世界で一つの恋だから

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 47 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月29日〜03月06日

リプレイ公開日:2008年03月07日

●オープニング

●経緯
 港町ナイアドの男爵令嬢セルシアは器量よしで気立ても良く、その噂は王都まで届いていました。方々から縁談の申し込みが多々あれども彼女の母は彼女に想う相手がいることを知っており、身分の違いから叶わぬ思いなれど少しでも長く彼と共にいさせてあげたいと、縁談を断り続けていました。
 が、事態はその母親の死で急変したのです。愛妻の死に心痛めた男爵はそれまで無縁であった経済関連の取引に手を出し、セルシアを狙う王都の貴族の裏での糸引きもあり、多額の借金を背負ってしまったのです。王都の貴族はセルシアとの婚姻の代わりに経済援助を申し出ました。男爵家はその申し出を受けるしかなかったのです。
 セルシアは自らの置かれた状況、身分を十分理解している聡い娘でした。自らが長年思いを寄せる乳兄弟とは結ばれぬ事はわかっていたのです。ですが想い続けるだけなら許されるだろう――そう思い、嫁ぐことも決意していました。が、男爵は怖かったのです。自ら目を掛けて特別に教育を受けさせて育て、立派な私兵として育ったセルシアの乳兄弟、レシウスが。彼に目を掛けているからこそ、彼の怖さがわかったのです。彼ならばセルシアをつれて逃げても最低限身を立てる才能と実力があると解っているから。
 男爵はレシウスに偽の用事を言いつけて町外れに連れ出し、彼を殺そうとしました。ですが元同僚が殺し手であることを知り、レシウスは全てを察したのです――自分は捨てられたのだと。自暴自棄になり死を覚悟していた彼を救ったのは冒険者でした。冒険者達により彼は生まれ変わったのです。
 王都に渡ったレシウスは、冒険者の力を借りて男爵家の借金を返済するに足る宝を手に入れました。その宝を献上すると男爵は大いに喜び、自らの行いを悔いました。そして彼に褒美を与えると言いました。ですがレシウスは、自分への褒美は全てが終わってからでといい、冒険者となる後ろ盾を求めました。それは男爵家に借金の肩代わりをすると申し出た貴族の悪い噂を聞いていたからです。
 冒険者達の協力を受けてその貴族を探り、その裏に隠された悪事を暴き、相手側から男爵家への縁談を断らせる事に成功したレシウスは、愛しいセルシアの待つナイアドへと帰還したのでした。

 そしてセルシアとの結婚を正式に申し出たレシウスでしたが、ウェルコンス男爵は二人の愛を再確認するためにと二人それぞれに試練を課しました。それぞれ冒険者の手を借りてそれらを乗り越えた二人は、晴れて婚姻が認められたのです――。


●暗雲
「あれ? レシウスさん‥‥ですよね?」
 冒険者ギルドの職員は、久々に見かける人物に思わず声をかけた。彼は確か、追っていた貴族の事件が解決した後ナイアドへ帰ったと聞いていたのだが。
「ああ、久しぶりだな‥‥今回はまた依頼があって来た」
「顔色が冴えませんね。何か悪い話ですね?」
 職員の言葉にレシウスは暗い表情のまま頷く。
「セルシアとの結婚式が決まったんだが‥‥」
「おめでとうございます! ってどこが悪い話ですか」
 彼女いない暦=年齢だという噂のあるギルド職員から見れば羨ましい限りだ。だがレシウスは視線だけで「最後まで聞け」と職員を制する。彼にしては珍しく、余裕のない表情だ。
「脅迫状が届いた。――いるはずのない人間からな」
「脅迫状!?」
 脅迫状の差出人の名は『クリュエール』。以前レシウスが追っていた宴を主催していた貴族であり、ハリオット伯爵家の元長男の名である。どうして『元』なのかといえば、少女誘拐や経済取引の裏操作など数々の罪状で取調べを受けるために役人に捕えられた後、彼の姿を見た者がいないからだ。恐らく伯爵家内でも家名に泥を塗ったとして極刑か、良くて生涯幽閉の身になっていたと思われていたのだが。
「ヤツ本人からだという確証はない。だが可能性がないというわけでもない。伯爵家は表沙汰にはしていないだろうが、廃嫡の後放逐した可能性もある」
「脅迫の理由は逆恨み、ですか?」
「恐らくはな。あの宴を裏で嗅ぎ回り、ヤツを追い詰めたのは俺とあの占い師だしな。もしくは――よほどセルシアに執着しているのか」
 クリュエールは王都まで届く器量の持ち主のセルシアを手に入れるために、セルシアの父に経済取引で借金を背負わせたという過去がある。だが、彼の性格からいえばセルシアへの執着の可能性は薄いようにも思える。
「脅迫状は『花嫁の命を貰う』とあった。怯えさせるといけないので、この話はセルシアにはしていない。今の所俺と男爵様しか知らない」
 セルシアの命を奪うことがレシウスにとって最も痛手となると踏んだのか――実際その通りなのだが。
「結婚式は予定通り行われる。男爵の領地の館で貴族の招待客を招いて式を挙げたあと、館の庭でその町の領民を招いて盛大なパーティが開かれる。祝いに駆けつけた領民に刺繍入りのハンカチーフを配り、祝いに感謝を示す」
「そのパーティになら、こっそり紛れ込むことも可能ですね‥‥」
「式やパーティの準備の為、館にも臨時の使用人が雇われたり、前日も当日も人の出入りが激しいだろう。式の会場の警備は貴族の名代なども来る事から私兵が配置されて厳重に行われるが、他は手薄だ。休憩や着替えで式場を辞する時なども危ないかもしれない」
 さすがに来賓の相手もあり、男爵やレシウスも当日はセルシアにつきっきりというわけにもいかないだろう。セルシアの方が挨拶などで忙しいことが予想されるが、その分着替えを兼ねて休憩を多く挟む事になるに違いない。
「『クリュエール』は既に領地内に潜んでいる可能性が高い。冒険者達には前日から領地入りしてもらい、当日と、翌朝までの警護を頼みたい」
「狙われやすそうなのはセルシア嬢が式場を離れる時と、パーティで領民が入り乱れる時ですね」
「式場で私兵に混じり警護をする場合は武器の携帯は構わない。セルシア離席時の警護も同様だ。だが賓客に混ざる場合とパーティ客に混ざる場合は、申し訳ないが大きな武器の携帯は遠慮してもらいたい。ただしパーティ時、客に混ざらず私兵として庭を守る場合は武器を携帯しても構わない」
 式やパーティの雰囲気を壊さないため、そしてセルシアに『何かあるのか』と怯えさせないためということか。レシウスやセルシアと面識のある者ならば『祝いに駆けつけた冒険者』としての参列も可能だろう。
「前日に領地入りということは、前日のうちにその町中を調査することも可能ですか?」
「そうだな、町見物と称して動き回る事も出来るだろう」
 ただ問題は俺自身があまり自由に動けない事だ、とレシウスは言う。新郎であり、男爵家の婿養子となる彼は恐らく男爵と共に賓客への挨拶に忙しくなるのだろう。本来ならばこうしてメイディアまで足を運んでいる暇などないほど式の準備に忙しいに違いない。
「俺がクリュエールを追い、ヤツを逮捕まで追い込んだのを知る者は少ない。故にヤツの名が出てきた以上、本人である可能性が高いと見てる」
 だのに自ら手を打つことが出来ないなんて――彼は内心歯噛みしつつ、彼に出来る最大限の事として冒険者を雇いに王都まで来たのだろう。
「頼む‥‥セルシアを守ってくれ」
 レシウスは祈るように呟いた。

●今回の参加者

 ea0356 レフェツィア・セヴェナ(22歳・♀・クレリック・エルフ・フランク王国)
 ea0827 シャルグ・ザーン(52歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea3625 利賀桐 真琴(30歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 eb2093 フォーレ・ネーヴ(25歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 eb3446 久遠院 透夜(35歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 eb4598 御多々良 岩鉄斎(63歳・♂・侍・ジャイアント・ジャパン)
 ec0844 雀尾 煉淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ec4205 アルトリア・ペンドラゴン(23歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●不穏な
 そう大きくない町である。普段ウェルコンス男爵達家族はナイアドの街にある自宅に起居しているが、時折この領地内の町の領主館を訪れる。今回は領主様の長女の結婚祝いとあって、町中はお祝いムードで満ち溢れていた。誰もが笑顔で明日の結婚式の噂をしながら往来を行く中、久遠院透夜(eb3446)は口を固く引き結び、宿と酒場を見て回っていた。目的は「領主の娘の結婚に沸き立つ町中の雰囲気にそぐわない連中がいないか」の調査であるが、今の所宿屋酒場などの場所にそれらしい者達はいない。あえて言うなら表情を固くしている透夜が一番それに近いかもしれなかった。
「考えすぎだったか――」
 口の中で、小さく呟く。クリュエールの生家が彼を廃嫡、そして放流したと見せかけて裏でまだ繋がっているのかも知れないと考えたが、メイディアを出立する前にそれらしい情報を得る事は出来なかった。情報を聞き出すどころか、彼の名を出した途端使用人や出入りの商人達もまるでそれが触れてはいけない逆鱗であるかのように、彼の話を露骨に避けるのである。他領の、民という財産を犯した犯罪者として家名に泥を塗った者の話など、出来ないのは当然かもしれない。
 一方、同じく式前日に町中へ出ていた雀尾煉淡(ec0844)は、彼の姿をしていなかった。事前に用意した占い師風の衣装とミミクリーを使用し、レシウスと共にクリュエールを追い詰めたかの占い師に化けたのである。敵が本当にクリュエールであれば、レシウスより先にクリュエールの主催する宴に潜入し、彼の捕縛に手を貸したその占い師にも恨みを抱くと判断したからだ。ちなみに占い師の顔を知っている透夜には、彼が占い師に化ける旨、事前に通達済みである。
(「遠目からなら似ていないこともない、か」)
 煉淡の姿を見つけた透夜は心中で呟く。ミミクリーで他人に化けるには、術者の美術能力により精度が左右させる。故に美術の心得浅い煉淡が変身した占い師の精度はそこそこだったが、今回は揺さぶりをかけるのがメインである。精緻なまでに似せる必要は特になかった。
 と、路地裏から何か叫ぶような声が聞こえた。低く抑えた声ではあったが「待て、早まるな!」と聞こえたような。同時に路地裏から何者かが飛び出し、占い師姿の煉淡に向かって走り行く。透夜も素早く反応して走った。
「っ‥‥」
 路地裏から走り出た男の振り回した刃物が煉淡の衣服を切り裂く。透夜は後ろからその男の利き腕を掴み上げ、締め上げて刃物を落とさせた。
「クリュエールではありませんね」
「路地裏から声がした。もしかしたら」
 透夜の言葉に二人は男の飛び出してきた路地を見やる。昼間でさえ尚薄暗いその路地には、くたびれたフードを被った何者かが立っていて。
「‥‥‥」
 一瞬、冷たい視線をこちらへ投げかけたかと思うと素早く路地裏へと逃げていく。その冷たい視線に煉淡と透夜は見覚えがあった。
「透夜さん、俺は平気ですから行ってください!」
「分かった!」
 男の締め上げを放棄し、透夜は路地に飛び込んだ。だが時既に遅く、フードの男は視界に収まる範囲にいない。路地裏をしらみつぶしに探したが、フードの男が見つかることはなかった。

「まずはレシウス、結婚おめでとう」
「友人の導蛍石からの祝いの品ですが」
 屋敷を訪れた透夜が祝いの言葉を述べ、煉淡は友人から預かった品を差し出す。
「有難う‥‥いいのか、こんなに良い品を貰ってしまって」
「お祝いですから、どうぞお納めください」
 レシウスは渡された刀をしばし眺め、そして構えてみせる。煉淡の友人とは男爵から出された試練を越えるために一緒に戦ったことがあった。それを覚えていてもらえたことが、レシウスにとっては何よりも嬉しい。
「さて問題の奴らだが、とりあえずクリュエールの単独犯ではない事が発覚した」
 透夜の言葉に、部屋に集められた全員が僅かにざわつく。
「今日見た恐らく彼だと思われるフードの男は、こんな姿をしていました」
 煉淡のファンタズムのスクロールによって作り出された幻影は、くたびれたフードを纏ってはいるが瞳は冷たい、そんな男だった。加え、御多々良岩鉄斎(eb4598)が以前のクリュエールの姿を描いた似顔絵を差し出す。
「こっちが伯爵子息だった頃のクリュエールじゃな」
 岩鉄斎が差し出した絵には、金の髪の美丈夫が描かれていた。だがその瞳は冷たい。
「かっこいい人なんだろうけれど‥‥どこか怖い感じがする」
「そうでやすなぁ」
 クリュエールと面識のないレフェツィア・セヴェナ(ea0356)がぽつりと呟くと、同じく利賀桐真琴(ea3625)も感想を漏らす。アルトリア・ペンドラゴン(ec4205)とフォーレ・ネーヴ(eb2093)は無言でその顔を頭に叩き込んでいた。
「一応警備に当たる私兵の顔は大体覚えました。明日は見慣れない者がいないか注意を払いましょう」
 レシウスの紹介で警備の私兵として雇われたルイス・マリスカル(ea3063)は、一日を警備の配置確認と私兵の顔を覚えるのに費やしていた。
「あたいはメイドとして使用人を見てきやしたが、今の所怪しいヤツはいないようでやす」
「敵は複数‥‥か。やはり領民が庭に入り乱れる時が危ないだろうか。気をつけないとな‥‥」
 壁に寄りかかり、腕を組んで呟くレインフォルス・フォルナード(ea7641)。花嫁は元より来賓や領民に危害を加えさせるわけにはいかない。注意をしなければ。
「それでは我輩はそろそろセルシア嬢に挨拶を述べてくる。皆も共に行くか?」
 シャルグ・ザーン(ea0827)の言葉に一同は頷く。ある者はレシウスの知り合いとして。ある者はセルシアの知り合いとして。そしてある者は臨時雇いの者として。あくまでも脅迫状の事は伏せて、それぞれはセルシアと対面を果たした。


●宴は始まりを告げ
 館内での式は何事もなく終了した。常に気を張っていた彼らだったが、ほっと軽く安堵の溜息が出そうになるのを堪える。この後は庭に出て、祝いに駆けつけた町人達にハンカチを配るのだ。人が入り乱れ、一番侵入をたやすくする場面である。ちなみにこのハンカチ、セルシアが試練として1000枚刺繍を言い渡されて作成した物である。刺繍の大半は素晴らしい勢いで手を進めた真琴によるものだが。
「そちらは任せた」
 さすがに衣装を変えるセルシアについていくわけにも行かず、式の間中常に彼女を護れる位置にいたシャルグは、花嫁控え室へ向かう真琴、レフェツィア、透夜、そして控え室を探査する煉淡に彼女を託す。
 ふと男爵に付き従って一足先に庭へと向かうレシウスを見れば、心配そうに何も知らないセルシアを見ている。ふと彼と目が合ったレフェツィアは「大丈夫だよ」と安心させるために軽くウィンクを送った。

「どう、怪しげな人はいた?」
「いえ、今の所は」
 フォーレはアルトリアと組んで動いていた。アルトリアは花嫁を一目見ようと駆けつけた領民で庭と開放された庭からの出口がごった返す中、他の仲間を探す。何とか見つけることが出来た数人も、今の所異常を感じた気配はなかった。フォーレは事前に罠を仕掛けた場所を思い出す。誰かが罠に掛かっていれば騒ぎになるはずだ。今の所罠に掛かった者はいないらしい。
「(私兵の中にそれらしい者はいないですね)」
 ルイスは前日に叩き込んだ私兵の顔と、庭の隅で警備に立っている彼らの顔とを照らし合わせながら植え込みや木の陰なども注意深く確認していた。
 シャルグは館からの出口に一番近いところで、セルシアを待ちつつその高い視野を生かして領民達をチェックする。どの顔も期待と羨望入り乱れたものだったがふと、その一角に目が止まる。それは歴戦の戦士としての勘とでも言うべきか、何か民の列の後ろのほうに違和感が――
 と、レインフォルスがゆっくりとその辺りに近づいていく。反対方向からルイスも同じく民の集団に近づいていた。シャルグは岩鉄斎にこそりと耳打ちをし、それを了解した岩鉄斎は素早く侯爵と共にいるレシウスに近づいた。
「すいません、少しいいでしょうか」
 民の列の後ろの方、そこにいた男達にルイスが声をかける。服装こそ町人のものだ。そして談笑しているように見えたが、彼らの瞳は笑ってはいなかった。レインフォルスはいつでも武器を取り出せるようにし、ルイスと共に左右から男達を挟むように近づく。男の数は、4人。
「何でしょうか?」
 男の一人が応対した。自然、会話している人物に注意が行く。その時、残りの男達が動いた。整列させられた民達をすり抜け、レシウスへと向かおうとしているようだ。
「祝いに来た者の行動ではないな‥‥」
 レインフォルスが素早く鉄の棒で男一人の鳩尾を突く。ルイスも話をしながらナイフを抜きかけた男の腕を掴み、捻りあげる。
「フォーレさん!」
「わかったよ!」
 民達の列を抜けた男二人。レシウスとの距離5メートル。異変を察知したアルトリアが駆け寄り、鞘に入ったままの剣で男の足をなぎ払う。勢い余って地面に倒れこんだ男を、フォーレが押さえつけた。
 残りの男は一人。男はレシウスとの距離を着実に詰めていく。レシウスが護身用に持っていた剣を抜こうか迷ったその時、前に出たのは岩鉄斎だ。大型煙管を走ってくる男の腹に突き刺す。男の走る勢いで腹に深く食い込んだ煙管。男に隙が出来た所で駆け寄ったシャルグがそれを取り押さえた。
「これで全員かのう」
 岩鉄斎は捕えられた男たちを見渡す。誰もがナイフや短刀等の武器を手にしていた。が、そこにクリュエールの姿はなかった。
「セルシアは!?」
 レシウスの叫びで、一同は館を振り返った。


●そして企みは終焉を
 時は少しだけ遡る。一足先に煉淡のバイブレーションセンサーのスクロールにより花嫁控え室に不審者がいないか確認され、セルシア、真琴、レフェツィア、透夜は控え室へと入る。さすがに男性である煉淡は入室することは出来ない。
 真琴が臨時のメイドとして雇われたおかげで、着付けの手伝いに他の使用人の手を借りることはせずに済んでいた。室内にいるのはこの4人だけである。
「素敵なドレスだね」
「これは以前真琴さんから戴いたものなのですよ」
 レフェツィアの言葉に、真琴に手伝ってもらいながら着替えを進めるセルシアが微笑む。
「恐縮でございやす」
 冒険者と共に父親の出した試練を乗り越えたあの時の気持ちを忘れぬように、とセルシアはパーティの衣装にこのドレスを選んだのだという。
「最初に会ったときは二人とも大変だったけれど、こうなるとなんだか嬉しいね」
 レフェツィアが嬉しさを零すと、セルシアも目を細めて微笑んだ。こうなるまでの月日は今までの人生で一番長く感じたことだろう。
「お嬢様、よろしいでしょうか」
 その時控えめに扉がノックされ、メイドの声が聞こえた。セルシアが応対する。
「使者の方がお花を持っていらっしゃいまして‥‥式に間に合わなかった分、直接お渡しするようにと言われているそうなので」
「わかりました。私が直接受け取らねばその使者の方が叱責を受けるのでしょう。着替えも終っていますのでお通ししてください」
 何も知らぬセルシアからしてみれば、使者の者が困らぬようにと気を使ったのだろう。だが脅迫状のことを知っている三人には緊張が走る。透夜はすぐに対応できるように扉の横に立ち、真琴とレフェツィアはさり気なくセルシアの前方に立ち位置を移動した。
 どうぞ、という小さなメイドの声と共に扉がゆっくりと開く――そこに現れたのは、礼服に身を包み、花束を抱えた短い金髪の青年――
「透夜さん!」
 廊下にいた煉淡が叫んだのは青年が酷薄な笑みを浮かべたのと同時だった。煉淡の声に扉の横に立っていた透夜が相手を確認するより早く鉄扇を振るう。
 ドスッ!
 鈍い音が響き、横合いからの不意打ちをかわしきれなかった青年がバランスを崩す。
「きゃあっ!?」
 何も知らぬセルシアとメイドがその場で叫び声を上げた。それを気にしている暇などない。男に駆け寄った真琴が特殊警棒で青年の急所を狙う。呻き声を上げて倒れた青年。散った花束の合間からナイフが床に滑り落ちた。青年が体勢を立て直す前にレフェツィアのコアギュレイトがかかる。青年は無様な格好のまま動きを封じられてしまった。
「髪形こそ違いますがクリュエールです」
 煉淡が青年を見下ろす。恐らくこの状況は彼にとって屈辱以外の何物でもないだろう、青年は冷たい瞳で自分を見下ろす者達を見据えた。
 廊下で待機していた煉淡は、メイドが連れてきた青年がクリュエールだといち早く気づいていた。だがその場で声を上げても彼一人では取り押さえることが難しい。その為、中にいる仲間たちを信頼したのだ。同じく中にいた者達も彼の意図を感じ取り、素早く青年捕縛に走ったのである。
「クリュエール‥‥この仮面を見忘れたか?」
 透夜は以前クリュエールに出会った時につけていた仮面を取り出し、彼に見せ付ける。
「祝いの日を血で汚すわけにはいかない。こんな日でなければ容赦はしないところだ」
「セルシアのお嬢、どうしやすか。もう暫く落ち着かれてから庭に出られやすか?」
「いえ」
 セルシアは男を見、ナイフを見る。漸く自分が命を狙われたという事に気が付いたようだ。何故自分が狙われたのか分からないが、彼らはそれを防いでくれたのだ。警備に回ってくれた彼らは、こうなる事を予測して自分を守ってくれていたのだと思えば、過剰な警備も納得がいく。
「あまり皆さんを待たせては、何かあったのかと心配をかける事になります。この男の拘束をお願いしてもいいですか?」
「任せて」
「私も監視につこう」
 素早く気持ちを切り替えたセルシアは、レフェツィアと透夜に青年の拘束を頼む。自らが今すべきことは、自らを待っている民の前に姿を現すこと。
「煉淡さんはこの男の事を皆さんにご報告お願いします。真琴さんは、私と共にハンカチ配布を手伝っていただけますか?」
「わかりました」
「もちろんでやす」
 セルシアの切り替えの早さに半ば驚きつつ、二人も頷く。その切り替えの速さは、貴族たる自分が今なすべきことをを考えた結果だった。
「何故私を狙われたのか分かりかねますが‥‥あなたは幸せになれなかったのですね」
 部屋を出る際にセルシアが呟いた言葉。それは悲しげに響いた。


●祝福を
 突然の荒事に混乱しかかった民達を静めたのは、花嫁の登場だった。一瞬にして視線はセルシアに移り、今しがた起こった荒事などなかったかのようにいっせいに祝福の言葉が紡がれる。
 無事に登場した彼女の姿に、一同も安堵して息を吐き、目立たぬように捕えた男達を運ぶ。こっそりとやってきた煉淡により花嫁控え室での捕縛劇を伝えられた一同は、これで全てが終ったのだと笑顔で民達にハンカチを配るセルシアを、そしてその横に立つレシウスを見つめるのだった。