老婦人の大切な‥‥
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや易
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月02日〜10月07日
リプレイ公開日:2007年10月07日
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●オープニング
●天邪鬼な子供
とてとてとて。
とてとてとて。
ぺたり。
「こらっ!」
ギルド職員はその行為を見咎めて怒りの声を発した。
混雑しあう冒険者ギルドの中、大人たちの間を縫うようにして二人の子供が、依頼の掲示されている看板に徐に張り紙を貼り付けたのだ。
「依頼が掲示されている所に勝手に張り紙をしたら駄目だろう!」
怒る職員を、四つの瞳がきょとんと見つめている。
「おばあちゃんが困ってないの」
「うん、ばぁちゃん困って無いから」
「(‥‥‥確か‥‥)」
この少年少女は職員の家の側に住む、天邪鬼で有名な姉弟だ。言葉遊びを楽しんでいるのか何なのか、言う事と真実が反対で、周りの大人たちは混乱する。
「ん?」
子供達が貼り付けようとした羊皮紙を見ると、流暢なアプト語でこう書かれていた。
『落としてしまった絵姿を探しております。
縦20cm、横15cm程の、銀をあしらった額縁に入っています。
長年大切にしてきた物ですので古ぼけた額縁ですが、細工物としては価値があるのかもしれません。
もし拾った人がいましたら、額縁は差し上げても構いませんので絵姿だけは返していただけませんでしょうか?
今は亡き夫と若かりし頃に描いていただいた唯一の品なのです。』
そして余白には簡単にではあるが額縁らしき絵が描かれている。
「これを書いたおばあさんが困っているのかい? そもそもこれはどこで?」
「食堂に張ってなかった」
「うん、酒場にも張ってなかった!」
‥‥‥なるほど、どうやらおばあさんが近くの食堂や酒場に頼んで張らせて貰った張り紙らしい。どのおばあさんだろう、何とか苦労して聞きだしてみる職員。
商人の妻だったおばあさんは生活するお金に困ることはなかったが、子供には恵まれず夫にも先立たれた後、屋敷を処分して下町に近い場所で一人暮らしをしているという。そのおばあさんがいつも大切に持ち歩いていた額縁が、ある日外出から帰ってみると絵姿を入れたままなくなっていたという。どうやら何処かで落としてしまったらしい。
「でもこの沢山人の行き交うメイディアの街中で、どこで落としたかも解らない品物を探すなんて大変な事だよ?」
「持っていった人知らないの」
「うん、誰が持って行ったかなんて知らない」
ん? ちょっと待て。この姉弟は天邪鬼だから‥‥‥。
「もしかして、額縁を拾った人に心当たりがあるの? だからここにこの張り紙を持ってきたんだね?」
職員の言葉に二人は首を振ってみせる。ああややこしい。天邪鬼にも程がある。
「碧の羽のシフールじゃなかった」
「うん、『想いが籠った物』が好きな、変わり者のシフールじゃなかった」
「‥‥‥‥‥‥」
確かにシフールがそのサイズの物を抱えてえっちらおっちら下町を飛んでいたら目立つだろう。このふたりもそれを見かけたに違いない。
しかしちょっと厄介な相手に持っていかれたものだ、と職員は溜息をつく。職員はそのシフールといくらか面識があった。
「持っていった犯人は解った。それで君達は額縁をおばあさんに返してあげたいからここに来たんだね? これは君達からの依頼?」
職員が尋ねると姉弟は顔を見合わせ、その後伏せてしまい、それまでとは違ったぼそぼそとした小声で喋り始めた。
「おばあさんにそのシフールの事話したら‥‥話しただけなのに喜んでくれて。沢山お金もらっちゃって‥‥」
「取り返したわけじゃないのにお金なんてもらえないっていったら、『お金はどうせ使い道がないものだし、捨てられてしまったのでなく誰かが拾ってくれたって解っただけでも嬉しいの』って言って、どうしてもっていうから貰ってきちゃったんだ‥‥」
なるほど、この子達は天邪鬼だけど本当はいい子なのだ。だからそのお金で冒険者を雇って絵を取り戻してあげたいのだろう。
「わかった、お兄さんが一肌脱ごう。幸いそのシフールに心当たりがあるしね」
「「ありがとう、おじさん!!」」
二人の心意気に感動した職員だったが、次の言葉でがくりと落ち込んだのは間違いない。
●容疑者の動き
・名前:チュール
・性別:女
・種族:シフール
・羽の色:緑
・年齢:16歳
・特徴:「思いの籠った物」が大好きという一風変わった嗜好の持ち主。大切にされて、持ち主の想いがこもったものならどんなガラクタでも惹かれる。
・性格:明るく、猪突猛進の傾向有り。「思いついたが吉日」を地でいく。少々気が強く、歯に衣着せぬ物言いをすることも。だが意外と情に篤い部分も持ち合わせている。
・朝・
市場で店を冷やかした後、馴染みの食堂で朝食
・昼間・
基本的に下町を中心に『獲物』が落ちていないかふらふらと探索
時折王都やギルド近くをふらつく事も
必ず立ち寄るのは噴水広場
・夕方以降・
馴染みの食堂で夕食を取った後、帰宅
・参考報告書
「うつろいゆくもの」
「冷たき令嬢の館」
「羽ばたけ!キューピッド」
「お嬢様の求めるもの」
●リプレイ本文
●天邪鬼には天邪鬼で
小さな天邪鬼達を前に、ルイス・マリスカル(ea3063)は視線を同じくするようにしてその瞳を見つめていた。
「私はギルドで依頼を請けたわけではないんで、話を聞きたくはないけど」
傍から聞いたら何を言っているんだ? と思われそうな言葉。けれどもそれに姉弟二人は目を輝かせた。言葉遊びをしたい年頃でもあるのだろう、とルイスは相手と同じ目線に立ってみたのだ。それが上手く働いたのか、姉弟は喜んで目撃談を話してくれる。その会話全てを記すとややこしくて仕方がないので、彼が聞き出した情報のみを抜き出すと
『シフールが噴水広場の横道から出てくるのを見かけた』
ということらしい。
彼らの言葉遊びに付き合った作法で礼を言い、彼は噴水広場へと足を伸ばす。噴水広場周辺の横道といっても色々ある。今度は広場に毎日足を運んでいそうな老人を見つけ、声をかけた。
「すいません、少しお聞きしたいことがあるのですが」
噴水の淵に腰を掛けてぼーっとしていた老人は多少耳が遠かったもののルイスの礼儀正しい様子に警戒することなく、口を開いてくれる。老人曰く、数日前に行き止まりに通じる横道の入り口でシフールが額縁を持ち上げようとしているのを見かけたらしい。毎日広場に現れるシフールだから見覚えがあったというのだ。
「今日はそのシフールは現れましたか?」
彼の言葉に首を振る老人。ルイスは丁重に礼を言い、仲間達に情報を伝達すべく広場を後にした。
●その頃――市場
チャイナ服に身を包んだ女郎花 希魅(ec3729)はマリア・タクーヌス(ec2412)と共に賑わう市場にいた。事前に件のシフール――チュールと面識のある者の情報から御多々良 岩鉄斎(eb4598)とベアトリーセ・メーベルト(ec1201)が描き出した彼女の似顔絵に時折目を落とし、辺りを見回す。いや、しかし人が多い。
「見つかったか?」
「いや‥‥」
マリアも希魅も彼女の姿を探し出すことが出来ないでいた。陽精霊の輝きもだんだんと強くなってきている。もしかしたらもう食堂に寄った後で、噴水広場へと移動を始めたのかもしれない。
「噴水広場へ向かいがてら探してみよう」
マリアの提案に希魅も頷き、歩み始める。と程なく目線の先にすいすいと器用に人ごみをすり抜けるようにして飛んでいく碧の羽が映った。
「いたね」
「では声を掛けてみよう。これ、そこのシフール」
「は? あたしのこと?」
マリアの声に振り返ったシフールは、果たして似顔絵とよく似た顔立ちをしていて。
「ねぇあんただよね、『思いの籠った物』が好きな、変わり者で有名なシフールって。今日も獲物を探すの? だったらつき合わせてもらえないかな」
希魅の言葉にチュールは一瞬不思議そうな顔を見せたが自分が色んな意味で有名だということは自覚しているのだろう、何故自分の事を知っているのかまでは問うてこなかった。
「あんたたちも何か探し物? 探し物を手伝って欲しいとかでしょ?」
「ああ。小さな額縁、といってもシフールには十分大きいものだろうが、その額縁と中身の絵を探していてね」
シフールなだけあってよく探し物を頼まれるのか、両手を腰に当てたチュールは人差し指を立てて自信ありげに言う。が、マリアの言葉にぴたりと動きを止めた。彼女の言葉は追求するというより「何か情報を知らないか」という尋ねるものだったのだが。
「額縁? ‥‥‥絵?」
何かを考え込むように首をかしげるチュール。その結論が出るのをじっと待つ希魅とマリア。
「知らない」
「「‥‥‥」」
「とにかく獲物探しと一緒にあんた達の探し物も見ておいてあげるから、後で噴水広場で待ち合わせしよう。先行ってるね!」
「ちょっ‥‥」
早口でそれだけ言うと、チュールはすいすいと噴水広場の方へ飛んでいってしまった。シフールの特権、だろうか。市場の人ごみを同じ速度で人が駆け抜けることは出来まい。
「女郎花殿、どう思う?」
「嘘をついているのか知らないのか判断つきかねるけど、妙に急いでいたのは何かあるのかもしれないね」
「ああ、そうだな。あの様子だと今日は食堂に寄らぬようだし、噴水広場へ向かうか」
とりあえず二人は、人ごみを掻き分けて広場へと向かうことにした。
●噴水広場付近
「(説得は得意じゃないから‥‥)」
レフェツィア・セヴェナ(ea0356)は広場の端に現れたシフールに向かいながら、思う。子供達は天邪鬼だけどおばあさんの為に依頼を持ってくるからきっといい子だと思う。だったら出来ることを頑張らねば、と。
「ねぇねぇ」
「ん?」
「落し物を探しているんだけど、シフールさんだったら私達と違って目線が高いし、見てないかな?」
軽く話しかけたレフェツィアの言葉に、チュールは耳を傾ける。
「何探しているの?」
「額縁なんだけど、絵の入った」
「げ‥‥」
「‥‥げ?」
思わず口から漏れたチュールの言葉をレフェツィアは鸚鵡返しに聞き返す。
「いや、さっきも似たような物探してる人たちがいてさ。探しておくから後で広場でって約束したんだ。だからあんたもちょっと待っててよ。私急いでるからさ」
「ここで待っていればいいの?」
「うん、ちょっと時間掛かるかもだけどあたしは用事を済ませないと。じゃ」
「え、ちょっと‥‥」
それだけ言うとチュールは、レフェツィアが止める間もなくピューっと広場奥へと飛び去っていってしまった。
「用事って?」
彼女の呟きが、その場に残された。
●噴水広場
「あ、来たよ」
レビテーションのスクロールを使用して様子を窺っていたルシール・アッシュモア(eb9356)が仲間達に告げる。レフェツィアがまず広場入り口で話しかけたが急いでいる様子の彼女は広場中央に向かっている。
「そこ行くシフールさん♪」
と、噴水側から声をかけたのはベアトリーセ。
「あれ、確かあんたはレーシア救出に協力してくれた‥‥」
「覚えててくれましたか!」
ベアトリーセは以前チュールがギルドに持ち込んだ依頼を受けた事があった。相手が覚えてくれているなら話が早い。
「なんだかご機嫌そうですね。何かありました〜? 実はチュールさんご自慢のコレクションでを見せてもらいたいな〜と思って探してたんです」
「え、あたしのコレクションなんかでいいの? 今は身軽にするためにたいしたものもってないけど、それでも良かったら」
自分のコレクション――他人にはガラクタにしか見えない――を見たいと言ってもらえたのがよほど嬉しいのだろう、彼女はベアトリーセの隣に腰を下ろし、がさごそと荷物を漁りはじめた。
「最近はいい額縁を拾ったんだけどね、ちっょと持ち歩くのには重くって。だからそれ以外のヒットはコレかな、木の実を繋いだブレスレットだったみたいなんだけど。ある女性が子供の頃男の子から貰ったんだけど結婚するからいらないって捨てちゃったんだ。でも男の子の思いも、それを大事に持ってた女性の思いも籠っているから壊れてるけど拾ってきたんだ」
両手一杯に壊れたブレスレットを抱えるチュールに「そうですか」と笑顔を返し、ベアトリーセはそういえば、とさも今思い出したかのように告げる。
「そこの露天で同じ様なアクセサリを扱っていましたから、修理もやってもらえるかもしれませんよ?」
「え、ほんと? じゃぁ案内して!」
案の定、彼女は乗ってきた。ベアトリーセは岩鉄斎の扮した木彫りや木の実を使ったプチアクセサリの露天へと誘導する。そこには先客が――
「あ、チューちゃん!」
「あれ? ルシール? こんな所で何してるの?」
「パパとママの結婚記念日が近いから、何かプレゼントしようと思ったんだけどなかなか決まらなくて。チューちゃん、見立ててくれないかな?」
ルシールとはよく依頼を通して出会っていただけあって、すんなりとチュールは承諾する。だがそのまえに、と岩鉄斎に両腕に抱いたブレスレットを差し出した。
「おじさん、これ繋いでもらえる? 繋ぐだけでいいんだ、綺麗にしたりとか艶を出したりとかはいらないから繋ぐだけで」
「希望があればお前さんサイズに作り直したりもできるぞい?」
大きな手でブレスレットを受け取った岩鉄斎は検分するようにそれを眺めた後、問う。だが彼女は首を縦には振らなかった。
「ううん、新しくされちゃったらそのものに籠められた『想い』の形まで変わっちゃう気がするから。ただ壊れたままだと木の実を落っことしちゃいそうだから、繋ぐだけお願い」
「あいわかった」
岩鉄斎に作業を任せると、チュールはルシールの為に店先の物を品定め始める。
「ルシのパパも『永く大切にされたモノには味わいがある』って言ってたよ。あ、そういえばね」
「ん〜?」
よほど真剣に選んでいるのだろう、チュールの返事は生返事だ。
「ルシの知人夫婦がね、結婚記念に描かせた絵を大事にしてたんだって。二人の想いと共に過ごした時間の積み重ねがあるからこその価値なんだよね、きっと」
「そうだね〜」
「でもそれ、盗まれちゃったんだって。探せるものなら探してあげたいなぁ。何かさ、絵に宿った二人のあったかい心も一緒に盗まれたみたいで」
つ、と商品の一つに手を伸ばし掛けていたチュールの動きが止まる。
「そうだ! ごめん、あたし急いでたんだった!」
ルシールの言葉の何が彼女を刺激したのかわからないが、チュールはふわりと舞い上がり、路地の一つへ飛んでいこうとする。
「ちょっと待って下さいですよ〜」
「チューちゃん、どうしたの〜?」
追いかけるベアトリーセとルシール。だが人が多くなかなか思うように追いつけない。と、その時チュールの行く先を影が遮った。
「ぶっ」
その影に激突した彼女は顔を抑えつつふらふらと影を見上げる。
「単刀直入に言う」
「あれ、あんたは確かケヴィン」
その影はケヴィン・グレイヴ(ea8773)だ。
「お前が所持している額縁に入っている絵姿を渡して欲しい。それを落とした老婦人が必死で探している」
鋭い眼光でずばりと言われ、「う‥‥」と彼女は黙るほかない。
「絵姿さえ返れば、額縁には用はない」
「し、知らなぃ‥‥」
「何だ、聞こえないぞ」
「知らないんだってば!」
叫び、ケヴィンの肩上をすり抜けて路地へと向かおうとするチュール。その身体の横を何かが掠め通った。
カツン‥‥
彼女の身体すれすれを飛んでいった矢は石壁にぶつかり、動きを止める。
「な‥‥」
「お前は俺の実力を承知しているはずだな?」
へなへなと腰を抜かして地面へぽとりと落ちたチュールを上から威圧する様にケヴィンは問う。
「ごめんなさいー、だってあれに絵が入ってたなんて本当に知らなかったんだもんー!」
とうとう泣き出したチュールの声が、辺りに響き渡った。
●絵の行方
様子を見ていたルイスやレフェツィア、ルシールらが彼女を泣き止ませて話を聞いた所によると、チュールが額縁を発見した時に絵は入っていなかったのだという。正確には「端っこにほんの少し何か紙が挟まっていた」のだが落ちていた場所がよくゴミが落ちている場所に近かったせいかゴミだと勘違いして、額縁だけ持ち帰ったのだという。
そして今日、色々な人の話を聞いてその額縁に絵が挟まっていた事を知った彼女は、まだあの場所にあるかもしれないと急いで額縁を拾った路地へと向かおうとしていたのだ。
「なるほど〜。だから『思いの籠った絵』じゃなくて『額縁』を気に入って持っていったわけですね〜」
納得するベアトリーセ。マリアと希魅、岩鉄斎も合流し、8人+チュールで行き止まりに通じる路地の捜索が始まった。ついでにゴミはきちんと纏めて、と。
傍から見れば狭い路地で作業するという異様な光景かもしれないが、まだ絵があることを祈って探すしかない。
どのくらい経っただろうか。
「あ、あったよ!」
声を上げたレフェツィアの手には、多少濡れて汚れてはいたが情報通りのサイズの絵姿があった。上品そうな女性と、一人の男性の絵姿。
「額縁はチュールさんの御宅にあるのですね?」
「うん、これから取りにいく」
ルイスの言葉に頷いたチュールの頭に、マリアの手が乗せられる。
「それを老婦人に返してあげれば、貴殿も幸せな気持ちになれるだろう」
「二人とも幸せになれるなら一石二鳥だね」
希魅の言葉にチュールは小さく頷く。
「カイザルのものはカイザルに、老婦人の思い出は老婦人に、夢には夢をじゃな」
そう言って岩鉄斎が差し出した修理済みのブレスレットを抱きしめ、チュールは愛想笑でないにっこりとした笑顔を見せた。
絵を受け取った老婦人の笑顔が目に浮かぶ。
みんなの努力が一人の老婦人を笑顔にする。
絵姿はこれまで以上に大切にし続けられるだろう。
冒険者とシフールに見つけてもらったという、新たな思い出をのせて。