花嫁の条件〜千輪の花〜

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月12日〜12月19日

リプレイ公開日:2007年12月19日

●オープニング

●経緯
 港町ナイアドの男爵令嬢セルシアは器量よしで気立ても良く、その噂は王都まで届いていました。方々から縁談の申し込みが多々あれども彼女の母は彼女に想う相手がいることを知っており、身分の違いから叶わぬ思いなれど少しでも長く彼と共にいさせてあげたいと、縁談を断り続けていました。
 が、事態はその母親の死で急変したのです。愛妻の死に心痛めた男爵はそれまで無縁であった経済関連の取引に手を出し、セルシアを狙う王都の貴族の裏での糸引きもあり、多額の借金を背負ってしまったのです。王都の貴族はセルシアとの婚姻の代わりに経済援助を申し出ました。男爵家はその申し出を受けるしかなかったのです。
 セルシアは自らの置かれた状況、身分を十分理解している聡い娘でした。自らが長年思いを寄せる乳兄弟とは結ばれぬ事はわかっていたのです。ですが想い続けるだけなら許されるだろう――そう思い、嫁ぐことも決意していました。が、男爵は怖かったのです。自ら目を掛けて特別に教育を受けさせて育て、立派な私兵として育ったセルシアの乳兄弟、レシウスが。彼に目を掛けているからこそ、彼の怖さがわかったのです。彼ならばセルシアをつれて逃げても最低限身を立てる才能と実力があると解っているから。
 男爵はレシウスに偽の用事を言いつけて町外れに連れ出し、彼を殺そうとしました。ですが元同僚が殺し手であることを知り、レシウスは全てを察したのです――自分は捨てられたのだと。自暴自棄になり死を覚悟していた彼を救ったのは冒険者でした。冒険者達により彼は生まれ変わったのです。
 王都に渡ったレシウスは、冒険者の力を借りて男爵家の借金を返済するに足る宝を手に入れました。その宝を献上すると男爵は大いに喜び、自らの行いを悔いました。そして彼に褒美を与えると言いました。ですがレシウスは、自分への褒美は全てが終わってからでといい、冒険者となる後ろ盾を求めました。それは男爵家に借金の肩代わりをすると申し出た貴族の悪い噂を聞いていたからです。
 冒険者達の協力を受けてその貴族を探り、その裏に隠された悪事を暴き、相手側から男爵家への縁談を断らせる事に成功したレシウスは、愛しいセルシアの待つナイアドへと帰還したのでした。

+―+―+

「お前達の気持ちは良くわかった、だが条件がある」
 晴れてセルシアとの婚姻を申し出たレシウスに対し、ウェルコンス男爵は重々しく口を開いた。レシウスの現在の身分、そしてウェルコンス家に対する働きを鑑みるにセルシアとの婚姻を二つ返事するに足る状況ではあるのだが、男爵には一つだけ確かめたい事があった。
「お前達二人の気持ちを、確かめたい」
「お父様、今更なにを‥‥」
 膝を着き、低頭するレシウスの隣でセルシアが呆然と呟く。父は自分達の気持ちを痛いほど解っているのではないのか。だから最初、駆け落ちを恐れてレシウスを放逐したのではないか。
「お前達が好き合っているのは十分わかっているつもりだ。だがお前達は幼い頃からずっと側にいた近過ぎる存在だ。それ故その感情が一種の家族愛と混同されている事を私は危惧している」
 確かに乳兄弟として育ち、レシウスはその聡明さを買われて息子のいない男爵に可愛がられ、特別に様々な教育を受けさせてもらってきた。彼の方ではきちんと分をわきまえており、臣下として接してきたつもりだが、兄妹のように育ったことに代わりはない。それ故男爵は危惧しているのだ。
「まずはセルシア。レシウスへの気持ちが本物であると示す為に、自分の未来への道を示す花をハンカチに千輪咲かせなさい」
「‥‥千輪‥‥」
 男爵の言う『自分の未来への道を示す花』とは三枚の赤色の花弁を持つ花を指しており、メイではこの花はそれぞれの花弁が『未来』『信念』『己』を指すと言い、それが転じて『己の未来への信念』という意味を持つ。
「花を縫う赤色の糸を作るための染料であるイラクサ摘みには同行すること。それさえ守ればハンカチ千枚に刺繍するのに誰の手をどれだけ借りても構わない」
 赤い花を刺繍したハンカチを千枚作れ、男爵はそう要求したのだ。チキュウ人ならば「どこの童話だ」と突っ込んだかもしれないが、真面目な話である。
 男爵が他人の手を借りるのを許したのは、セルシアの性格を誰よりも良く知っていたからで。そうでも言わなければ一人で全てをこなそうとして身体を壊すのは目に見えているからだ。
「わかり‥‥ました」
「セルシア!?」
 驚きの声を上げるレシウスに対し、彼女の瞳は真剣そのものだった。


●依頼
 冒険者ギルドに出された依頼内容は次の通り。
・イラクサの生える洞窟へのセルシアの護衛
 これは以前冒険者達が香り袋を作る花を求めて森へ入った際(「あなたを護りたいから」にて)、洞窟付近に住み着くならず者に出くわしたことから護衛が求められている。またセルシアは森歩きに不慣れなため、そのフォローも求められる。

・千枚のハンカチ作成手伝い
 刺繍の手伝いが出来る者は刺繍を。出来ない者はイラクサを煮て糸を染めたり布をハンカチの大きさに裁断したり、出来上がったハンカチを畳んだりとこまごまとした仕事を。
 一枚目は自分の為や誰か大切な人の為に刺繍をしても良いだろう。一人に一枚くらいなら喜んでセルシアは提供してくれると思われる。

●今回の参加者

 ea0827 シャルグ・ザーン(52歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea3625 利賀桐 真琴(30歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 eb4598 御多々良 岩鉄斎(63歳・♂・侍・ジャイアント・ジャパン)
 eb9700 リアレス・アルシェル(23歳・♀・鎧騎士・エルフ・メイの国)

●リプレイ本文

●それぞれ目的を持って
 目的の洞窟までは徒歩でも行ける距離だったが、この後大仕事が待っている為に一同はセルシアを空飛ぶ絨毯へと乗せた。その操縦者としてリアレス・アルシェル(eb9700) がまるごともるなこすを装備した状態で同乗する。
「お初にお目にかかる。我輩はシャルグ=ザーン。レシウス殿の悪党成敗を少しだけ手伝わせて頂いた」
 先程シャルグ・ザーン(ea0827)がそう挨拶すると、レシウスへの感謝をいっぱいに表して微笑んだお嬢様は、今はお嬢様らしからぬ質素な服装に包まれている。それは利賀桐真琴(ea3625)の見立てだった。真琴はセルシアの服を森歩きしやすそうな服に直し、不安定な足場でも歩きやすそうな靴をイラクサ採取用の手袋と共に差し出していた。
「セルシアのお嬢、人生の一大事でやすね。実にやり甲斐のある依頼でさぁ、あたいも魂張りやすぜ!」
 空飛ぶ絨毯の隣をフライングブルームで併走する真琴に、セルシアは有難うございますと微笑を返して。その身体は「冷えますからどうぞ」と先程彼女から差し出された半纏に包まれている。ぱっと見、森歩き用の格好と合わせてお嬢様のする格好ではないのだが、何処か気品が遺されているのはさすがというべきか。
「レシウスさんとセルシアさんも、結婚まで後一歩かぁ‥‥ちゃんとゴールにたどり着けるよう、頑張ってお手伝いしないとね」
 もるなこすに包まれたリアレスが笑いかけると、セルシアもはにかんだように笑いを返した。
「‥‥でもこの分だと、レシウスさんにも何か条件が言いつけられるんだろうなぁ」
「ええ、恐らく‥‥。私の試練より辛くて危険な物になるかもしれません」
 続けて遠い目をしたリアレスにセルシアは絨毯に目を落としてぽつりと呟いた。彼女もレシウスに出される条件というものが気になっているのだろう。
「まずは目の前の試練を。成功させたいな‥‥」
「かの御仁は近年稀に見る立派な青年。その彼の結婚の為に是非頑張らせていただく」
 馬に乗って絨毯の前を先導しながら零されたレインフォルス・フォルナード(ea7641)の呟きに同意したのはシャルグ。シャルグは王都でレシウスと共に戦ったことを思い出していた。
「ほれ、おしゃべりしているうちに森が見えてきたぞい。ここからは要注意じゃ」
 御多々良岩鉄斎(eb4598)の言葉に一行が前方に目をやると、確かに森が見えてきていた。
 この森から全てが始まっている。
 この森で、死に直面していたレシウスをリアレスを含む冒険者達が助けた事からセルシアの運命も動き出した。
 諦めるしか選択肢のなかった恋が、実りの可能性を見せ始めたのだ。
「行きましょう――よろしくお願いします」
 これまでレシウスは複数回に渡って冒険者に助けられ、結果それは、セルシアの家を守ることになった。セルシア自身、冒険者に助けられたこともある。そして今回も――。
 一同を真剣な瞳で見渡す彼女に、冒険者達はそれぞれ頷いてみせた。


●赤の待つ洞窟へ
「何だおまえ――ぐはっ」
「くそ、敵だ!」
 お決まりの口上を全て言わせてもらえぬまま、素早く動いたレインフォルスの剣先が男を捉える。洞窟内へ声をかけた男も、次の瞬間はシャルグのスマッシュEXを身体に食い込ませていた。
 洞窟前で焚き火をし、肉を焼いていた二人の男の不意をつく形で一行は戦闘に入った。洞窟内からあと何人出てくるか解らないので、シャルグもレインフォルスも今いる二人を早く動けなくしてしまおうと、攻撃を重ねる。
「むぅ、上手くいかぬか」
 自身にオーラエリベイション初級を付与した後、セルシアに超越レベルのオーラボディを施術しようとした岩鉄斎だったが、運が悪かったのか上手くオーラ魔法は発動してくれなかった。
「おおっと」
 真琴は洞窟内から飛んできた矢に対して、自分の身体を張ってセルシアを庇う。その矢は真琴の肩口をこすって木々の合間に消えていった。
「花嫁さん直前の女の人を、ならず者なんかに傷一つつけさせやしないんだから!」
 洞窟から飛び出て接近してきた男に真琴が二刀で斬りかかったのを見て、空飛ぶ絨毯の上からリアレスが啖呵を切る。敵の視線が、リアレスに、集まる。

「「こんなところに、ゴ、ゴーレムー!?」」

 口を合わせて叫ぶならず者達。
 いや、多少遠目だからってそんな。
 ふんだんに綿の詰め込まれた着ぐるみですよ?
「今じゃ!」
 岩鉄斎のラージハンマーが真琴の狙いと同じ男を襲う。大きな大きな敵の隙に、シャルグとレインフォルスも攻撃の手を緩めることはなかった。
「この棲家は放棄だ、逃げるぞ!」
「ゴーレムなんかに勝てやしねぇ!」
 ふらふらになりながらも反対方向に逃げ出そうとする男達。一番足が速いのは弓を持った無傷の男で。それに続くようにシャルグ、レインフォルスそれぞれと相対していた男達、真琴と岩鉄斎から攻撃をもらった男と続いた。
 今回は追い払えればよし、目的は別にあるので深追いはしないという考えの為に一行は逃げ行くならず者たちを見送る。
「本物と勘違いするなんてな‥‥」
「多分、実際にちゃんと本物を見たことはないんじゃないかな、あの人たち」
 呆れたようなレインフォルスの言葉にリアレスが笑った。なんと言う間抜けというか。多少距離があったとはいえ着ぐるみを本物だと信じるなんて、よほどのものだ。
「何にせよこれで少しはイラクサ摘みに集中できるのう」
「戻ってくるかもしれんから、警護は怠れないがな、できるかぎり手伝おう」
 岩鉄斎とシャルグが言う。セルシアは絨毯から降りて洞窟の入り口を見上げ、ごくりと唾を飲み込んだ。
 大丈夫。冒険者達がついているのだから。


●千輪の花
 シャルグはイラクサを煮ている大きな鍋に糸を放り込み、その力でもってぐるぐるとかき混ぜていく。レインフォルスは庭に張られたロープに赤く染まった糸の束を干しながらも、時折火が絶えぬようにと薪をくべるのを忘れない。岩鉄斎は布を必要な大きさに合わせて裁断し、用意した箱のうち『未刺繍分』の布の入った箱へと詰める。

 庭に近い一室は、さながら花の乱舞といった所だった。
 真琴が馴れた手つきで素早く三枚の花弁を刺繍していく。その速さはリアレスやセルシアの何十倍以上で。しかも正確なのだから文句のつけようのない仕事だ。
「はっはぁ! 修行時代を思い出しやすねぇ‥‥!」
 千枚というのは途方もない道のりに思えるのだが、何故か真琴の瞳は爛々と輝いていて。
「数が多くて大変だけれど、心を込めて丁寧にしないとね。でも私には上げる相手がいないなぁ」
 口を動かしていてももちろん手は動かしている。むしろ口を動かしていなければ気が滅入りそうな先の長い作業なのだ。
「あ、あのレリーフをくれたドワーフのおじいさんに上げようかな?」
 リアレスが口にした言葉にセルシアが顔を上げる。
「そのレリーフとはもしや‥‥」
「レシウスさんが持ってこなかった?」
 そう、以前レシウスがセルシアの家の借金を返す為として男爵に献上した、ブラン製のレリーフ。あれは六人の冒険者が洞窟でとあるドワーフから譲り受けたものだった。
「リアレスさんにはあの時もお世話になっていたのですね‥‥有難うございます」
 刺繍の終ったハンカチを『刺繍済み』の箱に入れてセルシアが頭を下げる。
「そういえばあのご老体は元気かのう」
 同じくレリーフ探索に行った岩鉄斎も、当時を思い出してハンカチの数を数える手を止めた。
 思えばいくつもの困難を冒険者と共に乗り越えてきた。セルシア自身は待っているだけしか出来ぬ事が多かったが、レシウスは冒険者達と共に色々とこの恋の為に動いてきた。だが今回は違う。今回は今まで待っているしか出来なかったセルシアが、自分にできる事をする番だ。
「私、がんばりますね」
 改めて、沢山の人の助力を得たのだということを自分の身に言い聞かせ、セルシアは針を進める手を早くした。
「用意された白い糸は全て染めてしまって構わないのかな?」
 乾いた糸の束を抱えてきたシャルグとレインフォルスに、だがだがだがと音が聞こえてきそうな速度で刺繍を続ける真琴は、ハンカチから目を反らさずに告げる。
「へい、どんどん染めておくんなせぃ!」
「‥‥‥すごいな‥‥‥」
 次から次へと流れるように出来上がっていく刺繍に、レインフォルスのみならず皆が一瞬見惚れた。


●千輪の花を道標に
 部屋いっぱいのハンカチと糸くず――千輪の花がその中で咲き誇っていた。
「ほう‥‥」
 ウェルコンス男爵はその部屋の様子を見て感嘆の溜息を漏らした。
「気持ちは本物、か」
「はい」
 多少仮眠は取ったが本格的に睡眠をとらずに刺繍を進めたため、セルシアの顔色は悪かったが目だけは生き生きとしていた。
「皆さんのおかげでこうして達成することが出来ました。黙々と縫い進めている間に、一つ一つ昔を思い出して、そして出した結果がこれです」
 そう、男爵は刺繍という1つのことを課す事によって、高揚する気分を沈め、一からレシウスとの事を思い出し、そしてゆっくりと考えて欲しかったのだ。何も結婚を絶対許したく無いから、娘が可愛く無いからといって与えた試練ではない。もしそうであったら『誰の手も借りずにやり遂げろ』ともっとハードルを高くすることだろう。
「お嬢の気持ち、伝わりやしたでしょうか?」
 真琴が控えめに一枚のハンカチを差し出した。そこにはセルシアが刺繍した花と共に、真琴によるウェルコンス家の紋章が刺繍されていた。
「ああ。十分すぎるほどに」
「やったぁ!」
 眠気など吹き飛んだ。リアレスがセルシアと手を取り合い、喜ぶ。それを近くで見ていたシャルグとレインフォルスもほっとした様に微笑んだ。
「そうそう、これはわしからの贈り物じゃ」
 思い出したかのように岩鉄斎は木彫りの板を取り出す。そこには今回セルシアたちが刺繍した花と同じ花が彫られていた。
「チキュウ人から聞いた木版っていうのを真似したんじゃが」
 岩鉄斎は余った赤い染料を木版に塗り、その上に布を乗せて刷る。するとあら不思議、花の模様が布地に写ったではないか。糸の染色用に少し薄まった染料だったので薄い赤だったが、これは適度な濃度の染料を使えばもっと綺麗に写るかもしれない。
「まぁ素晴らしい‥‥有難うございます」
「お嬢、これを」
 板を受け取ったセルシアの隣から、真琴がシルクのドレスを取り出す。そこにはいつの間に施されたのか、三枚の花弁を持つ花が丁寧に刺繍されていた。
「レシウスの旦那との幸せをつかめるよう願ってやすぜ」
 そのドレスはさながらウェディングドレスで。セルシアはそれを抱きしめて嬉しそうに頷いた。
「みなさん、本当に有難うございました。お礼に私の刺繍したハンカチを」
 一人一人に感謝の言葉を述べ、その手をしっかりと握って刺繍入りのハンカチを手渡すセルシア。
「岩鉄斎さん、素敵なプレゼント有難うございます。私が嗜みとして美術を習った際に取り寄せたのですが使用しないままだった顔料があります。貴方でしたら使いこなせるかと思いますので木版のお礼に差し上げますね」
 部屋から持ってきたのだろう、セルシアは小瓶に入ったそれを岩鉄斎へと渡した。そして真琴にハンカチを渡す時にその上に手製の香り袋を乗せる。
「真琴さん、素晴らしいドレス有難うございます。これは以前、メイで『貴方を護る』という意味をする花を詰めて作った香り袋です。貴方が私の幸せを願ってくれるように、私も貴方の無事を祈ります」
 ハンカチと、仄かに香る香り袋を手渡し、セルシアは最後にもう一度全員に向かって微笑んだ。
 それは自信を持ってレシウスへの愛を誓える、すがすがしい笑顔だった。
 一同は心にその笑顔を焼き付ける。自分達が、その笑顔を導き出したのだと誇れるように。