●リプレイ本文
●既に無き村へ
空は陽精霊と月精霊の交代が織り成す茜色に彩られつつあった。このまま陽精霊の力が弱まり、月精霊の力が強くなれば空は紫から闇色へと変色していくだろう。
一行は村から少し離れた広い場所に馬車を止め、戦闘場所を定める。村の中で戦うのは物陰に隠れた鼠の確認も困難であるし、何よりも村を荒らすことでイーシャが傷つくのではないかと一行は考えたのだ。そして導き出した作戦は『村から離れた場所に鼠を誘い出して一網打尽』というもの。
彼らの自分への心遣いにイーシャは「村が滅んだのはもう3年以上も前の事だ、気にしなくてもいいんだよ」と苦笑したが、最後には「ありがとうね」と小さく付け加えて微笑んだ。
オルステッド・ブライオン(ea2449)とイェーガー・ラタイン(ea6382)を村への偵察に送り出すと、アシャンティーア・ライオット(eb3575)とサーシャ・クライン(ea5021)は念の為に皆から集めた予備の保存食を馬車と村の中間――鼠をおびき寄せる予定の箇所にばら撒く。誘い出した鼠がこの保存食に気を取られてくれればいいが。
「このくらい撒いておけばいいかなぁ?」
「そうね、鼠の数が正確にわからないからなんともいえないけど、動物なら食べ物に気を取られると思うし」
できれば村に棲む鼠全てを一度に退治できればいいけど、とアシャンティーアにサーシャは言う。
「強烈な匂いの保存食に上手く惹かれてくれればよいですね」
「そうですね、僕の分とオルステッドさんの分と二つありますから、飢えた動物にはご馳走の山に見えると思いますが」
導蛍石(eb9949)とクウェル・グッドウェザー(ea0447)は馬車に積める荷物は積み込んだりと着々と準備を整えながら言葉を交わす。
「戻ってきたぞ」
レインフォルス・フォルナード(ea7641)の声に皆が村の方向を見やると、箒に乗ったオルステッドと天馬に跨ったイェーガーが近くまで戻ってきていた。
●大群との交戦
「‥‥ぞっとしない光景だな」
「オルステッドさん、同感ですがのんびり感想を漏らしている場合ではないですよ」
フライングブルームの先にロープで括りつけた強烈な匂いの保存食を垂らし、廃村の上を回って鼠を誘き出すオルステッドとクウェル。予想通り体長約1メートル程の巨大鼠達は「ご馳走の匂いが!」とばかりにわらわらと出て来る出て来る。
上空の保存食へとまっしぐらな灰色や黒の毛玉がわらわらと密集している中、かつて村であったそこには所々に白い物体が散らばってるのが見える。恐らく村が全滅した直後、この辺りの領主は村人の遺体の処理に人を派遣しなかったのだろう。小さな村にそこまで手を掛ける良心的な領主の方が稀なのかもしれない。村人の遺体は恐らく鼠達の餌となってしまったのだ。
「そろそろいいでしょうか」
クウェルとオルステッドは誘き出し地点へと進路を変える。飢えた鼠達は面白いようにそれに合わせて集団移動。これならば思惑通りに事が進むかもしれない。
「‥‥高度の調節が難しいな。余り低くでは喰いちぎられそうだ‥‥」
オルステッドが呟く。予定の地点まではあと少し。前方の地面に撒かれた保存食を発見した何匹かは既にそちらへ向かって駆け出している。
「来ましたね。範囲攻撃は得意ではないので、防御に徹します。豪軍、頼みましたよ」
蛍石は愛馬のペガサスに後衛へのホーリーフィールド展開を頼み、自らはエチゴヤシールドを構えて前衛に立つ。
頃合を見計らって箒に跨った2人が強烈な匂いの保存食を結んだロープを落とすと、凄まじい勢いで鼠達はそれに群がった。その隙に一行は攻撃を開始する。
「やぁっ!」
イェーガーはなるべく鼠の急所を狙い、縄ひょうを放つ。攻撃を受けて向かってくる鼠には愛鳥ゾマーヴィントが爪や嘴でダメージを与える。
「鼠を倒せばいいんだね」
戦闘時の緊迫感から狂化を起こしたアシャンティーアは群がる鼠の群れに対して何も感じない。ライトニングサンダーボルトのスクロールを開き、ただ念じる。
「この大きさでこの数、気持ち悪いね。さっさと退治しちゃおう!」
詠唱を終えたサーシャが淡い緑の光に包まれ、前方の鼠の群れが高く舞い上がる。落下した鼠達の何体かはアシャンティーアの放った雷光に貫かれた。
「‥‥手っ取り早く数を減らしたい所だな‥‥」
箒から降りて前線へ出たオルステッドはニードルホイップで群れをなぎ払う。同時に大蛇のシュランゲと鷹のカートにも攻撃をサポートさせていた。
「鼠如きに、抜かせないぞ」
後方に向かう鼠を斬りふせて魔法使いやイーシャの安全を守るのはレインフォルス。後衛の護衛に重点を置いたその行動のおかげで、魔法使い達は安心して詠唱を続けられる。
「焦らず数を減らしていきましょう」
ホーリーフィールドが十分保つと判断したクウェルは自らもショートソードを手に取り、弱った鼠を狙って数を減らしていく。
蛍石は仲間の盾となって敵の攻撃を防ぎ、かつ傷を負った者には的確に治療を施す。
初めはその数にこそ圧倒されたものの、仲間との連携やペットの手助けも有り、敵の数は徐々に減っていった。
●剣の記憶と遙けき夢と
鼠の死体を纏めて焼却、傷の消毒や治療を済ませ人心地ついた一行は村の跡地へと馬車を移動させた。
村――であった場所。すなわち現在は廃墟というに相応しい場所。
雨風に晒され大鼠達に荒らされ、原型を止めている建物は殆どない。木製故に劣化も激しいのだ。腐って折れた柱と屋根であった板の隙間から、土にまみれた骨が覗いている。他にもそこかしこに骨は散らばっており、人間としての原形を止めているものは一つもなかった。
「――っ」
月精霊の輝く中、その光景を見たイーシャが思わず息を呑む。覚悟は決めてきたはずだ。これが自分が逃げていた時間がもたらした光景だということも解っている、が。
「死者と向き合うのは辛いことです。ですが、向き合うことで得られることもあります」
彼女のその様子を見て、クウェルは優しく説いた。
「イーシャさん、道中お話した通り俺は様々な出来事によって少しずつ変わり、そして出逢った方々の想いを受けて強くなっていきます。イーシャさんも、強くなるためにここへ来たのでしょう?」
「‥‥そうだね」
イェーガーの言葉にイーシャは苦笑をもらした。彼の言う通りだ。
「もう鼠は残っていないみたいだよ。あとあっちの方で地面に刺さったままの剣を見つけたけど、あれかな?」
村内に残りの鼠がいないか見て回っていたサーシャが戻ってくる。イーシャは彼女が指し示した方向を見て、頷いた。
「‥‥行こうか」
その剣は彼女の記憶違わずそこにあった。ただ記憶にあるものよりは錆びて大分傷んでいたが。
「亡くなった好きな男の形見、か‥‥」
離れた位置から剣を眺めているレインフォルスはぼそりと呟く。彼女のその気持ちは十分に理解できるし、たまにはこういう形で人に力貸すのも悪くはない、と思った。
「‥‥村が全滅、男も運命を共にする、か‥‥」
よくある話だが当事者にとっては重大な事件だ。オルステッドは剣にゆっくりと近づくイーシャを見守った。道中聞いた話では相手の男性はこの村出身の冒険者であったという。
「この剣も、貴方を待っていたようですね」
蛍石の言葉にイーシャは微笑み、頷いた。
「やっと、会えたね」
イーシャは剣に優しく触れると、何かの詠唱を始める。その身体が銀色の光に包まれる――が。
「‥‥やっぱり無理か。無理だってわかってたんだよ、でもやらずにはいられなかったんだ」
彼女はがくりと膝を付き、じっと剣を見つめた。
「今の、魔法‥‥だよね? もしかして月の精霊魔法?」
サーシャが尋ねると、イーシャは「ああ」と小さく告げる。
「パーストの魔法さ。だが、見える過去は一ヶ月前まで。三年以上前なんて見えるはずがないことは解っていたんだ――でも、試さずにはいられなかった」
「ねぇお姉さん、お姉さんはいいね、アシャンにないモノイッパイあるもん」
しゃがみこむようにしてイーシャの顔を覗いたアシャンティーア。彼女に言われてイーシャははじめて気が付く。自分が涙していることに。
「なくさないでね。お姉さんは」
苦笑した彼女。その言葉に励まされ、イーシャは「そうだね」と頷く。
「‥‥出来るだけ、村人達の骨を集めて墓を作りたいと思うのだが、いいだろうか?」
「メイでの弔い方、良ければ教えてもらえる?」
オルステッドの問いに承諾を返し、サーシャの言葉にイーシャは苦笑した。
「あたしも生粋のメイ人じゃないんだけどね。メイでは死んだ後は精霊界に移動すると考えられている。だから普通はきちんと精霊界へ昇れるように遺体を整えて棺に入れて土に埋めるのさ。そして墓標、といってもただの石版だけどね、立てるんだ」
「棺も石版も用意する事はできませんが、それでは骨を集めて土に埋めて弔いましょう」
「ああ、墓標は木切れや――いっそのことこの剣で代用してもいいよ」
クウェルの提案に、力を込めて形見の剣を抜いてイーシャは言った。だが蛍石がそれを止める。
「弔いには賛成ですが、その剣は貴方が持っていってあげて下さい。恐らく、剣を置いた人もそう望んでるはずです。私はその人ではないので、推測でしかありませんが」
「俺も、イーシャが持って行った方がいいと思うな‥‥」
レインフォルスが同意を示す。他の面々も同じ思いで頷いて見せた。
「そうかい‥‥じゃあ、この剣はあたしが持っていくことにするよ」
イーシャは安らかな顔で錆び付いて泥にまみれた剣を抱いた。
「宗派は違いますがお許し下さい。尊き魂よ安らかに…」
蛍石の言葉に、皆それぞれ祈りを捧げる。宗派は違えど、宗教という概念はなくとも、死者を弔う気持ちは一緒だ。
皆で協力して集めた骨は、村はずれに埋めた。そして墓標として比較的綺麗な木切れが立てられた。
「これで村の人々もやっと、安心して精霊界に昇れるでしょうね」
先ほどイーシャから聞いたメイの死後の思想に倣い、イェーガーが微笑んだ。
「お姉さんお姉さん!」
村に他に何かないか探していたアシャンティーアが何かを握り締めてイーシャの元へ駆け寄る。
「これ、お姉さん宛じゃないかな〜? 剣の刺さっていた穴の中にあったんだ」
「‥‥?」
皆がその手を覗き込む中、アシャンティーアはゆっくりと掌を開いた。その中には薄汚れてはいるが男女の姿が彫られた、銀製の指輪が。
「‥‥これは、『誓いの指輪』か‥‥?」
「そのようですね、僕のと同じです」
オルステッドの言葉を肯定するようにクウェルは自分の誓いの指輪を並べて見せた。確かにそれは永遠の愛を誓う男女の姿が彫られた指輪に相違ない。
「恋人さんは、この指輪をイーシャさんにどうしても渡したくて、ああして隠したのかもしれないね」
サーシャが推論を述べる。イーシャは震える手を何とか押さえながらその指輪を受け取った。
今更村に行っても何も解らないと思っていた、それは十分解っていた。だが、冒険者達のおかげで村人の弔いが出来ただけでなく、こうして剣に込められた彼の想いを推測することまで出来た。
ただただ言葉が見つからず、イーシャは指輪を見つけてくれたアシャンティーアを強く抱きしめる。
そして、月精霊の輝く廃墟に小さな涙声が響いた。
ありがとう、と。