茜空に泣く女
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや易
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月30日〜11月04日
リプレイ公開日:2007年11月09日
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●オープニング
●茜空に泣く女
陽精霊の力の弱まりによって、空が濃い赤に染まる時間――夕方。
メイディアの街中でその少女は空を見上げて静かに涙を流していた。
長い茶色の髪は2つのおさげに結い、色あせたリボンで止めてある。服装も地味な色の麻や綿を使った物で、全体的に地味な印象を与える十代後半の少女。
家路を急ぐ人の群れの中で邪魔にならぬよう道の端に立ちひっそり空を見上げるその姿は、少女の地味さもあいまって他人に見咎められる事はなかった。
「‥‥‥帰りたい‥‥」
ぽつりと口が動いたか動かないかも判別しがたいほど小さな声で呟かれたその言葉は街の雑踏にかき消されるはずだった。
「どこに?」
「!?」
返ってきた問いかけに驚いて自分の胸の辺りを見下ろす少女。そこには彼女のおさげに張り付くようにして、碧の羽のシフールが漂っていた。
「帰りたいってどこに? 今あんた泣いてたでしょ?」
「‥‥生まれ育った村に。もうすぐ作物の豊穣を感謝する感謝祭があるの」
「じゃあ帰ればいいじゃん?」
簡単に言い放つシフールに、少女は苦笑を浮かべて困ったように首を傾げた。帰れるならばこんな所で毎日のように空を見上げて泣いてなどいない。
「‥‥貴方にならきっと話しても大丈夫よね」
相手が小さいからかそれとも最初からなれなれしかったからか、変な警戒心は沸いてこなかった。逆に「なぜこんなに自分のおさげに張り付いているのだろう」という事は気になったが。
「茜色の空が闇色に染まったら、行かなければならないの――人を騙しに」
●ギルドによくある光景?
「美人局ぇ〜?」
ギルド職員はカウンターにちょこんと座った顔なじみのシフール、チュールの言葉に思わず素っ頓狂な声を上げた。
「あたしの馴染みの食堂でもさ、最近ちょこっと噂になりかけてたんだよね。凄い綺麗な女性に声を掛けられて路地裏に行った所で男が現れて、『俺の女に何をする!?』って因縁つけられた挙句、金品で解決させられた人がいるって」
「‥‥そういうのって不思議と訴え出る人少ないんですよね」
「そうそう、若い女にほいほいくっついていった挙句――なんて情けないこと吹聴できないし、ましてや奥さんのいる人なんて特に」
つまり、そこに漬け込んだ恐喝である。
「で、なんですか。貴方の知り合ったその少女はその片棒を担いでいると」
「正確には『担がされてる』だね。都会への興味もあって王都に出稼ぎに来たんだけど、その仕事中に冒険者の装備を汚しちゃったらしくてさ、『高いんだから弁償しろよ〜弁償できないなら身体で払ってもらうぜ〜』ってやつ」
「その『身体で』が詐欺の片棒でよかったといっていいのやら‥‥」
どこぞの貴族へ売り飛ばされたりしなかっただけ、彼女にとっては幸運な事なのかもしれない。
「細く長く利益が出るようにしたかったんじゃないの? ていうかさー、冒険者にもギルドで仕事を仲介してもらうまともな人もいれば、今回みたいな『冒険者くずれ』までピンキリだよね〜」
チュールはうぅむと唸って顔を顰める。
「装備汚したっていうのも事実だとしても、何度も何度も強請の片棒担がされるほどの額が弁償にかかるとは思えないんだよねー。しかもさ、衣装まであっちが用意してるんだよ?」
「そういえば美人局って美人じゃないと成立しないんじゃ‥‥」
「それがさ、すっごい地味な子だと思ってたらさ、化粧して髪の毛下ろしてしっかりした服着ると凄い美人になるんだよ! その冒険者の仲間の女の腕もいいんだろうけど」
チュールは興奮したように身を乗り出す。よほどその豹変っぷりが凄いのだろう。
「ちょっと待ってくださいよ。ということは、みすみす美人局の被害者が出る現場を見ていたと?」
「その代わり相手の情報はバッチシだよ!」
そういう問題じゃない、とつっこみたくなるのを職員は寸での所で堪えた。
「冒険者の4人組。そんなに手練れには見えなかったね。がたいのいい男と、ひょろっとした男と、ヒゲの男と、魔法使いっぽい女」
「で、その四人を懲らしめて彼女を助け出して欲しい、と。でも冒険者に依頼を出すお金があるなら弁償に使った方がいいんじゃないですか?」
「ああ、これあたしからの依頼だから。その冒険者達を懲らしめて彼女を助けて、で彼女を村に帰してあげるまでが依頼」
人差し指を立てるようにして「わかった?」と念を押すチュールを職員はじとーっと見つめる。
「あなた、彼女から何か貰いましたね?」
「(ぎくり)」
「ただで冒険者を雇うお金を肩代わりするなんて性格じゃないでしょう、あなたは」
「いやさぁ‥‥ほら、知り合いに頼めればよかったんだけどね? 金髪のあいつは勤め先を辞めて彼女と村へ戻る為に、警備の引継ぎとかで忙しいらしくてさ? かといってあたし一人でどうこうできる問題じゃないし。憲兵に訴え出ても証拠がないから冒険者達が彼女一人に罪をなすりつけることも考えられるじゃない?」
そう、このシフールには変な趣味があるのだ。『長年大切にされたもの』『思いの籠ったもの』を収集するという。それが例え路肩に打ち捨てられたガラクタであっても、彼女の目にはお宝と映る可能性があるのだ。
「何を貰ったんですか」
「無理矢理貰ったわけじゃないからそう怖い顔で睨まないでよ〜。彼女のつけていたリボン。色褪せていたけどすごいイイ感じだったんだよ。本当にイイモノはお金じゃ買えないんだよ?」
ほぅ、と感嘆の溜息を吐くチュールに職員は別の意味で溜息をついた。
「解りました、じゃあ一応冒険者を募ってみますから必要事項を記入してください」
「はぁ〜い。いつもありがとー」
形ばかりの礼を言って、彼女は書類と向き合った。
●今回の参加者
ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
ea8773 ケヴィン・グレイヴ(28歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
eb1004 フィリッパ・オーギュスト(35歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
eb2093 フォーレ・ネーヴ(25歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
eb3445 アタナシウス・コムネノス(34歳・♂・クレリック・人間・ビザンチン帝国)
eb4099 レネウス・ロートリンゲン(33歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
eb9356 ルシール・アッシュモア(21歳・♀・ウィザード・エルフ・メイの国)
ec0844 雀尾 煉淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
ec0993 アンドレア・サイフォス(29歳・♀・ファイター・人間・メイの国)
●リプレイ本文
●茜空に泣く女
「すいません」
少女は突然掛けられた声に、水を撒く手を止めて顔を上げた。見れば見慣れぬ女性。その肩にはリボンをあげたシフールがちょこんと座っていた。
「お仕事中でしたか? 実はこのチュールから貴女の話を聞いて親近感を感じまして。私も村から出てきたもので。少しお話したいなと思いまして」
「そうそう、この人あたしが頼んだ冒け‥‥んぎゃ」
話しかけたアンドレア・サイフォス(ec0993)は信頼できるよ、とでも後押ししたかったのだろう。だがそのチュールの言葉は余計な単語を口にしようとしたところでアンドレアに『きゅっと』中断させられてしまった。
「そうですか、貴女も村から‥‥チュールさん、大丈夫ですか?」
少女も親近感を抱いたのだろう、柔らかい表情を見せ、苦しげにしているシフールを見やる。
「ああ、大丈夫です。物を食べながら喋るから喉に詰まらせたのでしょう」
『きゅっと』した手を離しながら飄々と告げるアンドレア。咳き込むチュールをよそに二人の村娘の話は弾む。地元の話、街に出て来てからの話――だが夜はどこにいるのかという話になると少女は怯えたように一瞬口をつぐみ、「住み込みで働いているので部屋に」とぼそりと告げた。アンドレアはそれ以上追求しようとはせず「お仕事中すいませんでした。またお話しましょう」と告げて場を辞する。ふ、と曲がり角で振り返っると、悲しそうに水撒きを再開する少女が映った。
「(‥‥必ず帰して見せますよ。貴方にはまだ、帰る場所があるのですから)」
「そこのお姉さん、お店に綺麗なお花飾らない〜?」
飲食店の店先で看板を拭いている少女に声をかけたのは、ルシール・アッシュモア(eb9356)だ。地味な服装にスカーフを被り、手にした籠には秋の花が詰められている。
「碧羽の妖精さんにお姉さんの事を頼まれたんだけど」
花を見せる動作で自然に彼女に近寄り、耳元でそう告げると少女の顔色が一瞬変わった。ルシールは目配せで「あまり派手に反応しないで」とお願いしてみる。
「お姉さん、この四つの花の名前と種類しってる〜?」
幸いにも辺りに彼女を監視するような者の気配はなかったが、念の為に四人の冒険者崩れの事を花に例えて訊いてみる。彼女に通じるだろうか?
「四つの花‥‥‥‥ああ」
少女はしばし考えていたが最後にはルシールの意図を悟ったらしく、小声で四人名前と加えて「これは水辺に咲く花ですね」との気の聞いた言葉を返してきた。女魔法使いの使う魔法はどうやら水魔法のようだ。
●美人局
「ねぇそこのお兄さん、私と一緒に一杯飲まない?」
空に月精霊の輝き増す頃、それは予定通りの誘いのはずだった。だが予定通りでなかったのは――
「(これ、本当に彼女ですか!?)」
――少女の変貌ぶりに他ならない。
囮役として事前に少女と顔合わせをしていたアタナシウス・コムネノス(eb3445)だったが、今目の前にいる女性がその少女と同一人物なのか咄嗟に判断できないでいた。だがよくよく見ると髪の色は同じ茶色で、あまったるい声を出しているものの、声も同じだと思えた。
「(いい素材は磨けば光るということですね)」
そんなことを思いながらアンドレアは少女の誘いに下卑た笑いを浮かべてついていく――彼の名誉の為に付け加えておくが勿論演技だ。
路地に入った二人を少し離れた所からそれぞれ見守るのはフォーレ・ネーヴ(eb2093)、フィリッパ・オーギュスト(eb1004)、雀尾 煉淡(ec0844)、レインフォルス・フォルナード(ea7641)、アンドレアの5人。中でも少女の身の上に親近感を感じたアンドレアに続き、レインフォルスはかなり怒り心頭だった。
「‥‥罪を押し付ける可能性も高いからな‥‥ああいう奴らは」
少女を仲間に引き込む事も計画的に考えていた可能性がある、と彼は思っていた。いたいけな少女を計画的に罠にはめ、脅して犯罪の片棒を担がせる――彼でなくても怒りだしたくなる。
と、少女とアタナシウスに続いて路地に入った男が一人。続いてアタナシウスの物と思える「逃げて!」という大声が響く。その声に素早く反応して5人の冒険者達は路地の入り口を固めるために走った。
少女はアタナシウスの張ったホーリーフィールドに守られるようにして壁に寄りかかっている。路地の奥にひょろりとした男とヒゲの男。アタナシウス(+少女)と冒険者達に挟まれるような位置に、後から路地に入ったがたいのいい男。男三人に共通しているのは予想していなかった増援に「何だお前達は!」とお決まりの文句を吐いた事である。
「あなた方を懲らしめに参りました」
ホーリーフィールドを展開して退路を塞ぐ形を取った煉淡が静かに言う。
「悪い子達には軽くお仕置きをして差し上げなくては。そうですねぇ‥‥ずっと眠らせないとか溺れさせるというのが随分と効くそうですわ。まぁ、こんな所に酒樽が!」
上品なフィリッパの口から発せられた恐ろしい言葉に背筋をぞわっと撫でられた男達には、そのあとに付け加えられた「冗談ですのでお気になさらず」という言葉が聞こえていない。むしろ、冗談に思えない迫力が彼女の笑顔の裏には隠されている気がした。
「いくよっ!」
フォーレの投擲した縄ひょうががたいのいい男を狙う。同時にレインフォルスも動いた。
「恥知らずが‥‥」
「おい!」
奥に位置するヒゲの男の指示でひょろりとした男が裏口から民家へと入っていく。恐らく形勢不利と見て逃げるか、仲間を呼びに行くかのどちらかだろう。しかし路地にいる六人の冒険者達はそれを見ても焦る事はなかった。彼らのその行動も想定内だったからである。
ひょろりとした男は民家内外に詰めている仲間を信頼して任せ、一同は残りの男達と対峙する。フォーレとアタナシウスは少女を守るように位置取り、レインフォルスとアンドレアががたいのいい男とヒゲの男を相手にしている。それをフィリッパと煉淡がサポートしていた。
命を奪うことが目的では無いから手加減をしているとはいえまっとうな冒険者と、犯罪に手を染めた冒険者崩れ。どちらが強いかなんて明言するまでもない。
裏口から民家へ入ったひょろりとした男が見たのは、にわかに信じがたい光景だった。だが、頭のどこかが警鐘を鳴らし、身体がその場に留まるのをよしとしなかった。
ルシールのブレスセンサーのスクロールで室内が女性一人になったのを確認すると、ケヴィン・グレイヴ(ea8773)はインビジブルのスクロールと隠身の勾玉と自身の技能を駆使してこっそりと民家内に忍び込んだ。そして窓から外を覗いていた女性が仲間の不利を悟り、出ようと動いた所を背後から首筋に一撃叩き込み、気絶させて抑えたのである。その瞬間、ひょろりとした男が入室してきたのだ。
「っ!?」
男は一瞬で事態を理解すると、抑えられた女を無視して出口へと駆け出す。
「行ったぞ!」
ケヴィンの言葉に外から玄関の扉が開かれる。
「やはり、こちらにも来ましたか」
「愛を偽り悪事を為す、なんとも許せませんね」
いきなり開かれた扉の先に立つ二人の男性に驚きつつも勢い止まらぬひょろりとした男。その勢いも加算されてか、ルイスの構えた木刀を鳩尾に深く食い込ませてがふっと呻く。そこにすかさずレネウスの攻撃が入る。もちろん峰打ちだ。
「再びこのようなことを行うことがないよう十分に反省してもらいたいですね」
部屋の中で昏倒している二人の冒険者崩れを見て、レネウスがやれやれと溜息をつく。
「目が覚めたら悪事を吐かせよう。まあ許しを請い、心を入れ替えて民の為に働くならば助けてやらぬこともない」
「再び悪事に手を染めれば、またきっちりお仕置きしますよ、と