兄からの刺客 弟の決意

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:09月22日〜09月27日

リプレイ公開日:2007年09月27日

●オープニング

●密書
 弟は兄の秘密を知ってしまった。それは一歩間違えば家名を汚すような悪事で。
 秘密を知られた兄は、弟を別荘に軟禁した。逃げ出す心意気などないと高を括って軟禁で済ませたのだ。
 ところが弟は、愛しい女性に会いたい一心で意外な行動を起こした。
 それまで家の力に頼る事でしか自分をアピールできなかった弟が、ともすれば家と縁が切れ兼ねない行動を取ったのだ。そう、逃げ出したのだ。
 弟は愛する女性の家に保護されている。それは確認したが強行に彼を引き渡すような要求はしなかった。そのような要求をすれば、家内で揉め事があったと吹聴するようなものだからだ。
 兄は時期を待った。
 弟は逃げ出した事で勘当される事を恐れているはずだ。自分が知った事実を公表することで、家名が汚れて家が傾くのを恐れているはずだ。
 だとしたら、弟は下手に秘密を口にしない。
 だが油断は出来ない。
 すぐに事を起こすのはよくない。時機を見て、始末してしまおう。油断した頃合を見計らって‥‥。
 暗殺者のつてはいくつか確保している。事故に見せかけて弟を殺せれば、彼を保護した女性の家の責任を問う事もできる。
 弟の知った事実のうち、殆どは貴族の行動としては罰せられるものではない。だが一つだけ、公表されては問題があるものがある。しかも公表するのが身内とあってはその証言はそれなりの力を持つだろう。

 やはり懸念事項は潰して置くべきだ。

 兄は羽ペンをとり、暗殺者との連絡をとることにした。


●波止場へ
「‥‥また何か厄介事ですか」
「‥‥‥‥‥」
 口を開く前にギルド職員に言われ、額に三日月の傷を持つ金髪の青年シリウスはただでさえ無口なのに押し黙った。職員は「図星ですね」という顔をして苦笑を洩らす。
「要人警護だ‥‥ちょっと厄介な」
 本当にちょっとで済むのだろうか。
「順を追って話すと、うちのお嬢、ルルディア嬢の家にマルダス殿という貴族の青年が滞在している。元々は彼が『自分で軟禁されている部屋から逃げだして家出をしてきた』のだが、今は彼の家も彼がルルディア嬢の家にいることを知ってはいる」
 マルダスがルルディア嬢へ(方向の間違った)猛烈アタックをしていた事は貴族の間では有名な事実だ。それをようやくルルディアが受け入れたということで、目出度い方向へ話は進むはず‥‥なのだが。
「で、だ。マルダス殿はどうやら兄上殿の悪行を知ってしまった故、軟禁されていたのだという。弟を軟禁するような兄、軟禁してまで外部に漏れてはならない悪行‥‥マルダス殿は今はまだ誰にもその内容は話していないが、そのまま彼が放置されるとは思えない」
 念の為この2ヶ月の間、マルダスには屋敷からの外出を控えてもらっていたという。仮にも貴族の屋敷。私兵による警備や新たに雇う者の身分の調査、食べ物の毒見など警戒に警戒は重ねた。「そこまで警戒する必要なんてないじゃない」とルルディアは言ったらしいが、最悪の事態を想定することは悪い事ではない、とシリウスは進言していた。
「だが、この2ヶ月何もなかった‥‥。そこでお嬢の我慢が限界に達した。マルダス殿と外でデートをしたいと」
「あの我侭お嬢様、2ヶ月も持ったんですか‥‥」
 職員、目をつける所違う。
「何か本を読んだのだか天界からの知識に影響を受けたのかは解らないが、夜の波止場で夜の海を眺めたいと言い出してな‥‥」
「いいなぁ‥‥彼女欲しいなぁ」
 だから、職員。
「真面目に話を聞いてくれ‥‥ここからが重要なんだ。兄上殿が暗殺者を雇った事が判明した。屋敷内にいる間は手をだしにくいだろうから、十中八九波止場へ出かけたらそこを狙われるだろう」
「すいません。それで、どうして暗殺者を雇った事を?」
「馴染みの碧のシフールの友達が手紙の配達を頼まれたらしく、その時に手紙の束を落としてしまったんだ。そして封が甘かった手紙が開いてしまい、そこからチラリと漏れ見えたのがマルダス殿の暗殺をほのめかす内容だったらしい」
 他人の手紙を読むのはいけないこと。そのシフールはチラッとしか見なかったし自分の勘違いだろうと思い、きちんと仕事をこなした。だが不穏な内容に思えたその手紙が気になって、友人の碧のシフールに相談したという。
「その上最近屋敷の外の見回りの際に、怪しげな気配を感じた気がすると報告する者が増えていてな‥‥。うちの私兵は冒険者達ほど熟達していない。その気配を突き止めるまでには至らない」
「つまり、波止場で行われる暗殺劇を止める為に冒険者達を募る、と」
「あぁ‥‥。ただしお嬢は雰囲気を壊すのをとても嫌がる。我々私兵がぞろぞろと警備に当たるのも却下されたくらいだ。俺なんて『冒険者達が来るのなら大丈夫でしょう。休みを与えますから、彼女とゆっくり過ごしていらっしゃい』と言われた‥‥女心はわからない」
 シリウスは深く溜息をついた。確かに彼にとても執着し、シリウスの彼女を監禁までしたお嬢様の言動とは思えない。ルルディアは恋を自覚して、がらりと変わってしまったようだ。

 波止場でマルダスに灯りを持たせ、ルルディアは彼と夜の海を眺める。その灯りは敵にとって格好の目印になってしまうだろうが、マルダスが灯りを持つことを止めるのはルルディアが許さないだろう。
 更にルルディアたち付近で警護をするには、雰囲気を壊さぬように恋人同士を装って欲しいという。偽カップルは同種族の異性同士に見えれば、女装でも男装でも変装でも構わない。カップルに扮すれば近くで警護が出来る分いざという時に反応しやすいだろうが、甘い雰囲気を壊さぬように注意しなくてはならない。
 カップルに扮しない場合は、ルルディア達とは少し離れるが倉庫の影や積荷の影から二人を見守るしかないだろう。

 敵はどこからマルダスを狙うか、どのような手段で何人現れるか解らない。
 十分警戒をお願いしたい。

┏━━━━━━━━━━━━┓
┃〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜┃
┃〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜┃
┃〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜船船┃
┃━━━━━━━━━━━━┃
┃∴∴∴∴∴∴∴マル∴∴∴┃
┃∴■∴∴∴∴∴∴∴∴■∴┃
┃∴■∴■∴∴∴■∴∴■∴┃
┃━┓∴┏━━━┓∴┏━━┃
┃倉┃∴┃倉庫B┃∴┃倉庫┃
┃A┃∴┃∴∴∴┃∴┃C∴┃
┗━━━━━━━━━━━━┛
〜…海
■…木箱
マ…マルダス
ル…ルルディア
船…船

●今回の参加者

 ea2449 オルステッド・ブライオン(23歳・♂・ファイター・エルフ・フランク王国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0605 カルル・ディスガスティン(34歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb1004 フィリッパ・オーギュスト(35歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb2093 フォーレ・ネーヴ(25歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 eb4155 シュバルツ・バルト(27歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4257 龍堂 光太(28歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb8475 フィオレンティナ・ロンロン(29歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)
 eb9356 ルシール・アッシュモア(21歳・♀・ウィザード・エルフ・メイの国)

●サポート参加者

ムネー・モシュネー(ea4879

●リプレイ本文

●女性の支度は時間が掛かるのです
「あれ、ところで例のお嬢様は?」
「洋服を選ぶだか髪形を決めるだかで自室へ」
「え、だってデートは夜じゃなかった? まだ昼だよ?」
 護衛対象の住む屋敷での一コマ。まだ、窓の外では陽精霊が爛々と輝きを強くしている時間だ。問うた龍堂 光太(eb4257)は事実を告げたシュバルツ・バルト(eb4155)の答えに驚きを隠せない。
「女の子の支度は時間が掛かるものなんだよ」
 フィオレンティナ・ロンロン(eb8475)は当然、という顔で返事をするが、今回の偽カップルでのデートが初めてのデートとなる光太にはどうもその辺りは理解が出来ない。
「それにしても‥‥兄弟なのに可哀想だね‥‥」
 よくある話なのはわかるんだけどさ、とフィオレンティナは広間のソファでハーブティの入ったカップを傾けているマルダスを見やる。
「兄に命を狙われるとは相当にやばい事を知ってるんだろう」
「貴族ってやっぱり大変だな」
 シュバルツと光太もつられる様にして彼の人物を見やる。
「マルちゃん、これだけは忘れないで」
 ひょこっと寛ぐマルダスの前のソファに座ったルシール・アッシュモア(eb9356)は人差し指を立てて彼に言い聞かせる。
「例え護られてるとしても! 自分はボロボロになっても『ルルディアさんは僕が護り抜きます』って言うんだよ?」
「え‥‥でも僕は剣とか余り得意じゃない」
「そういう問題じゃないの! 実力云々は別で、これは気持ちの問題! わかった!?」
 両手をバンッとテーブルに叩きつけたルシールの勢いにおされたのか、彼は何度も何度も頷いて承諾を示す。
「‥‥何護衛対象者を脅しているんだ‥‥」
「脅してなんていないよ、アドバイスしてただけ!」
 その時戻ってきたのはオルステッド・ブライオン(ea2449)。彼は許可を得た上で屋敷の周りに出るという不審者を探していた。だが、それらしき人物を見つけることは叶わなかった。
「‥‥今夜二人が外出するという事は恐らく漏れているのだろう‥‥予め波止場へ準備にでも向かったのかもしれないな」
 波止場へ下見に向かった仲間が何か見つけてくれればいいが、とオルステッドはぽつりと呟いた。


「あの、よろしければこちらの様子を描かせていただきたいのですが」
 柔らかく申し出たフィリッパ・オーギュスト(eb1004)に、呼び止められた水夫は木箱を下ろして珍しそうに彼女を見つめる。
「こんなごちゃごちゃした所をかい? そりゃ仕事の邪魔にならなければ絵ぐらい構わないが」
「ありがとうございます。あの、それとあの船も興味深いのですが‥‥船主の方はどちらにいらっしゃいますか?」
「あぁ? あの船ねぇ、そういえば人が出入りしているの見たことねぇなぁ。俺のいない時に作業しているのかもしれねぇ。外見を描くくらいなら許可なしでも問題ないだろ」
 ありがとうございますと礼儀正しく頭を下げるフィリッパに「いいってことよ」と笑顔を返し、水夫は再び木箱を抱えて仕事を始めた。
「フィリッパねーちゃん、ちょっとあの船は怪しいね」
「そうですね。昼間に荷物の積み下ろしもしていないようですし‥‥」
 側に控えていたフォーレ・ネーヴ(eb2093)の言葉にフィリッパは頷きつつ、手を動かした。二人はデート場所となる辺りを歩き回り、木箱や物の位置を記録し、記憶していく。フォーレは座る場所を探す振りをして木箱へ近づいてコンコンと軽く叩いて、中身を探ってみたりもする。

「(‥‥弟を暗殺するに値する情報‥か‥フッ‥‥人間というのは何処に行っても変わらない物だ‥‥)」
 カルル・ディスガスティン(eb0605)は忙しなく波止場を行き来する人の目から逃れるようにして、素早く倉庫Bの屋根へと昇った。膝を付いて屈み、目立たぬようにしながら辺りの様子を窺う。倉庫A、Cの屋根共にクリア。
「(‥‥ここからなら船の甲板も十分狙えるな‥‥)」
 今回怪しいと思われるポイントの1つである船を眺め、目算で距離を測る。
「(‥‥俺には善悪の観念や立場等‥‥どうでもいい‥‥受けた依頼を完遂するだけ‥‥だ‥‥)」
 カルルは再び周囲に注意を払う。今は沈黙を保っている船が気にはなるが、念の為に辺りの様子も探っておかねば。


「現時点では特に怪しげな仕掛け等は見受けられませんが‥‥」
「こういう場合、やっぱ魔法が一番厄介か。早期発見、即制圧‥‥場合に因っちゃ背に腹は変えられねぇか」
 ルイス・マリスカル(ea3063)と共に二人のデート予定場所から辺りを見回した陸奥 勇人(ea3329)は顎に手を当てて思案する。
「あの船が少し不気味ですね。静か過ぎます。船から魔法や弓で狙ってくるかもしれません」
「海側からの攻撃に警戒ってのは難しいからなぁ。二人の近くで警護する偽装カップルさん達に頑張ってもらうしかないかもしれねぇ」
「この、扉に鍵の掛かった倉庫の中から出て来て背後から襲撃、なんてことも」
「なぁに、その場合は倉庫近くに待機する俺達で何とかするだけさ」
 勇人の言葉にそうですね、とルイスは頷き「可能性を考え出し始めたらキリが有りませんね」と言葉を結んだ。


●夜の波止場で、貴方と
 波の音が心地よい静寂を撫でる。ランタンの炎が微かな風に揺れて、愛する人の顔をぼんやりと照らす。
 ルルディアをエスコートしてきたマルダスは、フォーレから貰った身代わり人形をポケットに入れ、ランタンを片手に彼女の肩を抱いている。
 ムーンフィールドの使用も検討されたが、相手に気づかれて警戒されてしまうかもしれないという懸念もあり、断念されたのである。これが普通のデートだったら更にロマンチック度アップしただろうに、残念。

 一方――
「見て見て! 星が綺麗だね!」
「そ、そうだね」
 二人から少し離れた左側、倉庫Bの前、海より辺りでランタンを手に夜空を見ているのはフィオレンティナ。カップルらしい雰囲気を作らなければいけないということで、光太の腕に自分の腕を絡ませる。
「これは作戦であって、浮気なんかじゃないからねっ!」
 ‥‥誰に言っているのかわからないが、呟いた言葉の熱意は伝わった、うん。
 そしてその作戦相手の光太は成り行き任せにするしかないか、と思ってきたもののその「成り行き任せ」が案外難しい。相槌を打った後の言葉が続かない。
「(一体どうすれば)」
 何を言ったらいいのか解らず、黙り込んでしまう彼だった。

「むぅ」
「‥‥どうした?」
 こちらも偽装カップルのルシールとオルステッド。ルシールは少しだけご機嫌斜めだ。
「偽装といえどかっこいーエルフさんとでぇと出来る☆と思いきや、奥さんいるんだー」
 ‥‥いるんだ。
「‥‥家内には後でフォローをしとく」
 ランタンを手に小声で紡がれるその会話は、離れた所から見れば恋人達の甘い会話に見えるだろう。
「仕方ない、割り切って、と」
 ルシールはマントの陰になるようにブレスセンサーのスクロールを広げて念じる。
「!?」
「‥‥どうした?」
 顔色を変えたルシールを見て、オルステッドが顔を近づける。その耳元でルシールは小声で探査の結果を報告する。
「船の上に二人、倉庫Cの中に二人、倉庫Aの中に二人いる」
「‥‥!」
 出来る事なら今すぐ仲間に注意を促したい。だがカップルに扮している以上他の人に堂々と話しかけに行くわけにも行かず――
「ここにいては二人のお邪魔になりますね。私は移動しますのでごゆっくり」
 運良く、丁度二人の後方で絵を描いていたフィリッパにもその耳打ちは聞こえていた。彼女は二人に目配せをし、場所を探す振りをしながら移動する。倉庫C前の木箱付近にいるフォーレに小声で注意を促し、その足で倉庫A付近に潜む勇人の側へ。人数的に一番ここが手薄だ、言伝後はそこに留まる。

「聞こえましたか?」
「ああ。船と後ろ、両方を警戒しなくてはならないようですね」
「後ろは他にも仲間がいます。私達はマルダスさん達に近いことを利用して、船からの襲撃を警戒しましょう」
 こちらは偽装カップルに扮したルイスとシュバルツ。大人の雰囲気を醸し出すべく沈黙して海面に映る星を眺めていたおかげか、微かであるが後方で交わされたフィリッパとフォーレの言葉を聞き取る事が出来た。後方にはフォーレ、オルステッド、ルシールがいる。ならばマルダス達に近い位置にいる自分達は船からの攻撃から彼らを守るのが適切だ。

 シュンッ‥‥シュンッ‥‥

 突然、そんな風切り音が響いたかと思うと、ルイスの手にしていたランタンの脇を何かが通り抜け、その風圧で明りが消えた。同じくフィオレンティナの持つランタンの明りも消えている。
「うわぁっ!?」
「きゃあっ!!」
 再び風切り音。そして叫び声。マルダスの腕に矢が刺さり、その衝撃で彼が落としたランタンからは油が零れ、引火した炎が煌々と彼の位置を示しだしていた。
 風切り音は船上から――幸か不幸か、炎が大きくなったことで船上に潜む人影をカルルは捉えた。全身黒尽くめのその手からすかさず矢が放たれる。船上で叫び声が聞こえた。
「危ない!」
 再び風切り音。今度は素早くマルダスの前に出たシュバルツがリュートベイルでその矢を防いだ。
「‥‥来たな」
 風切り音の後、倉庫Cからも剣を持った男達が飛び出していた。だが付近には数人の男女が武器を構えて立ちはだかっている。一瞬の躊躇い、それを見逃さずにオルステッドは男の一人に斬りかかった。
「オルステッドさんちょっと離れて!」
 ルシールの声に素早く彼が反応した後、倉庫から出てきたばかりの男二人を巻き込んで炎の円柱が立ち上がる。
「援護するよ」
 先ほどオルステッドが傷をつけた男を狙って、フォーレが縄ひょうを投げた。
「マルダスさん、大丈夫ですか?」
 炎立ち上るランタンから辛うじて距離を取ったマルダスは腕に刺さった矢の痛みに、脂汗を浮かべて座り込んでいる。側ではルルディアが心配そうに彼の名前を呼んでいた。
「はっ‥‥そうだ‥‥。『ル、ルルディアさんは僕が護り抜きます!』」
 苦しげながらも辺りに響くような大声で叫んだマルダス。だが、棒読み。
「マルちゃん‥‥ルルちゃんの呼称かわってるし。私が教えたのそのまんまだし」
 まぁここは言えただけよしとするべきなのか、と感激してマルダスに抱きつく(思い切り傷を触っているのだが)ルルディアを見て、思わずルシールは呟いた。
「‥‥まだ大丈夫なようですね」
 ルイスは苦笑しつつも船から二人への射線を遮るようにして立ち、この後の射撃に備える。シュバルツも同様に、身体を張ってでもこれ以上の攻撃は防ぐつもりだ。


「よ、ご苦労さん」
 倉庫Aから現れた敵は突然目の前の男から声をかけられて一瞬硬直した。うち一人はその隙を狙われて、勇人のスタンアタックで気絶させられる。
「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて何とやら‥‥てな」
 だが敵も馬鹿ではない。その隙を縫って勇人の横を抜けた男は目標へ向かって駆け出す――だが辺りを警戒していた光太の剣に斬りつけられる。その上フィオレンティナのフェイントアタックを加えたローズホイップで絡め取られ、身動きを取れなくされてしまった。
「お前達の企みなんてマルっとお見通しなんだよっ!」
「今のうちに猿轡を噛ませて自殺を防いでおきましょう」
 いざとなったらコアギュレイトを、と待機していたフィリッパが気絶させた男と縛り上げた男に手際よく処置を施していく。情報が漏れる事を厭って自殺されたら困るからだ。

「‥‥船上に人影は見えなくなった‥‥確実に倒せたかまでは確認できないが‥‥逃げたか、動けなくなっているだろう‥‥」
 倉庫Bの屋根から木箱へ飛び降りたカルルが告げる。彼は彼の出来る限りのことを成し遂げた。
「そうですか。他も片付いたようですし、ひとまず安心といった所でしょうか」
「マルダス! マルダス!?」
 ルイスが応じた所へルルディアの金切り声にも似た叫び声が響いた。それに反応し、皆が集まってくる。
「マルダスの様子がおかしいんだ」
 二人にずっとついていたシュバルツが焦りを見せる。腕を矢で射られただけにしては確かに様子がおかしい。彼は細かく痙攣し、口の端から泡を吹いている。矢は出血を防ぐために抜かずにおいてあるから失血性のものとは考えがたい。
「矢に毒が塗ってあったんじゃないか?」
 勇人が急いで荷物を漁り、解毒剤を取り出す。それをマルダスに飲ませると、即座に痙攣は治まり、泡もそれ以上吹く事はなかった。
「マルダスにーちゃん、私の上げた人形持ってるよね? 矢を抜くからそれを壊して」
 フォーレの言葉にマルダスは矢の刺さっていない腕でポケットから身代わり人形を取り出し、破壊した。同時に矢の引き抜かれた腕の傷が治っていく。
「完全無事、とは言いがたいけれど護れたし、良かった、でいいんだよな?」
 光太の言葉に一応皆も頷く。
「矢に毒を塗って狙撃だけでなく地上からも狙う手の込みようってことは、マルダスに知られた内容は相応にヤバいネタだってことか」
「捕まえた奴らの処遇は、シリウスさんに任せよう」
「尋問だな。正直に話さん場合は鞭打ちだ」
 ふむ、と考え込む勇人。フィオレンティナとシュバルツは捕えた暗殺者達を見張っている。
「‥‥もしやマルダスさんの知った情報とは、例の『オフィーリア』とかいう不埒な宴のことについてなのか‥‥?」
 ルルディアに支えられるようにして起き上がったマルダスは、オルステッドの言葉にびくりと大きく身体を震わせた。
「マルダスさん」
 ルイスがすっと彼の前に膝を付き、目線を合わせて真剣な表情を見せた。
「『オフィーリア』の真実に近づきつつある者がおります。貴方はハリオット家の人間として隠蔽するのか、追及する側に回るのか、無関係を貫くのか。実の兄上からもこうして命を狙われた以上、決断する機であろうと思います」
「‥‥‥」
 彼の進言に、マルダスは波止場の地面を見つめて黙り込んだ。2ヶ月の間悩み、沈黙を通してきたことだ。決断するにしても今すぐというわけにはいかないだろう。
「今日のところは、お屋敷に戻ってゆっくりと休まれてはいかがですか?」
 フィリッパの言葉にマルダスはゆっくりと頷いた。
「それから、よろしければお二人のデート中の中睦まじいお姿を描いてプレゼントさせていただきたいのですが」
「まぁ、大歓迎でしてよ。楽しみだわ!」
 折角のデートが大変な事態になってしまったことでへそを曲げるかと思われていたルルディアだが(危険をわかった上でデートに行った筈なのだが、我侭お嬢だから‥‥)フィリッパのフォローですっかり機嫌を直したらしい。
 傷が治ったとはいえまだ少しふらつくマルダスの介助とルルディアのエスコートを分担し、念の為に帰宅路も警戒しつつ一行は無事に屋敷へと戻った。

 後日二人のデートの絵が完成し、ルルディアを大喜びさせたのは言うまでもない。