天高く、歌声響く秋
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:10人
サポート参加人数:3人
冒険期間:10月05日〜10月10日
リプレイ公開日:2007年10月11日
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●オープニング
●価値
少年は愛されて育った。
父と三人の姉と、そして今は亡き母に。
だから知らなかった。
世の中にこんな施設があることなど。
両親を失った子供たちが身を寄せ合って暮らす場所があるなど。
「エルファス、貴方がもう遊ばなくなったおもちゃ、よかったらお姉ちゃんにくれないかしら?」
ある日彼の二番目の姉が彼の部屋を訪ねてそう言った。貴族の嫡男、それも三人の姉の後漸く生まれた年のはなれた少年に、周りは惜しみない愛情と物を与えていた。
「うん、いいよ。でもどうするの?」
もう飽きてしまった玩具を選り分けながら問う少年。別に飽きた玩具の行く先が知りたかったわけではない。ちょっと聞いてみたかっただけなのだ。
問うた少年に二番目の姉は、少し悲しそうな表情をしながら「お館様の所へ持っていって差し上げるのよ」と告げた。
子供が沢山いるところだと聞いて興味をもった少年は、姉に連れられてその屋敷へと赴いた。
下町近くとしては少々不似合いな大きめの屋敷は所々傷んでいて、でもそれは人が暮らしていることで生じる傷みで。
簡易な柵でぐるりと囲まれたその空間は特殊なもののように思えて。
屋敷正面の開けた空間は庭となっていて、上等とは言いがたい衣類を纏った子供達が、しかし笑顔で走り回っている。
屋敷内からは子供達の喧嘩をする声と、それをしかる年嵩の少女の声が聞こえる。
そこは少年の見たこともない世界だった。
家へと戻った少年は姉の説明で、そこが元は商人の屋敷だった建物を利用して身寄りのない子供達を育てている場所だと知った。難しいことはわからなかったけれど、自分よりも小さな子から大きな子までが一緒に暮らしてて、自分が飽きて遊ばなくなった玩具があそこで役に立っているのはわかった。
以前冒険者に助けてもらったように、自分も何かしてあげられることがあればいいなと思った。
「エルファス、お館様がお怪我をされたの」
ある日二番目の姉が神妙な顔つきで彼に告げた。
子供達の沢山住まう館を好ましく思わないたちの悪いごろつきどもに、前々から館は目をつけられていたらしい。街に出て運悪くごろつきに出くわし、館の子供だとわかれば絡まれたり、脅されたり。館に石を投げ込まれたり、柵が壊されたり。
雰囲気は天界から来る「聖職者」に似た柔らかいものだけど、お館様は背も高くてがっしりとしていて、今まで何度か見た「冒険者」の体つきに近い。
そんなお館様をごろつき達は数の暴力でいたぶったという。さすがに殺されはしなかったが、暫くは起き上がることさえままならぬ容態らしい。
「お館様が床につかれたと知ったら、ごろつき達がお屋敷を襲いに来るかもしれないの。だから私、冒険者達に応援を頼む事にしたのよ」
冒険者!
少年が二度も助けられた存在。その凄さは身をもって知っている。だからこそ、少年は危険を承知で一つのわがままを言った。
「僕、お見舞いに行く! そしてみんなにかあさまのあの歌を教えて、お館様に聞かせてあげたいんだ!」
少年は自分の為だけに作られたアリアを捧げる事に決めていた。それが自分があげられる中で、一番価値があるものだと思ったから。
●依頼内容
『襲い来るごろつき達から館、及び内部にいる人員を護る事』
『同時に、子供達に歌を教えること』
「‥‥職員、最初のはわかるんだが歌って、こりゃまた不釣合いな」
「ああ、正直な話、歌の方は依頼人姉弟がいれば何とかなるそうです。ただもし歌が得意だったり好きだったりする冒険者がいたら、屋敷内部での護衛を兼ねて歌を教えるのを手伝って欲しいというだけで。メインはごろつき共から一般人を護る事ですよ」
「ふむ」
「ごろつきのリーダーは何年も前に『お館様』と呼ばれる男性が冒険者だった頃に懲らしめた奴らしいです。それが逆恨みで今は引退した彼を襲ったようですね。お館様は、今は冒険者を引退し、子供に暴力はいけないと教えている身だから、と襲われても反撃をしなかったそうです」
尋ねてきた冒険者に、職員は「あなた歌は?」と尋ねると冒険者は渋い顔をして首を振った。
「一応歌詞は書いてもらってありますけどね。ああ、アプト語だけなので読めない方とあと旋律は歌ってもらって覚えるしかありませんけど」
ぴらりと職員が見せた紙には歌詞が記されていた。
『今日も眠りの時間、明日まで夢の世界よ
眠れぬなら腕広げ身体を包もう。怖くはない
貴方の髪を撫で、ぬくもりを感じ愛しく思う
遠く離れていても、何時も優しく見守ってる』
「子守唄の様な落ち着いた、優しい旋律らしいですよ」
挑戦してみますか? と職員は冒険者にイタズラっぽく告げた。
●リプレイ本文
●おきゃくさんがいっぱい
「今日は沢山お客様がいらしていますからね」
エルファスの姉レディアの言葉が終る前に、子供達はお館様に昔世話になったといって尋ねてきた一団に興味を示した。子供達がじっとしていられるはずはなく、思い思いの者に近寄ってはべたべたくっついたり、かと思えば興味はあるのだろうが勇気がなく遠巻きに見ているだけの子もいる。
「おじさんカッコイイ! 肩車してよ!」
その素晴らしい体格から、まず少年達に羨望の目で見られたのはマグナ・アドミラル(ea4868)だ。
「わしは館の修繕に来たので外で作業をしなくてはならぬ。だが、一回だけだぞ?」
断りきれなかったマグナは少年を一人、肩に乗せる。天井にぶつからぬよう注意をして。
「私は先に修繕を始めていますね」
子供が少し苦手なラフィリンス・ヴィアド(ea9026)はいそいそと工具を手に館の外へ回る。だが子供達の境遇に思うところがないわけではない。自分も小さい頃に家族と住処を失っているから。
「ねぇ、お姉ちゃんは何をして遊んでくれるの〜?」
「ねぇねぇ〜」
「うぐぅ‥‥わ、私も外の修繕に‥‥これは無理、後は任せる!」
子供にねだられ、自分には子供の相手は無理だと判断したシュバルツ・バルト(eb4155)も早々に館外へと避難(?)する。
「カーラおねえさん、フォーレおねえさん、来てくれて有難う!」
ぱたぱたと小走りに近寄ってきたのはエルファス少年。カーラ・アショーリカ(eb8306)もフォーレ・ネーヴ(eb2093)も久々に見るその姿に笑顔を浮かべる。
「庭の修理の手伝いが終ったら、ボクも歌のお手伝いをするのら。それまでいい子にしているのらよ」
「私は修理と掃除洗濯をお手伝いするからね♪ やほ♪ みんなはじめましてだね、よろしく〜。早速だけど洋服、破れちゃったりしている子、いない〜?」
フォーレの言葉に数人の子供が手を上げる。その隙にカーラはレディアに近づき、今回の段取りを説明した。動揺せずに協力してもらうためだ。
「お姉さんは騎士様?」
「鎧騎士らよ」
「その格好のままお庭の修理するの?」
カーラに尋ねてきた少年は笑いを堪えている。確かに武装した騎士が庭弄りをしている様子は滑稽かもしれない。だがこれもカーラの作戦のうちだ。
「きちんと礼装することは騎士の嗜みなのら」
「へぇ、騎士様って大変なんだね〜」
一足先に台所で作業を始めたのはルエラ・ファールヴァルト(eb4199)。数々の自前の道具を操り、少しでも子供達への料理が美味しくなるよう心を尽くす。使い捨てパック入りマヨネーズというチキュウの味付け道具まで使用した。喜んでくれるだろうか、そんな想いがルエラの心の中を通り過ぎていく。
「おねえちゃんあそぼー」
「おじちゃんはこっちこっちー」
「お、おじ‥‥」
とにかく子供達は来客に興奮状態で、すぐに歌を教えられる状況ではない。フィオレンティナ・ロンロン(eb8475)は女の子達に手を引かれて玩具の側へ。おじちゃんと呼ばれてしまったグレナム・ファルゲン(eb4322)は男の子達を集めて異国、ウィルの街並みや暮らしの話を始めた。子供達が外の世界に夢を見られるように、と。
「歌の前にまず動物の話や星の話をしたろかー?」
教師を生業としているティファル・ゲフェーリッヒ(ea6109)はさすがに子供の扱いは手馴れていて、すぐに子供達の興味を惹きつける。
(「今日だけしか手伝えねぇが」)
陸奥 勇人は恥ずかしがって隅っこに隠れるようにしている少年を見つけると「一緒に遊ぼうぜ」と気さくに声をかけた。
「ねぇねぇ」
「あら、何でしょう?」
服の裾を引かれ、しゃがみこんでその子供と笑顔で視線を合わせたフィリッパ・オーギュスト(eb1004)だったが
「おばちゃんは何を教えてくれるの?」
ピキ、と一瞬笑顔が凍りつく。だがそこはさすが大人の女性。何事もなかったかのように一瞬前の笑顔に戻って優しく語り掛ける。
「お兄さんやお姉さんの話を聞き終わったら、お歌を教えるお手伝いをしますよ」
(「稚い子供達はヒューマンスキルというものを学んでいませんものね。ここで怒ったら大人気ないですから」)
「さ、お話を聞きましょうね」
ティファルやグレナムの方へ子供を送り出すフィリッパの心中を、誰も知ることはない。
●わるいおとなにはおしおきだ
子供たちともかなり打ち解けた3日目の昼間、そいつらは堂々と正面からやってきた。
「なんだぁ? 今日はやけに大人が多いじゃねぇか」
リーダー格の男は庭を見回しつつも気にせずずかずかと入り込んでくる。
「私達は昔お館様にお世話になった者で‥‥館の修繕のお手伝いをしているのです。何か御用でしょうか?」
ラフィリンスが玄関を塞ぐようにして立ち、問う。ごろつきどもは10人弱。皆ずかずかと草木を踏み荒らして庭に広がる。マグナは隠身の勾玉と忍び足を駆使してごろつき達の後ろ側へ回っていった。
「俺達もよー、その『お館様』に『礼』をしなきゃならなくてよー。どいてくれねーかなー」
下卑た笑いを浮かべるごろつき達。
「申し訳有りませんがお館様にはあなた方にお会いする理由はないようです」
「あっちになくても俺達にはあるんだよ! どかねぇなら張り倒すぞ!」
ごろつきの大きな拳がラフィリンスの腹部に食い込む。だが彼は倒れはしなかった。
「‥‥先に手を出したのはそちらですからね」
それが合図となった。
窓の下の雑草を抜く振りをして罠の様子をチェックしていたフォーレは立ち上がり、窓の向こうにいるフィリッパに頷いて見せた。フィリッパはシャッとカーテンを引き、館内から庭の様子が見えないようにする。これが館内にいるものへの合図となった。
「はい、それでは皆さんフィオレンティナお姉さんの方を向きましょうか」
合図に気がついたレディアがエルファスを初めとした子供達を、窓から背を向けるように促す。
「じゃあ今度は私の真似をしてみんな大きな声で発声練習をしようか!」
なるべく外の戦闘音が子供達に聞こえないようにとの提案に、子供達は素直に大きな返事をした。
「ちょっと人手が足りなくなりました。修理の手伝いをお願いします」
「わかりました」
「ほな、ちょいといってくるな。ええ子にしとるんやで」
手はず通りに呼びに来たシュバルツにグレナムとティファルが食堂を後にする。外までの道中、ティファルはテレスコープを使用し、ごろつきたちの様子を見るのを忘れない。
「私は少し『休憩』してきます」
ルエラは発声練習の邪魔にならないようにフィリッパに小声で告げる。勿論本当に休むつもりなどない。こうして窓の側に寄れば庭からは剣戟の音が聞こえてくるのだから。
「わかりました、子供達の事は任せてください」
フィリッパは頷いて彼女を送り出した。
お世辞にも広いとはいえぬ庭は混乱の極みにあった。混戦、というより混乱。主にフォーレの仕掛けた罠に掛かったごろつき達と、ティファルのトルネードで吹き飛ばされたごろつき達が。
「立派なお館様をいたぶったり子供達を苛めるなんて許せへん!」
「罠は成功、と♪ シュバルツねーちゃん、援護するからお願い!」
ごろつき達の背後へ回ったフォーレ。声をかけられたシュバルツは襲い掛かる敵の攻撃を回避し、その隙を突いてスタンガンで攻撃。
「任せろ、騎士の誇りに賭けて護る」
「子供達をいたぶるとは、許せん奴らだ。我が二つ名を心に刻んでくれる」
「お前、どこから!?」
ごろつきには隠身の勾玉の効果が切れたマグナが突然背後から現れたように思えたのだろう。もろにスタンアタックをくらい、気絶する。
「行かせません!」
裏へと向かおうとしていた一人にルエラは目ざとく気づき、ローズホイップで締め上げた。
「子供達は未来の宝です」
「あなたたちのやったことは、全部知っているのら。観念するのら」
スマッシュでリーダー格の男を押していたグレナム。男が弱った所を見据え、カーラが取り押さえ、ロープで縛り上げる。
周りを見ると既にごろつきの殆どが気絶させられたり縛り上げられたり(中には罠に掛かって木に吊り上げられたままの者もいる)と無力化されていた。人数を数えてみる。大丈夫、逃がした者はいない。
狂化しかけたラフィリンスは何とか落ち着き、自身の傷をリカバーで癒す。後は憲兵にこのろくでもない大人達を引き取ってもらうだけだ。
「今後、館や子供達、『お館様』が傷つく事有らば、闇より我が刃が貴様等を両断すると思え」
憲兵が辿り着く前にマグナのこの言葉に凄まれ、意識のあるごろつき達は揃って震え上がった。
●みんなのみらいのために
「お館様、起きていらっしゃいますか?」
ノックの後に遠慮がちに尋ねられた声に「起きてますよ」と柔らかい声が返る。レディアはゆっくりと部屋の戸を開け、中の人物を伺った。
「レディアさん、先ほど外で‥‥」
「大丈夫ですわ。お館様の『昔馴染みの方々』が少し『作業』で大きな音を立ててしまっただけで」
事前に冒険者達が滞在すると話は通してあった。お館様はその言葉で全てを理解したのか、頷いて扉の向こうを気にする。わざわざ直接的な物言いが避けられているということは近くに子供たちがいるのだろうと思ったのだ。
「おやかたさま、おけがへいき?」
一人の子供がひょいと部屋に入り込んだ。それに続くようにして子供達が彼のベッドを囲む。おやかたさま、おやかたさま‥‥そうかけられる声に彼は一つ一つ応え、頭を撫でてやる。
「みんな、今日はお館様にプレゼントがあるんだよねー?」
続けて入室した冒険者の中で、フィオレンティナが元気に問う。
「みなさん頑張りましたからね、お館様にも聞かせて差し上げましょう?」
フィリッパにも優しく言われ、子供達ははーいと元気な返事をして姿勢を正す。
「ボクが話した、歌詞に籠められた気持ちも忘れないで欲しいのら」
「そうだね、私達が作詞した時のやさしい気持ちを込めてね!」
以前この歌の作詞に加わったカーラとフォーレも子供達を応援する。
「それじゃ、いくで〜?」
教師という職業柄手馴れたティファルの指揮で、その歌は始まった。
♪〜今日も眠りの時間、明日まで夢の世界よ〜♪
♪〜眠れぬなら腕広げ身体を包もう。怖くはない〜♪
♪〜貴方の髪を撫で、ぬくもりを感じ愛しく思う〜♪
♪〜遠く離れていても、何時も優しく見守ってる〜♪
「優しいよい歌だよね〜」
「ええ。子供達も短い期間でここまで上達して、素晴らしいですね」
「これも子供達の良い思い出となり、豊かな心を育むでしょう」
歌は繰り返される。フィオレンティナとフィリッパ、そしてグレナムも2回目からはその歌に加わった。
「お館様」
1回目に子供達と共に歌ったルエラは、そっとベッドに近づき、小声で彼に話しかける。
「『自衛のための暴力は、暴力でなく知性』と天界人の友人から教わったことがあります」
「‥‥‥!」
その一言で、元冒険者である彼には伝わったのだろう。お館様は柔らかく微笑み、頷いた。自衛の為に力を振るう事を暴力としてしまっては、今回皆が館を守ったことも暴力、となってしまう。
「皆さん、ありがとう。とても上手で、心が温かくなる歌です」
2回目が終った所でお館様が口を開いた。
「エルファス君、大切な歌をこの子達に教えてくれてありがとう」
「うん!」
お館様に気に入ってもらえるかとどきどきしていたエルファスは、その言葉で顔に大輪の花を咲かす。
「もう一度、聞かせてくれませんか? 折角なのでレディアさんも一緒に」
「え‥‥私、は‥‥」
「よーし、もう一回いくで〜!」
ティファルの指揮が始まる。
「「(そういえば‥‥)」」
最初の音を紡ぎ出そうとしてカーラとフォーレは気づいた。だが遅かった。一つだけ、激しく調子の外れた歌声が響渡る。
レディアは、いやエルファスの姉三人は揃って激しく音痴なのだ。
館に笑い声と共に歌声が響く。
秋の蒼穹に向かい、思いの籠った皆の歌声は高く高く昇っていった。