空に憧れて
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:5
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月10日〜03月15日
リプレイ公開日:2008年03月15日
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●オープニング
「姉さんを助けて!」
「はいぃ!?」
突然冒険者ギルドに駆け込んできた少年の第一声に、ハーブティの入ったカップを傾けていた職員は、思わず素っ頓狂な声を上げた。
「ねぇ、冒険者なら姉さんを助けられるでしょう? お願いだから、ねぇ、ねぇ!」
カウンターを越えて職員に掴みかからんばかりの少年。年の頃は12.3だろうか。
「ち、ちょっと待って。落ち着いてください。話を、順を追って話を」
何故か両手を挙げて降参のポーズをしながら職員は少年の説得にかかる。ここにチキュウ人がいたら「まるで銀行強盗と銀行員のようだ」とその様子を評したかもしれない。
「お姉さんがどうかしたのですか」
「姉さんは、塔の最上階に閉じ込められしまったんだ」
幾分落ち着いたのか、少年はぽつりぽつりと事情を語り始めた。
少年と少年の姉はメイディアからいくらか離れた村の出身で、その村は精霊を必要以上に信仰する、信心深い老人達が多いという。その村の風習として、村に生まれた女児は精霊を祀る舞姫を継いでいくという。基本的に舞姫は15歳までで、15を過ぎると次の舞姫に代替わりをする。だが‥‥
「何でだか、姉ちゃんを最後に村には女の赤ん坊が生まれなくなったんだ」
恐らく特別な何かがあったわけではないだろう。若い者がどんどん王都やその他大きな街へ働きに出て行ってしまい、そこに落ち着くことによって結婚して村に落ち着く夫婦が少なくなったのだと予想される。少年によれば案の定、村には老人や年嵩の夫婦の数が圧倒的だという。そして稀に若い夫婦が村に落ち着いたとしても、偶然生まれた子供が男児続きだった、というだけだろう。
だが信心深い村の老人達は、そういった事情を全く考えず、ただ「精霊様のお怒りに触れたのだ」とばかり口にする。そして跡継ぎのいない舞姫は、15を過ぎてもそのまま村に留め置かれて‥‥。
「姉さんは今年で19になる。舞姫の任期はもう4年も過ぎているんだ。だけど村の長老達が、姉さんを村から出そうとしないんだ。『精霊様のお怒りを静めるために舞姫を欠くわけにはいかない』とか何とか馬鹿なことを言って」
少年はいらつくように爪を噛み、嫌悪の表情を見せた。
「それだけじゃない。2年前、そんな古い因習を打ち破ろうとして姉さんを村から連れ出そうとした人もいた。でも長老たちに見つかって‥‥殺された」
「‥‥‥‥‥」
「姉さんは目の前で人が殺されたショックで、それ以降逃げ出そうとしなかった。だけどこの間、突然一人で村を出ようとしたんだ。でも村の大人に見つかって、今度は村外れの塔に閉じ込められてしまった」
「お姉さんは何故突然村を出ようとしたのかい?」
「‥‥偶然見かけた、空を飛ぶ乗り物。それに乗りたい、空を飛びたいって言ってた」
空を飛ぶ乗り物――ゴーレムグライダーの事だろうか?
「一人で出て行こうとしたのは、誰かの手を借りて2年前みたいに手伝った人に迷惑が掛かるのを恐れたからだと思う」
「塔の警備は厳重なのかな?」
「ううん。林を挟んで村外れにあるから、入り口に大人の人が一人立っているだけ。塔の扉には鍵が掛かっている。塔の高さは二階位で、最上階――といっても二階位の高さだけど、そこには窓が付いているよ」
塔は思ったより高くはないようだ。でもだとしたら――
「その気になれば窓から飛び降りて‥‥って強硬手段がとれるんじゃないか?」
「姉さんには無理」
即答。その理由は
「姉さん、高いところ駄目なんだ。窓から下を見ただけで気絶しちゃうよ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
高所恐怖症?
それでもゴーレムグライダーに乗って空を飛ぶことを憧れていると?
「え、ちょっと待って、お姉さんは高いところが駄目、と」
「うん」
「でも空を飛びたいんだよね?」
「うん」
「うーん‥‥‥」
まあ希望と体質は別物だからある意味仕方がないのかもしれないが。
「とにかく、お姉さんを村の因習から解き放ってあげるのが依頼、なのかな?」
「そう。このままじゃ姉さん、死ぬまで村に縛り付けられちゃうよ」
村人達は一般人だ。武力行使に出てきても冒険者達には到底敵わないだろう。
方法は色々ある。村と塔は林を挟んで離れている。見張りは入り口に一人。その見張りを何とかして塔から舞姫を救出し、村人に気づかれる前に村を去るという方法も上手くすればとれる。また正面から長老達とぶつかり、彼らを論破して納得させるという方法もある。老人達の信仰心を利用方法もある。そのほかにも考えようによっては色々な手段が取れるだろう。だがいずれにしても村人を傷つけることはあまり良い手立てとはいえない。
「なんだか方法によっては一芝居必要そうだね‥‥」
「協力しよーか?」
その時横から声をかけたのは碧の羽根のシフール、チュールだ。いつの間にやらしっかりと話を聞いていたらしい。そこで彼女の「困っている人を頬って置けない病」が出てしまったのだろう。
「協力って‥‥何を」
「例えばさ、信仰心を逆手に取るためにゴーレムグライダーを使うとか出来ないの?」
「‥‥‥‥‥」
ギルド職員の脳裏に、なんだかちょっぴりと嫌な予感が走った。
「風の精霊に祝福された証としてグライダーでばばーんと派手に登場して、お姉さんを連れて行くとか」
「いや、いくらなんでも‥‥それは‥‥戦じゃないんですし」
「えー、いい案だと思ったんだけどなぁ。だってそれくらいしないと納得しそうにないじゃん? 後は現実を突きつけて、村おこしでも勧めるとか位しか」
「うーん‥‥‥」
職員は唸り、腕を組んで考え込む。チュールと少年、四つの瞳が期待を込めて職員に注がれる。
「‥‥‥わかりました、上に掛け合ってみます。けどあまり期待しないで下さいね?」
結局職員の方が折れた。わーい、とチュールと少年は手をたたきあって喜ぶ。
「ところでお姉さんの名前は?」
「エスティマ。僕の名前はルンだよ」
ギルドに飛び込んできたときとは打って変わった落ち着いた様子で、少年はチュールの問いに答えた。
●貸与ゴーレム
・ゴーレムグライダー(最大2機。使用は強制ではない)
今回は何故か冒険者ギルドがグライダーを貸し出してくれました。
恐らく交渉を頑張ってくれたであろう職員の為にも、グライダーを使用するときはただ「空を飛びたい」というエスティマの望みを叶えるだけでなく、劇的な使い方が出来るように考えてもらえると嬉しいです。
●リプレイ本文
●舞姫救出準備
塔付近。情報通り入り口らしき戸の前には見張りらしき男性が立っていた。退屈なのだろう、辺りを憚らずにあくびなどしている。
「(とりあえずあたしは怒ってるよっ! 間抜けな因習にしがみついて、花の乙女の大事な青春の時を奪おうとしているじじいどもにさ)」
怒り心頭のアスカ・シャルディア(ec4556)だったが、今それを口に出しては全てが水の泡だ。彼女はインビジブルで姿を消し、見張りの背後に近寄る。そしてリボンを見張りの目元に近づけながら、その耳元で囁いた。
「我は怒っている。古い形式ばかりに囚われ、精霊をあがめる心を忘れ去っているお前達に」
アスカが見張りの目をリボンで覆う。見張りは勿論突然の事に慌てて暴れだそうとしたが、後ろからそっと近寄ったスレイン・イルーザ(eb7880)がそれをロープで縛り上げる。彼もまた、この村の長老達が行ったという殺人について快く思っていなかった。いくら風習を守るためとはいえ‥‥。だがそれでも彼は騎士だから、守るべき民衆を傷つけない方向で動く。
アスカが後方へ手を振った。ルシール・アッシュモア(eb9356)への合図だ。ルシールはそれを確認するとベゾムに跨り、塔側面から窓を目指す。とんとん、と軽く木戸を叩くと中で小さな誰何の声が上がった。ここで大声をあげるわけにはいかない。ロープで縛った下の見張りに聞こえてしまうかもしれないからだ。だがただ木戸を叩き続けても、中にいる舞姫は戸を開けてくれないだろう。ただでさえ一人で心細い塔の中。外から聞こえる、扉を叩く音‥‥ここは二階位の高さ――ちょっと怖い。
「エスティマさん、聞こえたら開けて。ルン君に頼まれてきたよ」
仕方なく、できるだけ声量を下げてルシールが戸の向こうに声をかける。すると少しして、外開きの木戸が開いた。ルシールはとりあえずその中に入ると、筆談で会話を進めようとしたが、エスティマがあまり読み書きが出来ないということもあって、小声での会話となった。自分がルンに頼まれて彼女を助けに来た事、これから仲間達が助けに来る事などを伝える。いきなりグライダーが現れても状況がつかめないだろうから、こうして事前に説明する事が出来てよかった。
エスティマは金色の髪の大人しそうな女性で、ルンやルシール、これから来るという彼女の仲間達が以前の事件の二の舞になる事をとても心配している。
「そういえば前にエスティマさんを連れ出そうとした人との関係は?」
「‥‥‥それは私とルンの、兄です。私より4つ年上の」
「‥‥。じゃあさ、息子を殺されてお父さんやお母さんは何も言わなかったの?」
その問いにエスティマの顔に影が落ちる。
「さすがにやりすぎだという声は村の中からも上がりましたし、父も母も大層悲しみました。けれども村に住み続けるには村の掟に従うしかなく‥‥」
彼女の呟きは、悲しげに風に乗って行った。
●いざ村へ!
スレインと合流したフィオレンティナ・ロンロン(eb8475)とアルトリア・ペンドラゴン(ec4205)は塔側にいる音無響(eb4482)との連絡役としてチュールを連れ、ルンと共に街に入っていた。旅人達一行を装って。
「鎧騎士様たちですか、いつもお勤めご苦労様です。ご覧の通り年寄りが多いばかりの何もない村ですが、よろしければゆっくりと足をお安めになってくださいね」
物腰の柔らかいおばさんが一行を案内する。村人達は旅人が珍しいのか、ちらちらと一行を気に掛けているようだった。
「そういえばさっきルンから聞いたんですけど、この村では面白い風習があるとか」
フィオレンティナの言葉に案内をしてくれているおばさんや周りの村人の動きが一瞬止まる。
「ええ、子供の中から舞姫を立てて、精霊様を祀るのですよ。私達が子供の頃は、それはもう舞姫候補が沢山いて、みんな選ばれたくて選ばれたくてねぇ」
「今は違うんですか? 今の舞姫さんの踊りを見せてもらうことは出来ますか?」
アルトリアの言葉に、再び村人達が止まる。
「そういえば、やってはいけない行為だと知らずにやってしまって、精霊の機嫌を損ねて加護を失ってしまった村があるって噂に聞きましたけど、失礼ですがこの村は大丈夫でしょうか?」
「そ、それはどういう意味で‥‥」
おばさんは何か怯えるような目でフィオレンティナ達を見ている。今や周りの村人達も一行に注目していた。
「この村にはかすかに精霊の存在を感じるけど‥‥とても、風の声がとても悲しく聞こえますね」
「我々鎧騎士の乗るゴーレムは精霊の力を借りて動いているからな‥‥精霊の存在も、かすかに感じることが出来る」
神妙な顔つきでフィオレンティナと頷きあうスレインを見て、様子を窺っていた村人の一人が村の奥へと走った。
「きっと慌てて長老様に報告に行ったんじゃない? そろそろあっちにも連絡するよー」
チュールは囁き、ふよふよと人ごみから飛び出してテレパシーで響に合図を送った。
●精霊様の奇跡
『はい、わかりました、こっちも準備は出来ているので行動に移りますね』
チュールとテレパシーで会話をしていた響が交信を終え、グライダーの準備をしているベアトリーセ・メーベルト(ec1201)を振り返った。
「ベアトリーセさん、飾りつけの準備できましたか?」
「こんな感じかなと思うんだけどどうですか〜?」
ベアトリーセは衣装も精霊の使いっぽく演出しようと、ドレスや装飾品にも凝っていた。加えてそれっぽく見せるためにグライダーにも飾りつけ。
「ギルドの人が、ギルドでゴーレムやグライダーの配備を王宮と検討してくれた結果だからくれぐれも壊さないでって言ってたけど‥‥飾り付けくらいならきっと大丈夫ですよね☆」
「まあ、後で元に戻して返せば平気だと思います。そろそろ行きましょうか」
響に続いてベアトリーセがグライダーに乗り込む。ここからが腕の見せ所だ。
「な、何の音だ‥‥!?」
グライダーの近づく音に怯える見張りを縛り付けたまま、アスカがその耳元で囁く。
「あれは我の使い。その姿、しかと目に焼き付けるがいい」
とられた目元のリボン。見張りは塔の周りで浮遊する、神秘的に飾りつけられたグライダー2機を目にする事になった。
『エスティマさん、行きましょう。勇気を出してください、貴方の人生とそしてこの村が変わっていくために』
塔の窓に横付けされたグライダー。その操縦席からはテレパシーで話しかける響が手を伸ばしている。
「わ、私‥‥」
「大丈夫、下を見なければ怖くないよ。ほら、憧れていたんでしょ、これに乗るの」
ルシールに後押しされ、響の手を借り、極力下を見ないようにしながら何とかグライダーに乗り込んだエスティマ。最初はやはり怖くて、反射的にしっかりと握り締めてしまった響の手が離せないでいる。
「なるべく、空の上や遠くを見てください。少しは怖くなくなるはずです」
「‥‥は、はい‥‥」
ともすれば下に向きがちな視線を、彼の言葉で矯正する。
「来ましたね」
ベアトリーセが林を越えて村からやってくる人たちを見て呟いた。その先頭には老人数人が。恐らくあれが長老たちなのだろう。そしてフィオレンティナやスレイン、アルトリアらの仲間の姿も見える。チュールは演出の為に一足先に村人達の死角からベアトリーセの後ろに飛び乗り、姿を隠した。
これで、役者は揃った。
「なんじゃ、これは‥‥一体」
豪奢に、そして神秘的に飾り付けられたグライダーとそれに乗る人影と、そしてその後部に位置して空を眺めている舞姫と。村の人々は呆気に取られたようにそれを見ていた。
「聞いたことがあります。あれは‥‥精霊の使いです」
「きっと姉さんが精霊の使いを呼んだんだ!」
神妙に言うフィオレンティナと口裏を合わせ、ルンも長老達にアピール。
『私達は‥‥精霊たちの頂点、ヒュージドラゴンの使いです』
チュールが長老の一人に対してテレパシーを試みる。もちろん、カンペ有りだ。
「ひぃっ、精霊様の使いからお言葉が‥‥」
テレパシーを受け取った長老は驚いて尻餅をついてしまった。
『村人達よ、古い形式ばかりに囚われた因習は捨て、新たな形で我ら精霊をあがめよ』
今度は響が、事前にアスカと打ち合わせした台詞をテレパシーで伝える。
「あ、新たな形で精霊様たちをお祀りせよとおっしゃっておる‥‥」
腰を抜かした長老を支えるようにして、アルトリアも『精霊の使い』を見上げた。
『これ以降、巫女の選出は廃止し、代わりに祭りを始めてください』
チュールのテレパシーが長老に呼びかけている間、響はゆっくりとグライダーを動かし、村人達の上空を旋回してみせる。
「ま、祭りをすれば精霊様方のお怒りは解けるのじゃろうか‥‥」
「少なくとも、誰かを犠牲にしてまで祀られるよりは精霊たちも気分がいいんじゃないだろうか」
スレインの落ち着いた言葉に、長老をはじめ村人達は反論すら出来ない。
「あの方は舞姫様ですね。舞姫様が精霊様の使いと一緒にいるという事が、それを示しているのではないでしょうか」
詳しい事情は知りませんけれど、と付け加えてアルトリアは長老を説得に掛かった。
「兄ちゃんを殺して、姉ちゃんを無理矢理閉じ込めてまで祀られて、嬉しいはずがあるもんか!」
ルンの叫び。後ろの方ですすり泣くようにしているのはルンとエスティマ、そして亡き兄の両親だろうか。フィオレンティナは今にも泣き出しそうなルンの頭を優しく撫でてやる。
『人の有する時は短い。それだけ移り変わりも激しいというもの。その時代に合った祀り方をすれば良い。我々に対する敬意を忘れなければ、方法などどんなものでも良いのだ』
旋回しながら届く響き演じる『精霊の使い』からの言葉を、長老は皆に伝え、そして平伏した。同時に姿を消し続けていたアスカが、見張りを縛っていたロープを切り離す。突然解放された見張り。彼もまた『精霊様の奇跡』を体験した人物だろう。
「これで万事解決、かな?」
こっそりと塔の窓から見つからぬように外の様子を眺めていたルシールが呟く。
「祭りの方法とか、色々考えてみましょうよ」
「俺たちに手伝える事があれば手伝おう」
「そうですね、それがいいと思います」
地上ではフィオレンティナ、スレイン、アルトリアが村人達に呼びかけている。
一方、上空では――
「怖くないですか、エスティマさん」
「‥‥はい。下を見なければ、大丈夫です‥‥」
塔から離れた位置で近くに寄ってきたベアトリーセから声を掛けられたエスティマは答える。だが身体は固まっており、視線も無理矢理上空に固定している有様だ。仕方ない、下を見てしまえば気絶するのは彼女自身が一番良く知っているのだから。
「怖かったら俺につかまっていていいですからね」
「はい‥‥」
響に言われるまでもなく、彼女は彼から手を離せないでいる。
「‥‥有難うございます、本当に」
「気持ちいいですか〜?」
少し響の乗った機体から離れたベアトリーセが大声で呼びかける。
「はい、気持ちいいです〜!」
それに答えるように、エスティマも大声を出した。自分からこんなに大声が出るなんて知らなかった、そんな事を思いながら、彼女は風を切って飛ぶ素晴らしさを知った。
精霊達は一部始終を見守ってくれていた、そんな気がする――。