氷花〜閉ざされた老人の心〜

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:10人

サポート参加人数:3人

冒険期間:12月03日〜12月08日

リプレイ公開日:2007年12月09日

●オープニング

「もうろくしたと思うな、出て行け!」
 どんっと杖が床を叩く音が屋敷内に響く。老人のその一喝で『客人』達はすごすごと引き下がり、屋敷の敷地を出て行った。
「ちっ、誰だよ、死に掛けたボケじじいが財産溜め込んでるから、家族に成りすまして遺産を戴こうなんていいだしたのはよー」
 そんな呟きが去り行く男女から漏れ聞こえる。
「金にしか目のない卑しい輩どもが‥‥確かこういうときは玄関に塩でもまいておけ、と言うんだったか‥‥」
 先ほど自称息子・娘を名乗る者達を怒鳴りつけた時とは別人の様な疲れ果てた顔をして、老人は階段を昇り自室のベッドへと座り込む。呟いたのはかつて、天界から来たという知人が教えてくれた言葉だったか。
「なーに、また『自称・子供、孫』達が来たの?」
 老人がベッドへ寝転んだのを見計らって開かれていた窓から室内へ入り込んだのは、碧の羽根のシフールだ。当然のようにその窓枠に座り、老人に話しかける。
「おぉ、妖精さんか。あんな卑しい輩達の事はもう良い。いつものように何か話を聞かせておくれ」
「怒鳴るだけで無事に追い返せているうちはいいけどさぁ、実力行使に出てきたら危なくない? この家、じいさんと通いの家政婦さんしかいないんでしょ?」
「大丈夫じゃ」
「でもさ」
「大丈夫じゃ!」
 とても病気の老人とは思えない大音声で一喝され、シフールは説得を諦めることにした。
「じゃあ今日は、三年前に村を出て行った恋人を追いかけて街へ出てきた村娘の話ね」
 シフールが話を変えたのに満足気に頷き、老人は目を閉じてその声に耳を傾け始めた。


 彼女が良く訪れる冒険者ギルドのカウンターに、今日は黒髪黒瞳の青年が座っている。
「あれ〜今日もお手伝い?」
「ええ。彼が休みなもので」
 カウンターに座っている職員代理の支倉純也は柔らかい微笑を返す。彼は時折友人であるギルド職員の仕事を手伝ったり、時には冒険者と共に依頼に出かけたりと柔軟に活動をしている。
「チュールさんは本日はご依頼ですか?」
「うん。実はね〜ちょっと前から話し相手をしているじいさんがいるんだけど、病気でもう長くないんだって」
「それはお気の毒に‥‥」
 純也はまるで自分の身内の事のように、悲しそうな顔をする。
「じいさん、昔は商人として財産を作った人で、大きなお屋敷に住んでるんだけどさ、その遺産を狙って自称子供や自称孫が沢山現れるんだよ。だけどじいさんはボケてたりしないから、その人たちが偽者だってわかるし、一喝して追い返しちゃうんだけどね。どうやらそれに飽き飽きしたらしくて――もしかしたら一喝する体力がなくなってきているのかもしれないけれど」
「‥‥‥」
 純也は悲しげな表情のまま、チュールの話を聞いている。
「そこでじいさんが言い出したんだ、爆弾発言を」
「爆弾発言?」
「『五日間屋敷に住み込み、自分の気に入る話を聞かせてくれた冒険者に自分の財産を譲る』って」
 老人の財産がどのくらいあるのかチュールは詳しくは知らない。だが財産目当てで偽親族が現れる位だから、少ないという事はあるまい。
「でも私が思うに、じいさん強がっているけど寂しいんだと思うんだ。奥さんは娘さんを生んだ時に亡くなって、その娘はもうずーっと前に駆け落ちしちゃったんだって。それからずっと一人」
「それは‥‥お気の毒に。寂しいでしょう‥‥」
「だからさ、冒険者達が滞在する五日間、その間だけでも家族ごっこしてあげられないかなって思うんだ」
 家族ごっこ――それぞれ娘や孫や兄や妹やら役を決めて、それを演じるという事か。
「老い先短いじいさんにさ、少しでも家族の暖かさを味あわせてあげたいと思うんだ」
「そうですね、それはいいことだと思います。でも遺産はやはり、その娘さんたちに譲るべきでは――いえそれ以前に娘さんにお父さんの余命があと少しだとお教えした方がいいのでは?」
「それがさー‥‥」
 純也の最もな提案にチュールは深く溜息をついた。
「じいさんも頑固でさ、『娘なんてとうの昔に捨てた』としか言わないんだよ。でも、一緒に暮らしている間にその心を少しでも溶かせれば、情報を得る事は出来るかもしれないよ。5日間のうちに探して会わせるのは無理だとしても」
 娘の情報収集は依頼に含まないとチュールは言う。彼女が依頼するのはあくまで「五日間じいさんと擬似家族を演じ、じいさんに家族の温かみを教えてくれること」プラス「自称親族が現れた時(武力行使もあるかもしれない!)の対処」である。老人の娘についての情報収集をするかしないかは自由だ。
「誰か、老い先短いじいさんの心を少しでも安らがせるのに協力してくれる人、いないかなぁ?」
「それでは冒険者を募ってみましょうか」
 純也は意外と面倒見のいいこのシフールを優しい瞳で眺め、書類の作成に掛かった。

●今回の参加者

 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea1587 風 烈(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3972 ソフィア・ファーリーフ(24歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea9494 ジュディ・フローライト(29歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb0754 フォーリィ・クライト(21歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb1004 フィリッパ・オーギュスト(35歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb2093 フォーレ・ネーヴ(25歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 eb6729 トシナミ・ヨル(63歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb9356 ルシール・アッシュモア(21歳・♀・ウィザード・エルフ・メイの国)
 ec2869 メリル・スカルラッティ(24歳・♀・ウィザード・パラ・メイの国)

●サポート参加者

バルバロッサ・シュタインベルグ(ea4857)/ イェーガー・ラタイン(ea6382)/ リュボフィ・ブリューソフ(ec3695

●リプレイ本文

●家族
 冒険者達は老人の遺産を目当てに話を聞かせにきたわけではない事を強調した上で、老人宅で五日間の擬似家族体験をする許可を得た。なんだかんだ言いつつも寂しいのか、それともただの退屈しのぎなのか、今の段階では老人の心を計ることは出来ないが何はともあれ全てはこれからだ。


 建物とは人が住まなくなると自然と暗く影が落ち、劣化していくもので。家事を請け負おうとしていたフォーレ・ネーヴ(eb2093)、ジュディ・フローライト(ea9494)、メリル・スカルラッティ(ec2869)が初めにしなければならないことは、自分達の寝床確保だった。
 老人の家は老人一人が住むにはあまりに広すぎて、使っていない部屋が多数あるものの通いの家政婦も一人では全てに手が回らないということで、空き部屋には殆ど掃除の手が行き届いていなかったのだ。
 ばふぅ‥‥
「ま、まずは窓を開けなくては」
 軽く振動を与えただけでベッドから立ち上る埃を見て、ジュディは口元を押さえて急ぎ、窓際へと向かう。
「これは掃除のしがいがありそうだね〜ジュディ姉さん」
 隣の部屋で同じく窓を開けたフォーレが顔をだして笑う。
「幸いいい天気だし、頑張ろう、お姉ちゃん達!」
 反対側の窓からメリルが顔を出した。やる気満々だ。
「そうね、頑張りましょう」
 まるで本当の妹が出来たようなくすぐったい思いを感じながらも、ジュディは腕まくりをして微笑んだ。


「ソフィー姉さん、グライス兄さんについてなくていいの?」
 庭の大樹と対面しているソフィア・ファーリーフ(ea3972)に、買出し兼情報収集にと家を出てきたルシール・アッシュモア(eb9356)が声をかける。二人は老人グライスの姉妹という役柄だ。ルシールに至っては後ろ髪を1つシニヨンに纏めて格好も凝り、気分だけでもおばさんっぽくと。
「今はトシナミ兄ぃがお話の相手をしてくれていますから。ルシーは買い物?」
「うん。ついでに商人ギルドにも当たってくるよ。ソフィー姉さんは、もしかして?」
「ええ。グリーンワードで娘さんの話を伺っていたの。この樹は小さい頃の娘さんを知っているみたいね」
 ソフィアは樹皮に手を当て、大樹を見上げる。簡単な答えしか得られないが、樹が娘さんとの思い出を持っている事は確かなようだった。それが手がかりに繋がるかといえば一概に是とは言えないのだが。


 コンコンッ
「お父様、トシナミ叔父様、お夕食の準備が整いましたわ」
 行儀見習いから戻った娘役を演じるフィリッパ・オーギュスト(eb1004)が老人の寝室をノックし、扉を開ける。
「おお、フィリッパや、もうそんな時間じゃったか」
 窓枠に座るようにして自身の体験談を意気揚々と語って聞かせていたトシナミ・ヨル(eb6729)は、時間が経つのをすっかり忘れていたようで。
「わかった」
 老人は時々質問を挟むものの殆どは聞き手となっていたが、最後に一つトシナミに質問を投げかけた。
「何故そんなにもその少女のことを熱心に語るのだ?」
 その質問にトシナミは、遠い目をして答える。
「孫みたいに可愛かったからのう‥‥。わしにもし孫がいたのなら‥‥」
「孫、か‥‥」
 トシナミの言葉につられたのか、老人も呟く。だがその視線は窓際のトシナミを見ているようにも見えるのだが、窓の板戸の透かし彫りの先の遠い空を見ているようにフィリッパには見えた。


「ご飯食べたらじいちゃんの膝の上に乗ってお話したいな〜」
 こんなにこの屋敷がにぎやかになるのは果たして何十年ぶりなのだろう。老人はそんなことを思いながら集った冒険者達を眺める。
「まてフォーレ。次は俺が親父の相手をしてやる」
 言ったアリオス・エルスリード(ea0439)のスプーンが宙で静止する。
「か、勘違いするなよ!? 別に親孝行とかじゃないんだからな!」
「素直じゃないな、兄さんは」
 アリオスのコンセプトは素直になれない息子。それに突っ込みを入れたのは風烈(ea1587)だ。十一人で囲む食卓に笑いが満ちる。
「ふ‥‥」
「おじいちゃん、今笑った?」
「や、わ、笑ってなどおらん!」
 その時、老人の表情が緩んだのを孫娘役のフォーリィ・クライト(eb0754)は見逃さなかった。が、老人は頑なにそれを否定する。その否定の仕方がなんだか先ほどのアリオスと似ていて、更に食卓に笑いをもたらす。
 当初擬似家族というものに特に興味は示さず、冒険者達を遺産を譲るに相応しい話を聞かせてくれるかどうかだけで判別しようとしていた老人だが、何十年ぶりかの暖かい食卓に少しばかり心が揺らいだ気がした。もう遠く、心の奥深くに忘れ去ってしまった何かにその暖かさは触れた気がした。


●娘さんの行方
 依頼内容に老人の娘の行方捜索は含まれていなかったが、見つけてあげられればいいなという想いは皆同じで。
 夕食後寝室に引き取った老人には、現在烈がついて「仙人に試されて人間の優しさや家族の素晴らしさに気がついた人の話」を聞かせている。
「家政婦さんから聞いた話だけど、一年半くらい前かな、おじいさんが商人だった頃の知り合いが面会に来て、その後数日間おじいさんは元気も食欲もなかったらしいね」
「そのお知り合いが何か悪い知らせでも持ってきたのでしょうか」
 フォーリィの言葉にフィリッパが疑問を重ねる。だがそれに答えられる者はいない。
「ルシはね、グライス兄さんの事を知ってる商人さんに会えたよ。娘さんの駆け落ちの時の話も聞けたよ。相手は小さな村の農民だって」
「娘が駆け落ちしたのは約16年前。駆け落ちというより相手の住む村へ家出した、というのが正しいみたいだな」
 ルシールとアリオスは、街へ出て聞き込みをした成果を報告する。
「名前はフラウス。年齢は現在30代過ぎ位らしいのぅ」
 トシナミは友人のイェーガー・ラタインに調べてもらった成果を告げる。後は大体二人が先に述べたのと同じ内容だ。
「村についてはちょっと解らなかったんだよねー。昔仕事で娘さんを連れて行ったときに通りかかった小さな村って事くらいしか」
「まあまだ時間はありますし、グライスの心を溶かしながらゆっくりと調べていきましょう」
 ソフィアの言葉に一同、頷く。
「そろそろお爺様に薬湯をお持ちしますね」
 ジュディがそう言って立ち上がり、キッチンへと向かった。


●来客
 老人と、そして仲間達と心穏やかに過ごしていくうちに一同は、それを乱す自称親族達などこのまま現れないでくれればいいのに、と思うようになっていた。だがよりによって最後の一日に、彼らは現れたのだ。
 大樹に留まっていたメリルの愛鳥アナトールが、庭先で落ち葉を掃き集めていた彼女の肩にそっと降りる。彼女が門の方を見ると、丁度老人の息子や娘といって差し支えなさそうな年頃の男女数人が遠慮など微塵もせずにずかずかと門を越えて敷地に入って来ていた。
「烈兄ちゃん、来たよ」
 メリルは近くの窓から室内にいた烈に呼びかける。彼はその一言で状況を察知し、急いで玄関へと向かう。屋敷内に入られる前に追い返したかった。
「あら、なぁにぃ? あんたらもあのじいさんの財産目当てで来た口?」
「そんなんじゃないよ!」
「おじいちゃんを惑わすあなた達には帰ってもらうよ」
 玄関近くの部屋の窓から飛び出したフォーレと庭から駆けつけたメリルが、女の口から発せられた失礼な言葉に答える。間違っても自分達は老人の財産目当てじゃない、それは胸を張っていえる事だった。
「落ち着くんだ、二人とも」
 玄関から出た烈はその扉を後ろ手に閉め、毅然とした態度で男女に向かう。
「我々はご老人に雇われた冒険者で、あなた方の様な『自称親族』を追い返す事が任務だ。ご老人には親戚はいない。帰ってもらおう」
「何ぃ? 冒険者だと? ちっ‥‥」
 烈の言葉に男の一人が悔しそうに爪を噛む。女も別の女と「冒険者相手じゃやっかいよ」などとひそひそと話をしている。
「何度来ても無駄だ。お帰り願おう」
「くそぅ、じじいも頭が回るようになったな‥‥帰るぞ!」
 毅然とした烈の態度に威圧されて無理を悟ったのだろう、男女はそれ以上踏み込もうとはせずに踵を返していく。心なしか急ぎ足で。
「烈兄さんカッコイイ〜」
「かっこいい〜」
 フォーレとメリルから飛ぶ賞賛。と、カチャリと玄関扉を開けて顔を出したのはフィリッパ。
「次に誰かいらした時には、精神的に追い詰めて脅してあげることに致しましょう」
 にこりと笑顔で告げられたその言葉。一番怖いのは彼女かもしれない。


●種
「私はもう64歳になりましたけど、生を受け長い年月を過ごし、何が残せたのかこの歳になって振り返りますね」
 ベッドサイドに座るソフィアの言葉に老人は静かに耳を傾けている。先程自分の話を終えたフォーリィも同席し、ジュディの淹れたお茶を飲んでいた。
「芽を出し、成長し花をつけ、そして種を実り、やがては冬を迎え私は枯れようとしている。そして、私の残せた種はなんだったのだろうか、とね」
 植物の一生を人間の一生として例えるその話。老人と出会った初日であったのならばただのソフィアの身の上話で終っていたのだろう。だが今は――
「わしの残した種は、消えてしまった‥‥ここではない地で」
「「!?」」
 老人は、そうぽつりと呟いた。
「だがこの五日間は、種がこの家で育っていた頃のように楽しかった。花を咲かせた種がもしも実をつけていたならば――」
 そこまで言って老人は言葉を呑み、詮無いこととでも言うように頭を振る。
「お前さん達には感謝をしている。死ぬ前に楽しい思い出が出来た。ありがとう」
 それは何かを悟った笑顔だった。死に行くことを恐れていない笑顔だった。だが何処か、寂しさの残る笑顔だった。


 老人は玄関先まで出てきて、一同を見送った。出会った当初の硬い表情ではなく、笑顔で「ありがとう」と告げて。
 老人の娘について、自身の口から語られた言葉の意味する所は娘の死だろう。恐らく一年半程前に現れた知人が告げたのは、その事実だと思われる。
 だが解ったのは悪い事実だけではなかった。アリオスやルシールらが外で情報を集めているうちに解ったことが一つある。その娘は出奔時に身籠っていたらしいのだ。あくまで噂であり、16年も前の事であるから確実とは言えないが、もしかしたら老人には孫が残されているのかもしれない。
 希望と言う名の小さな一つの種、彼らはそれを見つけ出すことが出来た。