秘色の街道
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月16日〜07月21日
リプレイ公開日:2007年07月21日
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●オープニング
宮廷絵師――エルフの画家、ファルテ・スーフィードもそう呼ばれる職業についている。
布を張ったキャンバスに木炭でデッサンし、地球でいう消しゴム代わりにパンを使う。
地球のように蓋を開けて水で溶くなりすればすぐに使える便利な絵の具など、勿論無い。彩色は絵の具作りから始まる。
油脂類を燃やした際の煤や動物の骨を燃やして原料とする黒、貝殻などを原料とする白、酸化鉄や硫化水銀を原料とする赤、変わったものでは白雲母を原料とする、光沢のある白などもある。
鉱物や植物、土、骨など自然にあるものから大抵の色を作り出すことが出来た。
だがどうしても自然から採取するのが難しい色がある。
青。
全く無いわけではない。だが、他の色に比べて色々な意味で原料を手に入れるのが難しい。
ラピスラズリという宝石を知っているだろうか?
深い青色〜藍色の宝石で、粉末にして青色の原料とすることが出来る――が、宝石故に高価であり、宮廷絵師とはいえ思うがままに大量に使用する事はできない。
なにせ純金と同等、もしくはそれ以上の価値で取り引きされることすらあるのだから。
ラピスラズリがその価値に見合う美しい青色を生み出すのは確かだ。
「‥‥さすがに私も、趣味で描く絵にラピスラズリを使いたいなんて言いません」
ファルテは苦笑した。そして付け加える。
「アリオ王様の肖像画なら、別ですけれどね」
冗談のように付け加えられた言葉だったが、彼女なら必要であればラピスラズリを要求するのは間違いないだろう。彼女はそれほどまでに芸術に対して貪欲だ。伊達に芸術探求の為に人間社会に出てきた変わり者の名を冠してはいない。本来ならば趣味の絵であろうとも、ラピスラズリの生み出す美麗な青を使用したいに違いない。
「普段はウォードという植物から作る青を使用しているのですよ。ウォード畑の管理を委託している方々に、定期的に王宮まで運んでいただいているのです」
ウォードというのは天界で言う「藍」という植物の仲間だ。藍が染物中心に使われるのと違い、ファルテはウォードを粉末にし、青色絵の具の原料としているという。
それならば何も問題ないではないか、と言いたい所だが実は困ったことに、納品予定日を過ぎてもまだ予定のウォードが運ばれて来ていないのだ。
ファルテの手元にあるウォードはもう底をつきそうで、現在描いている絵を完成させるのにはどう考えても足りない。
「ウォード畑に人を送って確認したのですが、馬車は無事に畑を出発したらしいのです‥‥」
だが、王都には到着していない。つまり馬車は行方不明というわけだ。
いつも道中立ち寄る村に立ち寄った形跡が無いことから、畑とその村との間で馬車は行方を絶ったという事になる。
「気になるのは、最近その付近で熊のような身体をした、二足歩行のモンスターに荷物を奪われた、と村に逃げ込んだ冒険者達がいたという話です」
その冒険者達はまだ冒険者になりたてで、商人の馬車に便乗して王都を目指している途中、街道外れから現れた熊型モンスターに遭遇した。熊達が馬車の荷に気を取られている間に冒険者達と商人は馬に分乗し、馬車と積荷を捨てることで何とかその村まで辿り着いたのだという。
ファルテが危惧しているのは、ウォードを乗せた馬車もそのモンスターに襲われたのではないかということ。
モンスターが村まで来たら‥‥と怯える村人達と、馬車の行方を案じる畑の管理者達。ファルテの送った使いの者は双方の話を聞いた上で、そのモンスターの退治を冒険者達に依頼することを勧めたのだという。
ちなみに命からがら逃げた初心者冒険者達は、その後怯えて冒険者をやめてしまったとか。
「ウォードも心配ですが、それよりももし本当にモンスターに襲われたのだとしたら御者さんの安否が心配です。‥‥こうしている間にも他に被害が出ているかもしれません」
畑と村の間、街道を逸れて暫く行くと小さな森がある。モンスター達は何らかの理由でそこに住み着き、そして街道まで出てきて略奪を始めたのだろう。
街道の安全、そして青色の原料確保の為にもここはひとつ、力を貸してもらえないだろうか?
●リプレイ本文
●痕跡を辿って
「お、あるある〜」
村とウォード畑とを結ぶ街道を逸れると、舗装されていない地面に獣の様な足跡と何かを引きずったような跡を見つけることが出来た。雨でも降った後に馬車は襲撃されたのか、思っていたよりも森へと続く痕跡はくっきりと残されていた。一番最初にそれを発見したフォーレ・ネーヴ(eb2093)が皆を招く。
「ウォードってこれかな?」
レムリナ・レン(ec3080)の手にはくたくたにしおれた植物が。何かに踏まれた上数日放置されたのだろう、その一房はもう使い物になりそうにない。
「馬車が森へと連れ去られたのは間違いなさそうです。まずは、馬車と御者さんの保護。それからモンスター退治ですね」
「そうですね、御者さんの安否が心配です」
導蛍石(eb9949)の言葉にシルビア・オルテーンシア(eb8174)も同意を示す。
「山賊まがいの熊みたいな、2足歩行みたいな、何者かはよくわからないけれど」
「実際行ってみないとわからんことが多いからのう。まぁ、迷惑だから退治するのはかわらんが」
御者も心配だし略奪を行うモンスターは迷惑だ。月下部有里(eb4494)と御多々良岩鉄斎(eb4598)は何が起こってもリンク応変に対応できるようにと心構えをする。
「さ、到着だ」
龍堂光太(eb4257)は森の外で立ち止まった。痕跡がくっきり残されていたおかげで、森までの道程はたやすかった。
●命
「小さな呼吸が探知できたのはこの洞窟よ」
森の中に入る前に有里のブレスセンサーで森の中を探知すると、大きめの呼吸は2箇所で確認できた。1箇所は森の西側、こちらは約3つほどの大きめな呼吸が纏まっている。そして運良くというべきか、そこから大分離れた東側に、一つの呼吸――ただしこちらは少々弱々しい――を探知することが出来た。
御者は一人だということだから、恐らく東側に御者がいるのではないかと辺りをつけた一行は、まず森の東へと向かった。
「御者さん中にいるのかな、無事だといいけどっ‥‥」
「途中、草を踏み分けたような跡があったし、中に何かいるのは間違いないと思うけど」
思わず洞窟内を覗き込もうとするレムリナの肩に手を置き、フォーレが引き止める。まだ中にいるのが御者だという確証がない以上、迂闊に覗き込むのは危険だ。
「エサを集め、一定のところに住み着く‥‥子育ての様な印象を受けましたから、子熊という可能性も捨てられませんしね、注意しましょう」
「僕が一番最初に入ろうか」
「では光太にオーラエリベイションを付与するぞい。中にいるのが敵ではなくても、掛けておいて困るもんでもあるまい」
警戒して弓を取り出すシルビア。そして洞窟突入一番手を志願した光太に岩鉄斎のオーラエリベイションが付与される。
「東側の3つの呼吸は動いていませんね、気づかれてはいないようね」
再びブレスセンサーで敵と思われる3体の動きがないのを確認した有里は、でも気をつけて、と付け加えて光太を送り出した。
その洞窟は入り口も小さく天井も低く、光太は背を屈めて侵入しなければならなかった。
洞窟が小さい故に外に残った仲間は、固唾を呑んでその後姿を見守る。
程なく、ぐったりした御者を引きずるようにして光太が姿を現した。
●熊‥‥?
「熊‥‥と一括りにするには微妙な外見をしておるのう」
オーラエリベイション、オーラパワーを付与したペット達と共に後衛を守る岩鉄斎が、人の気配を感じて洞窟から姿を現し、仲間達と戦闘に入った3体のモンスターを見て呟く。
足の負傷から発熱し、ぐったりした御者を助けた一行は応急処置を施し、まずは人命第一と御者を村まで搬送した。
御者の話によるとモンスターがウォードと共に王都へ運ぶ為に詰まれていた、香りの強い食料に気を取られている間に彼はあの小さな洞窟まで逃げ込んだらしい。
共に詰まれていたウォードは荒らされているだろうし、馬車を引いていた馬は格好の食料であるから残念ながら諦めなければならないだろうが、御者の命が助かったのは喜ぶべきことだろう。一行の手当てや励ましの言葉が、御者を助けたのは間違いない。
ウォードは畑へ戻ればまだ蓄えがあるというのでそちらの確保も安心だ。ということで略奪を行うモンスターの退治に赴いていた。
「武装していますね」
シルビアが武装している1体の腕を狙い、シューティングポイントアタックを放つ。
「これは、バグベアかな〜?」
モンスター知識を持つフォーレが思い当たる名前を挙げた。目の前の敵は身体は熊のようだが頭は猪のよう。冒険者から略奪したのか、軽くだが武装している個体もいる。
「一体は僕が引き受けるからその間に!」
既に大きめのバグベア一体をひきつけていた光太が叫ぶ。焦らず確実に当て、確実に避ける、彼はそれを心がけていた。
光太が1体を引き付けているうちに、フォーレが武装しているバグベアの足元に縄ひょうを投げた。畳み掛けるように有里のライトニングサンダーボルトがバグベアを貫く。態勢を崩しかけた敵にレムリナが斬りつる。
「少林寺流、蛇絡!」
蛍石が放った合成COで敵は完全に倒れ、動かなくなる。武装した敵はこれで動かなくなった。後は光太が相手をしている敵と、その子供と思われる多少小柄な敵だけだ。
「そちらへ加勢しますね」
シルビアの放つ矢が、敵の足を射抜く。もう1体の攻撃に注意しつつ、確実に1体ずつ減らしていく。
もう1体は子供のようだが、巣の側に放置された破壊された馬車と無残な馬の死体を見ると、やはり放置しておくべきではないモンスターなのだと思い知らされるのだった。
●青の――
「お疲れ様でした‥‥色々と有難うございました」
ウォードを持って無事に帰還した冒険者達を、ファルテはアトリエで出迎えた。御者も無事に保護し、モンスターも退治できたと聞き、彼女はほっと胸をなでおろして微笑む。
「これで他に被害が出るということも有りませんね、本当に有難うございました」
「ところでさ、この草を何に使うの?」
何度も何度も頭を下げるファルテを止め、フォーレが興味深げに尋ねる。
「ボク、依頼中もずっと気になってたんだ、だからもし良かったら、絵、見せて貰えませんか?」
少し恥ずかしそうにしてレムリナも彼女の様子を窺う。
「青が必要なのでしたよね。空、海、それとも別のものでしょうか? 私も興味があります」
「ふむ、見せていただけますか?」
シルビアも微笑み、同意を示す。蛍石も興味深げに彼女に問うた。ファルテは「それではこちらへどうぞ」とアトリエ内を案内し始めた。
「絵か‥‥学校での美術の時間を思い出すね。上手くはなかったからあまりいい思い出はないけどさ」
きょろきょと室内を見回しながら、光太はいい思いではないとは言いつつも故郷の事を思い出す。
「のう、一つ相談があるんじゃが。報酬の代わりに報酬分のウォードを貰えないじゃろうか?」
馬車からウォードを一抱え運ぶ役を担った岩鉄斎がファルテの背中に声をかける。何か描きたいものがあるのですか、と問われ、岩鉄斎は美術にはちいと心得がある、と答えた。
「貴重品ですから、持ち帰っていただくのは問題があるかもしれません。ですがここで描いていかれるのならば構いませんよ。道具もお貸しいたしますから」
「おお、それでも構わぬ」
「自然界で青っていうのは少ないみたいよね。鉱物だとそこそこだけど、生物だと尚更少ないから、青い蝶なんかその手の収集家に人気があるって聞いたわ」
ウォードを粉末にする作業に取り掛かったファルテの手元を見つつ、有里が言う。よくご存知ですね、と彼女が微笑む傍らで岩鉄斎は貰ったウォードを既に粉末にし終え、薄めていた。
「うわ、すごいね〜」
岩鉄斎が薄めた青で描いていくのはメイディアの街並み。彼曰く「水墨画」という天界の画風を真似て描いているという。
「こうするとメイディアが海の国になったような気がせんかの」
嬉々として慣れた手つきで筆を進める岩鉄斎に、覗き込んだ皆は一様に頷いた。
「ふぅ、やっと絵の具が出来ました」
ウォードの粉末に卵などを混ぜ、フォルテはかなり沢山の青色絵の具を作り出していた。
「一体何に使うの?」
彼女の絵を見たくて見たくて仕方のないレムリナが代表して尋ねる。彼女はその問いに、既に半ば完成したキャンバスを一同の方へと向けた。
「「え‥‥?」」
「これって、青の部分はもう完成しているんじゃないですか?」
蛍石の問いに、ファルテはゆっくりと首を振る。
だが誰もが蛍石と同じ疑問を持った。
彼女のキャンバスには、青空へと飛び立つ沢山の白い鳥が描かれていたのだから。
そう、その空の部分にはもう十分に色が乗せられているように思う。それともこれから手を加えるのが芸術家のこだわりなのだろうか。
「空の部分は手元にあった青で何とか間に合いました。ですからこれはこちらの分です」
ファルテの筆がすらすらと動く。それに合わせて白かった鳥が、様々な青色に染められていく。
「天界では『青い鳥』は『幸せの象徴』だと聞きましたので‥‥。この国にも、沢山の幸せを、と」
出来上がった絵は、青い大空に羽ばたく無数の青い鳥。
それはきっと彼女の『希望』を表したもの。
「‥‥絵から伝わってくる想い、凄いな。ボクもいつか、ボクの踊りで、誰かにそんな気持ちを味合わせてあげられたら」
レムリナの感嘆の呟きと共に、まるで鳥の羽ばたきを助けるような風が、室内を通り過ぎていった。