ヴィ・ラ・プリンシア〜幸福な未来を〜
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:9人
サポート参加人数:2人
冒険期間:03月06日〜03月11日
リプレイ公開日:2008年03月12日
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●オープニング
「そうですか――そうですね、その方がいいかもしれません」
貴族の館の一室、その静寂に支倉純也の声が柔らかく響く。彼は向かいの椅子に腰をかける人物と話をしていた。
「奥様も‥‥お辛いでしょうし、ルシカさんもエシャートさんもこのままでは辛いでしょうから」
「時間が全てを解決してくれるとは思わないが――そうなってほしいと望む気持ちもある」
彼と相対している貴族は、溜息混じりにそう述べた。
妻が夫へのあてつけの為に私兵との間に無理矢理作った子供――行き場のない憤りを、その小さい体でずっと受け続けていた子供。貴族はその子供が自分の子供でないことを分かっていたが故に愛する事は出来ないと思っていた。だが、すまない、とは思う。自分が妻に寂しい思い、辛い思いをさせたがために、その小さい命が危機に晒されていたのだ。
「今はただ、あの子に平穏な時間を与えてやるべきだ、と思うのだ」
正式に貴族と血のつながりはないものの、彼女は貴族の末娘として認知されている。いずれ年頃になれば政略結婚の手駒として使えるだろう――と思わなくもないが、それよりも貴族には、謝罪の念が募る。
長年母に虐待され続け、そして母から命を狙われた娘、ルシカ。
その、平均にも満たない小さな体が十分育つまでは静かな所で平和に暮らさせよう、それが貴族の出した結論だった。
娘と、娘の出生の秘密を知る私兵エシャートの殺害を謀った夫人は、多少精神の均衡を崩している。だが、二人が本宅から離れれば、自然とそれも良くなっていくだろうというのが医師の見立てだ。もちろん、それには夫である貴族の愛情も欠かせないが。
「それでは、エシャートさんをルシカさんの御付として、また警備責任者として共に別邸へ行かせるのですね?」
「ああ。数人の使用人と共に郊外の、ゆったりと時間の流れる屋敷であの子の心の傷が少しでも癒えれば、と思っている」
愛する事は出来ない――かつてルシカについてそう断言した貴族であったが、自分不在の間に懸念していた殺人未遂が本当に起こってしまったことで、彼女に対する感情も少しは変わったのかもしれない。あの小さな身体に降りかかる全ての災難が、元を辿れば自分に起因している事を改めて実感したのかもしれなかった。
「それではそのように、冒険者を手配します。別邸への経路には現在オーク戦士などのモンスターが出没するという情報があります。注意させましょう。あと」
純也はルシカの部屋がある方角をちらと見、視線を貴族へと戻した。
「ルシカさんは1泊2日の旅に耐えられるだけ、体力は回復していますか?」
「医者によればそのくらいならば大丈夫だろうとのことだ。あとは本人次第だろう」
ルシカと使用人達、そして足のない冒険者の乗る馬車は貴族が用意してくれる。彼女の旅が快適なものとなるように工夫が出来るのならば、それに越したことはないだろう。
「エシャートさんは馬での随行ということですね。ところで――」
「まだ話していない」
貴族は純也の言葉を先に読み取り、言葉を遮った。それはルシカの「本当の父親」に関する事。
ルシカ自身は自分が父親に愛されていないのではないかと薄々感じ取っており、どうして父親が自分を愛してくれないのかを気にしている。エシャートが自分の父親であればいいのに、などと零すこともあったとか。
「お話にならないのですか?」
「私の口から話せる事でもあるまい」
純也の言葉に、貴族は苦笑を浮かべてテーブルの上からお茶の入ったカップを取った。
「だが、あの子が知りたければ、教えても良いだろう。隠していても、いずれどこからか知れてしまうこと――」
それで何が変わるわけでもあるまい。あの子は私の子供でもある――そう言葉に出来るまで、まだ貴族の心は達していないようだが、純也にはその隠された言葉が感じ取れた。
「ルシカさんは大変聡明なお子様だと思います。恐らく真実を知っても、しっかりと受け止めた上で自分の置かれた立場を把握できる方だと」
「判断は、冒険者達に一任する」
それはルシカに父親に関する事項を話すかどうかということ。こんな重要なことを冒険者任せにするのは、貴族がこれまでの事件で冒険者を信頼しているからであろう。
「分かりました、冒険者を手配いたします」
純也は立ち上がり、ゆっくりと頭を下げた。
●依頼内容
・ルシカ、使用人4名(+荷物)の乗った大型馬車を別邸まで護衛せよ(エシャートは馬で随行)
・別邸へは1泊2日の距離。途中、近隣の村に立ち寄って宿を取ることも可能(宿屋がない恐れもあるので交渉次第)
・ルシカの体力はなんとかその旅に耐えられる程度。出来る限り快適に過ごせるような工夫が求められる
・移動手段のない冒険者は馬車に同乗が可能
・別邸への道程には、屋敷までの丁度中間地点辺りで現在オーク戦士やオークの出現が確認されている
・ルシカに父親の真実を話すかどうかは、冒険者の判断に委ねられている(ルシカは真実を受け止めるだけの聡明さを持ち合わせていると思われる)
●リプレイ本文
●その道行き
大きな馬車が館の裏口に止まっていた。使用人に手を引かれ、大きめの赤いワンピースに身を包んだルシカが裏口から出てくる。当座の生活に必要な荷物の類は既に積み込み終わっていた。他は既に別邸に用意されているか、後から送られるとの事である。
ルシカが足を止め、振り返った。そこには父親である貴族が立っていた。見送りに来たのであろう。
「それでは宜しく頼む」
貴族は冒険者達と同行する使用人達にそう告げると、複雑な表情でルシカの前へ立った。一度は「愛せない」と思った子供。けれども今は――?
「‥‥‥そのワンピースが丁度良くなった頃に迎えに行く」
貴族にはその言葉が精一杯で。言葉の裏に隠された真意が、幼いルシカに通じるかは分からない。
こくりと頷いたルシカは使用人の手を借り、馬車へと乗り込む。毛布とクッションで座り心地良くされたそこが彼女の席だ。
馬に鞭が入れられ、馬車が走り出す。貴族の姿がだんだんと小さくなっていく。ルシカは馬車の揺れに身体を任せながら、じっと小さくなっていく貴族を見ていた。
「ねぇ、とうさまは私を愛していないんじゃなかったの?」
不思議そうな呟き。使用人達はどう答えていいのか困った顔をしたが、馬車に随伴しているルイス・マリスカル(ea3063)がその言葉に優しく答える。
「ルシカさん、お父様はあなたを愛そうと努力されているのですよ」
「ほんと?」
「ええ。先ほどの言葉も、あなたを愛そうと努力しているから出たものでしょう」
「じゃあ、むかえにきてくれるって信じていいのね」
嬉しそうに微笑むルシカ。ルイスもつられて微笑を浮かべる。馬車の反対側を馬で随伴していたエシャートは思わず目頭が熱くなったのを誰にも悟られぬようにと少し馬の速度を上げた。
「うおっと‥‥やっぱりかなり揺れるな」
荷物からシフールのぬいぐるみを取り出そうとしていた布津香哉(eb8378)が呟く。
「(馬車の車体もゴーレム技術でチャリオットのように浮かせる事だけでもできれば快適になるんじゃないだろうか)」
自らのいた世界の技術にあったタイヤへの装飾をこの世界で作り出すよりは、この世界で進んでいるもので応用した方がいいのではないか、とついつい考え込んでしまうそんな彼は新米ゴーレムニスト。ゴーレムニストとは名ばかりで、まだ何も出来ないのが非常にもどかしく。
「おにいちゃん‥‥どうしたの?」
と、動きを止めたままの香哉にルシカが不思議そうに声をかける。その瞳の先には彼の手に握られたシフールのぬいぐるみが。
「お、これ気に入ってくれるかな? お近づきの印にプレゼントだ」
「え‥‥くれるの?」
差し出されたぬいぐるみにじっと見入るルシカ。だが子供らしく反射的に手を出そうとしないのは彼女の置かれていた境遇ゆえだろうか。
「ああ、そっか。大丈夫、触っても怒らないしぶったりしないから。ぎゅっと抱きしめてやってくれ」
「‥‥うん!」
香哉の言葉にやっと安心したのか、ルシカはシフールのぬいぐるみをきゅーっと抱きしめ、嬉しそうに笑う。
「おにいちゃん、ありがとう」
その嬉しそうな様子に香哉の頬が緩んだ。
「(話を聞いていると大変な目にあった少女だなという印象だが‥‥)」
レインフォルス・フォルナード(ea7641)は車内で静かにルシカを見ていた。今の様子を見ていると、あまりその名残は感じない。有るとすれば7歳というには小さなその身体と、子供にしては周りの顔色を窺いすぎる点だろうか。
「またよろしくね。ルシカさん〜♪」
フォーレ・ネーヴ(eb2093)の笑顔に、ルシカはよろしくおねがいします、と礼儀正しくお辞儀をする。
「何してあそぼっか?」
「トランプでもするか?」
フォーレと香哉はルシカと遊ぶ気満々だ。様子を静観していたレインフォルスと雀尾煉淡(ec0844)も誘われ、輪に入る。トランプのルールを知らないルシカの為に、簡単なルール説明が行われ、車内は笑いに満ちた。
「なんだか馬車の中は賑やかだね」
ユニコーンに騎乗して辺りを警戒していたレフェツィア・セヴェナ(ea0356)が御者を務めているフィリッパ・オーギュスト(eb1004)に話しかける。いつ何が起こるとも分からないから気を抜く事は出来ないが、ちょっとだけ一緒に遊んでみたいという気持ちもある。
「ルシカちゃんが疲れてしまわないといいのですけれど」
背後から聞こえる車内の喧騒に、フィリッパは答える。だがその顔には笑顔が。ルシカが笑えるようになったということは、それだけ彼女が回復したという事でもあるのだ。
「ルシカさん、これからはきっと沢山良い思い出が作れるよね」
「ええ。きっと」
願わくば、これ以上彼女が辛い目に合いませんように。
●幸福な未来へ
夜の早いうちに村に立ち寄った一行は宿を求めた。だが村に大きな宿屋はなく、宿屋と空き家を貸してもらえることになったので女性陣を宿屋に、男性陣を空き家にということで交渉が成立した。ルイスが事前に用意してきた塩と香辛料、そして香哉の差し出した毛皮の敷物が村人達の心象を良くしたようである。少しばかりの食料だけでなく、沢山の毛布なども貸してもらうことが出来た。
翌朝、まだルシカが起きぬうちに冒険者達は集まっていた。それはルシカに真実を話すか否かを決めるためである。真実を伝えるか否かは皆に任せるという意見が多い中、しっかりとした意見を出したのはレフェツィアと煉淡だった。
「話すかどうかは正直迷っているけど‥‥これからの幸せを願うなら全部教えてあげたいって思うけど。でもその前に、ルシカさんが本当の事を今でも知りたいって思っているかどうか確認したいな」
「私もルシカさんが聡明な方だと思いますが、彼女がそれを求め、私達が大丈夫だと判断した時でよろしいかと思います」
ルシカは今の所何も言ってこない。決して忘れたわけではないだろうが、父親が自分を愛そうとしてくれているということ、それが分かったから、そしてエシャートがこれからも側にいてくれると分かったから、それだけで今は十分なのかもしれなかった。
「ルシカちゃんが目覚めた時に冒険者が誰も居ないと寂しがるでしょうから、そろそろ私は戻っておきますね」
使用人が側についているもののフィリッパはそう断りを入れ、一足先に宿屋へと戻る。台所を借りて、事前に仕入れておいたミルクと蜂蜜でホットミルクを作ってあげるつもりだ。
「私達も朝食にしましょうか。その前にペットの様子を見てきましょう」
導蛍石(eb9949)はペガサスに乗って偵察を担当していた。だが村に入る為に彼のペガサスとレフェツィアのユニコーンは村外れに隠すように繋いでおいたのである。
「私も見に行くね。皆は先に行ってて」
「朝食の準備は任せてね〜美味しいものを作っちゃうよ♪」
フォーレは料理の腕を存分に振るうつもりだ。野宿の時よりは設備も整っているし、村人に頼めば食材を分けてもらえるかもしれない。格段にいい物が作れるだろう。
「何か近づいてくる反応があります。その数、6」
馬車から顔を出した煉淡が告げる。彼の手にはバイブレーションセンサーのスクロールが握られていた。と同時にペガサスで上空から偵察を行っていた蛍石からも声が上がる。フィリッパは馬車を止め、レインフォルスと香哉、そしてフォーレは馬車から出た。
ルシカは状況が飲み込めていないようで、怯える使用人達の様子をきょとんとした顔で見つめている。
「大丈夫です、皆で護りますから」
煉淡は高速詠唱でホーリーフィールドを張り、最終防衛ラインを作る。
ルイスにレインフォルス、エシャートらの前衛が、近づいてくるオーク達に駆け寄る。馬車から少しでも敵の意識を反らさせるのが目的だ。蛍石は敵の周囲を飛び回り、挑発しつつ馬車から遠ざけていく。フォーレと香哉、フィリッパは馬車の側に残った。群れから離れて敵がこちらに近づいて来ないとも限らないからだ。レフェツィアはユニコーンに騎乗したまま少しばかり敵との距離を縮め、コアギュレイトの詠唱を始める。
「少林寺流、蛇絡!」
蛍石の声が響いた。ブレイクアウトとトリッピング、スタンアタックの合成技で一番強そうな敵を転倒させる。続いてもう一体。
その転倒した敵に対してルイスが剣を二度、振るう。オークは攻撃的だが臆病でもある。一番強そうなボスがやられれば、逃げ帰ってくれる可能性があるだろうという判断だ。
レインフォルスも、ルイスが傷つけたそのボス的存在だと思われるオーク戦士を二度斬りつける。香哉が後方から弓矢で援護するのに続いてエシャートも意図を察したのか、微力ながらそれに協力をした。
傷を負ったオーク戦士は反撃を試みる。だがレインフォルスに優雅に回避され、バランスを崩す。他のオークたちもルイスやエシャートに攻撃をして見せたが、ことごとく回避されていった。と、その時ボスを残したオーク5体の動きが止まった。レフェツィアの専門レベルのコアギュレイトが発動したのである。その隙に三人は傷ついたオーク戦士に追い討ちをかける。
オーク戦士が倒れ、コアギュレイトが解けると、残りのオークたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。彼らはそれを追わない。今回はオークの殲滅が目的ではないのだから。
●明日も笑顔で
オークを退けた一行は、念の為に再び警戒しながら道を進んでいった。ローテーションで車内と車外を入れ替え、今度はフィリッパや蛍石がルシカの相手をする。
蛍石はルシカの心の傷は未だ癒えていないだろうから、とメンタルリカバーを施した。神聖魔法の発動する光を「きれい」と静かに見つめたルシカの心の奥に深く刻まれた傷を、痛ましく思いながら。
「もう、かえっちゃうの?」
冒険者達の気遣いで快適な旅を終えたルシカは、別邸の入り口で名残惜しそうに彼らを見上げた。空は夕焼け色に染まっている。
「ルシカさん、慣れない旅で疲れていると思うからゆっくり休んでね」
「つかれてないよ‥‥だいじょうぶ‥‥」
レフェツィアの言葉に、首を振るルシカ。本当は疲れているはずなのに、よほど一行との旅が楽しかったのか。
「大丈夫、寂しくなど有りませんよ。ルシカちゃんにはこれからエシャートさんがついててくれますから」
諭すようにルシカと視線を合わせたフィリッパ。ルシカは側に立つエシャートを見上げた。
「はい。エシャートは、ずっとお側におりますから」
その言葉に安心したのか、ルシカは漸くゆっくりと頷いた。こんな小さな我侭でも、彼女にとっては重要な回復の証拠。
「ルシカさんにはこれを。エシャートさんにはこれを」
煉淡がルシカにプロテクションリングを、エシャートにシルバーレイピアを差し出す。
「きれいなゆびわ。ありがとう、おにいさん」
「いいのですか? 私にまで戴いてしまって」
恐縮するエシャートに、煉淡は頷く。
「貴方がたの幸福を、心から祈っています」
煉淡のその言葉はルシカたちに関わった冒険者みんなの心。
その心に応えるかように、ルシカは冒険者達の姿が見えなくなるまでずっとずっと、手を振り続けていた。