黄昏の婦人 朝焼けの少女

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月16日〜12月21日

リプレイ公開日:2007年12月22日

●オープニング

 宮廷絵師、ファルテ・スーフィードは冒険者達を宮廷絵師の部屋に通し、額に入った絵を二枚見せた。
 一枚は窓辺で微笑む婦人の肖像であり、窓の向こうからは茜色に染まる空が覗いている。
 もう1枚は芝生に座り込んだ少女の肖像であり、その背景には朝焼けだろうか、薄赤く染まった空が描かれていた。
 この2枚の肖像は酷く似ていて――
「この絵のモデルのお二人は、母娘なのですよ」
 誰かが抱いたその疑問に先んじて、ファルテが口を開いた。
「この絵と後2枚、この絵を描くモデルとしたやや小ぶりの絵姿を二枚、護衛していただきたいのです」
 彼女は端的に要点を述べた。


 この絵の依頼人はとある貴族で、モデルとなった娘は間もなく嫁ぐのだという。母親の方は既に死去しており、母親の絵は娘が嫁入りの際に持って行くために、娘の絵は貴族が娘の代わりに手元に残しておくためにファルテへ作成が依頼されたという。
「ただ‥‥困ったことに」
 彼女はほう、と溜息をついて首をかしげるようにして続けた。
「この2枚の絵が依頼されたのと同時期にとある商人さんからも絵の作成の依頼がありまして‥‥ただ、一度に作成できる枚数は限られているものですから、長い間お待たせするのも悪いと思いまして‥‥お引き受けしているものが完成したらお受けします、と一度お断り申し上げたのです」
「それで逆恨みで因縁つけられているとか?」
 一人の冒険者の言葉にファルテは首を振る。
「いえ‥‥どうやらその商人は元々、絵を依頼してきた貴族と仲が悪いらしく‥‥その貴族への恨みが増し、遠回しな嫌がらせが増えたそうなのです。もちろん表立って自分の名前が出るような方法では嫌がらせをしないらしいのですが‥‥」
「つまり、絵が完成したと知れば嫌がらせとして絵を狙ってくるだろうということ?」
「そうです。絵を奪い去るか焼きにくるか、斬りつけるかは解りませんが‥‥その貴族のお宅へお届けする道中に何か仕掛けてくる可能性がとても高いそうです」
 彼女は再びほう、と溜息をついて俯いた。巻き込まれた形であるとはいえ、自分の絵が原因で――そして自分が丹精込めて仕上げた絵が危険に晒されるという不安と悲しみがあるのだろう。
「絵は道中の衝撃対策に布で何重にも包み、紐で縛って梱包します。守っていただく絵は大きめの2枚――私が今回描いたものです。それと小ぶりの2枚――こちらは作成の際にモデルとした借り物の肖像画です。どれらも世界に二つとない大切な品物です。しっかりと守っていただきたく思います」
 ファルテは真剣な瞳で冒険者達を見つめた。
「それと――無事に絵をお届け出来たらで構わないのですが、是非絵の出来について感想を戴いてきてほしいです」
 彼女は芸術の探求のために人間社会に入り込んだ人物。特に人間の『刹那』を描くことを好む。いくら趣味と実益を兼ねた仕事だからといって、依頼人の感想が気にならぬわけではない。むしろその人の『刹那』を絵に描き留められたかどうかを問われる感想は、ぜひとも聞いておきたいというところだろう。
「あなた方なら無事に絵を守って届けてくださると信じております」
 彼女はゆっくりと微笑んで頭を下げた。

●依頼内容
 大判の絵画2枚と小ぶりの絵画2枚の護衛。
 貴族の屋敷までの行程は馬車で街道を使って約1日半。
 商人の雇ったならずものや盗賊たちが、道中襲ってくると予想されますが、彼らが『奪取』『焼き討ち』『破壊』またはその他のいずれの方法で絵を狙ってくるかは解りません。
 絵画を運搬する大型馬車はファルテが手配しておりますので、馬車への同乗もできます。

●今回の参加者

 ea1587 風 烈(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea2449 オルステッド・ブライオン(23歳・♂・ファイター・エルフ・フランク王国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea3972 ソフィア・ファーリーフ(24歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea8773 ケヴィン・グレイヴ(28歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb0754 フォーリィ・クライト(21歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb1004 フィリッパ・オーギュスト(35歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb6729 トシナミ・ヨル(63歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb7880 スレイン・イルーザ(44歳・♂・鎧騎士・人間・メイの国)
 eb8475 フィオレンティナ・ロンロン(29歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)

●リプレイ本文

●囮として
 依頼人の貴族の用意した馬車が街を出、街道をゆっくりと進んでいく。時折吹く冷たい風が、馬車に随行する者達の頬を撫でていった。
「そりゃ人間だし仲が悪かったり喧嘩したりはしょうがないけどさ、折角描いた絵に八つ当たりは良くないよね!」
「んーむ‥‥いくら相手が嫌いとはいえ人の描いた結婚でめでたい状況の絵を狙うとは心の狭い奴」
 馬車の前方を愛馬に跨り行くフィオレンティナ・ロンロン(eb8475)に同じく愛馬に跨ったフォーリィ・クライト(eb0754)が答え、続ける。
「そんな依頼受ける連中もどうかと思うけど‥‥つまりボコボコにしてかまわないという事よねっ」
「たかが絵と言ってしまえばそこまでの話だ。しかしその絵に対してかなり思い入れはあるのであろうな。俺は芸術についてはよく解らないが思い出という奴は理解できる――今の所異常なしだ」
「了解ですわ――たかが絵といいましてもその中に籠められている物は様々で、それこそ受け取り手に委ねられる所も多く――‥‥」
 馬車の中でブレスセンサーのスクロールを使用し、現状を告げたケヴィン・グレイヴ(ea8773)だったが、その現状報告を受け取ったのは御者を務めるフィリッパ・オーギュスト(eb1004)。絵を描くのを好むフィリッパは器用に馬車を走らせながらも美術についてケヴィンに語って聞かせる。彼がどういう顔をしてそれを聞いていたかは、背を向けている彼女からは見えない。
「‥‥トラップなどがあるかもしれないと思ったが、他の馬車が通るかもしれない街道にそれを仕掛ける事はさすがにない‥‥か。‥‥通る直前に仕掛ける、いや、それだと私達に姿を見られる可能性もあるしな」
 セブンリーグブーツを履いて馬車に随行するオルステッド・ブライオン(ea2449)は、罠が仕掛けられている可能性を危惧していた。
「そうですね、事前に仕掛けられる罠としては後は落石でしょうか、これでしたら私達の姿を見つけてから作動させれば済みますし」
 同じく随行するルイス・マリスカル(ea3063)は答えて辺りを見渡したが、落石を気にするべき高台等は今の所見当たらない。
「となるとやっぱり炎魔法とか火矢に注意かな?」
「‥‥そうだな」
 フィオレンティナの言葉にオルステッドが頷く。
「それに加えて通常の襲撃で火を消す暇を与えないという可能性も――」
「探査範囲内、街道を逸れた辺りから四、五人程度の反応を感知した。偵察に出てくる。馬車はこのままで」
 可能性を論じようとしていたルイスの言葉を遮り、ブレスセンサーのスクロールを閉じたケヴィンが隠身の勾玉を握り締めて走る馬車から降りる。
「わかりましたわ」
 御者のフィリッパは何事もなかったように馬車を走らせる。一同も何事もなかったように歩みを進めるが、緊張と警戒だけは最大限に。

 しばらくして――火矢が馬車の馬の進路にぽとりと落ち、驚いた馬が大きく嘶いた。


●偽装した馬車で
「ファルテさんもさぞかし心配じゃろうにのぅ‥‥」
 囮の馬車が先行して暫く後、王宮の裏口から小さな荷馬車が出発した。その荷馬車には藁や農作物に紛れて4枚の絵が積み込まれている。冒険者達が資金を出し合い、ファルテのつてで調達してもらった荷馬車だ。わざと、泥で数箇所汚してある。
 馬車の屋根にちょこんと座ったトシナミ・ヨル(eb6729)は、先程裏口まで出てきて一行と絵に小さく手を振って見送ったファルテを思い出していた。
「その心配を払拭してやるのが俺達の務めだろうな」
 馬車の中で幌に背を預け、腕を組むようにして座っていたスレイン・イルーザ(eb7880)。
「しかし、人気の宮廷絵師に絵を描いてもらえば箔がつくから必死になるのは分からんでもないが、人を雇って妨害までするとはな。そのうち悪事が露呈して捕まるんじゃないか」
「ファルテさんにとってはとばっちりもいい所でしょうね」
 御者を務める風烈(ea1587)は嘆息を漏らし、荷台から御者台へ顔を出したソフィア・ファーリーフ(ea3972)も苦笑した。
「絵に描かれたものは歳をとりませんが、見る者は否応なしに歳をとります。ファルテさんの絵には、見る側の時間経過をも込められているのかしら」
「俺には細かいことはわからないが、一生懸命描かれた物は素晴らしいのではないかとおもう」
「なるほど。それに絵に描かれた瞬間に戻れないからこそ、人は絵がより愛おしくなるのでしょうね」
 ソフィアとスレインの会話をファルテが聞いたとしたら何と言うだろうか。彼女はエルフとは違う、人の『刹那』を描く事に興味を覚えて森を出てきたという。出発前に同じエルフであるオルステッドが「自分も同じだ、人間達の営みが面白くてこんな仕事をしている」と話していた。やはりエルフであるソフィアの感じ方は、もしかしたらファルテの感じ方に近いかもしれない。
「そろそろ囮馬車は襲撃ポイントに近づいた頃かのう‥‥」
 トシナミが事前に見せてもらった地図を頭の中で思い浮かべ、ぽつりと呟く。襲撃に適していそうな場所は地図からわかる分は洗い出しておいた。その上あちらには手練れの冒険者が沢山ついている。大丈夫だろうとは思うが。
「襲撃者を撃退する前に囮馬車に追いついてしまわないようにしないとな」
 囮馬車と共に襲撃にあっては馬車を分けた意味がなくなる。烈は馬車の速度を心持ち落とした。


●第一の襲撃
「どうどう、大丈夫だから落ち着いてくださいね」
 フィリッパが手綱をさばき、火矢に驚いた馬を落ち着かせる。その間に護衛の面々は散開し、襲撃者と相対していた。
「いくわよ!」
 フォーリィが、茂みから飛び出してきた一人に突撃する。その男は彼女の槍を盾で受けようとするが技術はフォーリィの方が勝っている、彼女の槍は容赦なく男の身体を突き刺した。
「奥にいる弓兵を狙います」
 そう言ったルイスが素早く動いた。腕から血を流しながらもニ矢目の火矢を番えようとしていた男に肉薄し、弓を持つ腕に二度、斬りかかる。
「‥‥遅い、な」
 馬車に近づいてきた敵を阻むように立ったオルステッドは、体格の良い男の剣をするりと避け、反撃に転ずる。スマッシュの重い一撃が、攻撃を避けられて隙の生じた男の脇腹に深く食い込み、血飛沫をあげた。
「これだけは手出しさせないんだから!」
 同じくもう一人、体格の良い男と馬車の間に割って入ったフィオレンティナは演技を絡める。そう、本当にこの馬車に絵が乗っていると思わせるように。彼女の放ったローズホイップが、馬車に届きそうになっていた男の剣を寸でのところで絡め取る。その頃には馬を鎮めたフィリッパの高速詠唱ホーリーフィールドも完成していた。
「すまん、魔法の詠唱は止めたんだが火矢を完全に止めることは出来なかった」
 ケヴィンがぐったりとした魔法使いらしき者を引きずって馬車に近づいてきた頃には、一行の何度かの攻撃を受けて敵たちはあらかた動けなくなっていた。
「火矢が幌に当たらなかったのはケヴィンさんのおかげでしたのね」
「十分だわ。一応借り物だし無傷で返したいものね」
 フィリッパとフォーリィの言葉にケヴィンは黙って頷く。姿を消して偵察に出た先で一団を発見し、魔法使いの詠唱は止めたが火矢を番える者を完全に止めることは出来なかったのだ。だが彼女達の言う通り、矢の狙いを反らせただけでも十分といえる。
「こつらはどうしようか?」
「気がつけば撤退するのではないでしょうか」
 血を流し、気絶している敵たちを困ったように眺めるフィオレンティナ。ルイスはオルステッドと共に彼らを一箇所にまとめる。
「‥‥襲撃がこれ一回とは限らない。まだ気を引き締めていこうか」
「ええ」
 一同は再び警戒態勢を敷き、敵達は街道の隅にそのままにして先へと進むのだった。敵達は深手を負っている。目覚めても再び戦意を抱くことはないだろう。それよりこれから目的地までの安全を確保するのが彼らの優先すべき役目だった。


●絵に籠められたものは
 囮馬車はあの後もう一度襲撃にあったのだが、そちらは火矢や魔法を用意してはおらず。恐らく一度目で仕留められなかった時の保険だったのだろう、だが注意していた冒険者達にあっさりと返り討ちにされてしまった。囮馬車と後続の馬車は目的の街付近で合流し、冒険者達は揃って絵を貴族に手渡すことが出来た。


「お帰りなさいませ」
 無事に絵を届けて戻ってきた彼らを向かえたのは、ファルテの柔らかい笑顔だった。
「お二人とも、とても喜んでいらっしゃいましたよ。素晴らしかったですわ。絵、もありますけれど喜び会う父娘。受け取った以上は別れを待ち受ける親子。今正に天界人方の言うデータでしかない何かが、実感を持った情景に変わったのです」
 同じく笑顔を浮かべて答えるフィリッパ。
「私はあの絵にタイトルをつけるなら何とつけるか、と聞いてみました。絵は、描く者だけではなく見る者にもまた物語があり、題があってしかるべきと私は思うのですよね。『色あせぬ時』だそうですよ」
 私の考えは変かしら、と苦笑するソフィアにファルテはいいえそんなことは、と首を振る。
「ご夫人の肖像からは『過去の思い出』が、娘さんの肖像からは『未来への希望』が、わしには見えたがのう…」
「ぱっと見た感じ二つの絵の背景は同じ夕焼けに見えた。だが注意してみると、同じように見えて違うものだと解った」
 トシナミは絵の示している抽象的な意味を挙げ、スレインは具体的に絵を見た感想を述べた。
「父から娘、娘から母への想いは時に色褪せぬもの。生の『刹那』とは違うものを絵に見出されたと思いますよ」
「止まってしまった母親の時間と、これからも進んでいく娘の時間。絵にする事によってそれらをあの父娘も実感できたと思う」
 ルイスと烈の報告にも、ファルテは満足そうに頷く。
「‥‥私もファルテさんと同じ動機を持つ者として実に興味深い体験だった‥‥」
 オルステッドは絵を目にした時の父娘を思い出し、ぽつりと呟いた。
「何にせよ、無事に絵を届けられたのだからそれでいい」
「そうだね、本当によかった!」
 ケヴィンは腕を組み壁に寄りかかるようにして。フィオレンティナは心からの安堵を持って。
「ところでこの後、絵を傷つけようとした商人の依頼を受けるわけ?」
 フォーリィの言葉にファルテは困ったように首をかしげた。そう、最初に商人の依頼を断った理由――そして今回絵が狙われたきっかけでもある――は『貴族の絵が出来上がるまで時間が掛かりそうだったから』で。それが出来上がってしまった以上、断る口実は特別見当たらなくなる。
「お仕事ですからね、再び依頼があればよほどの事がなければ」
「えー、そんな相手からの依頼受けなくてもいいじゃん!」
 確かに他人のものとはいえ絵を粗末にするような人の依頼を受けるのは‥‥と思うだろうが仕事は仕事。その辺は割り切るしかないのだろう。
「何にせよ、皆さんも絵も無事で安心しました。感想も聞けて、満足です」
 ファルテが「ありがとうございました」と頭を下げると、風通しの良い宮廷絵師の間を一筋の風が通り抜け、彼女の長い髪を揺らしていった。

 一秒ごとに変化する『生』。その『刹那』を留める絵。
 観賞者によってそれらから受けるものも違うのは当然のことなのだろう。
 だが見る者が『喜んでくれる』、それが描き手にとってまず第一なのは間違いなかった。