●リプレイ本文
●寂れた村のつかの間の活気
財を削って家畜を買い、その場しのぎの生贄を出す事で狼からの被害を逃れているその村には、当然のことながら活気がなかった。恐らくそれまで家畜を飼育する事で得ていた糧を欠いた今、衣食住に掛かる費用までも削って過ごさざるを得ないのだろう。自然、村人達からも生気や笑顔が喪われている。
だが今は新しい風がそれらを払拭しようとしていた。村中に作業の音と冒険者達の声が響き渡っている。
「うん、この辺りから狼は入ってきたんだって」
目撃者から聞き込んだ情報を元に、フォーレ・ネーヴ(eb2093)は林に隣接する一角を指す。話によれば昨夜も狼達はやって来たという。獲物を引きずったからだろうか、その辺りの下草は何か重い物が乗ったことを示すかのようになぎ倒されていた。
「それではここの厩舎を使わせていただきましょう」
シルビア・オルテーンシア(eb8174)が示したのは、空の厩舎と付属の小さな庭。牛か馬かは解らないがそこで過ごしていた家畜が被害に遭ったのは間違いない。
「今残っている家畜って‥‥子ロバが1頭だけだって。念の為に林から一番遠い厩舎に移してもらったから、バリケード作り頑張ろうね」
「力仕事なら任せてくれ」
「あたしも、細かい仕事は得意じゃないけど力仕事なら任せて」
ティス・カマーラ(eb7898)の言葉にグレナム・ファルゲン(eb4322)とフォーリィ・クライト(eb0754)が名乗りを上げる。
今回の作戦は夜に餌を持ち帰る個体を追跡し、翌朝巣穴にいる狼を殲滅するというものだ。囮となる『餌』が子ロバ1頭しか残っていないというので、予定通り強烈な臭いの保存食へと誘き寄せる事にする。餌へ誘導するようなバリケードを張り、その他の場所には落とし穴などの罠を設置する予定だ。
「ある程度高めに作っておけば目先に餌の匂いがするのですから、あえて乗り越えようとはしないでしょう」
「どうせ作るなら、後で林との境の柵として流用できるようにしたらどうじゃ?」
作成指示をするシルビアは、御多々良岩鉄斎(eb4598)の提案に「それはいい案ですね」と笑顔を返す。今後またなにがしかが林から村への侵入を試みた際の防御となれば村の為にもなる。
「狼なぞ、このわしにかかれば、鎧袖一触じゃ!」
ゲオルグ・ヒルデブルグ(ec3064)は呵々と意気込んで、束ねた白髪を揺らしながら、猟師罠を設置し始めた。
「襲撃に来る個体だけを退治しても意味がないので、探さないといけないですよね〜」
「家畜という最適な餌の味を占めた狼は厄介だからな」
工作知識や動物知識に秀でた仲間の指示を受けながら必要な木材を運ぶベアトリーセ・メーベルト(ec1201)を手伝いつつグレナムは「このまま放置すれば被害はこの村だけな留まらぬだろう」と狼を討つ決心を強固にする。
「…あれー? 設置しているの、女の子多くないですか〜?」
辺りを見回し、冗談交じりに告げるベアトリーセ。
「気のせいだ、と思う」
だがそれに答えたシュバルツ・バルト(eb4155)も女性だ。女性が多いのは確かだが、きちんと男性陣も仕事をこなしている。うん、がんばってるよね?
「絶対、ボク達が狼の事はなんとかする!だから、みんな元気出して」
不安げに冒険者達の作業を見守る村人達に、レムリナ・レン(ec3080)は精一杯明るく声をかける。彼女のその明るさは村人にほっと息をつかせるに十分だった。
彼女の横にはウルフのスターがついている。村人達を怯えさせないようにと大型犬に見えるように布などを使って変装させられているせいか、少し窮屈そうだ。
「ごめんね、少しの間だから。お仕事終わったら、ご馳走一杯食べさせてあげるからね」
主人の言葉にスターは「仕方がないな」とでも言うように小さく泣き声を上げた。
●闇夜に来たる瞳
キャウン! ガウガウ! ワォーン!
闇夜にいくつかの瞳が浮かび上がったかと思うと、にわかに沈黙を引き裂く叫びが村中を覆う。
「かかった! 計画通りじゃ‥‥野郎共、懲らしめてやれい!」
松明を灯したゲオルグが罠に掛かった2頭の狼を照らす。その1頭にシュバルツの薙刀が激しく突き下ろされる。
「喰らえ、シュバルツハーケン!」
2度の重い攻撃を喰らった狼は、息はしているものの倒れこんで動けないようだ。
「保存食を袋ごと咥えていくぞい!」
誘導を兼ねたバリケード通路には3頭が入っていた。それを注視していた岩鉄斎が叫ぶ。それは最低でも餌を持ち帰る1頭さえ残しておけば、残りの狼はここで退治してしまっても問題ないという仲間への合図でもある。
「僕は空中から追うよ!」
1頭が餌を咥え、付き従うように残りの2頭が狼が逃げ始めたのを見てティスが高速詠唱でリトルフライを使う。その間もバリケード外で罠に掛かった2頭は罠から脱出できぬまま冒険者達の攻撃を受け、痛々しい鳴き声を上げている。だがそれでも3頭の狼は振り返らない。仲間を切り捨ててでも餌を持ち帰らねばならぬ理由でも有るかのように。
「本当に餌を持ち帰るのですね。群れに子供や老狼がいるのかもしれません」
逃げる狼達に威嚇の射撃をしていたシルビアがぽつりと呟いた。
「じゃあ私は地上から追うね。気づかれないように注意するよ」
「こっちは任せて気をつけて行ってらっしゃいです」
地上より逃げる狼達を追跡するフォーレが林へと入る。持てる能力を駆使し、相手に気づかれぬようにしてなんとか巣穴を見つけたいところだ。
彼女の背中に声をかけたベアトリーセは他に狼が侵入した箇所がないことを確認すると、罠に掛かった2頭退治に加わった。すでにフォーリィやグレナムらが何度も重い攻撃を加えているため、2頭ともぐったりとしている。
「(狼達だって生きる為なんだって思うけど、でも困っている村人さん達を放ってなんておけないもん)」
狼には仲間を見捨ててまで餌を持ち帰らなければならない理由がある。だがこちらにも、これ以上の被害を食い止めなければならない理由がある。
罠に掛かり、抵抗らしい抵抗をできずに狼達が弱っていくのをレムリナは何とも言い難い思いで見ていたが、意を決して武器を握り締め直した。
●追討
「そっちへ行ったわよ! さくっとやっちゃって!」
1頭と対峙しながら飛ばされるフォーリィの檄に、シュバルツが素早く、飛び出た1頭の前へ進み出る。そして与えるのはスマッシュEXを乗せた重い一撃。
残された足跡や獲物が引きずられた跡、そして食べ残しや昨日持ち帰られた保存食の匂い。更に昨夜の地上・上空による追跡。出来る限りの能力を駆使して狼の巣穴を付き止めた冒険者達は、交戦状態にあった。
昨夜の村の様子がいつもと違っていた事は狼達にも解るのだろう。狼達は一行の気配をいち早く嗅ぎ付け、飛び掛ってきた。
「当ててみせます」
狼の素早い動きを読んでベアトリーセがフェイントアタックを仕掛ける。その援護にシルビアの矢とフォーレの縄ひょうが飛ぶ。
事前にオーラパワーとオーラエリベイションを付与した岩鉄斎は後衛を狙おうとする狼をハンマーで叩き飛ばす。その狼にティスの手から迸った雷が上手く命中した。
「ごめんねスター、他の狼と戦うことになって‥‥でも今は、少しだけボクに力を貸して」
愛狼を優しく撫でたレムリナは巣穴の奥から他の狼よりも2周りほど小さい個体が数匹出てくるのを見た。小さいけれども敵をしっかり認識しているのだろう。牙を剥き、冒険者達に向かって威嚇の唸り声を上げている。
「ごめん、でも村の人達だって生活があるから‥‥ボク負けられないんだ」
レムリナは一瞬躊躇ったものの両手の武器を子狼に向ける。
「可哀想だが、今叩かねば、被害は広がる。此処で狼を終らせる」
グレナムもスマッシュの重い一撃を加えていく。子狼といえど手加減はできない。
「やはり子供がいましたか‥‥」
自身の予想が当たった事へのなんともいえぬ呟き。シルビアはそれでも弓を番える手を止めない。
「まだ子供なのに逃げようとしないんですね。さすが狼というか‥‥」
狼の攻撃をひらりと交わしたベアトリーセがふ、と子狼達へと目をやって呟いた。
「討ち洩らしのないように!」
シュバルツの声に頷き、一行は戦いを終らせるべくそれぞれの武器を振るった。
「狼さん達も生きたかっただろうけど、僕達には本当に脅威なんだ。天界の伝承にある輪廻転生が本当にあるのならば、次は人間と仲良くなってくれる存在になってくれると嬉しいよ」
ティスは倒れた狼達の死体に向かい、言葉を手向ける。
「倒した狼の死体ってどうしよっか? 村に持って帰る?」
「村人に皮を剥いでもらって、その皮を買い取ろうと思います。そのお金を少しでも村の復興に当ててもらえればと」
「そうだね、動物の皮を取り扱ったりするとこってそれなりにあるみたいだし。肉は調理して食べれない事もないと思うし」
フォーリィの問いにシュバルツが自分の意向を語って聞かせる。
「それじゃあ狼を運ぶのは、男の人たちにお願いだね♪」
会話を聞いていたフォーレの提案に男性達は頷いてめいめい狼を担いでいく事にした。
●平和が訪れて
「古の船乗りは嵐に出会うと、生贄を捧げ、ただ祈るのみだったという。じゃがそれでは根本的な解決にはならんのじゃ」
狼という脅威の去った村の広場にゲオルグの朗々とした演説が響く。
「わし等、船乗りは嵐に遭えば、帆を操り、水をかきだし、困難と戦う。じゃが、全ての人間が戦う力を持つ訳でない」
彼は心から村人達を心配しているのだ。危機管理能力を身に付けて欲しいと思っているからこそ。
「また何かあった時は冒険者を呼ぶがよいじゃろう。おぬしらに力と知恵を貸してくれるじゃろうからのぅ」
その演説の脇では誘導用に作ったバリケードの移動作業が行われていた。これを林と村との境界に設置し、今後の被害を未然に防ごうというわけだ。
「本当にここまでしてもらってなんとお礼を言ったらいいのか‥‥」
狼を退治してもらい、その毛皮をシュバルツに買い上げて貰った上にバリケードまで設置して貰った。ここまでして貰えるとは村長も予想外だったろう。
「困っている者達を助けるのは当然のことじゃろうて。ああ、わしは報酬も辞退させていただこう。わしの分は村の復興と村人の生活に充ててくれんかのう」
「そんな、ここまでしていただいてお礼を受け取っていただけないなんて‥‥」
岩鉄斎の申し出に村長は困ったような顔を見せる。正直な話、彼の申し出は村にとっては嬉しいものだが、村の為に力を尽くして貰ったのに何も礼をしないというのも村長の心が納得しない。
「あ、そうだ‥‥。お好きかは解りませんがこれならどうでしょう?」
一度自宅に戻ったかと思うと、次に出てきた時の村長の手には1本のワインの瓶が握られていた。
「お、それはもしかして‥‥」
「ええ、私秘蔵の貴腐ワインです。よろしければこれを御礼の代わりに」
瓶を差し出す村長とそれを嬉しそうに受け取る岩鉄斎。その時ゲオルグの演説に耳を傾けていた村長の奥さんの目が光った。
「あなた! いつの間にそんなものを隠していたんですか!」
「い、いや、ほら、冒険者さんへの御礼になったんだから、細かいことは気にせずに‥‥」
「それとこれとは別問題です!」
ゲオルグの演説に負けず劣らずの大音声で怒りをぶつける村長の妻。その姿を見た村人と冒険者の笑い声が辺りを包む。
笑顔が戻ったという事は平和な村に戻りつつある証拠。
完全に元の生活に戻るまでに多少の時間は掛かるかもしれないが、先の見えぬ恐怖は去った。
村人達ももう二度と同じ過ちは繰り返さぬだろう。
明るい空に響き渡る笑い声が、それを表していた。