結婚式に黒百合の花束を
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 98 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月27日〜07月01日
リプレイ公開日:2007年06月29日
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●オープニング
●恋と呪い
貴方は気づいていなかった? 私の想いに。
いつかは叶うかもしれないと信じていた私がいけないの?
そんな貴方に贈りましょう、黒百合の花束を。
結婚パーティへ出席のお返事に添えて。
わざわざそのために取り寄せたのよ。
天界では『花言葉』というものがあるんですって。
貴方は気づくかしら?
黒百合の花言葉は『恋』と『呪い』なの。
これ以上相応しいものはないと思うわ。
手に入らないのならばいっそのこと――‥‥。
●簡素な依頼
『結婚パーティの警護に当たる冒険者を求む。
詳細はギルド職員まで』
書かれているのはたったそれだけの不思議な依頼。不思議そうに眺めている冒険者に、職員が声をかけてきた。
「ああ、その依頼ね‥‥ちょっと事情があるらしくてね、受ける気があるなら詳細話すよ?」
+―+―+
依頼人は新郎。ラグリアという名の貴族。
彼は社交界で出会い、惹かれた女性と幸運にも縁談が纏まり、結婚の運びとなった。
だがそんな彼の元に贈られてきたのは黒百合の花束。
贈り主は彼の親戚の少女、メイア。
結婚を祝福する贈り物としては相応しいとは思えないその黒々とした花に、彼は不安を覚えたという。
本人に直接会って確かめようにも彼女はずっと部屋に閉じこもっていて、面会も断られてしまった。
ただ、「結婚パーティには行くから」という伝言だけを残して。
彼は人づてに聞くことになった。彼女が長年自分に思いを寄せていたということを。
ラグリアは彼女の想いに気がつかなかった自分を責めると同時に不安に駆られた。
彼女は祝福してくれるだろうか?
あの花束は何か彼女の意思を表しているのではないだろうか?
もしかしたら彼女はパーティで――?
彼は考えた。メイアはパーティで花嫁やその家族を狙うかもしれないと。
けれどもこれは彼の予測でしかなく、根拠のない予測で花嫁やその家族を不安に陥れたくないので、表向きは「結婚パーティの護衛」という事で冒険者を求める事にした。
さすがにパーティの真っ最中に何か事を起こすようなことはしないと思われる。パーティが始まるまでの数時間が一番怖い。
何事もなければそれでいい。
だがもしも何か起こりそうになった場合は、それを止めて欲しい――これが彼の願い。
「ラグリアさんは自分は平気だから、花嫁とその家族を重点的に守ってくれと仰っていたけれど‥‥」
ギルド職員は言葉を濁す。
「彼自身に憎しみが向くこともあると思うんですよね‥‥まぁ彼に護衛をつけるか否かの判断はお任せしますよ」
願わくば、平穏にパーティが始められますように。
●依頼詳細
・会場は港に停泊した客船のホールでとなります
・乗船の際は招待状と名簿の照会が行われます
・パーティ用の衣装や小物を運び入れるために貴族達は使用人を同行させることが有ります
・メイアもそれを利用し、三人の若い使用人と共に乗船してきます
・全員の乗船が確認されますとタラップは撤去され、基本的にパーティ終了まで船へ出入りは出来なくなりますので、その間の外部からの侵入は警戒しなくても平気です
・客の乗船開始からパーティ開始までは2時間程あります。その間にメイアは動きます
・実際にメイアが何か行動を起こすそぶりを見せる前に彼女を『捕縛』することは出来ません。冤罪だと訴えられる恐れが有ります。
・招待客には着替えなどの為に客室が割り当てられています
・パーティ開始までホールで歓談を楽しむ招待客もいるでしょう
・花嫁の名はウィスティリア。参加する彼女の家族は父親、2人の妹レディアとフェリシテ、弟のエルファスです。
・パーティ開始まで、花嫁やその弟妹達は花嫁の控え室に、父親はホールにいます
・ラグリアは新郎の控え室とホールを行き来したりするようです
・何か起こった場合は他の招待客に真相を悟られぬように
・何か起こるまでは花嫁及びその家族には警護の真の目的を悟られないように(事が起こった後は知られても構わない)
・花嫁及びその家族、招待客に怪我を負わせることがないように
・メイアにも、出来る限り身体的な傷を負わせることは避けて欲しい
●今回の参加者
eb7900 結城 梢(26歳・♀・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
eb8306 カーラ・アショーリカ(37歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)
eb9700 リアレス・アルシェル(23歳・♀・鎧騎士・エルフ・メイの国)
ec3124 アルシア・セルナート(23歳・♀・バード・エルフ・メイの国)
ec3210 御手洗 ともみ(29歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
●リプレイ本文
●警戒〜黒百合の女
その女性――というより少女といった方が相応しい年齢だろうか、メイアという彼女は暗く、青白い顔をしていた。白地に黒百合の刺繍の施されたワンピースを着用し、衣装箱を持った三人の使用人と共に乗船してくる――その様子をアルシア・セルナート(ec3124)は離れた所から見ていた。メイアと使用人の顔を把握するためである。しかし乗船の際の服装にまで黒百合をあしらうとは‥‥。
「(ずっと想いを寄せていた方が他の女性と結婚してしまうというのは、身も裂く思いなのでしょうね、きっと)」
理解はできないが、同情を禁じえない。しかしメイアには諦めてもらうしかないのだ。他人の幸せを妨害する権利は誰にもないはずだから。
「(今のところ怪しい動きはないですね)」
メイドに扮した結城梢(eb7900)は飲み物を載せたトレーを片手にホール内を見渡す。中にはパーティ開始までの間の歓談を楽しむ人――圧倒的に男性の姿が多い。女性の支度には時間が掛かるからだろうか。
ホールで客と歓談している花嫁の父を注視しつつ、怪しげな動きを見せる者がいないか気を張るのを忘れない。万が一の時は魔法を使うが、念の為にそのスカートの中には武器が隠されていた。
カシャッ
シャッター音がホールの喧騒に紛れてくれてよかった。携帯電話のカメラ機能にこちらのパーティの様子をこっそり納めた梢は、誰もその音に気がつかなかったことに胸を撫で下ろした。
「カーラおねえさん!」
控え室への来客にいち早く気がついたのは末っ子の少年だった。正装したその小さな少年、エルファスはカーラ・アショーリカ(eb8306)に向けて駆け出し、ぽふ、と抱きつく。
「ウィスティリアさん、結婚おめでとうなのら」
「カーラさん‥‥! わざわざ来てくださったのですね、とても嬉しいです」
カーラは花嫁一家と面識があることから、結婚の話を聞いて駆けつけた風を装うことにした。勿論本当に祝福したい気持ちは沢山ある。だが、それよりもウィスティリアの結婚を邪魔するものを排除したいという気持ちが勝っていた。
「どうしても直接お祝いが言いたかったのら。それにしてもとても綺麗なのら‥‥」
華美過ぎず質素すぎず、程よいドレスは花嫁自身の性格を現しているようで、とても彼女に似合っていた。
「わざわざ来てくれたのだから、ここで少し話していったら?」
三女フェリシテがカーラに椅子を勧める。「カーラおねえさん、まだいるでしょ?」とエルファスもカーラを引き止める。カーラにとっては願ってもない話だ。これで堂々と控え室で護衛が出来る。
「パーティ開始までまだ大分時間がありますしねぇ。花嫁はそれまでホールにも出られないし、姉や私達の相手をしてくださいな」
次女レディアの言葉に、カーラは頷いた。
「(ラグリアさんは今はホール、アルシアさんと梢さんがいるから大丈夫。新婦の所にはカーラさんがいるし‥‥)」
さも仕事中のメイドで有るかのように船内の廊下を歩き回るのはリアレス・アルシェル(eb9700)。誰もそのスカートの下にダガーと鉄扇が隠されているとは思うまい。
リアレスはこっそりと、メイアが割り当てられた控え室へ入るのを確認した。彼女も使用人もまだ、出てこない。
「(メイアさんの気持ちも判らなくは無いけど‥‥好きな人が幸せになるのを、横から邪魔したらやっぱりダメなんだよ)」
このパーティを成功させることがきっとメイアの為にもなる。そう考えて彼女はこの任務に望んでいた。‥‥‥と
「(出てきた!?)」
メイアの控え室の扉が開き、彼女一人が出てくる。思わずリアレスは壁の影に隠れて様子を窺った。
ふらふらと頼りない足取りで彼女はある方向に向けて歩き出す。そちらにあるのは――新郎の控え室。彼女は誰もいない新郎の控え室に入っていった。
「(‥‥‥)」
暫く待ってみたが彼女は出てくる様子がない。このタイミングでラグリアが控え室に戻ってきてしまったら、きっとそこで惨劇が起こる――。
リアレスはまずはホールに、続いて新婦控え室にいる仲間に連絡を取った。
●散華の時
「なんでっ‥‥どうして気づいてくれなかったの‥‥!!!」
メイアの悲痛な叫びが控え室に響く。
念のためにとラグリアを下げて代わりに扉を開けたカーラは見た。ナイフを構えて自分に向かってくるメイアを。メイアが入室してきたのはがラグリアではない事に気がつき瞠目する前に、カーラは彼女の手からナイフを叩き落し、取り押さえた。
「‥‥メイア」
騒ぎが外に知られないようにとラグリアを初めとし、梢、リアレス、アルシアも控え室へと入る。取り押さえられたメイアは呆然と、しかし憎しみと紙一重の熱い想いを込めてラグリアを見上げていた。
「離してやってくれますか?」
ラグリアに言われ、カーラはメイアを放す。彼女の持っていたナイフは素早くアルシアが回収した。
「‥‥‥何で、私じゃないの‥‥?」
縋るように自分を見上げるメイアに、ラグリアは困ったような表情を浮かべる。
「ごめんな」
「‥‥っ!」
その一言にメイアの瞳に涙が溢れる。ラグリアも、辛いのだろう。彼女の気持ちにもっと早く気がついていたからといって結末が変わっていたとは限らない。だが、気がつかなかった自分を責める気持ちは変わらない。
「‥‥気がついてやれなくて、ごめんな」
床に座り込んで涙するメイアを、ラグリアは抱きしめたりはしない。それが、彼の優しさ。
「『どうして気づいてくれなかったの!』じゃないー! 気付かせなきゃダメなの、振り向かせなきゃ負けなの、恋愛は」
リアレスはメイアと視線を合わせるようにしゃがみこみ、続ける。
「他の人を好きになられて泣くくらいだったら、なんでもっと早くに自分の思いを伝えなかったの? それなのに手に入らなかったから不幸にしようなんてのは女として一番やっちゃダメな事、微笑んで見送る位の誇りを持ちなさい、本当に彼が好きなら」
「だって‥‥」
何か紡ごうとしたが上手く表せないのだろう。口ごもるメイアに、カーラが声をかける。
「こんなことをやったからって愛してもらえるとでも思ったのら? むしろ幸せが遠のくのみのらよ?」
「私のいた世界では『初恋は実らない』といいます。これは悲観的な意味ではなくて、実りはしない分次の恋を実らせる良い肥やしになるって意味なんじゃないかな、と思います」
梢が優しく声をかける。
「泣きたい時は泣いて過去に囚われずに未来を見つめた方がいいのらよ。新たな恋を見つけて、その相手には積極的にモーションかける、それで幸せになった方が良いのら。今は無理かもしれなくても、そう思えるようになる時が来るのらよ」
ラグリアの代わりにカーラがメイアを優しく抱きとめ、その胸を貸す。メイアは彼女の胸で慟哭した。
「きっと今までゆっくり眠れず、心身ともにお疲れでしょう‥‥ゆっくり眠って目覚めた時には、心も軽くなっていると思いますから。今はただ、ゆっくりお眠り下さい‥‥」
アルシアは横笛を奏で、スリープの魔法をメイアにかけた。子供のように泣きじゃくっていた彼女の身体がゆっくりと傾ぐ。
「‥‥‥‥本当に、ごめんな」
カーラに支えられたメイアの頭を、ラグリアは切なげに撫でた。
こうして花嫁一家には事情を知られることなく、事件は未然に防がれた。
その日誕生した新たな夫婦を祝う船上パーティはつづがなく開催され、四人も存分に楽しんだ。
翌日、控え室で目覚めたメイアは黒百合のワンピースを船上から投げ捨てた。
もう黒百合は、いらないから。
自分の新しい門出に、相応しい花を探そう。
そう、あの四人が教えてくれた通り、今度は自分の手で恋を掴み取るのだ。