●リプレイ本文
●鍋る、鍋る時
リンデン侯爵領でのパーティの最中。ふと窓から海辺を見ると、一人の少女がランタン片手に何かをしているようで。
「アレはミレイアさん? ‥‥もしや」
ルイス・マリスカル(ea3063)の頭に一年前のクリスマスパーティでの出来事がよぎる。一年前ミレイアの家である酒場で開かれたクリスマスパーティにはそう、闇鍋が供されたのだった。
「チュールさん、どう思われます? 今年も闇鍋なんでしょうか」
「うーん」
ルイスが傍らに居るシフールに尋ねると、彼女は小さな腕を組んで考えるようにして。
「ありえるね〜」
うん、やっぱりそう思いますか。
見ると、何やら浜辺で作業をしていた少女は笑顔で別荘へと戻ってくる。調理場付近の入り口からそっと入ってきた彼女を見咎めたのは風烈(ea1587)だった。
「侯爵が居ないからといっても貴族のパーティだ。その私有地で勝手に宴会をやったら、下手したら大事になる」
「ええっ」
対するミレイアは、勿論そんな事考えもしなかったようで。彼女の知っている貴族といったら、人の良い人ばかりだったものだから。勿論、ただの酒場の娘が侯爵なんて高位の貴族と付き合うことも殆どない。
「やっぱり何も考えていなかったようですね」
その様子に苦笑しながら厨房に表れたのはルイスとチュール。烈は丁度良かったとばかりにルイスの肩に手を置いて。
「イーリスさんに話して、ディアスに許可を貰ってくる」
「ああ、ではついでに蓮さんにも声をかけてもらえませんか? 本家チキュウ流の聖夜祭の闇鍋をご教示願いたいです」
‥‥いや、クリスマスにチキュウでは闇鍋を行うのが当然っていうそれ自体がデマなんだけどね?
「わかった。他に興味のありそうな人にも声をかけてみる。材料の運搬とミレイアの管理を頼む」
「承りました」
「ちょっと、管理って何!」
烈とルイスの間で交わされる言葉にきゃんきゃん吠えるミレイアだったが、ルイスはそれはもう手馴れたもので。だって彼女が10歳の時から見守っているから、さすがにね。
「まあまあミレイアさん。大人が一緒ならば許可は出ると思いますから、食材の準備をしましょう。何か食べたいものはありますか?」
「え、じゃあお魚とー、お肉とー、甘いものがあれば最高なんだけどなー」
「それでは25日は私の誕生日ですし、誕生日ケーキを鍋に!」
大仰に言ったルイスを見て、ミレイアはころころと笑った。それ、去年も言ってたーとか言いながら。
「現金だね〜」
そんな少女を見て、チュールは子供のおもりは大変だ、と心の中で呟いたのだった。
「聖夜祭には闇‥‥鍋だと? 誰も準備の段階ではそんなこと言っていなかったぞ?」
ダンスの時のブラック・プリンセスのまま、烈に話しかけられたイーリスは眉を顰めて。本人としてはすぐにでも着替えたかったらしいのだが、ディアスにせがまれてそのままらしい。
「実は去年も同じ事をしたんだ。チキュウではつきものらしく。だから許可を貰いたい。火の後始末は俺達が責任を持つ」
「闇鍋って色々な物を入れて食べるんでしょ? 僕も行っていい?」
横で話を聞いていたディアスが目を輝かせて。
「ああ、勿論。ただし口に合う味になるかは保障しない。善処はするけどな」
さすがにディアス自ら行きたいと言い出せば、特に問題が無ければイーリスが反対するところではない。二人を先に浜辺に出し、烈は蓮を探す。道中興味を持ちそうな人々に声をかけた後蓮に聞いてみれば、恐らく女装から逃れれば何でもいいと思ったのだろう、着替えてすぐに浜辺へ向かうとのことだった。烈は厨房に寄って残っている食材を分けてもらい、浜辺へと向かった。浜辺では既に焚き火が焚かれていた為、迷う心配はなさそうだ。
●波の紡ぐ旋律
そんな鍋パーティの準備が進められている一方。
「ディアネイラ、段差に気をつけて」
浜辺へと降りる階段をランタンで照らしながら注意を促して手を出せば、自然彼女の暖かい手が重なり、そのまま離さずに居ても不自然ではなくなる。
布津香哉(eb8378)は自ら誘ったマーメイドの少女、ディアネイラを浜辺に誘い出していた。自然に握った手を離すつもりは無い。折角掴んだ手を、離すのはもったいない気がして。
「雪‥‥珍しいですね」
はらはらと風に舞う程度の雪。この程度なら彼女の足が人魚に戻ってしまう事は無いだろう。海辺で海水をかぶらない限りは。
「寒くない?」
「はい。香哉さんの手が暖かいですから」
さりげなく握ったはずの手について言われてしまえば、何となく彼女の細い指先を意識してしまって、照れる。
「ディアネイラと知り合ってから8ヶ月か‥‥」
照れ隠しに視線を暗い海へと遣り、話をそらす。そうですね、と答えた彼女も同じ方向に視線を投げかけた。
暗い海は全てを飲み込んでしまいそうな恐怖を与える。だが彼女にとってはそんな海でも大切な故郷。海は彼女のテリトリー。
「いや、まだ8ヶ月しかたってないんだよな」
この出会いを最後になんてしたくない――香哉の強い思いがディアネイラの白い指先をきゅっと握り締めた。そして繋いだ手をそのまま上着のポケットへと突っ込む。
「きゃっ‥‥」
急に手が引っ張られ、砂に足を取られたディアネイラがバランスを崩す。傾いできた彼女の身体を反射的に受け止めた香哉は、彼女の身体が折れてしまいそうなほど繊細であるという事に気がついた。ふと、人を攻撃するときに泣きそうになっていた彼女の表情が目に浮かぶ。
色々話したい事もあるし、聞きたいこともいっぱいある。
「まだまだ、足りない」
「え?」
思いがけず身体が触れ合った事で動揺しながらも、ディアネイラは香哉の呟きを拾った。彼は我慢ができないとでも言うように口を開いて。
「これから、地上のお祭や色々な事をもっと教えたいしもっと一緒にいたい」
「‥‥‥‥‥‥」
「ディアネイラには集落での立場もあると思うけれど‥‥」
「立場があるのは、香哉さんも同じでしょう?」
彼の言葉を遮ったディアネイラの瞳は、少しばかり悲しげで。
そう、香哉はゴーレムニスト。メイの工房に所属して保護される代わりに、色々と制限のある職業だ。彼女はあまり地上の詳しいことは知らないが、彼がそういう自由の利かない立場に居る事はわかっている。
「でも俺は、俺にできることがあるなら喜んで力になりたい。だから、気軽に頼ってきてくれて構わない」
マーメイドは下らぬ迷信から乱獲され、酷い目に合わされた過去を持つ。人間の方は既にその過去を下らぬ迷信だと笑う者が殆どだが、被害を受けた彼らにとってはまだまだ人間は信ずるに値するものではない。だが他の集落はどうであれ、ディアネイラの住む集落の者達が人間に助けられたのは事実。共闘も果たした。年寄り達はまだまだ頭の固い者が多いが、若い者達の中にはその共闘で少しばかり人間を信じるようになった者も少なくは無い。
ディアネイラはそれよりずっとずっと前から、人間を信用していた。最初は怖かったけれど、事情を知った人間達は彼女にとてもよくしてくれて。彼女の正体がばれぬように精一杯気を使ってくれて。
だから彼の言葉が、信頼に値するものだということは十分わかっていた。判りすぎるほど判っていた。
「‥‥はい、ありがとうございます」
どう言葉にしたら通じるだろう。そればかりを考えた。
自分の胸の中にある思いは、どう表現したら彼に伝わるのだろうか?
――彼の手のぬくもりを感じたまま、ディアネイラは背伸びをして彼の頬へと自分の唇を近づけた。
●鍋れば、鍋ろう!
「今年はちゃんとした鍋物にしようと思います」
「そうしてくれると助かる」
去年の鍋の状態を聞いて小さく拳を握り締めるシファ・ジェンマ(ec4322)に、招待されたレシウスが苦笑した。支倉純也を仲介してナイアドから招待されたレシウスとセルシアは仲睦まじく寄り添っていた。暖かく装ったセルシアのお腹はふくらみが目立つ。おめでた、ということらしい。
「セルシアさん、冷えるとお腹の赤ちゃんにも悪いですから、火の側へどうぞ」
木製の椅子を拝借してきたルイスが鍋とは別に焚き火を起こして椅子をそばに置いた。彼女はありがたくそれに甘える。
「おめでたとは知らなくて‥‥遠くからお呼び立てしてしまい、申し訳ありません」
「大丈夫です。気分転換にもなりますし‥‥新婚旅行も兼ねて。本当はお父様もこれればよかったのですが」
謝るシファの頭を上げさせ、セルシアは微笑む。ウェルコンス男爵は領地で末娘ヘルマと共に留守番とのことだ。
「ご迷惑だったかもしれませんが、せめてこの時だけはパーティを楽しんでいただければ、と思いまして。辛い冬の時期はいつしか終わり、新しい春が来ることを願う意味も込めて。‥‥アネッテさんも、ご家族の皆様には笑顔で居てもらいたいと思っているでしょうから」
セルシアの妹アネッテの死亡事件は辛い出来事だった。だがそれを乗り越えて幸せになって欲しいとシファは願っている。
「‥‥お腹の子は、きっとアネッテが授けてくれたのだと思うんです。女の子かもしれませんね」
セルシアがくす、と笑った。それを見てレシウスとシファも、優しく目を細めたのだった。
「ご無沙汰しております。折角の鍋パーティですのでお招きさせて頂きましたが、お忙しい中足を運んでいただき有難うございます」
「足を運んだっていっても、そこからここの距離だけど」
蓮は土御門焔(ec4427)に畏まられてもいつもと変わらない口調で。おかげで女装から逃れられた癖に、それを認めるのは嫌らしい。
「リンデン侯爵閣下の庇護を受けられてから、何かお変わりはありませんか?」
対する焔も蓮の素直じゃない性格には慣れているため、まったく気にせずに受け流す。
「クリスマスパーティを計画したのは間違いだと思ってる」
「と、いいますと?」
元々今回のパーティの発案者は彼だ。彼がクリスマス商戦に乗っかろうとしたのが始まりである。聞いた話によればこれをきっかけに彼の香水を貴族だけでなく庶民にも広める事ができたというのだから、大成功なのではないか。それに冒険者や彼らに招かれた人々も喜んでいる。館から聞こえてくる歓声が何よりの証拠だ。
「‥‥‥思い出したくも無い。聞かないでくれ」
自分から話を振っておいてそれは無いだろうと思いもするが、これが蓮という男の性格なのだから仕方があるまい。大方女装だったり特殊な嗜好を持つ人達に好かれるようにだったり、好き放題弄られたのが堪えたのだろう。
「あ、私からはこれを提供します」
何が入っても大丈夫なようにとスープの濃さを調整していた烈に焔が差し出したのは満腹豆。一粒食べるだけで満腹になる不思議な豆ということだから、これを引き当てたらすぐにお腹いっぱいになってしまうのではなかろうか。
「何かあったら言って下さい。アプト語の練習でもお付き合いしますから」
焔は拗ねている連にアロマキャンドルを差し出した。
「アロマキャンドルか。懐かしいね」
チキュウの懐かしい技術に触れたからか、蓮の表情が緩む。
「そういえば新しい香水を開発したよ。『クリスマスブーケ』と『ファーストラヴ』っていうんだ。ブーケの方は会場においてきちゃったから、ファーストラヴの方を皆にあげるよ」
「順調なようですね」
「そこそこにね」
焔と蓮がそんな会話を交わしているうちに、鍋にはどんどん具材が投入されていった。
シファの置いたクリスマスツリーやヒイラギのリース、そしてルイスの置いた若木のツリーがさりげなくクリスマスムードを漂わせる中、彼女は芋がら縄とスズキを華麗に捌き、鍋へと投入していく。その傍らではルイスが二刀流でアンコウを調理していた。
「聖夜祭に鍋を食べるなんていうのは、誰が言い出したのやら」
烈は呟きながらも、なぜかこうなる気がして持ってきていた新巻鮭を素早く捌いて入れていく。シファが事前に買い込んだ野菜など、そして厨房から拝借してきた肉などをあわせると、実に豪華な鍋である。
それとは別に焚き火と鍋を用意した烈は、小麦粉でできた生地でミンチにした肉と葉野菜を包み、薄味のスープに落としていった。これを煮詰めれば、食べたときに生地の間に閉じ込められた肉汁が染み出す上に身体もあったまるという。湯(タン)という彼の故郷の料理を真似たものであった。
「たぶん、別にクリスマスだからってことじゃないんだと思うんだよね」
烈の呟きを拾ったのは蓮だった。ほう、と人々は彼を見る。
「クリスマスの季節って寒いでしょ。寒いから鍋料理。どうせなら多人数で。だったらもっと面白くしよう、闇鍋だ! って単純な思考だと思う」
「なるほど‥‥」
誰ともなしに呟いた。確かに彼の言う通りではある。彼の口からまともな言葉が出てきてびっくりだが。
「そろそろ煮えたようですね、頂きましょうか」
「俺達も混ぜてもらえるかな?」
シファがおたまで鍋をかき混ぜたところにひょいと顔を出したのは香哉とディアネイラ。ちょっと離れた所で何やら二人いい雰囲気だったのであえてそちらを見ないようにしていたのだが、どうやら二人の甘い時間はもう切り上げたようで。
「勿論。何が入っても文句言わず食べてくれな」
「あ、あの‥‥私、お魚はちょっと」
烈の言葉におずおずと手を上げるディアネイラ。彼女が人魚だと知っている者は、ああ、と納得したりして。
「ではこちらの湯なら大丈夫かな」
烈から木の皿と木のスプーンを受け取って、ふーふーと息を吹きかける彼女。どうやら猫舌らしい。
「猫舌なのか。手伝うよ」
香哉がさりげなく彼女に顔を近づけて皿の中の湯を吹き始めれば、彼女は真っ赤になって固まって。それに気がついた香哉も、我に返って頬を染める。
「若い二人は放って置いて、一杯いかがですか?」
「では私からも」
なんとなくお腹一杯になった感じがして、焔は魅酒「ロマンス」 を、ルイスはワインを次いで回る。お酒の飲めない者達には、ハーブティと紅茶が振舞われて。
「うん、今年の鍋は至ってまともな味だ」
一口食べた烈が満足げに頷くと、様子を伺っていた者達も次々とよそられた鍋を口に運んで行った。
「ミレイアさん」
「ん? ふぁふぃ?」
スプーンを咥えたままミレイアが振り返ると、声をかけたルイスは「そのままで」と彼女を再び前へと向かせて。
「プレゼントです」
ふわり、髪に手が触れる。さらさらとミレイアの茶色い髪が音を立てて、そしてきゅ、と止められたのはレインボーリボン。ミレイアは頭の後ろに手をやってそれを確かめると、ルイスを振り返ってにっこりと笑顔を見せた。
「ありがとう!」
その笑顔にルイスも笑顔を返す。
今年の鍋はとても美味しい海鮮鍋。
少しばかり浜辺は寒かったけれど、鍋と炎の暖かさで寒さは気にならない。
何よりも、集った人々の心が――暖かいから。