ヴィ・ラ・プリンシア〜真実を告げるか?〜

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月02日〜02月07日

リプレイ公開日:2008年02月08日

●オープニング

●どうして
 支倉純也は執事に案内されてその貴族の屋敷の中を歩いていた。向かうのは先日父親に保護された小さな少女に与えられた部屋。父親たる貴族より依頼内容を詳しく聞きに来た彼は、ギルドへ戻る前にその少女に面会する許可を得ていた。冒険者に依頼内容を説明するにあたり、詳しく少女の現状を知っておきたかったからである。
 その部屋は大きな窓のある、たっぷりと陽精霊の光差し込む部屋だった。少女は標準より小さい身体で窓辺に座り込み、小さなテーブルに置かれた鳥籠を眺めている。その籠の中には白い一羽の小鳥が入れられていた。
「おようふくもきれいなのもらえるし、ごはんもちゃんともらえるよ」
 近況を尋ねると少女はそう言って純也の顔をじっと見つめた。父親が不在の間に彼女を警護する冒険者を募ってくる、というと少女は「おにいさんにたのめばぼうけんしゃにおねがい、できるの?」と尋ねてきた。彼は頷く。
「じゃあ、私のお願いもきいてくれる?」
 なんでしょうか、と笑顔で聞き返した純也の顔が凍りついた。

 ――どうしてとうさまが私を愛してくれないのか、調べて。


●守護依頼
「この間保護された少女――ルシカさんといいます――彼女は母親とは引き離され、父親監督の下邸内に部屋を用意され、順調に回復しています」
 心の病ともいえる状況だった母親は父親の関心を取り戻せたことで、その心は落ち着いているように見えるという。時折夜中に目覚めてルシカやエシャートを探そうとする事があるというが、父親が側にいればそれも直ぐに治まるのだという。
 そしてエシャートは現在屋敷の地下牢に軟禁されている。結果的に虐待からルシカを救った事になるのだが、他の私兵への示しという意味もあるのだろう。彼が犯した罪は外面だけ見れば「誘拐」だ。

「今回はこの父親からの依頼です。用事で数日屋敷を空ける間、邸内で事件が起こらないように護衛を頼みたいそうです」
「護衛って‥‥その娘さんのかい?」
「いえ‥‥ルシカさんだけでなく、軟禁されているエシャートさんもです」
 尋ねて来た冒険者に、純也は複雑な表情を作る。
「詳しいことは分からないのですが、夫人には虐待の他にも何か旦那さんに対して隠し事があるようなのです。それを全て知っているのがエシャートさんらしく‥‥」
「まさかその隠し事の体現が、その娘さんだなんて言わないよな?」
「‥‥‥‥‥」
 純也の沈黙でなんとなーく想像がついてしまったその冒険者は、決まりが悪くて思わず頭を掻いた。
「旦那さんは夫人の隠し事を知っていて知らないふりをしているらしいです。夫人の方は隠し事が旦那さんにばれているとは思っていません。ですから、ばれる前にエシャートさんを殺して口封じをしてしまおうと考えている可能性が高いそうです。前回、エシャートさんの殺害を望んだのもそのためでしょう」
「あれか、旦那の心が戻ってきた以上、娘さんはいらないってか」
「そう考える可能性も高いでしょうね」
 冒険者には屋敷内に部屋を与えられ、屋敷内を自由に歩くことも許されるという。エシャートとルシカ、双方の位置が別々で守り辛い場合はエシャートを一時的に牢から出し、ルシカの部屋に入れることも許可された。
「ルシカさんはエシャートさんにとても会いたがっています。何故会えないのか、不思議に思っているようです」
 後もう1つの手段として、『夫が頼んだ夫人の護衛』と称して夫人の側につくという選択肢もあるという。夫人は「夫が自分のことを考えてくれる」と喜ぶことはあれ、拒否することはないだろう。だが護衛の目を盗んで二人の殺害に走らないとも限らない。
「もう1つ‥‥これは旦那さんからの依頼ではないのですが」
 純也は言いにくそうに一度目を反らして、再び目の前の冒険者を見据えた。
「ルシカさんは『何故父親が自分を愛してくれないのか』を知りたがっています。表向き保護してもらっていても、父親の心が自分に向いていないのを敏感に感じ取っているのでしょう」
 おそらくルシカの疑問は『夫人の秘密』に大きく関わってくる。
 『夫人の秘密』を探る事やルシカの疑問に答える事は依頼内容に含まれているわけではないので、判断は任せる、と彼は言った。

●今回の参加者

 ea0356 レフェツィア・セヴェナ(22歳・♀・クレリック・エルフ・フランク王国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea8773 ケヴィン・グレイヴ(28歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb1004 フィリッパ・オーギュスト(35歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb2093 フォーレ・ネーヴ(25歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ec0844 雀尾 煉淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


 彼らが牢から出したエシャートを連れてルシカの部屋へ行くと、かの少女はまだおぼつかない足取りで一目散に駆け寄って来た。そしてぽふ、と受け止めたエシャートの胸に顔を埋める。
「こんにちは、暫く一緒にいることになったよ、よろしくね」
 レフェツィア・セヴェナ(ea0356)がしゃがみこんでルシカと視線を合わせると、彼女は小さく頷いた。もしかしたら心の傷が深くて笑顔を浮かべられないのかもしれない――レフェツィアは衣服で巧妙に隠されてはいるが動くごとにちらちらと覗く痣や火傷の跡を見つけ、心締め付けられる思いだった。
「(今まで辛かった分これからはきっといいことがたくさんあるよ)」
 そんな思いを込め、彼女の頭を撫でる。
「折角久しぶりに再会したところごめんね。お兄さん達がエシャートにーちゃんとちょっとお話があるから、あっちで私と一緒に遊んでくれるかな?」
 ぱっと何もない手の中から花を出す手品をやってみせるフォーレ・ネーヴ(eb2093)。彼女はルシカの着ている服と似たデザインの服を着ていた。同じ服を、と頼んだのだがルシカは7歳にしてはかなり小柄であり、小柄なフォーレでもそのサイズの服を着ることは出来なかったのだ。フォーレは手品と声真似でルシカの気を引き、他の者が暫くエシャートに事情を聞く時間をとる予定だ。
「‥‥うん」
 ルシカが承諾したのを見て、フォーレは手を差し出す。少女はおずおずとその手に手を重ね、一番日当たりの良い、鳥籠が置かれている辺り迄手を引かれていった。ルシカにこれから尋ねる内容を気取られやしないかと暫く様子を窺っていた一行だったが、そのうち彼女の楽しそうな声が聞こえてきた。「すごいすごい」とパチパチ拍手をしてフォーレの技に魅入っている。これならば心配はないだろう。
「単刀直入に聞く」
 ルシカとは離れた部屋の隅。話を聞いているのはレフェツィアとデティクトライフフォースで辺りの様子を伺っている雀尾煉淡(ec0844)と、そして話を切り出したケヴィン・グレイヴ(ea8773)。
「あくまで憶測だが、ルシカはこの家の主人の本当の子供ではないのだろう?」
 問われたエシャートは一瞬息を呑み、そして瞑目して深く息を吐き出す。
「勿論、他言無用という約束は守る。もっともこの家の主人はそれに気がついているようだが」
「ルシカさんはね、自分がどうして父親に愛されないのか知りたがっているんだよ。彼女に伝えるかどうかはともかく、私達はその理由をはっきりと知っておきたいんだ」
 レフェツィアの言葉でエシャートは何かを決意したかのように瞳を開け、わかりました、と告げた。
「お嬢様は確かに、旦那様のお子様ではありません。お嬢様の父親は――」
 そこで、エシャートの瞳が揺らぐ。だがその揺らぎを止めたのは煉淡の一言だ。
「すいません、エシャートさん。あなたの思考を魔法で読み取ってしまいました」
「!? それでは‥‥隠しても仕方有りませんね」
 この時煉淡はリードシンキングを使用してはいない。彼が使用していたのは襲撃を警戒するためのディテクトライフフォースだ。だが魔法に疎いエシャートにそれが分かるはずもなく、その小さな嘘は彼の決心を促す結果となった。
「お嬢様の父親は――私です」
「「!?」」
 約八年前、夫の関心が自分になくなってきていると感じた夫人は寂しさと、そのプライドからなかなか夫に甘えられないというもどかしさでいっぱいになっていた。そこで夫人付きの私兵として配属されたばかりのエシャートに命令をして、強要したのだという。
「ご主人様に背く事だと分かっていましたが、夫人も私の主。逆らう事が出来ず――」
「もういい、わかった」
 言葉を詰まらせたエシャートに、ケヴィンが話の終わりを告げる。これで先日彼が自分の命を賭してまでルシカを守ろうとした最大の理由が分かった。問題はこの事実をルシカ本人に告げるかどうか、だ。
「ルシカさん本人が真剣にそのことを知りたいんだったら隠すことはないんじゃないかな。こういうことって黙っていてもどこかで知ってしまうかもしれないし」
「俺は胸に閉まっておくとしよう」
「俺は、判断は皆に任せます」
 レフェツィアも積極的に真実をルシカに伝えるのが良いと思っているわけではない。彼女に覚悟があるかないか、それによると思っている。ケヴィンは自らの胸にしまう事を決意し、煉淡は皆の判断を仰ぐ事にした。
「とりあえず後で皆に話をしてからかな」
 その時扉をノックする音が聞こえた。どうやらメイドがおやつとお茶を持ってきたらしい。毒見の関係上、自分達で給仕をしますとメイドから茶器とおやつの乗ったワゴンを受け取る。
「リードシンキングの結果、今のメイドは怪しくなさそうですが念の為に毒見を」
 高速詠唱でメイドの表層心理を読み取った煉淡は銀無垢のスプーンで、フォーレは「おやつがきたよ〜」とルシカの手を引いてワゴンに近寄り、おやつの毒見を務めた。念の為にケヴィンが解毒剤を用意していたが、幸いにもそれを使用する機会は訪れなかった。



 フィリッパ・オーギュスト(eb1004)は主人から派遣された夫人の話し相手兼護衛として夫人の部屋に潜入していた。得意の美術で夫人の絵を描きながら、夫人のなんともない話を聞いている。
「長男と長女が小さかった頃はとても優しい方でしたのよ。それが子供達の手が離れ始めた頃からあまりにも私の事を気にかけてくださらなくなって‥‥よそに女でもいるのではないかと気が気ではなかったものですわ」
 今でも僅かに心を病んでいる夫人の言だ。多少思い込みが激しい部分があるかもしれない、とフィリッパは話半分に聞いておく。
「まあ奥様、浮気は一時の病みたいなものですわ。良く効く薬がありましてよ?」
 描く手を止めてにっこりと微笑むフィリッパ。夫人は「その薬とは?」と身を乗り出すようにして彼女の言葉の続きを待った。
「女主人として泰然となさっていれば良いのです。相手の女性を格下の親族や、自分付きの家臣のように扱って年末年始の挨拶を送ったり、何かあれば旦那様に気遣いの贈り物を持たせるのですわ」
 そうすれば旦那様の方が気まずくなって戻ってくるものだ、とフィリッパは告げた。対する夫人は彼女の言葉に納得し、テーブルに置かれたカップからお茶を一口含む。
「奥様、ご面会のお客様です」
「どなたでしょうか、お通しして」
 扉外から掛かったメイドの声。夫人の返答を待って開かれた扉の先にはルイス・マリスカル(ea3063)の姿が。
「先日ご命令に背いた事に対する弁明をさせていただきたく」
「弁明とは?」
 寛いでいた夫人の態度が一気に針のように変わる。フィリッパは描く手を止め、持ち込んだ硝子の茶器から夫人のカップへとおかわりのお茶を注いだ。
「あの時ご命令に背いたのは、ご夫君との仲を取り持ちたいと思ったが故の決断でした。私達が事情を説明に上がった際、ご夫君は令嬢への愛を抱けぬ『疑念』に懊悩されておられるにも関わらず、あなたをいたわり夫たる務めを放棄していたことを悔い、今後はその務めを果たすことをご承諾くださいました」
「‥‥ふむ、なるほど。今夫との関係が修復しているのもそなたたちのおかげというわけですね」
「恩着せがましいことを申し上げたいわけでは有りませんが、もしご命令通りに行動しておりましたら、ご夫君もあなたに疑念を抱かれたことと推測します」
「‥‥わかりました。もういいです、先日の事は水に流しましょう。あの人の心さえ戻ってくれば、それで私はいいのです」
 夫人はもう一度、今度は淹れたてのお茶を口に含んだ。



 夜間――夕食を機に各自情報交換を済ませた冒険者達はルイスがルシカとエシャート双方の眠る部屋の廊下に、フォーレとケヴィンが両部屋のバルコニーに待機して警護する形になった。
「ルシカさんねぇ、『エシャートがおとうさまだったらいいのに』ってぽつりと言ってたんだよ」
「もしかしたら子供は子供なりに何か感じているのかもしれないな」
 バルコニー越しに小声で会話をする二人。と、その時バルコニーにルイスが仕掛けておいた鳴子がけたたましく音を立てた。
「誰か来た!」
 フォーレが素早くバルコニーに昇りこもうとしている人影を察知し、ケヴィンはその人物の手にダーツを投擲する。体重を支えていた手に一撃を喰らった侵入者は悲鳴を上げてバルコニー下へと落下して行った。
「下だ、追おう!」
 フォーレとケヴィンは室内を通過し、扉から廊下を通って建物外へ出ることにした。

「‥‥鳴子が役に立ちましたか」
 廊下に立っていたルイスはバルコニー方面から聞こえる音に耳を済ませていた。そちらにはフォーレとケヴィンがい、エシャートのいる室内にはフィリッパや煉淡、レフェツィアがいる。二人とも物音に気がついておそらく目覚めているだろう。煉淡は予定通りミミクリーでエシャートに変身し、彼と同じ服を着用して敵の目を欺く準備をしているはずだ。
「! ご夫人?」
 と、ふらふらと夢遊病患者のように近づいてくる人物に気がつき、ルイスは眉を顰める。それは夜着に身を包んだ夫人であった。その片手には刃物が握られており、ランプの揺らめく光をキラリと反射させていた。
「‥‥あの子を殺さないと」
 夫人はルイスのことなど目に入らないようで、そのままルシカの眠る部屋の扉へと手を掛ける。
「ご夫人、おやめください!」
 ルイスはなんとか穏便に事を収めようと声をかけるが、夫人には届かない。夫人が扉を開けようとしたその時、内側から扉が開いた。
「うわっ!」
「!?」
 バルコニー下へ落ちた人影を追おうとしていたフォーレが先に扉を開けたのだ。互いに出くわした存在に驚き、一瞬の隙が出来る。その隙にルイスは夫人の手首を取り、刃物を叩き落した。
「ご夫君は貴女の秘密を既にご存知です。もはや隠すことは叶いません。貴女の秘密を知った上で、貴女を再び受け入れようとしているのです」
「あぁ‥‥」
 夫人の四肢から力が抜けていく。それは彼女が精一杯隠し通そうとしていたものが崩れ去るのと同時だった。



 バルコニーから侵入しようとしたのは夫人付きの私兵で、ケヴィンとフォーレが捕まえた。夫人に命じられて窓からの侵入を図ったという。予定では夫人がルシカを、私兵がエシャートを殺害し、全てをエシャートの仕業に見せかけるつもりだったらしい。
 色々と穴があるように見えるのは、やはり夫人の心が追い詰められていたからなのだろう。だが隠し通そうとしていた事実を全て夫に知られていたということにより、夫人が頑なに護り通そうとしていた、それこそ人を殺してでも守り通そうとしていた事実を隠す必要はなくなった。

 そして真実は――ルシカに語られることはなかった。

 帰宅した主人はまず二人を守り通した冒険者達に礼を述べ、ルシカとエシャートの今後について、もう少し考えてみるといった。
 今後また、お願いすることがあるかもしれない、と主人は申し訳なさそうに言う。
 今後機会があり、そしてその時にまだルシカが真実を知りたがっていたら、教えてやるのも良いかもしれない。