たとえそれが一手にすぎぬとも
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:10人
サポート参加人数:3人
冒険期間:10月22日〜10月27日
リプレイ公開日:2007年10月25日
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●オープニング
依頼内容を聞きに来た冒険者達に、既に到着していた黒髪の青年レシウスと占い師は座るように示した。
ハリオット伯爵家長男クリュエールの主催する宴「オフィーリア」は、クリュエールの認めた商人や貴族しか出席が許されない。それは彼及びハリオット伯爵家の後ろ盾を与えるのと引き換えに、彼がその貴族や商人達から利を得るという意味を持つ。
そしてその宴は15歳以下の少女達に「奉仕」させるものだ。その少女達はハリオット伯爵領からの誘拐や商人達からの貢物だけでなく、他領から誘拐されてもきているという。
クリュエールの悪行は他領からの誘拐――他の貴族の財を侵すだけではない。彼は自分の家が貿易に長けているのをいい事に美しいと噂の令嬢を手に入れる為、その令嬢の家に借金を背負わせてそれを結婚を条件に肩代わりすると申し出たりもしているという。ちなみにその令嬢の家とはレシウスが元々仕えていた家で、彼は令嬢と身分違いの恋に落ちていた。その家の借金は冒険者の見つけた宝で返済の目処が立っている。
レシウスはその宴とクリュエールの悪行を暴こうと動いていて、何度か冒険者達にも助けを求めている。つい先日もその宴へ協力している占い師を味方につけるように依頼し、一度宴へ潜入して離れに囚われている少女達を助けたばかりだ。
「あの後ですが。不機嫌な様子のクリュエールに呼び出されまして」
あの後、とは少女を逃がした宴の後ということだろう。占い師は続ける。
「『離れにストックしておいた少女達が逃亡した。が、次の宴をやめるわけにはいかない』と。ですが以前少女輸送が失敗した事もあり、すぐにストックの補充はせずに先日宴に出ていた子達を使うようです」
それまで恐怖と絶望で少女達から「逃げる」という意思と選択肢を奪っていた彼だけに、少女達が逃げ出したことは予想外の事態だったのだろう。ただし全然焦った表情などは見られなかったが、と占い師は告げる。
「‥‥貴方は疑われなかったのか?」
レシウスが口にした当然の疑問に、彼は笑顔で答える。
「元々私と彼の間には強固な信頼関係があったわけではありませんし、半分は疑われているでしょう。だからこう言っておきました。『この宴を告発しようと企む者達がいるようです』と」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
場に沈黙が降りる。やはり占い師は敵だったのか? レシウス達の存在を相手に教えることで自らの立場を守ったのか? そんな疑いの目が彼へ向く。だが当の占い師本人は飄々としていた。
「勿論、これは貴方達全員を宴の間へ入れる為の布石です。『客の内の誰かに、貴方の失脚を狙っている者がいます。宴の告発だけでなく、次の宴にあわよくば貴方を亡き者にする為の刺客を連れ込むという動きがあるようです』。私はこうも告げました」
「‥‥別に俺は奴の命を狙っているわけではないが‥‥」
レシウスが呟く。彼にとっては宴を暴いてクリュエールが失脚――いやハリオット家と、主筋であるウェルコンス男爵家の縁談が潰れれば良いだけだ。悪事を捌くのは役人の役目、とわきまえている。
「勿論貴方達のことではありませんよ。ただし完全に私を信用しているわけではないとはいえ、占い師である私の言葉を彼は軽視することは出来ません。占いを信じる性格ではなくとも…」
占い師は沢山の人と接する。占い対象の言葉や心理状態の中から色々な情報を入手することもある。また、人の思考を読むことが出来る魔法が存在することをクリュエールは知っているのだろう。この占い師が、何であるかはまでわからないが魔法を習得していることも。
「その偽情報を流した上で私は警備の強化を勧めました。『実力もあり、私情に関係なく金で動く者達』に心当たりがあると」
ここまで来れば何となく解ってくる。全員を占い師の護衛として宴の間に連れて行くのが不自然だからこそ、彼は色々と回りくどい手を打ったのだ。少女達の、ありえないと思われていた逃亡で心理的に揺さぶりをかけたところで占い師という立場を利用して、偽の情報を信じ込ませる。
「非常に不本意だと思いますが、半数の方は私の護衛、残り半数の方は私の紹介で来た『実力もあり、私情に関係なく金で動く者達』に扮していただきたく思います。今回は性別の制限はありません。ただし前回私と共に宴の間へ降りた方々はクリュエールに面が割れているので私の護衛とした方が不自然ではないでしょう」
「‥‥で、だ。何の為に全員を宴の間へ入れる?」
「証拠が揃ったからです」
レシウスの最もな問いに、占い師はきっぱりと言ってのけた。
「クリュエールの弟君、マルダス殿が兄君の悪行を訴え出ました」
マルダスとは、兄の悪行を知ってしまったために軟禁された上、暗殺されかかった男である。占い師は彼が訴え出るのを待っていたのかもしれない。
「そして先日助け出した少女達、レシウス殿が拝借した証書。これを元に、主に他領の財を侵した罪でしかるべき機関から調査が入ることになっています――宴の真っ最中に」
さすがにそこまで来ればクリュエールも私の裏切りを確信するでしょう、と占い師は瞑目した。
「彼自身も宴の間中、数名の傭兵を側につけています。その者達に何を命令するか――恐らくは私の排除が第一、次に少女達の始末でしょうか。私を始末して私の傀儡にされていたとのたまおうとするかもしれません。彼自身が剣を抜いて斬りかかってこないとも限りません。その時私と少女達を護り、傭兵達を始末するのがあなた方の仕事です」
「‥‥なるほど。客達はどうするんだ?」
「調査の者が来たという知らせが入れば、出口に殺到して我先にと逃げようとするでしょう。さすがにクリュエールも客を傷つけるような真似はしないはずです」
「では、入り口で客達を外に出さないように抑える役目は俺が請け負おう。他の者達が集中して戦えるように」
レシウスの申し出に占い師は頷いてみせる。
「クリュエール側の護衛を演じる方々にも命令が下されるでしょうが、勿論それに従うことはありません。クリュエールの側――傭兵達の側で待機できる分、私の護衛として動く方々よりも傭兵達に対する初動は有利でしょう」
少女達は広間に散らばって客の相手をしていたまま、突然の事に怯えて動けないでいるだろう。客達はひとつしかない出入り口へと向かうだろうが、そこはレシウスが止めてくれる。占い師、及び少女達を狙うだろう傭兵達とクリュエールへの対処が主な仕事だ。
「ちなみに、傭兵達は傷つけ――最悪殺してしまっても問題ありません。ただしクリュエールだけは、いくら相手が武器を持ち出したとしても無傷で取り押さえてください」
一応貴族ですから、と苦笑が付け加えられる。
最終的な裁きはしかるべき機関へ任せることになるが、しかるべき機関がクリュエールを捕えるための手伝いをする、それが宴の正体を暴き少女達を救うことへ繋がるのは間違いない。
「傭兵達とはいえそれなりの手練れが用意されているはずです。私は一応多少の魔法は使用できますが少女達は自衛手段を持ちません。傭兵達はクリュエールの側である上座側、少女達は広い広間の半分より下座側と距離が開いていますが、上座側で傭兵達を全て抑えるなり少女達を一箇所に集めて守るなり何らかの方法で護りぬいてください」
●リプレイ本文
●備え
事前準備は欠かせない――それが冒険者達の感じている所だった。
たとえこれが一手にすぎぬとも――いや、この一手で決めなければ次がないと言っても過言ではないのだ。自然、準備に力が入る。
久遠院 透夜(eb3446)は変装の準備をしながら手に入れた情報の暗記に勤しむ。屋敷に残っている少女達のうち判明した分の名前と特徴を暗記しているのだ。そんな彼女の変装を手伝い、不自然な所がないか確かめてアドバイスするのは嵯峨野 空とリアレス・アルシェル。リアレスはふと手を止めて部屋の隅にいるレシウスへと話しかけた。
「でもこれでクリュエールが掴まれば、レシウスさんとセルシアさんも一安心だね」
少しでもこれまで関わった者として心からの祝福を与えたいと思う。だが心配もあった。
「これが終ったらどうするの?」
「‥‥さあ? 取り合えず報告の為にナイアドへ帰るつもりではいるが、俺は一度放逐され、冒険者となった身‥‥。身の振り方は全てが終ってから考えよう」
あるいは自分でもその先が見えないのかもしれない。レシウスは苦笑を伴って答えた。
「‥‥ようやく一手打つことができるか‥‥一手だ、一手で決めればいい」
オルステッド・ブライオン(ea2449)は小さく呟いた。屋敷の隠しルートを探っていた服部 肝臓によれば1本の怪しげな通路を発見、脱出の際に足止めとなるような罠を仕掛けてきたとのこと。その位置はクリュエールの弟マルダスに話を聞きに行った御多々良 岩鉄斎(eb4598)の情報とも一致する。
「皆さん、準備は整いましたか?」
「(相手を追い詰める算段を裏から整える、様々な手回しの手際。そして、魔法の心得。占い師殿、正体はお国のエージェントかもしれませぬな)」
表情の読み取れぬ顔をして登場した占い師を見て、ルイス・マリスカル(ea3063)はふとそんなことを考える。考えさせられるだけの人物である事は確かだった。
「少女達を、宴と絶望から必ず開放する。闇よりの刃、今こそ振るおう」
マグナ・アドミラル(ea4868)の言葉を返答とし、一同はハリオット邸へと乗り込むのだった。
●開幕
「お集まりの皆々様には本日もご機嫌麗しく。本日は私の弟子も皆様を占わせていただきたく思い、こちらへ天幕を用意いたしました。是非順にお立ち寄りください。ああ、お気に入りの少女は伴ったままで結構ですよ」
宴が始まった――広間に設置されたいつもと違う黒い天幕を不審に思う客達の不安を、占い師の後押しが払拭する。天幕の中には雀尾 煉淡(ec0844)が神秘の水晶球と共に変装して座している。高速詠唱リードシンキングと僧侶としての話術説法を利用して、それらしく振舞うつもりだ。また合間にはバイブレーションセンサーやパッシブセンサーのスクロールにて調査を行う予定でもいる。黒い天幕は魔法発動時の光を隠す役目も果たす。
「(下郎を追い詰めつつあるようだが、ここでの動きを失敗すれば全てが終わってしまう可能性がある。慎重に動くとしよう)」
煉淡が天幕を準備する時間を利用し、インビジブルのスクロールと己の技能、その上隠身の勾玉を握り締めたケヴィン・グレイヴ(ea8773)はクリュエールが座すと思われる上座の玉座じみたソファの裏に隠し階段への扉らしきものが隠されているのを発見していた。現在は再び姿を消し、影から占い師の護衛に当たっている。同じく占い師の護衛として入室したルイス、オルステッド、岩鉄斎、シュバルツ・バルト(eb4155)、レシウスは彼の脇に控えている。
「ま、よろしく頼むぜ」
ふてぶてしい傭兵を演じる陸奥 勇人(ea3329)はクリュエールの側に位置取りながらも他の傭兵の観察を忘れない。特に魔法使いは早めに見つけ出しておきたい。クリュエールの座したソファの丁度後ろ、外から攻撃を受けた場合他の傭兵が盾となれるような場所にそれらしき人物はいた。あからさまな外装はしていないが、明らかに他の者より軽装なのである。
「‥‥‥‥‥」
マグナは寡黙な傭兵として振る舞い、玉座に向かって右後ろ側の位置を確保していた。前には大剣を帯びた傭兵が同じく黙って立っている。隣にもクリュエールの傭兵がいる。自分達も疑われている可能性がある、考慮した上で十分注意して動くつもりだった。
護衛としてクリュエールの側に立ちつつも、他の傭兵に気を配るのを忘れないのはレヴィア・アストライア(eb4372)。冒険者として多少なりとも経験を積んでいればある程度敵と自分の実力差はわかる。心の中で有事の際の攻撃優先順位を次々と決めていく。
「くっ‥‥何だその仮面は。道化は広場の見世物にでもなってろ」
普段は余計な事を口にせぬようきつく言われているのだろうが、主人が自分達以外の急揃えの護衛を採用した事に多少なりともプライドを傷つけられたのだろう、傭兵のうち一人が口を開いた。相手は仮面をかぶり道化師を装った透夜。
と、次の瞬間からかった傭兵の喉元にはダガーが突きつけられていた。透夜がスタッキングを使用したのだ。
「この仮面の下を覗けるのは、死んだ人間だけなのさ」
小柄で見るからに格下の相手だと侮っていたのだろう、傭兵は咄嗟に反応できずに硬直してしまう。
「仲間割れはその辺にしておけ――無粋だろう」
その硬直を解いたのは口に含んだ貴腐ワインを飲み下したクリュエールだった。しかしその視線は二人を見てはおらず、宴に来た客となすがままにされる少女達を冷淡な瞳で――殺意さえ籠っていそうな瞳で見据えている。
「(クリュエールは宴を楽しんでいる様には見えんのう)」
一体彼がこの宴を開いた動機は何なのだろう、そんなところに考えが及んでいた岩鉄斎は、ふと広間の出入り口が騒がしくなってきた事に気がついた。
と、勢い良く内開きの扉が開け放たれる。
「若様、若様を取り調べたいと役人が上に!」
宴は終焉へ向けて、急速に走り出した。
●捕縛劇
「やはり貴様だったか」
客達の混乱の極みにある宴の場。迅速に動いたレシウスによって扉は閉ざされ、殺到する客も足止めを喰らっていて。だがクリュエールの声は何処か予見していたのだろう、酷く穏やかで。
「占い師と少女達を殺せ! 全てあの者に罪を被せるのだ」
そして下された命は、こちらも予想していた範疇で。
まず透夜が仮面を捨てて微笑み、広間の真ん中に進み出つつ覚えてきた少女達の名を呼ぶ。助けに来た者だ、安心して一箇所に固まってくれと呼びかけて。
煉淡が天幕から走り出る。そして集まりつつあった一糸纏わぬ少女達を玉座から一番遠い位置に纏め、高速詠唱ホーリーフィールドを展開する。
「‥‥占い師殿、壁際へ‥‥」
オルステッドはルイスと共に、占い師に壁を背にするように勧める。背後を取られる心配なく二人で護りやすくするためだ。
「お相手願おう」
シュバルツは予め目をつけていた傭兵に、自身の言葉の終る前にスマッシュEXの重い一撃を叩き込む。攻撃こそ最大の防御、とばかりに。立ち上がり、向かってくる傭兵に対して彼女はその一撃を見切るように意識を集中させる。
レヴィアも自らの中で決めておいた優先順位に従って、傭兵にスマッシュを打ち込む。
「逃がしはしない。結果を出してこそ、我々冒険者だ!」
ふらりとよろめいた傭兵はレヴィアを敵と認識したのか、すかさず剣を構えた。
「悪いが、こいつも仕事ってヤツでな」
相手が勇人のその言葉を最後まで聞けたかは解らない。魔法使いと思しき相手が詠唱を開始する前に彼がスタンアタックをかましたからだ。その男は不意を付かれて昏倒した。数分は目覚めそうにない。
押さえ切れなかった傭兵は、少女達と占い師へと分散した。
占い師へ向かってきた傭兵三人のうち一人は注意していなかった方角から矢で頭を射られ、痛みに呻いて座り込む。それまで姿を隠していたケヴィンからの攻撃だ。他の二人はルイスとオルステッドが引き受け、時折占い師の魔法がそれを援護する。
少女達の元へ向かった二人はまずは小柄な透夜に狙いを定めてきた。片方は避け、片方はパリーイングダガーで受ける。
「お前の相手はわしじゃ」
と、横合いから振るわれたラージハンマー。岩鉄斎が少女達の側に駆けつけたのだ。
「ちいと遅くなったが、これで一対一じゃろう?」
「逃げる気か?」
玉座裏に近い位置で魔法使いを昏倒させた勇人が、近づいてきたクリュエールに問いかける。そこには隠し通路への階段があると事前にケヴィンから聞いていた。
「邪魔をしてみるか?」
ふ、と酷薄な笑みを浮かべてクリュエールは腰に下げた剣に手を伸ばす――が、その剣が抜かれる事はなかった。
気配を消して接近してきたマグナのスタンアタックを喰らい、意識を手放してしまったからだ。
「覚悟してもらおう」
もう聞こえないと解っていても、マグナはそう言い、クリュエールを後ろ手に縛り上げる。
まだ傭兵達との戦闘は残っているものの、こうまで簡単にクリュエールを捕縛できたのは冒険者側の連携の勝利、という事だろう。
「女を喰い物にする奴の末路、だな」
ふ、と勇人が呟いた。
「少女達よ、もう大丈夫だ、お主達の絶望は、我等が祓う」
立ち上がったマグナの大音声は広間中に響いた。その声の発せられた位置から状況を察知したのだろう、傭兵達に僅かな同様が走ったのを冒険者達は見逃さない。
斬り、突き、打ち、射抜く。
金で雇われた傭兵達は、冒険者達の前に次々と膝を付いていった。
●別れと、再会を祈る
一応「取調べ」という名目で役人の馬車に押し込められるクリュエールに、透夜は怒りを隠せない。無傷で、という指定がなければ一発でも二発でも殴ってやりたい所だ。
「上に立つ者の義務を忘れた時点で、貴様は貴族失格だ。傷ついた少女たちを思えば、死刑すら生ぬるい」
その言葉にも、クリュエールは表情を動かさない。何を考えているのか、無表情なままだ。
「これで下郎がいなくなれば少しは世の中良くなるかもしれんな」
透夜の言葉を支えるようにケヴィンが呟いた。
「何か言わなくてもいいのか?」
岩鉄斎の突然の言葉に占い師は少し驚いた表情を見せたが、ああ、と次の瞬間思い出したかのように笑む。
「皆さんお疲れ様でした。皆さんのおかげで彼の罪を暴く事が出来そうです」
「いや、そうじゃなくてのう」
占い師とクリュエールの関係を色々と考えていた岩鉄斎は肩透かしを食って苦笑を洩らす。
「憶測でしか有りませんが、私の調べた情報では彼は幼い頃誘拐された際に辱めにあったようです。その上思春期の頃参加した舞踏会で幼いながらその美貌を買われたのでしょう、数名の貴婦人達に弄ばれたとか」
もしかしたら幼少期のそんな体験がこの宴を引き起こした原因かもしれませんね、と走り出した馬車を見送りながら占い師は洩らした。
「‥‥だからといって簡単に許されるとは思いたくないな‥‥」
オルステッドの言葉に一同も頷く。
「もし公的には軽い罰で済んでしまったら、ハリオット家内で何らかの処分がなされる事を期待、ですかね」
「どちらにしろ家名が落ちることは免れまい‥‥」
ルイスの期待を帯びた言葉にレシウスが返した。
「そういえばレシウスさんはこの後どうされるので?」
「‥‥レシウスさんは、どうするんだ‥‥?」
ルイスとオルステッドの言葉が被る。レシウスはそれに笑みを返す。
「ナイアドへと戻る。さすがに今回の事でハリオット伯爵もクリュエールとセルシアの婚約の継続は難しいと判断するだろう。あちらから破棄を申し出てくるのを待つが、駄目ならば今回の事を口実にこちらから破棄を申し出る事をウェルコンス男爵に勧める」
「なるほど、それではしばしの別れか。レシウス殿も冒険者ならばいずれまた出会うこともあろうが」
マグナの言葉に頷いたレシウスは、達成感と共に僅かな寂しさも帯びていた。ここまで共に調査を進めてくれた仲間と別れることに。
「‥‥これまでの助力、感謝する」
深々と下げられた頭を追いかけるように、肩口からさらりとその長い黒髪が滑り降りた。
●後日談
これは暫く後の話となるが。
宴に出されていた少女達は無事、親元へと届けられた。行く宛のない少女達については相応の対処がなされたという。
事件が発覚したことでハリオット伯爵から正式に婚約辞退の申し出がウェルコンス男爵家へ届けられたらしい。これでレシウスとセルシアを隔てるものの1つが消えた事になる。
スキャンダルを抱えたハリオット家だったが、それでも構わないという先方の申し出で次男マルダスとルルディア男爵令嬢の婚約が纏まったらしい。
そしてクリュエールの処罰についてだが、詳しい内容は公開されていない。
ただあれ以降彼の姿を見た者も、彼の名を口にする者もいないという――。