生命の誕生に祝福の花束を
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 56 C
参加人数:10人
サポート参加人数:2人
冒険期間:11月14日〜11月20日
リプレイ公開日:2007年11月21日
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●オープニング
「あれ、シリウスさん、実家にお帰りになるんじゃ‥‥」
「‥‥‥これからな」
額に三日月の傷を持ち、金色の髪を持った彼は『金色のシリウス』という二つ名を持ち合わせていた。だが今は彼にその二つ名を与えた主の屋敷を辞すことが決定していた。一時期自分の寂しさを埋めるかのように彼に対して恐ろしいほどの執着を見せたその主は、今は幸せいっぱいでそれを他人に分け与える心の余裕さえ持ち合わせているという。
「ああ、なるほどって‥‥え?」
ここは冒険者ギルド。待合用にと置かれた椅子に座っている彼の恋人の姿を見つけて納得する職員。だが次の瞬間、その彼女が親しげに話している女性に目が釘付けになる。
「‥‥まさか、シリウスさんの隠しご‥‥」
振り返った職員はシリウスの一睨みに皆まで言えずに押し黙る。シリウスの恋人レーシアが親しげに話している女性は、大きなお腹で大儀そうに椅子に腰掛け、だが愛しげにそのお腹を撫でていたのだ。
「‥‥村へ帰るために同乗させてくれる馬車を探していたら知り合っただけだ。‥‥臨月らい。旦那が戦場へ行ってしまった為実家を頼って出産するつもりらしいが、乗せてくれる馬車がなくて困っていた」
そりゃああの大きなお腹を見れば、もしも道中に産気づかれでもしたら厄介だと普通は思うだろう。
「‥‥‥レーシアがどうしても送って行ってやりたいといって聞かなくてな」
つ、と談笑する女性二人に目をやるシリウス。つられて目をやった職員は、まだふくらみを見せない自分の腹を愛しげに撫でるレーシアの姿を見て得心がいったと口を開く。
「なるほど。やることはやっ‥‥」
またもやシリウスに睨まれ、言葉を引っ込める。
「‥‥レーシア一人だったら俺一人で守って見せるのだが、妊婦二人となると物騒な道中護りきれる保証はない」
「だから護衛を雇いたいと」
「端的に言えばそうだな‥‥。それに万が一お産が始まっても、俺にはどうする事も出来ん‥‥。レーシアは村で赤子を取り上げる手伝いをしていたから何とかなることはなるだろうが‥‥それも一人では大変だろう‥‥」
お産は数分で終るというものではない。長時間の、いわば『戦い』だ。万が一道中お産が始まり、そこを盗賊やモンスターに狙われでもしたら確かに有能な貴族の私兵だったシリウス一人では護りきれるとは言いがたいだろう。
「もし道中でお産が始まったら、馬車もその場でお産が終るまで止めなくてはならないでしょうしね」
「ああ‥‥。だから手を借りたい」
「解りました、手配しましょう。これから生まれれる命を守るために」
ギルド職員は勇んで書類の作成に取り掛かった。
●リプレイ本文
●生と死の壁
妊婦を乗せた馬車は緩やかに街道を走っていた。
今回同行する冒険者達のみならず、その友人にまで気を使ってもらい手を加えられた馬車は、快適な旅ができるように設えられた。その上万が一道中お産が始まっても対処できるように沢山の毛布や清潔な布、水、湯沸し用道具なども冒険者の騎馬に分担して積み込まれている。念の為にと薬草やライト、滅菌に使用できるとということでライターなどの稀少品まで集められた。
シルビア・オルテーンシア(eb8174)の下調べにより道程は揺れと危険が少ない物が選ばれ、馬車も揺れが少ないように、過ごしやすいようにと皆が心砕いた物に仕上がり、旅は順調に進んでいった。
「‥‥怖くはないですか?」
二日目の夜、利賀桐真琴(ea3625)が腕を振るい美味しく料理した保存食を戴いた後その問いを口にしたのは同じ妊婦であるレーシアだった。その問いに冒険者達が静まり返ったのは、その問いの真意を解したからか、あるいは解せなかったからか。
「怖くないとは言い切れないけれど‥‥ね」
妊婦はそういって目を細める。
この時代、チキュウのように出産に対する整った医療設備はなく、よって無事に出産を乗り越えられる可能性もチキュウに比べると恐ろしく低い。出産時にトラブルが起きても対処の施しようがないことが多いのだ。また生まれる子供が五体満足とは限らず、その上出産後の状況によっては子供を産んだものの母体が危うくなる可能性も高い。そしてなんとか無事に生まれてこれたとしても、その子供が無事に幼年期を越える可能性も低いのだ。
「新しき命が生まれるということはとても神聖なことです」
揺らぐ焚き火を見つめ、シェリー・フォレール(ea8427)がぽつりと呟いた。治療院を営んでいるという彼女は、いくつかお産も見てきているという。同じく大家族ゆえ何度もお産を見、手伝う機会を得ていたというレフェツィア・セヴェナ(ea0356)も生命の誕生の裏にある大きな『乗り越えなくてはならない壁』を知っているのだろう、「命が誕生する瞬間っていうのは何事にも代えられないよね」と相槌を打つ。
同じく村でお産の手伝いを何度かしたことのあるレーシアも、その『生死の狭間の壁』を見てきている。それ故自らがこれからそれに立ち向かう事への恐怖が、先の質問を紡ぎだしたのだ。
「確かに私のいた世界から考えると、こちらの世界の医学はお産に限らず原始的ね。それでも生存率を高める為に出来るだけのことはみんなするでしょうし、今回私達も出来る限りのことをするつもりで準備をしてきているから」
少しでも妊婦を安心させようと、自信の笑みを浮かべたのは月下部有里(eb4494)。
「恐怖と危険が待ち受けているとわかっていても、人は新たな命を生み出そうとすることを辞めませんよね。それはどうしてでしょう?」
「きっと、女性にはそれを乗り越える力があるからじゃないかな?」
優しく問うたフィリッパ・オーギュスト(eb1004)に対し、明るく答えたのはメリル・スカルラッティ(ec2869)。
「女は俺達男にない強さを持っている‥‥」
言葉数は少ないが、レインフォルス・フォルナード(ea7641)のその呟きには「だから大丈夫だ、安心しろ」という優しさが込められているように思える。
「女性には新しい命を生み出すという素晴らしい力と共に、それらに伴う恐怖や苦痛を乗り越える力も与えられていると思いますよ。私達男性にはない、重要な力です」
ルイス・マリスカル(ea3063)も優しく言葉を紡ぐ。男性である二人には出産に伴う不安や恐怖など想像する事さえ出来ないが、だからこそ新しい命を生み出すという偉業を成し遂げる女性の力は凄いと思わざるを得ない。そしてその新しい命の為に剣を振るうという状況に喜びと、そして責任を感じていた。
「そういうこと。自分の中で育っていく命を実感できるようになると、どんなに辛くても乗り越えてこの子を抱いてやるんだ、って思えるようになるから」
冒険者達と妊婦の励ましに安心したのか、レーシアはまだあまりふくらみの目立たぬ腹部に触れて何度も頷いた。
「ところでーレーシアさんの赤ちゃんはいつ生まれるの?」
「えぇと‥‥恐らく来年の4月下旬から5月頭頃だと思います」
「ふむふむ、ということはー」
問うてなんだか指折り数え始めたルシール・アッシュモア(eb9356)に、レーシアの後方で黙って話を聞いていたシリウスの鋭い眼光が飛ぶ。
「ルルちゃんが冒険者呼んでお庭でパーティ開いた頃かな? チューちゃんがシリウスさんとレーシアさんをデートさせてって依頼してきた時?」
計算を終え、ぱっと明るく言ったルシールの言葉にレーシアがむせる。何を計算していたかと思えば。ま、お約束ですから。
「ほうほう、何かあったでやすか?」
真琴が興味津々で問う。諦めたかのように若干ふてくされたままそっぽを向いたシリウスを見て、安心してルシールはその時の事を語って聞かせるのだった。
●二つのたたかい
妊婦はその夜更けに破水しその後断続的な陣痛が続いてはいたが、陽精霊の輝きが落ちてもお産の進む気配はなかった。冒険者達は内心そわそわしながらも近くの小川から水を汲んで湯を沸かしたり、周辺警戒に余念がない。
「ちょっと外のお湯の様子を見てくるわ」
と、有里が突然妊婦の側を離れた。だがそれだけで馬車内にお産介助として残っていたレフェツィアとシェリーには『何かあったのだ』とわかる。先ほどの口実は、この中で一番医学に長けた有里がわざわざ自ら動くような理由ではない。恐らくブレスセンサーで何かを探知したが、長時間の陣痛で苦しんでいる妊婦を不安にさせないためにその場で口にするのを避けたのだろう。
「さぁ、大丈夫ですからね、ゆっくり呼吸をして赤ちゃんに空気を届けてあげてくださいね」
シェリーが、たたんだ毛布を背凭れにして座位を続けている妊婦の腰をやさしくさする。
「赤ちゃんも、頑張ってるからね!」
レフェツィアも不安は微塵も見せずにペットボトルを妊婦の口にあて、予め入れておいた水で口内を潤させる。
「何か来るわよ。恐らくモンスターの類だろうけど」
馬車を降りた有里は、焚き火の側に集まる仲間達に告げた。
「わかりました、フォックスにも警戒させます」
「忍犬にも警戒させるでやす。有里殿は中へ戻ってて下せぇ」
シルビアと真琴の言葉に有里は「頼んだわよ」と言い置き、再び馬車内へと戻りその幌を下げる。仲間達から借りたライトやランタンで内部の明かりには不自由しない。
と、上空から辺りを警戒していたメリルの鷹がスッと彼女の側に降り立った。
「なにかいたんだね?」
「何か来る音がするよ!」
その聴覚を持って敵の足音を捕えたルシールが注意を促す。と、敵の姿が見えた。白い体毛の大猿が数匹――旅人の食料を狙って集団で出てきたのだろう。
「出来るだけ大きい音を立てないように‥‥妊婦が不安になるからな」
レインフォルスが剣を抜き放ち、馬車から少し離れた所で迎え撃つ体勢をとる。
「ホーリーフィールドを張ります。馬車の護りは私達に任せてください」
フィリッパの作り出した目に見えぬ球体が、馬車を中心に護りの壁として顕現する。
「深追いは禁止です。追い払えれば良しと考えましょう」
ルイスの言葉に皆一様に頷き、身構えた。
「じゃあ始めるよ。マグナブロー!」
円柱形の炎がこちらに突進してくる白猿数対を巻き込む。ルシールの放ったその炎の勢いに怯えて逃げ去る個体もいたが、勇猛果敢に向かってくる個体もいる。
「一緒に逃げておけば、今命を失うこともなかっただろうに‥‥運が悪いな、手加減できそうにない」
向かってきた1体を、後方からシルビアの支援を受けてレインフォルスが斬り上げる。
「血生臭ぇのは胎教に良くねぇ、早々にお帰り願ぇやす」
馬車に近寄ろうとする個体に素早く接近した真琴は、二刀でそれを迎撃する。そこに加勢して大猿を斬ったルイスが辺りを見回し、呟く。
「これで力の差を把握して逃げてくれればいいのですが」
向かってきた個体に対してはメリルのウィンドスラッシュも容赦なく斬りつけている。ルシールのマグナブローは少し離れた所で様子を窺うようにしている白猿に炎を浴びせ、怯えた猿共を蜘蛛の子を散らすように逃げさせる。
「用心の為、もう暫く張り続けましょう」
白猿は殆どが逃亡、数匹撃破という結果になったがフィリッパは念の為にホーリーフィールドを張り続ける。
そういえば馬車の中はどうなっただろうか?
誰もがそんな疑問を覚えたとき、車内から叫び声が上がった。
●産みの苦しみ
「いやぁぁぁ! もう、助けてぇぇ!」
馬車の中では長く続く陣痛、中々降りてこない赤ん坊に精神的に追い詰められた妊婦が、半ば恐慌状態に陥っていた。痛みに耐えられずに暴れようとする妊婦を、レフェツィアとシェリーが押さえ込む。
「赤ちゃんだって頑張っているんだよ、お母さんがそんな弱音を吐いてどうするの!」
「もうすぐ、もうすぐですからまだいきまないで、ゆっくり息を吸って、吐いて‥‥」
「やっと、頭が見えてきたわ。もう少し、もう少しよ」
有里の言葉に正気を取り戻したのか、妊婦は暴れるのをやめる。
「ゆっくり息を吸って――止めて!」
子宮口が十分に開いたのを確認してレーシアが呼吸の指示を出す。無理をして子宮口が裂けては困るので、判断は慎重になる。
「吐いて、もう一度吸って――止めて!」
何度目になるだろうか、レフェツィアやシェリーが励まし、有里が真剣に見守る中ついに赤ん坊が母体から出てきた。その顔を有里が素早く暖かく湿った布で拭き取り、自発呼吸を促す。だが
――泣かない‥‥?
母親の荒い呼吸だけが響くしん、とした馬車の空気に、外で朗報を待つ冒険者達も息を呑む。
「そんなっ!」
ここまで頑張ったのに、こんなことなんて!?
有里は反射的に赤子の両足を持ち、逆さにしてその背中を叩いて刺激する。
「お願い、泣いて!」
ほぇ、ふぎゃ‥‥
すると、小さな小さな声が。慌てて赤子を抱きなおしてその顔を確認する。と
「ほぎゃああぁぁっ! ほぎゃあぁぁぁっ!」
耳をつんざくほどの大声。それは馬車の外にも勿論響き、外からは「やったぁ!」という歓喜の声が聞こえる。
ほっとしたのもつかの間、赤子を任されたレフェツィアとシェリーはルイスから預かった清らかな聖水でその身体を拭き、清潔な布で包んでいく。有里は母体の様子を診察していた。
「出血がしっかり止まるまで安心は出来ないけど‥‥無事、生まれたわ、男の子よ!」
後半は馬車の外に向けて。後始末が終るまでまだ馬車内に他の仲間を入れるわけにはいかないけれど、喜びは分かち合いたいから。ルシールやシルビアは名前はどうするのだろうと嬉々として話を始める。フィリッパはそれに妥協案を出しながらも、嬉しい時間を共有することに笑顔を浮かべていた。
「シリウスの旦那、これを受け取って下せぇ」
「?」
無表情にほっとしたものをにじませているシリウスに真琴はすすっと近寄り、日本刀とかんざしを差し出した。今日という日の記念に、そして二人の子供の無事を願ってだと彼女は言う。シリウスはありがとう、と頷いてそれらを受け取った。
「はい、お母さん」
レフェツィアに赤子を渡されて、その命の重みに母親は涙を流した。十何時間にも及ぶ戦いで身体は疲れきっているはずなのに、その重みを感じると全てが吹き飛んでいってしまいそうだった。
「新しい命にセーラ様の祝福とご加護を。そして皆様にもセーラ様のご加護がありますように」
シェリーの祈りの言葉が、歓喜に満ちる場内に浸透していった。