小さき命のためのアリア

■ショートシナリオ&プロモート


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや易

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月03日〜05月08日

リプレイ公開日:2007年05月05日

●オープニング

●名も無き旋律
 婦人は子供達の前で旋律を紡ぐ。
 優しく、柔らかく、そして慈愛に満ちた旋律。
 歌詞はなく、いつも「ラ〜」でのみ紡がれる旋律。
 エルファスは母の歌が好きだ。中でもとりわけ、歌詞のないその歌が。
「かあさま、いつも歌ってくれるそのお歌、お名前なんていうの?」
 母の膝の上からその優しい顔を見上げる。
「ふふ…この歌には名前はないのよ」
「この歌はエルファスの為にお母様が作ったのよ。私達にはないのに」
 横で同じように母の歌に耳を傾けていた年の離れた三人の姉達が、拗ねたように口を挟む。
「そうそう、やっと生まれた男の子だから特別」
 しかし拗ねたようなのは口調だけ。姉達は皆笑顔で年の離れた弟を微笑ましく見守っていた。
「‥‥ふふ、貴方がまだ赤ちゃんの頃ね、どんなにむずがっていても機嫌が悪くても、この旋律を聞かせると泣き止んでおとなしく眠ったのよ。だから元から名前も歌詞もないの」
 母親があやそうとして何の気なしに紡いだメロディー。エルファスは5歳になった今もその旋律を好んでいる。事あるごとに、歌ってと母にねだる。
「そっか‥‥お名前も、歌詞もないのか‥‥」
「じゃあ、こうしましょうか。エルファスがいい子にしていたら、名前も歌詞も作ってあげるわ」
 見るからにしょげた息子を見て、婦人はその頭を撫でながら微笑んだ。
「やったぁっ! 僕いい子にしているから、約束だよ!」
 少年の顔に大輪の花が咲く。

 しかしその約束は、遂げられることはなかった。

●小さき命の為に
「しかし‥‥ちょっと変わった依頼だな‥‥」
「んー? 何、『歌い手募集』?」
 依頼を張り出したギルド職員の呟きを、一人の冒険者が耳に留めた。
「ええ。貴族の三姉妹からの依頼ですよ。弟さんの為に作詞して歌ってくれる人たちを探しているとか」


 彼女達の年の離れた弟エルファスは心を閉ざしてしまった。食事もろくに取らずに毎日をベッドの上で過ごしており、日々衰弱している。その原因は、母親の突然の死だ。
 まだ5歳の彼には死というものが理解できず、自分がいい子じゃないから大好きな母親は帰って来ない、自分の事を嫌いになってしまったと思い込んでしまったという。それは死の直前に母親が彼とした約束が大きな原因になっていることは間違いない。
 他の家族の言葉もどんな薬もどんな玩具も、どんなに彼が好きなものを並べても彼の心は閉ざされたままで、時折うわ言のように「かあさま、歌って‥‥」と呟くだけ。
「このままでは弟は弱る一方です‥‥姉である私達が代わりに作詞をして歌って上げられれば良かったのですが‥‥」
 母親の作った旋律を教えることは出来るが、どうも上手く詩を作ることが出来ないのだと彼女は告げた。様々な経験を積んでいる冒険者達ならば、自分達よりも良い言葉が紡げるのではないかと縋る思いなわけだ。
「それに私達は‥‥その‥‥あまり、歌が‥‥」
 長女はあからさまに言葉を濁した。心なしか視線も反らされた気がする。

 そうか、下手なのか――多分致命的に。

「頭の中では母の作った旋律を正しく再生できますのに、どうしたことでしょうね、口に出すと音がずれておりますの」
 次女は不思議ですね、と呟き首を傾げた。
「母がどんな歌詞を考えていたのか、どんな曲名にしようとしていたのかはわからないのよ」
 三女は盛大に溜息をつく。
 母親の遺品の中にも歌詞の書きとめられたようなものはなかったらしい。本来予定されていた歌詞は婦人の中に眠ったまま――永遠に失われてしまった。
「母の作った旋律に母が弟を愛していた、大切に思っていた、そんな母の心を乗せて欲しいのです」
 私達はもうこの曲に縋るしかないのです、母が弟の為に作ったこの曲に――。
 三姉妹は声を揃えて告げた。


「思い出の旋律で少年を助ける‥‥か。確かに変わった依頼だが、三姉妹はその‥‥正しく歌えないのだろう?」
「そう‥‥らしいですね」
 尋ねる冒険者に、ギルド職員は苦笑を返す。
「数日間、旋律を教えるためにお屋敷の一室を貸して下さるそうですよ。それに記憶には正しい音が残っているようですから、彼女達の歌から連想して歌ってみればいいんじゃないですか? 連想した部分が合っていれば、次のフレーズに、みたいに」
 少しでも音楽に関する知識のある人がいれば、正しい旋律を連想し、音楽の知識のない仲間に教えることも出来るだろう。
「‥‥あとは歌詞か‥‥」
 母が子の為に紡いだ優しい、子守唄の様な旋律。
 慈愛に満ちた、母の愛が少年に伝わるような――全体を通してそのような歌詞になることを依頼人達は望んでいる。
「そして本番、ですね」
 技の巧拙よりも歌声に込められた気持ちが大切だ。(三姉妹ほど激しく音を外すのは問題だろうが)
 気持ちさえ込められれば、歌い手は素人玄人を問わないという。
「幼子の心に歌を届ける‥‥か」
 冒険者は張り紙の前でぽつりと呟いた。
 少年の心を目覚めさせるような願いと祈りのこもった歌。
 彼を大切に思う人の気持ち、それを代弁することにもなる。
「小さな命の為に‥‥。気になるようであれば、引き受けてみたらどうですか?」
 張り紙の前で考え込む冒険者に、ギルド職員は微笑んだ。

●今回の参加者

 ea4207 メイ・メイト(20歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea6089 ミルフィー・アクエリ(28歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb2093 フォーレ・ネーヴ(25歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 eb8306 カーラ・アショーリカ(37歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)

●リプレイ本文

●子守唄?
 館に招き入れられ三姉妹と相対したときは、普通にかわいいお嬢さんたちだなぁと誰もが思った。だが‥‥
「善は急げなのです‥‥私がどこまでできるか分からないのですけど、まずは貴方たちの歌を聞かせて欲しいのですよ」
 とミルフィー・アクエリ(ea6089)に急かされて紡がれたその旋律は‥‥
(「え? 確か子守唄だよね!?」)
 聴覚のいいフォーレ・ネーヴ(eb2093)だけでなくその場にいた全員が唖然とせざるを得なかった。

 例えるならば、子守唄が――軍歌に聞こえる。

「これは、やり甲斐があるのら」
「そ、そうどすなぁ」
 まさかここまでとは。カーラ・アショーリカ(eb8306)とメイ・メイト(ea4207)は思わず深い溜息をついた。
「申し訳有りません」
 長女ウィスティリアは必死に謝罪。
「意図して音を外しているのではありませんのよ?」
 次女レディアはおっとり首を傾げる。
「だから人を雇ったのよ。何とかならない?」
 三女フェリシテは高慢に言い放った。
「では歌を思い出しながら手拍子をとってもらえます? これなら外れることもあらしませんやろ?」
 メイの提案に三姉妹は頷いて従う。手拍子を取りながらもう一度通しで歌ってもらったが一度に全てを、は無理そうだ。
「やはりワンフレーズずつ繰り返してもらうです」
 三姉妹に何度も何度も通しで歌うという負担をかけるわけもはいかない。いや、むしろ聞いているこっちの負担が大きい。歌に自信のあるミルフィーが中心になり、原曲の推測(というよりもはや復元作業に近い気もする)が始まった。
「曲は任せたのら。私は詩を考えるのら」
 カーラは椅子に腰掛け、用意されていた羊皮紙を前に詩を考え始める。だがいかんせん肝心の旋律がわからないことにはイメージし辛い。
「歌を歌うのは好きなんだよね〜♪でも、歌えるような『曲』になるまで時間が掛かりそうだよね」
 曲の推測はミルフィーとメイに任せ、フォーレはカーラの側の椅子に座った。
「そうなのらねぇ」
 二人は三姉妹相手に苦戦しているミルフィーとメイを見て、思わず溜息をついた。
 予想していたより骨が折れそうだ。

●最善の道へ
「このままじゃあエルファス君自身もまずいと思うです‥‥早く曲を仕上げて、お姉さん達にも歌ってもらえるといいと思うのです」
 ベッドの端に腰掛けたミルフィーの言葉に、他の三人も頷く。

 初日、三姉妹の音の外しように「一日に数時間の通いじゃ無理かもしれない」と思った一同に救いの手が差し伸べられた。父親が、息子の為に骨を折ってくれる方々の為にと部屋と、そして食事の用意をしてくれたのだ。彼も、直接触れはしなかったが娘達の歌唱能力が、彼女達を苦労させるであろうとわかっていたらしい。ああ、三人のうち誰か1人でも母親の才能を受け継いでくれていたら。
 父親の計らいにより十分な時間を得ることが出来、三日目には原曲の推測は完了した。歌唱能力に長けたミルフィーやメイはすぐにその旋律を覚え、フォーレとカーラにも教える。最初三姉妹の歌を聞いたときにはどんな曲だか想像も出来なかったが、出来上がってみれば本当に緩やかで優しい、子守唄のようなメロディーだった。

「エルファス君の母親は、色々思い残すことがあったと思うのら。特に幼い彼のこれから。彼女が今の状況を知れば深く悲しむと思うのら」
「そうどすねぇ‥‥。神聖白の魔法には精神的なショックを回復させる魔法があるんどす。せやけど、それかて一時的なものどすから最良とはゆえません。今回の場合やと、二度目のショックを受けかねませんしなぁ」
 カーラとメイは改めて自分達の今回の役割の重要さを実感する。人の想いが人の心を動かす――今回はそれに賭けるしかないのだ。
「歌詞、考えてみたよ」
 部屋に設置されていた机に向かっていたフォーレは、羊皮紙に書いた自分の歌詞を皆に見せる。羊皮紙を帯状に切り、そこに歌詞を書くことで他の者が考えた歌詞との順番の入れ替えを容易にするという工夫がなされている。
「いい歌詞です‥‥でもイギリス語だと、読めない人もいると思うのですよ。私も、アプト語は読み書きできないですけど」
 羊皮紙に書かれた歌詞を読んだミルフィーの指摘に、フォーレは「あ」と小さく呟き口元に手を当てる。
「私はイギリス語、読めないのら」
 ごめんなのら、とカーラは軽く肩を竦めた。
「うちらの間では口頭で伝達すればいいと思いますえ。せやけど三姉妹やエルファス君に歌詞を残すのでしたら、アプト語で書くのがいいどすえ」
 アプト語とイギリス語の両方に通じているメイがフォーレに代わり、羊皮紙への書き出しを請け負う。精霊の働きにより日常会話は気にならないが、文字に起こすとなると多少問題になる。
「なるほど、アプト語で書くと私の歌詞はこんな風になるんだね」
 好奇心旺盛なフォーレは興味津々の体でメイの手元を覗き込んでいる。
「みんないい詩を考えたのらねぇ」
 書き出された詩を並べ、カーラは頷く。悲劇の連鎖はここで断ち切らなければ。
「後はお姉さん達にも一緒に練習してもらいましょう‥‥エルファス君の事を一番良く知っているのですから、きっと彼の胸に届くのですよ」
 そう、歌は気持ちが大事。何よりも彼を思う気持ちの深い三姉妹ならば、たとえ下手でも練習すれば想いを乗せた歌を歌えるだろうとミルフィーは思う。
「明日はうちらも歌詞をつけての練習どすえ。その後、三姉妹にも練習してもらいましょか」
 頭の中で曲を思い出しながら、メイは書き出した詩を曲調に合わせて入れ替え続ける。
 本番まで、あと僅か。

●小さき命のためのアリア
 大きな窓のある広い部屋に置かれたベッド。その上に仰向けに横になる少年は痩せ細り、瞳はどこにも焦点を合わせていない。彼の心を引き寄せようとしてベッドの周りに展開された多数の玩具が、寂しげに一同を迎えた。
「エルファス君、私‥‥母親の代わりはできないです‥‥けど、エルファス君に元気になって欲しい‥‥その気持ちは皆同じなのです‥‥だから聞いて欲しいです」
 ベッドの上の少年に声をかけた後、ミルフィーは三人に合図をする。それを受けて一同は大きく息を吸い込み、旋律を紡ぎ始めた。まずは歌詞を乗せず、彼の母親と同じ「ラ〜」でのみ。
 ミルフィーのしっかりとした旋律を中心に、メイの歌声が重なる。フォーレとカーラもエルファスの反応を見つつ、歌う。
「あっ!」
 部屋の隅で状況を見守っていた三姉妹の誰かが声を上げた。エルファスの小さな手がぴくりと動いたのだ。
 母親の紡いだ旋律を、無事再現することが出来たのだ。四人は顔を見合わせ、初めからもう一度歌う。今度は肝心の歌詞を乗せてだ。

『今日も眠りの時間、明日まで夢の世界よ』

 まずはカーラがゆっくりと導入部を紡ぐ。もしかしたら彼の母親は自分と同じ位の年頃で死出の旅に出ざるを得なかったのかもしれない。でも決して彼の事を嫌いになったからではなく、どうしても側にいることが叶わなくなってしまったのだ、それをわかって欲しい。

『眠れぬなら腕広げ身体を包もう。怖くはない』

 続けてフォーレが明るく、安心させるように歌う。歌うことが好き。自分の歌が誰かの役に立てるならいくらでも歌おう。

『貴方の髪を撫で、ぬくもりを感じ愛しく思う』

 目を閉じ、彼の心に届けと祈りながらミルフィーが歌う。母親の代わりにはなれない。だけど母親が彼を愛しく思う気持ちを想像することは出来る。

『遠く離れていても、何時も優しく見守ってる』

 微笑を浮かべ、エルファスを見つめながらメイが最後の歌詞を紡いだ。そう、母親はもういない。けれどもいつでも見守っている。だから強く生きて欲しい。

「かあさま‥‥?」
 ぽつり、エルファスが呟いた。フォーレが素早く反応して三姉妹に声をかける。
「ねーちゃん達も歌って!」
「私達も一緒に歌いますから大丈夫なのですよ。練習も沢山しましたし」
「なにより、重要なんは上手い下手やのうて気持ちやからなぁ」
 戸惑った三姉妹だったが、ミルフィーとメイの言葉に後押しされておずおずと口を開く。母親のように上手には歌えないが、弟を思う気持ちは負けない。どうしてもずれる部分は皆でカバーする。
「お父さん、お願いなのら」
 カーラは皆が歌っている間に父親の側に寄り、事前に打診しておいた呼びかけをお願いした。父親は頷き、ベッドサイドへ歩み寄る。
「エルファス‥‥母さんはお前が良い子じゃないからいなくなったのではない。お前にとても会いたい、でも会えない所に行ってしまったんだ‥‥」
 涙声の父親の言葉に、歌い続ける三姉妹だけでなく四人も胸を締め付けられる。5歳の子供には過酷かもしれない。けれど漠然とでもいいから事実を理解してもらわなければならない。
「母さんはいつも、お前を見守っている」
「‥‥とうさま」
 悲しみに溢れる父親の言葉に、エルファスは首を巡らせてその顔を見つめた。
「この歌に込められた母親の想いは、無くなることはあらしません」
 姿は見えなくなってもいつも側にいるどすえ、とメイは優しく微笑んだ。
「エルファス君の中に残ってるぬくもりや思い出‥‥その全てがエルファス君の中のお母さんなのです。それを大事にして生きていくことが‥‥」
 まだ難しいかもしれないですけど、きっとお母さんもそれを望んでいると思います、とミルフィーは励ます。
「エルファス君にはお父さんもお姉さん達もいるのら。一緒に強く生きていってほしいのら」
「君は独りじゃないからね、君を愛する人は沢山いるんだよ」
 エルファスはカーラとフォーレを順に見、そして部屋に集まった一同を見回した。
「そっか‥‥」
 漠然とではあるが理解したのだろう。一瞬暗い表情を浮かべた彼だったが、次の瞬間悲しさは拭えないがその顔には笑顔が浮かんだ。

「ねぇ、お姉ちゃん達‥‥かあさまの曲、もう一度歌ってくれる?」