはり魔物でしたか」
「姿を見せたらどうでやすか!」
 蛍石と真琴が声を張り上げるも、それで本当に姿を見せてくれたら楽なのだが。
「こっそり侯爵家に侵入してもよかったのだが、まあこの方が面白いだろう?」
 男の声はおかしそうに笑いを帯びて。真琴は円盤から取り外されたと思しきオーヴを握り締める。
 保護された時に持ち物検査などはされたはずだ。その時に発見されなかったということは、わざわざ後で運ばせたのだろう。
「まさか、炎の王?」
「楽しい余興だっただろう?」
 真琴の言葉に否定も肯定も返さない声。いや、否定しないということがすべてを物語っている。
 いつでも侯爵家の懐に入り込めるということ、それを否応なしに思い知らされる。
「今回のところはそれを返しに来ただけだ。だが次もこうとはいかない。そろそろ始めようか、ラストバトルを」
 正直二人だけでは炎の王に勝てるとは思いがたい。お帰り願えるのならばここはお帰りいただくのが得策。
「‥‥反応が消えました」
 瞬間移動でもしたのだろうか、蛍石の魔法から反応がなくなる。
「もしあたいらが残っていなかったら、どうなっていたのか‥‥」
 それを想像すると、全身から汗が噴出してくる。炎の王はオーヴを返しに来ただけだといったが、もし誰も残らなければ何か行動を起こしたかもしれない。

 そして次からは――本気の戦いが始まるだろう。