冷たき風の中に恵みと愛を感じて
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 32 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月22日〜02月27日
リプレイ公開日:2008年02月27日
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●オープニング
2月――この時期は一番気温が下がる季節だ。しかしこの寒さを乗り切れば暖かい春は目前。
2月は各地で風霊祭が行われる。その祭りの方法は各地で違うが、風を祀るという趣旨は同じだ。
リンデン侯爵領――王都メイディアの北に位置し、セルナー領とも接しているその領地内に一つの町がある。リンデン主都アイリスより南、どちらかといえばアイリスよりもステライド領に近いその町はリンデン侯爵領の南東にある。側を流れる川をステライド領との境としている。
その町では一風変わった風霊祭を執り行っていた。一説にはジ・アース側の天界の『バレンタイン』なるイベントがこの月にあるからそれにあやかって、ともいわれているが定かではない。
主都から離れているとはいえ一風変わったここの祭りはリンデン侯爵領ではそれなりに有名であり、客足もそれなりに見込めるものだったが町の人たちはもっと沢山の人に参加してほしいと考えた。
そこで思いついたのが『さくら』である。よく言えばご招待。冒険者に祭りを楽しんでもらい、その口からこの町の祭りが口伝えで広まれば、と考えたのだ。故に、ご招待。
今回は町からの招待ということで祭りに参加してもらえる冒険者を募集している。
ちなみにこの町の風霊祭でのメインイベントは『風の導き』と呼ばれるものだ。
これは広場で行われるダンスの相手を探すためのイベントである。
女性が髪に長いリボンを結ぶ。この時蝶結びにするのだが、輪っかの部分は小さくして下に垂らす部分は長く残すのだ。これでリボンは女性が動くたびにひらひらと風に乗って遊ぶ。
男性は右手首にリボンを結んで広場や街中を歩く。すると街中にはダンスパートナーを求める女性達のリボンが風に乗ってひらひらと泳いでいるのだ。男性はその日初めて偶然手に触れたリボンを結っている女性をダンスパートナーに誘う。風に導かれた相手を。
ダンスパートナーが決まったら女性は髪に結んだリボンを解き、男性の首元に結ぶ。男性は手首のリボンを解き、女性の手首に結ぶ。これでパートナー成立だ。
元からダンスの相手が決まっている場合は最初からリボンを交換した状態でカップルは町へと繰り出す。元からダンスイベントに興味のない場合はリボンをつけない状態でいるか、相手もちを装って手首や首元にリボンを結んでおけばいい。
このダンスパートナーは基本的にダンスイベント限りのものだが、相手を気に入ればダンスの後に祭り会場巡りに誘ったり誘われたりがあるのは言うまでもない。
祭り期間中は食堂も開放され、食べ物に限らず色々な屋台なども並ぶ。街中全てが風を祀り、風のもたらす恵みに感謝をする。町を上げてのお祭りムードである。
皆も寒さなど吹き飛んでしまうほどに盛り上がり、楽しむという。参加する冒険者達も存分に楽しむといいだろう。
メインは『風の導き』とダンスになるが、これは元からパートナーを決めておくもよし、当日の偶然に期待するもよし、参加は強制ではないのでそれ以外に興味がある場合はそちらにいくのも良い。ちなみに使用するリボンは当日会場でもらえる。
他には食べ物や小物などの屋台を眺めるのもよし、飲み食いしながらダンスを見てカップルを冷やかすもよし、腕に自身のある者はダンスミュージックの演奏に加わるのも良いだろう。
もしかしたら、侯爵家からお忍びで誰かがこっそりと遊びに来るかもしれない。万が一見つける事があっても「お忍びなんだ」と思ってあげてほしい。だが声をかけるのは自由だ。
●リプレイ本文
●風に導かれて
フロートシップを降りると、冒険者達の頬を冷たい風がなでて行った。ぶるっと身を震わせ、白い息を吐く。
寒い。
だがこれから行く先の町は、寒さも忘れて風霊祭を楽しむ雰囲気に盛り上がっていることだろう。寒さにちょっとくじけそうになった心を取り戻し、一行は目的の町へと入る。
「寄ってらっしゃい〜! ご休憩ならうちの店でどうぞ。店の中は暖かいよ〜」
「スープはいかが? 体があったまるぜ」
町へ入った途端、客引きの声が。各食堂や屋台が競い合うようにして町行く人々に声を掛けている。そしてあちこちに、髪や手首、首元にリボンを巻いた人々も溢れている。
「急がなくちゃ、いい出会いがなくなっちゃう!」
アスカ・シャルディア(ec4556)はそれを見て、いの一番にリボンをもらえるという広場へ駆け出した。オールラブウェルカムらしい彼女は、男でも女でも可愛ければ関係ないらしい。
「私はゆっくりと屋台を見て回ることにします」
風の導きに参加するつもりがないのか、アルトリア・ペンドラゴン(ec4205)は広場へ向かう皆にそう告げて、ひとり屋台を物色し始めた。食べ物や飲み物の屋台だけでなく、小物やアクセサリ、子供向けの玩具の屋台まで出ていて、見ているだけで飽きる事はなさそうだ。
その他のメンバーは人ごみに揉まれる様にしながらも漸く広場に辿り着き、リボンをもらう。
「早速Go! 行くわよオロ!」
ささっと髪にリボンを結んで会場へと繰り出したのはラマーデ・エムイ(ec1984)。どんな相手に当たるかは風の精霊のお導き次第。だけども好みの男の人だと嬉しいと思うのは女心。
「うぅん‥‥ここでいーか」
リボンを結ぶ場所で悩んでいるのはルシール・アッシュモア(eb9356)。悩んだ末に頭につけたラビットバンドの片耳に結んだ。
「髪の毛じゃなくていーの?」
側でシフールには大きめのリボンと格闘しているチュールに声を掛けられたルシールは、とりあえず消極的に募集をして、相手がいなくても楽しむのだと告げた。彼女には踊りや買い食い以外にお祭りを楽しむ案があるらしい。
「げ、手首に結ぶのって難しくないか?」
この世界に来てから祭りや文化に触れる機会がなかった、という布津香哉(eb8378)はとりあえずリボンをもらったはいいものの、右手首に結ぶのが案外難しく、苦戦していた。それを見かねた受付係のお姉さんが、香哉のリボンを手に取り、彼の右手に蝶々結びにしてくれた。と、その時――
ふわり‥‥
風の精霊のイタズラか、香哉の右手首にリボンが結ばれたその瞬間、受付係のお姉さんのリボンが風に揺られて彼の手首に触れた。
「あれ? これってパートナー成立ってやつか?」
香哉の言葉に受付係のお姉さんは顔を赤らめて控えめに頷く。
フォーレ・ネーヴ(eb2093)は始めから手首にリボンを結び、「売約済み」を装う。レースを基調とした白のドレスを着た彼女はくるりと一回転。
「久々にお洒落お洒落♪」
ドレスのみでは少し肌寒くもあるが、きっと人ごみにまぎれてしまえば気にならなくなるだろう。いざ、屋台の並ぶ会場へ繰り出そう!
髪の端をリボンで止めたフィリッパ・オーギュスト(eb1004)は、広場で演奏の練習をしている音楽隊に声をかけた。自身も合間に演奏に加わろうと思ったため、野外での演奏のコツなどを教わりに行ったのだ。音楽隊の人たちも、快くフィリッパに解説をしてくれている。と、ふわり‥‥。身を屈める様にして話に聞き入ったフィリッパのリボンが、風に乗って解説をしてくれている男性二人の手に触れた。良く見るとその男性達も手首にリボンをしているではないか。
「あらまぁ、どうしましょうね?」
一度に複数の異性に触れてしまった場合はどうしたらいいのか、そういえば誰も教えてはくれなかった。
「『風の導き』か‥‥面白そうだな。だが‥‥」
冒険者同士でパートナーになっては面白みがない、とレインフォルス・フォルナード(ea7641)はリボンをもらうとすぐに一行の間を離れた。ささっと器用に右手首にリボンを結び、とりあえず屋台のある方角へと向かう。折角の祭り。楽しまなければ損だ。
「ソフィア、気合入ってる〜」
チュールにからかわれつつも、髪を結い上げるのに熱心になっているのはソフィア・ファーリーフ(ea3972)。リボンを解く前と解いた後で印象が変わる様にという遊び心だ、というとチュールは私なんかそれ以前の問題だよ、と自分には大きすぎるリボンを持て余して呟いた。
「ダンスは全然出来ないんだけど‥‥参加してもいいかな?」
心配そうに呟いたレフェツィア・セヴェナ(ea0356)に、受付の人は勿論大丈夫ですよ、と笑顔を浮かべる。それに安心したレフェツィアは、ポニーテールにリボンを結い、屋台へと向かう。まずはやっぱり食べ物から。食い意地が張っているわけじゃなくて、だって美味しいものってやっぱり楽しみじゃない?
●屋台めぐりにて
「男女の出会うのは風精霊任せ。故にその出逢いには風精霊の加護があるという認識を皆さんが持つのかしら」
「むずかしいことわかんなーい」
屋台街へ繰り出したソフィアとチュールの手には、リンデンの地酒が入ったカップが。チュールは既に飲みほしてしまったが、ソフィアは少しばかり物思いに耽ってから――と思っていたらついつい学術的に祭りを捉えようとしてしまった。
「っと‥‥失礼」
その時、そろそろ楽しみにしていた地酒を、と思いカップに口をつけようとしたソフィアの髪が、くん、と引っ張られた。一瞬遅れて、纏め髪がさらさらと音を立てて降りる。
「申し訳有りません、大丈夫ですか?」
その声に若干聞き覚えがあるのは気のせいだろうか――ソフィアは振り返って声の主を確かめる。その声の主はリボンを結った右手につけた腕輪の金具にソフィアのリボンを引っ掛けてしまったらしく、髪を解いてしまったことに若干罪悪感さえ覚えているような表情で彼女を見て――
「「あ!」」
声を上げたのは同時だった。
「‥‥先生?」
「セーファ‥‥むぐ」
「あ、し、失礼しました」
そこに立っていた青年は、少し前にソフィアがリンデン侯爵家に子息達の家庭教師として雇われた時に教え子となった、リンデン侯爵家長男のセーファス=リンデンだった。思わずソフィアの口を塞いだその手を離し、セーファスは非礼を詫びる。
「眠っている父の代わりに、お忍びでの視察なものですから‥‥」
なるほど、そういえばリンデン侯爵は未だ眠ったままだという話だった。
「わかりました、お名前はお呼びしない方が良いですね」
「ご協力、痛み入ります。それで‥‥これなのですが」
セーファスが手にしているのは解いてしまったソフィアのリボン。
「先生さえよろしければ、しきたりに則りしっかりとエスコートさせていただきますが、いかがでしょうか?」
意外な展開ではあったが、ここで断る理由はない。ソフィアは「喜んで」と頷いて、そのリボンをセーファスの首元へと結んだ。
「お、やってるねー」
お邪魔にならないように、とソフィアから離れたチュールはほろ酔い気分でルシールの元へと来ていた。ルシールは祭り主催者の許可を得て、装飾品と香水の屋台を出していた。出発前にしっかりと仕入れてきたのだという。
「こっちが『想う相手に気づいて貰える』香水で、こっちが『疎遠な相手へ想いを甦らせる』香水だよ。一つどう?」
彼女は屋台を覗く少女達に次々と商品を売り込み、お客さんとのやり取りを楽しんでいるようだ。これが彼女の祭りの楽しみ方なのだろう。売れ行きもそこそこのようだ。
「あ、チュールさん」
「お、アルトリアだ〜。なんかオススメの屋台、あった?」
一人で先に屋台巡りをしていたアルトリアに出合い、チュールはその肩にひょいと飛び乗る。
「そうですね、あそこの小物は可愛かったですよ。チュールさんと同じシフールの方が作ってらして、指輪とか、ペンダントトップとか細工が細かいんです。あとは、あっちの屋台の小海老の入ったクリームスープは温かくて美味しかったです」
「いいねぇ、他には他には?」
「後はですね‥‥」
アルトリアはすっかり屋台通になったようだった。
アスカは早々にパートナーをゲットしていた。少年と青年の中間といった年頃の男の子だ。
「よし、おねーさんが奢ってあげよー」
その可愛い男の子に、アスカのサービス精神がむくむくと首をもたげる。地鶏を香草とパン粉で揚げたもののサンドイッチを屋台で購入し、差し出す。すると男の子は恐縮したようにお礼を言いながらもそれを頬張った。そんな所がまた可愛かったりする。
「うーん、美味しい、幸せー」
可愛い男の子のパートナーも見つかり、美味しい料理を口にして、アスカは笑みを浮かべた。
「うぉ〜お、この小物可愛い。いくらかな、かな?」
フォーレが売り子の少年に声をかけたその時、視界の端で何か不審な動きが見えた。反射的にフォーレはその人物の腕を握る。
「ちょっとまって、お金払わないとだめだよ」
その不届き者は、人込みにまぎれて隣の屋台から小物を万引きし、自分のポケットに入れようとしていたのだ。いい大人が。
「うるせぇな、小娘が!」
「っ!」
フォーレの手を振り払い、逃げようとした不届き者に、彼女は近くにあった細めの角材を拾い、スタンアタックをお見舞いする。と、その男はさっきの威勢はどこへやら、あっさりと気絶して倒れこんでしまった。
「「おおー」」
それを見ていた周囲から、歓声が上がる。
「ほい、逃がさない〜♪」
うつ伏せに倒れた男の背中に乗り、フォーレは騒ぎを聞きつけて駆けつけてくる自警団の人達を待った。
●風とあなたとダンスを
お祭り特有の、明るい音楽が広場に流れる。広場には、種族の壁を越えた沢山のペアが偶然の出会いを記念して、そして風に感謝してステップを踏んでいる。
「(んー、ダンスってオクラホマミキサーとかマイムマイムとか‥‥じゃなさそうだな)」
踊りの輪に加わろうとした香哉は、見たこともないダンスにちょっと不安を覚えていた。でも男としてここはしっかりとエスコートしなければ面目が潰れる。
「踊るのは下手ですがそれでもよろしいですか?」
隣に立つ受付のお姉さんに、丁寧にそう前置きしてから手を差し出す。彼女は「はい、喜んで」と香哉の手に手を重ねた。
「(グライダー乗り達に良い風が吹くことを祈って!)」
香哉はお姉さんの手を取り、慣れないエスコートで踊りの輪に加わった。
「これもご縁という事で」
フィリッパはにっこりと微笑み、二人の男性にそう告げた。結局一曲演奏した後に交代で二人の男性とダンスをすることになったのだ。本当に偶然とは面白いもので、特に今回のは風の精霊のイタズラとも思える。
彼女はこの後場所を移動して閑静な所で音楽を奏でるつもりだ。静かな場所を選んで語り合う恋人達の為にムードのある音楽を提供しよう、と。
「ちゃんとしたダンスなんて知らないけど、こういうのは楽しんだもの勝ちよね!」
ラマーデはパートナーとなった旅商人のおじさんをぐいぐいと広場へ引っ張り、輪に加わる。屋台を巡っているうちにラマーデのリボンが手に触れると、そのナイスミドルなおじさんは快くパートナーを引き受けてくれた。そして今は屋台を店じまいし、こうしてダンスに付き合ってくれている。広場に来る前に食堂でご飯も奢ってもらったし、腹ごなしに一曲。
「笑顔でどんどんいきましょ!」
ラマーデの笑顔に引きずられるようにおじさんも笑顔になり、楽しくステップを踏む。おじさんにしては機敏な動きをするパートナーに、ラマーデも負けじとステップを踏んだ。
踊りの輪の中にはソフィアとセーファスやアスカと少年も加わっている。さすが侯爵家の長男というべきか、セーファスのエスコートは完璧で、踊りなれていないソフィアをきちんとリードしていた。
「この後、食事でもどうか‥‥?」
一応男から誘うのが礼儀の様な気がして、レインフォルスはパートナーとなった町娘に声をかける。二人ともまだ食事を取っていなかったので、踊りで丁度良く腹が減ったというところか。
「この町に詳しくないので‥‥どこの店がオススメだとアドバイスできないのが申し訳ないが‥‥」
恐縮するレインフォルスに町娘は気を悪くした様子もなく、それでは自分がご案内します、と彼の手を取って屋台街へと先導するのだった。
「お祭りとか皆で楽しめることができるっていいな」
「あれ〜レフェツィア、パートナーは?」
踊るペアたちを椅子に座って眺めていたレフェツィアに、ほろ酔い気分のチュールがふよふよと近づく。彼女の手首にはリボンが巻かれているから、パートナーは見つかったはずだ。
「今、飲み物を買いに行ってくれているよ」
慣れないダンスで足を軽く痛めてしまった彼女の為に、観光に来たという男性は飲み物を買いに行ってくれているという。
「へー、優しい人でよかったね」
「うん。こういうお祭り、ずっと続いていくといいよね。そこに生きている人達の様子とかを見られるしね」
「そうだね〜」
風の恵みに感謝し、風の導く偶然に心ときめかせ、皆で仲良く楽しく過ごす。
寒さを忘れるほどに楽しみ、時を忘れて踊り明かす。
見知らぬ人と肩と肩を並べ、温かい飲み物、美味しい食べ物を食べて語らう。
そんな、平和な日。
風の精霊を祭る風霊祭の日は、こうして沢山の人の歓喜に包まれながら過ぎていくのだった。
来年もまた同じように、こうして風を祀る事が出来ますように。