ヴィ・ラ・プリンシア〜この手で救いを〜
|
■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:9人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月08日〜01月13日
リプレイ公開日:2008年01月13日
|
●オープニング
●小さな姫君との逃避行
その大きな手は私をひょい、とかるくかかえあげて。
ごはんをあまりもらえないせいでうまく動かない私のからだは、その力強いうでに守られるように夜のやみをぬっていく。
「どこにいくの? エシャート」
「お嬢様は何も心配なさらず。このエシャートがお守りいたします」
なにをきいても、エシャートはそうくりかえすばかり。
私は外がめずらしくてさいしょは彼の馬の上できょろきょろしていたけど、とちゅうでゆれがここちよくてねむくなっちゃった。
目がさめたら石造りの部屋の中、エシャートのマントにくるめられて私はねかされていた。
どうぞとさしだされたのは、少しかたくなったパンとかわぶくろに入った冷めたハーブティ。
「本当は柔らかいパンと暖かい飲み物を差し上げたいのですが」
エシャートはそう言ったけど、わたしは柔らかいパンなんてたべたことなかったから、パンってこんなにおいしいものなんだっておもった。とちゅう、パンがのどに詰まりそうになるとエシャートかわぶくろを口にあててくれる。中からながれこんでくるのは、冷たいけれどふしぎな香りのする水。
「いきなり沢山召し上がったらお腹が驚いてしまいますから少しずつにしましょう。暫くはここから動きませんから、まだゆっくりと食べる時間はありますよ」
はじめて部屋の外に出て、はじめておうまさんにのせられて、はじめてまどからさしこむ朝日をあびて。外に出たことなかった私のからだはねむったというのにくたくただった。まだうごかなくてもいいというのはちょっとうれしい。
こくりとうなづいた拍子に肩からエシャートのマントがするりとすべりおちた。朝日にてらされて私のからだについたたくさんの赤黒いしるしがめだつ。いちばんあたらしいのは、左のふともも。
「‥‥おかあさまは、どうするのかな」
「‥‥!」
ふと口から出た私のことばに、エシャートが息をのむのが分かった。
私がいなくなったら、おかあさまは誰をぶつのだろう。誰をののしるのだろう。誰をにくむのだろう――。
●
「‥‥‥」
すっかりギルド職員の仕事が板についてしまった支倉純也は、先ほど舞いこんできた依頼をどうするべきかずっと迷っている。職員としては身元のしっかりした者からの依頼で、かつ正当な料金がしっかりと払われるのだから、一通りチェックが済んだら冒険者達に公開するのが仕事だ。だが彼の中の冒険者としての一部分が、その表情を硬くさせている。
「何難しそうな顔してるんだ?」
通りすがりの冒険者に声をかけられてはじめて、彼は自分が眉間に深い皺を刻み込んでしまっていた事に気がついた。慌てて表情を繕う。
「‥‥いえ、少しばかり辛そうな依頼がありまして」
「辛そう? 辛いかどうかを決めるのは依頼を受ける冒険者達だろう?」
「‥‥ごもっともです。私がこの依頼を受ける冒険者だとしたら、辛いだろうと思ったのです」
冒険者の指摘に、純也は訂正する。
「とある貴族の末娘が、その家の私兵に誘拐されました。その私兵を処分して娘さんを連れ帰るのが、依頼内容です」
「何だい、駆け落ちかい?」
「いえ‥‥私兵は20代後半ですが、娘さんはまだ7歳だそうです」
「そりゃ駆け落ちにしたらちょっと問題だな」
依頼をしてきた貴族によると夫人つきの私兵であるエシャートという男が昨晩末娘を攫って屋敷を抜け出したのだという。
「攫ったといっても計画的なものではなく衝動的なものだろうと言われています。現にどこに行くでもなく、二人はいまだ領地内の今は使われていない塔にいるそうです。その娘さんは身体が弱いらしく、いきなりの長旅には耐えられないというのも理由かもしれないとのことです」
「身代金でも要求するつもりなのかね? ともかく金を出して冒険者なんかに頼まなくても、貴族様ならお抱えの私兵で解決できるんじゃねぇか? それとも何か、冒険者を相手にするのが誘拐犯の要求か?」
「いえ‥‥貴族側は、私兵同士に殺し合いをさせたくないとの事。エシャートという男性は私兵内でも人望が厚かったため、手心を加える者が出るのではないかという危惧もあるそうです」
純也の言葉に冒険者はなんだかなぁと溜息を零す。
「おそらく『見せしめ』の意味合いも強いのかと思います。『逆らうとこうなるぞ』という」
「うげぇ、なんというか貴族の考える事らしいぜ」
「冒険者達が塔へ向かえば、エシャートが一人で応戦すると思われています。彼を殺す事は歴戦の猛者であればたやすく、そうでなくても人数がいれば簡単に済むでしょう。娘さんはあまり長距離動かせる状態ではないようですので、冒険者達が到着するまでに塔から脱出される可能性は低いでしょう。冒険者や私兵が敵として現れたと知れば、エシャートはその性格からして、娘さんを守ろうとして自ら出てくるだろうとの事です」
「お前さんは何がそんなに嫌なんだ? 確かに他の私兵に対する見せしめとして人を殺すのはいい話じゃねぇが、貴族の娘を誘拐したんだ、罰を受けてしかるべきだろう?」
冒険者の言葉に純也は、声を低くして呟いた。ギルドの雑踏にかき消されそうになったそれを、冒険者は辛うじて拾う。
「‥‥噂があるのです」
「噂?」
「夫人が、末娘を虐待しているのではないかという‥‥」
「虐待ぃ!?」
「なので、エシャートという男性が娘さんを連れ出した理由が気に掛かっています」
「だが依頼は、娘の奪還と男の粛清なんだろう?」
純也は頷く。理由はどうであれ貴族の娘を攫ったエシャートには相応の罰が与えられるのはしかるべきだが、気になる事は気になるのだ。知ったからといってどうとなるわけでもないのに。
●この小さな手を護り抜けるか
自分のやっていることが一時凌ぎにしかならないことをエシャートは良く分かっていた。
「ここなら貴方の眠りを妨げる者はおりません、ゆっくりお休みください」
告げて先ほど寝かしつけた主家の末娘の寝顔を見ながら溜息をつく。
自分を追う者は直ぐに現れるだろう。あの夫人が恐れているのは虐待の事実を夫に知られる事だ。末娘は病弱故に離れにて特別な治療を受けさせている、そんな嘘を主人は当然のように信じている。夫人に興味のなくなった主人は、子育てに関しては全て夫人や乳母に任せっきりだ。だがその末娘が食事もろくに与えられず、昼夜問わず夫人の気の向くままに暴力をふるわれていると知ったらさすがに夫人を叱責するだろう。夫人はこれ以上夫の心が離れていくのを恐れている――だが夫の心が自分に向かない事を嘆き、夫に全く似ない末娘に当たる――悪循環だ。
夫人は十中八九、全てを知っている自分を始末に掛かるだろう。だが末娘の誘拐、そして自分付きとはいえの私兵の死をこっそり始末する事までは出来ぬはず。エシャートはこれでも忠実に主家に使えて来、主人の信頼も厚いと自負している。どこからか主人の耳に入るだろう。そこで主人が――誰かがこの事件を、末娘の様子を少しでもおかしいと思ってくれればよい。
身体中に出来た無数の痣の跡――古いものから新しいものまで。
年齢の平均にすら到底満たぬ小さな身体――細い手足、青白い顔。
自分の死が、少しでも主人に異変を気づかせるきっかけとなるならば本望だ――エシャートは少女の、栄養の行き届いていないぱさぱさの髪をそっと撫でる。
最期の最期でこの子を護りぬけさえすれば――。
●リプレイ本文
●敵か味方か
「「誰かがいる」」
塔に近づいたときにそんな内容を口にしたのは三人。インフラビジョンを使った伊藤登志樹(eb4077)とバイブレーションセンサーのスクロールを使ったケヴィン・グレイヴ(ea8773)とデティクトライフフォースを使った雀尾煉淡(ec0844)だ。その報告に他のメンバーも警戒心を露にするが、その『誰か』は身を隠すでもなく一行を見つけると塔の方から駆け寄って来た。2人の若い男である。
「あなた方はエシャート殿を殺しに来たのですか」
単刀直入も過ぎるというほどに一人の男が口を開いた。どう答えたものかと冒険者達の間に一瞬沈黙が降りる。
「私達は奥様に命じられてエシャート殿を監視していました。ですが、あんなにいい方が殺されるのを黙って見ていられません!」
沈黙を是と取ったのだろう、もう一人の男が縋るように冒険者達を見た。
「私達は――」
「――エシャートさんを捕縛してきます。あなた方は彼が窓から身を投げたりしないように見張りを続けてください」
彼を助けたいと思っているんです、そう続けようとしたベアトリーセ・メーベルト(ec1201)の言葉をルイス・マリスカル(ea3063)が遮り、2人の私兵にはどちらともつかない態度を見せて塔へと歩み行く。何か言いたげな二人を残して全員が入ったところでシュバルツ・バルト(eb4155)が扉を閉めた。
塔の中は今は使われていないという情報通り多少かび臭く、埃っぽかった。
「何故止めたのですか? あの2人はエシャートさんの事を心配していたではないですか」
「それが演技だとも限らないからですよ」
ベアトリーセの言葉に答えたのはフィリッパ・オーギュスト(eb1004)。彼女は「ですよね?」とでもいうようにルイスに視線を送ってみる。
「確かに彼らがエシャートさんを慕うのは演技であり、実際は我々がきちんとエシャートさんを殺すかどうか、夫人から監視を命じられているのかもしれません」
「そっか。油断は出来ないね」
シルビア・オルテーンシア(eb8174)の補足に納得するフォーレ・ネーヴ(eb2093)。
その時遠くから聞こえてきていた石を打つ足音がだんだんと近づき、止まった。聴覚の良い数人の中にはその接近に既に気づいていた者もいたが、それは予想の範疇だったのでそのままにしていたのだ。
「あなた方が私を殺しに来たのですね」
低めの落ち着いた声が階段の上から降ってきた。塔に人の近づいた気配を、中に人の入った気配を感じ取ったエシャートのものであった。
●差し伸べられる手
当の最上階。明り取りの窓からは陽精霊の光が差し込み、マントと毛布に包まった少女がすやすやと眠っていた。だが階下から上がってくる複数の足音にびくりと身体を震わせて、目を開く。
「‥‥だれ?」
もぞりと大儀そうに起き上がり、怯えで揺らぐ視線で捉えたのは四人の男女。見知った顔はそこにはない。
「エシャートさんがお話している間に君のお世話をしに来たんだよ。怖がらないでも大丈夫だからね。お腹すいてない?」
フォーレがにこ、と微笑んで一口サイズのサンドイッチを取り出す。
「待った。衰弱してる状態のに固形物はヤメ。料理の出来る奴、粥とかスープの流動食を作ってくれ」
チキュウの医学の知識を多少持っている登志樹がフォーレの手を止め、一緒に上がってきた仲間を見渡す。
「シュバルツさんから魔法瓶に入った暖かいミルクを預かっています。これにリコリスのクッキーを入れてふやかすのはどうでしょうか?」
「私も甘い保存食を持ってきました。大事な思い出の品ですが、きっとこの日使う為に戴いたのですっ」
「じゃあちょっと作ってみるから、その間に診察お願いできるかな?」
煉淡とベアトリーセの取り出した食材を元に、料理の心得のあるフォーレが流動食作りを開始する。その間に傷の跡を見ようと登志樹が毛布とマントに手を伸ばすと、少女はびくっと身体を震わせる。
「あー、大丈夫だ。俺は叩いたりしない」
その反応にポリポリと頭を掻いて登志樹はできるだけ優しく告げる。そしてゆっくりとマントと毛布をはいでいった。そこから現れた身体は綿でできたノースリーブの下着――チキュウで言う所のロングキャミソールの様なものに包まれた、痣と切り傷跡、火傷らしい跡のついた身体。腕や足、恐らく下着に隠された部分にも様々な跡があるのだろう。良く見ると少女の唇の端にも治りきっていない、殴られたと思しき跡があった。
「この痣、マジ虐待か!?」
噂はあったが此処までとは思わなかった――登志樹が思わず声をあげ、舌打ちする。自分のいた世界の様なちゃんとした医者がいれば、子供に対する適切な処置が分かるのだが。
「聞き込みをした私兵達が言ってましたね。この子の姿を見ることはなかったけれど、小さな泣き声はよく聞こえていたって」
「薬や治療を嫌がって泣いているんだって夫人は説明していたらしいよね――はい、できたよ。少しずつゆっくり食べてね」
痣や傷の様子を確認するベアトリーセ。真新しいものもあったがそれよりも古いものが多く、これならばエシャートが虐待の犯人だと疑われても直ぐに疑いは晴れるだろう。フォーレは出来上がったペースト状より少し液体に近い食料をスプーンでゆっくりと少女の口に運ぶ。少女は回りの大人を見回し不思議そうな顔をして見せた。食べてよいのか迷っているのだろう。
「無理しない程度にな、食べていいからな」
「ぱく‥‥こくん」
登志樹の言葉を受けて恐る恐るそれを口にして飲み込んだ少女は、甘さとミルクのまろやかさに目を丸くする。こんな簡素な食料でさえ少女にしてみればご馳走だという事だ。
「‥おい、しい‥‥」
「お嬢さん、貴方はこれからどうしたいかな?」
数匙食料を飲み込んで少女が人心地ついたところでベアトリーセが尋ねた。その横では煉淡が黒く淡い光に包まれていた。リードシンキングで少女の思考を読み取るためだ。
「‥‥エシャートと、一緒に、いたい」
小さな口から吐息のように漏れた言葉。煉淡が読み取ったものはエシャートと引き離された不安、であった。
●生き、見届けさせるために
「もう一度申し上げると、私達は貴方を殺しに来たのではありません」
塔の階下の部屋。少女に聞かせるべき内容ではないと判断して冒険者達は二手に分かれた。エシャートと共に階下に残った者としてシュバルツが口を開く。
「奥様は私の殺害を命じられなかったのですか?」
「では何故貴方は自分が殺されると思っているのですか?」
困惑した様子のエシャートの表情が、シルビアの言葉を受けて更にその色を濃くしていく。
「私が‥‥全てを知っているからです。奥様がお嬢様を虐待している事も、全部‥‥」
「貴方は虐待の現場に居合わせたのですか? 止めようとは思わなかったのですか?」
「止めようとしました! 何度も!」
ルイスの問いに彼は瞳を苦痛に揺らがせて、訴えるかのように言葉を紡ぐ。
「ですが奥様は私の静止など聞いて下さらず‥‥あまりうるさく忠告したためにお嬢様の部屋の立ち入りも禁じられてしまい‥‥でも、あの悲痛な鳴き声と『どうして助けてくれないの』とばかりに見つめる瞳が頭から離れなくて‥‥あのままではお嬢様は殺されてしまうのではないかと」
「だから娘を助けるつもりで連れ出したのか。だがお前がここで死んでは何も変わらない。子供は再びその、心の病気の母親の元に戻され、悲劇は繰り返される」
「ケヴィンさんに同感ですわ。私達は夫人の依頼でここへ参りました。本来ならば貴方を処分し、娘さんを夫人の元へ戻すのが仕事です。貴方は、苦痛以外の世界を知らない娘さんに苦痛のない世界を教えてしまった分、万が一何も変わらなかったときに更に辛い目に合わせる事になるとは思いませんか?」
誘拐は本当に衝動的なものだったのだろう。エシャートはフィリッパの指摘できづいたのか、「ああっ!」と両手で顔を覆って石段に座り込んだ。
「それにお前が死んだら、子供は悲しむだろう。俺は辛い思いをする子供が一人でもいなくなるように動きたい」
淡々としたようなケヴィンの言葉の裏には、熱い思いが籠められている。
「しかしどうしたら‥‥」
「あなた方を夫人の元へではなく、夫の――エシャートさんにしてみれば主人ですね、その元へ連れて行きます」
ルイスは塔に来る前に交わした貴族との会話を思い出していた。彼とシルビアは事前に夫である貴族に面会を求める時、『家庭不和の噂』や『虐待の噂』が広まって家名を落とすことにならずに済む策があると言って貴族と内密に面会をしていた。夫は妻がそこまで追い詰められている事実から目を反らしていた事を反省し、今後の対応改正を約束してくれた。ただ末娘に関しては『愛する事は出来ないが、とりあえず保護はしよう』という歯切れの悪い答えしかえられなかった。だが今はそれだけでも十分だと2人は判断したのである。
「『共犯の有無など背後関係を洗うために』という名目であらば、貴方をここで殺さずとも問題ないでしょう」
「ご主人様も悪いようにはしないと仰ってくださいました。存分に申し開きをしてください」
エシャートはルイスとシルビアの言葉に何度も頷く。考えてみれば夫人の奇行を主人に報告すればいかようにも片がついたはずなのだが、何故彼はそれをせずにいたのだろうか。夫人と主人の仲が悪いから? いや、それだけではないような気もする。
「外に見張りの私兵がいます。敵か味方か分かりかねる上、他に見張りがいないとも限りません。念の為に身柄を拘束し、多少不自由な思いをしてもらいますがよろしいですか」
シュバルツがロープを取り出すと、色々な意味で決心がついたのだろう、彼は落ち着いた表情で頷いた。
「その前に、帰路はエシャートさんの馬に乗れないことを、貴方の口から娘さんに伝えてくださいね。多分今も、見知らぬ人達に囲まれて心細い思いをしている事でしょうから」
シルビアは微笑んで見せ、天井を仰いだ。
●一枚上を
「お待ちください!」
「奥様は裏口からお入りくださいと仰っていたはず‥‥!」
塔からくっついてきた2人の私兵が慌てる。その間にまず娘を抱いたフィリッパの馬と娘の状態を見るために常に随伴していた登志樹が門をくぐる。
「お屋敷の前で剣を抜いてもいいのですか〜?」
ベアトリーセの言葉に私兵が躊躇っている間に、続々と冒険者達は門をくぐっていく。中には手を縛られたエシャートの姿もあった。
「私達はこの屋敷の主人の命に従って、『誘拐犯』と保護した娘さんをご主人の元へと送り届けるのです」
凛として言い放ったシルビア。
「お屋敷の前で刃傷沙汰を起こしては、後で罪を問われるのはあなた方では?」
止められぬのならば! と勢いで振り下ろされた剣を、ルイスは真剣白刃どりで受け止める。
「やはり味方ではななかったようですね」
そのやり取りを見て呟く煉淡と頷くフォーレにシュバルツ。
「次に剣を持ち出してきたら、こちらも容赦はしない」
「それでは失礼しますね〜」
白刃取りした武器を投げ捨ててルイスが門の中へ入ったのを見計らい、ケヴィンとベアトリーセが私兵2人に言葉をかける。それと同時に扉は硬く閉ざされた。
対夫人においては冒険者達の知恵の完全勝利とも言える。多少気になる事はあれども、一時的に娘は、主人の保護下というこれまでに比べれば圧倒的に良い境遇へと置かれる事だろう。夫人の息の掛かっていない医者も、ケヴィンの手配によって既に屋敷に待機しているはずだ。
エシャートについても、事実を全て告白すれば悪いようにはされまい。『誘拐犯』という罪はあれども主人に人の心が在れば情状酌量の余地は見出せる。
夫人への処遇、エシャートの処分、末娘のこれから――色々と問題は残っているものの、エシャートが自分の死でしか全てを解決できないと思っていた、その状況を冒険者達はひっくり返せたのである。
全てが良い方向へ向かうように――それを願って冒険者達は屋敷へと2人を送り届けたのだった。