秘色を蝕む獣
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:10人
サポート参加人数:1人
冒険期間:09月25日〜09月30日
リプレイ公開日:2007年10月02日
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●オープニング
ラピスラズリ――深い青色〜藍色のそれは宝石として有名だろう。
だがエルフの宮廷絵師ファルテ・スーフィードがそれをさす場合は絵の具の原料としてである。
絵の具の原料としては大変高級であり、時と場合によっては純金と同等かそれ以上で取引されることもある。宮廷絵師であっても簡単に使用できる原料ではないのだ。
ただでさえ自然界で青色の原料となる物は少ない。普段は彼女も青色には『ウォード』という天界でいう所の『藍』という植物を使用している。だがいつラピスラズリを使う機会が来るとも限らない、と彼女はいくつかあるラピスラズリ産出領地の相場を時折チェックしている。芸術への飽くなき探究心による――といえば聞こえがいいが、単なる趣味と憧れが昂じたものだ。
そう、いつかラピスラズリや緑青などの高級顔料をふんだんに使用した絵を描きたいというのは絵師の夢だ、と彼女は思っている。まぁ画材がよければ素晴らしい絵が描けるわけではないというのは彼女自身良くわかっているだろうが。だが高級画材への憧れがあるのだ。
まぁ言ってしまえば彼女がそれだけ美術に傾倒しているという事だ。
今回の依頼は、そんなファルテが各領地のラピスラズリの相場をチェックしていた時にあることに気がついたのに端を発する。
とある産出領地のラピスラズリの価格が異様に高騰しているのだ。
全体的にどこの産出領地の相場も安定していたと彼女は記憶している。(勿論安定とはいっても、他の顔料に比べて高い価格に、だが)
しかし今回の相場調査でその産出領地のラピスラズリの価格は倍以上に跳ね上がっていたのである。
一体何故?
疑問に思ったファルテは原因を追求しはじめた。
「どうやら鉱山の入り口に大きな猿のモンスターが現れたそうなのです。岩陰から突然作業員に襲い掛かったり、長い腕で作業員を拘束したり‥‥」
既に何人かの作業員が大怪我をしたり犠牲になったりしているようです、とファルテは悲しげに青い瞳を伏せた。
「私としては今すぐラピスラズリが必要というわけではないのですが、被害が出ていること、そして価格の高騰を見過ごすわけには参りません」
モンスターの退治をしようとしない領主への対応は別にするとして、今回皆にお願いしたいのはその大猿を退治して作業場の安全を確保する事だという。
大猿達は作業場入り口付近にいる人を狙うという。岩陰を利用した不意打ちで、だ。相手は何十匹もいるわけではないが、不意打ちでその長い腕に絡めとられると厄介だ、注意した方がいい。
「あと‥‥出来る限り作業場内部の採掘場を傷つけることがないようにしていただきたいのです」
採掘場にはまだ資源が残っている。それらを戦闘で傷つけないように配慮して欲しいという事だ。要するに大猿達に採掘場入り口を突破されなければいいというわけだ。
「どうぞ宜しくお願いします」
ファルテはゆっくりと頭を下げた。
◎作業場入り口付近簡易マップ
※簡易なものの為、岩陰の配置などのイメージとしてお使いください。
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┃▲▲▲採掘場入口▲▲▲▲┃
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▲‥‥岩
●リプレイ本文
●秘色の住処へ
秘色の眠る鉱山へ向かう一行は、出発前のファルテの言葉を思い出していた。
『一応領主様にはお手紙を、現地の鉱夫達には冒険者が向かう旨通達する使者を出してありますが‥‥領主様は鉱夫に被害が出ているのに対処せず、産出物の値を上げることで利を保ってきたような方です。もしかしたら今回の事も「他人がお金を出して片付けてくれるなら儲け物」とでも思っていらっしゃるかもしれませんね』
「ただ単に怠慢で手を打たないのか手を打てない状況にあるのかは解らないが、無視できない被害が出ているのを見過ごす事は出来ないしな。無事退治が終ったら報告も兼ねて領主に会いに行ってみるか?」
「そうですね。何故対処しないのか不思議ですし、大猿が住み着いた理由も気になりますので」
風 烈(ea1587)の提案にシルビア・オルテーンシア(eb8174)は頷く。
「大猿達が何を思って出没するのか知りませんが、力なき者を守るために排除するのみです」
と、鎧騎士らしく語るのはレネウス・ロートリンゲン(eb4099)だ。
「高騰云々はともかく、現場では困っているわけですから、安全は確保しないといけませんね」
「うん。相場とか難しいことはわからないけれど、作業員さんが大怪我したり犠牲になっているのなら放っておけないって思うもん」
自分達が行くからには絶対に鉱山の平和を取り戻そう、そう決意するルエラ・ファールヴァルト(eb4199)とレムリナ・レン(ec3080)。そんな二人の側で思考がちょっとずれた方向へ行っているのはアシュレー・ウォルサム(ea0244)。
「んーにしてもラピスラズリか‥‥商品価値のない屑石の原石でもいいから記念にもらえないかなぁ」
「貰うのは難しいかもしれないが、見せてもらうことは出来るかもしれないな。俺は見せてもらえるよう頼んでみるつもりだ」
ファルテの話を聞いてその「青」に興味を持った烈が答えた。
「武士の嗜みとして絵を齧った事のある者として、高級画材に対するファルテの憧れも理解できるし、退治しないと彼女以外の者も困るだろう。しかし半ば善意の大猿退治にこれだけの報酬を払っていては、高級画材をふんだんに使用した絵を描くのがまた遠のくのではないだろうか‥‥」
ぽつりと零した久遠院 透夜(eb3446)の言葉に月下部 有里(eb4494)はクス、と笑った。
「そこがファルテさんらしいのよね。困っている人を放って置けないって所もそうだけど、多分依頼にお金を使う事で高級画材を使用する夢から遠ざかっている事に気がついていない天然なところが」
「天然か。確かに、そうかもしれぬのう」
御多々良 岩鉄斎(eb4598)も彼女の今までの様子を思い浮かべて頷く。
「まぁ何にせよ、困っている人を助けたいと思う性分は悪いものではあるまい」
マリア・タクーヌス(ec2412)の言葉に一同は同意を示すべく頷いた。
●蝕む者達
「アシュレーさん、行くわよ」
アシュレーを後ろに乗せたルエラのペガサスが羽ばたく。ある程度高度が上がった所で辺りを見回すと同じ様に空を飛んで先に入り口を封鎖する者達が空飛ぶ絨毯や木臼で宙に浮いている。まずはアシュレーのブレスセンサーでの偵察待ちだ。
「ブレスセンサー、ブレスセンサー‥‥ブレス‥‥ふーっ」
「きゃぁぁっ!?」
スクロールを広げながら呟き、徐に前にいるルエラの耳に息を吹きかけるアシュレー。
「相変わらずルエラは反応が楽しいねえ、ついついたずらしたくなっちゃうよ」
「アシュレーさん、そんな場合じゃないでしょう!?」
「はいはい、感知感知ー」
アシュレーは今度こそ真面目に念じ始めたが、それを見てぽつりと透夜が呟く。
「‥‥任せて大丈夫なのか?」
その場にいた他のメンバーはそれに是とも否とも答えられなかった。
岩の向こうからひょいと飛び出てきた2メートルほどの猿に驚いた振りをして烈が攻撃を避ける。
「このっ!」
反撃を繰り出すがそれは本気ではない。本気で攻撃して倒してしまい、他の猿を警戒させるといけないからだ。またも猿の攻撃。本来ならば軽々避けられるそれを必死で避けているように見せかける。
「おっと、ぞろぞろでてきたのう」
採掘場入り口を固めた一人、岩鉄斎の元へ現れた大猿は茶色い長い腕で二度彼を殴りつけようとしたが、岩鉄斎はそれを何とか回避していた。辺りを見ると茶色い猿は至る場所に5匹、ブレスセンサーの感知通りの数、攻撃を仕掛けに来ていた。
「なら、反撃させてもらうかのう」
岩鉄斎がラージハンマーをぶんっと振るう。
「さって、それではさくさく終わらせるとしようか。アシストはするから各自とどめは任せるよ」
採掘場入り口の防衛を交代したアシュレーとルエラは再び上空へ舞い上がる。
「ルエラ、あっちの」
アシュレーの指した方角を見ると、まだ誰とも対峙していない大猿が交戦中の仲間の背後からその長い腕で襲いかかろうとしているのが見て取れた。アシュレーがその腕に狙いを定め、シューティングポイントアタックを放つ。
「わかったわ。きちんと掴まってて!」
ルエラは槍を構え、愛馬を飛ばした。そして腕をやられて気が逸れている猿との間合いを一気に詰め、スマッシュを利用した槍の突き下ろしで大ダメージを狙っていく。
「そこかっ!」
岩陰から飛び出し、長い腕を振るおうとした猿を透夜のホイップが絡め取る。ブレスセンサーで位置がわかっていたので出てくるのを待っていたのだ。その大猿は身動きが取れなくなり、もがく。
「すでに犠牲者が出ており、放置すればそれが増える以上、容赦する気は無い!」
つ、と距離を詰めると右腕の日本刀で斬りかかる。
「スター、お願い!」
レムリナは岩鉄斎を狙った大猿に攻撃するよう狼のスターに指示を出しつつ、自らも猿に近づく。ジャパンの友達の話では『犬猿の仲』という言葉があるというほど犬と猿は仲が悪いらしい。それが本当ならばスターも十分役に立ってくれるだろう。
「別にエサが豊富にあるわけじゃないのに、どうしてこんなことをするんだ、ボク、絶対に許さないから!」
スターの攻撃で出来た一瞬の隙を見逃さず、レムリナは手にした武器で斬りかかる。
「なかなかすばしっこいですね」
大猿の背中に縄ひょうが突き刺さった。採掘場入り口の向かい側に退路を塞ぐように布陣したシルビアからの援護だ。
ぎゃーぎゃーと鳴き声を挙げながら大猿はスターにその長い腕を伸ばすが、スターはひらりと身をかわす。そこに出来た隙にレムリナとシルビアの攻撃が加わる。
一方、有里は敵の素早さへの対策として高速詠唱で初級のライトニングサンダーボルトを放っていた。その雷撃を受けた大猿を、今度はマリアのローリンググラビティーが襲う。落下してバランスを崩したままの大猿に、レネウスが足を狙って斬りかかった。
「人々の生活の中の脅威となるのなら、排除するのみです!」
足を斬りつけられた痛みと雷撃と落下の痛みに叫びながらのた打ち回る大猿に、レネウスは容赦なく攻撃を続ける。
「そろそろ本格的に反撃に移らせてもらう」
烈は全ての猿が出てきたのを見るとそれまで隠していた武器を取り出し、本格的に反撃に移り始めた。
●あの人は誰?
少々傷を負った者はルエラのペガサスのリカバーで治療を済ませ、そしてまずは連絡を受けて鉱山内に避難していた作業員達に声をかける。大猿がいなくなったと聞かされ素直に喜ぶ者、皆に感謝する者、犠牲となってしまった者に黙祷を捧げる者‥‥。
烈がよければラピスラズリを見せて欲しいと願うと、作業員達は原石の、欠けて青色が覗く一部分を見せてくれた。
その青色は深く、濃く、宝石でもあるということから高貴さも漂わせるブルーだった。これが研磨されて宝石として出回ると、また顔料として絵に使用されるとまた違った姿を見せるのだろう。
所変わって鉱山の持ち主の領主の住む町。一同は「一応報告を」と領主の館を訪ねることにしていた。
「ファルテ殿の話じゃと、ろくでもない領主かもしれんのう」
「即追い出されたりはしないでしょうが‥‥いい顔はされないかもしれませんね」
岩鉄斎の言葉にシルビアが顔を曇らせる。その時――
「あら?」
「有里殿?」
領主の館を目の前にして声を上げた有里を、マリアが不思議そうに見やる。
「いえ、まさかそんな」
「どうかしましたか?」
今見たものが信じられない、というように瞬きを続ける有里にレネウスも心配そうに問う。
「いえ、今領主さんの館から出てきた男性が、絶対にこんな所にいるはずのないお方に似ていたものだから‥‥」
「「???」」
有里の言葉に一同は首をかしげる。彼女の話によると布で顔半分を隠した壮年男性が館から出てきたのだが、その顔が「絶対にここにいるはずのない人」に似ていたのだという。
「どれどれ?」
レムリナがその男性を探してみたが、男性は既に姿を消した後だった。
「私の目の錯覚でしょう、恐らく。行きましょうか」
本人がもういないのだから確かめようがない。一行は領主の館へと急いだ。
余談だがその領主、冒険者一同が訪れると熱烈に歓迎し、そして大猿に対する対応をしなかったことを深く謝罪し、今回の依頼の報酬も自分が出す、と言い出した。
驚いたのは冒険者達だけでなく、領主に仕える者達もだ。漏れ聞いた話では、有里の見かけた壮年男性が訪ねて来る前と後で人が変わってしまったようだとか。
一体あの壮年男性が誰で、何をしに来たのか――それは想像する事しか出来ない。
かくして鉱山の平和は守られ、領主も改心し、ファルテの高級画材への道も遠のかずに済んだ。
鉱山の無事が確保された事をファルテは喜び、透夜から日本画の技法の話を聞いて目を輝かせ、絵を見たいという者には快く製作途中の絵も含めて部屋を案内したという。