たとえ今は手が届かずとも

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:10月08日〜10月13日

リプレイ公開日:2007年10月11日

●オープニング

 依頼内容を聞きに来た冒険者達に、既に到着していた黒髪の青年レシウスと占い師は座るように示した。

 ハリオット伯爵家長男クリュエールの主催する宴「オフィーリア」は、クリュエールの認めた商人や貴族しか出席が許されない。それは彼及びハリオット伯爵家の後ろ盾を与えるのと引き換えに、彼がその貴族や商人達から利を得るという意味を持つ。
 そしてその宴は15歳以下の少女達に「奉仕」させるものだ。その少女達はハリオット伯爵領からの誘拐や商人達からの貢物だけでなく、他領から誘拐されてもきているという。
 クリュエールの悪行は他領からの誘拐――他の貴族の財を侵すだけではない。彼は自分の家が貿易に長けているのをいい事に美しいと噂の令嬢を手に入れる為、その令嬢の家に借金を背負わせてそれを結婚を条件に肩代わりすると申し出たりもしているという。ちなみにその令嬢の家とはレシウスが元々仕えていた家で、彼は令嬢と身分違いの恋に落ちていた。その家の借金は冒険者の見つけた宝で返済の目処が立っている。

 レシウスはその宴とクリュエールの悪行を暴こうと動いていて、何度か冒険者達にも助けを求めている。つい先日もその宴へ協力している占い師を味方につけるように依頼したばかりだ。
 今回は次のオフィーリアの日程が決まったと占い師が連絡してきたため、こうして協力してくれる冒険者を集めたというわけだ。


「まず最初に言っておきます。今回1回でクリュエールの悪行を暴く事はできません」
「!?」
「まだ、時間も証拠も足りません。ですから今回は宴には出されずにストックされている――離れに監禁されている少女達を助けることをメインにしましょう。宴に出ている少女達については、今回は見過ごすしかありません」
 占い師のこの言葉に唇を噛んだのはレシウスだけではあるまい。
「策を申し上げます。宴の行われる大広間は地下にあり、広間の入り口で二人の人物にチェックを受けた後室内へと入れます。今回私の護衛として宴へ出席できるのは二人。多くて三人、それも男性限定です。いきなり多数の護衛を従えて出席しては警戒されるでしょう?」
 それにこちらはいわゆる陽動ですから、と占い師は付け加える。
「私の護衛として宴に出る方々は、恐らく宴半ばで模擬戦を披露していただくことになります。お客様や主催を楽しませるためのものであるので流血は相応しく有りませんので、なるべく長く、そして流血のない戦い方が出来る方が相応しいかと」
 そして残りの方は、と占い師の指は屋敷見取り図の2階の一室を指す。
「私の弟子として屋敷へと入っていただきます。前にお話した通り宴の間は男性使用人は地下へほぼかかりきりになりますが女性使用人はフリーの状態です。女性といえば占い好きが多いのも確か。クリュエールからのご褒美ということで女性使用人をこの一室に集め、占いで足止めします。おりよくこの日はクリュエール以外の伯爵家の者や主だった執事達は外出中だそうで、女性使用人を一箇所に集めてしまえば屋敷内では動きやすくなるでしょう」
「俺はその間に単独行動を取らせてもらう‥‥探したいものがあるのでな‥‥」
 レシウスの発言に占い師は異を唱えない。恐らく承諾済みなのだろう。彼の探したいものとは借金関連の取引の証書類に違いない。
「そして偽占い師の中から数人は何らかの理由――トイレだったり私に用事がある、だったりもっともらしければ何でもいいのですが――をつけて中座していただき、離れにストックとして囚われている少女達を解放して欲しいのです」
 勿論タイミングや中座時間の長さ、人数などで怪しまれないことが必要だ。
「あと、少女達は『自ら脱走した』と見せかけることが必要です。誰かの手引きがあったとわかってしまっては、クリュエールを警戒させるだけですからね」
 宴が終って少女達を離れに戻してみれば、ストックとして閉じ込めておいた少女達がいないというわけだ。
「敷地から出してしまえばこちらのものだと思ってください。おおっぴらに捜索をするわけにいかないですからね」
 よろしくおねがいしますね、と占い師はさらりと告げた。


■わかりやすく行動の選択肢を纏めるとこうである。

○占い師の護衛として地下の宴へ参加
‥‥男性限定で二人。最大三人。客を楽しませるための模擬戦(流血不可)をさせられる可能性有り。

○占い師の弟子として館の使用人を占う
‥‥性別人数問わず。女性使用人たちを引き止めておく役目。偽の占いを考えておくことが必要。

○占い師の弟子として館の使用人を占う(中座して少女達救出へ向かう)
‥‥性別人数問わず。口実をつけて占いを中座し、離れに閉じ込められている少女達を屋敷の敷地から脱出させる。少女達が自力で逃げ出したと見せかけるため、脱出させている所を見られてはならない。

○館には入らず、塀の外で脱出してくる少女達を保護する



・庭簡略図・
■裏門■■■■■■■■■■外塀■■■■■■■■■■■
┃∴∴▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲┏━━━━窓━━━┓■
┃∴∴▲∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴┃∴∴∴∴∴∴∴∴┃■
┃∴∴▲∴∴▲∴∴∴∴∴∴∴∴扉∴∴∴∴∴∴∴∴┃■
┃∴∴▲∴∴▲∴∴∴∴∴∴▲▲┃∴∴∴離れ∴∴∴┃■
┃∴∴▲∴∴▲∴∴∴∴∴∴∴∴┃∴∴∴∴∴∴∴∴┃■
┃∴∴▲∴∴∴∴▲▲▲▲▲∴∴┗━━━━窓━━━┛■
┃∴∴▲∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴▲▲▲▲▲▲∴∴∴∴▲■
┃∴∴▲∴∴∴▲▲▲∴∴∴∴▲▲▲▲▲▲∴▲▲∴▲■
┃∴∴▲∴∴∴▲▲▲∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴▲▲∴▲■
┃∴∴▲∴∴∴▲▲▲∴∴∴∴∴∴▲▲▲∴∴▲▲∴▲■
┃∴∴▲∴∴∴▲▲▲▲▲▲∴∴∴▲▲▲∴∴∴∴∴▲■
┃∴∴▲∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴▲▲▲∴∴∴▲▲▲■
┃裏口━━━━━━━━━━┓▲▲▲▲∴∴∴▲▲▲▲■
┃∴∴■∴∴バルコニー∴∴┃▲▲▲∴∴∴∴∴∴∴▲■
┃∴∴■■■■■窓■■■■┃∴▲▲∴∴∴∴∴∴∴▲■
┃∴∴■∴∴∴∴∴∴∴∴∴┃∴▲▲∴∴∴∴∴∴∴∴■
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■
▲植木
■壁

・偽占い師に扮する服や道具がない場合は占い師が用意してくれますが、武器類を持ち込む場合は注意が必要です。
・2階の占い部屋から庭へ出るまでは、よほど誤魔化し方がまずくない限りスムーズに行くものと思ってください。
・外塀は石で出来ていて、高さは2メートル程度です。
・離れにストックされている少女は10人程度です。
・裏門は締まっています。見張りなどはいませんが裏口〜裏門は不意に人が通らないとも限りません。
・離れの窓は人が通れるくらいの大きさです。
・離れの窓も扉も鍵が掛かっています。

●今回の参加者

 ea0266 リューグ・ランサー(31歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea0827 シャルグ・ザーン(52歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea2449 オルステッド・ブライオン(23歳・♂・ファイター・エルフ・フランク王国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 ea8773 ケヴィン・グレイヴ(28歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3446 久遠院 透夜(35歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 eb4598 御多々良 岩鉄斎(63歳・♂・侍・ジャイアント・ジャパン)
 eb7898 ティス・カマーラ(38歳・♂・ウィザード・パラ・メイの国)
 ec0844 雀尾 煉淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ムネー・モシュネー(ea4879

●リプレイ本文

●生きた証拠
「それでは役割の確認をしておきましょうか」
 集まった冒険者達を前に涼しげな顔で占い師は告げる。
 占い師の護衛として宴の場へ潜入し、模擬戦で気を引くのはシャルグ・ザーン(ea0827)、オルステッド・ブライオン(ea2449)、レインフォルス・フォルナード(ea7641)の三人。
 弟子として館の使用人達の気を引きつけるのは久遠院 透夜(eb3446)、御多々良 岩鉄斎(eb4598)、雀尾 煉淡(ec0844)の三人。
 弟子として潜入するも中座してストックの少女達を助けるのはケヴィン・グレイヴ(ea8773)とティス・カマーラ(eb7898)。そしてその少女達を塀の外で受け取るのはルイス・マリスカル(ea3063)。
「(今回の依頼、相手の警戒を強め占い師殿の身をも危うくするリスクがありそうですが、少女を救わんとする人道家なのか、それとも追及するための綻びを作らんとする策士か)」
 底の読めない相手だ、とルイスは淡々と語る占い師を黙って見つめた。
「一つ、質問がある」
「何でしょう?」
 唯一の女性参加者である透夜へと目をやり、占い師はゆっくりと首を傾げる。
「少女達は保護した後どうするのか? 意図的に貢物として贈られた者達もいるだろう。そういった者達を親元へ返せば冒険者が救出したことがばれてしまうのではないか?」
「少女達は親元へは返しません」
「!?」
「この言い方は語弊がありますね。今すぐには、と付け加えておきましょうか」
「‥‥何処かに匿うという事か」
 レインフォルスの問いに彼は鷹揚に頷く。
「レシウスさんの元主のウェルコンス男爵にお願いできませんか?」
「そうしたい所だが‥‥それは少し難しいな。ナイアドは遠い。ゴーレムシップでも2日前後掛かる」
 レシウスがどうしたものかと思案気にルイスの問いに答えると、占い師がご心配なく、と一同を見渡す。
「少女達は『生きた証拠』です。後日しかるべき機関へ引き渡しますので、それまで一時待機させておく場所は用意しました。混乱するだろう少女達を落ち着かせてこちらの屋敷へ連れて行って下さい」
 ルイスが占い師から渡された地図を見ると、そこには王都郊外の一箇所が記されていた。
「了解しました」
「それでは参りましょう」
 それぞれがそれぞれ、緊張した面持ちで頷く。抱く思いに多少の違いは有れども目的は一つだ。

●占いの間
 きゃいきゃいと女達の嬌声が響く。ただしこちらは『健全な』ものだ。
 用意された2階の広間には、屋敷中の女性使用人が殆ど集められていた。初めこそ様子を窺う者が多かったものの、一人が「当たったわ!」と騒ぎ出すとそれは瞬時に伝播し、私も私もと皆こぞって占ってもらいたがる。人の心理とは面白いものだ。
「お入りください」
 室内の一角に黒い天幕を張った中で煉淡は厳かに告げた。おずおずと天幕をめくり、10代後半のメイドが入ってくる。その顔を見るなり煉淡は徐に口を開いた。
「貴方は年の離れた男性に恋をしていて、その男性との今後を占って欲しくて私の元ヘいらっしゃいましたね?」
「え!? そ、そうです。なんで‥‥」
 煉淡の言葉にメイドは驚愕の表情を隠せない。正にその通りだったのだ。それもそのはず、彼は彼女が天幕に入る前にリードシンキングで彼女の思考を読み取ったのだから。黒い天幕は魔法発動の光を隠す効果もある。
「まずはお座りください、そして気持ちを落ち着けてこの水晶玉を見てください」
 占い師風の衣装に身を包んだ煉淡は僧侶として説法などの話術に慣れているおかげか、その姿はなかなかに堂に入ったものだ。目の前に置かれた神秘の水晶球も、更に彼を占い師として見せる手伝いをしている。
 メイドは完全に彼の占いを信じ始めていた。

 岩鉄斎はまだ占力が途上なので、と開運を促すアクセサリーを女性達に勧めていた。広げられた敷布の上にはリボンや様々な彫り物、紐や鎖など何種類ものパーツが広げられていて、どれも手ごろな値段がつけられている。
「これらには運気が上がるまじないをかけてあるのじゃ。好きなものを好きなように組み合わせて、好みのアクセサリを作り、常に身につけていれば運気が上がる」
「パーツは沢山つけた方が運気も沢山上がるのかしら?」
 パーツを選別していたメイドのうち一人が口にした疑問に、岩鉄斎は笑って応える。
「いやいや。常に身につけるものじゃし、いくら開運の為とはいえごてごてしすぎても問題じゃろう? ようは量ではなく『自分に合うか』じゃ。パーツが少なくても自分の直感に反応したものを選ぶ方がいいぞい」
「でも、本当に運気が上がるのかしら?」
「がははは。それはお前さんとパーツの出会い方次第じゃろう。時間はまだ沢山あるから真剣に選ぶといい」
 愛想良い岩鉄斎の言葉にメイドたちはあれがいい、こっちの方がこれには合うと談笑しながら様々なパーツを手に取る。作り方の解らない者には彼が丁寧に教えていった。

「まだ『天界由来の占い』とやらは始まりませんの?」
 透夜の前に集められ、布に一つ一つ包まれたお茶菓子を振舞われたメイドたちはいつの間にか占いではなく雑談の中に身を置いていた。それに気がついた一人がそう口にしたのをきっかけに、透夜はにこりと柔らかく笑って見せて「もうあなた方の運勢は出ていますよ」と告げる。
「菓子を包んであった布をひっくり返してみてください」
 占い師らしく穏やかな口調を心がけ、指示する。メイド達はめいめいの布をひっくり返して「まぁ」と驚嘆の声を上げた。
 紙はサンの国とラムの国以外では入手困難な代物であり、羊皮紙に菓子を包むわけにもいかなかったので代わりに布を使用したのだが、成功したようだ。実はその布には天界で言う『御神籤』が書かれている。勿論天界の言葉なのでメイド達に読めるはずもなく。識字率が低いのでアプト語であってもメイドたちが読み取れる可能性は低かっただろうが。
「くじを引くと言う心構えでなく、お菓子を選ぶと言う普段の行いにこそ、あなた方の本当の運勢が出るのですよ」
 優しく言い、くじの内容を問うメイド達に透夜はそれまでの雑談で観察した一人一人の様子を思い返しながら、武士として培った話術でメイドたちを惹き込んで行った。


●宴の間
 嬌声が上がっていた。『不健全な』男達の。
「この剣を振るうと、余興の席が血なまぐさくなってしまうな。俺ならこの鉄拳で十分だ」
 クリュエールより声をかけられ、シャルグが会場中央へと進み出る。対するはそれまでかけていた天界の珍品サングラスを外したオルステッド。2メートルを越す大男と線の細いエルフの対決に、少女達をはべらせた男達が沸き立つ。
「(エルフの私からすれば理解し難い事だな‥‥人間の欲というものは‥‥)」
 オルステッドは心の中で溜息をつく。その間にシャルグは高速詠唱でオーラシールドとオーラパワーを発動させていた。彼を包む淡いピンクの光とその腕に装着された半透明の盾を見て、更に会場が沸き立つ。漏れ聞こえる所では、どうやらどちらが勝つか賭けを始めた者達もいるようだ。
「(ぬぅ、ハリオット伯爵家の悪行を終わらせる事ができぬとは、歯がゆいものである)」
 近くに無理を強いられている少女達がいるというのにこの少女達を助けることはできない、そんな歯がゆさ、我慢しなければいけない不機嫌さを隠しつつ、シャルグは拳を振るう。対するオルステッドはオフシフトで攻撃を華麗に回避してみせる。普通に接近戦を仕掛けても敵わない相手だ。今回の模擬戦の目的は『ショー』であり、勝敗を決することではないのだから観客の目を引くことが重要である。
「避けるだけしか出来ないのかー?」
 暫くしてそんな野次が飛び出した頃を見計らい、オルステッドはレインフォルスと交代する。ミドルクラブを構えたレインフォルスはオルステッドとは対照的に、シャルグに素早く攻撃を仕掛けいった。
「(今は我慢だな。助けられる子達だけでも‥‥)」
 レインフォルスの使用する流派はアビュダ。天界エジプトの流派で、素早い攻撃を主とする。彼の剣先は流れる水のようであり、その技は光のように刺して観客を釘付けにする。
 対するシャルグはレインフォルスの攻撃を盾で受け流し、拳を振るう。だがオルステッド相手のとき同様今回は当てる事が目的ではない為、意図的にすれすれの攻撃や空振りを繰り出すことが多くなる。観客には見掛け倒しと思われているかもしれないが致し方ない。仲間を倒してしまっては元も子もないのだから。

 一試合終えたオルステッドは再びサングラスをかけ、宴の様子を窺った。当のクリュエールは上座に設えられた玉座じみたソファにゆっくりと腰掛けている。金の長い髪を持つ美丈夫だ。だがその雰囲気は、傍から見ても野心を孕んだ冷酷さに満ちている。彼の後ろには護衛なのだろう、腕の立ちそうな男が五人ほど立っている。きっと主催の意に沿わぬ行動をしたら客であろうと彼らにつまみ出されるのだろう。
 会場の様子は――好色そうな貴族やでっぷり肥えた商人らしき男達が少女達を侍らせ、酒や料理を思い思いに口にしたり、少女の身体を撫で回したりとやりたい放題だ。見ているこちらの気分が悪くなる。
「(‥‥しかし、我々は一連の調査を進めてきたが、逆に相手にこちらの情報を悟られている危険もある‥‥いや、まさか占い師も連中とグルということは無い‥‥と思いたいが、な)」
 いくつか懸念しつつ、オルステッドは再びサングラスを取った。今度はシャルグと交代してレインフォルスと戦う。占い師の側ですれ違ったシャルグは、宴の腐敗した様からくる不機嫌さを隠すために精一杯つまらなそうな表情を作っていた。


●監禁の間
「(ここか‥‥)」
 インビジブルのスクロールで姿を消したケヴィンは、少女達が監禁されているという離れへと到着していた。手持ちの道具を駆使して扉の鍵を開ける。カチャリという小さな音に、中の少女達がびくりと怯えて反応した気配が伝わって来る。
「みんな、今から助けに行って上げるから驚いて騒いだりしないで」
 ケヴィンに招かれたティスがヴェントリラキュイで室内の少女達に話しかける。

 助け?

 その言葉に仲の少女達がざわつくのがわかる。宴に出された少女達の話を聞いた者、中には既に宴に出された少女達もいるのだろう、そんな恐怖と絶望の底にいる者達に差し込んだ光。それは疑いの声か歓喜の声か、少女達が騒いでしまうのは仕方がない。
「お願いだから静かにして。外まで逃げれば優しい人たちに保護してもらえるから、それまでの辛抱だよ」
 扉を開けて姿を現したティスの姿と言葉に、少女達は目を輝かせながらも黙って頷く。
「さぁ、こっちへ」
 ティスが見張りがいないか確認して少女達を塀へと案内する間、ケヴィンは工作の為に窓の鍵も開錠して回った。窓から脱出したと見せかけるためだ。そして少女達全員が離れを出たのを確認し、再び扉の鍵を閉める。
「一人ずつ塀を越えさせる」
「ルイスさん、いる?」
「はい、準備は出来ていますよ」
 ティスと少女達に追いついたケヴィンは、少女達を順番に肩車していく。塀の向こう側にはルイスが待機していた。一人一人少女を受け取り、丁寧に下ろしていく。
「(離れの子達は、これで全員無事に脱出できるよね)」
 辺りを警戒していたティスは、次々と塀を越えていく少女達を見て胸をなでおろした。
「これで、終わりだ。戻るぞ」
 少女10人をその長身を持って塀越えさせたケヴィンがティスに告げる。きちんと根回しはしてきた。何食わぬ顔をして戻れば、疑われることもないだろう。万一何か言われたら広い屋敷内で迷ったとでも言えばいい。
「下郎の吠え面が目に浮かぶな」
 ケヴィンの呟きが無人の庭に落ちた。


●少女達を光へ
「少しの間窮屈かもしれませんが、落ち着けるところに着くまで我慢してくださいね」
 ルイスは止めてあった馬車に少女達を乗せ、お腹がくちれば落ち着きもするだろうと保存食を差し出す。攫われた時も馬車に乗せられて来たのだろう、馬車を見て恐慌に陥りそうになった少女もいたが優しくなだめ、何とか全員が落ち着きを保った。
「『悪い奴ら』に見張られているのですぐには帰れませんが、あの離れよりは安全な場所にお連れしますから安心してくださいね」
 そう言って馬車の幌を下ろす。馬車は隊商の荷馬車に偽装していた。
「上手くいったようだな‥‥?」
 と、馬車を走らせようとしたルイスに声をかけたのは黒髪の――レシウスだった。彼は屋敷内で単独行動をし、ウェルコンス男爵家の借金に関する証書類を探していたはずだ。それがここに現れたということは――
「目的のものは見つかったのですか?」
「一応それらしきものは‥‥。厳重に管理されているかと思いきや、雑多な書類と共に乱雑に放置されていたので逆に少し手間取ったが‥‥。恐らく奴にとってはもはや必要のないものなのだろう、無くなっても気づくまい」
「それでは、共に行きましょうか?」
 御者台で手綱を握るルイスに問われ、レシウスは頷いて御者台に同乗する。
 こうしてルイスの操る馬車は、少女達を光の指す世界へ連れ戻すために走り出した。