月の乙女が乞うは、不吉なる力の――

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月18日〜12月23日

リプレイ公開日:2008年12月27日

●オープニング

●兆候
 カオスの魔物大群が、押し寄せてきたという――。


●呼び歌
『こわい、こわいよ』
『ねえ、うたって、うたって』
『うたって、こわくないように』

 リンデン侯爵領首都アイリス。その中にあるリンデン幻奏楽団の自室にて、歌姫エリヴィラ・セシナは窓を開け放ってその声に耳を傾けていた。声の主は歌好きな精霊、エレメンタラーフェアリー達。
 エリヴィラは頷くと、旋律を紡ぎ始めた。精霊たちのために。

「――」

「素敵な歌、ありがとう」
 歌い終えてみれば、そこに現れたのは白い衣を纏った美しい女性。ふわり、と浮いている事から人ではないと知れる。
「今度は何が起こるというのですか、アナイン・シー」
 エリヴィラの言葉に微笑んでみせる彼女はそう、月の上級精霊アナイン・シーだ。
 彼女はこれまでもエリヴィラが襲われる事を教えてくれたり、カオスの魔物に関する情報を集めさせたりしていたが、その行動理念は『エリヴィラの歌が失われるのがもったいないから』という実に利己的なものである。故に少しばかり扱いづらい。だがそれでもこの精霊は何かしらの情報を持っているからして、うまく情報を引き出せればこちらに有利になることは間違いないのである。
「カオスの魔物が力を増したみたいなの」
「それは‥‥どういう意味ですか?」
 アナイン・シーの言葉に、小さく首を傾げるエリヴィラ。精霊はくす、と笑んで。
「全部が全部突然にってわけじゃないわ。分からないけれど‥‥それまで攻撃を与える事ができていた武器での攻撃が効かなくなったり、結界とか張っても効かなかったり、魔法が効かなかったりする個体が出てきたみたいなの」
「‥‥もう少し具体的に説明をお願いできませんか?」
「たとえばね、銀製の武器や少し魔法がかかった品で今まで傷を与えられていた魔物に、傷を与える事ができなくなったということ。けれども中には、もっと魔法のかかった武器なら、傷を受ける魔物もいるわ」
 要するに、今までは傷を与えられていたのに、普通の銀の武器やレミエラで魔法のかかった武器に変化したもの、+0という少し魔法のかかった武器で傷を与える事ができない魔物が出てきたという事だ。魔法の攻撃も、熟練度によっては効果がないものもあるという。
「下級のカオスの魔物の中にそういうのが出てきたから、中級、上級になるとどのくらい力を増しているか分からないわ。そこで」
「そこで‥‥?」
「調査をしてほしいの。カオスの魔物をおびき寄せて、どの程度の攻撃なら効いて、どの程度までは効かないのか」
「――おびき寄せる」
「もちろん、そう都合よくカオスの魔物が現れるとは限らないから、その辺は考えて。今回一度に上級の魔物まで相手にしろとは言わないわ。下級、よくて中級の魔物の力が分かれば十分よ。この情報は私よりも、冒険者達に役立つと思うわ」
 世間ではカオスの魔物が沢山現れている。もし本当に魔物の力が強化されているのだとすれど、今後の作戦の立て方も変わってくる。けれども本気で戦ってくる相手に調査を行うというのは危険な行為だ。怪我を負うのを覚悟したほうがいいかもしれない。
「あと‥‥今回調査をうまく済ませれば、いい事があるかもしれないわね?」
 月精霊は思わせぶりにそう笑った。

●今回の参加者

 ea1587 風 烈(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 eb4077 伊藤 登志樹(32歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 ec0844 雀尾 煉淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


 カオスの魔物を誘き寄せるにしても、まずは場所を選ばなければならない。
 冒険者達が選んだのはリンデン侯爵領の西端にあるデオ砦付近だった。ここならば砦に配備されているゴーレム機器を借り受けることが可能だし、少し離れたところには森に隣接した広い平地がある。そこで戦えば他に被害を出すことなく事態を進められるだろう。
 オルトロスを借り受けた伊藤登志樹(eb4077)はその機体を戦場となる平地付近の森へと隠し、今度はグライダーと携帯型風信器を借りて飛び立つ。その手には龍晶球。直径100mの範囲にデビルやカオスの魔物が近づくと、仄かに光って知らせてくれるという優れものだ。
 一方、他のメンバーはというと、風烈(ea1587)は砦の者達に聞き込みをしてカオスの目撃情報を探る。以前この砦に来たときより多少情報が増えていた。その内容は以前聞いた人死にに関する物の他、倦怠感を覚えだす者が増えたという話だった。
 ルイス・マリスカル(ea3063)は手にはめた石の中の蝶を凝視している。ここに来るまでに登志樹が気になる事を言っていた。『龍晶球が光った気がする』と。龍晶球の探査範囲は広い。それが偶然探査に引っかかったものなのかどうかは断ずる事が難しいが、曰く、ずっと仄かに光り続けているのだとか。とすれば一つの可能性が浮かび上がる――カオスの魔物がつけてきている、と。
 つけられているのならば彼らが狙っているのは何か――雀尾煉淡(ec0844)は隣を歩く銀髪の歌姫エリヴィラを見る。以前彼女はカオスの魔物にコンサートを狙われた。とすれば狙われているのは彼女なのではないかと思えてくる。
「とりあえず登志樹さんとの合流場所へと向かいましょう」
 携帯型風信器を手にしたルイスが告げる。携帯型風信器の通信範囲も限られている。登志樹は敵を探知したら風信器で知らせてくるはずだ。だとしたら平地で待っていなくてはならない。
 石の中の蝶の射程は30メートル。まだ蝶は羽ばたかない。



「アイテムでの有効探知範囲は直径100メートル。ハッハァ! 飛竜小隊の訓練を思い出すなぁ」
 登志樹はグライダーで巡回しながら時折指にはめた龍晶球の反応を見る。気になっていたのは道中ずっと反応していたという事だが、逆に今はその光は消えている。
「少しあっちの方にも行ってみるか」
 冒険者達が考えたのは、人間に憑依したカオスの魔物を引っ張り出すこと。だがそれをするにはまず魔物の気配を感じなくてはならない。
 村があると聞いていた方角に近づくと、龍晶球がやや光り出した。敵は100メートル以内にいる。登志樹はいつ地上から、または上空から敵に襲われる可能性がないともないともいえないとしっかり認識していた。故に、その気配を感じた時に反射的にグライダーを旋回させ、急上昇を図ることができた。
 それまでグライダーが飛行していた辺りを、火の玉が飛んで行った。ふと地上に目をやると、背中に黒い翼を生やして炎を纏ったような魔物がやや浮かんでグライダーを追いかけてきた。
「来やがったな」
 登志樹は急ぎ、グライダーを仲間との合流地点の平地へと飛ばす。仲間らしき姿が見えてきたところで携帯型風信器で連絡するのも忘れない。これで仲間たちは迎撃態勢を整えたはずだ。とすれば彼の次の役目はオルトロスに搭乗する事。急ぎ着陸する場所を探す。

 一方地上では、風信器での連絡を受けた四人が迎撃体制を整えていた。登志樹が誘導してきた魔物だけでなく、後をつけていたと思しき魔物の反応が少し前からあった。いつ現れてもおかしくないとは思っていたが、それより先に登志樹がつれてきた魔物との戦闘になりそうだ。
「あれは確かコンサートのときにも現れた‥‥『火を放つもの』、下級の魔物ですが高速詠唱やスタッキングなどを使用してくるので侮れません」
 煉淡が高速詠唱ホーリーフィールドでエリヴィラを保護しながらその名前を口にする。以前魔物に対して纏めた事があったが、その知識が役立っていた。
「まずは普通の攻撃が効くかどうかだな」
 烈がオーラパワーを自身に付与する。とりあえず初級で。こちらに寄って来る火を放つものは2体。その後ろから巨大な禿鷹の様な魔物が2羽近づいて来ているが、上空にいられては手が出せない。まずは火を放つものに接近して、蹴りを見舞う。
 ギャウッ‥‥!
 手ごたえはあった。魔物は蹴られた腹部を押さえて後ずさる。
 もう一体の火を放つものに対してはルイスがシルバーナイフで挑んでいた。銀製の武器はわずかにだが火を放つものを傷つける。
「常に攻撃が効かなくなるというわけではないのですかね」
 アナイン・シーの話によれば、今まで効いていた攻撃が効かなくなる事があるとのことだった。だが今、魔物達には低度の攻撃でもダメージを与える事ができている。
 禿鷹が急降下し、煉淡とエリヴィラを狙ってきた。だがその攻撃はホーリーフィールドにはじかれ、魔物達は忌々しそうに上空へと戻ろうとする。そこに煉淡が放ったスクロールのアイスコフィンが決まった。凍った禿鷹がドスンッと音を立てて落ちる。
「強くなるならなるで早くその力を出してもらわないと、調査が進まないな」
 魔物達の攻撃は烈やルイスにしてみれば簡単に見切ることができる。だが今回は調査が目的のため簡単に敵を倒してしまうわけには行かない。じわじわと、敵をいたぶり続けるしかなかった。
「あっ‥‥!」
 ホーリーフィールドに守られるようにしていたエリヴィラが小さく声を上げた。傷を負っていた火を放つもののうち一体が動きを止めたかと思うと、黒い霧に包まれ始めたのだ。
「何としてでも歌姫を殺せ」
 場に、そんな声が響いた。魔物達の後方に姿を現したのは、青白い馬に跨った、獅子の頭をしたカオスの魔物。これが指令役であり、そして彼らがエリヴィラを狙っていたのは確からしかった。
 その魔物の指示を受けたもう1体の火を放つものと、凍っていない禿鷹が同じ様に動きを止め、黒い霧に包まれる。一足早く霧に包まれていた火を放つものがニヤリと笑ったかと思うと、突然烈の懐に飛び込んできた――スタッキングだ。
 烈は振り出された爪をかわすと、再び蹴りを見舞う。だが、オーラパワーで強化したはずの蹴りが今度は効かなくなっていた。ルイスもシルバーナイフで目の前の火を放つものに切りつけるが、欠片ほどもダメージを与えることができなくなっていた。煉淡が再びホーリーフィールドに突撃してきた禿鷹にアイスコフィンを試みる。だが禿鷹は凍らない。
「あの霧に包まれると、パワーアップするというのか?」
 烈が火を放つものから距離をとりながら今度はシルバーナイフに持ち替える。ルイスもまた同じ様にして、レミエラで魔法効果を得た武器へと持ち替えた。
「ですがパワーアップもすぐにできるというわけではないようですね」
 今回は調査という名目があったために観察をしていたが、彼らが黒い霧に包まれていたのはおよそ10秒ほど。その間に攻撃する事も不可能ではない。
 烈のシルバーナイフも、ルイスのレミエラで魔法の武器となったスワードリリーもダメージを与える事はできない。煉淡のサンレーザーのスクロールだけが、パワーアップした禿鷹に効果を及ぼした。
「どうやらスレイヤー能力のある武器は効果があるようですね」
 色々と試した結果、ルイスのダメージが入ったのは『ストームレイン』デビルスレイヤーと大天使の剣。烈もサイと全力でのオーラパワーでの攻撃でダメージを与える事ができた。その頃にはもう火を放つものはふらふらで、彼らの追撃を受けて霧散して行った。
「もう一度試してみます」
 ホーリーフィールドの効果が切れたのでもう一度張りなおした後、煉淡はアイスコフィンのスクロールを取り出した。相変わらず捨て身でエリヴィラを狙おうとフィールドに突撃をしてくる禿鷹にアイスコフィンをかける。すると――
 ドスンっ‥‥禿鷹は凍って地面へと落下した。
「もしかして、このパワーアップも永遠のものではないという事でしょうか?」
 その時、後方からオルトロスが出撃してきた。登志樹が無事にオルトロスに乗り換える事ができたのだ。
『モナルコスより上位の機種だ! エレメンタルフィールドの出力だって上だかんな。パンチの威力も半端ねぇぞ!』
 その攻撃方法はパンチ。弱ってきた火を放つものに命中して思い切り吹き飛ばす。ゴーレム本体は魔法物品と言うこともあって、その直接攻撃はダメージが通るらしい。オルトロスに吹き飛ばされた火を放つものはそのままそこで霧散した。
『後はどいつだ?』
「登志樹さん、後はあそこにいるリーダー格の魔物だけです。あの魔物はまだパワーアップしていませんが、恐らく中級以上だと思います」
『おし、わかった!』
 煉淡の助言を受けて登志樹はオルトロスを獅子の顔をした魔物に突撃させる。
「くっ‥‥やっかいな物がでてきやがった」
 繰り出されたパンチを獅子の魔物は盾で受けようとするが、ゴーレムの攻撃を受け止めようとするのは無謀。
 がすっ!
 ゴーレムのパンチが魔物の盾を粉砕して胴体にめり込む。そして2メートルの巨体が吹き飛んだ。
「くそ‥‥このままやられてたまるか‥‥」
 獅子の魔物が黒い霧に包まれる。急ぎ、ルイスと烈が距離を詰める。
 体勢を立て直した獅子の魔物は剣に体重をかけるようにして接近してきた烈に襲い掛かった。おそらくスマッシュ――だが彼にはあっさりと見切られてしまう。反撃にオーラパワーの付与された蹴りを食らった獅子の魔物だったが、ルイスのデビルスレイヤーと大天使の剣は効かなくなっていた。
「ルイスさん、これを」
 烈は持ち物から急ぎ太刀「天国」を取り出してルイスへと渡す。その間登志樹が獅子の魔物を牽制し、煉淡が後方からホーリーを放っていた。
「お借りします」
 太刀を受け取ったルイスが、獅子の魔物を切りつける。今度は手ごたえがあった。魔物は悔しそうに魔法の詠唱を始めたが、そのまま唱えさせるつもりはない。烈がラムクロウ「龍爪」で斬り付け、詠唱を阻止する。
「もうそろそろ止めを刺してもいいかな?」
 回避に長けたルイスや烈にはいくら剣を振り回しても獅子の魔物は当てる事ができなかった。大体の調査が終わったと見た一同は顔を見合わせ――止め、と集中攻撃を浴びせた。



「お疲れ様」
 いつの間にかその場に、アナイン・シーが現れていた。いつもこの精霊は神出鬼没だ。まあ精霊なんてそんなものかもしれないが。
「貴方はエリヴィラが狙われると判ってて、我々に同行させたのですか?」
 多少の憤りをこめながら煉淡が問うと、彼女は否定しない。
「どこにいても歌姫が魔物に狙われるのは同じ。だとすれば貴方達の側の方が安全でしょう?」
「そういわれると反論のしようもありませんが」
 ルイスが苦笑を漏らす。確かに彼らはエリヴィラに危害が加わらないように注意をした。彼女が魔物に狙われている事は、以前の出来事から明らかだったから。
「でも、最初から彼女を餌にすればよかったのに」
「そんな非人道的な事はできない」
 悪戯っぽいアナイン・シーの言葉に烈が即答。
「使えるものは何でも使うって人間もいれば、貴方達みたいな人間もいるのね。ま、それだからこそ私の歌姫を安心して預けられるのだけど」
 いつの間にアナイン・シーのものになったのだろう‥‥そう思いつつもエリヴィラは守られたことに感謝していた。
「これが調査結果です」
 煉淡がまとめを差し出せば、彼女はそれを受け取らず。
「ああ、そういうのは領主とかに上げて頂戴。後は貴方達で役立てて」
 気まぐれな月精霊はどこまで行っても気まぐれらしい。
「邪魔なカオスたちと戦ってくれたお礼に、私からプレゼントをするわ」
「何をくれるって言うんだ?」
 オルトロスから降りてきた登志樹が期待の目でアナイン・シーを見る。するとくす、と微笑んだ彼女の側には、かわいらしい小さな月精霊の女の子が浮かび上がって。
「ルーナというの。よかったら連れて行って頂戴」
「私達に精霊を預けなさると?」
「それだけこれからの働きに期待しているということよ。カオスの魔物達との戦いは激しくなるだろうし」
 ルイスの言葉にアナイン・シーは別段特別な事ではないわ、といつもの様子。
 ルーナたちはそれぞれの冒険者達の前へふよふよと飛んで行くと、ぺこり、と小さく頭を下げた。
「また、何かあったらよろしくね」
 ふわり、アナイン・シーは浮かびあがる。いつも言いたい事だけ言って去って行く彼女。その性格は変わらないようだった。