さあ、どこまで行こうか
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:10人
サポート参加人数:2人
冒険期間:10月25日〜10月30日
リプレイ公開日:2007年10月31日
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●オープニング
●目的があるから
「何で駄目なんだよ! 父ちゃんなんて大嫌いだ!」
少年はそれまで問答していた父親の部屋を飛び出した。その足で自室へと駆け入る。
「(何でだよ、父ちゃんは何もわかってないんだ。こうなったら俺一人でだって行ってやる!)」
少年は鞄に簡単な身の回りの品を詰め込むと、乱暴に扉を閉めて部屋を飛び出した。小さな布袋だけは、特別抱くようにして。
「まて! 西の方で大きな戦があったと話をしただろう」
「西の方なんて遠すぎて俺には関係ない!」
「それ以外にも町の外には沢山危険があるんだ。もう暫くしたら仕事が一段落つくからそれまで待っているんだ」
「もう暫くっていつだよ!? こないだも同じ事いってたじゃねーか!!」
部屋から出てきた父と子、再び言い争いが始まる。
「仕事仕事って、いつになったら母ちゃんに会いに行ってやるんだ!? 父ちゃんは忘れちゃったのかよ!」
廊下に立つ父を突き飛ばすようにして少年は駆け出た。
父親があてにならないのなら一人ででも母親の療養している村へ行ってやる。
まずはどうするべきか‥‥そうだ、途中まででも同乗させてくれる馬車を探さないと。
少年は財布の中を覗きこんだ。商人の息子とはいえ沢山のお小遣いを貰えているわけではない。しかもつい最近、小さな布袋の中身を買うために、溜めていた小遣いを放出してしまった。勢い余って飛び出してきたため、旅の支度は殆ど整っていない。食料さえ持っていないのだ。
「(どうしようか‥‥)」
少年は少々途方に暮ながらもメイディアの下町を歩いていった。
●思春期の少年
「依頼人はとある商人です。依頼は『突発的に身一つ同然で出て行った息子の道中の安全を守ること』――ただし本人には父親の依頼でついた護衛だとは思わせないようにとのこと」
ギルド職員は依頼を聞きに来た冒険者達にこう説明した。
その商人の妻は元々身体が弱かったのに加えメイディアの空気が合わなかったのか、長いこと体調を崩しがちだったという。それゆえ暫くの間生まれ育った村で療養を続けている。少年は母親に会うためにその村へ向かうだろう。
「ですが恐らく『母親に会いたい』と言うのが恥ずかしいのでしょう、少年は旅の目的を適当にごまかすはずだそうです。それに父親に頼まれた護衛がついたと解れば、少年は自尊心を傷つけられるでしょう」
少年は12歳。体格はいいほうで、同い年の子供と喧嘩をすれば殆ど勝てるほど運動神経はいい方だ。だが所詮その程度であって、道中を狙う盗賊やモンスターから身を守れるほどではない。
「どうにかして少年に近づいて旅に同行し、彼を無事に村へ送り届けてください。父親によると少年の所持金はそう多くないらしいので、旅装を調えるのも大変だろうとの事です。移動手段も安く済む物を探すでしょうから、その辺につけこむのもいいかもしれません」
ただあくまでも、父親に依頼された護衛だと悟られてはならない。不自然にならないような合流手段を考える必要があるだろう。
「そういえば少年の目的は母親の誕生日を祝うためらしいですね」
でもそれを素直に見知らぬ人に告げるのは、気恥ずかしいのだろう。思春期、反抗期の少年ゆえということか。
「若い故の勢いで飛び出たんだと思いますが‥‥。まぁ旅の先輩として色々教えてあげるのもアリかもしれないですね。商人の息子だったらそれこそいずれ仕事で旅をすることもあるでしょうし」
職員は「そういえば自分にもそんな若い時期があったなぁ」と呟きを洩らした。
●リプレイ本文
●子供のお守り開始
突然だが、ティファル・ゲフェーリッヒ(ea6109)は困っていた。ブレスセンサーを利用して少年の居場所を突き止めるつもりでいたのだが、辺りには旅準備を整える人達や商店、そこを利用する市民達‥‥つまりたくさんの人でごった返しているのである。ブレスセンサーで対象の大体の大きさや距離などは解るものの、どの呼吸が問題の少年のものなのかがわからないのだ。
「うーん‥‥」
唸りながらもとりあえず大人のものではなさそうな呼吸に向かって歩く。歩く、歩く。道なんて関係なく、探査結果に従って。少年が旅装を調えるならこの界隈にいるだろうとは思うのだが果たして‥‥。
「ティファルさん? っとと‥‥」
と、横道から突然出てきた女性――ティアフルとぶつかりそうになって慌てて声を抑えたのは音無 響(eb4482)。彼は道行く人に少年らしき人物を見かけなかったかと声をかけ、そして見つからないように尾行していたのだ。そこに突然、ティファルが飛び出してきたというわけである。
「響さんか? 丁度良かった、どれが問題の少年や?」
「あれですよ、あそこで大人と交渉して――あ、やっぱり断られてる」
荷物を馬車へ運んだり、これから共に旅に出る仲間かはたまた家族か、そういった相手と談笑している同じ年頃の少年達が存在する中で、一人の大人と交渉していた少年が肩を落とし、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「それなりにいい格好していますからね、家出少年だって見破られちゃうんでしょう。少ないお金でなんとか乗せてくれる馬車を探しているみたいなんですけど」
「なるほどな〜。家出少年を乗せて後で問題に巻き込まれたくないってことやろか。旅を重ねた商人やったらそれこそ目端が利いて家出だって簡単に見破られそうやしな」
「ですね」
ほな、行って来るわ、とティファルはきょろきょろしながら少年に向かって歩き出す。仲間との待ち合わせ場所へ連れて行ってもらうことで彼を自然に誘導する。迷子の演技も自然だ。だって本当に待ち合わせ場所への道がわからないのだから。
響は少年がティファルの願いを聞いて彼女を案内し始めたのを確認して、一足先に仲間の待つ場所へと移動を開始した。
「やあ、心配したよ。ティファルは美人だから人攫いにでも攫われたんじゃないかってね」
待ち合わせ場所に着いた二人をいきなりそう出迎えたのは鳳 レオン(eb4286)だ。
「彼女を連れてきてくれて有難う、助かったよ。急いで北の村に荷物を届けなくてはならなくてね、出発まで時間がないんだ」
「いや、たいしたことはしてねぇよ。ところで兄さん達、北へ行くのか?」
少年はその馬車に集まった統一性のない者達をぐるりと見回す。
「そうだよ。僕達皆目的は同じじゃないけど方向が同じだから、一緒に旅することにしたんだよ」
僕は村長さんに届け物があってね、とティス・カマーラ(eb7898)は梱包されたゴーレムバスターが載せられた荷台を指す。
「単独での旅は危険ですからね。西方では恐ろしい戦いが繰り広げられていますし。私は旅のクレリックです」
とはアルフレッド・ラグナーソン(eb3526)の言葉。
「我々はある商人から荷物を届ける依頼を受けた」
風 烈(ea1587)はティファル、フォーレ・ネーヴ(eb2093)、響、クリスティン・ロドリゲス(eb8357)を纏めてそう紹介した。
「俺はその商人に荷物の輸送と監視を命じられたってわけ」
レオンが締めくくる。
「わたくしはスケッチ旅行で‥‥こちらはお供の一太です」
木箱に座って膝にクロッキーを広げていたフィリッパ・オーギュスト(eb1004)は、礼服姿で後ろにだまって立つ瑞樹 一太(ec3561)を紹介する。少年の目には、フィリッパの優雅さもあって彼女達は何処かの貴族の婦人とその執事に見えたかもしれない。
「俺も北の村へ行きたいんだっ! でもどの馬車も、金が無いから駄目だとか家出少年はお断りだとかで乗せてくれなくて‥‥。詳しい理由はいえないけど、家出じゃないんだ。人に会いに行くんだ、だから、だからっ‥‥!」
これが最後の機会とばかりに少年は一気にまくし立て、頭を下げる。その頭を上げさせたのは響だった。
「そうなんだ‥‥なんだったら一緒に行く? 旅は道連れ世は情けっていうし。みんなもいいよね?」
「一人増えるくらい大して変わらないだろう。あたしは構わない」
クリイティンの言葉に数人が頷く。
「ただ一つだけ条件がある。賃金の代わりに雑用を手伝ってもらうというものだ。働かざるもの食うべからず、ただより高いものはない、情けは人のためにあらず」
厳しいように聞こえる烈の言葉だが、少年も元よりただで乗せてもらえるとは思っていなかったのだろう。それが肉体労働と引き換えで乗せてもらえるなら、と二つ返事で「やる!」と返事をした。
「そうだな、ティファルを案内してくれた御礼もあるし、一緒に行こう」
一応依頼人側の立場という事になっているレオンの一言で少年の同道が決定した。
「私、フォーレ。よろしく。君の名前聞いていいかな?」
にこにこ微笑みながら近づいた彼女に、少し照れたような表情で少年はイル、と告げた。
●働かざるもの食うべからず
「イル、私の代わりにテントを設置する手伝いをしてもらえないかしら?」
そろそろ野営の準備を、と馬車を止めてめいめい外へ降りた中、筆記用具を取り出したフィリッパが少年を呼び止める。クロッキーを描く時間が欲しいから雑用してくれれば代わりに毛布を提供する、と彼女は馬車の中で申し出ていた。少年はその話に乗ったのである。
「わかったよ、これでも商人の息子なんだ。ただで物がもらえるなんて思っちゃいねーよ」
「あら、商人の息子さんなのね?」
馬車の中で皆と会話をし、多少なりとも油断したのだろう。ついつい口を出た言葉に「しまった」という顔をしながら少年はテントを設置する男性陣の方へと駆け出す。
「とにかく俺に任せて、おねーさんは絵でも描いてな!」
「あらあら‥‥」
駆け出した少年の背中をフィリッパは笑顔を浮かべながら見守る。その後ろにまだ付き従うようにしている一太は、万が一少年の口から「おばさん」という言葉が出てきたら口を塞ごうと思っていたのだが、それは杞憂だったようで。
「あなたも他の人のお手伝いに行ってくれて構いませんよ? 集中したいので」
「じゃ、そうするね」
一応お付を演じているのでどうするか迷っていた一太だったが、ただそばについているのも手持ち無沙汰なもので。大人しく野営の準備を手伝う事にした。
「そこ、違うぞ。そう、そうだ」
テント設営の手伝いを指示する烈は少年の姿に在りし日の自分を重ねる。師匠も昔はこのような目で自分を見ていたのだろうかと。
「イル君、そっち終ったらこっち手伝ってくれないかなー?」
離れた所で食事の支度をしていたフォーレからの呼びかけに少年は大声で返事をする。あちらでは皆の保存食やアルフレッドがクリエイトハンドで作り出した食料を使っての支度が始められていた。
時には厳しく、時には導くように少年を交えての野営の準備は進んでいく。いつしか、やや頑なだった少年の心も解けはじめているように思えた。
「ねぇねぇ、イル君は何で一人で村に行こうとしたの?」
腹が満たされて人心地ついた頃合を見計らい、響が興味津々という様子で問う。一瞬動きを止めた少年を見て、言いたくなければ無理には聞かないよと付け加えて続ける。
「君を見てたら僕も小さかった頃を思い出してさ。夏休みに自転車で一人旅しようとして、失敗して両親にこっぴどくしかられた思い出」
苦笑する響。『ジテンシャ』という未知の単語に惹かれたのか、少年は彼の丁寧な説明に聞き入る。それは地球の知識のない他の冒険者達も一緒だった。
「‥‥笑うなよ。俺は母ちゃんに会いに行くんだ」
響の話を聞き終わった後、少年はぽつりと呟いた。この年で『母親に会いたいから家を飛び出した』なんて笑われると思ったのだろう、少し頬が赤い。だが、誰も笑いなどしない。むしろ優しく先を促してくれる雰囲気だ。少年は父とのやり取りをそのまま語って聞かせた。
「な? 俺は父ちゃんが悪いと思うんだ」
「なるほどな。ま、お前の言ってることも分からないでもないな。あたしにもこんな事をした時期もあったからよ」
「だろ!?」
クリスティンの言葉で自分の正当性が認められたと思ったのだろう、身を乗り出したその額を彼女は軽く小突く。
「だがな。結局のところ、お前がこうする事で父ちゃんにも母ちゃんにも心配かけるんだ。だから、帰ったら父ちゃんにしっかりと謝るんだぞ?」
「‥‥‥」
少年は不満そうな顔を見せて黙った。フィリッパがクロッキーを描く音と薪の爆ぜる音が沈黙に響く。
「誕生日とは、この世に産まれ、1年間無事に過ごせた事を祝い、他者がその人が生きている事を喜ぶ日だ。だから、その人の無事を祝う者が1人でもいれば、大丈夫さ。だが本当に誕生日を祝う者がイル1人しかいないのかな?」
「お父さんも、お母さんの誕生日を祝いたい気持ちは一緒じゃないかな?」
烈とフォーレの言葉に少年が口を開きかけたその時、近くで不審な物音がした。
「イル君は馬車の側で荷物を守ってて。重要な役目だよ、お願いするね」
ティスがリトルフライで浮きながら少年への指示を飛ばす。『重要な』と付け加える事で少年の自尊心を満たし、馬車の側で待機させる事で彼を護りやすくする。敵は恐らく略奪品だろうヘビーアーマーを着込んだ二足歩行の熊――バグベア数体だ。
「う、うわぁー、助けてくれー!」
この叫び声はレオン。大いに取り乱しながら馬車の陰に隠れる。
「兄ちゃん‥‥大人なのにかっこ悪いぜ」
「大人の俺が恐れるほど旅は危険が多いって事なんだよ。腕の立つ冒険者達が一緒で助かった」
レオンの姿を見て呆れた少年だったが、武器で、魔法で次々と熊達を倒していく冒険者達の姿を見てぶるっと身体を震わせる。
「セーラの教えに従い、あなたを守りますから安心してください」
少年へと熊の攻撃が届かないように立ち、告げるアルフレッド。突然の襲撃にも異形の怪物にも臆することなく立ち向かっていく冒険者達の姿に少年は感激していた。それと同時に大の大人であるレオンが怯えるほどに旅とは危険なものだ、と認識しつつある。フィリッパや一太は、懸命に馬車と馬を守るように立つ少年の膝が震えているのに気がついていた。一太に至っては、それをみてちょっと若かりし頃の自分を思い出したりして。
「もう大丈夫だよ、荷物を守ってくれて有難うね」
どのくらい経っただろうか、戦闘を終えたティスから掛けられたその声に少年は腰を抜かして座り込んでしまった。
「戦闘が終るまで立っていられただけでもたいしたものだ」
からかうようにクリスティンが言葉を投げかける。
「そうだね、偉い偉い♪」
フォーレにも褒められる。だが少年は呆けたように小さく呟いた。
「‥‥怖かった‥‥」
●経験と知識に
「あなたにセーラの加護がありますように」
「お母さん、早く元気になるといいね」
「旅は危険と隣りあわせだ、無茶も程ほどにするんだな」
アルフレッド、ティス、クリスティンの言葉に頷く少年。昨晩のモンスターの襲撃でその恐ろしさは十分に身に染みていた。
「うちらはこれでお別れやけど、そや、これうちからのお礼や」
この旅が、皆の教えが大人になるための良い社会勉強になったのならいいなと思いつつ、ティファルが懐から取り出したのは銀のネックレス。
「最初にうちを案内してくれたやろ? そのお礼と今回の旅の記念にプレゼントや。大切にしてくれるやろ?」
「もらっていいのか?」
頷いた彼女の手から少年の掌の上に、シャランと音を立てて銀のネックレスが置かれる。
野営の準備、警戒のコツ、その他諸々の旅の知識に旅に伴う危険。
それら全てが少年を育むよき知識と経験になるだろう。
いつか少年が本格的に父親の仕事の手伝いで旅をすることになった時、きっとこの冒険者と共に過ごした時間で得たものは役に立つはずだ。
別れを惜しむように手を振りながら母親の家へ賭けていく少年の姿に色々な思いを映しながら、冒険者達はそれを見送った。