●リプレイ本文
●彼女の人となりは
時は年の瀬。新年を迎えようとするこの時期に人探し、それもゴーレム工房からの依頼となれば急ぎのものなのだろう。集まった冒険者達はその依頼を遂行するために頭を突き合わせていた。
「まずは情報を共有しておきましょう」
依頼がギルドに張り出された時点で公開されていた探し人の情報は名前と年齢、髪の色と目の色。いるらしいと思われる地域の情報。月下部有里(eb4494)は出発前にゴーレム工房へ赴き、件の女性ユリディス・ジルベールについてもう少し情報を得ていた。
「ゴーレム工房で彼女の人物像について尋ねた所、比較的新しい人達は彼女の事を知らなかったのよ」
「それは彼女が旅に出ていて王都へ戻っていないからでしょうか?」
アルトリア・ペンドラゴン(ec4205)の問いに有里は頷く。
「手紙は人づてだったりシフール便を使ったりと色々な手段で定期的に届けられているらしいのだけれど」
「定期的に手紙を送っているということは、几帳面な人物なのであろうか」
「それがそうともいえないみたい」
有里はシャルグ・ザーン(ea0827)の言葉に苦笑を漏らす。
「王宮の、それもゴーレム工房が捜し求めるようなら『要人』だと思うのよ。もしも彼女がゴーレムに関わる重要な機密を知っているとしたら、そんな彼女を工房がただで手放すと思う?」
「つまり何らかの理由でユリディスさんは旅に出た。ゴーレム工房が彼女の旅立ちを許可する条件として、常に工房側で居場所を把握できるように手紙を書かせているということでしょうか」
口元に手を当てて考え込むようにして結論付けたルイス・マリスカル(ea3063)。
「きっと、条件はそれだけじゃなかったでしょうけれど、さすがにそこまでは教えてくれなかったわ」
有里は彼の言葉に肯定を返す。
「彼女が旅立った理由とかもさすがに教えてもらえなかったけれど、彼女は向学心旺盛で懐の広い人物だったみたいね。後は『胸が大きかった』とかいう要らない情報まで得たわ。3.4年前に旅立った人間の女性よ」
まったく男って‥‥と口の中だけで有里は呟く。
「3.4年も経てば、人間じゃったら大分大人びているかもしれんのぅ。工房の人間の記憶と現在の状態が違っている事もあるかもしれん」
と、ギーン・コーイン(ea3443)。ドワーフであり成長の緩やかな己ならば、3.4年ではあまり変化がないだろうが。だが種族が分かった事で探しやすくなったのも事実。
「それでは予定通り、手分けして探しましょう」
一行は泊まる村を事前に定め、川沿いを探すシャルグ、対岸を探すルイス、書状を持って馬車で進む本隊の3班に分かれることにした。
●その行く手を遮るものは
唐突だが、シャルグは行く手を塞がれていた。
ここ数日川沿いの村や町などを中心にユリディスの情報を集めていた彼だったが、他の班も彼も、まだ有力な目撃情報を得られていなかった。彼が次の村へ‥‥と思い街道へ出たところで、数人の見るからに柄の悪そうな男三人がその行く手を遮ったのである。
「ようようよう、痛い思いをしたくなかったら荷物を置いていけ? 俺達もこの年の瀬に暴力を振るいたくは無いからよう」
真ん中に立った男が斧を肩に担ぐようにして、にやにやといやらしい笑顔を浮かべる。恐らく1対3という数的に有利な状況であるが故に余裕をかましているのだろう。
「念のために忠告いたす。貴殿たちこそ痛い思いをしたくなければ道を空けい。我輩は急いでおる」
「はぁ? 何言ってるの、このおっさん」
三人のうち一人が、見るからに上背の有るシャルグに動じた様子もなく、武器を構える。
「急いでいるなら荷物を置いてさっさと逃げれば? 荷物さえ置いていけば痛い思いはさせないっていって‥‥」
「忠告は致した」
三人目の台詞が終らぬうちにシャルグは愛馬に乗せたランスを取り出し、構える。「このおっさん、やる気か?」などという声が聞こえた気がするが、そんな声に耳を傾けている暇すら惜しい。シャルグは三人の間で一番隙の多い部分を狙い、ランスを構えたまま走り抜けた。
さながら神話に出てくる登場人物になった気分だ、などと思いながら単身ユリディスの情報を求めて動いていたルイスは、手がかりと共に困った事態に遭遇していた。
「ユリディス先生に何の用だ!」
「いえ、ですから別に変な目的で彼女を探しているわけではありません」
若い女性を探し回る若い男――チキュウで言う所のストーカー疑惑を掛けられそうになったルイスは精竜銅貨章を提示し、身分証明代わりとする。だが見せた相手はまだ9歳くらいの子供。その勲章の意味などわからず――
「先生に近づくなら俺を倒してからにしろ! 先生は俺と結婚するんだ!」
――やはり通じていない。
彼女の名前を出しただけでこの反応。この少年が彼女を知っているのに間違いはなさそうだが、この調子では中々警戒心を解いてくれそうにない。少年は、まるで毛を逆立てて威嚇する猫のようだ。
「ユリディスさんはこの村にいるんですね?」
「ふふふ、残念だったな、先生はもうこの村にはいないぞ!」
軽い誘導尋問じみた言葉に乗ってくる少年。得意気になっている所を見ると、どうやら自分が相手に重要な情報を漏らした事に気がついていないらしい。
「こら! 何をしているんだね!」
と、横から少年の頭に落ちたのはげんこつ。つかつかと歩いて来た恰幅のいい婦人がルイスに頭を下げる。
「すいませんねぇ、冒険者様。ユリディス先生をお探しとか?」
「ええ。彼女の知り合いから文を届けるように頼まれていまして」
話の通じる大人に出会えてほっとしたルイスは、予め用意しておいた口上を述べる。婦人は最初こそ精竜銅貨章を珍しそうに、そしてルイスの美しい顔をぼーっと眺めていたが、はっと我に返ったように口を開く。
「ユリディス先生なら対岸の村に行くといって、もう2.3ヶ月位前にこの村を出て行かれましたよ。子供達だけでなく文字を学びたい大人にも根気強く教えてくれるいい人だねぇ、あの人は」
対岸の村――だとしたらシャルグか本隊が既に発見しているかもしれない。ルイスは婦人に丁寧に礼を述べた後、川を渡るべく急いで村を後にした。もう少し聞き込みを続ければ彼女の人となりについての情報が得られそうだったが、本人に会えるならば会って確かめた方が確かである。
●金髪の彼女は
「聞いてきました、あの家だそうです」
アルトリアが指したのは、村の中で一番大きな家だった。彼女が教師として村に駐留し、人々に知識を与えているのであれば一番大きな家――村長らしき者の家にいるだろう事は十分予想の範疇だった。
書状をもった本隊は貸与された馬車に乗り、御者の案内で村を巡っていた。実は王都に比較的近い村で聞き込みをした所、得られる情報は古いものが多かった。ユリディスは王都を出た後はまず近くの村で教師の様なことをしていたらしい。
別働隊と共に捜索を続け、数日川を遡った所にある村で「女先生がいる」という情報を得られたのだった。
「会ってもらえるかのぅ」
「ゴーレム工房からの書状があるのだもの。さすがに無碍にはされないでしょう」
呟いたギーンに返し、有里を筆頭に三人は教えられた屋敷へと足を進める。応対に出た初老の婦人に蝋で封をされた書状を見せて王宮からの使いである旨を伝えると、婦人は慌てて一度奥へ引っ込み、暫くしてから三人を招き入れた。
「いらっしゃい。王宮からの使いということは、もうタイムリミットかしらね」
ギーンが婦人に通された部屋の扉を開けると、中を確認する前に女性の声が降りかかってきた。どうやら彼女は部屋の奥にいるらしい。
「良く私を見つけられたわね。初めまして、私がユリディス・ジルベールよ」
アルトリアが後ろ手に扉を閉めたのを確認し、彼女は艶然と微笑んで口を開いた。長い金の髪をさらりと流した、意志の強そうな女性だ。
「わしはギーン・コーインじゃ。こっちの2人と他に2人、計5人であんたを探しとった」
「これ、ゴーレム工房からの親書よ。タイムリミットかどうかはこれを読めば分かるんじゃないかしら?」
有里から差し出された丸められた羊皮紙を受け取り、失礼、と微笑んでユリディスはその封を破る。その瞳がするすると羊皮紙上を走るのを三人は黙って見つめていた。
「そろそろ仕事をしなさいってお怒りみたいね」
「お仕事、ですか?」
悪戯じみたその言葉にアルトリアが真面目に聞き返す。
「私、こう見えてもゴーレムニストなの」
いきなりの爆弾発言にギーンとアルトリアは驚いたが有里は予想していたのか、涼しい顔で彼女の言葉を聞いている。
「新たに建築中のゴーレムニスト養成施設と関係があるのかしら?」
「あら、知っていたなら話してもよさそうね」
彼女は有里の言葉にクスと笑い、続けた。
「旅を切り上げて、そのゴーレムニスト養成施設の講師として国の為に働きなさい、という命令ね、これは」
指で挟んでひらひらと揺らされる書状。いいのだろうか、こんな扱いをして。
「ユリディスさんの旅や教授の目的はもう達成されたのかしら?」
「旅に出た当初に比べれば、ね。私の目的は終わりのないものだから」
「差し支えなければ‥‥その目的を聞いてもいいでしょうか?」
有里の質問に答え、遠慮がちなアルトリアの質問に軽く首を傾げるユリディス。
「必死で勉強をして、比較的若い年齢でゴーレムニストとして認められたけれど、気がつけば私はゴーレム以外のことを殆ど学んでなかったの。良いゴーレムニストとして国の為に働くには、もっと幅広い知識が必要だと思ったのよ」
「見聞を広めるために旅に出たのじゃな?」
ギーンの言葉に彼女は頷く。
「ただあてもなくふらふら旅をするより、一箇所に2.3ヶ月落ち着いて人々の中に身を置く事で様々な知識を吸収しようと思ったの。それに『教える』ことで逆に『学ぶ』こともあるでしょう?」
分かるかしら、とクスと笑う彼女。
「確かに知識の吸収が目的なら、際限はないわね」
有里もクスと笑う。
「あの、でも私達はあなたを王都へ連れて行かないとならないんです」
「そうじゃな、そこまでが今回の任務じゃ」
彼女に王都行きの気がないのではと不安になったアルトリア。ギーンもどうしたものかと首を傾げる。
「心配しなくても大丈夫よ。そろそろ一旦戻ろうと思っていたところだし、後進を育てるのも自身の勉強になりそうじゃない? 長くゴーレムから離れていたから、私も勉強し直さないといけないけれど」
「その割には楽しそうね?」
彼女は軽く言ったが、ゴーレムニストとしての勉強はそんなに簡単なものではないだろう。だが有里の言葉にユリディスは軽くウィンクして答える。
「だって、今までと違った『講師』になれば、色々と新しい知識を得られそうだもの。出発は明日でいい?」
他の仲間と合流しないといけないから明日で、とギーンが返した時には、既に彼女は嬉々として荷物を纏め始めていた。
かくして五人と、ユリディスを加えた一行は王都へと無事に帰還したのである。道中、向学心というか知識欲旺盛な彼女に一行は色々な質問を浴びせられたりもしたのだが、それはそれで良い思いでとして。
王宮内へ消えていく彼女の背中を見送った後、五人はギルドへ依頼完了の報告をするために王宮に背を向けたのだった。