氷花〜芽吹き、咲かせる為に〜
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 32 C
参加人数:7人
サポート参加人数:1人
冒険期間:01月15日〜01月20日
リプレイ公開日:2008年01月19日
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●オープニング
「ねーねー、なんとか孫をじいさんに会わせる事できないかなー」
「そうですねぇ‥‥」
以前の事の顛末を聞いていた支倉純也は碧の羽のシフール、チュールの言葉に首を捻る。
死期が近い元商人の老人がいた。彼は自分の死期を悟っている。その彼の財産を目当てに自称親族達が度々館を訪れていた。ボケてなどいない老人にはその自称親族達が偽者だという事など簡単にわかる。自称親族達のしつこさに飽き飽きした老人は爆弾発言をした――自分に面白い話を聞かせてくれた冒険者に財産を譲る、と。
チュールにより老人に家族の暖かさを教えてほしいと頼まれた冒険者達は、遺産目当てではないという事をまず説明し、老人と五日間の擬似家族生活をした。その間で老人には娘がいたこと、その娘が既に死亡している事、娘が駆け落ちした際に身籠っていた可能性があることを付き止めたのである。
その孫を無事に発見した冒険者達だったが、孫娘は父親そっくりで全く母親に似ていないことから老人に会うのを断固拒否。母親に似なかったことをかなりコンプレックスに思っているようで、髪も短くしており格好も男の子のようなものしか着用していない。言葉遣いもわざと男っぽくしていたのが染み付いてしまったようだ。
彼女の言い分はこうだ。
『母親にちっとも似ていない自分が孫です、と会いに行っても、頑固じじいらしいじいさんは絶対に信じないだろう』と。
「お父さんの方はあわせる顔がない、って会うことを拒否しているんだ。こっちは無理強いできないけどさぁ。あと、下の双子は母親似らしくて、まだあまり物事を良くわからない年齢だから親の許可さえ出れば連れて行くことは出来ると思うんだ。でも家族と離れて知らない人と旅するのって不安だと思うんだよねー」
「つまり、お孫さんのフレイアさんが下の双子と同行するか、フレイアさん単独でグライス老人に会わせる必要がある‥‥と」
「うん、できれば娘さんがいなくなった年齢に近いフレイアに会って貰いたいなぁって思う」
純也の言葉にチュールは自らの思いを述べる。
「いっそのこと、フレイアは冒険者だってことにして、小耳に挟んだ話としてじいさんに母親の事とか自分達の生活とかを語って聞かせれば、もしかしたら『面白い話を聞かせてくれた冒険者に財産を譲る』に上手くひっかかるかなーって思ったりもしたんだけど」
「それは無意味ではないですか」
「そうなんだよねー‥‥」
それでは折角家族の暖かさを思い出させた意味がなくなる。このまま本当の家族と出会えず、グライス老人は孤独に死を迎える事となってしまう。
「そういえば小耳に挟んだのですが、ここの所冷え込んだでしょう? グライス老人の容態は悪化しているようですよ。恐らくもう長くないでしょうと‥‥」
「!?」
悲しげに目を伏せた純也の言葉に、それまでぬべーっと机に突っ伏していたチュールが跳ね起きる。
「大変じゃん! 何が何でもフレイアをじいさんに会わせないと!」
すっかり忘れていたかもしれないが、グライス老人に残された時間は、あとわずかなのである。
●リプレイ本文
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寒さも厳しくなってきたある日、トシナミ・ヨル(eb6729)はイェーガー・ラタインと共にグライス老人宅を訪れていた。通いの家政婦に通された2階の寝室のベッドに、件の老人は横になって目を閉じていた。
「いらっしゃい。また訪ねてくれるとは、嬉しいね」
ゆっくり目を開けた老人は土産にと差し出されたハーブワインと桃の缶詰を開けるイェーガーに椅子を勧め、トシナミをベッドの上に座らせて近況を語る。
「此処の所寒いせいか、ベッドから出るのすら大変でね」
娘のいる精霊界へ行く日も近いかもしれない、そんな弱気な言葉も飛び出し、聞いている二人の心を締め付ける。
「娘さんとは、どのような方じゃったのかのう。よければ話してくれぬかのう」
老人から娘という言葉が出たところで自然な流れを装ってトシナミが問う。老人はゆっくりと上体を起こして差し出された桃を口にしながら、ぽつりぽつりと口を開く。
「娘は――フラウスは母親に似た器量良しじゃったが‥‥頑固じゃったよ、わしに似てな」
そう言って老人は、在りし日々を思い出すかのように目を細めたのだった。
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「外見は似てないみたいだけど、仕草とか継いでる部分は必ずあると思うけどね」
「あの頑固なグライス老人の反対を押し切って駆け落ちしたという事は、母親も相当頑固で、そこはそっくりなんじゃないかと思う」
村に到着した一行は、フレイア宅を目指しながらそんな雑談を零す。フォーレ・ネーヴ(eb2093)の言葉に同意を示したのは風烈(ea1587)。
「ナーシェンさんにも後で聞いてみよう」
「いまのフレイアさんは、顔が母親であるフラウスさんに似ていないせいで受け入れられないに違いないと、外気の冷たさにおびえ花開く事を拒む蕾のよう」
「このままでは残す方にも残される方にも良くない結果になってしまう」
それでも困難から逃げるのではなく立ち向かってくれると信じているのはソフィア・ファーリーフ(ea3972)。アリオス・エルスリード(ea0439)はなんとかすっきり終らせるために頑張ろうと思っていた。時間的猶予は殆どない。
「まずはフレイアちゃんを女の子らしくイメチェンさせて、自分の中にある可能性に気づいてもらおう」
沢山の衣装や小物を愛馬の背に乗せて、ルシール・アッシュモア(eb9356)は歩く。バッチリコーディネートする気だ。付け毛もちゃんと用意をしている。
「まずは『これが私?』と驚くように変身させてさしあげましょう」
アリオスとメイクやヘアアレンジを担当するフィリッパ・オーギュスト(eb1004)がくす、と笑みを浮かべた。
簡単にまとめてしまうが、冒険者達に訪ねてこられた時のフレイアははっきりと顔に嫌悪を表していた。「また来たのかよ」「何度来ても会わねーからな」「説得なんて無駄無駄」‥‥‥そんな抵抗の言葉を並べる彼女に一行は持ち寄った服飾品をずらっと並べて「会う会わないは別として、イメージチェンジしてみません?」と勧めたのである。正直また説得に来たのか、絶対応じないぞと肩肘を張っていたフレイアは拍子抜けし、また年頃の女の子が自然と興味を持つのと同じ様に並べられた服飾品に目を奪われている。最終的には「そこまで言うなら着てやってもいいけど」と、とりあえず試着をしてみることに。
ルシールのコーディネートにフィリッパとアリオスのメイク。フレイアは大人しくされるがままになっているようだった。
「ところでナーシェンさん、もしかしてフレイアさんはフラウスさんの頑固なところを継いでいるんじゃないか?」
「それはわしも思っていたのう。気性はそっくりなのじゃないかと」
烈の質問に、イェーガーのペガサスに送り届けてもらって合流したトシナミが頷く。
「正面から本人に言ったら『そんなことない』って否定しそうだけどね」
フォーレの言葉を否定できないナーシェン。彼曰く、確かに頑固で思い切った行動をするところはそっくりなのだという。
「ナーシェンさん、フラウスさんの髪の色と髪型は?」
「蜂蜜色の髪で、肩の辺りで軽く内巻き‥‥」
「わかった、ありがとーっ」
奥の部屋でコーディネートを担当していたルシールが付け毛を両手に飛び出して来、質問をしてすぐさま奥の部屋に戻っていった。どうやらイメチェンも佳境に入っているようである。
「どんな姿になるのかしらね‥‥」
ソフィアは優しい瞳で奥の部屋を見つめた。
「そのままでいいので聞いてください」
アリオスが正面でメイクを続け、フィリッパがルシールから渡された付け毛を装着してその髪を梳く。
「グライス老人の事ですけれど、最近の寒さで特にお加減が悪くなられたそうで。今日会って来た仲間によればベッドから起き上がるのも億劫なようでした」
「! ‥‥あたしには関係ないね」
「む、口を動かすと化粧がずれる」
アリオスに指摘されて、仕方なくフレイアは口をつぐむ。
「それだけでなくどこで聞きつけたのか、お孫さんがいるというのを利用して騙そうとする方がおられるようなのですわ。最初は話にもならない方が殆どでしたけれど、近頃は一部だけフラウスさんに似た特徴の方を探してきたりして‥‥こちらは出来ましたわ」
「こちらも完成だ。父親に見せてやれ」
短い髪は付け毛で蜂蜜色のセミロングに。シック系の服装で大人っぽく、在りし日の母親に出来る限り似せた、大人の女性風に。
「‥‥‥」
フィリッパの出した話が気に掛かっているのか、浮かない表情で立ち上がるフレイア。部屋を出てきた彼女を見た一同は、一様に息を呑んだ。
「すごいねー、別人みたいだけれど良く見るときちんとフレイアさんの特長も生かしてあって」
フォーレがぱちぱちと拍手で迎える。肝心のナーシェンは呆けたようにフレイアを見つめ、側でチュールと遊んでいた双子は『おかあさん?』と不思議そうに首をかしげていた。
「そ、そんなに母さんに似てる?」
「あ、ああ‥‥」
正気を取り戻したナーシェンはしきりに頷き、フレイアは嬉しそうに頬を染める。きっと彼女にとって母親は憧れの人だったのだろう。だからこそ、似てない自分がコンプレックスであったに違いない。
「その姿ならじいさんに会いにいける〜?」
「だめだ!」
ふよふよと近寄ったチュールに叩き付ける様に、フレイアは叫んだ。
「これじゃあじいさんを騙している連中と変わりないじゃないか!」
付け毛をむしりとって床に叩きつけたその背中には、会いに行きたいという気持ちが溢れていて。思わず一行は笑みを浮かべた。フレイアの性格を上手く利用した成果といえるだろう。
「ボーイッシュならそれなりの魅力の引き出し方というものがある。任せておけ。それにな、グライス老は頑固かもしれないが、似ていないからといって否定するほど目が曇っているわけではない」
アリオスは再び別室へとフレイアを促す。『彼女の魅力』を引き出すために。
「容姿よりも逢いたいと思う真心が大切ぢゃし、少なくとも性格はそっくりぢゃから、大丈夫ぢゃ」
「会うのが不安なのも分かるが、だが、それはグライス老人が生きている今だからこそ言えることだ。グライス老人が死んでしまったらそれすらも言えなくなる。人の命は儚い、後で後悔するよりは行動してみたらどうだ。フレイアさんは後悔するより行動するほうを選ぶ性格に思えるけどな」
彼女の視線がトシナミと烈の間を揺らぐ。
「グライス老が、フレイアさんを孫と認めるかどうかが重要じゃないと思うの。大事なのは貴方が、娘が駆け落ちして以来ひとり寂しく家族の暖かさを知らずに生きてきた祖父に、会いたいか会いたくないか」
「‥‥たい。会いたいよ! 作り物のあたしじゃなくてあたし自身で会いたいよ! でもっ!」
「会いたい気持ちを、孫として認められないかもしれないという恐怖の下に抑えつける事は確かに楽よね。何もしなければ、会いに行かなければ、孫である事を否定されて傷つく可能性もないもの」
ソフィアの言葉に反射的に本音を漏らしたフレイアは、続けて掛けられたソフィアの言葉に押し黙る。まさにその通りだったからだ。
「でもね、そんな選択、あなたのお母さんが、今のフレイアさんを見て喜ぶかしら?」
「‥‥‥‥‥」
フレイアは無言のまま、アリオスと共に部屋へ入った。これから『自分』に変身するまでの時間が、彼女に与えられた考える時間だろう。
「ねぇねぇ、君たちは一緒に王都に行ってみたくない?」
「王都には色んなものがあるよー」
「美味しい料理とか、焼き菓子とかもねー」
フレイアを待つ間、ルシールとフォーレとチュールは双子の懐柔に勤めていた。双子は目を輝かせて彼女達の話を聞いている。
「おうと、行ってみたい!」
「たのしそう‥‥」
その視線は許可を求めるように父親であるナーシェンへと注がれる。
「娘を設けて、その娘が美しく成長して、いつか他の男に奪われる淋しさが想像できたなら、自分達がどんなに愛し合っていたのか話しにいけばぁ?」
つづけて浴びせられたのはルシールのちょっと棘のある言葉。それは正論だけにぐさっとナーシェンの胸に刺さる。
「会わせる顔がないと言っているが、この機会を逃したら一生後ろめたい思いを抱えていく事になるぞ。フラウスがどんな顔で笑って、泣いて、怒って、そして死んだか一番良く知っているのはお前に他ならない。それを知る機会すら、グライス老から奪うのか、良く考えてほしい」
メイクを終えて部屋から出てきたアリオスの言葉に、ナーシェンの瞳の端に涙が溜まる。アリオスの後ろからは父親に先立って覚悟を決めたフレイアの凛とした姿があった。
●
「グライスじーちゃん、お邪魔するねー」
ノックをしてフォーレが扉を開けると、グライスはベッドに横になったまま彼女を出迎えた。
「おお、フォーレか。良く来てくれた。‥‥‥?」
と、開いた扉の隙間からとことこと部屋に入り、ベッドにぽふ、と体重をかける小さな影が二つ。
「じーちゃん」
「じーちゃ」
「この子達はお前さんの子供‥‥というわけではないだろうな‥‥‥‥?!」
小さな顔からフォーレへと視線を移そうとしたグライスの動きが、止まる。扉の向こうにはその一線を越える事が出来ずに立ちすくむ少女がいた。
「‥‥フラウス‥‥? ま、まさか‥‥」
正確なところ、何が起こったのかはわからない。グライス老人の目が弱っていたためなのか、フレイアの奥に確かにあるフラウスの面影を見つける事が出来たのか。だが老人が、何かを感じ取ったのは確かだ。言葉では説明できない、何かを。
「あんたの、孫だ‥‥です」
言葉遣いに気を使い、そして勇気を出して一歩近づくフラウス。その後ろから恐縮したようなナーシェンも姿を見せ、頭を下げた。
「おぉ、孫‥‥孫がいた、のか‥‥もっと、近くに。顔をしっかり見せてくれ‥‥」
「‥‥‥‥‥はい」
「声も、フラウスによう似てる‥‥」
フレイアが屈んで老人の頭に顔を近づける。老人は慈しむように皺の刻まれた両手でその顔を包み込んだ。
「何をしておる、ナーシェン。顔を見せたからにはわしが死ぬまでフラウスの話を聞かせてもらうからな」
「‥‥‥はい、おとう‥‥さん」
ベッドに力なく横たわる老人の姿を見てうっすらと涙を浮かべていたナーシェンは、その涙をふき取って老人の下へ駆け寄った。それが、雪解けの合図。
「‥‥‥」
フォーレはそっと立ち上がり、家族団欒の邪魔にならないようにと部屋を出る。
「よかった、よね」
「ええ」
こっそりと覗いていた他の者達と頷きあい、もう一度部屋の中を覗いてフィリッパがゆっくりと扉を閉めた。
グライス老人の死は避けられないだろう。それは遠くない未来に訪れる。
しかし長く凍てついた老人の人生に暖かい光を運んできたのは冒険者達。
凍てついた花を照らす春の訪れの陽光がごとく、土地に厚く張った冷たい氷を溶かし、そこに芽吹くのを恐れていた花を咲かせた。
残りは短いだろう。だが確実にグライス老人のこれからの人生は、花と緑で潤った幸せなものとなったのである。