切ない思い、月への願い〜硝子の友情〜

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月17日〜03月22日

リプレイ公開日:2008年03月25日

●オープニング

●すれ違い
「どうしたんだい、悩みでもあるのかい?」
 広場の噴水のへりに腰を掛けて、彼が訊ねる。彼女は彼にぴたっと身体をくっつけるようにして「あのね」と口を開いた。
「私の親友のレイラ、知っているでしょう? 彼女がね、恋の悩みを抱えているようなの。誰にも言えないような」
「悩み? それは心配だな‥‥。誰にも、って君にも話さないのかい?」
「ええ」
「それでどうして恋の悩みだと分かるんだい?」
「それは――女の勘」
 彼女の言葉に、青年は笑いを隠せなかった。
「あ、今笑ったでしょう? 女の勘を馬鹿にすると痛い目に合うわよ?」
「ごめんごめん、いや、そういう意味じゃなくて」
「じゃあどういう意味よ」
 問われても、彼には答えることは出来ない。深い意味があって笑ったわけではないのだから。そんな、二人を離れた位置から見守る瞳があった。偶然通りかかった時にその二人を見かけてしまったのだ。見たくて見たんじゃない、出来れば見たくなかった――その女性は、仲睦まじく語り合う二人を無表情で眺めていた。何を話しているかまでは聞き取れない。だが、二人が仲睦まじい事に変わりはなくて――それは一番、彼女の見たくない光景で。
 願っても願っても、叶わない事がある。
 欲しても欲しても、手に入らないものがある。
 手を伸ばしても伸ばしても、届かないものがある。
「(私の方が‥‥出逢ったのは先なのに!)」
 言っても詮無いことだと分かっていたが心中で吐き捨てるようにし、彼女――レイラはその場から走り逃げる。
 逃げても逃げても変わらない。彼は彼女のもの。

「それでね、昔おばあちゃんから聞いた伝承を思い出したのよ」
 彼女は拗ねるのをやめて話を続ける。その姿を親友が見ていた事など全く気づいていなかった。
「伝承?」
「そう。月の精霊様の中には、誰にも話せないような切ない恋を手助けしてくれるのがいるんですって」
 彼女は両手をぱちんと叩き合わせて「ね、名案でしょ?」と彼に微笑む。
「まさかその精霊様を探すとかいうんじゃ‥‥」
「あたり。でも私だけじゃ無理だから、冒険者に手伝ってもらう事にしたの。冒険者ならば色々な知恵や知識を持っているでしょう?」
 彼女は既にここで彼と落ち合う前に冒険者ギルドに依頼を出して来たという。
「あなたもレイラの為に協力してくれるでしょう? 私とレイラとあなたと三人で、冒険者と一緒に月の精霊様を捜しに行きましょう?」
「君の親友の為だ、手伝うのは構わないけれど‥‥レイラちゃんにはどう話すんだい?」
「あの子はいつもの引っ込み思案できっと今の恋も自分で苦しくしちゃっているんだろうけど、精霊様が手伝ってくれるって知ったらきっと勇気を出してくれると思うわ。それに折角私がここまでセッティングしてあげるんだから、頑張ってもらわないと」
 にこり、と彼女は屈託のない笑みを浮かべた。

●困惑
「‥‥弱りましたね」
 ぽつり呟いた支倉純也の言葉を、ギルドを訪れていた一人の冒険者が拾った。
「どうかしたか?」
「はい。既に張り出そうとしていた依頼を、やめてくれという訴えが‥‥」
「別に依頼人の気が変わったのなら、取り下げるのはおかしくあるまい?」
「それが、依頼人じゃないんですよ」
 依頼人はアイーダという女性。婚約者がいるということで遠からず結婚が待っているだろう。彼女からの依頼は「切ない恋に苦しんでいる親友の恋の手助けの為に、月の精霊を探す事」である。その親友の名前はレイラ。引っ込み思案でいつもアイーダの陰に隠れていて、彼女曰くレイラは自分がいないと何も出来ない、のだとか。しかしアイーダはレイラの恋の相手を知らないという。親友の自分にすら話せないってことは、もしかしたら物凄い身分違いの相手か、既婚者なのかもしれないと彼女は語った。
 が、依頼を張り出そうとしたその時、今度は大人しそうな女性がギルドを訪れ、アイーダの出した依頼を取り下げてくれと訴えてきたのである。彼女はレイラと名乗り、アイーダから今回の依頼の主旨と、それが自分の為であるという事を聞いて飛んできたらしい。
「お願いですから、やめてください。いいんです、私はこのままで!」
 縋るように訴えるレイラに、純也も困り果ててしまった。依頼人から取り下げ要求が来たのならば取り下げることは出来るが、依頼人に無断で一度引き受けた依頼を取り下げる事は出来ない。
「そこで私はレイラさんに事情を聞いたのです」
「で?」
 冒険者は椅子に腰掛け、先を促す。
「レイラさんの思い人は、アイーダさんの婚約者だそうです。ですから、秘密にして、思っているだけで良いと‥‥」
「あー‥‥なるほど」
 アイーダ本人に話せるはずもない。相手が親友の婚約者なのだから。
「とりあえず何とかその場ではお帰り願いましたが‥‥この依頼、一波乱あるかもしれません」
「精霊探し、だったな。そっちの情報は?」
「はい。探してもらう精霊は『ブリッグル』という月の精霊です。10cm程の小さな精霊で、かすかに黄色く光る雫の様な形をしています。月夜と音楽を好みますので、空の良く見える草原あたりで音楽を奏でると良いかもしれません」
 純也は苦笑を浮かべながら続ける。
「依頼人の話では、その恋人と親友のレイラさんも同行して、精霊を呼び寄せたらレイラさんの恋の手助けをしてくれるようにお願いするというのですが‥‥手助けされたとしても、レイラさんの恋の行方は目に見えているんですよね‥‥」
「依頼人も、傷つくかもしれないな」
「そうですね‥‥とりあえず依頼内容はブリッグルを見つけることです。空の見えやすい草原は街からそう遠くない場所にあります。ブリッグルは月の綺麗な夜に空を漂うようですが、よほど注意をしなければ見つけることが出来ないらしいので気をつけてください」
「依頼人と親友の友情へのフォローは依頼内容に含まれるか?」
 問う冒険者に、純也は困ったような顔をして首をかしげた。
「このままでは後味悪くなる事は目に見えていますからね‥‥依頼外ですが私としては、何かフォローをお願いしたい所です」
 話を聞いていると、アイーダはいつも自分の後ろに隠れていたレイラを守ってあげなければ、協力してあげなければと思っているようだが、レイラの方が守ってほしい、協力してほしいと思っているとは限らない。レイラは性格上、もしそう思っていてもアイーダ本人に言う事は出来ないだろう。
 そしてここに月の精霊の手助けが加わると――今まで抱え込んできた全ての想いが、レイラから吐き出されるかもしれない。その時に彼女が、そしてアイーダが傷つくだろう事は容易に予想できる。難しいだろうが、何とかフォローを考えてほしい。

●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 eb2093 フォーレ・ネーヴ(25歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ec4666 水無月 茜(25歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●対照的な二人
 冒険者達に案内されて目的の草原へ向かう女性達の表情は明らかに対照的だった。
 婚約者の男性を伴って、そして親友の為にと意気込んで気分上々のアイーダと、その青年への隠された思いを持ったレイラ。レイラの瞳は溢れ来るものを必死で押さえるような切なさに満ちている。
「(恋路の扱いか。正直、お互い腹は決まってるんだろうな)」
 巴渓(ea0167)は二人の女性を見て心中で呟いた。アイーダの方は自分の行いが親友の為になると思って疑わないようだが、対するレイラの方はもう既に心が決まっているに違いない。依頼の取り下げを願いながらも結局アイーダの召喚に応じてここまで来てしまったのがその証拠といえるだろう。
「着きました‥‥が、危険がないとは言いきれません。少し周りを見てきますのでここで待っていてください」
 ルイス・マリスカル(ea3063)が三人に告げる。頷いた三人。アイーダは婚約者の腕を引っ張って草原の自分の隣に座らせる。
「レイラも、ほら、隣に」
 ぽんぽんと草原を叩くアイーダの指示に従い、レイラは彼女の隣に腰を下ろす。そのレイラの表情が泣きそうに痛いものであることに気がついたのは、渓と水無月茜(ec4666)だけだった。
「(色恋はあまりよく解りませんけれど‥‥私に何かできることはあるでしょうか)」
 そんな痛ましいレイラの姿を見て、茜は考える。自分にできる精一杯の事をしようと。
「(恋路を邪魔して馬に蹴られて死ぬのはごめんだが、こんなバカなすれ違いで友情がなくなるのはやっぱ間違っているよな)」
 腕組みをして少し離れたところから三人を見つめる渓。親友の気持ちも知らずに暢気にいちゃいちゃしている依頼人に少しのいらつきを覚えつつ。
「お待たせしました。特に野獣の類は見つかりませんでした。この辺は安全なようです」
 周辺警戒から戻ってきたルイスがクレセントリュートを取り出し、構える。月の魔力の込められたこのリュート。月精霊に曲を捧げるのには丁度良いだろう。

 ポロン‥‥ポロン‥‥

 ルイスがリュートを爪弾く音が、しんと静まり返った草原に響く。奏でられる曲はセレナーデ。
「世は歌につれ歌は世につれ、切なく彷徨う恋ひとひら。水無月茜、心を込めて歌います」
 それに合わせて天界仕込みの歌を披露する茜。上手く旋律に合わせてはいるが‥‥何処かそれは個性的な歌で。
「(ああ、どうしてもコブシがまわっちゃう‥‥)」
 それはチキュウでの演歌という曲独特の歌唱方法なのだが、他にそれを知る者もいるはずがなく‥‥演奏は着実に進んでいく。
「あんたたちもしっかりと目を凝らして月の精霊さんを探してくれな」
 渓の言葉に頷く恋人達。対するレイラは内心で精霊が見つかることを恐れているのだろう、俯いたままだ。それでも渓は依頼達成の為に夜空に目を凝らして、ブリッグルの姿を探す。
「あれは‥‥ああ、違うみたい」
 一人乗り気のアイーダの溜息が零れる。ほら、次を探そう、と彼女を気遣う婚約者。黙ったままのレイラ。アイーダは精霊探しに夢中で、レイラの様子に気がつかない。
「あんた、その肩‥‥」
 と、その時レイラの様子を窺おうとしていた渓が気づいた。レイラの肩の辺りにぼんやりと明るい光が浮かんでいるのだ。一体だけでなく、3体ほどふよふよと。
「え‥‥」
 ブリッグルは自分の本心を打ち明けることができない切ない恋をしている者の手助けをするという。そのかすかに黄色く光るような雫型の妖精は、レイラが驚いている間にそのうちの1体が彼女の中に吸い込まれていった。
「憑依した‥‥のでしょうか」
 歌を止めた茜の言葉に、一同の視線がレイラに集まる。
「私‥‥私、はっ‥‥」
 レイラは胸を押さえるようにして瞳の端に涙を浮かべながら、唇を噛み締めている。耐えて、いるのかもしれない。ブリッグルの『手助け』から。
「レイラさん‥‥」
 リュートを爪弾く手を止めたルイスも、小さく彼女に呼びかける。
「私は‥‥初めて会った時、から‥‥貴方の事が、好きでした‥‥‥」
 身体の奥から全てを搾り出すようにして告げられた言葉。それに衝撃を受けたのは当のカップルで。
「‥‥仕事先のお店に来る貴方に初めて会った時から好きで‥‥アイーダに恋人ができたと紹介された時に、この想いは封印しなきゃと思って‥‥」
 レイラの瞳からは紡ぎだされる言葉と同じ様にはらはらと涙の粒が落ちて。
「どうして言ってくれなかったの!」
「言える訳、ないじゃない!」
 二人の女性の叫びが草原に響く。
「レイラも悪気があって黙ってたわけじゃないだろう。言えなかった、言えなかったんだよ。その気持ちもわかってやってくれ、な?」
 渓に背中をぽんぽんと叩かれ、アイーダは興奮を収める。
「レイラさん、まずは謝らせてください。アイーダさんの依頼を優先させた事を」
 近寄ってきたルイスを、レイラは涙にぬれた瞳で見上げる。
「ですが貴方が思いを抱え込んだまま、二人の心のすれ違いをそのままにしておくべきではないと思ったのです」
「私も、そう思います」
 ルイスの言葉に茜も頷く。
「アイーダさん」
 呼びかけられ、びくんと肩を震わせたアイーダに、ルイスは向き直る。
「レイラさんは『彼』を思っておられると同時に貴方との友情を大切に思っておられます。大切な人と愛した人との幸せを願い、身を引く決意をされていたのだと思います。その上で辛い思いに耐えてここまで同行してくださったのでしょう」
 役目を終えたからだろうか、いつの間にやらブリッグルはレイラの身体から抜け、全てを吐き出した彼女は涙を草原に落としながら言葉なく座り込んでいる。
「レイラさんは、貴方達の不幸を願っているわけじゃないと思います。貴方たちの幸せを願っているから、だから‥‥」
 上手く言えませんけど、と茜は自分の精一杯を伝えようと努力する。
「あは‥‥レイラがそういう子だって私が一番わかっていたはずなのにね‥‥」
 アイーダは溜息をつき、前髪を書き上げるようにしてレイラを見つめる。そして一歩、また一歩レイラに近づき――彼女を優しく抱きしめた。
「――ごめんね、レイラ」
 貴方の事、何も分かっていなかった。そう告げるアイーダの瞳にも涙が浮かんでいて。
「親友同士、恨みあうのだけはよくないからな」
 その光景を見て渓が呟く。
「ところで」
 明かされた真実と親友同士のやり取りを、半ばボーっと見ていた婚約者の『彼』にルイスはそっと近づく。
「貴方からは、レイラさんが前に進むためのけじめの一言をいただきたいのですが」
「けじめの‥‥」
 まさか自分に火の粉が飛んでくるとは思わなかったのだろう、男は驚いてルイスを見たが、その厳しい表情に自分も真剣にならなければならないと気づかされたのか、何か考え込んだ後女性二人の元へ向かった。
 冒険者達の見守る中、草原に響いたのは男の声。
「好きになってくれて、ありがとう」
 その言葉をもらえただけで満足だとばかりに、レイラは瞳に涙を浮かべたまま何度も何度も頷いた。

「やれやれ、ですね」
「一応丸く、おさまったかねぇ?」
 ルイスと渓は互いの顔を見合わせて苦笑を漏らす。精霊探しよりも人間関係のフォローの方が大変だった。
「それではお二人の友情に、水無月茜、心を込めて歌います」
 茜の特徴的な歌が、親友達の友情を深めるために、と夜の草原に響き渡る。
 目をこらして良く見ると、ブリッグルが夜空に舞っているようだった。